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目次

初恋レギュレーション!

「よっしゃー! 講義終わったー!」
「アヤカー、買い物いこーぜー」
 講義が終わって張り切る私を友人が買い物に誘う。
「ごめーん! これからバイトだから!」
 それをバッサリ断る私。このやりとり、こないだの講義終わりにもやったような?
「またかよー。アンタそんなに金に困ってんの?」
 やっぱりデジャブらしい、思えば今月に入ってから友人の誘いをバイトを理由に断り続けている。
「お金? 別に! 特にコレといって趣味ないし!」
 私、高橋・綾香は花の女子大生! そりゃ年頃の女の子らしく欲しいものは沢山ありますよ? でも自分で言うのもなんですが顔立ちは普通! スタイルも普通! 声も元気が取柄くらい! ついでに家柄も普通! お父さんはリーマンでお母さんは専業主婦です!
 そんな平々凡々な私ですから、欲しいモノも自然と身の丈にあったものになるというか、こんな凡人着飾っても仕方ないのでコスメも服もアクセもバッグも、変に高いブランド物なんかより安くていいモノ、無印良品バンザイって感じですよ。あ、でも美味しいモノ食べるのは好きかなー、コレもB級グルメ派ですけど。
「じゃぁなんでそんなバイト詰めなんだよ」
「なんでって、バイトしたいから?」
「意味わかんねーよ」
 まぁ別に、私もバイトならなんでもいいってわけじゃないですけど。今やってるバイトだからバイトしたいんです。じゃぁなんでそんなにバイトが好きなのかって?
「アンタみたいに嬉しそうにバイト行くヤツ初めて見たわ」
「フフン。だってバイトに行けば、好きな人に会えるんですよ! 一緒に働けるんですよ!」
「はぁ?」
 そう、ツマリ!
「私は、恋をしているのです!」
 どうだ、みたか、恋の力は偉大なのです、バイトだって好きになりますよ!
「あー、はいはい、コイねコイ。洗いにして食うと美味いわよね、食ったことないけど」
「露骨に流そうとしないでよ!」
 私のキメ顔を白けた顔で返された。てか流された。絶対その情報適当でしょ!
「だって、あのアヤカが恋? なんてねぇ...、プ...」
 なにやら私の昔のことを思い出して笑いをこらえているようですが、私今まで恋愛に関して可笑しなことした覚えないですよ? だって恋愛経験がないんですから。
「色気より食い気? みたいな? アンタを落とそうと食事に誘ってナチュラルに振られた男が何人いたことか」
「そっちこそなに言ってるんですか、あれもそれも知り合い同士でのただのご飯ですよ」
「知り合いって...、そういうところだよなぁ...」
 友達判定すら貰えなかったとかウケる、みたいに笑ってますが、なんの話です?
「でも飯で簡単に釣れるわけじゃないのがアヤカの面白いところだよな」
「なんですか人を暴食の化身みたいに、別にご飯に誘われたら断る理由なんてないだけです」
「でもこないだ高級ディナーの誘い断ってたろ? 向こうの奢りだって言うのに」
「そんなマナーとかメンドクサイところ行きたくないです、ご飯は丼持って掻っ込むくらいが丁度いいです」
 繊細なお行儀なんて気にしてたら味がわからなくなるじゃないですか。
「いやほんと、このアヤカが恋とか、マジ想像できないわ。見に行きたいからバイト先教えてよ」
「そんな失礼なこと言う人には教えません! ライバル増えてもイヤだし!」
 友人は年相応にオシャレさんで身だしなみにもそこそこお金を使ってて、ハッキリ言って私より綺麗です。そんな彼女が私の好きな人に惚れたりしたら...、脳が破壊される!
「大丈夫だって盗らないって、たしかにアヤカが惚れる男には興味があるけどさ」
「ぜっっったいに教えません!」
 結局遊ばれてただけだったのか、友人は私と別れるまでケラケラ笑ってました。友人の名前? もう出てこないから知らなくていいです。



「おはよーございまーす!」
「おはようアヤカちゃん」
「先輩おはようございます!」
「二回も挨拶しなくていいのよ」
「最初のはお店への挨拶で、二回目は先輩への挨拶ですから!」
「ホント元気ねぇ」
 大きく挨拶しながら入店するとレジにいた先輩に挨拶されたのですかさずお返しです。
 この人はバイトの先輩の夏目・百合さん。このレストラン「トライアングル」の改装オープンからずっと働いてるらしいベテランです。バイトというかほとんど正社員ですね、個人経営だからそういうのないけど。
 サバサバ系の美人さんで、おっぱいが大きくて背が高くて仕事も丁寧で上手で早くて良い人で、あとおっぱいが大きいです。身長かおっぱい、どっちか分けて欲しい。
 あ、私の好きな人は先輩じゃないですよ? 私はノーマルです。もし私が男だったら惚れてたかもしれませんが、それくらいステキな人です。
「あと先輩じゃなくて、「ユリさん」ね」
「そうでした!」
 なんでも改装オープンからここで働いてる三人はずっとお互いに名前で呼び合ってるので、「先輩」って呼ばれると他人行儀でイヤなんだそうです。バイトも私が初めてなんだとか。
「おはよう、アヤカちゃん」
「おはようございますイツキさん!」
 厨房から顔を覗かせたのは夏目・樹さん。ユリさんのお兄さんで、顔も身長もユリさんに似たイケメンさんです。あまり話してないのでまだどんな人かはわからないですけど。多分良い人ですよね。
 おっと、私が好きな人はイツキさんでもないですよ! この顔で厨房に引っ込んでるのは勿体ないとは思いますけど。
「やぁ、今日も元気いっぱいだねアヤカちゃん」
「おおお、おはようございますコウタさん!」
 きたー! 店長の100万ドルスマイル!! いや来たのは私なんですけど。今日最初のスマイルに思わず上ずってしまった。
 大居・康太さん。このレストランの店長さん、いつもニコニコ笑顔がステキで! 優しくて! 料理上手くて! ご飯美味くて! 調理旨くて! 私の初恋の人! 歳は私より10くらい離れてますが、恋に歳の差がなんだというのですか!
「荷物おいてきまーす!」
「お客さんのいない谷間だしゆっくりでいいよー」
 個人経営のレストランなので制服とかはなく、私服の上にエプロンを羽織るだけで...袖通さないモノも羽織るっていうのかな? ともかく、休憩室に荷物置いて手洗いするくらいしか準備することはありません。
 三人とも上の階に住んでいるので荷物があるのは私だけで、バイトに入った私のために休憩室に鍵付きのロッカーを用意してくれています。
「臨・戦・態・勢!」
「はいはい、しばらくしたら忙しくなるから無駄に体力使わないでね」
 エプロンを結んで変なポーズ取ってたらせんp...ユリさんに突っ込まれてしまった。
「たしかにラッシュ時の忙しさは凄いですもんね。私が入るまでユリさん一人でさばいてたとか凄いです!」
 そんなに大きくないお店なのですが、ご飯時になるとながーい行列が出来るほどで、忙しさに目が回ります。店長の料理美味しいですもんね、そりゃ行列もできるってものです。
「いやいや、アタシ一人じゃホールの手が足りないからアヤカちゃん入れたのよ」
「最近流行りだしたんですか?」
「なんか隠れ家的なお店を紹介する雑誌の取材受けたらしいんだけど、それがきっかけみたいね。これだけ流行ると隠れ家的もないけど」
「私も働き始める前に知ってたら流行るのが惜しく感じたかもですね...。いえ、お店が流行るのは良いことですが!」
 流行らなきゃ私はここで働くこともなかったわけですし。
「実際行列のせいで常連さんの何人かは離れちゃったわね、流行る前はお客さんとのんびり世間話してた店だったんだけど」
「それは寂しいですね...」
 ユリさんや店長の人となりからも、流行る前ののんびりした雰囲気のお店は容易に想像できます。あぁ、その頃にお店に居たかった!
「流行りなんて一過性のものだし、あとひと月もすれば落ち着くさ。そしたら常連さんも戻ってくるよ」
 店長がひょっこり出てきて店の雰囲気が変わったことを悲観も楽観もせず笑っていいます。
「私ならコウタさんの料理を一度味わったらずっと来ちゃいますけどねぇ」
「ははは、ありがとうアヤカちゃん」
「俺も作ってるんだけど」
「勿論イツキさんのも!」
 でもごめんなさい、調理サポートしてるイツキさんの腕がどんなものかわかってないです。
「あれ? でも忙しいからバイト(私)を入れたってことは流行りが終わったら...。私いらない子になってしまうのでは?!」
 そういえば私、面接のとき店長と賄いに惚けててちゃんと話聞いてなかった気がします。もしかして雇用期間とか説明されてた? マズイ...、いや賄いは美味しかったけど。
「心配しなくても落ち着いたからってクビにはしないよ。その時はアヤカちゃんが入ってくれる日は僕たちの誰かが休めるからね」
「こんなイイ子クビしたらアタシがやめてるやるわよ」
 おぉ、ちゃんと流行りが過ぎた後の事も考えてくれてました。やっぱり店長サイコーです! でも
「コウタさんは休んじゃダメです! コウタさんのご飯目当てに来るお客さんに申し訳ないです!」
「ははは、そんな大げさな」
 店長がいないんじゃ私がバイトに来る意味がないじゃないですか!
「俺も作ってるんだけど」
「イツキさんのファンもきっといますよ?」
「疑問形でフォローしないで...」
 ホールの方ならその顔にファンはついたでしょうけど。厨房にこもってるからどうだろう。
リンリーン
 と、全員で駄弁っているとお店のドアが開く音がしました。
「「いらっしゃいませー!!」」
 その音に誰が言うでもなく談話は解散し、それぞれ持ち場に戻ります。お昼にはまだ早いお客さんですが、混む前に来るお客さんは断続的に来ます。ここから加速度的に忙しくなりますよー。



「ひゃーー、ぐるぐるー」
 お昼のラッシュが終わっておやつの時間も過ぎた頃、谷間に入ってようやく一息ついたもののまだぐるぐるしている気がします。
「アヤカちゃんお疲れ、ケーキでも食べてゆっくりして」
「わーい! コウタさんありがとー!」
 休憩室でなくホールの方の椅子にどっかり座り込んだのに、注意でなくケーキを出してくれる店長優しい! ケーキが店長の手作りじゃない(多分近所のケーキ屋さんのヤツ)のが残念ですけど。
「こんなに忙しいのにほとんど毎日入ってくれるとか、アヤカちゃんイイ子すぎでしょ」
「毎日じゃないですよ? 定休日ありますし」
「そりゃそうでしょ...」
 私にとっては店長に会えないアンニュイな日ですが。
「若い子はもっと忙しいの嫌がるものだと思うんだけどな、ウチの給料ってそんなに良くないだろ?」
「どうでしたっけ?」
 店長と賄いに(略)でお給金の事なんて覚えてない...。まだ働き始めて三週間と少しなのでお給金貰ったこともないですし。
「ちょっとコウタ、アンタちゃんとアヤカちゃんに給料の説明したの?」
 なんて私がトボけた事を言うので店長が責められてる!
「え...、ちゃんとしたはずだけど。ごめんアヤカちゃん、抜けてた?」
「あ、大丈夫です、ちゃんと聞いてます(聞いてない)。そりゃ忙しいのはちょっと辛いですが、それ以上にここで働くのが楽しいので!」
 忙しいと店長の顔をじっくり見る暇もないのは辛いですね。でもラッシュが終わったらこうやって笑顔で労ってくれるんですから、またやる気になるってもんですよ!
「はぁぁぁ、ホントあんたって子は...」
「嬉しいこと言ってくれるねー」
 ユリさんに抱かれて店長と二人で頭を撫でられます。ふわぁーおっぱいの包容力が凄くて意識がそっち持っていかれる! 店長に撫でられてるのに感覚がわからない!
「でもホント無理しないでね、大学の単位も大丈夫?」
「遊びたい盛りの友人が私の分も午前中に集中して調整してくれたので大丈夫ですよー」
 包容力が惜しいモノの、抱きつくユリさんをひっぺがして店長の手の感触だけを堪能します。あー、癒されるー。
「その子ってアヤカちゃんと遊ぶ予定で調整してくれたんじゃないの? なんか悪いことしちゃったわね」
「そういえば今日もショッピング誘われましたね。まぁ、私なんていなくても一人で楽しめる子なんで大丈夫ですよ」
「友達には結構ドライなのね...」
 あっけらかんとした私にユリさんが苦笑しています。そりゃ当然、友達より恋ですよ! 友人もカレピがいたときは私の事放置してたんだからお互い様です!



「おーー、わったー!」
 夕方から続いたラッシュが8時まで続いて、閉店時間の10時まではそこそこ落ち着いた客足でした。
 トライアングルはスイーツとお酒を置いてないので(さっき出してくれたケーキは店長が個人的に買ってくれてるヤツです)おやつ時と飲みの時間には客足が引きます。同じ理由で若い子や社会人の団体さんみたいなのもほとんどないですね。テーブルもカウンターもそれぞれ4人までが限界ですし。
「みんなお疲れ様ー、アヤカちゃんリクストあるかい?」
「アタシらにも聞いてよ、アヤカちゃんにだけ甘くない?」
「ユリは「なんでもいい」ばかりだったからな」
 閉店後は私とユリさんでホールの掃除をして、イツキさんが厨房のお片付け。その間に店長がみんなの分のご飯を作ってくれます。これがここで働くなによりの楽しみです!
「待ってください、ちょっとどっちにしようか悩んでて...」
「悩んでくれるとリクエストしがいがあるねー」
 今日はオムライスか...ハンバーグか...。蕩ける卵のオムライスは面接の賄いで食べて一目惚れしたメニュー...いや惚れたのは店長にですけど。でも今日はいつもより疲れた気がするから店長の手ごねハンバーグをガッツリ行きたい気分だし...うーん、どっちも捨てがたい...。そうだ!
「ハンバーグオムライスで!」
「おおっと合体してきたわよこの子」
「はははは!」
 そんなメニューはない? 別にお店のメニューに限定されていませんもの。そういう料理(?)があったっていいじゃないですか。
「ダメですか...?」
 ちょっと不安げに、らしくもなくおねだり目線をしてしまいました。だって選べないんだもん。
「いいよ、いいよ。それじゃぁ美味しく作るから、疲れてるだろうけど片付けも頑張ってね」
「はい! ツヤツヤのピカピカにします!」
 御馳走が待ってると思うと疲れてても掃除お片付けに精が出るってもんですよ。勿論御馳走がなくても店長の大事なお店なので綺麗ピカピカにしますが。

「「「「いただきます」」」」
 ホールの中央に残したテーブルに料理が並べられ、全員で手を合わせます。休憩室は四人で食事するには少し狭いのですよ。
 今日の賄いは私のリクエストしたハンバーグオライス! なんとここのメニューだとケチャップのはずのオムライスにもデミグラスソースがかかってて、ハンバーグにも卵がかかっています。私が適当に合体させた料理なのに、アレンジしてくれるなんて店長ステキ過ぎます!
「んー♪」
 ハンバーグに蕩けるオムレツとデミソをからめて一口。あまりの美味しさに感想なんて出てこない、言葉を失うってヤツです。感想を言うために脳のキャパなんて使ってられません、全神経舌に集中ですよ!
「ウチのオムライスにデミグラスソースも合うじゃん」
「ハンバーグにこのオムレツとチキンライスもなかなか、コレ本格的にメニューに追加していいんじゃないか?」
「そうだね、ハンーグをちょっと小さくして...」
 私が全力で味を楽しんでいる横で、盛り付けをどうするかとか値段をどうしようとか、経営者目線のお話がされてます。皆さんプロですね...。お話に混ざれないのは残念ですが、私も今はこの味を堪能したいので問題なしです。
 後日、この私の食い意地の化身「オムバーグライス」がホントにメニューに追加されるとも知らずに...。注文が入るたびに自分の食い意地を思い出させられるのは何の罰ゲームですか?

 賄いを食べた後は店長が車で家まで送ってくれます。面接のときに送迎の説明はなかったと思うの(惚けてたのであやふや)ですが、夜遅くに女の子を一人で帰すのは危ないと店長が申し出てくれました。
 最初に言い出したのはユリさんなんですけど、ユリさんは車の免許を持ってないので女性二人で歩いて帰るのは結局危ないし、帰りがユリさん一人なのも危ないです。てか美人のユリさん一人で帰るほうが危ないです。そういうわけで店長が車を出してくれることになりました。
 せっかくの店長との二人きりなんですが、疲れとステキな満腹感でいつもウトウトしてしまって良いムード作りどころではありません。男の人はみんな狼といいますが、普通に家には両親がいるので店長が送り狼になるようなこともないです。どのみち店長はそういう人ではないでしょうけど。



 そんなこんなの、私の楽しいバイトライフがひと月と少し過ごしたころ、事件が起きました。
「はぁー...店長ステキ過ぎます」
 今日は大学の講義もないので朝からシフトに入ってます。と言ってもモーニングはパン屋さんのトーストがメインで店長が腕を振るうほどのこともないせいか、あまり混むことがないようです。
 今朝私が入ったのは、仕入れ業者とのお話で店長(とイツキさん)が留守にするからですね。店長がいないのになんで上機嫌なのかって? なんと朝のシフト入れたら家まで迎えに来てくれたんですよ!
「薄々気が付いてたたけど、やっぱりアヤカちゃんコウタ狙いなのね」
「そりゃもちろんですよ!」
 お客さんもいないので休憩室で店長への愛情をぶちけます。ユリさんは私にとってもうなんだかお姉さんみたいな存在なので、今更隠す気もないです。
「そうかー、コウタ狙いかー...。道は険しいわねぇ...」
 と、何故かユリさんに渋い顔をされます。いや、10歳ほども歳の差があれば当然か。
「歳の差がなんだというのですか! 店長も年齢よりずっと若く見えますし!」
 私も中学生くらい?とか言われたりしますけど。現役女子大生だっての!
「いやー、歳の差は大した事じゃないってアタシも思うんだけど」
 あれ? 歳の差ではない? 他に懸念するようなことがあるとすれば...。
「歳の差じゃないとすると...。よもやユリさんと店長が既に付き合って?!」
 ここの三人はなんだか家族みたいなやりとりをしていて、とても恋愛的な感じはないので全く考えていませんでしたが、あれは熟年夫婦的なやりとりだったのでは?!
「あーナイナイ。コウタはイイヤツだけどアタシがアイツに惚れるのも、その逆もありえないわ」
 と思ったら、照れた様子もなく、まさしく脈がなさそうに否定と断言をされました。
「ではすでに、彼女さんがいるとか?」
 むしろあんなにステキな人に彼女さんがいないと考える方がおかしいのでは? なんで私今までそのことを懸念しなかったんだろう。
「あーいや。彼女はいないわね、“彼女”は」
「うん?」
 何故だか彼女がいないことを強調してユリさんの顔は渋くなります。
 リンリーン
 もっと深く問いただそうと思ったら、お客さんが来てしまいました。その音を聞いてユリさんは厨房へ、私はホールへ急ぎます。
 いつもの厨房の二人がいませんが、モーニングは作り置きの具材を盛りつけたり挟んだり焼いたり、スープを温めるだけなのでユリさんで十分だそうです。
「いらっしゃいませー」
 案内もないのにお客さんは既に奥のテーブルに座っていたので、とりあえず0円スマイルでお迎えします。
「ビール」
 は? なんかガラの悪そうな人だなーと思ったら、開口一番そんなことを言われて、0円スマイルで固まってしまいました。
「...、だからビール」
「えーと...、ごめんなさい。当店にアルコールは...」
「無いわけないだろ、冷蔵庫に入ってるはずだから早く持って来い」
 なんなんなですかこの人。ボサボサ頭に目つきも悪い、とてもウチの常連さんには見えない風貌。しかもこんな朝からビールて。もしかしてクレーマーってヤツですか?
「はぁ...」
 とりあえずあるとも思えないビールを取りに厨房に行きます、ユリさんに相談もできますし。
「あのー、ユリさん、ウチにビールなんてないですよね?」
 冷蔵庫を開ける前にスープを温めているユリさんに聞いてみる、料理に使うワインとかならまだしも、ビールなんてねぇ?
「あー...、冷蔵庫の二段目の右奥にあるから」
「あるんですか?!」
「グラスに注がなくていいから、そのまま持ってって」
 注文の相手に心当たりがあるのか、珍しく不機嫌そうにユリさんが言います。たしかに冷蔵庫の2段目の奥、隠すように缶ビールが数本ありました。
「どうぞ...」
 このまま出すの? と私が怪訝な顔をしてみればユリさんが頷くので、せめてお店らしくとお盆に乗せて持っていきます。
「.........」
 当のクソ客はビールが運ばれてきても私と目を合わせもせず、ジャケットの奥をごそごそしだして煙草の箱を...って!
「ちょっと! ウチは全席禁煙ですよ!」
「俺はいいんだよ」
「いいわけないでしょ! 他のお客さんの迷惑です!」
「ほかに客もいねぇのに、誰の迷惑になるんだよ」
「臭いが残ります! 席にも! 私にも! お店にも!!」
 俺はいいって何様ですかこの人! 誰だろうと良い訳ないでしょ、そういうマナーの悪さが喫煙者全体の評判を下げて、マナーのいい人の立場まで悪くするんですよ!
「チッ...」
 私の猛抗議に舌打ちしながらもタバコを仕舞ってはくれましたが。なんですかその態度、自分は悪くないみたいに。お酒とタバコで肝臓やられて早死にしてしまえ!
「おい、ユリ。俺のこと話してねぇのかよ」
「誰がアンタの事なんて、会わせないように朝のシフトには気を付けてたくらいなのに」
 注文もないのにモーニングを持ってきたユリさんに男は文句を言っています。やっぱり常連さんらしい。もしかして朝のお客さんが少ないのってこのクソ客のせいなのでは?
「今日も朝一で打ちに行くって聞いてたからアヤカちゃん入れたのに、来るんじゃないわよ」
「大負けしたんだよ。アイツも軍資金もっと寄こせよな」
 打ちに行くって、パチとかスロの話ですか。ってじゃなくて。
「ユリさん、誰なんですかコイツ!」
「コイツて、教育のなってない新人だな」
「あー...」
 クソ客の方は不満を漏らしてますが、ユリさんも客と思っていないようなので乗っかります! ユリさんは言いたくなさげにクソ客の方を指刺して。
「この店の、オーナー」
 .........。ワタクシ、硬直。
「オーナーァァァ?!」
「オーナー様だぞ。ほれ、敬え」
「敬わなくていいわよ、名義だけで何もしてないから」
「オーナーって! だって皆さん三人でやってるって...」
「そ、だから“三人でやってる”。コイツは何もしてないわ」
「そんな、ステキな店で...、ステキな人たちが働いてて...。なのにこんな見るからにパチンカスが店のオーナーなんて!」
「そう、アル中ニコ中パチンカスクソヤロウがオーナーなのよ...」
「オーナーに向かって言いたい放題だなお前ら」
 略して役満糞野郎は侮辱されるのに慣れてるのか意に介さずトーストにかじりついてます。
「それよりコウタはいねぇのかよ」
「仕入れ業者と商談があるからいないわよ、昼前まで戻らないから」
「マジかー、軍資金せびりにきたのによー」
 ちょっと聞捨てならないこと言ってますね。
「ちょっと、店長にお金をせびるってどういうことですか! オーナーだからってそんなの許されませんよ!」
「別にオーナーだからじゃねぇよ」
「コイツ、コウタの彼氏なのよ」
 .........え?
 え?
 え?
「か、彼氏...?」
 いや、まって、彼氏? 役満糞野郎はどう見ても男ですよね? 店長も男...ですよね? 実は女だった? いやいや、そんなはずは...。
「彼氏じゃねーよ」
「ですよね! 彼氏じゃないですよね!!」
「ヒモだ」
「もっと最悪じゃないですかー!!」
 彼氏どころか、ヒモて...。え、つまりマジ彼氏...?
「ユリさん、さっき店長に恋人はいないって!」
「“彼女”はいない、って言ったのよ。彼氏はいてもね」
「じゃぁやっぱり...店長って実は女...」
「正真正銘、男よ」
「あいつゲイだからな」
 ガラガラガラ...。私の中で色々なものが崩れた音がしました...。
 私が大好きになった人が、初恋の人が、よりにもよって、ゲイ!? しかも、その相手が...。
「言っとくけど俺はノーマルだからな」
「寄生虫ね」
 惚れられてるのを良いことに店長に寄生している...
「しゃーねぇ。コウタがいねぇならレジの金貰ってっても...」
「いい訳ないでしょ。ぶっ飛ばすわよ」
 役満糞野郎て...。



「あの、今日はホントにすいませんでした...」
 その後、あまりのショックに魂の抜けた私は休憩室でグロッキーしていて、昼も夕のラッシュもまるで何もできませんでした。
 ようやく我を取り戻したのは店じまいの準備をしているときに店長に声かけられた時で...。好きな人に迷惑をかけてしまった申し訳なさもあり、小さい声でしか謝れませんでした。
「あーいや...僕の方こそごめんね。ソウスケに会ったんだよね。僕がもっとお金渡しておけば会うこともなかったのに」
 店長はまるで全然悪くないのに、落ち込んでる私を気にかけて謝ってくれます。ホントにこの人はステキ過ぎます...。なのに恋人があんなのだなんて...。
「コウタさんは悪くないです。私が...私が...。ごめんなさい、ごめんなさい...」
 私が勝手に店長を好きになって、勝手に舞い上がって、勝手にショックを受けたんです。ホントに店長は悪くないんです。ダメだ、謝らなくちゃいけないのに涙が止まらない。
「アヤカちゃん、辛いならしばらく休んでもいいのよ?」
 私が失恋した事を知っているユリさんも優しくしてくれます、頭を撫でながら言ってくれる提案はまるでこのままバイトをやめてしまっても仕方がないと言った感じでした。
 そうですよね、店長目当てにバイトしてたんだから、失恋したなら続ける意味ないですよね。でも、だからこそ...。
「コウタさん!!」
「なんだい? アヤカちゃん?」
 涙を拭いて決心します。そうです、まだ私の恋は終わっていません。
「コウタさん、好きです! 大好きです! 愛してます! 付き合ってください!! 恋人にしてください!! 彼女にしてください!!」
「「「えぇぇぇえ!?」」」
 ありたっけの気持ちをあらん限りの言葉に込めて告白しました。
「ちょ、アヤカちゃん!?」
「え、えと...。ユリに聞いたと思うけど僕にはもう彼氏がいるから...」
「彼氏はいても彼女はいないじゃないですか!!」
 彼氏と彼女なら浮気にならないでしょ! 多分!
「いや、だから...。アヤカちゃんの気持ちはうれしいけど...僕は女の子の事を好きには...」
「だったら!!」
 バンと胸をたたいて、そして店長を指さします。
「私が! コウタさんを惚れさせてみせます! 女の子の魅力でメロメロにしてやります!!」
「え...、えぇぇ...」
 キメ顔で、更に告白です。あんな役満糞野郎には絶対に負けません!!
「ゴホッ...ゴホッ...」
 胸を、強くたたき過ぎました...。
「アヤカちゃん大丈夫?」
 店長は困惑して、イツキさんは硬直して、ユリさんが背中をさすってくれました。私、かっこ悪い...。



「いやー、昨日はビックリしたわー」
 翌日、何食わぬ顔でバイトに入った私を、皆さんはとりあえずいつもの感じで迎えてくれました。店長はちょっと警戒してる感じでしたが。昼のラッシュが終わってその谷間の休憩中。
「私だって驚きましたよ、まさか店長がゲイだったなんて...」
 そりゃユリさんを好きになるのがありえないって断言するわけですよ。ん、でもユリさんも店長を好きになることはないって断言してましたし、しかも名前が...。
「ん、百合...ってもしかしてユリさんも!?」
 思わず少し引いて自分の体を抱きしめます。
「ちょっと人の名前で勝手に変な想像しないで欲しんだけど」
「あ、はい、ごめんなさい」
 そうですよねー、名前が「百合」だからってそのまんまビアンな訳ないですよねー。
「ああは言ったものの、ゲイの人を女の子好きにするにはどうしたらいいんでしょう?」
「アタシに聞かれても...。ちなみにアヤカちゃん恋愛経験はどんなもんなの?」
 そりゃユリさんが知る訳ないですよね、ユリさんも店長の事を好きになるのはありえないって言ってましたし。
「店長が初恋です!」
 思えばこの歳まで恋もしたことないってヤバイですね、店長を好きになった私は年上好きだったのかな?
「えぇ...女子大生で...? アヤカちゃんモテそうなのに?」
「モテた試しはないと思いますけど...、仮にモテても私の方が好きにならないなら恋に発展しませんし?」
「あぁなるほど、無自覚に振るタイプか...」
 なんかユリさんが友人みたいな事言ってます。だからモテませんってば!
「恋愛経験0なのによくあんな啖呵切れたわね?」
「そこはまぁ、若さの故の無謀といいますか、勢いと言いますか」
 店長の事、諦めたくないんですもん。
「それに恋人があんなクズなら、ゲイでも女の子にワンチャンあると思いませんか!?」
 男の人は高飛車な美人より素朴な子の方がいいって言うじゃないですか。店長はゲイだからわからないけど...。
「そのクズに惚れこんでるんだけどね」
「ホントに...。店長もあんな人のどこがいいんでしょう」
 身長は高かったしスタイルも悪くはなかったと思いますけど。それ意外に好きになるような要素ないように見えました。まぁ全部第一印象で実際どんな人かは知りませんけど...。でもユリさんも嫌ってた感じだし良い人だとは思えません。
「参考までに本人に聞いてみる?」
「え?」
「コウター、ソウスケのどこが好きなのかアヤカちゃんが聞きたいってー」
 私の返答も待たずユリさんが店長を呼んでしまう。
「ソウスケの好きなところ?」
「え、いや、あの」
 たしかに気になりますけど、店長にとってはあんな役満糞野郎でも愛している人なわけで、それを悪く言ってたのは店長的にも印象良くないと思うのですが...。
「そ、あんなクズのどこがいいのかって」
 ってユリさんー! ぶっちゃけないでー!
「あー、なんていうかな。ソウスケとは幼馴染でさ、ずっと僕のあこがれだったんだ。昔はあんなんじゃなかったんだけど...ホントは良いヤツなんだ」
 幼馴染かー、コレは意外と難敵では?
「気の弱い僕の手をいつも引いてくれて...守ってくれて、この店もソウスケの叔父のものなのに僕に任せてくれて...。料理の研究だって夜遅くまで手伝ってくれてたし...」
「でもそれ全部過去の話ですよね?」
 昔は店長が惚れるくらいイイ男だったのかもしれませんけど、今は役満糞野郎じゃですか、それじゃ恋も冷めると思いますけど。それとも店長って駄メンズ好き?
「今でも...イイヤツなんだ。ソウスケはノーマルなのにゲイの僕の気持ちに応えてくれてるしさ...。あ、体の付き合いはないよ、ソウスケが嫌がるから」
 なんというか、店長も店長なりにノンケの幼馴染に惚れてしまったことをとても悩んだんだろうな...と、あの人を擁護する言葉から感じ取れます。
「えっと...、そういうわけだから、僕の事は諦めて欲しいな!」
 と、言い残して店長は厨房へ戻ってしまいました。
「だそうよ?」
「諦めません! 気持ちに応えてくれるって、それ結局惚れた弱みに付け込んで寄生してるだけじゃないですか!」
「まぁ、そういう風にも見えるわね」
 やっぱり店長はあの人を「クズ」だと思ってないみたいですが、だったらなおの事その目を覚ませないと!
「意気込むのはいいけど、結局コウタを落とす方法は思いついた?」
「そこなんですよぉ...」
 そして振出しに戻る。恋愛経験0で、しかも相手がゲイとか、振り向かせるには相手が悪すぎます。あぁぁぁ、こんな事ならもっと恋愛しとくんだったー...。
「相手がゲイですから、男装するとかでしょうか?」
「たしかにアヤカちゃんなら可愛い男の子にはなれそうだけど」
 今どこ見て言いましたかユリさん。たしかに胸も身長もユリさんと比べてないですけど。
「でもそれ根本的解決にはならないんじゃない?」
「ですよねぇ。やっぱり無難に女の魅力をアピールして...」
 って私にない物をアピールしろと? 今更盛っても偽乳なのバレますし。
「うーん、まぁ、コウタのヤツもアヤカちゃんの事は「可愛い妹」みたいに言ってたから、女の子的な魅力は感じてはくれてるんじゃない?」
「わぁ、嬉しいです。一歩前進ですね!」
 それって「家族」って事だから異性(恋愛的な意味で)としては結局遠くなったような気がしますが。
「妹的な魅力...」
 そういえば男の人は「義理の妹」って設定に弱いとか聞きますね。
「おにいちゃん!」
 試しにどんなものか声に出してみます。どんな呼び方が効果的でしょう。
「え、なに?」
「イツキじゃねぇ、引っ込んでろ」
 っと、厨房のイツキさんが自分が呼ばれたのか?と顔をのぞかせてきます。そういえばユリさんのお兄さんでしたね。
「妹的にせよ女性的にせよ、まずは女の子を磨かないとね」
「うっ」
 しまった、私メイクも服も大したものも技術もないですよ。恋愛経験0がここに来て足を引っ張りまくる!
「今の垢ぬけない感じのアヤカちゃんも可愛いと思うけど、よかったら次の休み一緒に買い物にいかない?」
「ホントですか!? ユリさんと一緒なら心強いです!」
 なんと、思わぬ助け舟です。ユリさんほど美人ならコスメもブランドも詳しそうです。幸いバイトに入まくってたので軍資金も沢山あります。
「私もアヤカちゃんを磨きたいと思ってたのよね」
 フフフと笑うユリさんはホントに綺麗で、ステキなお姉さんです。あぁ...私も同性愛者になってしまいそう。って、なに扉開こうとしてるんですか、気をしっかり持って私!



「おはようございまーす!」
「ちょっとアヤカちゃん、それじゃバイトに入った時みたいじゃない」
 次のお店の定休日、ユリさんはお店の上の階に住んでるのでお店で待ち合わせしました。定休日とはいえ朝なので「おはようございます」と言ったらいつものテンションのせいで出勤したみたいになってユリさんがクスクス笑ってます。
「わぁ、今日のユリさんすっごいステキです!」
 いつも動きやすさ重視で地味目(それでも美人)の格好したユリさんですが、今日は花柄のシャツにフレアスカートでとっても女性的です。私? 量販店のセールで買った無地のワンピですが何か?
「ふふふ、女の魅力のお手本を見せないといけないから、私も結構気合入れちゃったわよ」
 まるでデートに行くかのような格好とお化粧でそうやって微笑まれると、店長を落とす前に私がユリさんに落とされそうです。ユリさんヤベェ。
「あら、おはようアヤカちゃん」
 っと、ユリさんに見とれていたら店の奥からもう一人女性の方が出てきました。
「え...? えと...」
 暗がりから出てきたその女性がまた背が高くて、すごい美人で...。モデルさんでもやっていらっしゃる?ってなくらいの人で...。なんか親しげに挨拶されたけどこんな美人さん凡人の私の知り合いにいませんよ?
「ごめんなさい、どちらさまでしたっけ...」
「あー、ごめんね、わかるものだと思ってうっかり」
 わかるわからないじゃなくて、まずご存じな...、ってこの声の感じは...。
「ん? え? もしかして...コウタさん?」
「うん、正解」
 と、女性らしく笑います。いや、正解て。
「え? コウタさんて実はやっぱり女性!?」
「違う違う、女装よ。女装の時はいつもアタシが仕上げてるの」
「あ、女装ですか、って。いつも?! そんな頻繁なんですか!?」
 店長に女装の趣味があったというのも驚きですが、それ以上に女装なのに私より綺麗ってズルくないですか!? 自分より綺麗な人落とせって難易度爆上がりなんですけど!
「ソウスケがデートの時に外で男にベタベタされるの嫌だって言うから、デートの時はユリに女装させて貰ってるのよ」
 だから喋り方まで女言葉なんですね...。女装が趣味な訳ではない、と。
「おーう、待たせたなコウタ...。って小娘じゃん」
 と美人二人に見とれたり驚愕したりしていると私の後ろからアイツが入ってきました。
 店長の説明の通りデートらしく、こないだはボサボサ髪に適当な服だったコイツも今日は髪をきれいに整えて服もなんだかオシャレさんな感じで...。言いたかないけどなんだかちょっとカッコイイです。
「小娘じゃないです!」
 たしかにこの二人に並ぶと小娘にしか見えないですけど! ...なんか私この中で一番しょぼくないですか? 花の女子大生なのに...。うぅ、やさぐれそう...。
「あーアヤカだっけ?」
「下の名前で呼ばないでください!」
 トライアングルの皆さんとはお互いに名前で呼び合ってますけど、この人には呼ばれたくありません。
「だって俺コイツラが下の名前でしか話さないから上の名前しらねーもん」
「高橋です!」
「俺は月見里・聡介。よろしくな」
「聞いてません! よろしくしません!」
 別に自己紹介したんじゃないっての! アナタの名前にも露ほども興味ないし!
「こりゃまた嫌われたもんだなー」
 たしかに店長の事で一方的に嫌ってますけど、初対面の時点で好かれる要素なかったでしょアナタ!
「ごめんなさいソウスケ、行きましょうか」
「ま、気にしてねーよ」
「アヤカちゃん、ユリ、またね」
 そう言って店長はヒモ男の腕に抱きつくと一緒に店を出て行ってしまいました。傍から見たら普通の...どころか美男美女のお似合いのカップルにしか見えません。むぅ...悔しい。
「アタシらもいこっか」
「はい...」
 うぅ、好きな人の女装姿が綺麗すぎて出鼻をくじかれました...。テンションダダ下がりです、なんかもう色々と勝てる気がしないのですが?
 その後、ユリさんとのショッピングは私の女の子磨きということでしたが、ほとんどユリさんの着せ替え人形状態で、心のくじけた私もそれにされるがままでした。
 ユリさんもこんな小娘を着せ替え人形にして楽しいのかなー? まぁお世話になってるユリさんが私なんかで喜んでくれるなら嬉しいことですが。



 あれから暫くたって、特に進展も計画もないままいつものバイトが続いてたある日の事。
「え? 店長おやすみ?」
 エプロンを結んでいるとユリさんに店長が病欠でお休みと聞かされました。
 あれから流行りも少し落ち着いてきたので行列は出来なくなりましたが、それでもご飯時にはそこそこの客足になります。常連さんも戻ってきたようです。
「そんな! イツキさんなんかでウチの料理大丈夫なんですか?! いやそれよりも店長は大丈夫なんですか?!」
「アヤカちゃん酷くない...?」
 厨房から顔を覗かせたイツキさんが渋い顔をしてますが、今はイツキさんなんかより店長ですよ!
「コウタのヤツはただの風邪だから大丈夫よ、あいつ季節の変わり目に体調を崩しがちなのよねぇ」
「そうなんですか...。後でお見舞いに行ってもいいですか?」
 コレは看病イベント突入では!? いや、好きな人の病欠を喜んじゃいけませんね。店長はお店の上の階に住んでるはずです、谷間とかにお見舞いにいけるかな...? 店員が仕事中に病人のところ行くのは衛生的にマズイか。
「お見舞いするほどの事でもないけど、後でね。料理の方はイツキじゃ不安なのはその通りで」
「ユリもひでぇ...」
 ユリさん、お兄さんのイツキさんに結構毒舌ですよね、兄妹仲は悪くないと思うのですけど。
「こういう日はヘルプが来てるから...」
「ヘルプさんですか」
 「ヘルプ」というのに、ユリさんの顔がなんだか不満げです。こういう時によく来てくれる人なのでしょうか。あれ? でもバイトって私が初めてだったんじゃ?
「よっ、そのヘルプさんです」
「ソウスケなのよ...」
 厨房から顔を退かせたのはあの憎たらしい顔で、ユリさんが頭を抱えてこちらでございますとしています。って
「えぇぇ!? この人がヘルプって! それならイツキさん一人の方がまだマシじゃないですか!?」
「今日のアヤカちゃんは毒舌だなー...」
 厨房のイツキさんからなんだか涙声が聞こえた気がしましたが、多分気のせいです。
「コイツ、料理の腕はコウタ並なのよ」
「ガキの頃からジジイの手伝いで料理はしてたし、そもそもコウタに料理教えたのも俺だからな。ちゃんと調理師免許も持ってるぞ」
 そういえばここはコイツの叔父の店みたいに言ってましたね...。 
「そういうわけで厨房の方は心配いらねぇから、安心して注文取ってきてくれ」
「むぅ...。ホントに料理の腕が良くても勤務態度の方は心配ですが...」
 よもや勤務中にお酒飲んだり厨房で煙草吹かしたりしないでしょうね。
 そんな私の心配とは裏腹に、その後すぐ訪れたお昼のラッシュも、夕方のラッシュも、何事もなく終わりました。
 ふむぅ...、たしかにお客さんたちは常連さん含めて特に料理に不満はなさそうです。厨房に籠ってくれてるので私も顔を見なくて済んみました。と言っても店長不在でテンションはいつもの半分以下でしたけど。



「おつかれ、なんかリクエストあるか」
 そして店じまいのお片付け中、アイツから賄いのリクエスを聞かれました。そうですよねぇ、賄いもこの人が作る事になりますよねぇ。いつもならテンション最高潮なのに今日は全然盛り上がらないです。
「店長のご飯」
「それは本人がいる時に本人に頼め」
「...、イツキさんのご飯」
「アヤカちゃん...!」
 イツキさんがなんかめっちゃ喜んでます。コイツの料理を食べるくらいならイツキさんの料理のがマシですから。
「お前は厨房の片づけがあんだろ」
 が、一蹴されてシュンとして厨房の奥に引っ込んでしまいました。ヘルプの癖に立場はイツキさんより上なんですね...。そういえば一応オーナーでしたか。
「特にないです」
「わかった。じゃぁメニューから適当に作るわ」
 私が不満げに、なんなら「いらない」と言わんばかりに言ったのに調理に戻りました。ハッキリ「いらない」と言わないのは今にもお腹が鳴りそうだからです、言ったタイミングでお腹が鳴ったら大恥じゃないですか。
 で。
「お、オムバーグライス...」
 出てきたのが、チキンライスの上に薄めの大判ハンバーグが乗せられて、その上にトロトロオムレツと自家製デミグラスソースがかけられた...。そう、私の食い意地の化身「オムバーグライス」です。
 どういうわけかあれから三日後にはメニューに並んで、瞬く間に人気メニューになった、私の好物です。コイツに出されるとか何の嫌がらせですか。
「人気メニューなんだろ?」
「アヤカちゃん考案の大好物ね」
「リクエスト率ナンバーワンだね」
 ちょっと! ばらさないでくださいよ! あんな態度とった手前、好物が出された私の立場がないじゃないですか!
「へぇ、看板娘の考案だったのか。お手柄だな」
「誰が看板娘ですか!」
 そんなものになった覚えはないです。皆さん純粋に店長の料理を食べに来てるんですから。
「とにかく、出たものはちゃんといただきます!」
 まだちょっと不満ですが、椅子にどっかり座って手を合わせます。
「「「「いただきます」」」」
 いくら私の好物で見た目も遜色ないと言っても。店長の味じゃないならそんなに好物でもないです。
「パクッ...、ん~♪」
 と、一口で一気に私の顔がほころびます。え? ナニコレ、美味しい。店長の味と変わらない、あるいは店長より美味し...いやそんなはずはないです。
「はい、アヤカちゃんの満点いただきました~」
「コレが話に聞いてた満点顔か」
「俺もまだ貰ったことないのに...」
 なんですか、この顔は美味しいものを食べたときのただの条件反射です。別に採点とかしてないですよ!
 嫌いな人の料理を美味しく食べるのは不服ですが、料理に罪はないです。美味しいものはちゃんと美味しく食べてあげないと。
「流行りも落ち着いたって聞いてたが、リピーターが思ったより増えてんだな」
「この看板娘が人気あるからね」
「あぁ、だから朝は客が増えてねぇのか」
「そ、朝は基本的にアヤカちゃん入ってないからね」
「朝にもっと入ってもらえないのか?」
「大学の単位もあるし、ただでさえほとんど毎日入ってもらってるのにそこまでお願いできないわよ」
「たまのアヤカちゃんのお休みが大学のスケージュルのおかげでランダムだから、お休みがわからなくて客足が変わらないのは有難いね」
 なんだか私の事を話しているようですが、オムバーグライスを堪能しているのでなんの話をしているかは頭に入ってきません。美味しいモノの前では舌に全力なのです。



 そしてその帰りの事。
「えぇぇ!? この人が送迎するんですか!?」
「他にいねぇだろ」
 そういえば忘れてました、いつも送迎してくれてたのは唯一車の免許を持ってる店長で、今日はその店長が病欠だということを。
「アタシも心配だけど。流石に一人で帰らすよりかはね...」
 むぅ、この人に送られるくらいなら一人で帰ろうと思いましたのに。ユリさんも一人で帰す気はないですか...。あのバンって仕入れ用だから助手席しかないんですよね。
「アヤカちゃん! スマホをずっと構えててね、何かあったらすぐにでもアタシに連絡するのよ? ホテルに連れ込もうとされたらぶん殴ってでも逃げてね?」
「もちろんです!」
「何もしねぇっての」
 ユリさんがめっちゃ心配してくれてます。店長の恋人ではありますがノーマルって言ってましたもんね、私だってこの人と二人きりとか怖いです。
 とりあえずユリさんの言う通りスマホを見えるように構えて、いつでもユリさんに連絡できる体制で助手席に座りました。
 話題なんてないですが、初めての送迎なので順路を教えるのにちょくちょく喋らないといけないのがイヤですね。
「あれ?」
 っと、私の家のある住宅地に入る少し手前で何故か停車されました。
「お前とは二人きりで話がしたいと思ってたんだよ」
「な、なんですか!? ユリさん呼びますよ!」
 こんな何もないところに停車されて、そんなことを言われるものだから私は身構えてスマホの画面をワンタッチでユリさんに連絡できるのを見せつけます。といっても、ホントに襲う気ならユリさんを呼んだところで手遅れにしかなりませんが...。
「まぁ待て、落ち着け、話がしたいだけだって。ここからなら車から降りて逃げられるだろ? 心配ならシートベルトも外しとけ」
「お話、ですか...」
 ちゃんと逃げられる手段用意してくれるのはありがたいですが、なんか釈然としませんね。でも二人きりで話ってなんでしょう? なんでユリさんたちと一緒じゃダメなんです?
「とりあえずまずは、初対面の時は悪かった」
「別に、私がアナタの事嫌いなのはそのせいじゃありませんし」
 今更謝られても、そもそも私がこの人を嫌いなのは店長のヒモだからで、第一印象が最悪だったのなんて些細な事です。
「とりあえず第一印象は最悪だったよな。あいつらがお前をえらくに気に入ってるみたいだったからよ。お前をいびったらコウタも俺の事を怒るもんだと思ったんだよ」
「はい?」
 なんか、店長に怒られたくて初対面で私に悪態についたみたいに話してます?
「まぁ結局、それでもアイツは俺に怒鳴りもしなかったんだが」
「あの、話が見えないのですが」
 親に構ってほしくて悪さをする子供じゃあるまいし、彼が何を言いたいのかわかりません。店長はこの人にゾッコンなのでカマッチョで悪さをする必要もないでしょうし。
「そうだな...。お前、幼馴染とか、長く付き合ってる同性の親友とかいるか?」
「まぁ、いますけど」
 幼馴染ではないですが、あの友人とは中学からの仲です、なんか腐れ縁みたいに同じ高校大学専攻になりましたが。と言っても友人は彼ピができたら私と遊ぶことは減りますし、私もバイトばかりで最近は定休日の時くらいしか遊びませんが。
「長年の親友だと思ってたヤツによ、愛の告白されたらどう思うよ?」
「...、ちょっと考えたくないですね」
 友人が私にそんな告白をするのを想像してみると...ウワキッツ! ドン引きしちゃいますよ。あ、でもユリさんに置き換えたら思わずOKしちゃいそう...。
「俺もよ、そっちの気はねぇから断わろうとは思ったんだけどよ。昔からアイツの泣き顔には弱いというか、泣かせる奴は許さねぇ!って感じだったからよ...」
「はい」
 なんか、店長が「ホントはイイヤツ」と言ってた意味が、少しわかってきたような...。
「体の関係は無しということで、恋人になることは承諾しちまったんだ」
「ふむ?」
 惚れた弱みに付け込んでヒモになってるものと思ってましたが、そういうわけでもない? でもヒモになってるのは...、あぁ、だからさっきの話ですか。
「それでまぁ、俺がクズになればアイツも愛想をつかすと思ったんだが、全然そんな事はなくってな」
「なんですか、じゃぁ役満糞野郎は店長に嫌われるための演技なんですか?」
「あぁ。ホントは煙草は嫌いだし、パチスロもやってねぇ、煙草の臭いスゲェしな」
 店長にせびってるギャンブル代は、いずれ返すために店長の知らない口座に全部入れてると通帳を見せてくれました。
「それであいつらのお気に入りのお前をイビって追い出せば...、流石のアイツも俺を嫌いになるんじゃないかと思ったんだが...」
「そこまでやるつもりだったんですか!?」
 あれ? でもあれからデートの時に偶然会ったくらいで何もしてきてないですよね?
「まさか俺がイビった当日にアイツに告白かますとはなぁ」
「だ...だって、こんなクズが店長の恋人だなんて許せなかったんですもん!」
 何故だか笑いをこらえています、店長たちなんてこの人に私の告白の事話したんでしょう。
「だからよ。お前には期待してるんだぜ」
「期待、ですか?」
「アイツに言い寄る女は結構いたけどよ、みんなゲイだと知ると諦めちまう。でもお前は諦めるどころか告白かまして自分に惚れさせてやると宣戦布告だぜ?」
「そこは恋は盲目と言いますか...、初恋だったから駆け引きがわからないといいますか...」
 あんな啖呵切った割に、あれから何の進展もないです。一応ユリさんとのショッピングでメイクや服に気を遣うようになったので、ちょっとオシャレすると店長はすぐに気が付いて褒めてくれますけど。落とせるような手ごたえは皆無です。
 あんなことの後なのに店長は前と変わりなく接してくれてますし...。あ、でも女の子磨きでユリさんと休日買い物に行くようになったのでユリさんとの仲は進展したかな? って進展じゃないですね。
「俺としてもコウタがお前に惚れればアイツとの関係もダチに戻れるし、クズ男もやめられる。だから本気で応援してるんだぜ」
「はぁ...、ありがとうございます...」
 なんだか、ずっと質の悪いライバルだと思ってた人に激励をもらってしまいました。
「えと...。私の方もアナタの事を勘違いしてたみたいで、事情も知らずに一方的に嫌ってしまっててごめんなさい」
 相手の事をよくも知らないで、第一印象と自分の勝手な理由で嫌ってたなんて、結構酷い子でしたね私...。
「誤解されるように振舞ってたのは事実だからな、そこは仕方ねぇよ」
「それでも、謝らせてください!」
 この人だって、店長の事を大事に思ってはいたんです。やっぱりあの店長が好きになる人なんですから、酷い人な訳がなかったんです。
「まぁ、お互い頑張ろうぜ」
「はい!」
 夕日の丘で殴り合いしたわけでもないですが、気分は少年漫画のライバルとの和解です!
「で、モノは相談なんだが?」
「はい?」
 協力関係ということになったからでしょうか、早速提案があるようです。
「ここで俺がお前を襲って、明日お前がギャン泣きしてたらあいつらどう思うかね?」
「え、いや! レイプは反対です!」
 いい人だと思ったのに! やっぱり男はみんなオオカミです!
「だから襲わねぇって! そういう振りだよ振り!」
「あ、なるほど。演技ですか」
 危うく手に持ってるスマホを全力で投げつけて逃げ出すところでしたよ。スマホ壊れるとこでした。
「うーん。店長に嫌われるとか以前に、ユリさんに通報されるか殺されるんじゃないですかね? ていうか殺されたうえで通報?」
 軽くその状況をシュミレーションしてみてると、殺される云々は比喩だとしても近い状況が想像されます。ユリさん私の事になるとホントに過保護ですからね。ホントのお姉さん以上です。私一人っ子だから知らないけど。
「だよなぁ...。俺もさすがに捕まるのはゴメンだしな」
「そもそも、店長に本気で嫌われたら今度はアナタが可哀そうじゃないですか」
「俺が?」
「ソウスケさんだって店長の事を大事に思っているのに、それじゃ親友に戻れなくなっちゃいます」
「まぁ、そうだが...」
「だから、ソウスケさんもあんまり店長に嫌われるようなことはしなくていいですよ。私が惚れさせてみせますから!」
 この自信はどこから出てくるのか、自分でもわかりませんが。私の好きな人の好きな人がやっぱりイイ人だとわかって、何故かうれしくなって、やる気も出てきました。
「そうだな」
 根拠のない私の言葉でしたが、ソウスケさんも一人で抱えてた悩みが少し軽くなったのか、少し安心したように笑います。
「それじゃ、送迎はここまでで大丈夫です! ありがとうございました!」
「お、おう。すぐそこだろうけど気をつけてな」
 ここからなら流石に一人でも大丈夫です、特にこの辺で何かあった風には聞いたこともないですし。私は車から降りてドアを閉め...あ、忘れてた!
「そうだ」
「うん?」
 いい人だとわかったのもありますが、礼儀として、私のポリシーとして、やっぱりコレは言っておかないとですね。
「ご飯、美味しかったです! また作ってくださいね! おやすみなさい!」
 あの時の味を思い出して、満点顔とやらではないですがお礼の気持ちを込めて最大の笑顔でお別れの挨拶をしました。
「...っつ。こんなイイ子に惚れないとか。コウタのヤツもどうかしてるぜ」
 なんか車の中でつぶやいてましたが、おやすみなさいとかですかね?
 それから三日ほど、店長が元気になるまでソウスケさんがヘルプをやっていましたが、私としても嫌いない人ではなくなったので心置きなく働けました。店長がいないのは変わりないですけど...。



 ソウスケさんと和解してからそこそこ経って夏頃。お店の流行も落ち着いて行列もなくなり、トライアングルは私が入る前ののんびりした雰囲気が戻ってきた感じでした。といっても前よりも常連さんはずっと増えたそうですけど。
 そして今日は定休日の翌日、店長が諸事情で留守の休憩室にて。
「お前なんだよあの水着! 本気でコウタ落とす気あんのかよ!」
「だってしょうがないじゃないですか! 隣にユリさんいるんですよ!? あんなワガママボディの隣で私がビキニ着たらただの公開処刑じゃないですか!!」
「だったらユリじゃなくて他のダチ誘えよ!」
「友人は新しい彼ピと遊びに行くって断られたんですぅ!」
 先日の定休日。予め打合せをしてソウスケさんは店長とのデートで、私は友達との遊びでプールへ行き。偶然を装って合流して私が店長とプールでキャピキャピする作戦(プールデートなので店長は流石に女装じゃないです)だったのですが。
 まぁ、その? 私の水着がセクシー系には程遠いフリルのついた可愛い系、てか自分でいうのもはばかられますが、子供系? みたいな? 水着だったのでソウスケさんにダメ出しされてます。あ、店長からの反応はよかったですよ? 可愛いねって撫でられましたし。
「言ってくれればアタシももっと地味な水着用意したのに」
「何言ってんですか、ユリさんのそのおっぱい隠し様がないじゃないですか!」
 大体ユリさんいつも私とのお出かけの時に気合入れ過ぎじゃないです? 並ぶと私の小娘度が当社比50%増くらいでやさぐれそうなんですけど。
「なんかアタシ理不尽な怒られ方してるー」
 なんでユリさんがこの会話に混ざってるかというと、私の嘘...というか演技がヘタクソなのでソウスケさんと和解したことが即日バレて、あっさりゲロっちゃいました。なのでソウスケさんが実はイイ人なことも知られてます。
 まぁあれからのソウスケさんは割と普通にしてますし、ユリさんも元々そこまで嫌ってはなかったみたいですけど。
「大体ですよ、店長はユリさんのこのおっぱいにずっと見向きもしないんだから、セクシー攻勢なんて意味ないんです!」
「ちょっと人のおっぱい何度も指刺さないで」
「だから可愛い系で攻めるのは間違いじゃないのです!」
 妹系の魅力で攻める予定ですしね!
「まぁコウタが女の体に魅力感じないのはたしかだけどよ」
「むしろ仕事中はアヤカちゃんから一番視線感じるんだけど?」
 え、私そこまでガン見てしない...。でも男のチラ見は女には凝視って言うしな...。って私はスケベオヤジか! 女だっての!
「だって一緒に働いてたら目の前でブルンブルン主張してくれるんですもの。なんなんですか羨ましい!」
「やーん、アヤカちゃんが理不尽に怒鳴るー」
 そんなおっぱいして小娘ぶらないでください。チクショウ。
「オーナー、テイスティングお願いします」
「おう」
 なんて騒いでたらイツキさんが厨房からソウスケさんに味見をお願いきました。あれから店長の不調時以外も「働き過ぎだから休め」という口実でソウスケさんがこうして入る事が増えたため、イツキさんが師事するようになりました。
 私としては店長と会える日が減るので余計なことを...って感じですが、ソウスケさんが真人間に戻っていくのは歓迎です。店長に嫌われるためとはいえヒモなダメ人間演じるのはお互い悲しいことだと思うのです。
 パチスロに行く振りをしてるだけで実際行ってないなら毎日何をしてたかと思えば、ちょっと遠くの親戚の家で主婦層向けの料理教室なんかをやっていたそうです。そういえば初めて会った時もパチスロ帰りのはずなのに全く煙草臭くなかったですね...。
 勿論煙草も大嫌いで、店長の近くでも「吸えない状況で吸おうとする」だけで注意をされるように促して実際に吸うことがありません。
 家で吸わないのは「お前に副流煙を吸わせたくない」っていう建前らしいのですが、そういう「ぶっきらぼうな人間が自分だけに見せる優しさ」は少女漫画的で逆効果だと思いますよ?
「ん...」
 ソウスケさんがイツキさんが持ってきた...ソースかな? 多分自家製してるデミグラスソースですねアレは。の小皿を一口...。イツキさんがドキドキしてますが、何故か私たちもドキドキしますね。
「ブランデーの配分がちと物足りねぇか...。まぁ味付けで調整できるからこれくらいなら良しとしたい...が」
「...はい」
「てめぇ、1時間くらいで気を抜きやがったな!」 
 ガタン! と椅子を倒しながら立ち上がってソウスケさんが怒鳴ります。その気迫に思わず私も仰け反って倒れそうになります。
「何年厨房に立ってやがる、ソースの番もできねぇのか!? こんなもんウチの人気メニューに使えるか、やり直しだ!!」
「は、はい!」
 と、怒鳴られたイツキさんはへこへこして厨房に逃げるように戻ります。もう何度か見てますが、何回見てもこの気迫はすごいです。
「わぁ、厳しい...」
「あー、またウチで処理する料理が増えたわ」
 失敗?料理はイツキさんが持ち帰って食べるそうです。食材を無駄にしないのは好感が持てますね。
「コウタのヤツが甘すぎるんだよ」
 イツキさんの調理は店長も指導しているのですが、店長はあの通り穏やかな人で怒鳴り散らしたりできない人なので、イツキさんも甘えてしまっていたようで。ソウスケさんは厳しいですが、元々店長を指導しただけあって教えるのも上手いようです。
「まぁ、甘いコウタと厳しいソウスケで丁度いいんじゃない?」
「実際、イツキさんの料理どんどん美味しくなってますよね」
 イツキさんの方もまんざらでもないようで、ソウスケさんに師事してからメキメキと腕が上がっています。何故かお昼の後の谷間に私が味見を頼まれるので、成長を舌で実感していますよ。
「あいつもアヤカちゃんに満点顔させてやるって張り切ってるしね」
「今のところ五分顔ってところかね」
「いや、アヤカちゃんソムリエのアタシから言わせてもらうとアレは三分顔がいいとこね」
「私は採点なんてしてませんってば!」
 だからなんですかその満点顔って、採点してる覚えはないです! あと私ソムリエてなんですか!

 店長を好きになって、店長に好きになってもらうと決意して、何故だかソウスケさんとも仲良くなって、皆さんとどんどん仲良くなって。なんだかんだ恋心抜きでもバイトを楽しくやってる日々が続いています。
 いつまでもこんな穏やかな日々が続けばいいな、と思っている半面。進展のしない恋に少しづつ焦りもつのるようになっていきました...。



 私の恋心が進展することもなく時間がどんどん過ぎて、クリスマスの前日の夜。
「え。クリスマスはおやすみするんですか?」
 通常の食事処ならむしろカキ入れ時だと思うのですが、トライアングルは臨時休業と聞かされました。たしかに祝日が休みの事はこれまでも何度かありましたが、別にクリスマスは日本の祝日って訳でもないですよね。
「そ、うちはケーキも置てないし。クリスマスパーティーするような豪勢なメニューもないからね」
「そういえばクリスマス近くなっても特にそういうメニューの追加とかもやってないですね」
 ケーキもお酒も置いてないトライアングルはクリスマスに合わせてケーキをメニューに増やすことも、ノンアルのシャンメリーを増やすようなこともしていませんでした。
「だから明日は好きに過ごしてね。と言ってもお互い恋人もいないわね」
 ユリさんってこんなに美人でステキなのに何故か恋人がいないんですよね。お客さんからナンパされているところもちょくちょく見かけますが、いつも袖にしています。
「恋人のいないモノ同士、よかったらウチで軽いパーティーでもしない? イツキに飯も作らせるからさ」
「うーん。その申し出はとても魅力的なお誘いなのですが...」
 イツキさんの料理もずいぶん上達したので、そこそこ美味しいものがクリスマスに食べられるというのはとても魅力的です。どうせ友人も新しい彼ピ(夏のとは違う人)と過ごすでしょうから私はぼっちですし。
 いつもなら喜んでお受けするのですが、クリスマスという恋人たちの一大イベント、女同士で消化してしまっていいものでしょうか。(イツキさんもいることになるけど)
「ごめんなさいユリさん! 私クリスマスに予定入れるので!」
 いつまでもグズグズしていられません。ここは店長との恋を進展させる機会です。私はユリさんに深く謝ると厨房の店長のとこへ行きます。
「フラれちゃった」
 ユリさんは残念そうに肩をすくめて、イツキさんにドンマイ、と慰められていました。悪いことしちゃったかな...。
「コウタさん!」
「うん? なんだい?」
 今日はソウスケさんとコウタさんが珍しく一緒に入っています。年末年始の営業の相談をしているところのようでした。
「クリスマス、私とデートしてください!!」
 私だってgdgdと過ごしてきたわけじゃありません。ユリさんと一緒に女を磨いてきたし、店長の好みだって色々と知りました。その成果を見せるときです!
「え、ごめんね。クリスマスはソウスケとのデートがあるから...」
「ですよね! それを知ったうえで誘っています! お願いしています!」
「お前スゲェな」
 断られるのだって覚悟の上です、でも、いつまでもソウスケさんに負けてられません。
「えと...。申し訳ないけどもうレストランとかも予約してあるし...」
「だったらソウスケさんの代わりに私をそのレストランに連れて行ってください!」
「えぇ...」
「お前メンタル鰹節かよ」
 断られてもまるで引かない私に店長は困惑してソウスケさんは笑いをこらえてます。
「いいじゃねぇか。俺とのデートなんていつもの事だし、一日くらい付き合ってやっても」
「良くないよ! クリスマスだよ!? そんな大事な日に一番大事な人といられないなんて、全然良くないよ!!」
 日本人にとってのなんちゃって聖夜ですが、やはり恋人たちにとっての特別な日です。それは店長にとってもそうみたいで、ソウスケさんの軽い言葉を泣きそうになりながら否定しています。
 あぁ...やっぱり店長は本当にソウスケさんの事が好きなんだな...って思い知らされて、胸が痛みます。
「そうだな。悪かった...。そういうわけだから、今回は諦めてくれ」
 軽い雰囲気だったソウスケさんも真面目な顔になって店長に謝り、続けて私の頭をポンっと撫でます。
「.........」
 やっぱり無茶なお願いだったのです。それは承知の上なんです。だから、ここで引いたらまたいつもの穏やかな毎日です。その日々を壊してしまうのは怖いけれど...。
「私、諦めませんから!」
 いつまでも、このままじゃいけないんです。楽しくても、私の恋心が辛いんです!
「諦めないって...」
「私も、レストランを予約して待ってますから!!」
 ちょっとずるいやり方ですが、優しい店長です。無理矢理にでも約束を取り付けて、外で待ってればきっと来てくれます...。こうでもしないと、ソウスケさんに勝てないんです...。


 翌日、あれから暗くなる前に早引きして今日の準備に取り掛かりました。おかげで服もメイクもかつてない決戦体制です。
「コウタさん」
「あ、おはよう...」
 多分朝からデートでしょうから、お休みのはずのお店に行ってみれば、やっぱり店長が女装して、ソウスケさんと出かけるところでした。
 いつもなら私のオシャレ姿に、些細な違いにも気が付いて褒めてくれる店長ですが。今日の本気のオシャレをした私には何も言ってくれません。
「私、待ってますから!」
 私の約束(?)は夜からですけど、もしかしたら心配で早く来てくれるかもしれない、待ち合わせ場所が描かれたメッセージカードを押し付けて。断られる前に逃げ出します。
「おい、アヤカ!」
「アヤカちゃん!」
 店長はカードを押し付けられて放心して、ソウスケさんとユリさんが私を呼び止めますが。振り返らずに待ち合わせ場所まで走ります。
 優しい店長なら、きっと来てくれるから。遅くなっても、ソウスケさんとのデートを夕方で切り上げて、きっときてくれるから...。


「はぁ......」
 待ち合わせ場所の駅前の広場で、やることもなく項垂れます。
「店長の事、また困らせちゃったな...」
 あんな無理矢理な約束、店長が優しいのを良いことに...。でも、ソススケさんは店長が好きになるのも当然のステキな人で、店長のソウスケさんへの想いも強すぎて、多少強引でもないと勝てないです...。
 私なんてまだ店長と一年も一緒に過ごしていない、恋愛経験のない、恋の駆け引きも知らない小娘で...、まるで勝ち目がないんです。
「寒い...」
 あー、メイクやオシャレに熱中するばかりで、カイロとか準備するのを忘れてました。ホント準備不足だなぁ...。


 ~♪
 広場のスピーカーから12時をお知らせる曲が流れます、今日は特別なのか、この時期だからなのか聞き覚えるのあるクリスマスソングの一節です。
「お腹、空いたなぁ...」
 うぅ...寒さと空腹でひもじい...。でもだからって僅かでもこの場所を離れてカイロやご飯を買いに行ったら、なんだか負けな気がする...。覚悟が折れて、ここに戻ってこれない気がする...。
「お待たせ―! ごめん待ったー?」
「カナちゃん! 俺も今来たとこだよ!」
 嘘つけ、アナタ1時間も前に来てずっとソワソワしてたでしょ。初デートがクリスマスで張り切りすぎちゃいましたか? 可愛い彼女さんですね、お幸せに!
 周りにいた他の待ち合わせっぽい人たちは次々と居なくなって、別の人が来たと思ったらまた居なくなる。私より後に来た人もどんどん居なくなっていきます。
「みんな幸せそう...」
 私、なにやってるんだろう。待ち合わせは夜なんだから、こんな時間から待ってなくていいのに...。っていけない。これは店長の優しさに付け込む、同情を誘うための作戦なんです! むなしくなんてないです!
「ねぇ、君。ずっとここにいるけどもしかして待ち合わせ相手に振られた?」
 あーもう、なんですか。ずっとここにいるって、それを知ってるアナタはなんなんですか。仮に事実だとしたら失恋した女の子はほっといてあげてくださいよ。このいかにもチャラい人、どう見ても心配して声をかけてるって感じではないです。
「振られてません。待ち合わせに早く来すぎただけです」
 一応事実です。
「早く来すぎたって、3時間くらいここにいない?」
「はぁ? 3時間も私の事見てたんですか? どんだけ暇人なんですか、あるいはストーカーなんですか?」
「あ、...いや、さっきここを通った時もいたから...」
「だったら他人の空似です。3時間前からなんていません」
「いやでも今ずっといたみたいに」
「うるさいです!!」
 いい加減鬱陶しくなって私が怒りだすと、チャラ男はこれは脈がないな諦めてどこかへ行きました。一昨日きやがれってんです。
「はぁ...」
 チャラ男を追い払うとまた寒さと空腹を思い出してきました。自分から話しかけてきたくせに弱い男ですね。もうちょっと粘りなさいよ、私も空腹とか忘れられたじゃないですか。
「って、余計に疲れる...」
 それじゃただでさえ体力削られてるのにますます疲れちゃいますね。なにやってんだろ...。
「アヤカちゃん、大丈夫?」
「ユリさん...?」
 と、再び項垂れてたら聞きなれた声に頭を上げます。そこには分厚いコートの上からでもわかるでっかいおっぱいが...。じゃなくて、ユリさんですね。
「ナンパされてたみたいだけど、酷いことされてない?」
「大丈夫です、ナシのつぶてで追い返しました」
 実際当たったら痛そう。
「ユリさんはどうしてここに?」
 ユリさんはちゃんと厚着はしてますが、いつものお出かけモードって感じではないです。
「コウタたちに心配だから様子見てきて欲しいって頼まれてね」
「...そうですか。店長、メッセージカード読んでくれたんですね」
 読まれもせずに捨てられたらどうしよう。なんてありもしない可能性にも不安になっていたのですが、読んでくれたなら一歩前進と、少し安心して笑みがこぼれます。
「あと、今日は行けないって伝えて欲しいって...」
「そうですか...」
 それは伝えられなくても、なんとなくわかっていました、あの後LINEの音も聞こえましたが怖くて見ていません。
「アヤカちゃん、今日は諦めてさ...」
「イヤです...」
「どうしたのよ、いつもはもっと素直なイイ子じゃない。そんな意地にならなくても、機会はこれからだっていくらでもあるでしょ?」
「.........」
 ユリさんの優しい言葉が、私の決心を鈍らせてきます。でも、負けてられないんです。
「機会って、なんですか。どうでもいい日に、何でもない日にデートしてもらって、自分を慰めろって言うんですか!!」
「そんなこと...」
「特別な日じゃなきゃ意味ないんです! 全然、進展しないんです! 皆さんとの楽しい日々に、溺れちゃうんです!!」
 優しい店長に、優しいユリさんに、ちょっと頼りないイツキさんに、私を応援してくれる、優しいソウスケさん...。みんなとの毎日が楽しくって、壊すのが怖くなるんです。
「私のやってることなんて、横恋慕以外のナニモノでもないじゃないですか! そんな最低な事、こうでもしなきゃやってられないんです!!」
 恋にルールはないっていうけれど、私のやってることは初恋だからって、いいことのはずがないんです。店長のソウスケさんを好きだって気持ちを邪魔してるだけなんです。
 ソウスケさんだって、店長に恋愛感情こそなくてもとても大事に想ってて。店長はそんなソウスケさんでもいいって思ってるんです。私は、ただのお邪魔蟲じゃないですか。
「私の事応援しくれるなら、私の姿を動画にでも撮って、店長に送ってください...。それで優しい店長の同情を引けますから...、一人にしてください...」
 はぁ、私ってこんなイヤな方法思いつく子だったんだなぁって、自己嫌悪してしまう。心配してくれるユリさんまで利用しようとして...。
「わかったわ...。でもそんな格好じゃ凍えちゃうから、せめてコレは貰って」
 そういってユリさんは自分のコートを私の肩にかけて、腰にブランケットをかけてくれます。
 今日の私はオシャレ優先で、我慢はオシャレ! と足も出して服も防寒性能よりも見た目重視で、その格好を隠さないためにコートもしていません。そりゃ凍えるわけです。
「...ありがとうございます」
 コートにブランケットに、なによりユリさんの心遣いに少し暖かくなります。やだなぁ、私こんないい人に心配までかけて...。コレが上手くいっても申し訳なくてまともに顔を見られなくなりそう。
「言っても無駄だろうけど、無理しないでね」
「はい」
 一応はいとは言っておきますが、意地になってる私は諦める気はないです。
 ユリさんは何度も私の方を振り返りながら私を一人にしてくれました。
「お腹...、空いたな...」
 寒さは少しマシになりましたが、代わりに空腹が強くなった気がします...。



 もう何時間、ボーとしてるだろう。あまりに動かないでいるから私の体、凍ってしまっているんじゃないでしょうか。
 空もすっかり暗くなって、代わりに街のイルミネーションが綺麗になって、沢山のカップルがいて、周りはすっかりクリスマス模様で...
 だけど、店長は来ません。
 空が暗くなり始めてから、店長がこないという事実が怖くて、時計も見ていません。多分、メッセージカードの待ち合わせ時間も過ぎています。もしかしなくても、私が予約したレストランの予約時間もとっくに過ぎて、もうキャンセルになってる頃かもしれません。
「カ、カナちゃん! こ、このあとは...」
「ホテルとってないの? 私は君の家でも平気だよ」
「え!?」
 さっき...っではないですね。お昼の一時間待ち彼氏くんと可愛い彼女さんが戻ってきてます。積極的な彼女さんですね...、女の子にリードされてますよ。そんなんじゃ君は将来尻に敷かれるぞ、ザマァミロ。
「はぁ...」
 やさぐれてるなぁ、私。
 今何時だろう...、時計見るの怖いな...。さっきの二人の会話を見るに、デートの〆にホテルに入るような時間みたいですが...。
「店長、来てくれなかったな...」
 もう時計見る必要も、意味もないですね。私は完全に...
「店長に、振られちゃった...」
 本当は、もっと前に振られているんです。それでも、初恋の盲目で足掻いてたんです。ただ、今はそれを認めるのが本当に怖くて...。
「お前、まだいたのかよ」
「コウタさん!?」
 そんな時に、聞きなれた声が聞こえて、その声が誰のものかと確認するよりも先に店長の名前を呼んでその人に振り返ります。
「悪い、コウタじゃなくて」
「ソウスケさん...ですか」
 そうですよね、店長が来るわけないですよね...。ってソウスケさんが来るのもおかしくないですか?
「あれ? ソウスケさんも店長とデートじゃ」
「コウタがらしくもなく酒なんて飲むから、ホテルに寝かせてきた」
 店長、お酒に強くないんですね。
「私の、せいですかね...」
「まぁ、お前を放置してる罪悪感を忘れたかったんだろうな」
 店長って特別お酒が好きだった風に聞いてないですし、やっぱり私の事忘れたくて飲んだんですね。
「俺もアイツも、今日はずっとお前の事が気がかりでデートどころじゃなかったよ」
「ごめんなさい...。せっかくのクリスマスデートなのに、私のせいで台無しにしちゃいましたね...」
 結局、私はみんなに心配かけて、迷惑かけて...、何にもできてなくて...、ホントに、なにやってるんだろう...。
「俺は別にいいさ、アイツとのデートは付き合いでやってるだけで好きでやってるわけじゃないからな」
 ソウスケさんが隣に座って、気にするなと言ってくれますが。そんなことはないはずなんです、ソウスケさんにとっても店長は恋人でなくても親友で、一緒に過ごす時間は楽しんでるはずです。
「それよりもお前だよ。こんなところで何時間も、こんな時間まで」
「私が、勝手にやったことですから...。心配なんて、皆さんに迷惑かけて...」
 ダメだ、泣きそう...。これ以上心配かけたくないのに、これ以上みっともない姿見せたくないのに...。
「もういい、もういいんだアヤカ。悪かった、俺がお前に期待なんてして焚きつけたから、無理させちまった...」
「だって、私...、あんなに啖呵切ったのに...全然店長の事振り向かせられなくて...、全然、魅力的な女の子になれなくて...」
「そんなことないから、お前は十分魅力的な女の子だよ。お前に惚れないコウタがバカヤロウなんだよ」
 あぁ、ダメだ、止まらない。ソウスケさんが振るえる私の肩を抱いてくれて...。タガが外れていく。
「私...私...、店長に振られて...」
 改めて、その事実を知らされて。
「うわぁぁぁぁぁん」
 ソウスケさんの胸の中で、大泣きしました。

 私の初恋は、本当ならもっと早く終わってた初恋は...、クリスマスの夜に、失恋しました...。



 その、翌日。
「ソウスケさん!」
「お、おう、おはよう。元気そうだなアヤカ...」
 昨日むっちゃ凍えましたけど、元気が取り柄な私なので風邪なんて引かずピンピンしていますよ!
 まぁそんなことはどうでもいいんです。シフトもないのに朝も早くから来た私にソウスケさんと店長が目を丸くしていますが、今の私は止まりません。
「ソススケさん! いいですか!?」
「な、なにが?」
 そうですね、本題を言わないと聞かれても困りますよね。
「ソウスケさん! 好きです! 大・大・大好きです! 最愛の人にしてください! 結婚してください!」
 ありったけの想いのウチを、ぶちまけました。
 .........。
「「えぇぇぇぇーーー?!」」
 一瞬の沈黙の後、お二人の驚愕の声がハモります。
「ちょっ、待...。お前コウタの事が好きだったんじゃないのかよ!?」
「そうだよ! ソウスケはダメだよ! アヤカちゃん僕の事が好きだったんじゃないの!?」
「さむ空の下に女の子を何時間も放置する人なんて知りません!」
「いやたしかに酷い事をしたとは思ったけど!」
 私が勝手にしたことですけどね! 逆切れですよ、えぇ!!
「店長は私の事振ったんですから、もう好きじゃないです! 今はソウスケさんに心変わりしたんです!!」
 ていうか私、店長の事は意地になってただけで、割と早い段階でこの人に惚れてたと思うのですよ。
「ソウスケはダメだって! 僕って恋人がいるんだから!」
「彼氏はいても彼女はいないじゃないですか!!」
「またそれー!?」
 今日の店長、いつになく元気(?)ですね。
「ソウスケさんはどうなんですか! 私の事どう想ってるんですか!? 昨日魅力的な女の子だって言ってくれましたよね!」
「いや、たしかに言ったし。お前の事はまんざらでもないけど...」
「ソウスケ! 昨日ってどいういうこと!? 僕とのデート中に他の女の子のところへ行ったの!?」
「ほら、ソウスケさんはノーマルなんですから、ちゃんと女の子と付き合うべきなんです!!」
 そうです、ソウスケさんはノーマルなんだから、そもそも店長と付き合っているのがおかしいのです。
「仮にアヤカちゃんと付き合うとしても、僕は別れないからね! アヤカちゃんは彼女で、僕は彼氏なんだから!」
「コウタさんだって同じこと言ってるじゃないですか!」
「待て待て待て、お前ら少し落ち着け...」
「ちょっとソウスケ!!」
 っと、ソススケさんを取り合っていると騒ぎを聞きつけたユリさんがやってきて...
「アヤカちゃんはアタシのよ!! 絶対に渡さないからね!!」
「ユリさん!?」
「お前も同性愛そっち側かよ!!!」
 こうして、レストラン・トライアングルの複雑怪奇な恋愛模様が...続くのでした。
「おはよー...、ってなにこの騒ぎ?」
 この人だけは平和ですね...。
あとがき万能ねぎトロ
恋レギュをお読みいただきありがとうございます。 ラブコメの習作としてとびきり明るく、笑えるお話を目指しました。 でもラブコメなのにキュンっ♡とするところもドキっ♡とするところもありませんね…。 コメディに寄り過ぎたかもしれない…。 反省点を踏まえつつ、次のラブコメで頑張りたいと思います。
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初恋レギュレーション!作者:万能ねぎトロ
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初恋レギュレーション!

「よっしゃー! 講義終わったー!」
「アヤカー、買い物いこーぜー」
 講義が終わって張り切る私を友人が買い物に誘う。
「ごめーん! これからバイトだから!」
 それをバッサリ断る私。このやりとり、こないだの講義終わりにもやったような?
「またかよー。アンタそんなに金に困ってんの?」
 やっぱりデジャブらしい、思えば今月に入ってから友人の誘いをバイトを理由に断り続けている。
「お金? 別に! 特にコレといって趣味ないし!」
 私、高橋・綾香は花の女子大生! そりゃ年頃の女の子らしく欲しいものは沢山ありますよ? でも自分で言うのもなんですが顔立ちは普通! スタイルも普通! 声も元気が取柄くらい! ついでに家柄も普通! お父さんはリーマンでお母さんは専業主婦です!
 そんな平々凡々な私ですから、欲しいモノも自然と身の丈にあったものになるというか、こんな凡人着飾っても仕方ないのでコスメも服もアクセもバッグも、変に高いブランド物なんかより安くていいモノ、無印良品バンザイって感じですよ。あ、でも美味しいモノ食べるのは好きかなー、コレもB級グルメ派ですけど。
「じゃぁなんでそんなバイト詰めなんだよ」
「なんでって、バイトしたいから?」
「意味わかんねーよ」
 まぁ別に、私もバイトならなんでもいいってわけじゃないですけど。今やってるバイトだからバイトしたいんです。じゃぁなんでそんなにバイトが好きなのかって?
「アンタみたいに嬉しそうにバイト行くヤツ初めて見たわ」
「フフン。だってバイトに行けば、好きな人に会えるんですよ! 一緒に働けるんですよ!」
「はぁ?」
 そう、ツマリ!
「私は、恋をしているのです!」
 どうだ、みたか、恋の力は偉大なのです、バイトだって好きになりますよ!
「あー、はいはい、コイねコイ。洗いにして食うと美味いわよね、食ったことないけど」
「露骨に流そうとしないでよ!」
 私のキメ顔を白けた顔で返された。てか流された。絶対その情報適当でしょ!
「だって、あのアヤカが恋? なんてねぇ...、プ...」
 なにやら私の昔のことを思い出して笑いをこらえているようですが、私今まで恋愛に関して可笑しなことした覚えないですよ? だって恋愛経験がないんですから。
「色気より食い気? みたいな? アンタを落とそうと食事に誘ってナチュラルに振られた男が何人いたことか」
「そっちこそなに言ってるんですか、あれもそれも知り合い同士でのただのご飯ですよ」
「知り合いって...、そういうところだよなぁ...」
 友達判定すら貰えなかったとかウケる、みたいに笑ってますが、なんの話です?
「でも飯で簡単に釣れるわけじゃないのがアヤカの面白いところだよな」
「なんですか人を暴食の化身みたいに、別にご飯に誘われたら断る理由なんてないだけです」
「でもこないだ高級ディナーの誘い断ってたろ? 向こうの奢りだって言うのに」
「そんなマナーとかメンドクサイところ行きたくないです、ご飯は丼持って掻っ込むくらいが丁度いいです」
 繊細なお行儀なんて気にしてたら味がわからなくなるじゃないですか。
「いやほんと、このアヤカが恋とか、マジ想像できないわ。見に行きたいからバイト先教えてよ」
「そんな失礼なこと言う人には教えません! ライバル増えてもイヤだし!」
 友人は年相応にオシャレさんで身だしなみにもそこそこお金を使ってて、ハッキリ言って私より綺麗です。そんな彼女が私の好きな人に惚れたりしたら...、脳が破壊される!
「大丈夫だって盗らないって、たしかにアヤカが惚れる男には興味があるけどさ」
「ぜっっったいに教えません!」
 結局遊ばれてただけだったのか、友人は私と別れるまでケラケラ笑ってました。友人の名前? もう出てこないから知らなくていいです。



「おはよーございまーす!」
「おはようアヤカちゃん」
「先輩おはようございます!」
「二回も挨拶しなくていいのよ」
「最初のはお店への挨拶で、二回目は先輩への挨拶ですから!」
「ホント元気ねぇ」
 大きく挨拶しながら入店するとレジにいた先輩に挨拶されたのですかさずお返しです。
 この人はバイトの先輩の夏目・百合さん。このレストラン「トライアングル」の改装オープンからずっと働いてるらしいベテランです。バイトというかほとんど正社員ですね、個人経営だからそういうのないけど。
 サバサバ系の美人さんで、おっぱいが大きくて背が高くて仕事も丁寧で上手で早くて良い人で、あとおっぱいが大きいです。身長かおっぱい、どっちか分けて欲しい。
 あ、私の好きな人は先輩じゃないですよ? 私はノーマルです。もし私が男だったら惚れてたかもしれませんが、それくらいステキな人です。
「あと先輩じゃなくて、「ユリさん」ね」
「そうでした!」
 なんでも改装オープンからここで働いてる三人はずっとお互いに名前で呼び合ってるので、「先輩」って呼ばれると他人行儀でイヤなんだそうです。バイトも私が初めてなんだとか。
「おはよう、アヤカちゃん」
「おはようございますイツキさん!」
 厨房から顔を覗かせたのは夏目・樹さん。ユリさんのお兄さんで、顔も身長もユリさんに似たイケメンさんです。あまり話してないのでまだどんな人かはわからないですけど。多分良い人ですよね。
 おっと、私が好きな人はイツキさんでもないですよ! この顔で厨房に引っ込んでるのは勿体ないとは思いますけど。
「やぁ、今日も元気いっぱいだねアヤカちゃん」
「おおお、おはようございますコウタさん!」
 きたー! 店長の100万ドルスマイル!! いや来たのは私なんですけど。今日最初のスマイルに思わず上ずってしまった。
 大居・康太さん。このレストランの店長さん、いつもニコニコ笑顔がステキで! 優しくて! 料理上手くて! ご飯美味くて! 調理旨くて! 私の初恋の人! 歳は私より10くらい離れてますが、恋に歳の差がなんだというのですか!
「荷物おいてきまーす!」
「お客さんのいない谷間だしゆっくりでいいよー」
 個人経営のレストランなので制服とかはなく、私服の上にエプロンを羽織るだけで...袖通さないモノも羽織るっていうのかな? ともかく、休憩室に荷物置いて手洗いするくらいしか準備することはありません。
 三人とも上の階に住んでいるので荷物があるのは私だけで、バイトに入った私のために休憩室に鍵付きのロッカーを用意してくれています。
「臨・戦・態・勢!」
「はいはい、しばらくしたら忙しくなるから無駄に体力使わないでね」
 エプロンを結んで変なポーズ取ってたらせんp...ユリさんに突っ込まれてしまった。
「たしかにラッシュ時の忙しさは凄いですもんね。私が入るまでユリさん一人でさばいてたとか凄いです!」
 そんなに大きくないお店なのですが、ご飯時になるとながーい行列が出来るほどで、忙しさに目が回ります。店長の料理美味しいですもんね、そりゃ行列もできるってものです。
「いやいや、アタシ一人じゃホールの手が足りないからアヤカちゃん入れたのよ」
「最近流行りだしたんですか?」
「なんか隠れ家的なお店を紹介する雑誌の取材受けたらしいんだけど、それがきっかけみたいね。これだけ流行ると隠れ家的もないけど」
「私も働き始める前に知ってたら流行るのが惜しく感じたかもですね...。いえ、お店が流行るのは良いことですが!」
 流行らなきゃ私はここで働くこともなかったわけですし。
「実際行列のせいで常連さんの何人かは離れちゃったわね、流行る前はお客さんとのんびり世間話してた店だったんだけど」
「それは寂しいですね...」
 ユリさんや店長の人となりからも、流行る前ののんびりした雰囲気のお店は容易に想像できます。あぁ、その頃にお店に居たかった!
「流行りなんて一過性のものだし、あとひと月もすれば落ち着くさ。そしたら常連さんも戻ってくるよ」
 店長がひょっこり出てきて店の雰囲気が変わったことを悲観も楽観もせず笑っていいます。
「私ならコウタさんの料理を一度味わったらずっと来ちゃいますけどねぇ」
「ははは、ありがとうアヤカちゃん」
「俺も作ってるんだけど」
「勿論イツキさんのも!」
 でもごめんなさい、調理サポートしてるイツキさんの腕がどんなものかわかってないです。
「あれ? でも忙しいからバイト(私)を入れたってことは流行りが終わったら...。私いらない子になってしまうのでは?!」
 そういえば私、面接のとき店長と賄いに惚けててちゃんと話聞いてなかった気がします。もしかして雇用期間とか説明されてた? マズイ...、いや賄いは美味しかったけど。
「心配しなくても落ち着いたからってクビにはしないよ。その時はアヤカちゃんが入ってくれる日は僕たちの誰かが休めるからね」
「こんなイイ子クビしたらアタシがやめてるやるわよ」
 おぉ、ちゃんと流行りが過ぎた後の事も考えてくれてました。やっぱり店長サイコーです! でも
「コウタさんは休んじゃダメです! コウタさんのご飯目当てに来るお客さんに申し訳ないです!」
「ははは、そんな大げさな」
 店長がいないんじゃ私がバイトに来る意味がないじゃないですか!
「俺も作ってるんだけど」
「イツキさんのファンもきっといますよ?」
「疑問形でフォローしないで...」
 ホールの方ならその顔にファンはついたでしょうけど。厨房にこもってるからどうだろう。
リンリーン
 と、全員で駄弁っているとお店のドアが開く音がしました。
「「いらっしゃいませー!!」」
 その音に誰が言うでもなく談話は解散し、それぞれ持ち場に戻ります。お昼にはまだ早いお客さんですが、混む前に来るお客さんは断続的に来ます。ここから加速度的に忙しくなりますよー。



「ひゃーー、ぐるぐるー」
 お昼のラッシュが終わっておやつの時間も過ぎた頃、谷間に入ってようやく一息ついたもののまだぐるぐるしている気がします。
「アヤカちゃんお疲れ、ケーキでも食べてゆっくりして」
「わーい! コウタさんありがとー!」
 休憩室でなくホールの方の椅子にどっかり座り込んだのに、注意でなくケーキを出してくれる店長優しい! ケーキが店長の手作りじゃない(多分近所のケーキ屋さんのヤツ)のが残念ですけど。
「こんなに忙しいのにほとんど毎日入ってくれるとか、アヤカちゃんイイ子すぎでしょ」
「毎日じゃないですよ? 定休日ありますし」
「そりゃそうでしょ...」
 私にとっては店長に会えないアンニュイな日ですが。
「若い子はもっと忙しいの嫌がるものだと思うんだけどな、ウチの給料ってそんなに良くないだろ?」
「どうでしたっけ?」
 店長と賄いに(略)でお給金の事なんて覚えてない...。まだ働き始めて三週間と少しなのでお給金貰ったこともないですし。
「ちょっとコウタ、アンタちゃんとアヤカちゃんに給料の説明したの?」
 なんて私がトボけた事を言うので店長が責められてる!
「え...、ちゃんとしたはずだけど。ごめんアヤカちゃん、抜けてた?」
「あ、大丈夫です、ちゃんと聞いてます(聞いてない)。そりゃ忙しいのはちょっと辛いですが、それ以上にここで働くのが楽しいので!」
 忙しいと店長の顔をじっくり見る暇もないのは辛いですね。でもラッシュが終わったらこうやって笑顔で労ってくれるんですから、またやる気になるってもんですよ!
「はぁぁぁ、ホントあんたって子は...」
「嬉しいこと言ってくれるねー」
 ユリさんに抱かれて店長と二人で頭を撫でられます。ふわぁーおっぱいの包容力が凄くて意識がそっち持っていかれる! 店長に撫でられてるのに感覚がわからない!
「でもホント無理しないでね、大学の単位も大丈夫?」
「遊びたい盛りの友人が私の分も午前中に集中して調整してくれたので大丈夫ですよー」
 包容力が惜しいモノの、抱きつくユリさんをひっぺがして店長の手の感触だけを堪能します。あー、癒されるー。
「その子ってアヤカちゃんと遊ぶ予定で調整してくれたんじゃないの? なんか悪いことしちゃったわね」
「そういえば今日もショッピング誘われましたね。まぁ、私なんていなくても一人で楽しめる子なんで大丈夫ですよ」
「友達には結構ドライなのね...」
 あっけらかんとした私にユリさんが苦笑しています。そりゃ当然、友達より恋ですよ! 友人もカレピがいたときは私の事放置してたんだからお互い様です!



「おーー、わったー!」
 夕方から続いたラッシュが8時まで続いて、閉店時間の10時まではそこそこ落ち着いた客足でした。
 トライアングルはスイーツとお酒を置いてないので(さっき出してくれたケーキは店長が個人的に買ってくれてるヤツです)おやつ時と飲みの時間には客足が引きます。同じ理由で若い子や社会人の団体さんみたいなのもほとんどないですね。テーブルもカウンターもそれぞれ4人までが限界ですし。
「みんなお疲れ様ー、アヤカちゃんリクストあるかい?」
「アタシらにも聞いてよ、アヤカちゃんにだけ甘くない?」
「ユリは「なんでもいい」ばかりだったからな」
 閉店後は私とユリさんでホールの掃除をして、イツキさんが厨房のお片付け。その間に店長がみんなの分のご飯を作ってくれます。これがここで働くなによりの楽しみです!
「待ってください、ちょっとどっちにしようか悩んでて...」
「悩んでくれるとリクエストしがいがあるねー」
 今日はオムライスか...ハンバーグか...。蕩ける卵のオムライスは面接の賄いで食べて一目惚れしたメニュー...いや惚れたのは店長にですけど。でも今日はいつもより疲れた気がするから店長の手ごねハンバーグをガッツリ行きたい気分だし...うーん、どっちも捨てがたい...。そうだ!
「ハンバーグオムライスで!」
「おおっと合体してきたわよこの子」
「はははは!」
 そんなメニューはない? 別にお店のメニューに限定されていませんもの。そういう料理(?)があったっていいじゃないですか。
「ダメですか...?」
 ちょっと不安げに、らしくもなくおねだり目線をしてしまいました。だって選べないんだもん。
「いいよ、いいよ。それじゃぁ美味しく作るから、疲れてるだろうけど片付けも頑張ってね」
「はい! ツヤツヤのピカピカにします!」
 御馳走が待ってると思うと疲れてても掃除お片付けに精が出るってもんですよ。勿論御馳走がなくても店長の大事なお店なので綺麗ピカピカにしますが。

「「「「いただきます」」」」
 ホールの中央に残したテーブルに料理が並べられ、全員で手を合わせます。休憩室は四人で食事するには少し狭いのですよ。
 今日の賄いは私のリクエストしたハンバーグオライス! なんとここのメニューだとケチャップのはずのオムライスにもデミグラスソースがかかってて、ハンバーグにも卵がかかっています。私が適当に合体させた料理なのに、アレンジしてくれるなんて店長ステキ過ぎます!
「んー♪」
 ハンバーグに蕩けるオムレツとデミソをからめて一口。あまりの美味しさに感想なんて出てこない、言葉を失うってヤツです。感想を言うために脳のキャパなんて使ってられません、全神経舌に集中ですよ!
「ウチのオムライスにデミグラスソースも合うじゃん」
「ハンバーグにこのオムレツとチキンライスもなかなか、コレ本格的にメニューに追加していいんじゃないか?」
「そうだね、ハンーグをちょっと小さくして...」
 私が全力で味を楽しんでいる横で、盛り付けをどうするかとか値段をどうしようとか、経営者目線のお話がされてます。皆さんプロですね...。お話に混ざれないのは残念ですが、私も今はこの味を堪能したいので問題なしです。
 後日、この私の食い意地の化身「オムバーグライス」がホントにメニューに追加されるとも知らずに...。注文が入るたびに自分の食い意地を思い出させられるのは何の罰ゲームですか?

 賄いを食べた後は店長が車で家まで送ってくれます。面接のときに送迎の説明はなかったと思うの(惚けてたのであやふや)ですが、夜遅くに女の子を一人で帰すのは危ないと店長が申し出てくれました。
 最初に言い出したのはユリさんなんですけど、ユリさんは車の免許を持ってないので女性二人で歩いて帰るのは結局危ないし、帰りがユリさん一人なのも危ないです。てか美人のユリさん一人で帰るほうが危ないです。そういうわけで店長が車を出してくれることになりました。
 せっかくの店長との二人きりなんですが、疲れとステキな満腹感でいつもウトウトしてしまって良いムード作りどころではありません。男の人はみんな狼といいますが、普通に家には両親がいるので店長が送り狼になるようなこともないです。どのみち店長はそういう人ではないでしょうけど。



 そんなこんなの、私の楽しいバイトライフがひと月と少し過ごしたころ、事件が起きました。
「はぁー...店長ステキ過ぎます」
 今日は大学の講義もないので朝からシフトに入ってます。と言ってもモーニングはパン屋さんのトーストがメインで店長が腕を振るうほどのこともないせいか、あまり混むことがないようです。
 今朝私が入ったのは、仕入れ業者とのお話で店長(とイツキさん)が留守にするからですね。店長がいないのになんで上機嫌なのかって? なんと朝のシフト入れたら家まで迎えに来てくれたんですよ!
「薄々気が付いてたたけど、やっぱりアヤカちゃんコウタ狙いなのね」
「そりゃもちろんですよ!」
 お客さんもいないので休憩室で店長への愛情をぶちけます。ユリさんは私にとってもうなんだかお姉さんみたいな存在なので、今更隠す気もないです。
「そうかー、コウタ狙いかー...。道は険しいわねぇ...」
 と、何故かユリさんに渋い顔をされます。いや、10歳ほども歳の差があれば当然か。
「歳の差がなんだというのですか! 店長も年齢よりずっと若く見えますし!」
 私も中学生くらい?とか言われたりしますけど。現役女子大生だっての!
「いやー、歳の差は大した事じゃないってアタシも思うんだけど」
 あれ? 歳の差ではない? 他に懸念するようなことがあるとすれば...。
「歳の差じゃないとすると...。よもやユリさんと店長が既に付き合って?!」
 ここの三人はなんだか家族みたいなやりとりをしていて、とても恋愛的な感じはないので全く考えていませんでしたが、あれは熟年夫婦的なやりとりだったのでは?!
「あーナイナイ。コウタはイイヤツだけどアタシがアイツに惚れるのも、その逆もありえないわ」
 と思ったら、照れた様子もなく、まさしく脈がなさそうに否定と断言をされました。
「ではすでに、彼女さんがいるとか?」
 むしろあんなにステキな人に彼女さんがいないと考える方がおかしいのでは? なんで私今までそのことを懸念しなかったんだろう。
「あーいや。彼女はいないわね、“彼女”は」
「うん?」
 何故だか彼女がいないことを強調してユリさんの顔は渋くなります。
 リンリーン
 もっと深く問いただそうと思ったら、お客さんが来てしまいました。その音を聞いてユリさんは厨房へ、私はホールへ急ぎます。
 いつもの厨房の二人がいませんが、モーニングは作り置きの具材を盛りつけたり挟んだり焼いたり、スープを温めるだけなのでユリさんで十分だそうです。
「いらっしゃいませー」
 案内もないのにお客さんは既に奥のテーブルに座っていたので、とりあえず0円スマイルでお迎えします。
「ビール」
 は? なんかガラの悪そうな人だなーと思ったら、開口一番そんなことを言われて、0円スマイルで固まってしまいました。
「...、だからビール」
「えーと...、ごめんなさい。当店にアルコールは...」
「無いわけないだろ、冷蔵庫に入ってるはずだから早く持って来い」
 なんなんなですかこの人。ボサボサ頭に目つきも悪い、とてもウチの常連さんには見えない風貌。しかもこんな朝からビールて。もしかしてクレーマーってヤツですか?
「はぁ...」
 とりあえずあるとも思えないビールを取りに厨房に行きます、ユリさんに相談もできますし。
「あのー、ユリさん、ウチにビールなんてないですよね?」
 冷蔵庫を開ける前にスープを温めているユリさんに聞いてみる、料理に使うワインとかならまだしも、ビールなんてねぇ?
「あー...、冷蔵庫の二段目の右奥にあるから」
「あるんですか?!」
「グラスに注がなくていいから、そのまま持ってって」
 注文の相手に心当たりがあるのか、珍しく不機嫌そうにユリさんが言います。たしかに冷蔵庫の2段目の奥、隠すように缶ビールが数本ありました。
「どうぞ...」
 このまま出すの? と私が怪訝な顔をしてみればユリさんが頷くので、せめてお店らしくとお盆に乗せて持っていきます。
「.........」
 当のクソ客はビールが運ばれてきても私と目を合わせもせず、ジャケットの奥をごそごそしだして煙草の箱を...って!
「ちょっと! ウチは全席禁煙ですよ!」
「俺はいいんだよ」
「いいわけないでしょ! 他のお客さんの迷惑です!」
「ほかに客もいねぇのに、誰の迷惑になるんだよ」
「臭いが残ります! 席にも! 私にも! お店にも!!」
 俺はいいって何様ですかこの人! 誰だろうと良い訳ないでしょ、そういうマナーの悪さが喫煙者全体の評判を下げて、マナーのいい人の立場まで悪くするんですよ!
「チッ...」
 私の猛抗議に舌打ちしながらもタバコを仕舞ってはくれましたが。なんですかその態度、自分は悪くないみたいに。お酒とタバコで肝臓やられて早死にしてしまえ!
「おい、ユリ。俺のこと話してねぇのかよ」
「誰がアンタの事なんて、会わせないように朝のシフトには気を付けてたくらいなのに」
 注文もないのにモーニングを持ってきたユリさんに男は文句を言っています。やっぱり常連さんらしい。もしかして朝のお客さんが少ないのってこのクソ客のせいなのでは?
「今日も朝一で打ちに行くって聞いてたからアヤカちゃん入れたのに、来るんじゃないわよ」
「大負けしたんだよ。アイツも軍資金もっと寄こせよな」
 打ちに行くって、パチとかスロの話ですか。ってじゃなくて。
「ユリさん、誰なんですかコイツ!」
「コイツて、教育のなってない新人だな」
「あー...」
 クソ客の方は不満を漏らしてますが、ユリさんも客と思っていないようなので乗っかります! ユリさんは言いたくなさげにクソ客の方を指刺して。
「この店の、オーナー」
 .........。ワタクシ、硬直。
「オーナーァァァ?!」
「オーナー様だぞ。ほれ、敬え」
「敬わなくていいわよ、名義だけで何もしてないから」
「オーナーって! だって皆さん三人でやってるって...」
「そ、だから“三人でやってる”。コイツは何もしてないわ」
「そんな、ステキな店で...、ステキな人たちが働いてて...。なのにこんな見るからにパチンカスが店のオーナーなんて!」
「そう、アル中ニコ中パチンカスクソヤロウがオーナーなのよ...」
「オーナーに向かって言いたい放題だなお前ら」
 略して役満糞野郎は侮辱されるのに慣れてるのか意に介さずトーストにかじりついてます。
「それよりコウタはいねぇのかよ」
「仕入れ業者と商談があるからいないわよ、昼前まで戻らないから」
「マジかー、軍資金せびりにきたのによー」
 ちょっと聞捨てならないこと言ってますね。
「ちょっと、店長にお金をせびるってどういうことですか! オーナーだからってそんなの許されませんよ!」
「別にオーナーだからじゃねぇよ」
「コイツ、コウタの彼氏なのよ」
 .........え?
 え?
 え?
「か、彼氏...?」
 いや、まって、彼氏? 役満糞野郎はどう見ても男ですよね? 店長も男...ですよね? 実は女だった? いやいや、そんなはずは...。
「彼氏じゃねーよ」
「ですよね! 彼氏じゃないですよね!!」
「ヒモだ」
「もっと最悪じゃないですかー!!」
 彼氏どころか、ヒモて...。え、つまりマジ彼氏...?
「ユリさん、さっき店長に恋人はいないって!」
「“彼女”はいない、って言ったのよ。彼氏はいてもね」
「じゃぁやっぱり...店長って実は女...」
「正真正銘、男よ」
「あいつゲイだからな」
 ガラガラガラ...。私の中で色々なものが崩れた音がしました...。
 私が大好きになった人が、初恋の人が、よりにもよって、ゲイ!? しかも、その相手が...。
「言っとくけど俺はノーマルだからな」
「寄生虫ね」
 惚れられてるのを良いことに店長に寄生している...
「しゃーねぇ。コウタがいねぇならレジの金貰ってっても...」
「いい訳ないでしょ。ぶっ飛ばすわよ」
 役満糞野郎て...。



「あの、今日はホントにすいませんでした...」
 その後、あまりのショックに魂の抜けた私は休憩室でグロッキーしていて、昼も夕のラッシュもまるで何もできませんでした。
 ようやく我を取り戻したのは店じまいの準備をしているときに店長に声かけられた時で...。好きな人に迷惑をかけてしまった申し訳なさもあり、小さい声でしか謝れませんでした。
「あーいや...僕の方こそごめんね。ソウスケに会ったんだよね。僕がもっとお金渡しておけば会うこともなかったのに」
 店長はまるで全然悪くないのに、落ち込んでる私を気にかけて謝ってくれます。ホントにこの人はステキ過ぎます...。なのに恋人があんなのだなんて...。
「コウタさんは悪くないです。私が...私が...。ごめんなさい、ごめんなさい...」
 私が勝手に店長を好きになって、勝手に舞い上がって、勝手にショックを受けたんです。ホントに店長は悪くないんです。ダメだ、謝らなくちゃいけないのに涙が止まらない。
「アヤカちゃん、辛いならしばらく休んでもいいのよ?」
 私が失恋した事を知っているユリさんも優しくしてくれます、頭を撫でながら言ってくれる提案はまるでこのままバイトをやめてしまっても仕方がないと言った感じでした。
 そうですよね、店長目当てにバイトしてたんだから、失恋したなら続ける意味ないですよね。でも、だからこそ...。
「コウタさん!!」
「なんだい? アヤカちゃん?」
 涙を拭いて決心します。そうです、まだ私の恋は終わっていません。
「コウタさん、好きです! 大好きです! 愛してます! 付き合ってください!! 恋人にしてください!! 彼女にしてください!!」
「「「えぇぇぇえ!?」」」
 ありたっけの気持ちをあらん限りの言葉に込めて告白しました。
「ちょ、アヤカちゃん!?」
「え、えと...。ユリに聞いたと思うけど僕にはもう彼氏がいるから...」
「彼氏はいても彼女はいないじゃないですか!!」
 彼氏と彼女なら浮気にならないでしょ! 多分!
「いや、だから...。アヤカちゃんの気持ちはうれしいけど...僕は女の子の事を好きには...」
「だったら!!」
 バンと胸をたたいて、そして店長を指さします。
「私が! コウタさんを惚れさせてみせます! 女の子の魅力でメロメロにしてやります!!」
「え...、えぇぇ...」
 キメ顔で、更に告白です。あんな役満糞野郎には絶対に負けません!!
「ゴホッ...ゴホッ...」
 胸を、強くたたき過ぎました...。
「アヤカちゃん大丈夫?」
 店長は困惑して、イツキさんは硬直して、ユリさんが背中をさすってくれました。私、かっこ悪い...。



「いやー、昨日はビックリしたわー」
 翌日、何食わぬ顔でバイトに入った私を、皆さんはとりあえずいつもの感じで迎えてくれました。店長はちょっと警戒してる感じでしたが。昼のラッシュが終わってその谷間の休憩中。
「私だって驚きましたよ、まさか店長がゲイだったなんて...」
 そりゃユリさんを好きになるのがありえないって断言するわけですよ。ん、でもユリさんも店長を好きになることはないって断言してましたし、しかも名前が...。
「ん、百合...ってもしかしてユリさんも!?」
 思わず少し引いて自分の体を抱きしめます。
「ちょっと人の名前で勝手に変な想像しないで欲しんだけど」
「あ、はい、ごめんなさい」
 そうですよねー、名前が「百合」だからってそのまんまビアンな訳ないですよねー。
「ああは言ったものの、ゲイの人を女の子好きにするにはどうしたらいいんでしょう?」
「アタシに聞かれても...。ちなみにアヤカちゃん恋愛経験はどんなもんなの?」
 そりゃユリさんが知る訳ないですよね、ユリさんも店長の事を好きになるのはありえないって言ってましたし。
「店長が初恋です!」
 思えばこの歳まで恋もしたことないってヤバイですね、店長を好きになった私は年上好きだったのかな?
「えぇ...女子大生で...? アヤカちゃんモテそうなのに?」
「モテた試しはないと思いますけど...、仮にモテても私の方が好きにならないなら恋に発展しませんし?」
「あぁなるほど、無自覚に振るタイプか...」
 なんかユリさんが友人みたいな事言ってます。だからモテませんってば!
「恋愛経験0なのによくあんな啖呵切れたわね?」
「そこはまぁ、若さの故の無謀といいますか、勢いと言いますか」
 店長の事、諦めたくないんですもん。
「それに恋人があんなクズなら、ゲイでも女の子にワンチャンあると思いませんか!?」
 男の人は高飛車な美人より素朴な子の方がいいって言うじゃないですか。店長はゲイだからわからないけど...。
「そのクズに惚れこんでるんだけどね」
「ホントに...。店長もあんな人のどこがいいんでしょう」
 身長は高かったしスタイルも悪くはなかったと思いますけど。それ意外に好きになるような要素ないように見えました。まぁ全部第一印象で実際どんな人かは知りませんけど...。でもユリさんも嫌ってた感じだし良い人だとは思えません。
「参考までに本人に聞いてみる?」
「え?」
「コウター、ソウスケのどこが好きなのかアヤカちゃんが聞きたいってー」
 私の返答も待たずユリさんが店長を呼んでしまう。
「ソウスケの好きなところ?」
「え、いや、あの」
 たしかに気になりますけど、店長にとってはあんな役満糞野郎でも愛している人なわけで、それを悪く言ってたのは店長的にも印象良くないと思うのですが...。
「そ、あんなクズのどこがいいのかって」
 ってユリさんー! ぶっちゃけないでー!
「あー、なんていうかな。ソウスケとは幼馴染でさ、ずっと僕のあこがれだったんだ。昔はあんなんじゃなかったんだけど...ホントは良いヤツなんだ」
 幼馴染かー、コレは意外と難敵では?
「気の弱い僕の手をいつも引いてくれて...守ってくれて、この店もソウスケの叔父のものなのに僕に任せてくれて...。料理の研究だって夜遅くまで手伝ってくれてたし...」
「でもそれ全部過去の話ですよね?」
 昔は店長が惚れるくらいイイ男だったのかもしれませんけど、今は役満糞野郎じゃですか、それじゃ恋も冷めると思いますけど。それとも店長って駄メンズ好き?
「今でも...イイヤツなんだ。ソウスケはノーマルなのにゲイの僕の気持ちに応えてくれてるしさ...。あ、体の付き合いはないよ、ソウスケが嫌がるから」
 なんというか、店長も店長なりにノンケの幼馴染に惚れてしまったことをとても悩んだんだろうな...と、あの人を擁護する言葉から感じ取れます。
「えっと...、そういうわけだから、僕の事は諦めて欲しいな!」
 と、言い残して店長は厨房へ戻ってしまいました。
「だそうよ?」
「諦めません! 気持ちに応えてくれるって、それ結局惚れた弱みに付け込んで寄生してるだけじゃないですか!」
「まぁ、そういう風にも見えるわね」
 やっぱり店長はあの人を「クズ」だと思ってないみたいですが、だったらなおの事その目を覚ませないと!
「意気込むのはいいけど、結局コウタを落とす方法は思いついた?」
「そこなんですよぉ...」
 そして振出しに戻る。恋愛経験0で、しかも相手がゲイとか、振り向かせるには相手が悪すぎます。あぁぁぁ、こんな事ならもっと恋愛しとくんだったー...。
「相手がゲイですから、男装するとかでしょうか?」
「たしかにアヤカちゃんなら可愛い男の子にはなれそうだけど」
 今どこ見て言いましたかユリさん。たしかに胸も身長もユリさんと比べてないですけど。
「でもそれ根本的解決にはならないんじゃない?」
「ですよねぇ。やっぱり無難に女の魅力をアピールして...」
 って私にない物をアピールしろと? 今更盛っても偽乳なのバレますし。
「うーん、まぁ、コウタのヤツもアヤカちゃんの事は「可愛い妹」みたいに言ってたから、女の子的な魅力は感じてはくれてるんじゃない?」
「わぁ、嬉しいです。一歩前進ですね!」
 それって「家族」って事だから異性(恋愛的な意味で)としては結局遠くなったような気がしますが。
「妹的な魅力...」
 そういえば男の人は「義理の妹」って設定に弱いとか聞きますね。
「おにいちゃん!」
 試しにどんなものか声に出してみます。どんな呼び方が効果的でしょう。
「え、なに?」
「イツキじゃねぇ、引っ込んでろ」
 っと、厨房のイツキさんが自分が呼ばれたのか?と顔をのぞかせてきます。そういえばユリさんのお兄さんでしたね。
「妹的にせよ女性的にせよ、まずは女の子を磨かないとね」
「うっ」
 しまった、私メイクも服も大したものも技術もないですよ。恋愛経験0がここに来て足を引っ張りまくる!
「今の垢ぬけない感じのアヤカちゃんも可愛いと思うけど、よかったら次の休み一緒に買い物にいかない?」
「ホントですか!? ユリさんと一緒なら心強いです!」
 なんと、思わぬ助け舟です。ユリさんほど美人ならコスメもブランドも詳しそうです。幸いバイトに入まくってたので軍資金も沢山あります。
「私もアヤカちゃんを磨きたいと思ってたのよね」
 フフフと笑うユリさんはホントに綺麗で、ステキなお姉さんです。あぁ...私も同性愛者になってしまいそう。って、なに扉開こうとしてるんですか、気をしっかり持って私!



「おはようございまーす!」
「ちょっとアヤカちゃん、それじゃバイトに入った時みたいじゃない」
 次のお店の定休日、ユリさんはお店の上の階に住んでるのでお店で待ち合わせしました。定休日とはいえ朝なので「おはようございます」と言ったらいつものテンションのせいで出勤したみたいになってユリさんがクスクス笑ってます。
「わぁ、今日のユリさんすっごいステキです!」
 いつも動きやすさ重視で地味目(それでも美人)の格好したユリさんですが、今日は花柄のシャツにフレアスカートでとっても女性的です。私? 量販店のセールで買った無地のワンピですが何か?
「ふふふ、女の魅力のお手本を見せないといけないから、私も結構気合入れちゃったわよ」
 まるでデートに行くかのような格好とお化粧でそうやって微笑まれると、店長を落とす前に私がユリさんに落とされそうです。ユリさんヤベェ。
「あら、おはようアヤカちゃん」
 っと、ユリさんに見とれていたら店の奥からもう一人女性の方が出てきました。
「え...? えと...」
 暗がりから出てきたその女性がまた背が高くて、すごい美人で...。モデルさんでもやっていらっしゃる?ってなくらいの人で...。なんか親しげに挨拶されたけどこんな美人さん凡人の私の知り合いにいませんよ?
「ごめんなさい、どちらさまでしたっけ...」
「あー、ごめんね、わかるものだと思ってうっかり」
 わかるわからないじゃなくて、まずご存じな...、ってこの声の感じは...。
「ん? え? もしかして...コウタさん?」
「うん、正解」
 と、女性らしく笑います。いや、正解て。
「え? コウタさんて実はやっぱり女性!?」
「違う違う、女装よ。女装の時はいつもアタシが仕上げてるの」
「あ、女装ですか、って。いつも?! そんな頻繁なんですか!?」
 店長に女装の趣味があったというのも驚きですが、それ以上に女装なのに私より綺麗ってズルくないですか!? 自分より綺麗な人落とせって難易度爆上がりなんですけど!
「ソウスケがデートの時に外で男にベタベタされるの嫌だって言うから、デートの時はユリに女装させて貰ってるのよ」
 だから喋り方まで女言葉なんですね...。女装が趣味な訳ではない、と。
「おーう、待たせたなコウタ...。って小娘じゃん」
 と美人二人に見とれたり驚愕したりしていると私の後ろからアイツが入ってきました。
 店長の説明の通りデートらしく、こないだはボサボサ髪に適当な服だったコイツも今日は髪をきれいに整えて服もなんだかオシャレさんな感じで...。言いたかないけどなんだかちょっとカッコイイです。
「小娘じゃないです!」
 たしかにこの二人に並ぶと小娘にしか見えないですけど! ...なんか私この中で一番しょぼくないですか? 花の女子大生なのに...。うぅ、やさぐれそう...。
「あーアヤカだっけ?」
「下の名前で呼ばないでください!」
 トライアングルの皆さんとはお互いに名前で呼び合ってますけど、この人には呼ばれたくありません。
「だって俺コイツラが下の名前でしか話さないから上の名前しらねーもん」
「高橋です!」
「俺は月見里・聡介。よろしくな」
「聞いてません! よろしくしません!」
 別に自己紹介したんじゃないっての! アナタの名前にも露ほども興味ないし!
「こりゃまた嫌われたもんだなー」
 たしかに店長の事で一方的に嫌ってますけど、初対面の時点で好かれる要素なかったでしょアナタ!
「ごめんなさいソウスケ、行きましょうか」
「ま、気にしてねーよ」
「アヤカちゃん、ユリ、またね」
 そう言って店長はヒモ男の腕に抱きつくと一緒に店を出て行ってしまいました。傍から見たら普通の...どころか美男美女のお似合いのカップルにしか見えません。むぅ...悔しい。
「アタシらもいこっか」
「はい...」
 うぅ、好きな人の女装姿が綺麗すぎて出鼻をくじかれました...。テンションダダ下がりです、なんかもう色々と勝てる気がしないのですが?
 その後、ユリさんとのショッピングは私の女の子磨きということでしたが、ほとんどユリさんの着せ替え人形状態で、心のくじけた私もそれにされるがままでした。
 ユリさんもこんな小娘を着せ替え人形にして楽しいのかなー? まぁお世話になってるユリさんが私なんかで喜んでくれるなら嬉しいことですが。



 あれから暫くたって、特に進展も計画もないままいつものバイトが続いてたある日の事。
「え? 店長おやすみ?」
 エプロンを結んでいるとユリさんに店長が病欠でお休みと聞かされました。
 あれから流行りも少し落ち着いてきたので行列は出来なくなりましたが、それでもご飯時にはそこそこの客足になります。常連さんも戻ってきたようです。
「そんな! イツキさんなんかでウチの料理大丈夫なんですか?! いやそれよりも店長は大丈夫なんですか?!」
「アヤカちゃん酷くない...?」
 厨房から顔を覗かせたイツキさんが渋い顔をしてますが、今はイツキさんなんかより店長ですよ!
「コウタのヤツはただの風邪だから大丈夫よ、あいつ季節の変わり目に体調を崩しがちなのよねぇ」
「そうなんですか...。後でお見舞いに行ってもいいですか?」
 コレは看病イベント突入では!? いや、好きな人の病欠を喜んじゃいけませんね。店長はお店の上の階に住んでるはずです、谷間とかにお見舞いにいけるかな...? 店員が仕事中に病人のところ行くのは衛生的にマズイか。
「お見舞いするほどの事でもないけど、後でね。料理の方はイツキじゃ不安なのはその通りで」
「ユリもひでぇ...」
 ユリさん、お兄さんのイツキさんに結構毒舌ですよね、兄妹仲は悪くないと思うのですけど。
「こういう日はヘルプが来てるから...」
「ヘルプさんですか」
 「ヘルプ」というのに、ユリさんの顔がなんだか不満げです。こういう時によく来てくれる人なのでしょうか。あれ? でもバイトって私が初めてだったんじゃ?
「よっ、そのヘルプさんです」
「ソウスケなのよ...」
 厨房から顔を退かせたのはあの憎たらしい顔で、ユリさんが頭を抱えてこちらでございますとしています。って
「えぇぇ!? この人がヘルプって! それならイツキさん一人の方がまだマシじゃないですか!?」
「今日のアヤカちゃんは毒舌だなー...」
 厨房のイツキさんからなんだか涙声が聞こえた気がしましたが、多分気のせいです。
「コイツ、料理の腕はコウタ並なのよ」
「ガキの頃からジジイの手伝いで料理はしてたし、そもそもコウタに料理教えたのも俺だからな。ちゃんと調理師免許も持ってるぞ」
 そういえばここはコイツの叔父の店みたいに言ってましたね...。 
「そういうわけで厨房の方は心配いらねぇから、安心して注文取ってきてくれ」
「むぅ...。ホントに料理の腕が良くても勤務態度の方は心配ですが...」
 よもや勤務中にお酒飲んだり厨房で煙草吹かしたりしないでしょうね。
 そんな私の心配とは裏腹に、その後すぐ訪れたお昼のラッシュも、夕方のラッシュも、何事もなく終わりました。
 ふむぅ...、たしかにお客さんたちは常連さん含めて特に料理に不満はなさそうです。厨房に籠ってくれてるので私も顔を見なくて済んみました。と言っても店長不在でテンションはいつもの半分以下でしたけど。



「おつかれ、なんかリクエストあるか」
 そして店じまいのお片付け中、アイツから賄いのリクエスを聞かれました。そうですよねぇ、賄いもこの人が作る事になりますよねぇ。いつもならテンション最高潮なのに今日は全然盛り上がらないです。
「店長のご飯」
「それは本人がいる時に本人に頼め」
「...、イツキさんのご飯」
「アヤカちゃん...!」
 イツキさんがなんかめっちゃ喜んでます。コイツの料理を食べるくらいならイツキさんの料理のがマシですから。
「お前は厨房の片づけがあんだろ」
 が、一蹴されてシュンとして厨房の奥に引っ込んでしまいました。ヘルプの癖に立場はイツキさんより上なんですね...。そういえば一応オーナーでしたか。
「特にないです」
「わかった。じゃぁメニューから適当に作るわ」
 私が不満げに、なんなら「いらない」と言わんばかりに言ったのに調理に戻りました。ハッキリ「いらない」と言わないのは今にもお腹が鳴りそうだからです、言ったタイミングでお腹が鳴ったら大恥じゃないですか。
 で。
「お、オムバーグライス...」
 出てきたのが、チキンライスの上に薄めの大判ハンバーグが乗せられて、その上にトロトロオムレツと自家製デミグラスソースがかけられた...。そう、私の食い意地の化身「オムバーグライス」です。
 どういうわけかあれから三日後にはメニューに並んで、瞬く間に人気メニューになった、私の好物です。コイツに出されるとか何の嫌がらせですか。
「人気メニューなんだろ?」
「アヤカちゃん考案の大好物ね」
「リクエスト率ナンバーワンだね」
 ちょっと! ばらさないでくださいよ! あんな態度とった手前、好物が出された私の立場がないじゃないですか!
「へぇ、看板娘の考案だったのか。お手柄だな」
「誰が看板娘ですか!」
 そんなものになった覚えはないです。皆さん純粋に店長の料理を食べに来てるんですから。
「とにかく、出たものはちゃんといただきます!」
 まだちょっと不満ですが、椅子にどっかり座って手を合わせます。
「「「「いただきます」」」」
 いくら私の好物で見た目も遜色ないと言っても。店長の味じゃないならそんなに好物でもないです。
「パクッ...、ん~♪」
 と、一口で一気に私の顔がほころびます。え? ナニコレ、美味しい。店長の味と変わらない、あるいは店長より美味し...いやそんなはずはないです。
「はい、アヤカちゃんの満点いただきました~」
「コレが話に聞いてた満点顔か」
「俺もまだ貰ったことないのに...」
 なんですか、この顔は美味しいものを食べたときのただの条件反射です。別に採点とかしてないですよ!
 嫌いな人の料理を美味しく食べるのは不服ですが、料理に罪はないです。美味しいものはちゃんと美味しく食べてあげないと。
「流行りも落ち着いたって聞いてたが、リピーターが思ったより増えてんだな」
「この看板娘が人気あるからね」
「あぁ、だから朝は客が増えてねぇのか」
「そ、朝は基本的にアヤカちゃん入ってないからね」
「朝にもっと入ってもらえないのか?」
「大学の単位もあるし、ただでさえほとんど毎日入ってもらってるのにそこまでお願いできないわよ」
「たまのアヤカちゃんのお休みが大学のスケージュルのおかげでランダムだから、お休みがわからなくて客足が変わらないのは有難いね」
 なんだか私の事を話しているようですが、オムバーグライスを堪能しているのでなんの話をしているかは頭に入ってきません。美味しいモノの前では舌に全力なのです。



 そしてその帰りの事。
「えぇぇ!? この人が送迎するんですか!?」
「他にいねぇだろ」
 そういえば忘れてました、いつも送迎してくれてたのは唯一車の免許を持ってる店長で、今日はその店長が病欠だということを。
「アタシも心配だけど。流石に一人で帰らすよりかはね...」
 むぅ、この人に送られるくらいなら一人で帰ろうと思いましたのに。ユリさんも一人で帰す気はないですか...。あのバンって仕入れ用だから助手席しかないんですよね。
「アヤカちゃん! スマホをずっと構えててね、何かあったらすぐにでもアタシに連絡するのよ? ホテルに連れ込もうとされたらぶん殴ってでも逃げてね?」
「もちろんです!」
「何もしねぇっての」
 ユリさんがめっちゃ心配してくれてます。店長の恋人ではありますがノーマルって言ってましたもんね、私だってこの人と二人きりとか怖いです。
 とりあえずユリさんの言う通りスマホを見えるように構えて、いつでもユリさんに連絡できる体制で助手席に座りました。
 話題なんてないですが、初めての送迎なので順路を教えるのにちょくちょく喋らないといけないのがイヤですね。
「あれ?」
 っと、私の家のある住宅地に入る少し手前で何故か停車されました。
「お前とは二人きりで話がしたいと思ってたんだよ」
「な、なんですか!? ユリさん呼びますよ!」
 こんな何もないところに停車されて、そんなことを言われるものだから私は身構えてスマホの画面をワンタッチでユリさんに連絡できるのを見せつけます。といっても、ホントに襲う気ならユリさんを呼んだところで手遅れにしかなりませんが...。
「まぁ待て、落ち着け、話がしたいだけだって。ここからなら車から降りて逃げられるだろ? 心配ならシートベルトも外しとけ」
「お話、ですか...」
 ちゃんと逃げられる手段用意してくれるのはありがたいですが、なんか釈然としませんね。でも二人きりで話ってなんでしょう? なんでユリさんたちと一緒じゃダメなんです?
「とりあえずまずは、初対面の時は悪かった」
「別に、私がアナタの事嫌いなのはそのせいじゃありませんし」
 今更謝られても、そもそも私がこの人を嫌いなのは店長のヒモだからで、第一印象が最悪だったのなんて些細な事です。
「とりあえず第一印象は最悪だったよな。あいつらがお前をえらくに気に入ってるみたいだったからよ。お前をいびったらコウタも俺の事を怒るもんだと思ったんだよ」
「はい?」
 なんか、店長に怒られたくて初対面で私に悪態についたみたいに話してます?
「まぁ結局、それでもアイツは俺に怒鳴りもしなかったんだが」
「あの、話が見えないのですが」
 親に構ってほしくて悪さをする子供じゃあるまいし、彼が何を言いたいのかわかりません。店長はこの人にゾッコンなのでカマッチョで悪さをする必要もないでしょうし。
「そうだな...。お前、幼馴染とか、長く付き合ってる同性の親友とかいるか?」
「まぁ、いますけど」
 幼馴染ではないですが、あの友人とは中学からの仲です、なんか腐れ縁みたいに同じ高校大学専攻になりましたが。と言っても友人は彼ピができたら私と遊ぶことは減りますし、私もバイトばかりで最近は定休日の時くらいしか遊びませんが。
「長年の親友だと思ってたヤツによ、愛の告白されたらどう思うよ?」
「...、ちょっと考えたくないですね」
 友人が私にそんな告白をするのを想像してみると...ウワキッツ! ドン引きしちゃいますよ。あ、でもユリさんに置き換えたら思わずOKしちゃいそう...。
「俺もよ、そっちの気はねぇから断わろうとは思ったんだけどよ。昔からアイツの泣き顔には弱いというか、泣かせる奴は許さねぇ!って感じだったからよ...」
「はい」
 なんか、店長が「ホントはイイヤツ」と言ってた意味が、少しわかってきたような...。
「体の関係は無しということで、恋人になることは承諾しちまったんだ」
「ふむ?」
 惚れた弱みに付け込んでヒモになってるものと思ってましたが、そういうわけでもない? でもヒモになってるのは...、あぁ、だからさっきの話ですか。
「それでまぁ、俺がクズになればアイツも愛想をつかすと思ったんだが、全然そんな事はなくってな」
「なんですか、じゃぁ役満糞野郎は店長に嫌われるための演技なんですか?」
「あぁ。ホントは煙草は嫌いだし、パチスロもやってねぇ、煙草の臭いスゲェしな」
 店長にせびってるギャンブル代は、いずれ返すために店長の知らない口座に全部入れてると通帳を見せてくれました。
「それであいつらのお気に入りのお前をイビって追い出せば...、流石のアイツも俺を嫌いになるんじゃないかと思ったんだが...」
「そこまでやるつもりだったんですか!?」
 あれ? でもあれからデートの時に偶然会ったくらいで何もしてきてないですよね?
「まさか俺がイビった当日にアイツに告白かますとはなぁ」
「だ...だって、こんなクズが店長の恋人だなんて許せなかったんですもん!」
 何故だか笑いをこらえています、店長たちなんてこの人に私の告白の事話したんでしょう。
「だからよ。お前には期待してるんだぜ」
「期待、ですか?」
「アイツに言い寄る女は結構いたけどよ、みんなゲイだと知ると諦めちまう。でもお前は諦めるどころか告白かまして自分に惚れさせてやると宣戦布告だぜ?」
「そこは恋は盲目と言いますか...、初恋だったから駆け引きがわからないといいますか...」
 あんな啖呵切った割に、あれから何の進展もないです。一応ユリさんとのショッピングでメイクや服に気を遣うようになったので、ちょっとオシャレすると店長はすぐに気が付いて褒めてくれますけど。落とせるような手ごたえは皆無です。
 あんなことの後なのに店長は前と変わりなく接してくれてますし...。あ、でも女の子磨きでユリさんと休日買い物に行くようになったのでユリさんとの仲は進展したかな? って進展じゃないですね。
「俺としてもコウタがお前に惚れればアイツとの関係もダチに戻れるし、クズ男もやめられる。だから本気で応援してるんだぜ」
「はぁ...、ありがとうございます...」
 なんだか、ずっと質の悪いライバルだと思ってた人に激励をもらってしまいました。
「えと...。私の方もアナタの事を勘違いしてたみたいで、事情も知らずに一方的に嫌ってしまっててごめんなさい」
 相手の事をよくも知らないで、第一印象と自分の勝手な理由で嫌ってたなんて、結構酷い子でしたね私...。
「誤解されるように振舞ってたのは事実だからな、そこは仕方ねぇよ」
「それでも、謝らせてください!」
 この人だって、店長の事を大事に思ってはいたんです。やっぱりあの店長が好きになる人なんですから、酷い人な訳がなかったんです。
「まぁ、お互い頑張ろうぜ」
「はい!」
 夕日の丘で殴り合いしたわけでもないですが、気分は少年漫画のライバルとの和解です!
「で、モノは相談なんだが?」
「はい?」
 協力関係ということになったからでしょうか、早速提案があるようです。
「ここで俺がお前を襲って、明日お前がギャン泣きしてたらあいつらどう思うかね?」
「え、いや! レイプは反対です!」
 いい人だと思ったのに! やっぱり男はみんなオオカミです!
「だから襲わねぇって! そういう振りだよ振り!」
「あ、なるほど。演技ですか」
 危うく手に持ってるスマホを全力で投げつけて逃げ出すところでしたよ。スマホ壊れるとこでした。
「うーん。店長に嫌われるとか以前に、ユリさんに通報されるか殺されるんじゃないですかね? ていうか殺されたうえで通報?」
 軽くその状況をシュミレーションしてみてると、殺される云々は比喩だとしても近い状況が想像されます。ユリさん私の事になるとホントに過保護ですからね。ホントのお姉さん以上です。私一人っ子だから知らないけど。
「だよなぁ...。俺もさすがに捕まるのはゴメンだしな」
「そもそも、店長に本気で嫌われたら今度はアナタが可哀そうじゃないですか」
「俺が?」
「ソウスケさんだって店長の事を大事に思っているのに、それじゃ親友に戻れなくなっちゃいます」
「まぁ、そうだが...」
「だから、ソウスケさんもあんまり店長に嫌われるようなことはしなくていいですよ。私が惚れさせてみせますから!」
 この自信はどこから出てくるのか、自分でもわかりませんが。私の好きな人の好きな人がやっぱりイイ人だとわかって、何故かうれしくなって、やる気も出てきました。
「そうだな」
 根拠のない私の言葉でしたが、ソウスケさんも一人で抱えてた悩みが少し軽くなったのか、少し安心したように笑います。
「それじゃ、送迎はここまでで大丈夫です! ありがとうございました!」
「お、おう。すぐそこだろうけど気をつけてな」
 ここからなら流石に一人でも大丈夫です、特にこの辺で何かあった風には聞いたこともないですし。私は車から降りてドアを閉め...あ、忘れてた!
「そうだ」
「うん?」
 いい人だとわかったのもありますが、礼儀として、私のポリシーとして、やっぱりコレは言っておかないとですね。
「ご飯、美味しかったです! また作ってくださいね! おやすみなさい!」
 あの時の味を思い出して、満点顔とやらではないですがお礼の気持ちを込めて最大の笑顔でお別れの挨拶をしました。
「...っつ。こんなイイ子に惚れないとか。コウタのヤツもどうかしてるぜ」
 なんか車の中でつぶやいてましたが、おやすみなさいとかですかね?
 それから三日ほど、店長が元気になるまでソウスケさんがヘルプをやっていましたが、私としても嫌いない人ではなくなったので心置きなく働けました。店長がいないのは変わりないですけど...。



 ソウスケさんと和解してからそこそこ経って夏頃。お店の流行も落ち着いて行列もなくなり、トライアングルは私が入る前ののんびりした雰囲気が戻ってきた感じでした。といっても前よりも常連さんはずっと増えたそうですけど。
 そして今日は定休日の翌日、店長が諸事情で留守の休憩室にて。
「お前なんだよあの水着! 本気でコウタ落とす気あんのかよ!」
「だってしょうがないじゃないですか! 隣にユリさんいるんですよ!? あんなワガママボディの隣で私がビキニ着たらただの公開処刑じゃないですか!!」
「だったらユリじゃなくて他のダチ誘えよ!」
「友人は新しい彼ピと遊びに行くって断られたんですぅ!」
 先日の定休日。予め打合せをしてソウスケさんは店長とのデートで、私は友達との遊びでプールへ行き。偶然を装って合流して私が店長とプールでキャピキャピする作戦(プールデートなので店長は流石に女装じゃないです)だったのですが。
 まぁ、その? 私の水着がセクシー系には程遠いフリルのついた可愛い系、てか自分でいうのもはばかられますが、子供系? みたいな? 水着だったのでソウスケさんにダメ出しされてます。あ、店長からの反応はよかったですよ? 可愛いねって撫でられましたし。
「言ってくれればアタシももっと地味な水着用意したのに」
「何言ってんですか、ユリさんのそのおっぱい隠し様がないじゃないですか!」
 大体ユリさんいつも私とのお出かけの時に気合入れ過ぎじゃないです? 並ぶと私の小娘度が当社比50%増くらいでやさぐれそうなんですけど。
「なんかアタシ理不尽な怒られ方してるー」
 なんでユリさんがこの会話に混ざってるかというと、私の嘘...というか演技がヘタクソなのでソウスケさんと和解したことが即日バレて、あっさりゲロっちゃいました。なのでソウスケさんが実はイイ人なことも知られてます。
 まぁあれからのソウスケさんは割と普通にしてますし、ユリさんも元々そこまで嫌ってはなかったみたいですけど。
「大体ですよ、店長はユリさんのこのおっぱいにずっと見向きもしないんだから、セクシー攻勢なんて意味ないんです!」
「ちょっと人のおっぱい何度も指刺さないで」
「だから可愛い系で攻めるのは間違いじゃないのです!」
 妹系の魅力で攻める予定ですしね!
「まぁコウタが女の体に魅力感じないのはたしかだけどよ」
「むしろ仕事中はアヤカちゃんから一番視線感じるんだけど?」
 え、私そこまでガン見てしない...。でも男のチラ見は女には凝視って言うしな...。って私はスケベオヤジか! 女だっての!
「だって一緒に働いてたら目の前でブルンブルン主張してくれるんですもの。なんなんですか羨ましい!」
「やーん、アヤカちゃんが理不尽に怒鳴るー」
 そんなおっぱいして小娘ぶらないでください。チクショウ。
「オーナー、テイスティングお願いします」
「おう」
 なんて騒いでたらイツキさんが厨房からソウスケさんに味見をお願いきました。あれから店長の不調時以外も「働き過ぎだから休め」という口実でソウスケさんがこうして入る事が増えたため、イツキさんが師事するようになりました。
 私としては店長と会える日が減るので余計なことを...って感じですが、ソウスケさんが真人間に戻っていくのは歓迎です。店長に嫌われるためとはいえヒモなダメ人間演じるのはお互い悲しいことだと思うのです。
 パチスロに行く振りをしてるだけで実際行ってないなら毎日何をしてたかと思えば、ちょっと遠くの親戚の家で主婦層向けの料理教室なんかをやっていたそうです。そういえば初めて会った時もパチスロ帰りのはずなのに全く煙草臭くなかったですね...。
 勿論煙草も大嫌いで、店長の近くでも「吸えない状況で吸おうとする」だけで注意をされるように促して実際に吸うことがありません。
 家で吸わないのは「お前に副流煙を吸わせたくない」っていう建前らしいのですが、そういう「ぶっきらぼうな人間が自分だけに見せる優しさ」は少女漫画的で逆効果だと思いますよ?
「ん...」
 ソウスケさんがイツキさんが持ってきた...ソースかな? 多分自家製してるデミグラスソースですねアレは。の小皿を一口...。イツキさんがドキドキしてますが、何故か私たちもドキドキしますね。
「ブランデーの配分がちと物足りねぇか...。まぁ味付けで調整できるからこれくらいなら良しとしたい...が」
「...はい」
「てめぇ、1時間くらいで気を抜きやがったな!」 
 ガタン! と椅子を倒しながら立ち上がってソウスケさんが怒鳴ります。その気迫に思わず私も仰け反って倒れそうになります。
「何年厨房に立ってやがる、ソースの番もできねぇのか!? こんなもんウチの人気メニューに使えるか、やり直しだ!!」
「は、はい!」
 と、怒鳴られたイツキさんはへこへこして厨房に逃げるように戻ります。もう何度か見てますが、何回見てもこの気迫はすごいです。
「わぁ、厳しい...」
「あー、またウチで処理する料理が増えたわ」
 失敗?料理はイツキさんが持ち帰って食べるそうです。食材を無駄にしないのは好感が持てますね。
「コウタのヤツが甘すぎるんだよ」
 イツキさんの調理は店長も指導しているのですが、店長はあの通り穏やかな人で怒鳴り散らしたりできない人なので、イツキさんも甘えてしまっていたようで。ソウスケさんは厳しいですが、元々店長を指導しただけあって教えるのも上手いようです。
「まぁ、甘いコウタと厳しいソウスケで丁度いいんじゃない?」
「実際、イツキさんの料理どんどん美味しくなってますよね」
 イツキさんの方もまんざらでもないようで、ソウスケさんに師事してからメキメキと腕が上がっています。何故かお昼の後の谷間に私が味見を頼まれるので、成長を舌で実感していますよ。
「あいつもアヤカちゃんに満点顔させてやるって張り切ってるしね」
「今のところ五分顔ってところかね」
「いや、アヤカちゃんソムリエのアタシから言わせてもらうとアレは三分顔がいいとこね」
「私は採点なんてしてませんってば!」
 だからなんですかその満点顔って、採点してる覚えはないです! あと私ソムリエてなんですか!

 店長を好きになって、店長に好きになってもらうと決意して、何故だかソウスケさんとも仲良くなって、皆さんとどんどん仲良くなって。なんだかんだ恋心抜きでもバイトを楽しくやってる日々が続いています。
 いつまでもこんな穏やかな日々が続けばいいな、と思っている半面。進展のしない恋に少しづつ焦りもつのるようになっていきました...。



 私の恋心が進展することもなく時間がどんどん過ぎて、クリスマスの前日の夜。
「え。クリスマスはおやすみするんですか?」
 通常の食事処ならむしろカキ入れ時だと思うのですが、トライアングルは臨時休業と聞かされました。たしかに祝日が休みの事はこれまでも何度かありましたが、別にクリスマスは日本の祝日って訳でもないですよね。
「そ、うちはケーキも置てないし。クリスマスパーティーするような豪勢なメニューもないからね」
「そういえばクリスマス近くなっても特にそういうメニューの追加とかもやってないですね」
 ケーキもお酒も置いてないトライアングルはクリスマスに合わせてケーキをメニューに増やすことも、ノンアルのシャンメリーを増やすようなこともしていませんでした。
「だから明日は好きに過ごしてね。と言ってもお互い恋人もいないわね」
 ユリさんってこんなに美人でステキなのに何故か恋人がいないんですよね。お客さんからナンパされているところもちょくちょく見かけますが、いつも袖にしています。
「恋人のいないモノ同士、よかったらウチで軽いパーティーでもしない? イツキに飯も作らせるからさ」
「うーん。その申し出はとても魅力的なお誘いなのですが...」
 イツキさんの料理もずいぶん上達したので、そこそこ美味しいものがクリスマスに食べられるというのはとても魅力的です。どうせ友人も新しい彼ピ(夏のとは違う人)と過ごすでしょうから私はぼっちですし。
 いつもなら喜んでお受けするのですが、クリスマスという恋人たちの一大イベント、女同士で消化してしまっていいものでしょうか。(イツキさんもいることになるけど)
「ごめんなさいユリさん! 私クリスマスに予定入れるので!」
 いつまでもグズグズしていられません。ここは店長との恋を進展させる機会です。私はユリさんに深く謝ると厨房の店長のとこへ行きます。
「フラれちゃった」
 ユリさんは残念そうに肩をすくめて、イツキさんにドンマイ、と慰められていました。悪いことしちゃったかな...。
「コウタさん!」
「うん? なんだい?」
 今日はソウスケさんとコウタさんが珍しく一緒に入っています。年末年始の営業の相談をしているところのようでした。
「クリスマス、私とデートしてください!!」
 私だってgdgdと過ごしてきたわけじゃありません。ユリさんと一緒に女を磨いてきたし、店長の好みだって色々と知りました。その成果を見せるときです!
「え、ごめんね。クリスマスはソウスケとのデートがあるから...」
「ですよね! それを知ったうえで誘っています! お願いしています!」
「お前スゲェな」
 断られるのだって覚悟の上です、でも、いつまでもソウスケさんに負けてられません。
「えと...。申し訳ないけどもうレストランとかも予約してあるし...」
「だったらソウスケさんの代わりに私をそのレストランに連れて行ってください!」
「えぇ...」
「お前メンタル鰹節かよ」
 断られてもまるで引かない私に店長は困惑してソウスケさんは笑いをこらえてます。
「いいじゃねぇか。俺とのデートなんていつもの事だし、一日くらい付き合ってやっても」
「良くないよ! クリスマスだよ!? そんな大事な日に一番大事な人といられないなんて、全然良くないよ!!」
 日本人にとってのなんちゃって聖夜ですが、やはり恋人たちにとっての特別な日です。それは店長にとってもそうみたいで、ソウスケさんの軽い言葉を泣きそうになりながら否定しています。
 あぁ...やっぱり店長は本当にソウスケさんの事が好きなんだな...って思い知らされて、胸が痛みます。
「そうだな。悪かった...。そういうわけだから、今回は諦めてくれ」
 軽い雰囲気だったソウスケさんも真面目な顔になって店長に謝り、続けて私の頭をポンっと撫でます。
「.........」
 やっぱり無茶なお願いだったのです。それは承知の上なんです。だから、ここで引いたらまたいつもの穏やかな毎日です。その日々を壊してしまうのは怖いけれど...。
「私、諦めませんから!」
 いつまでも、このままじゃいけないんです。楽しくても、私の恋心が辛いんです!
「諦めないって...」
「私も、レストランを予約して待ってますから!!」
 ちょっとずるいやり方ですが、優しい店長です。無理矢理にでも約束を取り付けて、外で待ってればきっと来てくれます...。こうでもしないと、ソウスケさんに勝てないんです...。


 翌日、あれから暗くなる前に早引きして今日の準備に取り掛かりました。おかげで服もメイクもかつてない決戦体制です。
「コウタさん」
「あ、おはよう...」
 多分朝からデートでしょうから、お休みのはずのお店に行ってみれば、やっぱり店長が女装して、ソウスケさんと出かけるところでした。
 いつもなら私のオシャレ姿に、些細な違いにも気が付いて褒めてくれる店長ですが。今日の本気のオシャレをした私には何も言ってくれません。
「私、待ってますから!」
 私の約束(?)は夜からですけど、もしかしたら心配で早く来てくれるかもしれない、待ち合わせ場所が描かれたメッセージカードを押し付けて。断られる前に逃げ出します。
「おい、アヤカ!」
「アヤカちゃん!」
 店長はカードを押し付けられて放心して、ソウスケさんとユリさんが私を呼び止めますが。振り返らずに待ち合わせ場所まで走ります。
 優しい店長なら、きっと来てくれるから。遅くなっても、ソウスケさんとのデートを夕方で切り上げて、きっときてくれるから...。


「はぁ......」
 待ち合わせ場所の駅前の広場で、やることもなく項垂れます。
「店長の事、また困らせちゃったな...」
 あんな無理矢理な約束、店長が優しいのを良いことに...。でも、ソススケさんは店長が好きになるのも当然のステキな人で、店長のソウスケさんへの想いも強すぎて、多少強引でもないと勝てないです...。
 私なんてまだ店長と一年も一緒に過ごしていない、恋愛経験のない、恋の駆け引きも知らない小娘で...、まるで勝ち目がないんです。
「寒い...」
 あー、メイクやオシャレに熱中するばかりで、カイロとか準備するのを忘れてました。ホント準備不足だなぁ...。


 ~♪
 広場のスピーカーから12時をお知らせる曲が流れます、今日は特別なのか、この時期だからなのか聞き覚えるのあるクリスマスソングの一節です。
「お腹、空いたなぁ...」
 うぅ...寒さと空腹でひもじい...。でもだからって僅かでもこの場所を離れてカイロやご飯を買いに行ったら、なんだか負けな気がする...。覚悟が折れて、ここに戻ってこれない気がする...。
「お待たせ―! ごめん待ったー?」
「カナちゃん! 俺も今来たとこだよ!」
 嘘つけ、アナタ1時間も前に来てずっとソワソワしてたでしょ。初デートがクリスマスで張り切りすぎちゃいましたか? 可愛い彼女さんですね、お幸せに!
 周りにいた他の待ち合わせっぽい人たちは次々と居なくなって、別の人が来たと思ったらまた居なくなる。私より後に来た人もどんどん居なくなっていきます。
「みんな幸せそう...」
 私、なにやってるんだろう。待ち合わせは夜なんだから、こんな時間から待ってなくていいのに...。っていけない。これは店長の優しさに付け込む、同情を誘うための作戦なんです! むなしくなんてないです!
「ねぇ、君。ずっとここにいるけどもしかして待ち合わせ相手に振られた?」
 あーもう、なんですか。ずっとここにいるって、それを知ってるアナタはなんなんですか。仮に事実だとしたら失恋した女の子はほっといてあげてくださいよ。このいかにもチャラい人、どう見ても心配して声をかけてるって感じではないです。
「振られてません。待ち合わせに早く来すぎただけです」
 一応事実です。
「早く来すぎたって、3時間くらいここにいない?」
「はぁ? 3時間も私の事見てたんですか? どんだけ暇人なんですか、あるいはストーカーなんですか?」
「あ、...いや、さっきここを通った時もいたから...」
「だったら他人の空似です。3時間前からなんていません」
「いやでも今ずっといたみたいに」
「うるさいです!!」
 いい加減鬱陶しくなって私が怒りだすと、チャラ男はこれは脈がないな諦めてどこかへ行きました。一昨日きやがれってんです。
「はぁ...」
 チャラ男を追い払うとまた寒さと空腹を思い出してきました。自分から話しかけてきたくせに弱い男ですね。もうちょっと粘りなさいよ、私も空腹とか忘れられたじゃないですか。
「って、余計に疲れる...」
 それじゃただでさえ体力削られてるのにますます疲れちゃいますね。なにやってんだろ...。
「アヤカちゃん、大丈夫?」
「ユリさん...?」
 と、再び項垂れてたら聞きなれた声に頭を上げます。そこには分厚いコートの上からでもわかるでっかいおっぱいが...。じゃなくて、ユリさんですね。
「ナンパされてたみたいだけど、酷いことされてない?」
「大丈夫です、ナシのつぶてで追い返しました」
 実際当たったら痛そう。
「ユリさんはどうしてここに?」
 ユリさんはちゃんと厚着はしてますが、いつものお出かけモードって感じではないです。
「コウタたちに心配だから様子見てきて欲しいって頼まれてね」
「...そうですか。店長、メッセージカード読んでくれたんですね」
 読まれもせずに捨てられたらどうしよう。なんてありもしない可能性にも不安になっていたのですが、読んでくれたなら一歩前進と、少し安心して笑みがこぼれます。
「あと、今日は行けないって伝えて欲しいって...」
「そうですか...」
 それは伝えられなくても、なんとなくわかっていました、あの後LINEの音も聞こえましたが怖くて見ていません。
「アヤカちゃん、今日は諦めてさ...」
「イヤです...」
「どうしたのよ、いつもはもっと素直なイイ子じゃない。そんな意地にならなくても、機会はこれからだっていくらでもあるでしょ?」
「.........」
 ユリさんの優しい言葉が、私の決心を鈍らせてきます。でも、負けてられないんです。
「機会って、なんですか。どうでもいい日に、何でもない日にデートしてもらって、自分を慰めろって言うんですか!!」
「そんなこと...」
「特別な日じゃなきゃ意味ないんです! 全然、進展しないんです! 皆さんとの楽しい日々に、溺れちゃうんです!!」
 優しい店長に、優しいユリさんに、ちょっと頼りないイツキさんに、私を応援してくれる、優しいソウスケさん...。みんなとの毎日が楽しくって、壊すのが怖くなるんです。
「私のやってることなんて、横恋慕以外のナニモノでもないじゃないですか! そんな最低な事、こうでもしなきゃやってられないんです!!」
 恋にルールはないっていうけれど、私のやってることは初恋だからって、いいことのはずがないんです。店長のソウスケさんを好きだって気持ちを邪魔してるだけなんです。
 ソウスケさんだって、店長に恋愛感情こそなくてもとても大事に想ってて。店長はそんなソウスケさんでもいいって思ってるんです。私は、ただのお邪魔蟲じゃないですか。
「私の事応援しくれるなら、私の姿を動画にでも撮って、店長に送ってください...。それで優しい店長の同情を引けますから...、一人にしてください...」
 はぁ、私ってこんなイヤな方法思いつく子だったんだなぁって、自己嫌悪してしまう。心配してくれるユリさんまで利用しようとして...。
「わかったわ...。でもそんな格好じゃ凍えちゃうから、せめてコレは貰って」
 そういってユリさんは自分のコートを私の肩にかけて、腰にブランケットをかけてくれます。
 今日の私はオシャレ優先で、我慢はオシャレ! と足も出して服も防寒性能よりも見た目重視で、その格好を隠さないためにコートもしていません。そりゃ凍えるわけです。
「...ありがとうございます」
 コートにブランケットに、なによりユリさんの心遣いに少し暖かくなります。やだなぁ、私こんないい人に心配までかけて...。コレが上手くいっても申し訳なくてまともに顔を見られなくなりそう。
「言っても無駄だろうけど、無理しないでね」
「はい」
 一応はいとは言っておきますが、意地になってる私は諦める気はないです。
 ユリさんは何度も私の方を振り返りながら私を一人にしてくれました。
「お腹...、空いたな...」
 寒さは少しマシになりましたが、代わりに空腹が強くなった気がします...。



 もう何時間、ボーとしてるだろう。あまりに動かないでいるから私の体、凍ってしまっているんじゃないでしょうか。
 空もすっかり暗くなって、代わりに街のイルミネーションが綺麗になって、沢山のカップルがいて、周りはすっかりクリスマス模様で...
 だけど、店長は来ません。
 空が暗くなり始めてから、店長がこないという事実が怖くて、時計も見ていません。多分、メッセージカードの待ち合わせ時間も過ぎています。もしかしなくても、私が予約したレストランの予約時間もとっくに過ぎて、もうキャンセルになってる頃かもしれません。
「カ、カナちゃん! こ、このあとは...」
「ホテルとってないの? 私は君の家でも平気だよ」
「え!?」
 さっき...っではないですね。お昼の一時間待ち彼氏くんと可愛い彼女さんが戻ってきてます。積極的な彼女さんですね...、女の子にリードされてますよ。そんなんじゃ君は将来尻に敷かれるぞ、ザマァミロ。
「はぁ...」
 やさぐれてるなぁ、私。
 今何時だろう...、時計見るの怖いな...。さっきの二人の会話を見るに、デートの〆にホテルに入るような時間みたいですが...。
「店長、来てくれなかったな...」
 もう時計見る必要も、意味もないですね。私は完全に...
「店長に、振られちゃった...」
 本当は、もっと前に振られているんです。それでも、初恋の盲目で足掻いてたんです。ただ、今はそれを認めるのが本当に怖くて...。
「お前、まだいたのかよ」
「コウタさん!?」
 そんな時に、聞きなれた声が聞こえて、その声が誰のものかと確認するよりも先に店長の名前を呼んでその人に振り返ります。
「悪い、コウタじゃなくて」
「ソウスケさん...ですか」
 そうですよね、店長が来るわけないですよね...。ってソウスケさんが来るのもおかしくないですか?
「あれ? ソウスケさんも店長とデートじゃ」
「コウタがらしくもなく酒なんて飲むから、ホテルに寝かせてきた」
 店長、お酒に強くないんですね。
「私の、せいですかね...」
「まぁ、お前を放置してる罪悪感を忘れたかったんだろうな」
 店長って特別お酒が好きだった風に聞いてないですし、やっぱり私の事忘れたくて飲んだんですね。
「俺もアイツも、今日はずっとお前の事が気がかりでデートどころじゃなかったよ」
「ごめんなさい...。せっかくのクリスマスデートなのに、私のせいで台無しにしちゃいましたね...」
 結局、私はみんなに心配かけて、迷惑かけて...、何にもできてなくて...、ホントに、なにやってるんだろう...。
「俺は別にいいさ、アイツとのデートは付き合いでやってるだけで好きでやってるわけじゃないからな」
 ソウスケさんが隣に座って、気にするなと言ってくれますが。そんなことはないはずなんです、ソウスケさんにとっても店長は恋人でなくても親友で、一緒に過ごす時間は楽しんでるはずです。
「それよりもお前だよ。こんなところで何時間も、こんな時間まで」
「私が、勝手にやったことですから...。心配なんて、皆さんに迷惑かけて...」
 ダメだ、泣きそう...。これ以上心配かけたくないのに、これ以上みっともない姿見せたくないのに...。
「もういい、もういいんだアヤカ。悪かった、俺がお前に期待なんてして焚きつけたから、無理させちまった...」
「だって、私...、あんなに啖呵切ったのに...全然店長の事振り向かせられなくて...、全然、魅力的な女の子になれなくて...」
「そんなことないから、お前は十分魅力的な女の子だよ。お前に惚れないコウタがバカヤロウなんだよ」
 あぁ、ダメだ、止まらない。ソウスケさんが振るえる私の肩を抱いてくれて...。タガが外れていく。
「私...私...、店長に振られて...」
 改めて、その事実を知らされて。
「うわぁぁぁぁぁん」
 ソウスケさんの胸の中で、大泣きしました。

 私の初恋は、本当ならもっと早く終わってた初恋は...、クリスマスの夜に、失恋しました...。



 その、翌日。
「ソウスケさん!」
「お、おう、おはよう。元気そうだなアヤカ...」
 昨日むっちゃ凍えましたけど、元気が取り柄な私なので風邪なんて引かずピンピンしていますよ!
 まぁそんなことはどうでもいいんです。シフトもないのに朝も早くから来た私にソウスケさんと店長が目を丸くしていますが、今の私は止まりません。
「ソススケさん! いいですか!?」
「な、なにが?」
 そうですね、本題を言わないと聞かれても困りますよね。
「ソウスケさん! 好きです! 大・大・大好きです! 最愛の人にしてください! 結婚してください!」
 ありったけの想いのウチを、ぶちまけました。
 .........。
「「えぇぇぇぇーーー?!」」
 一瞬の沈黙の後、お二人の驚愕の声がハモります。
「ちょっ、待...。お前コウタの事が好きだったんじゃないのかよ!?」
「そうだよ! ソウスケはダメだよ! アヤカちゃん僕の事が好きだったんじゃないの!?」
「さむ空の下に女の子を何時間も放置する人なんて知りません!」
「いやたしかに酷い事をしたとは思ったけど!」
 私が勝手にしたことですけどね! 逆切れですよ、えぇ!!
「店長は私の事振ったんですから、もう好きじゃないです! 今はソウスケさんに心変わりしたんです!!」
 ていうか私、店長の事は意地になってただけで、割と早い段階でこの人に惚れてたと思うのですよ。
「ソウスケはダメだって! 僕って恋人がいるんだから!」
「彼氏はいても彼女はいないじゃないですか!!」
「またそれー!?」
 今日の店長、いつになく元気(?)ですね。
「ソウスケさんはどうなんですか! 私の事どう想ってるんですか!? 昨日魅力的な女の子だって言ってくれましたよね!」
「いや、たしかに言ったし。お前の事はまんざらでもないけど...」
「ソウスケ! 昨日ってどいういうこと!? 僕とのデート中に他の女の子のところへ行ったの!?」
「ほら、ソウスケさんはノーマルなんですから、ちゃんと女の子と付き合うべきなんです!!」
 そうです、ソウスケさんはノーマルなんだから、そもそも店長と付き合っているのがおかしいのです。
「仮にアヤカちゃんと付き合うとしても、僕は別れないからね! アヤカちゃんは彼女で、僕は彼氏なんだから!」
「コウタさんだって同じこと言ってるじゃないですか!」
「待て待て待て、お前ら少し落ち着け...」
「ちょっとソウスケ!!」
 っと、ソススケさんを取り合っていると騒ぎを聞きつけたユリさんがやってきて...
「アヤカちゃんはアタシのよ!! 絶対に渡さないからね!!」
「ユリさん!?」
「お前も同性愛そっち側かよ!!!」
 こうして、レストラン・トライアングルの複雑怪奇な恋愛模様が...続くのでした。
「おはよー...、ってなにこの騒ぎ?」
 この人だけは平和ですね...。
あとがき万能ねぎトロ
恋レギュをお読みいただきありがとうございます。 ラブコメの習作としてとびきり明るく、笑えるお話を目指しました。 でもラブコメなのにキュンっ♡とするところもドキっ♡とするところもありませんね…。 コメディに寄り過ぎたかもしれない…。 反省点を踏まえつつ、次のラブコメで頑張りたいと思います。
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