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プロディギウムの森

自然豊かな町に、とある一家が引っ越してきた。仲のいい4人家族だ。
 兄のリクと妹のランはいつも一緒に遊んでいる。
 今日も近くに住む祖母の家に遊びに行く予定だ。

「お兄ちゃん、待ってよ!」
「遅いよ、ラン!」

 少し前を歩くリクにランは一生懸命走りながらついていく。まだ歩幅が妹とは違うことが分からないリクには、ランを待つという考えが最初から存在しない。

 そのため、後ろを振り返ることもしない。だからランとの距離が徐々に開いていることにも気づけないでいた。
 リクは周りをキョロキョロと見ながら、祖母の家までの通い慣れ始めている道を歩く。

 道は覚えているが、まだまだ周りには真新しいものがたくさんある。リクの中の冒険心がムズムズと疼く。

「お兄ちゃーん!」

 周りを見ていたリクはそこで足を止めて後ろを振り返る。
 ランは少し離れた位置で息を切らしながら歩いていた。
 リクは慌ててランの元に戻る。歩幅の違いは分からずとも、リクは妹想いの兄ではあった。

「ごめん、ラン。大丈夫?」
「大丈夫......。ただ、少し速くて疲れちゃった」
「本当にごめんね」

 2人は近くの原っぱで少し休憩することにした。
 芝生の上にリクは座る。その隣では、ランが「疲れたぁ」と寝転がる。そよそよと2人の間をそよ風が通過する。

 リクは大きく深呼吸した。引っ越す前は都会にいた。周りはコンクリートや鉄筋の建物ばかり。しかし、この町は周りに家と自然しかない。空気が都会と比べて美味しく感じる。
 まだ子供のリクには便利も不便もほとんど分からない。しかし、昔から自然が好きだった。それはランもそうだ。
 だから、引っ越してこの町に来れたのが嬉しい。
 
 寝転がりながら息を整えているランをニコニコと見ていたリクはふと何か視線を感じて顔を上げる。歩いてきた道と反対側に青々と茂った森が広がっていた。
 不思議に思い、リクは首を傾げる。


「あれ? あんな森あったっけ?」
「森!?」

 リクの呟きを聞き、ランは目を輝かせながら体を飛び起こす。そして、リクの見ている方向を確認する。キラキラと瞳の輝きが大きくなる。
 ランは森とリクを何度も交互に見る。

「お兄ちゃん! 行こう! 探検!」

 リクよりも活発なランは我慢できない様子で、立ち上がるとリクの右手をグイグイと引っ張る。
 リクは少し考えてから立ち上がる。リクも森が気になって仕方がないのだ。

「少しだけだよ?」

 悪戯っぽく笑うとリクはしっかりとランの手を握る。通い慣れ始めた道から逸れる。はぐれて迷子にならないようにしないといけないと思ったからだ。
 握られた手を見てランは嬉しそうにリクを見上げて、ぎゅっと力強く握り返した。

 そして、2人はまるで吸い込まれるように森の方へと向かった。

◇

 すぐに森の入り口に到着する。森は木が茂っているのに不思議と薄暗さは感じない。それどころか明るく輝いているようにすら見えた。
 暗ければ恐怖で引き返したかもしれない。しかし、明るさは不思議と恐怖を和らげる。
 2人は迷わずに森の中へと足を踏み入れた。

「きれいだね、お兄ちゃん!」
「そうだな」

 森を少し歩く。木々の間から日が射し、森全体がキラキラと輝いている。最初は入り口だけにしようと考えていたリクも気づくと、どんどんと森の奥に吸い込まれるように進む。
 手を繋いでいるから、リクの歩幅は自然とランに合わさる。

「あっ、リスさんだ!」

 リクと繋いでいた手をランが引っ張る。リクもランの視線を追う。
 木の上では2人を見守るように2匹のリスがいた。

「リスさん達も兄妹なのかな?」
「だったら、お揃いだね!」
「そうだね」

 兄妹2人は笑い合いながら、また歩き出す。歩みは止まることなく、どんどんと森を進んだ。
 時々、現れる動物や草花を見つけては立ち止まり、満足するまで眺める。何度も繰り返しながら進む。
 そして2人は大きな木へと辿り着く。

「でっかい木だな」
「大きい! お空に届きそう!」

 2人は首を目一杯上に向けて見上げるも、木の先端は見えそうにない。たくさんの枝や葉をつけており、この空間だけは光が射し込まない。
 涼しさを感じ、夏に来るのがいいかもしれないとリクはなんとなく思った。

 ランがリクの手を離す。そして、大木に向かって走り出した。両手を大きく広げて幹に抱きつく。

「あはは、大きい! 抱えきれない」

 ランは楽しそうに笑う。それを見て、リクもムズムズした。そして気づくと足は大木に向かって駆け出す。ランの横に倣うようにして腕を広げて幹に抱きつく。
 全身で自然を感じて気持ちがいい。幹のゴツゴツ感すら、不快にならず、兄妹はしばらく大木に抱きついていた。

「そろそろ帰るか」
「うー、まだ森で遊んでたい!」

 兄妹はほとんど同じタイミングで幹から腕を離して、大木に背中を預けるようにして座る。自然からエネルギーをもらった2人は元気だ。
 そして、ランはやや名残惜しそうな様子で立ち上がる。
 自然と兄妹はお互いの手を握って帰り道に向かおうとして固まった。

「......ここどこ?」

 先程まで楽しく探検していたせいで気づいていなかった。2人は道なき道を歩いてこの森に来たことを。

「うっ......ひくっ......」

 帰り道がわからない。その事実に気づいたランは兄の手をぎゅっと握りしめながら、大粒の涙を流す。
 リクも泣きたい気分だったが、妹がこれ以上不安にならないように必死に堪える。

 途方に暮れた兄妹はただ、大木の前から動けずにいた。

「泣き声が聞こえると思ったら、迷子?」

 その時、頭上から明るい声が響く。
 兄妹は弾かれたように上を見る。
 そこには、太い枝に丸まるようにして座っている真っ白なウサギがいた。赤い2つの目が子供達を見ている。

 兄妹はキョロキョロと周りを見渡す。しかし人間の姿はなく、いるのはウサギだけだ。

「話してるのはボクだよ」

 そんな声と共にウサギは木の枝から飛び降りる。そして飛び跳ねながら2人の前に向かってきた。
 後ろ足で地を踏み締めて、前足を地面から離して、腕組みのような形をとる。2足で立ち上がったウサギは兄妹を見つめながら、鼻を鳴らす。

「久しぶりの迷い人だ。ボクが出口まで案内するよ」
「ウサギが喋った!?」

 そこでやっと、話しているのがウサギだとわかり、兄妹は声を揃えた。
 その反応が面白いのかウサギがニヤリと笑う。

「その反応も新鮮で楽しいね。どうだい? 出口までの案内がてら、この森の探検もしないか? オススメの湖があるんだ」
「湖?」
「そうだよ、ボクの仲間も紹介したい」

 ウサギは鼻を鳴らしながら提案する。
 兄妹は顔を見合わせる。

「行きたい! お兄ちゃんいいよね?」

 まず反応したのはランだった。リクは少し考えたが、好奇心に従うことにした。暗くなるまでに帰ればいいだろうと言い訳をする。
 頷く兄妹を確認して、ウサギは前足を地面につける。

「なら、案内をするよ。離れずにボクについてきてね?」

 ウサギはぴょんぴょんと跳ねながら前を進む。
 兄妹はお互いの手を握りなおして、ウサギの後に続いた。
 ウサギは時々、立ち止まりながら近くに咲いている花や木の説明をする。

「この花は、夜にだけ咲く花さ。今は萎んでるけど、夜になると輝くように咲くんだ」
「この木は秋になると美味しい実をつけるんだ。ボク達のご馳走!」

 兄妹は説明を聞き、想像しながら進む。気づくと2人の瞳は好奇心で輝きが止まらない。

「すごいね、お兄ちゃん」
「そうだな、見てみたいな」
「ふふふ、まだまだ序の口だよ!」

 ウサギの観光ガイドは楽しそうに笑う。
 そして、しばらく歩くと開けた空間に出た。
 緑の芝生の先に青く輝く湖が広がっている。
 水面は光が反射してキラキラと輝いており、違う世界に迷い込んだように感じた。

「ここが、ボクらの誇りの湖さ!」
「きれい!!」

 ウサギは誇るように前足を上げて胸を張る。
 兄妹は気づくと、ウサギを置いて湖に向かって走り出した。
 湖を覗くと、水は澄んでいて底の様子が見える。
 ランは目を輝かしながら、ウサギを見た。

「ウサギさん! 湖に足入れてもいい?」

 ランの提案にリクもこくこくと首を縦に振る。
 その様子にウサギは声をあげて笑った。

「もちろん、いいよ? ついでにボクの仲間を紹介しようか」

 ウサギは跳ねながら、湖に近づくと前足を水面に入れると、何かを呼ぶようにパシャパシャと水面を叩く。
 すると、湖の奥から黒い影が水辺に近づいてくる。最初は小さく見えた影がどんどんと大きくなる。

 兄妹は思わず息を呑んだ。そんな兄妹の様子を知らない影は水面から顔を出す。

「呼んだ?」

 そこにいたのは、本来海にいるはずのイルカだった。
 イルカは兄妹を見ると楽しそうに笑う。

「おや、珍しいお客さんだ。よかったら、私と湖で遊ぼうよ」

 ヒレでパシャパシャと水面を叩きながら、イルカは提案する。いつのまにか靴を脱いで、水面に足を入れようとしていたランはピンっと手を伸ばす。

「遊ぶ! でも、水着持ってきてないよ?」
「大丈夫! この湖は不思議なんだ。服は濡れてもすぐに乾く。そのままでいいんだよ?」
「本当!?」

 ランは、迷わずに湖に飛び込んだ。

「お水冷たい! 気持ちいい」

 水面から顔を出しながら、ランは楽しそうに笑う。その周りをダンスをするようにイルカがくるくると優雅に泳ぐ。
 リクは考えてから、足だけを湖に入れて遊ぶことにした。
 ウサギがぴょんぴょんと近づいてくる。

「キミは入らないのか?」
「ランがはしゃいでる。疲れて帰りに寝ると思うから、僕が体力残しとかないと。お兄ちゃんだから」
「......? なんでお兄ちゃんだと我慢しないといけないんだい?」

 ウサギは不思議そうに聞く。その返しが予想外でリクは目を丸くした。

「でも、お父さんもお母さんも、言うよ? お兄ちゃんだからいい子にって! 妹の面倒見てねって!」
「それは大人の言い分だ。キミがどうしたいかで良いんだよ。もしキミが疲れたのなら、この森の仲間に家の近くまで届けてもらうし! 遠慮してるだけなら目一杯遊ぼうよ」

 ウサギに背中を押されて、リクは考える。今はお兄ちゃんにならなくてもいいのかなと思えてくる。

「お兄ちゃんも、早くおいでよ!」

 湖ではイルカの両ヒレと手を繋ぎ、ランが踊っている。
 リクはムズムズとした。

「ほら、呼んでるよ?」

 我慢できずにリクも湖に入る。足だけよりも気持ちいい。
 リクは仰向けになり、水に浮く。
 どこからか、楽しそうなウサギの笑い声が聞こえた。

◇

 1時間程、湖で兄妹は遊んだ。流石に2人とも疲れて、湖から出る。
 するとイルカが言ったように、すぐに服や髪、体の水は乾き本当にさっきまで水遊びをしていたのか不思議な感覚になる。
 ウサギの横にはいつの間にかリスやシカ、色とりどりの鳥が集まっていた。
 大きな葉っぱの上には木苺や木の実が大量に載っており、思い思いに摘んでいる。

 ウサギは兄妹に気づくと、ぴょんぴょんと向かっていく。

「どうやら楽しめたようだね?」
「うん、ありがとう。ウサギさん」
「楽しめたのなら嬉しいよ! この森で我慢は良くないからさ」

 そして、ウサギは2人を他の動物達の元へと案内する。

「遊んでお腹が空いただろ? キミたちもよかったら食べて。この少し大きな木の実は中に水分がたっぷり含まれているから、喉を潤せるよ」

 ウサギは自分よりも大きな木の実を前足で指す。
 兄妹は迷わずにその木の実を手に取る。

「それはね、ヘタの部分をとって、そこから吸って飲むんだよ」

 ウサギの説明を聞き、2人はヘタを探して、その通りにする。
 ほのかに甘い果汁に夢中になって飲む。
 そんな兄妹を楽しそうにウサギは見ていた。

「これ、美味しい!」
「そうでしょ。この森の人気の実だからね。気に入ってもらえてボクも嬉しいよ」

 ランに笑顔で応えながら、他の木の実も勧める。兄妹はリス達と一緒に木の実を摘みながら、果汁を飲む。
 小鳥達が囀りながら歌を歌う。
 不思議な光景だが、兄妹は居心地の良さを感じていた。

 その後も、ウサギやリスとかけっこをしたり、小鳥とかくれんぼをしたりと兄妹は動物達と遊び尽くした。
 徐々に、太陽は頂上から地面へと動き始める。
 それは楽しい時間が終わりを迎えることを告げてきた。

 リクは空を見上げて、残念そうに呟く。

「もうそろそろ帰らないと......」
「えー、もっと遊びたい!」
「でも、お母さん達が心配するから」
「うー」

 ランが見てわかるくらいにしょぼくれる。それを見てウサギがまた笑った。

「この森を気に入ってくれて嬉しいよ。なら、そろそろ出口まで案内しようか。キミも一緒に来てね?」

 ウサギはシカに告げる。寡黙なシカは喋りはしなかったが頷いた。
 また、兄妹はお互いの手を握る。
 それを確認したウサギは微笑むと、また森に向かってぴょんぴょんと進む。その後を兄妹、シカの順で続く。
 森に入る前に兄妹が後ろを振り向くと、リスやイルカが手を振っていた。
 2人はお互いに繋いでいない手を動物達に振る。
 そして、ウサギに続いてまた歩き出した。

 しばらく歩いたところで、ランが目を擦り始める。

「お兄ちゃん、眠いよぉ」
「家に着くまで、頑張ろう」

 徐々に歩く速度も遅くなり、止まってしまった。
 リクは困って首を傾ける。
 前を進んでいたウサギが引き返してくる。

「疲れちゃったか。......お願いできる?」

 ランの様子を確認してから、シカを見る。シカは頷くと、前足を折って屈む。

「送って行くって約束だったからね、是非背中に乗ってくれ」

 前足でシカを指しながらウサギは言う。ランは頷くとシカに向かった。

「シカさん、お願いね?」

 シカは微かに笑う。ランは遠慮しながらシカの背中に乗った。
 すると、ウサギとシカの視線がリクに移動する。

「キミはどうする? 疲れてない?」

 ウサギの質問にリクは悩んだ。疲れてはいる。でも、甘えてもいいのだろうかと考えてしまう。

「ここは、自分に素直でいていい森だよ。遠慮はいらない」

 ウサギの言葉にシカも頷く。リクは少し悩んでから、「お願いします」とランと一緒にシカに乗せてもらうことを選んだ。
 2人が乗ったのを確認すると、シカは体を起こす。
 そして、ウサギがぴょんっと跳ねてシカの頭の上に乗った。

「なら、お願いね」

 ウサギは器用にリク達を見る。優しい赤い瞳に、リクのお兄ちゃんだからと少し張り詰めていた緊張が解けていく。
 少しすると、シカの首に手を回していたランが寝息を立て始めた。リクはランが落ちないように注意しながら、ウサギを見た。

「今日はありがとう。楽しかったよ」
「それならよかった。ボクも仲間達もキミたちと遊べて嬉しかった!」

 ウサギはニコニコと笑う。

「ねぇ、またここに遊びに来てもいい?」

 リクは本心を告げる。するとウサギは寂しげな顔をした。

「それは、ダメかな。この森は楽しい面もあるけど危険もある。キミたちはもうここに来ちゃダメだよ?」
「なんで?」
「理由は説明できない。ただ、ここでの出来事は夢だと思って。忘れても忘れなくてどっちでもいい。思い出は自由だから。でもまた来るのはダメだよ」

 強くウサギに言われてリクは何も言えなくなる。
 シカの歩く振動に揺られ、徐々にリクの瞼も重くなる。
 そして気づくと自然と瞼が閉じて、視界が暗くなる。

「おやすみ。いい夢を」

 ウサギの優しい声がリクの耳を通過した。

◇

 翌日。どこか夢見心地でリクは目を覚ました。いつ家に帰ってきたのか記憶がない。隣を見ると、ランが幸せそうに寝息を立てていた。
 起こさないように気をつけて、リクは子供部屋を出た。

 リビングにはすでに両親がいる。

「あら、リクおはよう」

 2人はリクを見るなり優しく微笑みかける。

「おはよう。ねぇ、僕達いつ帰ってきたんだっけ?」
「あら、忘れたの? 家の近くの木に2人でもたれかかって眠っていたのよ」

 母が柔らかく笑う。
 昨日の出来事は夢だったのだろうかとリクは不思議な気分になった。

「おっはよー!」

 ランがリビングに元気に入ってきた。そして、トタトタとリクに近づいてくる。

「お兄ちゃん、昨日は楽しかったね!」
「そうだね」

 ランも覚えている。だから、昨日のことは夢じゃないとリクは確信した。
 朝ごはんを食べると、いつも通り兄妹は外に遊びにいく。
 相談はしなかった。それでも同じことを思った。
 2人は自然と手を繋ぎ、昨日森を発見した場所まで歩く。
 そして、驚いた。

「森がない......?」
「なんで?」

 昨日は確かにあったはずの森がなくなっていた。祖母の家までは一本道だ。迷うこともない。しかし、あんなに広大だった森は見る影もなかった。
 2人は不思議に思いながらも、なんとなく祖母の家に向かった。祖母は笑顔で2人を迎え入れる。

「あら、2人もあの森に行ったのね」

 不思議な森の話をすると祖母は懐かしそうに笑った。そして、話してくれた。

「私も2人ぐらいの頃に、迷い込んだことがあるの。あの森はね、プロディギウムの森。いずれ精一杯生きたい人達が辿り着く場所なのよ」

 祖母は兄妹の頭を撫でながら続ける。

「純粋な子供は何故か一度だけ迷い込むことがあるの。おばあちゃんも、おばあちゃんのお母さんも迷い込んでいるのよ。ウサギさんは元気だった?」
「うん! ウサギさんやイルカさん、リスさん達と遊んだよ! 帰りはシカさんの背中に乗せてもらった!」

 ランが楽しそうに祖母に伝える。隣でリクもうんうんと首を縦に振った。

「そう、それはよかったわ。2人もあの森での不思議な体験はきっといつまでも心に残ると思うの。もし大きくなって、同じ体験をした子がいたら、話を聞いてあげるのよ」

 少しいたずらっ子のような笑みを浮かべる祖母がウサギと重なってリクは声を出して笑った。

 不思議な森。きっとリクもランも一生忘れないと思った。そして、いつか話を聞いた時は今の祖母と同じような顔をして、聞いてあげよう。
 兄でありながら、お兄ちゃんである必要がない時間。リクは確かにあの森で大切なことを学んだように思った。

 きっと、あのウサギはまた迷い込んだ子供に笑顔で話しかけているのだろう。そう思うとリクの笑いはいつまでも止まらなかった。
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プロディギウムの森作者:星川宙
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自然豊かな町に、とある一家が引っ越してきた。仲のいい4人家族だ。
 兄のリクと妹のランはいつも一緒に遊んでいる。
 今日も近くに住む祖母の家に遊びに行く予定だ。

「お兄ちゃん、待ってよ!」
「遅いよ、ラン!」

 少し前を歩くリクにランは一生懸命走りながらついていく。まだ歩幅が妹とは違うことが分からないリクには、ランを待つという考えが最初から存在しない。

 そのため、後ろを振り返ることもしない。だからランとの距離が徐々に開いていることにも気づけないでいた。
 リクは周りをキョロキョロと見ながら、祖母の家までの通い慣れ始めている道を歩く。

 道は覚えているが、まだまだ周りには真新しいものがたくさんある。リクの中の冒険心がムズムズと疼く。

「お兄ちゃーん!」

 周りを見ていたリクはそこで足を止めて後ろを振り返る。
 ランは少し離れた位置で息を切らしながら歩いていた。
 リクは慌ててランの元に戻る。歩幅の違いは分からずとも、リクは妹想いの兄ではあった。

「ごめん、ラン。大丈夫?」
「大丈夫......。ただ、少し速くて疲れちゃった」
「本当にごめんね」

 2人は近くの原っぱで少し休憩することにした。
 芝生の上にリクは座る。その隣では、ランが「疲れたぁ」と寝転がる。そよそよと2人の間をそよ風が通過する。

 リクは大きく深呼吸した。引っ越す前は都会にいた。周りはコンクリートや鉄筋の建物ばかり。しかし、この町は周りに家と自然しかない。空気が都会と比べて美味しく感じる。
 まだ子供のリクには便利も不便もほとんど分からない。しかし、昔から自然が好きだった。それはランもそうだ。
 だから、引っ越してこの町に来れたのが嬉しい。
 
 寝転がりながら息を整えているランをニコニコと見ていたリクはふと何か視線を感じて顔を上げる。歩いてきた道と反対側に青々と茂った森が広がっていた。
 不思議に思い、リクは首を傾げる。


「あれ? あんな森あったっけ?」
「森!?」

 リクの呟きを聞き、ランは目を輝かせながら体を飛び起こす。そして、リクの見ている方向を確認する。キラキラと瞳の輝きが大きくなる。
 ランは森とリクを何度も交互に見る。

「お兄ちゃん! 行こう! 探検!」

 リクよりも活発なランは我慢できない様子で、立ち上がるとリクの右手をグイグイと引っ張る。
 リクは少し考えてから立ち上がる。リクも森が気になって仕方がないのだ。

「少しだけだよ?」

 悪戯っぽく笑うとリクはしっかりとランの手を握る。通い慣れ始めた道から逸れる。はぐれて迷子にならないようにしないといけないと思ったからだ。
 握られた手を見てランは嬉しそうにリクを見上げて、ぎゅっと力強く握り返した。

 そして、2人はまるで吸い込まれるように森の方へと向かった。

◇

 すぐに森の入り口に到着する。森は木が茂っているのに不思議と薄暗さは感じない。それどころか明るく輝いているようにすら見えた。
 暗ければ恐怖で引き返したかもしれない。しかし、明るさは不思議と恐怖を和らげる。
 2人は迷わずに森の中へと足を踏み入れた。

「きれいだね、お兄ちゃん!」
「そうだな」

 森を少し歩く。木々の間から日が射し、森全体がキラキラと輝いている。最初は入り口だけにしようと考えていたリクも気づくと、どんどんと森の奥に吸い込まれるように進む。
 手を繋いでいるから、リクの歩幅は自然とランに合わさる。

「あっ、リスさんだ!」

 リクと繋いでいた手をランが引っ張る。リクもランの視線を追う。
 木の上では2人を見守るように2匹のリスがいた。

「リスさん達も兄妹なのかな?」
「だったら、お揃いだね!」
「そうだね」

 兄妹2人は笑い合いながら、また歩き出す。歩みは止まることなく、どんどんと森を進んだ。
 時々、現れる動物や草花を見つけては立ち止まり、満足するまで眺める。何度も繰り返しながら進む。
 そして2人は大きな木へと辿り着く。

「でっかい木だな」
「大きい! お空に届きそう!」

 2人は首を目一杯上に向けて見上げるも、木の先端は見えそうにない。たくさんの枝や葉をつけており、この空間だけは光が射し込まない。
 涼しさを感じ、夏に来るのがいいかもしれないとリクはなんとなく思った。

 ランがリクの手を離す。そして、大木に向かって走り出した。両手を大きく広げて幹に抱きつく。

「あはは、大きい! 抱えきれない」

 ランは楽しそうに笑う。それを見て、リクもムズムズした。そして気づくと足は大木に向かって駆け出す。ランの横に倣うようにして腕を広げて幹に抱きつく。
 全身で自然を感じて気持ちがいい。幹のゴツゴツ感すら、不快にならず、兄妹はしばらく大木に抱きついていた。

「そろそろ帰るか」
「うー、まだ森で遊んでたい!」

 兄妹はほとんど同じタイミングで幹から腕を離して、大木に背中を預けるようにして座る。自然からエネルギーをもらった2人は元気だ。
 そして、ランはやや名残惜しそうな様子で立ち上がる。
 自然と兄妹はお互いの手を握って帰り道に向かおうとして固まった。

「......ここどこ?」

 先程まで楽しく探検していたせいで気づいていなかった。2人は道なき道を歩いてこの森に来たことを。

「うっ......ひくっ......」

 帰り道がわからない。その事実に気づいたランは兄の手をぎゅっと握りしめながら、大粒の涙を流す。
 リクも泣きたい気分だったが、妹がこれ以上不安にならないように必死に堪える。

 途方に暮れた兄妹はただ、大木の前から動けずにいた。

「泣き声が聞こえると思ったら、迷子?」

 その時、頭上から明るい声が響く。
 兄妹は弾かれたように上を見る。
 そこには、太い枝に丸まるようにして座っている真っ白なウサギがいた。赤い2つの目が子供達を見ている。

 兄妹はキョロキョロと周りを見渡す。しかし人間の姿はなく、いるのはウサギだけだ。

「話してるのはボクだよ」

 そんな声と共にウサギは木の枝から飛び降りる。そして飛び跳ねながら2人の前に向かってきた。
 後ろ足で地を踏み締めて、前足を地面から離して、腕組みのような形をとる。2足で立ち上がったウサギは兄妹を見つめながら、鼻を鳴らす。

「久しぶりの迷い人だ。ボクが出口まで案内するよ」
「ウサギが喋った!?」

 そこでやっと、話しているのがウサギだとわかり、兄妹は声を揃えた。
 その反応が面白いのかウサギがニヤリと笑う。

「その反応も新鮮で楽しいね。どうだい? 出口までの案内がてら、この森の探検もしないか? オススメの湖があるんだ」
「湖?」
「そうだよ、ボクの仲間も紹介したい」

 ウサギは鼻を鳴らしながら提案する。
 兄妹は顔を見合わせる。

「行きたい! お兄ちゃんいいよね?」

 まず反応したのはランだった。リクは少し考えたが、好奇心に従うことにした。暗くなるまでに帰ればいいだろうと言い訳をする。
 頷く兄妹を確認して、ウサギは前足を地面につける。

「なら、案内をするよ。離れずにボクについてきてね?」

 ウサギはぴょんぴょんと跳ねながら前を進む。
 兄妹はお互いの手を握りなおして、ウサギの後に続いた。
 ウサギは時々、立ち止まりながら近くに咲いている花や木の説明をする。

「この花は、夜にだけ咲く花さ。今は萎んでるけど、夜になると輝くように咲くんだ」
「この木は秋になると美味しい実をつけるんだ。ボク達のご馳走!」

 兄妹は説明を聞き、想像しながら進む。気づくと2人の瞳は好奇心で輝きが止まらない。

「すごいね、お兄ちゃん」
「そうだな、見てみたいな」
「ふふふ、まだまだ序の口だよ!」

 ウサギの観光ガイドは楽しそうに笑う。
 そして、しばらく歩くと開けた空間に出た。
 緑の芝生の先に青く輝く湖が広がっている。
 水面は光が反射してキラキラと輝いており、違う世界に迷い込んだように感じた。

「ここが、ボクらの誇りの湖さ!」
「きれい!!」

 ウサギは誇るように前足を上げて胸を張る。
 兄妹は気づくと、ウサギを置いて湖に向かって走り出した。
 湖を覗くと、水は澄んでいて底の様子が見える。
 ランは目を輝かしながら、ウサギを見た。

「ウサギさん! 湖に足入れてもいい?」

 ランの提案にリクもこくこくと首を縦に振る。
 その様子にウサギは声をあげて笑った。

「もちろん、いいよ? ついでにボクの仲間を紹介しようか」

 ウサギは跳ねながら、湖に近づくと前足を水面に入れると、何かを呼ぶようにパシャパシャと水面を叩く。
 すると、湖の奥から黒い影が水辺に近づいてくる。最初は小さく見えた影がどんどんと大きくなる。

 兄妹は思わず息を呑んだ。そんな兄妹の様子を知らない影は水面から顔を出す。

「呼んだ?」

 そこにいたのは、本来海にいるはずのイルカだった。
 イルカは兄妹を見ると楽しそうに笑う。

「おや、珍しいお客さんだ。よかったら、私と湖で遊ぼうよ」

 ヒレでパシャパシャと水面を叩きながら、イルカは提案する。いつのまにか靴を脱いで、水面に足を入れようとしていたランはピンっと手を伸ばす。

「遊ぶ! でも、水着持ってきてないよ?」
「大丈夫! この湖は不思議なんだ。服は濡れてもすぐに乾く。そのままでいいんだよ?」
「本当!?」

 ランは、迷わずに湖に飛び込んだ。

「お水冷たい! 気持ちいい」

 水面から顔を出しながら、ランは楽しそうに笑う。その周りをダンスをするようにイルカがくるくると優雅に泳ぐ。
 リクは考えてから、足だけを湖に入れて遊ぶことにした。
 ウサギがぴょんぴょんと近づいてくる。

「キミは入らないのか?」
「ランがはしゃいでる。疲れて帰りに寝ると思うから、僕が体力残しとかないと。お兄ちゃんだから」
「......? なんでお兄ちゃんだと我慢しないといけないんだい?」

 ウサギは不思議そうに聞く。その返しが予想外でリクは目を丸くした。

「でも、お父さんもお母さんも、言うよ? お兄ちゃんだからいい子にって! 妹の面倒見てねって!」
「それは大人の言い分だ。キミがどうしたいかで良いんだよ。もしキミが疲れたのなら、この森の仲間に家の近くまで届けてもらうし! 遠慮してるだけなら目一杯遊ぼうよ」

 ウサギに背中を押されて、リクは考える。今はお兄ちゃんにならなくてもいいのかなと思えてくる。

「お兄ちゃんも、早くおいでよ!」

 湖ではイルカの両ヒレと手を繋ぎ、ランが踊っている。
 リクはムズムズとした。

「ほら、呼んでるよ?」

 我慢できずにリクも湖に入る。足だけよりも気持ちいい。
 リクは仰向けになり、水に浮く。
 どこからか、楽しそうなウサギの笑い声が聞こえた。

◇

 1時間程、湖で兄妹は遊んだ。流石に2人とも疲れて、湖から出る。
 するとイルカが言ったように、すぐに服や髪、体の水は乾き本当にさっきまで水遊びをしていたのか不思議な感覚になる。
 ウサギの横にはいつの間にかリスやシカ、色とりどりの鳥が集まっていた。
 大きな葉っぱの上には木苺や木の実が大量に載っており、思い思いに摘んでいる。

 ウサギは兄妹に気づくと、ぴょんぴょんと向かっていく。

「どうやら楽しめたようだね?」
「うん、ありがとう。ウサギさん」
「楽しめたのなら嬉しいよ! この森で我慢は良くないからさ」

 そして、ウサギは2人を他の動物達の元へと案内する。

「遊んでお腹が空いただろ? キミたちもよかったら食べて。この少し大きな木の実は中に水分がたっぷり含まれているから、喉を潤せるよ」

 ウサギは自分よりも大きな木の実を前足で指す。
 兄妹は迷わずにその木の実を手に取る。

「それはね、ヘタの部分をとって、そこから吸って飲むんだよ」

 ウサギの説明を聞き、2人はヘタを探して、その通りにする。
 ほのかに甘い果汁に夢中になって飲む。
 そんな兄妹を楽しそうにウサギは見ていた。

「これ、美味しい!」
「そうでしょ。この森の人気の実だからね。気に入ってもらえてボクも嬉しいよ」

 ランに笑顔で応えながら、他の木の実も勧める。兄妹はリス達と一緒に木の実を摘みながら、果汁を飲む。
 小鳥達が囀りながら歌を歌う。
 不思議な光景だが、兄妹は居心地の良さを感じていた。

 その後も、ウサギやリスとかけっこをしたり、小鳥とかくれんぼをしたりと兄妹は動物達と遊び尽くした。
 徐々に、太陽は頂上から地面へと動き始める。
 それは楽しい時間が終わりを迎えることを告げてきた。

 リクは空を見上げて、残念そうに呟く。

「もうそろそろ帰らないと......」
「えー、もっと遊びたい!」
「でも、お母さん達が心配するから」
「うー」

 ランが見てわかるくらいにしょぼくれる。それを見てウサギがまた笑った。

「この森を気に入ってくれて嬉しいよ。なら、そろそろ出口まで案内しようか。キミも一緒に来てね?」

 ウサギはシカに告げる。寡黙なシカは喋りはしなかったが頷いた。
 また、兄妹はお互いの手を握る。
 それを確認したウサギは微笑むと、また森に向かってぴょんぴょんと進む。その後を兄妹、シカの順で続く。
 森に入る前に兄妹が後ろを振り向くと、リスやイルカが手を振っていた。
 2人はお互いに繋いでいない手を動物達に振る。
 そして、ウサギに続いてまた歩き出した。

 しばらく歩いたところで、ランが目を擦り始める。

「お兄ちゃん、眠いよぉ」
「家に着くまで、頑張ろう」

 徐々に歩く速度も遅くなり、止まってしまった。
 リクは困って首を傾ける。
 前を進んでいたウサギが引き返してくる。

「疲れちゃったか。......お願いできる?」

 ランの様子を確認してから、シカを見る。シカは頷くと、前足を折って屈む。

「送って行くって約束だったからね、是非背中に乗ってくれ」

 前足でシカを指しながらウサギは言う。ランは頷くとシカに向かった。

「シカさん、お願いね?」

 シカは微かに笑う。ランは遠慮しながらシカの背中に乗った。
 すると、ウサギとシカの視線がリクに移動する。

「キミはどうする? 疲れてない?」

 ウサギの質問にリクは悩んだ。疲れてはいる。でも、甘えてもいいのだろうかと考えてしまう。

「ここは、自分に素直でいていい森だよ。遠慮はいらない」

 ウサギの言葉にシカも頷く。リクは少し悩んでから、「お願いします」とランと一緒にシカに乗せてもらうことを選んだ。
 2人が乗ったのを確認すると、シカは体を起こす。
 そして、ウサギがぴょんっと跳ねてシカの頭の上に乗った。

「なら、お願いね」

 ウサギは器用にリク達を見る。優しい赤い瞳に、リクのお兄ちゃんだからと少し張り詰めていた緊張が解けていく。
 少しすると、シカの首に手を回していたランが寝息を立て始めた。リクはランが落ちないように注意しながら、ウサギを見た。

「今日はありがとう。楽しかったよ」
「それならよかった。ボクも仲間達もキミたちと遊べて嬉しかった!」

 ウサギはニコニコと笑う。

「ねぇ、またここに遊びに来てもいい?」

 リクは本心を告げる。するとウサギは寂しげな顔をした。

「それは、ダメかな。この森は楽しい面もあるけど危険もある。キミたちはもうここに来ちゃダメだよ?」
「なんで?」
「理由は説明できない。ただ、ここでの出来事は夢だと思って。忘れても忘れなくてどっちでもいい。思い出は自由だから。でもまた来るのはダメだよ」

 強くウサギに言われてリクは何も言えなくなる。
 シカの歩く振動に揺られ、徐々にリクの瞼も重くなる。
 そして気づくと自然と瞼が閉じて、視界が暗くなる。

「おやすみ。いい夢を」

 ウサギの優しい声がリクの耳を通過した。

◇

 翌日。どこか夢見心地でリクは目を覚ました。いつ家に帰ってきたのか記憶がない。隣を見ると、ランが幸せそうに寝息を立てていた。
 起こさないように気をつけて、リクは子供部屋を出た。

 リビングにはすでに両親がいる。

「あら、リクおはよう」

 2人はリクを見るなり優しく微笑みかける。

「おはよう。ねぇ、僕達いつ帰ってきたんだっけ?」
「あら、忘れたの? 家の近くの木に2人でもたれかかって眠っていたのよ」

 母が柔らかく笑う。
 昨日の出来事は夢だったのだろうかとリクは不思議な気分になった。

「おっはよー!」

 ランがリビングに元気に入ってきた。そして、トタトタとリクに近づいてくる。

「お兄ちゃん、昨日は楽しかったね!」
「そうだね」

 ランも覚えている。だから、昨日のことは夢じゃないとリクは確信した。
 朝ごはんを食べると、いつも通り兄妹は外に遊びにいく。
 相談はしなかった。それでも同じことを思った。
 2人は自然と手を繋ぎ、昨日森を発見した場所まで歩く。
 そして、驚いた。

「森がない......?」
「なんで?」

 昨日は確かにあったはずの森がなくなっていた。祖母の家までは一本道だ。迷うこともない。しかし、あんなに広大だった森は見る影もなかった。
 2人は不思議に思いながらも、なんとなく祖母の家に向かった。祖母は笑顔で2人を迎え入れる。

「あら、2人もあの森に行ったのね」

 不思議な森の話をすると祖母は懐かしそうに笑った。そして、話してくれた。

「私も2人ぐらいの頃に、迷い込んだことがあるの。あの森はね、プロディギウムの森。いずれ精一杯生きたい人達が辿り着く場所なのよ」

 祖母は兄妹の頭を撫でながら続ける。

「純粋な子供は何故か一度だけ迷い込むことがあるの。おばあちゃんも、おばあちゃんのお母さんも迷い込んでいるのよ。ウサギさんは元気だった?」
「うん! ウサギさんやイルカさん、リスさん達と遊んだよ! 帰りはシカさんの背中に乗せてもらった!」

 ランが楽しそうに祖母に伝える。隣でリクもうんうんと首を縦に振った。

「そう、それはよかったわ。2人もあの森での不思議な体験はきっといつまでも心に残ると思うの。もし大きくなって、同じ体験をした子がいたら、話を聞いてあげるのよ」

 少しいたずらっ子のような笑みを浮かべる祖母がウサギと重なってリクは声を出して笑った。

 不思議な森。きっとリクもランも一生忘れないと思った。そして、いつか話を聞いた時は今の祖母と同じような顔をして、聞いてあげよう。
 兄でありながら、お兄ちゃんである必要がない時間。リクは確かにあの森で大切なことを学んだように思った。

 きっと、あのウサギはまた迷い込んだ子供に笑顔で話しかけているのだろう。そう思うとリクの笑いはいつまでも止まらなかった。
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プロディギウムの森作者:星川宙
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