青春は終わらない
いちっ、にぃ、さんっ、しぃ、ごぉ、ろくっ、しち、はち――。
市内の体育館に響くカウントの声。その声に合わせて全員が同じ、又はそれぞれに動いていく。
しばらくすると、「休憩っ!」と号令が出たので各々が散らばって水分補給やタオルで汗を拭くなどして、談笑を始める。
俺は少し離れた場所から眺めていた。
「どうだ? 今年のは」
先程までカウントをとっていた、ガタイのいい男性が聞いてきた。
俺は見て思ったことをそのまま伝えた。
「前回よりもダイナミックで、ステージを広く使えるようになったのが良いですね。今年は見応えがありますね」
「そうかそうか。それは良かった」
照れ臭そうにしながら、坊主頭を掻いている彼は、俺の所属しているYOSAKOIチームの代表である梶田さん。チームの創設者で、本番では踊り子の後ろで大旗を振るっており、比較的若者が多いうちのチームでは最年長である。また、曲の構想、振付と隊列の構成、衣装デザインの構想まで手掛けている。
同じ地区に住んでおり、俺がちびっこの時に誘ってもらいチームに所属した。毎年、地元をはじめ県内各地のお祭りやイベントに参加していたが、コロナの影響でしばらく休止しており、最近ようやく再開できた。
俺は介護の仕事に就いていたので、会社に相談した。話し合いの結果としては、コロナが収束するまで、練習やイベントに参加しないということになった。今日はそのことを直接伝えに来たのだ。
「活動を再開されてなんですが。会社との話し合いで、コロナが収束するまで練習やイベントの参加が出来なくなりました」
「仕方ないな。仕事内容が内容なだけに」
「すんません......」
「気にすんな坊主。お前以外にも、看護や介護の仕事をしているメンバーからも同じようなことを聞いたからな」
「そうですか。あと、もう坊主って歳じゃないですよ。梶田さん」
「ハハハハハッ。スマンスマン。つい昔の癖で呼んじまった。わりぃな、隆人」
「いえ、大丈夫です」
豪快に笑ってはいるが、やはり少し寂しそうな雰囲気が感じ取れた。
どうしようか迷っていた時に声が掛かる。
「あぁ! タカちゃんだー!」
前方から一人の女子が駆け寄ってくる。
「ひっさしぶりー! 元気にしてた?」
「どうにか罹らずに済んではいる。そっちはどうなんだ、私立で人数多いだろ」
「今んとこ出てないよー。全然気は抜けないけどね」
「そうか」
二人で話していると、梶田さんから声が掛かった。
「そい、楓。喋る時はマスクをしっかり着けろ。万が一があったら不味いんだぞ。こいつは介護職なんだからな」
「あ、ゴメン」
彼女は慌ててずらしていたマスクを、しっかりと着け直す。
感染者数が以前より減ったとはいえ、まだまだ油断は出来ないのだ。俺も梶田さんも自分のマスクの位置がずれていないか確かめる。
今、俺たちのもとにきた彼女は梶田楓。梶田さんの一人娘で、俺とは幼馴染みの高校生だ。
チームメンバーの中では、抜群の運動能力があり、勝気で男勝りな性格でもあるので、女子でありながら男隊のセンターに就いている。
「しばらく活動の参加を自粛するって話をしていた」
「じゃあつまり、タカちゃんも練習出来ないんだ」
「ああ。下手したら利用者さんの命に係わるからな」
「そっかぁ......」
目に見えて落ち込んでいる様子である。
だが、状況が状況なだけに一つ誤れば周囲を巻き込んでしまうのだ。不安材料は出来得る限り排除しておきたい。
「いつになったら全員揃って、踊れるようになるかなぁ?」
「こればっかりは分からん。日常生活で気を付けながら過ごしていくしかない。それで、進路はどうするんだ。来年高三だろ? お前」
「うーん。そうなんだけどさぁ......」
「進学か就職かもまだな感じか」
「そうだねぇ。せめてどっちにするかぐらいは、決めなきゃとは思ってはいるんだけど」
「年明けぐらいには決めといたほうが楽だぞ。どっちにするかで準備する事も変わるからな」
「はぁい」
きりがよさそうだったので、代表の梶田さんに挨拶するために声を掛けようとした。
だが楓は終わらせるつもりではないらしい。
「ねぇタカちゃん。ちょっと聞きたいんだけど」
「もうすぐ休憩も終わりだろ。そろそろ戻ったらどうだ、俺も帰るつもりだし」
「構わねぇよ。今からはパートごとで振りの確認だからな。こっちは気にせず、二人で話してこい」
そう言われては無下に断る訳にもいかない。
俺は楓と二人で体育館の外に出た。どうも今日の彼女は、いつもと雰囲気が違う。何があったのだろうか。
「それで、聞きたい事ってのは何だ」
「あ、うん。あのね、タカちゃんは......今も踊りたいって思ってる?」
「あぁ、一応はそのつもりだ」
「つもりって、どういうことなの」
「丸二年も離れていたからな。最近はどちらかといえば、動画で過去の演舞や他チームの演舞を見ていることが多いな」
そう言った後に思い返してみると、自分の中では実際に踊るよりも、見る事のほうが比重は大きくなってきている気がしないでもない。
ついこの間まで外出は、ほぼほぼ家と職場の往復だけだったし、お祭りやイベントも軒並み中止になってしまったので、モチベーションが下がっているのも確かである。
「なんだったら、そんな無理してまで踊らなくてもいいかと思い出したり――」
「は? それ、どゆこと?」
楓の低い声が聞こえ、マスクをしているというのに、思わず口元を手で覆う。まさか口に出してしまっていたとは。
焦ってしまい弁明しようと口を開くのだが、「いや、あのっ、これは」と続かない。さらに慌ててしまう俺に、楓は詰め寄ってくる。
「本当は踊る気なんて無いってこと?」
「いや、その......」
「嘘、ついたの?」
「そういうつもりじゃ、なくて」
「じゃあ何? 待ってあげるから、少し落ち着いて話してよ。ほら、深呼吸して」
彼女の「吸って―、吐いて―」の合図に合わせて深呼吸をする。何回か繰り返していくうちに、次第に落ち着いてきたのが実感できた。
チームでは最年少ではあるがリーダーシップがあり、梶田さんが居ない時は代行でまとめ役を担っている。今もこうして感情のままに動くのではなく、しっかりと話がしやすいようにしてくれるので、頭が上がらない。次期代表候補として本当に申し分ない、と皆が思っている。
「落ち着いた?」
「ああ、だいぶマシになった」
「そう。じゃ、どういうことか話して」
「そうだな。何と言うか、コロナが広まってから動画でしかYOSAKOIに触れてなかったから。だんだんとモチベが下がってきて」
「なるほどねぇ。分からないでもないね、私も多少モチベは下がってたから。私の場合はお父さんが居たから、お互いに励まし合ったし。本番で踊れるようになったら、観てくれる人達に楽しんでもらいたい、元気になってもらいたいって想うようになったからさ」
「強いな......」
本当に、俺とは大違いだ。そんな彼女を見ていると、なおさら自分が惨めに思えてくる。
ろくに自主練集や過去の演舞を振り返りもせずに、コロナを言い訳に放棄していた。
段々と面倒になって、辞める気にもならず、かといって一人で練習する気も起きないので、ダラダラと答えを先延ばしにして過ごしている。人のことを言えないな。
仮にコロナが収束して、会社から行っても大丈夫と許しを貰えたとして、チームに戻った時。果たして俺は、前みたいに熱中して全力で踊ることができるだろうか。
「タカちゃんは不安なの? チームに戻るのが」
「......不安しか無いな。離れている間にも新メンバーは増えている。チームの雰囲気も以前と変わっている。その中に入ったとして、前みたいに上手くやっていけるのか分からない」
「まぁ、確かに。前よりはいろいろと変わったからねぇ。タカちゃんからしたら、ギャップがあるかもしれないね。他には?」
「モチベもそうだが、気分も落ちてきてな。踊るのが億劫に感じてきたりもしている。一人で自主練もせずにいたから、こんな奴がノコノコと戻ったところで、みんなに悪いだろ」
そう答えたら、楓は大きいため息を吐いた。
それは大きく、長いため息だった。そして彼女は言った。
「バッカじゃないの? そんなことで気を悪くする人がうちのチームに居ないのは、タカちゃんがよく知ってるでしょ」
「でも......」
「心配しすぎ。それに、タカちゃんが戻ってきたらみんな温かく出迎えてくれるよ。その時に、もし落ち込んでいたら、みんなで励ますし慰める。練習に関しても、アドバイスや褒めあったりするんだから。タカちゃんが思ってるほど、みんなは薄情じゃないよ」
それを聞いてハッとなる。自分の中でどんどん悪い方にばかり勝手に考えれいた。今日までメンバーの誰とも話したりしていなかったので、余計にどう思われているか分からず、不安が募っていた。
「そうか......いや、そうだな。勝手にそう思い込んでいた」
「もう、いっつも一人で抱えすぎ。ちゃんと誰かに相談しなさいよ。そんなに私たちが信用できない?」
「信用も信頼もしている」
「じゃあなんで、誰にも相談してくれなかったの」
「その。心配をかけたくなかったから」
「それで今、私はすごく心配してるんだけど」
「ごめん......」
「まったく。じゃあこうしよう。みんなに話しづらいなら、私かお父さんに話してよ。誰にも言わないから。そうすれば少しは気が楽になるんじゃない?」
「それなら、なんとか」
「じゃあ決定。今日からそうしましょ」
「そうか。分かった」
「「うわっ!?」」
びっくりした。梶田さんがいつの間にか体育館から出てきていたらしい。心臓に悪い。
「ハハハ。そろそろ全体練習だからな。坊主、趣味なんだから特にどうこうは言わねぇが。辞めるのか、続けるのか、どっちだ?」
自分の中で、答えは決まっていた。
「続けます。代表」
「いい顔してんじゃねぇか。わかった、いつまでも待ってるからな」
そう言うと、梶田さんはニッコリと笑い、隣では楓も満面の笑みを浮かべていた。
「じゃあ坊主、何かあったら――いや、何も無くても連絡してこい。放っておいたらどうなるか分かったもんじゃねぇからな」
「もう坊主って歳じゃないですよ。分かりました、では遠慮なく二人に連絡させてもらいます」
「おぅ。あと、俺からしたらお前も息子みたいなもんだからな。いつまでも坊主だ。それと筋トレや柔軟ぐらいはしっかりとしておけよ。ただでさえ華奢なのに、さらにヒョロヒョロになってねぇか? 体も前より硬くなってそうだしな」
「分かりました」
楓も続く。
「戻ってきたら、容赦なくビシバシ鍛え直したげるんだから」
「お手柔らかに頼む」
「保障しかねまーす」
楓がそう言った後に、三人で笑う。こんなやり取りも久しぶりだ。
今までやってきたものの中で、唯一続いている趣味だ。まだ辞めるには勿体ない。
学生時代の時も青春を感じてはいた。だが、自分の中で一番の青春はYOSAKOIである。
それは踊っている時だけではない。こうしたチームメンバーとの何気ない会話も、かけがえのないものだ。
今までも、これからも。
俺の青春は、まだ続いている。