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第11話 調合台の向こう側


 冒険者ギルドで受注の手続きを済ませ、指定された商業区のマーロウ商会へ向かった。大通り沿いに立つその建物は、石造りの落ち着いた佇まいを見せていた。扉をくぐると広い土間があり、整然と並べられた棚や荷箱、木机の上の帳簿が目に入る。奥から、恰幅のよい中年男性が丸みのある顔に笑みを浮かべて出てきた。

「いらっしゃい。ギルドからの運搬人かい?」

「はい。反物の運搬依頼を受けてきました。ノワールといいます」

「グレイソンだ。よろしくな」

 店主のグレイソンは気さくに名乗り、奥の棚から布で厳重に包まれた長細い包みを二つ、慎重に運び出してきた。

「運んでもらうのは、この反物二巻きだ。見た目より少し重いよ。扱い方だが――縦に立てないこと。中で巻きが滑って芯がずれる。それと当然だが濡らさないこと。上に別の荷物を重ねるのも厳禁だ。移動中にどうしても置く必要があるなら、地面へ直接は置かんでくれ」

「二巻き。横向きで抱え、濡らさず、重ねず、地面へ直接置かない。仕立て屋までですね」

 提示された条件を要約して、言葉に出して照らし合わせる。聞き違いがないよう、口に出して確かめておく。

「飲み込みが早くて助かるよ」

 グレイソンは満足そうに頷き、台帳へ目を落とした。

「ノワールだったな。仕事の成果次第で名前を控えさせてもらうよ。石級のうちはギルド経由だが、荷扱いが丁寧な奴は覚えておきたいんでね。実績が積めれば、うちから指名で頼むこともあるかもしれん」

「ありがとうございます。励みになります」

「商売だからね。丁寧に運ぶ相手を指名できれば、毎回一から説明する手間も、荷を傷められる心配も減る。こちらにも得があるのさ」

 実績次第、という意味だ。分かりやすくていい。反物を二巻き、胸の前で崩れないよう抱え上げた。ずしりとした重みが両腕と肩にのしかかってくる。

 商会を出て、東区画へ向かった。人混みを避け、段差やぬかるみに足をすくわれないよう慎重に進む。両腕が塞がっているため、視線は自然と足元と周囲の人の動きに向けられた。身体を動かして荷を運ぶだけの作業だが、腕の筋肉がじんわりと張り、額に温かい汗が滲んでくる。

 余計なことを考える余裕はない。ただ荷物を傷つけず、届けるべき場所へ届ける。それだけの時間が、かえって新鮮に感じられた。

◆

 東区画の静かな路地に入り、白い扉の脇に、糸巻きの絵が描かれた木札が下がっている店を見つけた。扉を押すと、チリンと小さな鈴が鳴った。店内は様々な色の布地や仕立て途中の服が整然と並び、奥の作業台で針を動かしていた女性が顔を上げた。三十代半ばほどの、すっきりとした立ち姿の女性だった。

「いらっしゃいませ」

「マーロウ商会から反物をお届けに来ました」

「まあ、ありがとうございます。こちらへどうぞ」

 仕立て屋のオーラは作業の手を止め、台の上を素早く片付けてスペースを作った。俺は抱えていた反物を、言われた通り横向きのままゆっくりと滑らせるように置いた。オーラは布の端を繰り、巻きの潰れや湿気がないかを素早く、かつ念入りに確かめた。

「丁寧に運んでくださったのですね。芯のズレもありません。助かります」

「グレイソンさんに教わった通りに運んだだけですので」

「指示通りにできる方が、案外少ないのですよ」

 オーラは柔らかく微笑むと、受け取りのサインを書類に書き込み、それと一緒に小さな革の巾着を俺へ差し出してきた。

「どうぞ」

 手のひらに載せられた巾着から、金属の軽い重みが伝わってきた。

「これは?」

「心付けです。綺麗な状態の反物を届けてくださったお礼ですよ」

「よろしいのでしょうか? 今日が初めての配達ですが」

「うちへ運んでくださる方には、良い仕事をしていただいた時にお渡ししているのです。良いお仕事には、それに見合う対価が支払われるべきでしょう?」

 理由を先に示されると、断る方が不自然だった。

「......ありがとうございます。いただきます」

「ええ。また機会がありましたら、よろしくお願いいたしますね」

 仕事と対価だけでつながる関係は、俺には楽だった。深く頭を下げ、店を出た。ギルドへ戻って運搬の報告を済ませ、報酬の銅貨十枚を受け取った。

 オーラからの心付けは銅貨二枚。今日の稼ぎは十分だった。手持ちと合わせれば、今夜の宿代も明日の稽古代も心配しなくていい。

 宿へ戻る道すがら、老薬師から言われた言葉を思い出した。明日、時間があるなら来いと言われていた。見学に行けば、また何か言われるかもしれない。だが、見るだけなら構わない。

「......明日決めればいいか」

 俺は〈鈍色亭〉の重い扉を開けた。

◆

 六日目の朝も、早い鐘の音とともに稽古場に立っていた。地面を踏みしめ、木剣を握る。

「足が先だ」

 ドランの短い声が飛ぶ。振る。

「まだ足が止まっている。足が先だ」

 もう一度。

「動きを見てから考えている。足が先だ」

 三度、同じ言葉を投げかけられた。目の前の動きを見て、頭の中で整理しようとすると、まだ足が止まる。

 四度目は、考える前に足を出した。そのまま木剣を振り下ろす。風を斬る音が、昨日より高く響いた。

 ドランは木剣の先で俺の打突を軽く受け止め、すっと引いた。

「......少しはましだ」

 今日初めての評価だった。息を整えながら、汗を拭う。

「今日は会話が多いですね」

「三回同じことを言わせただけだ」

 ドランは露骨に不機嫌そうな顔をして、低い腰掛けへ腰を下ろした。

「さっさと行け」

「はい。明日もよろしくお願いいたします」

 手で追い払われながらも、俺は軽く頭を下げて稽古場を後にした。

◆

 稽古場を出てそのまま南通りへ向かい、〈緑燈の薬師〉の扉を押した。気乗りはしなかったが、他に予定もなかった。

 軒先には緑の燈籠が下がっていた。扉を開けると、昨日と同じ乾いた薬草と土の匂いがした。奥の作業台では、老薬師が背を丸めて作業をしていた。

「......おはようございます」

 声をかけると、老薬師は振り返りもせず、顎で作業台の脇にある丸椅子を示した。

「そこへ座れ」

 座った。作業台の横には、昨日届けた根葉の束が並んでいた。

「今日は採取品の整理だ。お前は何もしなくていい。ただ見ていろ」

「分かりました」

 老薬師は根葉を一本ずつ手に取り、状態を確かめてから三つに分けた。左の束、中央の束、右の束。分け方の基準は、外から見ているだけでは分からなかった。

 太いものが左、細いものが右かと思ったが、途中で太い一本が中央へ入り、細い一本が左へ置かれた。外れた。

「三つに分ける基準は何ですか」

「見て分からんか」

「太さだと思いましたが、今ので違うと分かりました」

「太さだけなら、お前にもできる」

 できないとは言っていない。ただ、言い方が腹立たしい。

「では、水分ですか」

「それも見る」

「繊維の固さ」

「それもだ」

「全部ですか」

「基準は一つじゃない。今日使うものに合わせて分けている」

 老薬師は根葉を一本持ち上げた。

「同じ場所で採ったものでも、太さも水分も繊維の具合も違う。すり込むものに使うか、煮出すか、乾かして残すかで、欲しい状態は変わる」

「毎回、同じ分け方をするわけではないんですね」

「必要なものが変われば、分け方も変わる」

 それから老薬師は、一本ずつ状態を確かめながら、乾燥の進み方や使い道の違いを説明し始めた。

「中央は煮出す方ですか」

「違う。今日はすり潰す」

 老薬師はそれ以上答えず、中央の根葉を石臼の脇へ寄せた。興味がないわけではない。仕組みとしては面白い。根拠があり、手順があり、同じ結果へ近づけるための工夫がある。

 ただ、自分がそれを覚える必要があるとは思わなかった。選別の作業が終わると、老薬師は秤を出した。中央の束から取り分けた根葉を石臼ですり潰し、その粉末と別の材料を秤の皿へ載せ、小さな分銅を足していく。

「配合比だ」

 老薬師は数値を小さな紙へ書き留めながら言った。

「根葉は乾き具合で重さが変わる。まず量って、混ぜる材料も決めた分だけ載せる。分銅一つ分ずれれば、同じ薬にはならん。目で見た具合に合わせて、教わった量を加減する」

 その部分は分かる。教わった数値と、目の前の人間が示す変化は、いつも同じではない。

「お前の向こうでの仕事では、こういう薬は使わなかったのか」

 老薬師が手を止めずに尋ねてきた。

「使う立場でした。処方されたものを渡して、効いているかを確かめます。顔色や呼吸、体温、反応の仕方を見て、話せるなら本人にも聞く。作る側ではありませんでした」

「使った後を見るなら無関係ではない」

「関係はあります。でも、同じ仕事ではありません」

 老薬師は分銅を皿へ載せながら、何でもないことのように言った。

「お前なら、覚えれば使えるようになるだろう」

 評価を含んだ口調だった。

「......必要になれば、また伺います」

「必要になる前に覚えておくものだ」

「必要になるものを、全部先に覚えるのは無理ですから」

「これは必要になる」

「誰にとってですか」

 俺が問い返すと、老薬師は作業の手を止め、振り向いて俺の目を直視してきた。

「薬を扱う者にとってだ」

「俺は、薬を作る者ではありません」

「今はな」

 今は、という言葉が気に入らなかった。知っているから任される。できるから次も回ってくる。そうやって仕事が増えていく順番は、よく知っていた。

「今後も、その予定はありません」

 俺はまっすぐに老薬師の目を見返し、はっきりと口にした。老薬師はしばらく無言で俺を見つめていたが、やがて呆れたように短く息をついた。

「......薬師は、身体に変化を起こすものを作る。同じ薬草でも、量や合わせ方を間違えりゃ毒になる。作った者が、使った後まで責任を持つ仕事だ」

「......ええ。だからこそ、軽々しく引き受けるわけにはいかないんです」

 老薬師の言い分は正しい。だからこそ、俺が軽く頷ける話でもなかった。老薬師は再び作業台へ向き直り、小瓶へ粉末を移し始めた。

「......次も採取依頼を出しておく。受ける気があるなら採ってこい。調合も見たいなら勝手に見ろ」

「採取依頼なら、条件を見て考えます。ですが調合は、今日は十分拝見しました。これで失礼します」

 立ち上がり、頭を下げる。老薬師は眉を動かしたが、何も言わなかった。店を出ると、南通りの風が火照った顔に心地よかった。

◆

 老薬師の手際も、説明の正確さも本物だった。技術として合理的で、学ぶ価値があることも分かる。採取の仕事なら、条件が合えば今後も受けていい。

 だが、あの調合台の向こう側へ座る理由はない。





(――クソ面倒くさい)
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明日も、ダンジョンへ。作者:為書結依
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第11話 調合台の向こう側


 冒険者ギルドで受注の手続きを済ませ、指定された商業区のマーロウ商会へ向かった。大通り沿いに立つその建物は、石造りの落ち着いた佇まいを見せていた。扉をくぐると広い土間があり、整然と並べられた棚や荷箱、木机の上の帳簿が目に入る。奥から、恰幅のよい中年男性が丸みのある顔に笑みを浮かべて出てきた。

「いらっしゃい。ギルドからの運搬人かい?」

「はい。反物の運搬依頼を受けてきました。ノワールといいます」

「グレイソンだ。よろしくな」

 店主のグレイソンは気さくに名乗り、奥の棚から布で厳重に包まれた長細い包みを二つ、慎重に運び出してきた。

「運んでもらうのは、この反物二巻きだ。見た目より少し重いよ。扱い方だが――縦に立てないこと。中で巻きが滑って芯がずれる。それと当然だが濡らさないこと。上に別の荷物を重ねるのも厳禁だ。移動中にどうしても置く必要があるなら、地面へ直接は置かんでくれ」

「二巻き。横向きで抱え、濡らさず、重ねず、地面へ直接置かない。仕立て屋までですね」

 提示された条件を要約して、言葉に出して照らし合わせる。聞き違いがないよう、口に出して確かめておく。

「飲み込みが早くて助かるよ」

 グレイソンは満足そうに頷き、台帳へ目を落とした。

「ノワールだったな。仕事の成果次第で名前を控えさせてもらうよ。石級のうちはギルド経由だが、荷扱いが丁寧な奴は覚えておきたいんでね。実績が積めれば、うちから指名で頼むこともあるかもしれん」

「ありがとうございます。励みになります」

「商売だからね。丁寧に運ぶ相手を指名できれば、毎回一から説明する手間も、荷を傷められる心配も減る。こちらにも得があるのさ」

 実績次第、という意味だ。分かりやすくていい。反物を二巻き、胸の前で崩れないよう抱え上げた。ずしりとした重みが両腕と肩にのしかかってくる。

 商会を出て、東区画へ向かった。人混みを避け、段差やぬかるみに足をすくわれないよう慎重に進む。両腕が塞がっているため、視線は自然と足元と周囲の人の動きに向けられた。身体を動かして荷を運ぶだけの作業だが、腕の筋肉がじんわりと張り、額に温かい汗が滲んでくる。

 余計なことを考える余裕はない。ただ荷物を傷つけず、届けるべき場所へ届ける。それだけの時間が、かえって新鮮に感じられた。

◆

 東区画の静かな路地に入り、白い扉の脇に、糸巻きの絵が描かれた木札が下がっている店を見つけた。扉を押すと、チリンと小さな鈴が鳴った。店内は様々な色の布地や仕立て途中の服が整然と並び、奥の作業台で針を動かしていた女性が顔を上げた。三十代半ばほどの、すっきりとした立ち姿の女性だった。

「いらっしゃいませ」

「マーロウ商会から反物をお届けに来ました」

「まあ、ありがとうございます。こちらへどうぞ」

 仕立て屋のオーラは作業の手を止め、台の上を素早く片付けてスペースを作った。俺は抱えていた反物を、言われた通り横向きのままゆっくりと滑らせるように置いた。オーラは布の端を繰り、巻きの潰れや湿気がないかを素早く、かつ念入りに確かめた。

「丁寧に運んでくださったのですね。芯のズレもありません。助かります」

「グレイソンさんに教わった通りに運んだだけですので」

「指示通りにできる方が、案外少ないのですよ」

 オーラは柔らかく微笑むと、受け取りのサインを書類に書き込み、それと一緒に小さな革の巾着を俺へ差し出してきた。

「どうぞ」

 手のひらに載せられた巾着から、金属の軽い重みが伝わってきた。

「これは?」

「心付けです。綺麗な状態の反物を届けてくださったお礼ですよ」

「よろしいのでしょうか? 今日が初めての配達ですが」

「うちへ運んでくださる方には、良い仕事をしていただいた時にお渡ししているのです。良いお仕事には、それに見合う対価が支払われるべきでしょう?」

 理由を先に示されると、断る方が不自然だった。

「......ありがとうございます。いただきます」

「ええ。また機会がありましたら、よろしくお願いいたしますね」

 仕事と対価だけでつながる関係は、俺には楽だった。深く頭を下げ、店を出た。ギルドへ戻って運搬の報告を済ませ、報酬の銅貨十枚を受け取った。

 オーラからの心付けは銅貨二枚。今日の稼ぎは十分だった。手持ちと合わせれば、今夜の宿代も明日の稽古代も心配しなくていい。

 宿へ戻る道すがら、老薬師から言われた言葉を思い出した。明日、時間があるなら来いと言われていた。見学に行けば、また何か言われるかもしれない。だが、見るだけなら構わない。

「......明日決めればいいか」

 俺は〈鈍色亭〉の重い扉を開けた。

◆

 六日目の朝も、早い鐘の音とともに稽古場に立っていた。地面を踏みしめ、木剣を握る。

「足が先だ」

 ドランの短い声が飛ぶ。振る。

「まだ足が止まっている。足が先だ」

 もう一度。

「動きを見てから考えている。足が先だ」

 三度、同じ言葉を投げかけられた。目の前の動きを見て、頭の中で整理しようとすると、まだ足が止まる。

 四度目は、考える前に足を出した。そのまま木剣を振り下ろす。風を斬る音が、昨日より高く響いた。

 ドランは木剣の先で俺の打突を軽く受け止め、すっと引いた。

「......少しはましだ」

 今日初めての評価だった。息を整えながら、汗を拭う。

「今日は会話が多いですね」

「三回同じことを言わせただけだ」

 ドランは露骨に不機嫌そうな顔をして、低い腰掛けへ腰を下ろした。

「さっさと行け」

「はい。明日もよろしくお願いいたします」

 手で追い払われながらも、俺は軽く頭を下げて稽古場を後にした。

◆

 稽古場を出てそのまま南通りへ向かい、〈緑燈の薬師〉の扉を押した。気乗りはしなかったが、他に予定もなかった。

 軒先には緑の燈籠が下がっていた。扉を開けると、昨日と同じ乾いた薬草と土の匂いがした。奥の作業台では、老薬師が背を丸めて作業をしていた。

「......おはようございます」

 声をかけると、老薬師は振り返りもせず、顎で作業台の脇にある丸椅子を示した。

「そこへ座れ」

 座った。作業台の横には、昨日届けた根葉の束が並んでいた。

「今日は採取品の整理だ。お前は何もしなくていい。ただ見ていろ」

「分かりました」

 老薬師は根葉を一本ずつ手に取り、状態を確かめてから三つに分けた。左の束、中央の束、右の束。分け方の基準は、外から見ているだけでは分からなかった。

 太いものが左、細いものが右かと思ったが、途中で太い一本が中央へ入り、細い一本が左へ置かれた。外れた。

「三つに分ける基準は何ですか」

「見て分からんか」

「太さだと思いましたが、今ので違うと分かりました」

「太さだけなら、お前にもできる」

 できないとは言っていない。ただ、言い方が腹立たしい。

「では、水分ですか」

「それも見る」

「繊維の固さ」

「それもだ」

「全部ですか」

「基準は一つじゃない。今日使うものに合わせて分けている」

 老薬師は根葉を一本持ち上げた。

「同じ場所で採ったものでも、太さも水分も繊維の具合も違う。すり込むものに使うか、煮出すか、乾かして残すかで、欲しい状態は変わる」

「毎回、同じ分け方をするわけではないんですね」

「必要なものが変われば、分け方も変わる」

 それから老薬師は、一本ずつ状態を確かめながら、乾燥の進み方や使い道の違いを説明し始めた。

「中央は煮出す方ですか」

「違う。今日はすり潰す」

 老薬師はそれ以上答えず、中央の根葉を石臼の脇へ寄せた。興味がないわけではない。仕組みとしては面白い。根拠があり、手順があり、同じ結果へ近づけるための工夫がある。

 ただ、自分がそれを覚える必要があるとは思わなかった。選別の作業が終わると、老薬師は秤を出した。中央の束から取り分けた根葉を石臼ですり潰し、その粉末と別の材料を秤の皿へ載せ、小さな分銅を足していく。

「配合比だ」

 老薬師は数値を小さな紙へ書き留めながら言った。

「根葉は乾き具合で重さが変わる。まず量って、混ぜる材料も決めた分だけ載せる。分銅一つ分ずれれば、同じ薬にはならん。目で見た具合に合わせて、教わった量を加減する」

 その部分は分かる。教わった数値と、目の前の人間が示す変化は、いつも同じではない。

「お前の向こうでの仕事では、こういう薬は使わなかったのか」

 老薬師が手を止めずに尋ねてきた。

「使う立場でした。処方されたものを渡して、効いているかを確かめます。顔色や呼吸、体温、反応の仕方を見て、話せるなら本人にも聞く。作る側ではありませんでした」

「使った後を見るなら無関係ではない」

「関係はあります。でも、同じ仕事ではありません」

 老薬師は分銅を皿へ載せながら、何でもないことのように言った。

「お前なら、覚えれば使えるようになるだろう」

 評価を含んだ口調だった。

「......必要になれば、また伺います」

「必要になる前に覚えておくものだ」

「必要になるものを、全部先に覚えるのは無理ですから」

「これは必要になる」

「誰にとってですか」

 俺が問い返すと、老薬師は作業の手を止め、振り向いて俺の目を直視してきた。

「薬を扱う者にとってだ」

「俺は、薬を作る者ではありません」

「今はな」

 今は、という言葉が気に入らなかった。知っているから任される。できるから次も回ってくる。そうやって仕事が増えていく順番は、よく知っていた。

「今後も、その予定はありません」

 俺はまっすぐに老薬師の目を見返し、はっきりと口にした。老薬師はしばらく無言で俺を見つめていたが、やがて呆れたように短く息をついた。

「......薬師は、身体に変化を起こすものを作る。同じ薬草でも、量や合わせ方を間違えりゃ毒になる。作った者が、使った後まで責任を持つ仕事だ」

「......ええ。だからこそ、軽々しく引き受けるわけにはいかないんです」

 老薬師の言い分は正しい。だからこそ、俺が軽く頷ける話でもなかった。老薬師は再び作業台へ向き直り、小瓶へ粉末を移し始めた。

「......次も採取依頼を出しておく。受ける気があるなら採ってこい。調合も見たいなら勝手に見ろ」

「採取依頼なら、条件を見て考えます。ですが調合は、今日は十分拝見しました。これで失礼します」

 立ち上がり、頭を下げる。老薬師は眉を動かしたが、何も言わなかった。店を出ると、南通りの風が火照った顔に心地よかった。

◆

 老薬師の手際も、説明の正確さも本物だった。技術として合理的で、学ぶ価値があることも分かる。採取の仕事なら、条件が合えば今後も受けていい。

 だが、あの調合台の向こう側へ座る理由はない。





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