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第14話 良く見る目


 東門を出て、いつもの林縁へ向かった。今日の依頼は薬草の追加採取と、周辺で新しい魔物の気配がないかの見回りだった。昨日見た「二人以上推奨」の依頼とは別で、いつもの採取場所の周辺だけを回る仕事だ。魔物を見つけても討伐する必要はなく、距離を取って報告すればいい。

 数をこなすだけの単純な仕事だが、依頼票には「近隣で通常より活発な魔物の目撃報告あり」と一言添えられていた。木立の中へ入ると、いつもより空気が張っている気がした。石川草の群生地へ着き、日当たりの違いで葉を分けながら摘んでいく。手を動かしながら、耳だけは周囲へ向けていた。

 しばらくして、少し先の茂みの向こうから、複数の足音と、押し殺した話し声が聞こえてきた。依頼が重なったのだろうか。俺は袋の口を縛り、音のする方へゆっくりと近づいた。

◆

 木立の切れ目に、四人組の姿があった。革鎧に身を包んだ、恐らくは同格か少し上の冒険者たちだ。三人が半円を描くように武器を構え、その中心に、一人だけ異質な男が立っていた。

 長い銀髪。片側の肩当てに、翼を模した装飾が大きく取り付けられている。腰には反りの強い剣。今の俺から見ても、明らかに手入れの行き届いた装備だった。

 男は目を閉じ、じっと動かずにいた。やがて、その唇が動いた。

「......見えるぞ」

 低く、芝居がかった声だった。

「東の下草、二体。片方は左脚を負傷している。逃げ場を探して、じきにこちら側へ回り込む」

「左脚ですね?フィロス様」

 三人のうち一人、実直そうな女が問い返す。

「私の目に狂いはない」

 男――フィロスは目を開き、剣の柄へ手をかけた。

「お前たちは西を塞げ。獲物は、私が仕留めてやろう」

 三人が指示された位置へ散る。

 しばらくして、東の下草が大きく揺れ、灰色の体毛を持つ中型の魔物が二体、飛び出してきた。一体は、確かに左の後脚を庇うように動きが鈍い。フィロスは剣を一閃させ、健全な方の一体を的確に斬り伏せた。もう一体は、待ち構えていた女が短槍で仕留める。

 あっという間に決着がついていた。位置も、数も、負傷の箇所まで、すべて言い当てた通りだった。フィロスは左脚を庇っていた方へ歩み寄ると、剣を下げたまま、その傍らへしゃがみ込んだ。傷のある脚へ顔を寄せたあと、片手で耳を持ち上げ、今度は首筋の毛をかき分けている。

 何を確かめているのかまでは分からない。

 やがて立ち上がるときも、もう一度だけ倒れた魔物へ目を落とした。俺は木の陰から、それを見ていた。

◆

「そこの」

 声をかけられ、俺は姿勢を正した。いつの間にか、フィロスがこちらを向いていた。剣を鞘へ収めながら、値踏みするような目で俺の頭から足先までを見る。

「隠れて見ていたのか」

「見えてしまっただけです。物音がしたので」

 俺は素直に答えた。フィロスは俺の革当てと、簡素な採取袋へ視線を留めた。

「その装備......石級か」

「はい」

「一人か」

「はい」

「ふん」

 鼻を鳴らし、フィロスは俺の前を一歩、二歩とゆっくり回った。

「こんな下草の中で、一人で薬草を摘んでいるとはな。......随分と、地味な生き方をしているようだ」

「あはは......恥ずかしながら性に合っているので」

「性に合う、か」

 フィロスは口の端を歪めた。

「私は、見えるべきものが見える。だからこそ、こうして獲物を狩れる」

 男は先ほどの一撃を思い出すように、自分の手のひらを一度見た。

「お前には、見えるか」

「いえ。残念ながら俺には何も見えません」

 俺は正直に答えた。それから、少し肩をすくめてみせる。

「せいぜい、日当たりで葉の硬さが変わるのが分かる程度です」

「葉の硬さ」

 フィロスは呆れたように繰り返した。

「そんなものが、何の役に立つ」

「薬師さんには、多少喜ばれますよ」

「くだらん」

 吐き捨てるように言い、フィロスは背を向けかけた。

 だが、そこで足を止め、もう一度こちらを振り返る。

「お前、悔しくはないのか」

「何がですか」

「私に、そう見下されて」

 俺は少し考えるふりをした。

「悔しい、というより......お強いんだな、とは思いました」

「それだけか」

「それだけです」

 実際、それ以上のことは何も感じていなかった。強い相手を強いと言った。それだけの話だ。

 フィロスは、しばらく無言で俺を見ていた。

「路傍の石に、用はない」

 興味を失ったように吐き捨て、フィロスは剣の鞘を軽く鳴らしながら歩き出した。三人のパーティメンバーが、それぞれ武器を収めながら後に続く。先ほど負傷個体の位置を確かめていた女が、通り過ぎ際、俺へ小さく頭を下げた。何かを詫びるような、申し訳なさそうな仕草だった。

 一人、寡黙そうな大柄な男は、俺には目もくれず先へ進んでいく。最後尾を歩いていた、まだ若い痩せた青年が、フィロスへ小声で話しかけているのが聞こえた。

「フィロス様。あの者、放っておいてよろしかったのですか」

「石ころの心配などする必要はない」

 フィロスの声には、もう俺への関心のかけらもなかった。四人の足音は、そのまま木立の奥へ遠ざかっていった。

◆

 足音が完全に聞こえなくなってから、俺は袋の口をもう一度確かめ、石川草の群生地へ戻った。摘み残していた葉を、日当たりの弱い側から順に取っていく。

 ――面白い奴だったな。

 侮られたことより、そちらの方が先に胸へ残った。位置も、数も、負傷の箇所まで、迷いなく言い切って剣を振るう。あの確信の強さは、演技でも虚勢でもなさそうだった。

 何かに憧れた坊ちゃんなのか、それとも本物の実力者なのか。今の俺には知りようもない。

 それでも、また会うことがあれば、もう少し近くで見てみたい気はした。依頼票にあった目撃報告が、先ほどの二体のことだったのかは分からない。周囲を一通り見回っても、それらしい痕跡は他になかった。俺は袋を担ぎ直し、街への帰り道を歩き出した。
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明日も、ダンジョンへ。作者:為書結依
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第14話 良く見る目


 東門を出て、いつもの林縁へ向かった。今日の依頼は薬草の追加採取と、周辺で新しい魔物の気配がないかの見回りだった。昨日見た「二人以上推奨」の依頼とは別で、いつもの採取場所の周辺だけを回る仕事だ。魔物を見つけても討伐する必要はなく、距離を取って報告すればいい。

 数をこなすだけの単純な仕事だが、依頼票には「近隣で通常より活発な魔物の目撃報告あり」と一言添えられていた。木立の中へ入ると、いつもより空気が張っている気がした。石川草の群生地へ着き、日当たりの違いで葉を分けながら摘んでいく。手を動かしながら、耳だけは周囲へ向けていた。

 しばらくして、少し先の茂みの向こうから、複数の足音と、押し殺した話し声が聞こえてきた。依頼が重なったのだろうか。俺は袋の口を縛り、音のする方へゆっくりと近づいた。

◆

 木立の切れ目に、四人組の姿があった。革鎧に身を包んだ、恐らくは同格か少し上の冒険者たちだ。三人が半円を描くように武器を構え、その中心に、一人だけ異質な男が立っていた。

 長い銀髪。片側の肩当てに、翼を模した装飾が大きく取り付けられている。腰には反りの強い剣。今の俺から見ても、明らかに手入れの行き届いた装備だった。

 男は目を閉じ、じっと動かずにいた。やがて、その唇が動いた。

「......見えるぞ」

 低く、芝居がかった声だった。

「東の下草、二体。片方は左脚を負傷している。逃げ場を探して、じきにこちら側へ回り込む」

「左脚ですね?フィロス様」

 三人のうち一人、実直そうな女が問い返す。

「私の目に狂いはない」

 男――フィロスは目を開き、剣の柄へ手をかけた。

「お前たちは西を塞げ。獲物は、私が仕留めてやろう」

 三人が指示された位置へ散る。

 しばらくして、東の下草が大きく揺れ、灰色の体毛を持つ中型の魔物が二体、飛び出してきた。一体は、確かに左の後脚を庇うように動きが鈍い。フィロスは剣を一閃させ、健全な方の一体を的確に斬り伏せた。もう一体は、待ち構えていた女が短槍で仕留める。

 あっという間に決着がついていた。位置も、数も、負傷の箇所まで、すべて言い当てた通りだった。フィロスは左脚を庇っていた方へ歩み寄ると、剣を下げたまま、その傍らへしゃがみ込んだ。傷のある脚へ顔を寄せたあと、片手で耳を持ち上げ、今度は首筋の毛をかき分けている。

 何を確かめているのかまでは分からない。

 やがて立ち上がるときも、もう一度だけ倒れた魔物へ目を落とした。俺は木の陰から、それを見ていた。

◆

「そこの」

 声をかけられ、俺は姿勢を正した。いつの間にか、フィロスがこちらを向いていた。剣を鞘へ収めながら、値踏みするような目で俺の頭から足先までを見る。

「隠れて見ていたのか」

「見えてしまっただけです。物音がしたので」

 俺は素直に答えた。フィロスは俺の革当てと、簡素な採取袋へ視線を留めた。

「その装備......石級か」

「はい」

「一人か」

「はい」

「ふん」

 鼻を鳴らし、フィロスは俺の前を一歩、二歩とゆっくり回った。

「こんな下草の中で、一人で薬草を摘んでいるとはな。......随分と、地味な生き方をしているようだ」

「あはは......恥ずかしながら性に合っているので」

「性に合う、か」

 フィロスは口の端を歪めた。

「私は、見えるべきものが見える。だからこそ、こうして獲物を狩れる」

 男は先ほどの一撃を思い出すように、自分の手のひらを一度見た。

「お前には、見えるか」

「いえ。残念ながら俺には何も見えません」

 俺は正直に答えた。それから、少し肩をすくめてみせる。

「せいぜい、日当たりで葉の硬さが変わるのが分かる程度です」

「葉の硬さ」

 フィロスは呆れたように繰り返した。

「そんなものが、何の役に立つ」

「薬師さんには、多少喜ばれますよ」

「くだらん」

 吐き捨てるように言い、フィロスは背を向けかけた。

 だが、そこで足を止め、もう一度こちらを振り返る。

「お前、悔しくはないのか」

「何がですか」

「私に、そう見下されて」

 俺は少し考えるふりをした。

「悔しい、というより......お強いんだな、とは思いました」

「それだけか」

「それだけです」

 実際、それ以上のことは何も感じていなかった。強い相手を強いと言った。それだけの話だ。

 フィロスは、しばらく無言で俺を見ていた。

「路傍の石に、用はない」

 興味を失ったように吐き捨て、フィロスは剣の鞘を軽く鳴らしながら歩き出した。三人のパーティメンバーが、それぞれ武器を収めながら後に続く。先ほど負傷個体の位置を確かめていた女が、通り過ぎ際、俺へ小さく頭を下げた。何かを詫びるような、申し訳なさそうな仕草だった。

 一人、寡黙そうな大柄な男は、俺には目もくれず先へ進んでいく。最後尾を歩いていた、まだ若い痩せた青年が、フィロスへ小声で話しかけているのが聞こえた。

「フィロス様。あの者、放っておいてよろしかったのですか」

「石ころの心配などする必要はない」

 フィロスの声には、もう俺への関心のかけらもなかった。四人の足音は、そのまま木立の奥へ遠ざかっていった。

◆

 足音が完全に聞こえなくなってから、俺は袋の口をもう一度確かめ、石川草の群生地へ戻った。摘み残していた葉を、日当たりの弱い側から順に取っていく。

 ――面白い奴だったな。

 侮られたことより、そちらの方が先に胸へ残った。位置も、数も、負傷の箇所まで、迷いなく言い切って剣を振るう。あの確信の強さは、演技でも虚勢でもなさそうだった。

 何かに憧れた坊ちゃんなのか、それとも本物の実力者なのか。今の俺には知りようもない。

 それでも、また会うことがあれば、もう少し近くで見てみたい気はした。依頼票にあった目撃報告が、先ほどの二体のことだったのかは分からない。周囲を一通り見回っても、それらしい痕跡は他になかった。俺は袋を担ぎ直し、街への帰り道を歩き出した。
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次の話第15話 二人目
明日も、ダンジョンへ。作者:為書結依
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