
第五話 三度目の怪談
ポルタの夜。 灯りが通りに滲み、昼とは違う顔を見せていた。小麦の七穂亭。木の看板の下、扉を開ければ、すぐに熱気が押し寄せてくる。酒と、肉と、人の匂い。笑い声。怒鳴り声。グラスのぶつかる音。仕事帰りの港湾労働者。煤をまとった職人。依頼を終えた冒険者。それぞれの一日が、ここで混ざる。ざわめきは、絶えない。 その中に、バルクの姿があった。カウンター席。いつもの場所。いつもの酒。無言で一口、流し込む。それだけで、ひと区切り
ついたような顔になる。 ⸻
「今日は遅かったな」 隣の男が言う。飲み仲間。顔なじみ。名前を呼ぶ必要もない
関係。 バルクは、肩をすくめる。「客がな」「珍しいな。お前の店、そんなに混むか?」「混んでねぇ。面倒なのが続いただけだ」 その言い方に、男は興味を持った。「へぇ?どんなだ」
⸻
バルクは、少しだけ間を置いた。酒を一口。喉を通す。それから、口を開く。「妙な杖がある」 低い声。それだけで、話の芯はできていた。「武器立てに、いつの間にかあった」「仕入れ忘れか?」「覚えがねぇ。いつからあるのかも、分からん」 それは、冗談には聞こえなかった。「で?」 男が促す。 バルクは、指を一本立てた。「一人目」 酒を置く。「魔法が出ねぇって返品だ」 男が、吹き出す。「それ杖の意味ないだろ」「俺もそう思った」 淡々とした返し。指を二本にする。「二人目。魔力波形がおかしいと来た」「研究者か?」「そんな感じだ」 短い肯定。そして、三本目。「三人目」 ほんの少しだけ、間があった。「重さが変わる」 男が、一瞬黙る。それから。「は?どういうことだ」「そのままだ。持つたびに、重いだの軽いだの」 バルクは、酒をあおる。「出るらしいが、信用できねぇとよ」 男は、笑った。「なんだ、それ?」 だが、その笑いは少しだけ引っかかっている。ただの冗談に
しては、妙だった。 ⸻
「今の、聞いたか?」 近くの席から、声が飛ぶ。いつの間にか、話は広がっていた。「呪いじゃねぇのか、それ」「古代の遺物ってやつだろ」「触るなよ、そういうのは」 酒場の空気が、少しだけ変わる。軽口から、噂へ。尾ひれが
つき始める。「持ち主が不幸になるってやつだな」「いやいや、もう街の怪談だろ」「ギルドでも聞いたぞ、それ」 話が、勝手に膨らむ。誰も止めない。酒が入っている。想像は、
加速する。 ⸻
バルクは、それを黙って聞いていた。否定もしない。肯定も
しない。ただ、酒を飲む。「......ただの杖だ」 ぽつりと、言う。それが本音だった。特別な何かではない。そうであってほしい。だが。三回。返品されている。事実は、
そこにある。 男が、肩を叩く。「じゃあ、次で決まりだな。次に買うやつが、答え出すだろ」 バルクは、少しだけ目を細めた。グラスを傾ける。中身は、
もうほとんど残っていない。「......次に買うやつが」 低く、繰り返す。そして。「最後だろ」 ぼそりと、呟いた。 その言葉は、ざわめきに溶けた。酒場の笑い声が、すぐに上書き
する。誰も気にしない。ただの噂。ただの話。 だが、その杖の話は、確かに広がっていた。ポルタの夜に、
静かに。気づけば、怪談になっていた。バルクは、空になった
グラスを置いた。もう一杯、頼む。余計なことは、考えない。そういう性分だった。 ただ、明日の朝、武器立てにあの杖が戻っているかどうか、
少しだけ確かめたくなっていた。 第五話 三度目の怪談
ポルタの夜。 灯りが通りに滲み、昼とは違う顔を見せていた。小麦の七穂亭。木の看板の下、扉を開ければ、すぐに熱気が押し寄せてくる。酒と、肉と、人の匂い。笑い声。怒鳴り声。グラスのぶつかる音。仕事帰りの港湾労働者。煤をまとった職人。依頼を終えた冒険者。それぞれの一日が、ここで混ざる。ざわめきは、絶えない。 その中に、バルクの姿があった。カウンター席。いつもの場所。いつもの酒。無言で一口、流し込む。それだけで、ひと区切り
ついたような顔になる。 ⸻
「今日は遅かったな」 隣の男が言う。飲み仲間。顔なじみ。名前を呼ぶ必要もない
関係。 バルクは、肩をすくめる。「客がな」「珍しいな。お前の店、そんなに混むか?」「混んでねぇ。面倒なのが続いただけだ」 その言い方に、男は興味を持った。「へぇ?どんなだ」
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バルクは、少しだけ間を置いた。酒を一口。喉を通す。それから、口を開く。「妙な杖がある」 低い声。それだけで、話の芯はできていた。「武器立てに、いつの間にかあった」「仕入れ忘れか?」「覚えがねぇ。いつからあるのかも、分からん」 それは、冗談には聞こえなかった。「で?」 男が促す。 バルクは、指を一本立てた。「一人目」 酒を置く。「魔法が出ねぇって返品だ」 男が、吹き出す。「それ杖の意味ないだろ」「俺もそう思った」 淡々とした返し。指を二本にする。「二人目。魔力波形がおかしいと来た」「研究者か?」「そんな感じだ」 短い肯定。そして、三本目。「三人目」 ほんの少しだけ、間があった。「重さが変わる」 男が、一瞬黙る。それから。「は?どういうことだ」「そのままだ。持つたびに、重いだの軽いだの」 バルクは、酒をあおる。「出るらしいが、信用できねぇとよ」 男は、笑った。「なんだ、それ?」 だが、その笑いは少しだけ引っかかっている。ただの冗談に
しては、妙だった。 ⸻
「今の、聞いたか?」 近くの席から、声が飛ぶ。いつの間にか、話は広がっていた。「呪いじゃねぇのか、それ」「古代の遺物ってやつだろ」「触るなよ、そういうのは」 酒場の空気が、少しだけ変わる。軽口から、噂へ。尾ひれが
つき始める。「持ち主が不幸になるってやつだな」「いやいや、もう街の怪談だろ」「ギルドでも聞いたぞ、それ」 話が、勝手に膨らむ。誰も止めない。酒が入っている。想像は、
加速する。 ⸻
バルクは、それを黙って聞いていた。否定もしない。肯定も
しない。ただ、酒を飲む。「......ただの杖だ」 ぽつりと、言う。それが本音だった。特別な何かではない。そうであってほしい。だが。三回。返品されている。事実は、
そこにある。 男が、肩を叩く。「じゃあ、次で決まりだな。次に買うやつが、答え出すだろ」 バルクは、少しだけ目を細めた。グラスを傾ける。中身は、
もうほとんど残っていない。「......次に買うやつが」 低く、繰り返す。そして。「最後だろ」 ぼそりと、呟いた。 その言葉は、ざわめきに溶けた。酒場の笑い声が、すぐに上書き
する。誰も気にしない。ただの噂。ただの話。 だが、その杖の話は、確かに広がっていた。ポルタの夜に、
静かに。気づけば、怪談になっていた。バルクは、空になった
グラスを置いた。もう一杯、頼む。余計なことは、考えない。そういう性分だった。 ただ、明日の朝、武器立てにあの杖が戻っているかどうか、
少しだけ確かめたくなっていた。