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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
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第十三話 メリアー!
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第十三話 メリアー!
森の匂いが薄れ、石畳の感触が足裏に伝わる。
商人の声、
荷車の軋み、焼き菓子の甘い匂い。
そのどれにも、背中の少女は
反応しない。
完全に、眠っている。
少年は小さく息を吐き、歩幅を
少しだけ速めた。
⸻
午後五時。
冒険者ギルドのロビーは帰還者でざわついていた。
報告の声、笑い声、硬貨の触れ合う音。
その空気の中に、ほんのわずかな違和感がある。
受付の奥で、リシェルは帳簿に視線を落としたまま、窓の外を
一度だけ見た。
――まだ。
本来の帰還予定時刻は午後四時。
十分、二十分、三十分。
自分に
言い聞かせる。
翠影の森とはいえ街側は夕方でも危険ではない。
薬草採取は低難度、新人とはいえ、基礎は叩き込んだ。
......それでも。
視線は、また時計へ向く。
「......あと十分」
小さく呟く。
隣の受付嬢が首を傾げるが、リシェルは何でもない
顔を作った。
五時十分。
ペン先が止まる。
「......もう帰ってきてもいい頃なのに」
声は平静だが、ほんの少しだけ硬い。
五時二十分。
帳簿の文字が目に入らない。
書き損じた行を二重線で
消し、息を吐く。
「私、少し残ります」
そう告げたのは、ほとんど反射だった。
五時半。
扉が開く音。
リシェルは顔を上げた。
そして、次の瞬間、視界が止まった。
背負われている。
メリアが。
「メリア――!」
敬称が、消えた。
カウンターを回り込み、駆け寄る。
足音が石床に鋭く響く。
少年が慌てて声を上げた。
「森で、はぐれゴブリンに――三匹。
二匹は倒しました。
でも最後の一匹が奇襲で......」
説明は断片的だった。
少年の腕には包帯が巻かれており、
そこから血が滲んでいる。
リシェルはそれを一瞬だけ見て、
すぐにメリアへ視線を戻す。
顔色は悪くない、外傷もない。
だが、力が抜けている。
「メリア、しっかりして」
肩を掴み、揺する。
その瞬間、まぶたがわずかに震えた。
ゆっくりと目が開き、焦点が合わないままリシェルを映す。
「......リシェ、ル......さ......」
声にならない音。
それでも口元が、わずかに緩む。
安心した
ような、頼り切ったような、小さな笑み。
リシェルの喉が詰まる。
「担架!
今、すぐに!」
振り向きざまに指示を飛ばす。
周囲が一斉に動き、担架が
用意された。
少年は慎重にメリアを背中から降ろし、横たえる。
「討伐証明は?」
「耳を、ここに」
少年が布袋を差し出す。
リシェルは一瞬だけ頷いた。
「ありがとう。
あとは大丈夫です」
それは感謝と、退いていいという合図だった。
少年は
躊躇いながらも静かに後ずさる。
医務室の扉が開き、セラフィンが白衣の袖を整えながら出てきた。
「騒がしいな」
淡々とした声。
担架が運び込まれる。
「意識は?」
「呼びかけに反応はあります。
外傷は見当たりません」
リシェルの声は速い。
セラフィンは脈を測り、瞼を持ち上げて
瞳孔を確認する。
「発熱なし。
外傷なし」
もう一度脈を取る。
「魔力過剰消費の兆候も顕著ではない」
メリアの手が、かすかに動いた。
「......おなか」
「何?」
リシェルが顔を近づける。
「すいた......」
かすれた声。
沈黙が一瞬落ちる。
セラフィンは表情を変えない。
「......エネルギーが足りていない」
淡々と告げる。
「戦闘があったのだろう。
何かを大量に消費した。
外傷がない分、
内側で燃えた可能性が高い」
一拍置いて、付け加える。
「魔法使いとしては、ずいぶん原始的な倒れ方だ」
「甘味を。
吸収の早いものを」
補助員が走る。
リシェルは、メリアの手を握ったまま離さない。
「......心配、させないで」
声が少し震えた。
メリアは薄く目を開け、もう一度だけ笑う。
それ以上は、
続かない。
蜂蜜を溶いた湯が唇に触れ、ゆっくりと飲み込まれる。
頬に、
わずかに血色が戻った。
セラフィンは脈を再確認し、帳面に書き込む。
――仮説だが。
魔法行使と何らかの消費は比例している可能性が
高い。
何が燃えているのか、まだわからない。
断定はしない。
......観測を続ける。
それだけを書き残した。
「急性の危険はない。
今夜は安静。
糖質補給を継続」
リシェルは、ようやく息を吐いた。
医務室の窓の外。
夕陽は完全に沈みかけている。
橙が群青へ
変わる境目。
ベッドの上で、メリアは再び眠りに落ちた。
今度は、
安らかな寝息だった。
リシェルはその手を握ったまま、しばらく離さなかった。
♡
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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
作者:シラン
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商人の声、
荷車の軋み、焼き菓子の甘い匂い。
そのどれにも、背中の少女は
反応しない。
完全に、眠っている。
少年は小さく息を吐き、歩幅を
少しだけ速めた。
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冒険者ギルドのロビーは帰還者でざわついていた。
報告の声、笑い声、硬貨の触れ合う音。
その空気の中に、ほんのわずかな違和感がある。
受付の奥で、リシェルは帳簿に視線を落としたまま、窓の外を
一度だけ見た。
――まだ。
本来の帰還予定時刻は午後四時。
十分、二十分、三十分。
自分に
言い聞かせる。
翠影の森とはいえ街側は夕方でも危険ではない。
薬草採取は低難度、新人とはいえ、基礎は叩き込んだ。
......それでも。
視線は、また時計へ向く。
「......あと十分」
小さく呟く。
隣の受付嬢が首を傾げるが、リシェルは何でもない
顔を作った。
五時十分。
ペン先が止まる。
「......もう帰ってきてもいい頃なのに」
声は平静だが、ほんの少しだけ硬い。
五時二十分。
帳簿の文字が目に入らない。
書き損じた行を二重線で
消し、息を吐く。
「私、少し残ります」
そう告げたのは、ほとんど反射だった。
五時半。
扉が開く音。
リシェルは顔を上げた。
そして、次の瞬間、視界が止まった。
背負われている。
メリアが。
「メリア――!」
敬称が、消えた。
カウンターを回り込み、駆け寄る。
足音が石床に鋭く響く。
少年が慌てて声を上げた。
「森で、はぐれゴブリンに――三匹。
二匹は倒しました。
でも最後の一匹が奇襲で......」
説明は断片的だった。
少年の腕には包帯が巻かれており、
そこから血が滲んでいる。
リシェルはそれを一瞬だけ見て、
すぐにメリアへ視線を戻す。
顔色は悪くない、外傷もない。
だが、力が抜けている。
「メリア、しっかりして」
肩を掴み、揺する。
その瞬間、まぶたがわずかに震えた。
ゆっくりと目が開き、焦点が合わないままリシェルを映す。
「......リシェ、ル......さ......」
声にならない音。
それでも口元が、わずかに緩む。
安心した
ような、頼り切ったような、小さな笑み。
リシェルの喉が詰まる。
「担架!
今、すぐに!」
振り向きざまに指示を飛ばす。
周囲が一斉に動き、担架が
用意された。
少年は慎重にメリアを背中から降ろし、横たえる。
「討伐証明は?」
「耳を、ここに」
少年が布袋を差し出す。
リシェルは一瞬だけ頷いた。
「ありがとう。
あとは大丈夫です」
それは感謝と、退いていいという合図だった。
少年は
躊躇いながらも静かに後ずさる。
医務室の扉が開き、セラフィンが白衣の袖を整えながら出てきた。
「騒がしいな」
淡々とした声。
担架が運び込まれる。
「意識は?」
「呼びかけに反応はあります。
外傷は見当たりません」
リシェルの声は速い。
セラフィンは脈を測り、瞼を持ち上げて
瞳孔を確認する。
「発熱なし。
外傷なし」
もう一度脈を取る。
「魔力過剰消費の兆候も顕著ではない」
メリアの手が、かすかに動いた。
「......おなか」
「何?」
リシェルが顔を近づける。
「すいた......」
かすれた声。
沈黙が一瞬落ちる。
セラフィンは表情を変えない。
「......エネルギーが足りていない」
淡々と告げる。
「戦闘があったのだろう。
何かを大量に消費した。
外傷がない分、
内側で燃えた可能性が高い」
一拍置いて、付け加える。
「魔法使いとしては、ずいぶん原始的な倒れ方だ」
「甘味を。
吸収の早いものを」
補助員が走る。
リシェルは、メリアの手を握ったまま離さない。
「......心配、させないで」
声が少し震えた。
メリアは薄く目を開け、もう一度だけ笑う。
それ以上は、
続かない。
蜂蜜を溶いた湯が唇に触れ、ゆっくりと飲み込まれる。
頬に、
わずかに血色が戻った。
セラフィンは脈を再確認し、帳面に書き込む。
――仮説だが。
魔法行使と何らかの消費は比例している可能性が
高い。
何が燃えているのか、まだわからない。
断定はしない。
......観測を続ける。
それだけを書き残した。
「急性の危険はない。
今夜は安静。
糖質補給を継続」
リシェルは、ようやく息を吐いた。
医務室の窓の外。
夕陽は完全に沈みかけている。
橙が群青へ
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