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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
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第十三話 熱の逃げ道
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第十三話 熱の逃げ道
翌日のギルドは、昼の依頼が重なって少し賑やかだった。
声が
飛び交い、足音が石床に響く。
掲示板の前に人が集まり、受付にも
列ができていた。
秋の昼の光が窓から差し込んで、埃が浮いて
見える。
その中で、リシェルが静かに言った。
「建物は、壊さないでくださいね」
柔らかい声だった。
でも、はっきりしている。
メリアは頷いた。
「壊さない」
横でガドが笑う。
「壊れねぇよ!
俺の酒場だぞ!」
「......念のためです」
リシェルは少しだけ目を細めた。
「ご無事を、お祈りしています」
送り出す声は、穏やかだった。
――
港通りは、潮の匂いが昨日より強かった。
朝方に雨が降った
らしく、石畳が少し濡れていて、荷車が通り過ぎるたびに水が
跳ねる。
ガドが先を歩く。
歩幅が広い。
「今日は徹底的にやるぞ、嬢ちゃん」
「わかった」
短い返事。
ガドは振り返らずに笑った。
「言葉が少ねぇな」
「必要なことは言う」
「まあ、いい」
酒場の扉を押し開ける。
熱気が出迎えた。
――
裏手の窯の前に立った。
昨日と同じ場所だ。
でも今日は、ガドが
薪を追加していた。
「昨日より火を大きくした。
足りねぇなら足す、それが料理だ」
炎が大きくなる。
暴れる。
揺れる。
形が定まらない。
窯の奥の方が
すでに黒くなり始めていた。
口に近い側はまだ色が薄い。
昨日と同じ
偏り方だった。
メリアは手をかざした。
陽炎が立つ。
目を細める。
(熱滞留率、低値。
口からの逃逸、顕著。
薪を増やしたせいで、
悪化してる)
れもんの声が、頭の中で響いた。
「上に全部逃げてる」
メリアが言った。
ガドが舌打ちする。
「だから逃がすなって言ってんだろ」
「逃げ道がある」
メリアは窯の口を見た。
熱い空気が一直線に抜けていく筋が、
陽炎の揺らぎとしてはっきり見えた。
薪を増やしたことで火は
大きくなった。
でも熱が留まらなければ、火を大きくするほど
余計に逃げていく。
「逃げ道を、なくす」
メリアは床にしゃがみ、指で石床に線を描いた。
円。
それを
半分に割った形。
「蓋じゃない」
「じゃあ何だ」
「丸くする。
窯の口を狭めて、上昇した熱が壁にぶつかるように
する。
そこで向きが変わって戻る。
回る」
指がなぞる線を目で追いながら、ガドが腕を組む。
「......窯の中で回るのか?」
「外の冷たい空気も引き込まれにくくなる。
熱が溜まる」
(対流循環。
口の形を変えたら、効率は大きく上がる)
れもんの補足が来た。
メリアはそれを自分の言葉に換えた。
「熱が回れば、どこかが焦げてどこかが生、ということがなくなる」
ガドはしばらく黙っていた。
完全には理解していない。
でも、
何かは掴んだ顔だった。
「......回るならいい」
短く言った。
――
石を積み始めた。
ガドの手が大きい。
石を運ぶ速度が速く、
粘土を塗る手つきは荒いが迷いがない。
材料を選ぶ目に、料理人の
それとは違う鋭さがあった。
「こんな感じか?」
「もう少し丸く。
上の曲がりが足りない。
もっと内側に」
「どのくらいだ」
「これくらい」
メリアが手で形を示す。
緩やかな弧。
(現状だと口の上部でまだ熱が逃げる。
もう少し絞って)
れもんの声。
「もう少し」
「細けぇな!」
ガドが笑いながらも、手を止めない。
石を一つ取り直し、角度を
変える。
「こうか?」
「いい」
「本当にいいのか」
「いい」
ガドは鼻を鳴らして続けた。
少しずつ形が変わっていく。
角ばっていた縁が丸くなり、上部が内側に向かって閉じていく。
熱の逃げ道が、狭まっていく。
汗が落ちた。
メリアは横から見ていた。
修正が必要な時だけ言う。
それ以外は
黙っている。
ガドも余計なことを言わない。
石が重なっていく
音だけが、しばらく続いた。
「こっちでいいか」
「少し右」
「右か」
「うん」
ガドは文句を言いながらも、直した。
――
形が整った頃には、ガドの服が汗で湿っていた。
まだ粗く、
継ぎ目に隙間があり、粘土も乾いていない。
それでも、
さっきまでとは明らかに違う形ができていた。
口が絞られ、
内側が丸みを帯びている。
熱が逃げにくい形になっていた。
「いい感じ」
メリアが言った。
ガドが頷き、息を吐いて腕を伸ばす。
それから、真剣な顔に
なった。
「生地を作る」
「生地?」
「焼くんだよ。
こういう形の窯で焼くものがある」
ガドは厨房の奥に入り、少しして丸めた生地を持って戻ってきた。
平たく広げ、具材を乗せる。
手つきが変わっていた。
さっきまでの
石工の手ではなく、料理人の手だった。
「これ、絶対うまい」
ガドが言う。
確信めいた声だった。
火が入った。
炎は、さっきより静かだった。
口が絞られて熱が
逃げにくくなっている。
留まる。
回る。
見えない流れが、窯の内側で
形を作っていた。
ガドは腕を組んで見ていた。
メリアは火を見ていた。
しばらく、
二人とも何も言わなかった。
やがて、焼ける匂いがした。
焦げではない。
何かが熱を受けて
変わっていく、香ばしい匂いだった。
(表面温度、均一。
内部対流、発生中。
このまま維持可能)
れもんの声が、静かに来た。
ガドが鼻を鳴らした。
「いい匂いだ」
「うん」
メリアは答えた。
答えながら、窯を見ていた。
昨日、ガドが
「また来てくれ」
と言った時、次に来る理由があるとは思って
いなかった。
でも今、この窯の前に立って、炎が静かに揺れて
いるのを見ていると、次があっても悪くないと思った。
(メリア、ちょっと楽しそう)
れもんの声が、そっと囁いた。
(......別に)
メリアは短く返した。
理由は、うまく言葉にならなかった。
ただ、熱が逃げずに、ちゃんとそこに在った。
それだけで、
十分な気がした。
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理を編むエーテル -メリアの不思議探求録-
作者:シラン
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声が
飛び交い、足音が石床に響く。
掲示板の前に人が集まり、受付にも
列ができていた。
秋の昼の光が窓から差し込んで、埃が浮いて
見える。
その中で、リシェルが静かに言った。
「建物は、壊さないでくださいね」
柔らかい声だった。
でも、はっきりしている。
メリアは頷いた。
「壊さない」
横でガドが笑う。
「壊れねぇよ!
俺の酒場だぞ!」
「......念のためです」
リシェルは少しだけ目を細めた。
「ご無事を、お祈りしています」
送り出す声は、穏やかだった。
――
港通りは、潮の匂いが昨日より強かった。
朝方に雨が降った
らしく、石畳が少し濡れていて、荷車が通り過ぎるたびに水が
跳ねる。
ガドが先を歩く。
歩幅が広い。
「今日は徹底的にやるぞ、嬢ちゃん」
「わかった」
短い返事。
ガドは振り返らずに笑った。
「言葉が少ねぇな」
「必要なことは言う」
「まあ、いい」
酒場の扉を押し開ける。
熱気が出迎えた。
――
裏手の窯の前に立った。
昨日と同じ場所だ。
でも今日は、ガドが
薪を追加していた。
「昨日より火を大きくした。
足りねぇなら足す、それが料理だ」
炎が大きくなる。
暴れる。
揺れる。
形が定まらない。
窯の奥の方が
すでに黒くなり始めていた。
口に近い側はまだ色が薄い。
昨日と同じ
偏り方だった。
メリアは手をかざした。
陽炎が立つ。
目を細める。
(熱滞留率、低値。
口からの逃逸、顕著。
薪を増やしたせいで、
悪化してる)
れもんの声が、頭の中で響いた。
「上に全部逃げてる」
メリアが言った。
ガドが舌打ちする。
「だから逃がすなって言ってんだろ」
「逃げ道がある」
メリアは窯の口を見た。
熱い空気が一直線に抜けていく筋が、
陽炎の揺らぎとしてはっきり見えた。
薪を増やしたことで火は
大きくなった。
でも熱が留まらなければ、火を大きくするほど
余計に逃げていく。
「逃げ道を、なくす」
メリアは床にしゃがみ、指で石床に線を描いた。
円。
それを
半分に割った形。
「蓋じゃない」
「じゃあ何だ」
「丸くする。
窯の口を狭めて、上昇した熱が壁にぶつかるように
する。
そこで向きが変わって戻る。
回る」
指がなぞる線を目で追いながら、ガドが腕を組む。
「......窯の中で回るのか?」
「外の冷たい空気も引き込まれにくくなる。
熱が溜まる」
(対流循環。
口の形を変えたら、効率は大きく上がる)
れもんの補足が来た。
メリアはそれを自分の言葉に換えた。
「熱が回れば、どこかが焦げてどこかが生、ということがなくなる」
ガドはしばらく黙っていた。
完全には理解していない。
でも、
何かは掴んだ顔だった。
「......回るならいい」
短く言った。
――
石を積み始めた。
ガドの手が大きい。
石を運ぶ速度が速く、
粘土を塗る手つきは荒いが迷いがない。
材料を選ぶ目に、料理人の
それとは違う鋭さがあった。
「こんな感じか?」
「もう少し丸く。
上の曲がりが足りない。
もっと内側に」
「どのくらいだ」
「これくらい」
メリアが手で形を示す。
緩やかな弧。
(現状だと口の上部でまだ熱が逃げる。
もう少し絞って)
れもんの声。
「もう少し」
「細けぇな!」
ガドが笑いながらも、手を止めない。
石を一つ取り直し、角度を
変える。
「こうか?」
「いい」
「本当にいいのか」
「いい」
ガドは鼻を鳴らして続けた。
少しずつ形が変わっていく。
角ばっていた縁が丸くなり、上部が内側に向かって閉じていく。
熱の逃げ道が、狭まっていく。
汗が落ちた。
メリアは横から見ていた。
修正が必要な時だけ言う。
それ以外は
黙っている。
ガドも余計なことを言わない。
石が重なっていく
音だけが、しばらく続いた。
「こっちでいいか」
「少し右」
「右か」
「うん」
ガドは文句を言いながらも、直した。
――
形が整った頃には、ガドの服が汗で湿っていた。
まだ粗く、
継ぎ目に隙間があり、粘土も乾いていない。
それでも、
さっきまでとは明らかに違う形ができていた。
口が絞られ、
内側が丸みを帯びている。
熱が逃げにくい形になっていた。
「いい感じ」
メリアが言った。
ガドが頷き、息を吐いて腕を伸ばす。
それから、真剣な顔に
なった。
「生地を作る」
「生地?」
「焼くんだよ。
こういう形の窯で焼くものがある」
ガドは厨房の奥に入り、少しして丸めた生地を持って戻ってきた。
平たく広げ、具材を乗せる。
手つきが変わっていた。
さっきまでの
石工の手ではなく、料理人の手だった。
「これ、絶対うまい」
ガドが言う。
確信めいた声だった。
火が入った。
炎は、さっきより静かだった。
口が絞られて熱が
逃げにくくなっている。
留まる。
回る。
見えない流れが、窯の内側で
形を作っていた。
ガドは腕を組んで見ていた。
メリアは火を見ていた。
しばらく、
二人とも何も言わなかった。
やがて、焼ける匂いがした。
焦げではない。
何かが熱を受けて
変わっていく、香ばしい匂いだった。
(表面温度、均一。
内部対流、発生中。
このまま維持可能)
れもんの声が、静かに来た。
ガドが鼻を鳴らした。
「いい匂いだ」
「うん」
メリアは答えた。
答えながら、窯を見ていた。
昨日、ガドが
「また来てくれ」
と言った時、次に来る理由があるとは思って
いなかった。
でも今、この窯の前に立って、炎が静かに揺れて
いるのを見ていると、次があっても悪くないと思った。
(メリア、ちょっと楽しそう)
れもんの声が、そっと囁いた。
(......別に)
メリアは短く返した。
理由は、うまく言葉にならなかった。
ただ、熱が逃げずに、ちゃんとそこに在った。
それだけで、
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