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遠回しな拒絶2

「軽々しく男性に触れるものではありませんよ」

「あっ......申し訳ございません」

 窘められたメリッサは視線を落とす。
 リュシアンにボディータッチは厳禁だ、と頭の中にメモをする。
 空気が悪くなったところで、私がその雰囲気を変えてみせようと口を開いた。

「リュシアン殿下はどのような女性をお求めに?」

 空色の瞳をじっと見詰めても、視線が交わることはない。

「そうですね......。芯があって、自分を守れる女性、でしょうか」

 リュシアンの笑顔の裏に、僅かな曇りが感じられた。それも束の間、彼は紅茶を口に含み、油断した表情を見せる。先ほどの違和感はただの勘違い、なのだろうか。

「私は......こう見えて芯があるって言われますの」

 一人眉をひそめていると、ミレイユがしたたかな見栄を張る。私も負けてはいられない。

「自分を守れる術なら、私も心得ています」

「それは頼もしい」

 リュシアンはミレイユ、そして私へと視線を移し、そっと微笑んだ。

「さて、そろそろお腹も空いているでしょう。食事にしようではありませんか」

 待ちに待った食事の時間ではある。でも、マナーをわきまえ、令嬢たちと互角に渡り合えるだろうか。マナーを意識して生活してこなかったため、不安がかなり残る。セリスに確認しておけば良かったと後悔してしまった。
 リュシアンがベルを鳴らすと、侍女たちが忙しなく動き始める。真っ先に現れた料理はロブスターの丸焼き――こんなに大きなエビは初めて見た。ロブスターに釘付けになっていると、メリッサとアメリアがくすくすと笑う声が聞こえた。怒りが顔を出す前に、リュシアンの瞳がこちらを向く。

「エレナはロブスターを見たことがないのですか?」

「えっ?」

 そういえば、私たちはまだリュシアンに自己紹介をしていない。それなのに、私の名を知っているなんて。

「どうして私の名を?」

 小首を傾げると、リュシアンはくすりと笑った。

「オーレリアにみっちり仕込まれましたから。容姿とお名前だけですがね」

 なるほど、そういうことか。納得したと同時に、恥ずかしい事態に気付く。

「殿下、無礼を働いてしまい申し訳ございません。殿下が名乗ってくださったのに、私たちは誰一人として自己紹介をしていないのですから」

「いえ、気になさらないでください。それより、質問に答えていただいていませんよ」

「あっ......」

 やらかした。リュシアンは優柔不断だと聞くけれど、頭は切れるらしい。

「お恥ずかしい話ですが、初めてです。ロブスターは王都の貴族でなくては食せませんから」

 没落貴族だとバレてはいけない。この誤魔化し方なら、辺境伯令嬢としてもおかしくはないだろう。

「そうでしたか。本来なら、全貴族に行き渡らせるべきなのですが、私の力が足りずに」

「いえ。殿下が謝らないでください」

 謝られたとしても、私が申し訳なくなってしまうだけだ。目を伏せると、アメリアの声が聞こえた。

「初めてでは、切り分けられませんよね。私が取って差し上げましょうか?」

 明らかな挑発に、眉をしかめる。

「それは私がやりますよ」

「殿下自ら......!?」

 アメリアとメリッサが驚愕の声を上げる。いくら優しいからといって、面識のない令嬢の食事を手伝うなんて聞いたことがない。
 リュシアンは柔らかな笑みのままで、私の前に置かれたロブスターに手を伸ばし、器用に身を殻から取り出していく。鮮やかな手さばきに見惚れてしまった。リュシアンがフィンガーボウルで手についた汚れを拭っている最中に、彼の横顔を見て溜め息が漏れる。それを侮辱しようという令嬢は現れなかった。

「さあ、食事を楽しみましょう。ミレイユ、メリッサ、アメリア、そしてエレナ。遠慮することはありませんよ」

「殿下、ありがとうございます」

 いち早くミレイユが感謝を述べ、ロブスターの解体に取り掛かる。
 私の前にあるロブスターはリュシアンが触れたものだ。そう、王太子であるリュシアンが――考えれば考えるほどに、頬は熱を帯びていく。

「食べないのですか?」

 メリッサの声にはっと顔を上げる。彼女の視線には炎のような嫉妬が見て取れた。それを気にしている弱さは私の中にはない。

「殿下、いただきます」

「どうぞ」

 リュシアンの柔らかな笑顔に心を躍らせながら、一口大に切られたロブスターを頬張る。途端にエビ特有の濃厚な甘みが口の中に広がった。幸福感が私の心を満たしていく。

「エレナは本当に美味しそうに食事をなさいますね」

 ミレイユは「ふふっ」と笑う。これは嫌味なんかではないだろう。好意として受け入れられる。

「私も見習わなくてはいけませんね」

「ミレイユは向上心のある方ですね。メリッサ、アメリア。他人を貶めるだけではいけませんよ」

 リュシアンの何気ない言葉に、メリッサとアメリアは顔をしかめる。リュシアンの心に二人への恋愛感情はなくなったのかもしれない。
 それに代わってミレイユが台頭してきたように思う。真の敵はミレイユか――城での生活が続く中で、リュシアンの心内を見極めなくてはいけないだろう。
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優しすぎる王太子に妃は現れない作者:七宮叶歌
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遠回しな拒絶2

「軽々しく男性に触れるものではありませんよ」

「あっ......申し訳ございません」

 窘められたメリッサは視線を落とす。
 リュシアンにボディータッチは厳禁だ、と頭の中にメモをする。
 空気が悪くなったところで、私がその雰囲気を変えてみせようと口を開いた。

「リュシアン殿下はどのような女性をお求めに?」

 空色の瞳をじっと見詰めても、視線が交わることはない。

「そうですね......。芯があって、自分を守れる女性、でしょうか」

 リュシアンの笑顔の裏に、僅かな曇りが感じられた。それも束の間、彼は紅茶を口に含み、油断した表情を見せる。先ほどの違和感はただの勘違い、なのだろうか。

「私は......こう見えて芯があるって言われますの」

 一人眉をひそめていると、ミレイユがしたたかな見栄を張る。私も負けてはいられない。

「自分を守れる術なら、私も心得ています」

「それは頼もしい」

 リュシアンはミレイユ、そして私へと視線を移し、そっと微笑んだ。

「さて、そろそろお腹も空いているでしょう。食事にしようではありませんか」

 待ちに待った食事の時間ではある。でも、マナーをわきまえ、令嬢たちと互角に渡り合えるだろうか。マナーを意識して生活してこなかったため、不安がかなり残る。セリスに確認しておけば良かったと後悔してしまった。
 リュシアンがベルを鳴らすと、侍女たちが忙しなく動き始める。真っ先に現れた料理はロブスターの丸焼き――こんなに大きなエビは初めて見た。ロブスターに釘付けになっていると、メリッサとアメリアがくすくすと笑う声が聞こえた。怒りが顔を出す前に、リュシアンの瞳がこちらを向く。

「エレナはロブスターを見たことがないのですか?」

「えっ?」

 そういえば、私たちはまだリュシアンに自己紹介をしていない。それなのに、私の名を知っているなんて。

「どうして私の名を?」

 小首を傾げると、リュシアンはくすりと笑った。

「オーレリアにみっちり仕込まれましたから。容姿とお名前だけですがね」

 なるほど、そういうことか。納得したと同時に、恥ずかしい事態に気付く。

「殿下、無礼を働いてしまい申し訳ございません。殿下が名乗ってくださったのに、私たちは誰一人として自己紹介をしていないのですから」

「いえ、気になさらないでください。それより、質問に答えていただいていませんよ」

「あっ......」

 やらかした。リュシアンは優柔不断だと聞くけれど、頭は切れるらしい。

「お恥ずかしい話ですが、初めてです。ロブスターは王都の貴族でなくては食せませんから」

 没落貴族だとバレてはいけない。この誤魔化し方なら、辺境伯令嬢としてもおかしくはないだろう。

「そうでしたか。本来なら、全貴族に行き渡らせるべきなのですが、私の力が足りずに」

「いえ。殿下が謝らないでください」

 謝られたとしても、私が申し訳なくなってしまうだけだ。目を伏せると、アメリアの声が聞こえた。

「初めてでは、切り分けられませんよね。私が取って差し上げましょうか?」

 明らかな挑発に、眉をしかめる。

「それは私がやりますよ」

「殿下自ら......!?」

 アメリアとメリッサが驚愕の声を上げる。いくら優しいからといって、面識のない令嬢の食事を手伝うなんて聞いたことがない。
 リュシアンは柔らかな笑みのままで、私の前に置かれたロブスターに手を伸ばし、器用に身を殻から取り出していく。鮮やかな手さばきに見惚れてしまった。リュシアンがフィンガーボウルで手についた汚れを拭っている最中に、彼の横顔を見て溜め息が漏れる。それを侮辱しようという令嬢は現れなかった。

「さあ、食事を楽しみましょう。ミレイユ、メリッサ、アメリア、そしてエレナ。遠慮することはありませんよ」

「殿下、ありがとうございます」

 いち早くミレイユが感謝を述べ、ロブスターの解体に取り掛かる。
 私の前にあるロブスターはリュシアンが触れたものだ。そう、王太子であるリュシアンが――考えれば考えるほどに、頬は熱を帯びていく。

「食べないのですか?」

 メリッサの声にはっと顔を上げる。彼女の視線には炎のような嫉妬が見て取れた。それを気にしている弱さは私の中にはない。

「殿下、いただきます」

「どうぞ」

 リュシアンの柔らかな笑顔に心を躍らせながら、一口大に切られたロブスターを頬張る。途端にエビ特有の濃厚な甘みが口の中に広がった。幸福感が私の心を満たしていく。

「エレナは本当に美味しそうに食事をなさいますね」

 ミレイユは「ふふっ」と笑う。これは嫌味なんかではないだろう。好意として受け入れられる。

「私も見習わなくてはいけませんね」

「ミレイユは向上心のある方ですね。メリッサ、アメリア。他人を貶めるだけではいけませんよ」

 リュシアンの何気ない言葉に、メリッサとアメリアは顔をしかめる。リュシアンの心に二人への恋愛感情はなくなったのかもしれない。
 それに代わってミレイユが台頭してきたように思う。真の敵はミレイユか――城での生活が続く中で、リュシアンの心内を見極めなくてはいけないだろう。
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次の話遠回しな拒絶3
優しすぎる王太子に妃は現れない作者:七宮叶歌
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