遊園地に連れて行く。
六月の梅雨。
しんしんと雨が振り、湿気も相まって少し肌寒い。
「ふふっ」
勉強机に座って、スマホを眺める私。
私は彼の連絡先をもらって、メッセージアプリのアイコンをみつめている。
なんとなしに覗く、ケイくんのアカウント。
アイコンの画像は、猫口のデフォルメキャラでかわいらしいけど、どこか顔や姿が変だ。
彼らしい。そう思って、またにやけてしまう。
ふと、机のスタンドミラーが目に入って、絶句した。
そこに映る女の子の笑顔が、気持ち悪いニヤケ顔だったからだ。
えっ、これ私の顔だよね? キモくない? えっきもすぎ。
しかも、今になって思い知る。
あの憎たらい彼にほだされまくってることに。
うわー、情けなねー。あんなにうざいとか、気色悪いって思っててこれかよ。
でも、しょうがないか。
なんか、彼にはどこか惹かれてしまうんだ。
ケイくんを、可愛く思ってしまうんだ。
「しょうがないよ、あんなにキャピキャピされたら。うん、それに年下の後輩だし......」
ブツブツ、言い訳を垂れ流して、小生意気な笑顔を思い出す。
(あの子、死んじゃうんだよな)
絶対という、確証はない。
でも、私の未来を視る力はいつも残酷だから。
きっと彼は、逝ってしまうのだろう。
「失いたく、ないなぁ」
ぽつり呟いて、感傷にふけたときだ。
ピロリン。
ケイくんから、メッセージがきた。
あわててスマホを開いて、つい両手持ちになってしまった私は、心底落ち込む。
『出張から帰るんだけど、お土産なにがいい?』
父親からだった。
そんなものでメッセージ送るな、そもそも買わなくていいよ、内心毒づいてしまう。
父には無難に返信をして、はぁ、とため息をつく。
(なにを期待してるんだろ、まったく)
連絡先を交換したばっかりだ。そんなにバンバン送信してくるわけがない。
いや、非常識な彼ならありえるかも。
(ケイくん、死ぬのかな、ほんとに。少し、調べてみようかな)
彼と一緒になる時間が多ければ、あの痛みのない不思議な未来視も、また来るかもしれない。
呪いだと、蔑んできたこの能力だけど、今回ばかりは助けてほしい。
よし、能力が発動しやすくすればいいんだ。
なら。
「う、ううぅ」
恥ずかしい、胸のうちから耳の先まで、熱くなる感覚がある。
でも、やる。やるんだ。
メッセージをポチポチ、たどたどしく打ち込んで、打ち終わった全文を心の中で、読み上げる。
大丈夫、大丈夫。句点も打った。
あとは、送信だけ。
「すぅー、はぁっ」
よし。
(えい!)
ずびし、と人差し指をスマホに突き刺して、一息。
ふぅ。
ピロリン
はや。
『え!? いいんですか!? いきましょいきましょ!!』
ケイくんから来た返信は、快諾の文だった。
よかった。
明日、緊張するかも。
がやがや、キャッキャ。
ものすごい勢いで、ごうごうと音を立ててレールを走る乗り物。
ノロノロと動く、メルヘンで平和な回転木馬。
周りは、子ども連れの大人やカップルばかり。
「ちょっと、緊張しますね、センパイ」
「う、うん。そうだね」
ここは遊園地。
遊びの園へ、来てしまった。
「私、ちょっと喉乾いちゃった。飲み物買わない?」
「あ、あー、そーですー......ね。はい」
いつもヘラヘラして、何も怖いものありませんよ? みたいな態度のケイくんが、緊張してる。
珍しい。ちょっと、可愛いかも。
ぬふふ。
(......て、いかんいかん。これじゃ私がキモいだけだ。いくつか試したいことあるんだから)
己の心を律し、ケイの手を引っ張ってフードコートに赴いた。
さり気なく、だけど、彼に触れたら、能力の前兆あるかなって。
でも、まだ起きない。
もう少し、か。
プレハブの屋台で飲み物を頼んで、彼にも催促する。
「ケイくんもほら、頼めば」
「あっ、え? えと、オレンジジュースで」
かしこまりました、と店員のお姉さんが笑顔を残し、裏の厨房に回る。
あれ? ケイくん、なんかおかしくね?
なんか、気にかかる事あるのかな?
あーん、とカップルが食べ合いっこしてる隣に来て、もう一つのテーブル席に座る。
横ですごいキャッキャウフフしてる、なんか気不味い。
ケイくんがぽすんと、席に座って、ストローでオレンジジュースを吸う。
なんか、妙に火照った顔で、子どもっぽくちゅーちゅーと。
そして、私の方をやっと見て、なにかに気付いた。
「あれ、センパイお茶ですか? ジュースじゃなくて?」
「うん、注文聞いてなかったの? 麦茶だよ」
「あはは、そっか。実は、センパイとの、その、デートを緊張しちゃって」
ぶふっ。
思わず、飲んでいた麦茶を吹き出してしまう。
はっ? デート? これが?
私は周りを見た。
キャーっと悲鳴を上げてアトラクションに乗るカップル。
お化け屋敷から出てきた、「怖かったね〜」と、男性に自分の胸元を押し付けて密着する女性。
そして、今となりで、お互いの口にスプーンを運んで、あーん、と甘く囁くカップル
カップル、カップル、カップル。
終わった。私達、カップルだ。
「?? どうしたんすか、センパイ」
いや、自分の軽率な行動に呆れてただけだよ、とは口が避けても言えない。
「うああー! こうなりゃやけだー!!」
私は、文字通り発狂した。
いきなり叫び出した私に、ケイくんはぎょっとして、声を上げる。
「せ、センパイ!? どうしたんすか! なにかあったんです......、って、ああ! 俺のオレンジジュース!!」
私は彼のカップに入ったオレンジジュースをがぶ飲みして、ぷはーっと、空になったカップを席に叩きつける。
「あ、ああ、俺のオレンジジュースが......」
手を繋ぐ以上の行為、間接キス。
いつも未来視の発動時は、誰かと距離が縮んだり、状況が変わったりする時だ。
だからと思って、思いきりやってみたけど、やはりなにも起きない。
というか、彼のオレンジジュースを奪って飲み干すの、なんか既視感ある。
デジャブ?
「うぐぅ、結局だめだった」
時間も経過して、もう夕暮れ時だった。
ここに至るまで、色々試した。
あらゆる乗り物で物理的に距離を縮めようとしたけど、やはりだめ。
次は、本願のお化け屋敷。
しんとした、不気味な廃病院がモデルのようだったが、あまり怖くない。
それより、ケイくんのあまりのビビリようの方が面白かった。
それに、チャンスかもしれない。吊り橋効果じゃないけど、彼に触れても恐怖の方がいっぱいで気づかないかも。
よし、いっちゃえ。流石に前兆ぐらいくるでしょ。
挙動不審になっているケイくんの肘に手を回す。
うわ、恥ずかしい。これはちょっとやりすぎかも。豊満ではないとはいえ、私の貧相な胸が腕に当たってる。
来てくれ。これだけ恥をかいてるんだから、ヒトカケラぐらい。
......、でも来なかった。
なにも得られずに、今に至るわけだ。
「はぁ〜」
「どうしたんすか、セーンパイ。疲れちゃいました?」
うーん、違う意味で疲れたかな。
必要のない気の回し方したかも。
「ううん、なんでもない。そろそろ閉園だし、観覧車にでも乗る?」
「おっ、オーソドックスでいいですね。さっそく乗っちゃいます?」
疲れを知らない子どものように、ウズウズとした声でこちらに振り返る。
もう、子どもなんだから。
「じゃあ、乗ろっか」
乗り場に着いて、朗らかな笑顔のスタッフさんに気を付けてくださいね、と観覧車の中に誘導される。
かつ、かつと小さい球体状の中に入って、ケイくんも後に続く。
「それでは、お楽しみくださいね〜」
スタッフのお兄さんが手を振ってくれて、無邪気にケイくんは手を振り返す。
つられて、柄にもないのに、私も手を振り返した。
いつもの私なら、きっとしないだろうな。
「おおー、高くなってきた。意外と怖いな」
「そうだね」
観覧車の窓ガラスに手を付けて下を覗くケイくん。
中腹の高さを超えたところで、夕日が地上と離れて、ぽつりと浮かんでるように見えた。
夕暮れが照らすケイくんのまつ毛が、黒髪が、茶目っ気を帯びた瞳が、黄昏に輝いていた。
きらきらと、微かな粒子をまとって、どこかを遠く見据えるような。
どこか希望を追いかける、そんな眼差し。
今日は、能力の発動を念頭に行動してきた。
でも、いつも呪いとして残酷な世界を見せ続けてきたこの未来視は、今日一日だけイジワルだ。
なにも、視れなかった。
今までなら、距離を縮めるたびに、鮮明にその人の未来が視れたりするのに。
ほんと、君に関係することは見れない。なにも。
ケイくん、君はとても不思議な子だね。
私は、こんな時に限って、行儀よく向かいの席座るケイくんに、怒った。
「もう、なんか距離遠くない? 隣に座ってもいい?」
「え、センパイに悪いかと思って。その、今日は様子が少し変だったから」
どすん。
私は、彼の隣にどっかり座った。
そして、ケイくんの肩口に頭を乗せる。
「ちょっと、センパイ、それは」
「いいでしょ、観覧車降りるまでだから。ね」
まるでいつもと立場が逆のようだった。
彼は耳まで真っ赤にして、私は堂々としてる。
いいじゃない、たまには。少しぐらいは、サービスしてあげても。
自分に言い訳して、彼の太もも辺りに置かれた手に、自分の手を重ねる。
「ねえ、ケイくん。ケイくんのケイっていう漢字どう書くの?」
「いや、それは......、内緒。あんまり、いい字じゃないから」
「ふーん、そっか。恥ずかしいんだ?」
「むっ、そんな事ないですよ。もう、センパイのいけず」
ぐっと、彼の手が私の手に重ね返して、握る。
男の子なのに、小さくて、私と同じくらいの手のひら。
ゴツゴツしてなくて柔らかいし、どこか頼りないのに、落ち着くぐらい頼もしいのはなぜなのだろう。
よりかかる君が、どこか冷たく感じるのはなぜなのだろう。
今は、君の死の理由すら分からないまま、隣りにいることになるかもしれない。
でも、一緒にいたいって思えたんだ。
君が必ず死のうとも、私はあなたを選ぶことにするよ。
だから、死なないでね。
お願い、ケイくん。
生きて。