ホーム四畳半、煙草の煙、火曜日の少女 〜これは、二人だけの秘密だよ〜08:ドアの前の子ども
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08:ドアの前の子ども

 私の家にやってきた、白いメスのアザラシのぬいぐるみ。
 私は彼女を「シロちゃん」と名付けた。
 家を出る時や帰宅した時などに、私はシロちゃんに挨拶するようにしている。
 家での挨拶の習慣が付いたことで、私の生活の質は向上したような気がしていた。
 ハートのイヤリングは、アクセサリーボックスに大切にしまってある。
 また来週、林が来るときに着けよう。
 その時は、林も同じイヤリングを着けてくるかもしれない。
 そう考えたら、私は胸が躍り、来週がとても待ち遠しくなってしまった。
 
 今日は、金曜日。コンビニバイトのシフトが入ってる。
 十七時に仕事を終え、そのコンビニで夕飯の弁当と缶チューハイを買って帰る。
 いつも通り。何の変哲もない仕事上がりだ。
 金曜日だから、ドラマの見逃し配信があるな。先週の話はどうなってたっけ。微妙に思い出せないな......。
 そんなことを考えながらアパートまで帰ると、見慣れないものが目に入り、私は足が止まった。
 私の部屋の前に、子どもがうずくまって座っていた。
「林......?」
 私の家に来る子どもなんて他にいないと思い、そう呟いた。
 うずくまった子どもが顔を上げると、それはやはり林だった。
「杉野さん......」
 林は暗い顔をしてこちらを見上げた。
 なぜここに林が? 私は混乱した。
 今日は金曜日だ。いつもの火曜日じゃない。しかもこんな夕方に?
 悲しげな林の姿を見て、私は一つの可能性が頭をよぎった。
 ――家出。
 きっと、何らかの理由があって、家にいられなくなった。
 そして私を頼ってやって来たのではないか。
 とにかく話を聞かないといけないと思い、私は林を家に上げた。
 林はいつもの定位置であるテーブルの横に座った。
 私はグラスに入れた麦茶を出してやり、林に向かい合って座ると、さっそく質問した。
「何があったの?」
 しかし、林はうつむいたまま何も言わない。
 私はアプローチを変えた。
「怪我はしていない?」
 林は小さく頷いた。それを見て、私は少しだけほっとした。
 しかし、このままでは埒が明かない。
 どうしようかと迷っていると、林が口を開いた。
「......そっちに行ってもいい?」
「うん、いいよ」
 林の不安を取り除いてあげたかった私は、すぐにそう答えた。
 すると林は私の横に座り、体を預けた。
 私は、慈しむように林の肩を片腕で抱いた。
 この子に何が起きたのかわからないけれど、少しでも不安がなくなりますように。
 しばらく沈黙してから、林はようやく口を開いた。
「あのね」
 私に肩を抱かれながら、こちらを見ずに言った。
「お母さんにバレちゃったの」
「バレた......?」
 そう聞いた途端、心臓がきゅっと縮こまるような感覚がした。
「図書館に行くって嘘をついて、杉野さんに会っていること」
 その途端に、縮こまったままの私の心臓がどっと暴れだした。
 背中に汗が流れる。
 親に、バレた。
「こないだショッピングモールに行ったでしょう? その時に、学校の子の親に見られたみたいなの」
 私は動悸が止まらない。誰かに、見られた......?
「お母さんは、その人から、私にお姉ちゃんがいるのかって聞かれたみたいで......。そして、私に、どうして嘘をついて知らない人に会いに行ったりしたの、って怒りだして......」
 そこまで喋ると、林はぐずぐずと涙を流し始めた。
「どうしよう......お母さん......怒ってた......。きっと、もう会うなって......言うの......」
 林の話を黙って聞くうちに、胸の奥がじわりと痛んだ。
 どうしよう。私のせいだ。
 この子をこんな目に遭わせたのは、私なんじゃないか。
 私がショッピングモールへ連れまわしたりしたから。
 親にちゃんと説明しないとだめだよ、と言ってあげられなかったから。
 林の呼吸は小刻みに震えていた。
「私......杉野さんと......離れたくないよ......」
 それは、私もそうだ。林と会えなくなるなんて、耐えられない。腕の中で震えるこの子を、私は手放したくない。
 ......このまま。
 このまま、親の目の届かないところまで、林を連れて行けば。
 誰にも知られることなく、二人の秘密の時間を過ごすことができるかもしれない。
 でも。
 もたれかかる林を、私はそっと引きはがした。
「林、家に帰って、親御さんにちゃんと話そう」
 ここは、林の帰るべき場所じゃないから。
 林はショックを受けたようで、顔から血の気が引いている。
「これ以上嘘はダメだよ。親御さんは林を心配しているんだよ」
「......やだよ。ずっと、一緒にいたいよ」
「林!」
 私は声を荒げた。林はびくんと体を震わせた。
 深呼吸してから、一息にしゃべった。
「私だって......ずっと一緒にいたいよ。だけど、あんたがそうやって嘘をつけばつくほど......私たちは、もっとダメになるかもしれないんだよ!」
 林は涙目のまま、黙ってこちらを見ている。
「確かに、親御さんは......もう私に会うなって言うかもしれないよ」
 私は林の目をしっかりと見た。
「でも、親に黙って子どもを連れていくのは、いけないことなの。もし私がこのままあんたを泊めたりしたら、警察に捕まって、もう絶対に会えなくなるよ」
 それは説得の言葉であり、また自分に言い聞かせる言葉でもあった。
 私は、林を惑わせない。
「そんな......でも......」
 私は、言いよどむ林を抱きしめた。か細い彼女の体の温もりが伝わってくる。
「だから、帰るしかないの。それが私たちのためなの」
 林は黙ったままだった。
 説得するために抱きしめたつもりだったけど、私は名残惜しくなってしまい、すぐには離すことができなかった。
 もし今この手を離せば、こうして二人で過ごすことはできなくなるのかもしれない。
 だけど、もう、どうしようもない。きっと、この秘密の関係も潮時なんだ。
 私は林を抱くのをやめて、目を合わせた。
「ね、家に帰ろう。送っていくから」
 林は目を逸らしてから、小さく頷いた。

 アパートを出た私たちは、手を握って一緒に林の家へ向かった。
 林の手のほのかな温かさから、口に出さない不安が伝わってくる。
 外はいつもよりも空気が薄いように感じた。足取りは重い。
 すっかり気が滅入ったまま、私たちはゆっくりと歩みを進めた。
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四畳半、煙草の煙、火曜日の少女 〜これは、二人だけの秘密だよ〜作者:大山大チ
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 私の家にやってきた、白いメスのアザラシのぬいぐるみ。
 私は彼女を「シロちゃん」と名付けた。
 家を出る時や帰宅した時などに、私はシロちゃんに挨拶するようにしている。
 家での挨拶の習慣が付いたことで、私の生活の質は向上したような気がしていた。
 ハートのイヤリングは、アクセサリーボックスに大切にしまってある。
 また来週、林が来るときに着けよう。
 その時は、林も同じイヤリングを着けてくるかもしれない。
 そう考えたら、私は胸が躍り、来週がとても待ち遠しくなってしまった。
 
 今日は、金曜日。コンビニバイトのシフトが入ってる。
 十七時に仕事を終え、そのコンビニで夕飯の弁当と缶チューハイを買って帰る。
 いつも通り。何の変哲もない仕事上がりだ。
 金曜日だから、ドラマの見逃し配信があるな。先週の話はどうなってたっけ。微妙に思い出せないな......。
 そんなことを考えながらアパートまで帰ると、見慣れないものが目に入り、私は足が止まった。
 私の部屋の前に、子どもがうずくまって座っていた。
「林......?」
 私の家に来る子どもなんて他にいないと思い、そう呟いた。
 うずくまった子どもが顔を上げると、それはやはり林だった。
「杉野さん......」
 林は暗い顔をしてこちらを見上げた。
 なぜここに林が? 私は混乱した。
 今日は金曜日だ。いつもの火曜日じゃない。しかもこんな夕方に?
 悲しげな林の姿を見て、私は一つの可能性が頭をよぎった。
 ――家出。
 きっと、何らかの理由があって、家にいられなくなった。
 そして私を頼ってやって来たのではないか。
 とにかく話を聞かないといけないと思い、私は林を家に上げた。
 林はいつもの定位置であるテーブルの横に座った。
 私はグラスに入れた麦茶を出してやり、林に向かい合って座ると、さっそく質問した。
「何があったの?」
 しかし、林はうつむいたまま何も言わない。
 私はアプローチを変えた。
「怪我はしていない?」
 林は小さく頷いた。それを見て、私は少しだけほっとした。
 しかし、このままでは埒が明かない。
 どうしようかと迷っていると、林が口を開いた。
「......そっちに行ってもいい?」
「うん、いいよ」
 林の不安を取り除いてあげたかった私は、すぐにそう答えた。
 すると林は私の横に座り、体を預けた。
 私は、慈しむように林の肩を片腕で抱いた。
 この子に何が起きたのかわからないけれど、少しでも不安がなくなりますように。
 しばらく沈黙してから、林はようやく口を開いた。
「あのね」
 私に肩を抱かれながら、こちらを見ずに言った。
「お母さんにバレちゃったの」
「バレた......?」
 そう聞いた途端、心臓がきゅっと縮こまるような感覚がした。
「図書館に行くって嘘をついて、杉野さんに会っていること」
 その途端に、縮こまったままの私の心臓がどっと暴れだした。
 背中に汗が流れる。
 親に、バレた。
「こないだショッピングモールに行ったでしょう? その時に、学校の子の親に見られたみたいなの」
 私は動悸が止まらない。誰かに、見られた......?
「お母さんは、その人から、私にお姉ちゃんがいるのかって聞かれたみたいで......。そして、私に、どうして嘘をついて知らない人に会いに行ったりしたの、って怒りだして......」
 そこまで喋ると、林はぐずぐずと涙を流し始めた。
「どうしよう......お母さん......怒ってた......。きっと、もう会うなって......言うの......」
 林の話を黙って聞くうちに、胸の奥がじわりと痛んだ。
 どうしよう。私のせいだ。
 この子をこんな目に遭わせたのは、私なんじゃないか。
 私がショッピングモールへ連れまわしたりしたから。
 親にちゃんと説明しないとだめだよ、と言ってあげられなかったから。
 林の呼吸は小刻みに震えていた。
「私......杉野さんと......離れたくないよ......」
 それは、私もそうだ。林と会えなくなるなんて、耐えられない。腕の中で震えるこの子を、私は手放したくない。
 ......このまま。
 このまま、親の目の届かないところまで、林を連れて行けば。
 誰にも知られることなく、二人の秘密の時間を過ごすことができるかもしれない。
 でも。
 もたれかかる林を、私はそっと引きはがした。
「林、家に帰って、親御さんにちゃんと話そう」
 ここは、林の帰るべき場所じゃないから。
 林はショックを受けたようで、顔から血の気が引いている。
「これ以上嘘はダメだよ。親御さんは林を心配しているんだよ」
「......やだよ。ずっと、一緒にいたいよ」
「林!」
 私は声を荒げた。林はびくんと体を震わせた。
 深呼吸してから、一息にしゃべった。
「私だって......ずっと一緒にいたいよ。だけど、あんたがそうやって嘘をつけばつくほど......私たちは、もっとダメになるかもしれないんだよ!」
 林は涙目のまま、黙ってこちらを見ている。
「確かに、親御さんは......もう私に会うなって言うかもしれないよ」
 私は林の目をしっかりと見た。
「でも、親に黙って子どもを連れていくのは、いけないことなの。もし私がこのままあんたを泊めたりしたら、警察に捕まって、もう絶対に会えなくなるよ」
 それは説得の言葉であり、また自分に言い聞かせる言葉でもあった。
 私は、林を惑わせない。
「そんな......でも......」
 私は、言いよどむ林を抱きしめた。か細い彼女の体の温もりが伝わってくる。
「だから、帰るしかないの。それが私たちのためなの」
 林は黙ったままだった。
 説得するために抱きしめたつもりだったけど、私は名残惜しくなってしまい、すぐには離すことができなかった。
 もし今この手を離せば、こうして二人で過ごすことはできなくなるのかもしれない。
 だけど、もう、どうしようもない。きっと、この秘密の関係も潮時なんだ。
 私は林を抱くのをやめて、目を合わせた。
「ね、家に帰ろう。送っていくから」
 林は目を逸らしてから、小さく頷いた。

 アパートを出た私たちは、手を握って一緒に林の家へ向かった。
 林の手のほのかな温かさから、口に出さない不安が伝わってくる。
 外はいつもよりも空気が薄いように感じた。足取りは重い。
 すっかり気が滅入ったまま、私たちはゆっくりと歩みを進めた。
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