第46話 さめがくる
「冒険者の変死、裏切り者の執政官、そして今回の鎧騒動! 既にグルースレーの深部に『パンドラ』が潜んでいるのは言うまでもなかろう! そして忌々しいあの者らの拠点は帝国領にあると目星が付いているではないか!? 早急に乗り込んで手を打つべきだ!」
「しかし帝国とて『パンドラ』は共通の敵のはず。戦時中でもあるまいし、一時的に手を組んでこの辺りの『パンドラ』を一掃する手もあるだろうに。貴公の考えは些か気が早すぎる」
「日和っている場合か! もしや貴様、テオドールのような内通者ではないのか!?」
「何だと!? 言いがかりも大概にしろ!」
入室すると早速オッサン同士が言い争っている。やだねえ。
さっきヨハンナと逮捕した執政官テオドールと似た服装をしているからこの街を治める執政官たちだろうか。
執政官が対帝国策を巡って領主派と反領主派で分裂しているという情報の裏付けが取れたな。
煽った側の小太りの執政官は護衛に制されながら、顔を赤くして腕を振り回している。
顔真っ赤ですよ。
こんな言葉、脳内だけだとしても使う日が来るとは思わなかったなあ。しかも異世界で。
煽られた側の口ひげの執政官は逆にその姿を見て気を削がれたらしく、わざとらしくため息をついた。
作戦会議の議場となる部屋には長机が置かれ、計七人の執政官とユーステスが席についている。そしてヨハンナがユーステスの背後に立ち護衛の役割をしている。
そしてお誕生日席......上座に座っているのはユーステスの父親、フレデリックだろうか。
残りの執政官は空席やら病気やらで不在とガストンに聞いた。確か十人いるはずだからさっき逮捕されたのも入れて三人欠席。
「ジョルジュ、そこまでにせよ。客人が参った」
領主フレデリックと思われる男が顔真っ赤の小太りを制する。ヤバい。さっきからきょろきょろしてて言うこと何も考えてなかった。
「名乗るといい」
「......冒険団のケントです」
「悪いが聞き取れなかった。もう一度頼んでいいか」
これ言わなきゃダメ? 偉い人の前で名乗るリスクを忘れてたよホント。
「健康剣豪大冒険団の! ケントでっす!」
ユーステスが苦い顔をしているのが見える。普段表情の読めないヨハンナですら一瞬顔が固まったのがわかった。
執政官たちも静まり返った。
すべったよね。なんで普通に名乗っただけで笑いを取りにふざけたみたいにならなきゃいけないんだよ。
「なんと? なに剣豪と申した?」
「大冒険団とは。その代表で参ったというわけか」
静寂の後、ジョルジュと呼ばれた小太りと煽られていた口ひげの執政官が口々に疑問と感想を述べた。
「健康。元気の健康です......あと大冒険団っていうのは、こう......意気込みみたいなもので俺含めてこの四人で全員です......」
こういう時に予想外の角度から助けてくれそうなフィーナはまだむくれているし、エミリーはもじもじとしている。恥ずかしいよねえ。
そしてモニカは胸を張ってたわわな果実を強調しつつ、どこか自慢気だ。この人が名付け親みたいなものだし。いつもそのくらい自信を持ってください。
「健康剣豪? 健康剣豪だと?」
ジョルジュは思案し、護衛とひそひそと話し始める。もしかしてグルースレーの偉い人にならギリ名前が届いていたのか!?
「知らんなあ」
小太りのジョルジュは吐き捨てるように言うと、先ほどまでの興奮は覚めてしまったようで急に静かになった。
「ハハ、いいじゃないか。若者こそ志は大きく持つものだ。つまり......少数精鋭のパーティということだ。それでランクは? Aランク冒険者はいるのかね?」
「全員B10ランク......です」
「ふむ、そうか」
口ひげの方は落胆の色を隠さずに俺から視線を外した。
そしてそれまで執政官たちとのやり取りを静観していた領主が俺たちに語りかけた。
「グルースレーへようこそ。私はこの地の領主を務めているフレデリック。キメラを討伐し、鎧騒動でも功績を上げ、テオドール逮捕にも協力してもらえたとか。来て早々働かせずくめで申し訳ない」
「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせてもらいました......」
一日に三度の敗北という経験をな!
「本題に入ろうか。君たちは王子ジュリアン殿下、王女エリーゼ殿下両名の依頼で対『パンドラ』要員として派遣されてきたと聞いたが。その話、本当かね?」
「はい、そうです! えーと、そうです!」
緊張して言葉が出ない。今まで会ってきた小領主と違って放つオーラが違う。対帝国の最前線の領主として長年かけて研ぎ澄まされた威厳のような、そんなオーラ。
「それで?」
フレデリックは冷たく言い放った。
それでって何だよ! もっとこう、あるだろ! 聞き方が!
言葉に詰まった俺に追い打ちをかけるようにフレデリックが畳みかける。
「つまりだ。我々は長年対帝国戦に備え、各地から精鋭を集め、兵を鍛え、城壁をより強固にしてきた。帝国宰相『魔導大公』フィニスの率いる軍と比較してしまえば『パンドラ』など敵として見るに値しない。我々はこの混乱に乗じて帝国が何か動きを見せないかを警戒している。『パンドラ』ではなく、だ」
「それは、俺たちの存在が必要ないと?」
「そう言ったつもりだが」
言ってくれる。だが言い返す材料がない。エミリーがフレデリックに飛びかかりそうになるのを引き止めながら、俺は考える。
彼はAランク冒険者を少なくとも三人は抱えている。俺たちはまだB10ランクの小勢だし相手にされないのはわかってる。
それでも!
「フェブラウ王国の領主に『パンドラ』に肩入れしている者がいたことをご存知でしたか? 小領主でしたが。それにエリーゼ殿下主導の『パンドラ』討伐戦で俺は今回の鎧騒動を引き起こしたリュカとも交戦しています。そして『パンドラ』の恐ろしい点は武力ではありません。誰が取り込まれているかわからないところです。執政官のテオドールさんも奴らと内通していたことがわかりやすい証拠ですよ。手駒を揃えても誰が異分子と内通しているかわからないのでは帝国とは戦えないでしょう」
一息で思いをフレデリックにぶつける。全身勇者の鎧でよかった。王族のエリーゼにも、『パンドラ』の戦闘員にもない研ぎ澄まされた冷たい領主の圧で俺は緊張し切っている。その色が伝わっていなければいいけど。
するとフレデリックから放たれていた強烈なプレッシャーが消えた。
「一理あるな。すまない。今まで君を試させてもらっていた。帝国の動きも重要ではあるが、ギュノンからフェブラウへ『パンドラ』を素通りさせていては『鉄壁グルースレー』の名が廃るというもの。実戦経験のある君たちには対『パンドラ』の要となってもらいたい」
え? 試されてたの? あと意図的にあの圧を出したり消したりできるの? こえーよ。もうやめてね。
安心して力が抜けそうになるが耐える。そこにフィーナの小さな声。
「ちょっとだけカッコよかったんで許しました。さっきはわたしも大人気なかったです」
領主に認められ、図らずもフィーナとの和解ができた。う、嬉しい。
そして次の瞬間。白い翼を生やした巨大なサメが城壁を破り突っ込んできた。
そうサメが、だ。