ホーム›バラクラバ›バラクラバ
目次

バラクラバ

バラクラバ

 これは私が若い頃の出来事だ。常連が酔い潰れて、錆びた車で運ばれて行った後、明かりを消して、扉に錠を掛けた。遠くではパトカーのサイレンが群れを成すように吠えていた。

「おい......」

 擦れ声が裏手から店内へ響く。カウンターの下に備え付けてある切り詰めた散弾銃が鈍く黒光りする。それを隠すように、男はバックヤードへ入っていった。
 床には砂塵と凝固血に塗れた男が、額に冷や汗を浮かべて倒れていた。すでに虫の息で、丸腰な様子だったからかだろうか、医療箱が目の前に置かれた。

 医療箱の蓋を開け、酷く震える手で鋏を取り出しズボンを切る。消毒液の量がまったく足りない。アルコールの瓶を丸ごと注ぎ、足の感覚を麻痺させる。鼻を蝕む悪臭が充満し、冷房の利かない乾いた空気に絡んでいく。
 ピンセットで傷口からバードショット弾の破片を取り除き、一つ一つを近くにあった灰皿に落としていく。さっきまで聞こえていたパトカーのサイレンはいつの間にか鳴りやみ、ただ無機質なコンクリートの壁に乱反射する嫌な金属音が響いているだけだった。
 破片を取り除いた後、服を脱ぎ、手荒に破いて傷口に押し当てた。
 その風景を見下ろすかのような光線が目に入った。薄暗い壁に、外から這い入ってきた赤と青の光が斑に撫でる。警察の巡回だ。

「余計な声を出すな」
「わかっているよ。あんたさんだって息を殺しておいた方がいい」

 警官がライトで店内を照らしている。身を潜めている二人のうち、一方が銃を突きつけ、もう一方はそれを見つめながら警官が退くのを待っていた。

「あんたは死についてどう思う」
「死んでも死ななくても意味はない。ただ今を生きて行くだけで精一杯だからな。おたがいそうだろう?」
「お互いね......」

 正面入り口の扉が開く。靴底が汚れていない事を確かめ、周囲を見渡したのちにその場を去った。ただそういう記憶を辿ってみただけだ。
シェア
最新話です
目次に戻る
バラクラバ作者:上田真希
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›バラクラバ›バラクラバ
目次

バラクラバ

バラクラバ

 これは私が若い頃の出来事だ。常連が酔い潰れて、錆びた車で運ばれて行った後、明かりを消して、扉に錠を掛けた。遠くではパトカーのサイレンが群れを成すように吠えていた。

「おい......」

 擦れ声が裏手から店内へ響く。カウンターの下に備え付けてある切り詰めた散弾銃が鈍く黒光りする。それを隠すように、男はバックヤードへ入っていった。
 床には砂塵と凝固血に塗れた男が、額に冷や汗を浮かべて倒れていた。すでに虫の息で、丸腰な様子だったからかだろうか、医療箱が目の前に置かれた。

 医療箱の蓋を開け、酷く震える手で鋏を取り出しズボンを切る。消毒液の量がまったく足りない。アルコールの瓶を丸ごと注ぎ、足の感覚を麻痺させる。鼻を蝕む悪臭が充満し、冷房の利かない乾いた空気に絡んでいく。
 ピンセットで傷口からバードショット弾の破片を取り除き、一つ一つを近くにあった灰皿に落としていく。さっきまで聞こえていたパトカーのサイレンはいつの間にか鳴りやみ、ただ無機質なコンクリートの壁に乱反射する嫌な金属音が響いているだけだった。
 破片を取り除いた後、服を脱ぎ、手荒に破いて傷口に押し当てた。
 その風景を見下ろすかのような光線が目に入った。薄暗い壁に、外から這い入ってきた赤と青の光が斑に撫でる。警察の巡回だ。

「余計な声を出すな」
「わかっているよ。あんたさんだって息を殺しておいた方がいい」

 警官がライトで店内を照らしている。身を潜めている二人のうち、一方が銃を突きつけ、もう一方はそれを見つめながら警官が退くのを待っていた。

「あんたは死についてどう思う」
「死んでも死ななくても意味はない。ただ今を生きて行くだけで精一杯だからな。おたがいそうだろう?」
「お互いね......」

 正面入り口の扉が開く。靴底が汚れていない事を確かめ、周囲を見渡したのちにその場を去った。ただそういう記憶を辿ってみただけだ。
シェア
最新話です
目次に戻る
バラクラバ作者:上田真希
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません