ホーム›恋愛取材はふたりきり。〜経験ゼロから恋のアルゴリズムを〜›プロローグ【理解しがたい恋愛アルゴリズム】
目次

プロローグ【理解しがたい恋愛アルゴリズム】

ラブコメが大好きだ。中学生、いや下手すると小学生のときから。
 主人公がヒロインのために一生懸命になったり、はたまたヒロインが恥ずかしながらも気持ちを伝えたり。

 一瞬の感情の起伏や葛藤、情景の移り変わり。そんな多様で現実ですら表現しにくいものを文体で表すのは非常に難しい。書き始めて身に沁みてわかる。

 それでも、僕は恋愛小説を書いていた。ペンネームは「廻」。

 僕はこれまで一度も誰かと付き合ったことがない。告白されたこともなければ、したこともない。女の子と二人で出かけた経験だって、両手で数えるほどしかない。

 それでも恋愛小説を書こうと思ったのは、ラブコメが好きだったからだ。
 読んで、考えて、想像しているうちに、恋愛というものが少しずつ分かってきた気がした。人はこういうときに嬉しいんだとか、こういう言葉を言われたら傷つくんだとか。現実で経験したことはなくても、物語の中なら何度だって経験できる。

 だから僕は、自分が恋をしたことがなくても、恋を書くことはできると思っていた。

 少なくとも、あの日までは。

 ▽


「白石くん、ちょっといい?」

 出版社の会議室で、担当編集者が原稿を机に置いた。

「はい」
「今回のも読ませてもらったよ」
「どうでした?」
「ん〜まぁ悪くないね」

 いつもの言葉を聞いて、僕はまた息を吐く。
 けれど、今日の編集者の続けた言葉は、今までと違った。

「今日は君に会わせたい人がいるんだ」
「人......ですか?」
「うん。たぶん、君と話が合うと思うな」

 編集者が扉の方へ目を向ける。

「入っていいよ」
「失礼しまーす......」

 気の抜けた声と一緒に、少女が入ってきた。
 まず目についたのは、丸い眼鏡だった。それから、頭の後ろでまとめられたお団子。服装もどちらかといえば地味で、ぱっと見た印象は大人しい女の子だった。

 ただ、第一声を聞いた瞬間、その印象はスッと崩れた。

「で......なんで私まで呼ばれたんですか?」
「まあまあ」
「まあまあじゃないですよ。こないだも『次は期待してる』って言ったじゃないですか。期待してるならまず返事くださいよ。三週間ですよ、三週間」
「それは今関係ないから」
「関係ありますって〜」

 僕は思わず編集者を見る。

「えーと......彼女は?」
「玲ちゃんよ」

 少女は僕を見るなり、ぺこりと軽く頭を下げた。

「玲です。ペンネームですけど」
「あ、僕は廻です。僕もペンネームですが」
「彼は恋愛小説を書いているのよ、とりあえず座ってちょうだい」

 編集者さんが言って、彼女は僕の隣に腰を降ろす。

「そうなんですね。私も恋愛漫画描いてるんですよ」

 そう言って、彼女は鞄から原稿を取り出した。

「ただし、私のほうが絵は上手いと思いますけど」
「なんで張り合うんですか?」
「だって小説って絵がないじゃないですか」
「漫画にも文章はありますよ」
「でも絵の方が強くない?」
「それは......」

 初対面なのに妙な人だった。
 編集者が呆れたようにため息をつき、それから僕たちの前に原稿を一冊ずつ置いた。

「二人とも恋愛作品を書いている。それなら、一度お互いの作品を読んでみたらいい」

 僕は彼女改め玲の漫画を受け取る。そして、一枚目をめくった。

 ▽

 ――――感想としては、思っていたより、ずっと面白かった。

 話そのものは決して珍しいものじゃない。どこかで見たことのあるような出会いから始まって、二人は徐々に距離を縮めていく。
 
 それでも僕が引っかかったのは、ヒロインが主人公に対して妙に素直じゃないところ。
 好きなら好きと言えばいい場面でも、わざわざ遠回りをする。主人公に別の女の子が近づけば露骨に機嫌が悪くなるくせに、自分からは絶対に言わない。
 それが、妙に生々しかった。

「......これ」

 読み終えて、僕は口を開いた。

「何ですか」
「玲さん、このヒロイン好きですよね」
「......は?」
「いや、なんというか」

 僕がページを指差す。

「この子、ずっと自分のことを見てほしいって思ってるじゃないですか」
「そりゃ恋愛漫画ですから」
「でも、素直に言わないですよね」
「言えないんですよ」
「どうして?」
「......恥ずかしいから」

 彼女は下に目を逸らした。

「す、好きな人に好きって言うのって、そんな簡単じゃないでしょ」

 やはり中身は一少女、僕は笑いそうになった。

「何笑ってるんですか」
「いや、別に」
「絶対笑った」
「笑ってません」
「笑いましたよね?」
「......ちょっとだけ」
「やっぱり!」

 玲が頬を膨らませる。
 その様子を見ていた編集者が、僕の原稿を玲に渡した。

「じゃあ、次はこっち」
「えー......」
「文句言わない」
「言いますよ。私、漫画家ですよ? 漫画家に小説読ませるんですか?」
「私はあなたよりも上の編集者ですよ」
「そ、そうですけど......」

 ぶつぶつ言いながらも、玲は僕の原稿を開きはじめる。
 しばらくして、ページをめくる音が止まった。

「......廻くん」
「はい」
「この主人公、ずいぶん察しがいいんですね」
「ええまあ、主人公なので」
「ヒロインが何も言わなくても、全部分かってあげるんだ」
「......」
「困ってたら助けるし、落ち込んでたらすぐ気づく。女の子が欲しい言葉も、欲しいタイミングでちゃんと言う」
「......まあ」
「へえ」

 玲が原稿から顔を上げた。

「君、こういう男の人が好きなんだ」
「違いますよ」
「じゃあ誰が好きなの?」
「そういう話じゃなくて」
「じゃあ何なんですか?」

 答えられなかった。
 僕は確かに、こういう主人公が好きだった。

 好きな女の子のことを誰よりも理解していて、困っていることがあればすぐに気づいて、最後にはちゃんと彼女を幸せにする。
 そういう主人公を、僕はずっと書いてきた。それが恋愛だと思っていた。

「......私たち」

 玲はぽつりと言った。

「たぶん、同じなんですね」
「何が?」
「自分が好きな恋を書いてるって、ことですよ」

 その言葉を聞いて、僕はもう一度、自分の原稿を見る。
 やったことないものを書くためには、知らないものを想像するしかなかった。
 そして想像するとき、参考にしたのは自分が読んできた物語と、自分が好きだった恋愛だった。

 つまり僕の小説にある恋は、僕が見たい恋だ。彼女の漫画にある恋も、彼女が見たい恋。
 それは恋愛を描いているようで、その実、自分の願望を描いているだけなのかもしれない。

「だから、いっつも中身がないってことですか?」

 僕が聞くと、編集者は頷いた。『中身がない』はアドバイスとしていつももらう言葉だ。

「そういうことよ」
「......でも、それなら仕方ないですよね」

 隣の彼女が口を挟んだ。

「恋愛したことないんだから、恋愛知らないのは当たり前じゃないですか」
「だから経験しろって言ってるんだよヘボ漫画家さん」
「ヘボ⁉︎......」

 編集者は、僕たち二人を見た。

「一度くらい、自分の思い通りにならない相手と恋愛してみなよ」

 その言葉が落ちた途端、会議室が妙に静かになった。

 僕は編集者の顔を見た。冗談を言っているようには見えない。隣にいる玲も同じように編集者を見ていて、丸い眼鏡の奥の目が、みるみるうちに細くなっていく。

「......嫌です」

 玲が先に言った。

「私、絶対無理ですからね。そもそも、会って数時間も経っていない男の人と付き合えって、編集者としてどうなんですか? 私がこのまま寝取られて処女卒業しちゃったらどうするんですか‼︎」
「うっさいな〜、誰が一線越えろつってんだよ」
「なっても仕方ないって思ってますよね!」
「思ってないよ」
「あぁもう絶対思ってる!」

 玲はぶつぶつと文句を言いながら腕を組む。僕も同意見だった。
 恋愛を経験するために恋人になるなんて、どう考えてもおかしい。そんなの二次元フィクションだけだって......でも。

 隣の玲が、下の方を見たまま口を開く。

「でも」
「?」
「白石くん」
「はい」
「これ、やったら本当に恋愛が分かると思います?」
「......分かりません」
「ですよね」

 玲はしばし考えるように黙り、そして深々と息をつく。

「じゃあ」

 眼鏡を押し上げて、僕を見る。

「なってみますか」
「......まさか」
「恋人に」

 玲はそう言って、少しだけ笑った。

「付き合う前から上手くいかないなんて、どんなカップルも思わないしさ」

 そのときの彼女の顔を見て感じた。この人もきっと、僕と同じだ。

 『恋愛を知りたい』
 『自分の作品に足りないものを知りたい』

 だから、怖いけれど一歩踏み出してみようとしている。

「......まぁ、100万部売り上げた作品の編集者さんですしね」
「え、ってことは?」
「......はい」
「今日から?」
「そうしましょうか」
 
 記念すべき人生初の恋人は、あまりにもあっさりで。
 吹きかけられたお祝いの言葉も『一線は越えるなよ〜』で。
 当の仮彼女本人にも、僕は目を合わせられない状態で。

 こうして、僕たちの恋愛取材が始まった。
 

 ▽

 翌朝。校門の前が、やけに騒がしかった。
 
 何かと思って足を止めると、同じクラスの男子が興奮した様子で話している。

「黒波さん、今日誰か待ってるらしいぞ」
「マジで?」
「あの学校一のマドンナが?」
「誰だよ、相手」

 黒波。その名前を聞いて、僕は何となく人だかりの方を見る。
 三つ編みのおさげと長いまつ毛、スタイルも抜群。流石学校一なんて囃されるだけあるな。
 バックを前に持ちながら、前髪を気にするたびに男子たちがワーワー喚く。可愛いとは思うが、そんなことはどうでもいい。僕は早く本の続きが読みた......。

「しらいしくん!」

 少女がこちらを見つけて、駆け寄ってくる。

「どこ行くのさ!」
「......へ?」
「なに、その顔」

 彼女は不思議そうに首を傾げた。
 そして、当たり前みたいに僕の隣に並ぶ。

「私たち、昨日付き合ったでしょ?」


 ――やはり理解しがたい、恋愛アルゴリズムは。
シェア
最新話です
目次に戻る
恋愛取材はふたりきり。〜経験ゼロから恋のアルゴリズムを〜作者:仁波昼海
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›恋愛取材はふたりきり。〜経験ゼロから恋のアルゴリズムを〜›プロローグ【理解しがたい恋愛アルゴリズム】
目次

プロローグ【理解しがたい恋愛アルゴリズム】

ラブコメが大好きだ。中学生、いや下手すると小学生のときから。
 主人公がヒロインのために一生懸命になったり、はたまたヒロインが恥ずかしながらも気持ちを伝えたり。

 一瞬の感情の起伏や葛藤、情景の移り変わり。そんな多様で現実ですら表現しにくいものを文体で表すのは非常に難しい。書き始めて身に沁みてわかる。

 それでも、僕は恋愛小説を書いていた。ペンネームは「廻」。

 僕はこれまで一度も誰かと付き合ったことがない。告白されたこともなければ、したこともない。女の子と二人で出かけた経験だって、両手で数えるほどしかない。

 それでも恋愛小説を書こうと思ったのは、ラブコメが好きだったからだ。
 読んで、考えて、想像しているうちに、恋愛というものが少しずつ分かってきた気がした。人はこういうときに嬉しいんだとか、こういう言葉を言われたら傷つくんだとか。現実で経験したことはなくても、物語の中なら何度だって経験できる。

 だから僕は、自分が恋をしたことがなくても、恋を書くことはできると思っていた。

 少なくとも、あの日までは。

 ▽


「白石くん、ちょっといい?」

 出版社の会議室で、担当編集者が原稿を机に置いた。

「はい」
「今回のも読ませてもらったよ」
「どうでした?」
「ん〜まぁ悪くないね」

 いつもの言葉を聞いて、僕はまた息を吐く。
 けれど、今日の編集者の続けた言葉は、今までと違った。

「今日は君に会わせたい人がいるんだ」
「人......ですか?」
「うん。たぶん、君と話が合うと思うな」

 編集者が扉の方へ目を向ける。

「入っていいよ」
「失礼しまーす......」

 気の抜けた声と一緒に、少女が入ってきた。
 まず目についたのは、丸い眼鏡だった。それから、頭の後ろでまとめられたお団子。服装もどちらかといえば地味で、ぱっと見た印象は大人しい女の子だった。

 ただ、第一声を聞いた瞬間、その印象はスッと崩れた。

「で......なんで私まで呼ばれたんですか?」
「まあまあ」
「まあまあじゃないですよ。こないだも『次は期待してる』って言ったじゃないですか。期待してるならまず返事くださいよ。三週間ですよ、三週間」
「それは今関係ないから」
「関係ありますって〜」

 僕は思わず編集者を見る。

「えーと......彼女は?」
「玲ちゃんよ」

 少女は僕を見るなり、ぺこりと軽く頭を下げた。

「玲です。ペンネームですけど」
「あ、僕は廻です。僕もペンネームですが」
「彼は恋愛小説を書いているのよ、とりあえず座ってちょうだい」

 編集者さんが言って、彼女は僕の隣に腰を降ろす。

「そうなんですね。私も恋愛漫画描いてるんですよ」

 そう言って、彼女は鞄から原稿を取り出した。

「ただし、私のほうが絵は上手いと思いますけど」
「なんで張り合うんですか?」
「だって小説って絵がないじゃないですか」
「漫画にも文章はありますよ」
「でも絵の方が強くない?」
「それは......」

 初対面なのに妙な人だった。
 編集者が呆れたようにため息をつき、それから僕たちの前に原稿を一冊ずつ置いた。

「二人とも恋愛作品を書いている。それなら、一度お互いの作品を読んでみたらいい」

 僕は彼女改め玲の漫画を受け取る。そして、一枚目をめくった。

 ▽

 ――――感想としては、思っていたより、ずっと面白かった。

 話そのものは決して珍しいものじゃない。どこかで見たことのあるような出会いから始まって、二人は徐々に距離を縮めていく。
 
 それでも僕が引っかかったのは、ヒロインが主人公に対して妙に素直じゃないところ。
 好きなら好きと言えばいい場面でも、わざわざ遠回りをする。主人公に別の女の子が近づけば露骨に機嫌が悪くなるくせに、自分からは絶対に言わない。
 それが、妙に生々しかった。

「......これ」

 読み終えて、僕は口を開いた。

「何ですか」
「玲さん、このヒロイン好きですよね」
「......は?」
「いや、なんというか」

 僕がページを指差す。

「この子、ずっと自分のことを見てほしいって思ってるじゃないですか」
「そりゃ恋愛漫画ですから」
「でも、素直に言わないですよね」
「言えないんですよ」
「どうして?」
「......恥ずかしいから」

 彼女は下に目を逸らした。

「す、好きな人に好きって言うのって、そんな簡単じゃないでしょ」

 やはり中身は一少女、僕は笑いそうになった。

「何笑ってるんですか」
「いや、別に」
「絶対笑った」
「笑ってません」
「笑いましたよね?」
「......ちょっとだけ」
「やっぱり!」

 玲が頬を膨らませる。
 その様子を見ていた編集者が、僕の原稿を玲に渡した。

「じゃあ、次はこっち」
「えー......」
「文句言わない」
「言いますよ。私、漫画家ですよ? 漫画家に小説読ませるんですか?」
「私はあなたよりも上の編集者ですよ」
「そ、そうですけど......」

 ぶつぶつ言いながらも、玲は僕の原稿を開きはじめる。
 しばらくして、ページをめくる音が止まった。

「......廻くん」
「はい」
「この主人公、ずいぶん察しがいいんですね」
「ええまあ、主人公なので」
「ヒロインが何も言わなくても、全部分かってあげるんだ」
「......」
「困ってたら助けるし、落ち込んでたらすぐ気づく。女の子が欲しい言葉も、欲しいタイミングでちゃんと言う」
「......まあ」
「へえ」

 玲が原稿から顔を上げた。

「君、こういう男の人が好きなんだ」
「違いますよ」
「じゃあ誰が好きなの?」
「そういう話じゃなくて」
「じゃあ何なんですか?」

 答えられなかった。
 僕は確かに、こういう主人公が好きだった。

 好きな女の子のことを誰よりも理解していて、困っていることがあればすぐに気づいて、最後にはちゃんと彼女を幸せにする。
 そういう主人公を、僕はずっと書いてきた。それが恋愛だと思っていた。

「......私たち」

 玲はぽつりと言った。

「たぶん、同じなんですね」
「何が?」
「自分が好きな恋を書いてるって、ことですよ」

 その言葉を聞いて、僕はもう一度、自分の原稿を見る。
 やったことないものを書くためには、知らないものを想像するしかなかった。
 そして想像するとき、参考にしたのは自分が読んできた物語と、自分が好きだった恋愛だった。

 つまり僕の小説にある恋は、僕が見たい恋だ。彼女の漫画にある恋も、彼女が見たい恋。
 それは恋愛を描いているようで、その実、自分の願望を描いているだけなのかもしれない。

「だから、いっつも中身がないってことですか?」

 僕が聞くと、編集者は頷いた。『中身がない』はアドバイスとしていつももらう言葉だ。

「そういうことよ」
「......でも、それなら仕方ないですよね」

 隣の彼女が口を挟んだ。

「恋愛したことないんだから、恋愛知らないのは当たり前じゃないですか」
「だから経験しろって言ってるんだよヘボ漫画家さん」
「ヘボ⁉︎......」

 編集者は、僕たち二人を見た。

「一度くらい、自分の思い通りにならない相手と恋愛してみなよ」

 その言葉が落ちた途端、会議室が妙に静かになった。

 僕は編集者の顔を見た。冗談を言っているようには見えない。隣にいる玲も同じように編集者を見ていて、丸い眼鏡の奥の目が、みるみるうちに細くなっていく。

「......嫌です」

 玲が先に言った。

「私、絶対無理ですからね。そもそも、会って数時間も経っていない男の人と付き合えって、編集者としてどうなんですか? 私がこのまま寝取られて処女卒業しちゃったらどうするんですか‼︎」
「うっさいな〜、誰が一線越えろつってんだよ」
「なっても仕方ないって思ってますよね!」
「思ってないよ」
「あぁもう絶対思ってる!」

 玲はぶつぶつと文句を言いながら腕を組む。僕も同意見だった。
 恋愛を経験するために恋人になるなんて、どう考えてもおかしい。そんなの二次元フィクションだけだって......でも。

 隣の玲が、下の方を見たまま口を開く。

「でも」
「?」
「白石くん」
「はい」
「これ、やったら本当に恋愛が分かると思います?」
「......分かりません」
「ですよね」

 玲はしばし考えるように黙り、そして深々と息をつく。

「じゃあ」

 眼鏡を押し上げて、僕を見る。

「なってみますか」
「......まさか」
「恋人に」

 玲はそう言って、少しだけ笑った。

「付き合う前から上手くいかないなんて、どんなカップルも思わないしさ」

 そのときの彼女の顔を見て感じた。この人もきっと、僕と同じだ。

 『恋愛を知りたい』
 『自分の作品に足りないものを知りたい』

 だから、怖いけれど一歩踏み出してみようとしている。

「......まぁ、100万部売り上げた作品の編集者さんですしね」
「え、ってことは?」
「......はい」
「今日から?」
「そうしましょうか」
 
 記念すべき人生初の恋人は、あまりにもあっさりで。
 吹きかけられたお祝いの言葉も『一線は越えるなよ〜』で。
 当の仮彼女本人にも、僕は目を合わせられない状態で。

 こうして、僕たちの恋愛取材が始まった。
 

 ▽

 翌朝。校門の前が、やけに騒がしかった。
 
 何かと思って足を止めると、同じクラスの男子が興奮した様子で話している。

「黒波さん、今日誰か待ってるらしいぞ」
「マジで?」
「あの学校一のマドンナが?」
「誰だよ、相手」

 黒波。その名前を聞いて、僕は何となく人だかりの方を見る。
 三つ編みのおさげと長いまつ毛、スタイルも抜群。流石学校一なんて囃されるだけあるな。
 バックを前に持ちながら、前髪を気にするたびに男子たちがワーワー喚く。可愛いとは思うが、そんなことはどうでもいい。僕は早く本の続きが読みた......。

「しらいしくん!」

 少女がこちらを見つけて、駆け寄ってくる。

「どこ行くのさ!」
「......へ?」
「なに、その顔」

 彼女は不思議そうに首を傾げた。
 そして、当たり前みたいに僕の隣に並ぶ。

「私たち、昨日付き合ったでしょ?」


 ――やはり理解しがたい、恋愛アルゴリズムは。
シェア
最新話です
目次に戻る
恋愛取材はふたりきり。〜経験ゼロから恋のアルゴリズムを〜作者:仁波昼海
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません