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プロローグ 全ての始まりは鉄の味
目次
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プロローグ 全ての始まりは鉄の味
生徒会活動の終了後、俺は教室に戻ろうとした。
階段手前の角を曲がるときに、進路担当の志下崎 皐とぶつかった。
現実で食パン”少女”現象が起きるとしたら、俺はせめて女性の方が良かったと思った。
志下崎は英語科の教諭なのだが、彼自身、性格からして終わっているがゆえに教諭としての威厳は微塵もなく、生徒からは、のぼるんと呼ばれている。
「いてー。
って、お前のせいでパンフレット全部落ちちまったじゃねぇか。
全部拾え!」
見ての通り、相変わらずのゲスっぷりが早速披露された。
ここで断ったら、英語の評価を1にすると脅される。
実際、その脅しを蹴って逃げた優等生が5から1に下げられていた。
さっさと、通報して訴えたいところだが、学校側がそれを隠蔽するとなるとどうしようもない。
だから、拾ってやる以外に手立てはないのである。
「はいはい。
拾ってやるよ。」
俺は、床に落ちたパンフレットに手を伸ばした。
「ん?
って学校説明パンフレットじゃないかよ。」
「そうだが?
校長から学校説明会に行って来いと言われてな。
さもないとてめぇはクビだとよ。
まったく、あの薄毛頭には困ったもんだよ...」
いっその事、このパンフレットを燃やして、ついでにこいつも燃やそうかと思った。
「もうそんな時期なんだな。」
「いや、早めにやったほうが受験者が増えるだろうとな。
そしたら、受験考査料をがっぽりと稼げるってな。
植毛必須のじじぃが言ってたんだよ。
分かったならさっさと拾え!」
まとめて通報しようとする右手を抑えて、パンフレットをパラっとめくった。
「って、おまぇっ...、読んでないで拾えよ」
蚊の羽音がうるさい。
だが、無視して俺は読み進めた。
東京都江戸川区臨海町立蒼海啓明高等学校。
それは一見どっかの底辺公立高校のように聞こえるが、創立20年にして、難関校入りした私立高校である。
校舎は理数科と普通科、他5学科がそれぞれ塔ごと分かれていて、衛星写真で見れば、Aに見えるのが特徴的だ。
どこの誰が書いた記事なのかどうか知らないが、内容が酷すぎる。
それを証拠に、「なぜAなのコーナー」
とかいう意味のわからない質問コーナーを設けている。
「設計者の代弁人は、海のAからとったって言ってた」
題名だけだと思って読めば、さらに中身のない記事だとわかる。
そのうえ、この校舎の生みの親がこうであると、入学してくる生徒はそうであるものもそうでないものも自ずとそうなっていくのである。
とは言ったものの、この高校に入学した以上、きっと俺もそのあたおかの一員なのだろうな。
何はともあれ、続きを読むとしよう。
屋上を含めた全ての階にそれぞれの塔につながる渡り廊下がある。
それゆえに、学科関係なく仲がいい。
ちなみに、10mの完全自殺・事故防止のフェンスがあるから屋上には生徒も立ち入れる。
色々とオブラートに包めば、”ここまでは”いい感じの話だった。
そう、いい話だった。
だから、その続きは切り取って丸め、オブラートにでも包んで捨ててしまおう。
と続きの一行目を読んだ俺は、そう思ったができるはずもなく、捨てれば食品ロスだので叩かれるから、全てを飲み込むことにした。
しかし、丸呑みというのも危なっかしい。
だからその内容を噛み砕いて、要約してしまえば、フェンスがある理由について、過去に色々あったのだとそう書いてある。
ま、なんにせよだ。
ただ一つだけ言えるのはここの高校は頭がおかしいってことだけだ。
話はずれるが、定期考査では、全員が1000点満点中780点以上で、平均点943点以上を取る。
ここまでくると余計に意味が分からなくなってくる。
だが、ここで終わりかと思いきや、裏面にビッシリと部活動紹介について書かれていた。
サッカー部に、野球部、バスケ部、バレー部、バド部、将棋部、吹奏楽部、軽音部、美術部、テニス部。
ま、もちろんのことながらここで終わるはずがない。
まだ、起章といったあたりだ。
問題はここからだ。
他にも、廃墟研究部や未確認生物研究部、アニメロボ制作部、射撃部、サバ部、電波干渉観測部、etc...がある。
そんな部活ありかよって思うかもしれないが、校則は非常に緩く、現に俺の友人の一人は廃研部部長である。
全部で150種の部活が存在する。
その存在を可能にしたのが設計者である。
ここは蒼海啓明高等学校であるからAと呼ばせてもらう。
校長から聞いた、いや、話してるところを盗み聞きしたのだが、その話によれば、Aは設計に加え、建造も一人でやったというハイスペック超人なのである。
校舎の実態として、各棟地下に30階、地上に3階の計33階ある。
ちなみに、地下の方にも渡り廊下は存在し、各棟の行き来が可能である。
また、33階という長さを階段で移動しろとなると、流石にそれは鬼畜の所業すぎる。
青春の大半は部活だと思ってる奴らがほとんどの今の世の中、エレベーターがついてないとなると、受験者数は右肩下がりになる。
それで、流石に困るとなった校長が受験者と引き換えに設置してもらったというわけだ。
もちろんのことだが、それを設置したのもAただ一人である。
ただ、このAについては一切知られていないというのが現状である。
校長も代弁人を通してでしかAとは話したことがないと聞いている。
―ある人曰く、Aは天使ではないかと。
天使こと、神寧 梓希先輩は、ここの生徒会長である。
が、聞いてのとおりだ。
彼女の人気は底がしれない。
顔、スタイル、頭及び性格の良さにおいてきっと負けなしである、いわばマドンナだ。
そして、そのお嬢に仕える執事こそ俺である。
うちの高校の校則として副会長は生徒会長選挙での当選者が選ぶこととなっている。
なお、1年生から3年生の誰を選んでもいいのである。
選びようによっては、学校が崩壊する組み合わせができてしまうが、それほど会長の権力というのは強いのである。
言ってしまえば、校長よりも権力が高い。
もちろんのこと、その会長の座というのは、敷かれるに相応しい尻の持ち主を探しているのである。
もし、仮に梓希先輩以外の誰かがその座を奪ったということなら、今頃、ブーイング殺到案件だっただろう。
とかなんとか考えていたら、副会長総選挙日のことが頭の中に映し出された。
――「気になる副会長は...、トゥルトゥルトゥルトゥルトゥル...」
周りからは「絶対俺だよ」
とか「お前がとかありえんって」
とかそんな感じの声が相次いでいてうるさい。
「はぁ...。」
その記憶を吐き捨てるかのように、俺はため息をついた。
が、しかし、一度思い出された記憶というのは、剥がれた火傷の跡のように残るものだ。
「トゥルトゥルトゥル、ドゥン...。
――一年、夜霞くん!」
発表されると同時に向けられる冷たい目線。
それに関しては、造作もないのだが、選ばれてしまったことに絶望感を感じでいた。
生徒会活動というのはただただ時間を削るだけで無駄である。
それもあって、俺は中学の頃、そういったことは全面的に逃げてきた。
そういってしまえば、敵前逃亡っぽく、かっこよさに欠ける。
だから、俺の場合は、戦略的閑却と言っていいだろう。
それに俺は、昼休みの長い時間をソシャゲに有効活用したいのである。
がしかし、会長に選ばれてしまった以上、俺という駒は会長の手の上である。
王将であるとは言えど、クイーンではない。
クイーンは絶対王者であり、実質的支配者である。
つまりは、不本意ながら副生徒会長はこの俺、夜霞 零である。
「読み終えたかー...」
蚊から蠅に昇格したのか、その声が俺を過去から現在へと呼び戻した。
よく、過去に戻りたいとかそういうことを聞くが、俺としては、過去も現在もクソである以上、未来にすら期待できない。
要約すれば、文字通り、現実逃避したいということだ。
「ぐずぐずしてねぇーで、さっさと拾え!」
蠅に昇格したどころか、これでは蝉である。
かっこいいと言う奴もいると思うが、そういう奴らは大抵趣味が悪く、センスがない。
蝉を捕まえる人がいるとは正直思えない。
このままだと鼓膜がいかれるからさっさと拾ってその場を去ることにした。
「ほらよ。
これで全部だ。」
「ったく、やればできるじゃないか、なめくじ君」
俺がなめくじだとしたら、志下崎の奴は塩である。
教室に着けば、安定として俺の席には誰かが座って喋ってる。
だが、ここで気まずさが勝ってしまえば負けである。
目で退けと伝えてやる。
そうすれば、自ずと席は空く。
そういえば5限目は世界史だったな。
つまりは、睡眠時間である。
この高校における評価基準に授業態度は一切含まれていない。
全てをテストの結果で示せと、そういう方針なのである。
こういった方針には批判の声もあるが、そもそもの話、この高校は、勉強のできる奴らが大半を占めているからその点に関して、俺は一切文句を言わない。
「始まるぞー!
全員席つけー...」
学級長である綴帋 蔦鵺が言うが、聞く耳を持ちやしない。
何も聞こえないかのように平然と他人の席を奪って長話を続ける。
そんな様子を見るのは日常茶飯事である。
そこに教科担当がカツカツと文明開化の音でも鳴らしながら入って来れば、一斉に散り、各自の配置へと戻る。
そして教室は旧石器時代を終える。
ここまでがテンプレートである。
いつものように教科書等を枕にして寝るとしよう。
俺にとっての睡眠は現実逃避であるからこのつまらん授業も有意義な時間になることだろう。
俺は、チャイムの音を置き去りにし、一人でダイブした。
――あたり一面銀景色とはこのことか。
何もない真っ白な空間にいた。
起きれば全てを忘れる。
それなのに、どこか懐かしいような感じがする。
近いもので言えば、再起動させたRPGの主人公のような気分だ。
それほど、鮮明に覚えているのである。
俺の脳内メモリーのアーカイブによれば、前に来た時に創造が可能なことと、空間に落書きできることを認識したようだ。
それを証拠に、すぐ横をみれば、空間には手書きであろう線が青のインクで引かれている。
見ての通り、四方八方見渡しても何もない。
だから、俺は果てを探すのをやめた。
どうでもいいが、きっと誰もが一度は思うだろう。
夢の中で寝たらどうなるのか。
夢のまた夢という言葉があるくらいだ。
一度でもそういうような疑問を抱いて仕舞えば、検証したくて仕方ないのが俺という生き物である。
とか思いつつ寝ることを試みたが、寝落ちる前に外部の強烈な刺激により俺の桃源郷は崩れ去った。
「起きて...」
そう言って俺の背中をぶっ叩いた後に体を揺さぶってくるのは、俺の隣の席にいる風折 せんである。
彼女とは家が近く、ガキの頃からよく遊んでたものだ。
世間一般ではそういう関係を幼馴染というらしい。
可愛いとは思うが、少々力が強く困ったものだ。
「いいじゃねぇーかよ...。
どうせ俺は次の定期考査も満点取れるんだから。」
「それ、私へのあてつけ?」
「ちげーよ。
...ってか、お前こそいいのかちゃんとノート取らないで。」
「全然大丈夫じゃないよ。
でもその時になれば、零が教えてくれるじゃん」
そう言って、ニカッと笑うところもまた可愛いである。
「そんなこと言ってるとおしえねーよ。」
「ひどい...」
「真面目に引くなよ。
冗談だから」
「知ってる」
笑う彼女をみて、俺は可愛いなと思う感情を屈辱だと思う感情で蓋した。
これで表情にまでは出ない。
正直に全てをもろけだすのなら、俺は彼女のことが好きであると言える。
がしかし、恋愛というのはやはり女に分ある。
彼女らの口車に乗せられたら終わりである。
乗れば、未練がましく終点につくだろう。
その点、女という生き物は捨てたゴミを振り返らない。
すぐに他の鴨を捕まえられる。
全く、くちばしの先だけで生きている生物に俺も生まれ変われたらどんなにいいことか...。
「おっ!
珍しくおきてるじゃないか、君。
えっと、名前何だけ...」
岩崎啓介が老眼鏡を上げて出席簿を見る。
名前くらい覚えてろって思うが、家に帰るにあたって、色々な新しい発見をするような年頃だから仕方がない。
「えー..。
夜霞くん。
フランス革命が起こらなかったらどうなっていたと思いますか?」
「知らないです。
ただ、言えるのは、別に革命が起ころうが起こらなこうが英雄は生まれます。
それが英雄としてか、ただの人間として生きたのかの違いで、歯車はどこかで噛み合い、現代につながると思います。」
鳴り響く拍手の音...、なもんはどこにもない。
当たり前って言えば当たり前だ。
俺を含め、ほとんどのやつらが眠り姫だ。
王子なんてどこにもいやしない。
いるとすれば、老いたじいさんぐらいだ。
「はい。
ありがとね。
夜霞くんの言う通り、そんなことなんて分かるわけないのです。
しかし、..」
..............................................................................................................................................................................................
「..ん?」
――如何やら、答えた後にすぐに寝てしまったらしい。
もう一遍寝るにしろ、20秒後には開放宣言が出る。
起きて待つほうが何となく良い気がする。
「..えー、少しでも違えば私たちの生活はどうなっていたでしょうか。
えー...」
キーンコーンカーンコーン...
やれやれ、ついに出たか。
眠り姫たちはこれを聞き逃しやしない。
王子がいなくともこれさえ聞けばパッと目をさます。
「えー..。
もう終わりですか。
はい、では復習をしっかりしてきてくださいね」
ホームルームまでには時間がある。
復習などはしない。
さっさと帰る準備をしてソシャゲをするまでである。
隣を見ればせんが頭から煙を出している。
いつものことだ。
甘いもんでも渡せばケロッと治る。
俺は自分のカバンの中を漁った。
今朝、コーヒー飴を入れた気がする。
なければ、文字通り井の中の蛙になるだけである。
がしかし、あったから胃の中の飴である。
「ほらよ、これでも舐めてろ。」
俺は飴をせんの目の前に投げた。
飴を見るなり、目に徐々に光が宿っていった。
宿りすぎて、校長の頭ほどである。
「あ゛り゛がとー..」
飴を口に入れたときの表情がとても可愛く、破壊力が高すぎる。
タンクが幾らいても足りないレベルである。
たとえヘパイストスでさえも勝てないだろう。
この攻撃に適応するべく、俺は明日から飴を常備することを決意した。
5秒程見つめたが、流石にこれ以上はまずいと悟った俺は、片手にスマホを取り出して新たなる敵との戦いを始めた。
何事も無ければ始めてたことだが、メンテナンス中とのことだ。
まったく、メンテナンスは多い割に、コラボとかいうのは一度も来た試しがない。
普通にプレイする分には神ゲーなのだが、これではゲームですらない。
アンインストールしようと思ったが、その気持ち自体をアンインストールして、せんの方向を向いて更新した。
やはり、人間の適応能力というのは素晴らしいものだ。
どこぞの保守主義物とは全く格が違う。
これなら直視しても平気だと思ったが、その笑顔には勝てず、サングラスを取り出す他ならない。
しかし、俺はサングラスを持ってるわけもないため、目を逸らした。
生き物である以上すぐに適応するのは無理である。
しかし、失敗をもわずかながら経験値としてレベル上げに使えるのは保守主義物との大きな違いである。
その上、俺は爪を隠している。
生き物というものは皆爪を隠すものだ。
俺はそのゲームを殺して、別のゲームを開いた。
これもこれで保守主義物ではあるが、自身の立場というものを認識している。
だから、”あれよりは”優れている。
しかしながら、保守主義物は保守主義物である。
このステージだけでも早2ヶ月。
尽くすだけの手は尽くし尽くしたのだが未だに勝率0パーセントであるのだ。
「この!
クソッ...!」
「全く...。
なってないじゃない。
ここはこうして、そしてここをこう!
ヒロイックテールのステージ88ぐらい簡単にクリアできないと」
ゲーム画面に釘付けで、気にもしなかったがクリア直後に我に返って上をのぞかせた。
「やっぱりお前か..幽樂。」
彼女は床澤 幽樂。
俺が小4の時からのゲーム友達である。
前髪で目が丁度隠れるのが特徴だ。
ちなみに廃墟研究部部長である。
「ってか、お前ホームルームはどうしたんだよ。」
「今日はホームルームキャンセルデーだからないでしょ?」
そういえばそうであった。
教員の労働時間を減らし、月給をできるだけ最小にするべく校長が定めたホームルームに関する校則の存在を今思い出した。
確か、週5でそれをするとまずいらしく、それで水曜と金曜だけをキャンセルデーにしたとかないとか。
もしそうであるならば、しかるべく、会長に頼み込んで週5にしてもらおうと俺は思った。
「それよりさ、今日ボーリング行こうよ」
「あー、そうだな...。
行けたら行くとでも言っておこう。」
「それ言われて、誰か来てくれた試しが一度もないんですが...?」
「行けたら本当に行くって。」
ったく...、真面目な顔で悲しい現実を押し付けてこられても、俺ができるのは言い訳探しだけだ。
言い訳とは良い訳であるのだから、これといった意味のないものでさえ良い感じに聞こえるはずだ。
しかし、問題なのは肝心の言い訳探しである。
「おーい、キャラメル頭いるか?」
志下崎の奴が教室をのぞかせて俺を呼んだ。
俺は茶髪である上、似たような言葉を今まで散々と聞いてきたが、志下崎に言われるのは心外であることこの上ない。
俺はなんだとでも言うように出向いてやった。
「修学旅行行きたきゃ、さっさと同意書もってこい!」
「なんであんたなんかに言われないといけないんだよ。」
「てめぇのところの担任が出張でいねんだよ。
こちとらわざわざてめぇ一人のために出向いてやってるんだ感謝しやがれ..」
志下崎の死が確定した時に望み通り感謝してやろうと俺は思った。
「いつまでだ?」
「今日の20時までだ」
しかし、打てば響くとはまさにこのことだ。
俺は担任の墨ヶ谷識に感謝の言葉をついでに添えようと思った。
「だからちゃんと来いよ」
その言葉を聞く前に俺は、リュウキュウアブラゼミを教室の外に閉め出した。
「ってな感じで今日は予定あるから無理。
今度な。」
その言葉を聞くや否や、幽樂は少々残念がっているのが口元の表情でわかった。
がしかし、それを気にしたら負けだと思っている俺は、それだけ伝えて、すぐさま教室を抜けた。
決して逃げた訳ではない。
忙しいから急いでるだけである。
その上、逃げとは負けたものがすることだ。
俺は勝者であるからこれは逃げではないと言える。
教室から校門まで走ったが、そこにはさっきまで俺と教室にいたせんが立っていた。
俺は体内時間10秒程でついたはずだったのだが、教室にいたのが残像だったのか否か。
どっちにしろやはり差がありすぎる。
「いやー、にしてもやっぱ速いな、お前。」
「そう?
そんなことより帰ろ」
「う、うん。」
いつものことながらやばい状況である。
隣を見るたびにかわいいコールと胸の高鳴りを感じる。
しかし、日々修行している俺となれば、取り乱したりなんか...する。
恋という概念において対象物を意識しないようにするのはほぼ不可能である。
意識しないようにすればするほど、抜け穴が見えてくる。
その抜け穴は常に空洞でない。
常に抜け穴の中には無意識な時間が流れてる。
その上、抜け穴を総合した体積というのは意識する分の体積より大きい。
簡単に言えば、意識しないうちに意識しているというのが恋であると言えるということだ。
加えて、無意識な時間というのは、すぐに流れ去るものである。
――そして、気づいた時には、家の玄関のドアに鍵を差し込んでいることだろう。
「ただいま。」
帰れば母さんがキッチンで晩飯の支度をしながら返事をする。
「おかえり」
これが日課のようなものである。
俺には父さんはいない。
俺の生後1か月程で亡くなった。
事故死らしいが母さんは詳しいことを全く教えてくれなかった。
分かるのは名前が夜霞蕾夏であること、そして顔のみである。
狂った母と小さい頃から仏壇の前に座って父さんに語り掛けているから顔ぐらいは知っている。
しかし、母さんの狂気はある日を境になくなっていた。
それがいつだったのか、なにがあったのかは忘れた。
数年も前の話であるのだから無理もないのである。
「それより、母さん。
俺、今日晩御飯いいや。」
学校へ届けに出向いてやるだけのことだが、檻を出たのが16時であることと、電車等を含め家まで2時間かかることを踏まえれば当然のことである。
「あら、どこか出かけるの?
もしかして彼女?
れいちゃんもそういう歳だものね」
いちいち説明するのも面倒臭い。
なんで早く出さなかったのかと言われるだけで何も成しやしない。
その上、同意書に印鑑は押してもらっている。
ここまで来れば、説明は負け道である。
見えきった敗北路を俺は歩かない。
「そんなんじゃないよ...。」
その上、今は観察の方が楽しい。
人というのはその生態を外面的に知ると、本性を知りたくなる生き物だ。
それにあたって、有効的なのは観察であると言える。
「いってらっしゃい」
俺がドアノブに手を差しかけたら母さんはそう言った。
少々苦笑混じりで鼻で笑った。
「いってきます...。」
外に出て夜風に当たりながら、改めて家を見た。
「やっぱりでかいな...。」
元四人暮らしには勿体ないぐらいだ。
やはり夜風は寒い。
この風が昼間ものならば、少々期待を寄せても良いと言えるのだが。
暗い夜道、街灯の下で一人白い溜息が上がった。
まだ夏なのだがしかし、去年に比べ十度程下がったことを見越せば寒いのも何も当然のことである。
だからプラットホームで電車を待つのが一番辛いのも当然のことである。
夜道は動いている分、寒さも緩和されるのだが、プラットホームにまで着いて彷徨く人間はいないと思っているから寒和されてしかたない。
アンケートボックスを設けているようだが、意見を読む者がニワトリである以上手の施しようがないため、諦めて死ねとでも自分に言い聞かす他に手立てはない。
――俺は酒臭いおっさん達を避けてプラットホームに降りた。
ここから学校まで約一キロ程ある。
ポケットからスマホを取り出した。
時刻は七時四五分に差し掛かっていた。
一キロを十五分以内となると、コンビニで買い物できるほど余裕である。
しかし、俺が通る道にコンビニなどはないため、檻へ直行する他ない。
家と家で挟まれた十字路というのは死角が多すぎる...。
しかしながら、学校に最短で向かうにあたって他に道などない。
死を直前にするとつくづく感じる。
直感というのは良く当たるものだと。
俺がその道に差し掛かった瞬間、車のヘッドライトが光り物凄い速さでこちらへと向かってきた。
「ッ..避けきれねぇ...!」
フロントグリルに真正面から衝突して俺の身体は宙へ舞った。
全くを持って心地の良いものではない。
景色を楽しむ暇もなく急降下した。
どうやら俺の人生最後の景色は自身の後頭部から流れた水たまりのようだ。
そのせいで、同意書も染まって印が押されているか否かの判別も出来ず、使い物にならなくなったことだろう。
その解を死人の俺が知るも否も答えることはできない。
ただ、分かるとすれば、死ぬ間際に感じた鉄の味だけだろうか...。
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一次元に恋をした
作者:小月
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生徒会活動の終了後、俺は教室に戻ろうとした。
階段手前の角を曲がるときに、進路担当の志下崎 皐とぶつかった。
現実で食パン”少女”現象が起きるとしたら、俺はせめて女性の方が良かったと思った。
志下崎は英語科の教諭なのだが、彼自身、性格からして終わっているがゆえに教諭としての威厳は微塵もなく、生徒からは、のぼるんと呼ばれている。
「いてー。
って、お前のせいでパンフレット全部落ちちまったじゃねぇか。
全部拾え!」
見ての通り、相変わらずのゲスっぷりが早速披露された。
ここで断ったら、英語の評価を1にすると脅される。
実際、その脅しを蹴って逃げた優等生が5から1に下げられていた。
さっさと、通報して訴えたいところだが、学校側がそれを隠蔽するとなるとどうしようもない。
だから、拾ってやる以外に手立てはないのである。
「はいはい。
拾ってやるよ。」
俺は、床に落ちたパンフレットに手を伸ばした。
「ん?
って学校説明パンフレットじゃないかよ。」
「そうだが?
校長から学校説明会に行って来いと言われてな。
さもないとてめぇはクビだとよ。
まったく、あの薄毛頭には困ったもんだよ...」
いっその事、このパンフレットを燃やして、ついでにこいつも燃やそうかと思った。
「もうそんな時期なんだな。」
「いや、早めにやったほうが受験者が増えるだろうとな。
そしたら、受験考査料をがっぽりと稼げるってな。
植毛必須のじじぃが言ってたんだよ。
分かったならさっさと拾え!」
まとめて通報しようとする右手を抑えて、パンフレットをパラっとめくった。
「って、おまぇっ...、読んでないで拾えよ」
蚊の羽音がうるさい。
だが、無視して俺は読み進めた。
東京都江戸川区臨海町立蒼海啓明高等学校。
それは一見どっかの底辺公立高校のように聞こえるが、創立20年にして、難関校入りした私立高校である。
校舎は理数科と普通科、他5学科がそれぞれ塔ごと分かれていて、衛星写真で見れば、Aに見えるのが特徴的だ。
どこの誰が書いた記事なのかどうか知らないが、内容が酷すぎる。
それを証拠に、「なぜAなのコーナー」
とかいう意味のわからない質問コーナーを設けている。
「設計者の代弁人は、海のAからとったって言ってた」
題名だけだと思って読めば、さらに中身のない記事だとわかる。
そのうえ、この校舎の生みの親がこうであると、入学してくる生徒はそうであるものもそうでないものも自ずとそうなっていくのである。
とは言ったものの、この高校に入学した以上、きっと俺もそのあたおかの一員なのだろうな。
何はともあれ、続きを読むとしよう。
屋上を含めた全ての階にそれぞれの塔につながる渡り廊下がある。
それゆえに、学科関係なく仲がいい。
ちなみに、10mの完全自殺・事故防止のフェンスがあるから屋上には生徒も立ち入れる。
色々とオブラートに包めば、”ここまでは”いい感じの話だった。
そう、いい話だった。
だから、その続きは切り取って丸め、オブラートにでも包んで捨ててしまおう。
と続きの一行目を読んだ俺は、そう思ったができるはずもなく、捨てれば食品ロスだので叩かれるから、全てを飲み込むことにした。
しかし、丸呑みというのも危なっかしい。
だからその内容を噛み砕いて、要約してしまえば、フェンスがある理由について、過去に色々あったのだとそう書いてある。
ま、なんにせよだ。
ただ一つだけ言えるのはここの高校は頭がおかしいってことだけだ。
話はずれるが、定期考査では、全員が1000点満点中780点以上で、平均点943点以上を取る。
ここまでくると余計に意味が分からなくなってくる。
だが、ここで終わりかと思いきや、裏面にビッシリと部活動紹介について書かれていた。
サッカー部に、野球部、バスケ部、バレー部、バド部、将棋部、吹奏楽部、軽音部、美術部、テニス部。
ま、もちろんのことながらここで終わるはずがない。
まだ、起章といったあたりだ。
問題はここからだ。
他にも、廃墟研究部や未確認生物研究部、アニメロボ制作部、射撃部、サバ部、電波干渉観測部、etc...がある。
そんな部活ありかよって思うかもしれないが、校則は非常に緩く、現に俺の友人の一人は廃研部部長である。
全部で150種の部活が存在する。
その存在を可能にしたのが設計者である。
ここは蒼海啓明高等学校であるからAと呼ばせてもらう。
校長から聞いた、いや、話してるところを盗み聞きしたのだが、その話によれば、Aは設計に加え、建造も一人でやったというハイスペック超人なのである。
校舎の実態として、各棟地下に30階、地上に3階の計33階ある。
ちなみに、地下の方にも渡り廊下は存在し、各棟の行き来が可能である。
また、33階という長さを階段で移動しろとなると、流石にそれは鬼畜の所業すぎる。
青春の大半は部活だと思ってる奴らがほとんどの今の世の中、エレベーターがついてないとなると、受験者数は右肩下がりになる。
それで、流石に困るとなった校長が受験者と引き換えに設置してもらったというわけだ。
もちろんのことだが、それを設置したのもAただ一人である。
ただ、このAについては一切知られていないというのが現状である。
校長も代弁人を通してでしかAとは話したことがないと聞いている。
―ある人曰く、Aは天使ではないかと。
天使こと、神寧 梓希先輩は、ここの生徒会長である。
が、聞いてのとおりだ。
彼女の人気は底がしれない。
顔、スタイル、頭及び性格の良さにおいてきっと負けなしである、いわばマドンナだ。
そして、そのお嬢に仕える執事こそ俺である。
うちの高校の校則として副会長は生徒会長選挙での当選者が選ぶこととなっている。
なお、1年生から3年生の誰を選んでもいいのである。
選びようによっては、学校が崩壊する組み合わせができてしまうが、それほど会長の権力というのは強いのである。
言ってしまえば、校長よりも権力が高い。
もちろんのこと、その会長の座というのは、敷かれるに相応しい尻の持ち主を探しているのである。
もし、仮に梓希先輩以外の誰かがその座を奪ったということなら、今頃、ブーイング殺到案件だっただろう。
とかなんとか考えていたら、副会長総選挙日のことが頭の中に映し出された。
――「気になる副会長は...、トゥルトゥルトゥルトゥルトゥル...」
周りからは「絶対俺だよ」
とか「お前がとかありえんって」
とかそんな感じの声が相次いでいてうるさい。
「はぁ...。」
その記憶を吐き捨てるかのように、俺はため息をついた。
が、しかし、一度思い出された記憶というのは、剥がれた火傷の跡のように残るものだ。
「トゥルトゥルトゥル、ドゥン...。
――一年、夜霞くん!」
発表されると同時に向けられる冷たい目線。
それに関しては、造作もないのだが、選ばれてしまったことに絶望感を感じでいた。
生徒会活動というのはただただ時間を削るだけで無駄である。
それもあって、俺は中学の頃、そういったことは全面的に逃げてきた。
そういってしまえば、敵前逃亡っぽく、かっこよさに欠ける。
だから、俺の場合は、戦略的閑却と言っていいだろう。
それに俺は、昼休みの長い時間をソシャゲに有効活用したいのである。
がしかし、会長に選ばれてしまった以上、俺という駒は会長の手の上である。
王将であるとは言えど、クイーンではない。
クイーンは絶対王者であり、実質的支配者である。
つまりは、不本意ながら副生徒会長はこの俺、夜霞 零である。
「読み終えたかー...」
蚊から蠅に昇格したのか、その声が俺を過去から現在へと呼び戻した。
よく、過去に戻りたいとかそういうことを聞くが、俺としては、過去も現在もクソである以上、未来にすら期待できない。
要約すれば、文字通り、現実逃避したいということだ。
「ぐずぐずしてねぇーで、さっさと拾え!」
蠅に昇格したどころか、これでは蝉である。
かっこいいと言う奴もいると思うが、そういう奴らは大抵趣味が悪く、センスがない。
蝉を捕まえる人がいるとは正直思えない。
このままだと鼓膜がいかれるからさっさと拾ってその場を去ることにした。
「ほらよ。
これで全部だ。」
「ったく、やればできるじゃないか、なめくじ君」
俺がなめくじだとしたら、志下崎の奴は塩である。
教室に着けば、安定として俺の席には誰かが座って喋ってる。
だが、ここで気まずさが勝ってしまえば負けである。
目で退けと伝えてやる。
そうすれば、自ずと席は空く。
そういえば5限目は世界史だったな。
つまりは、睡眠時間である。
この高校における評価基準に授業態度は一切含まれていない。
全てをテストの結果で示せと、そういう方針なのである。
こういった方針には批判の声もあるが、そもそもの話、この高校は、勉強のできる奴らが大半を占めているからその点に関して、俺は一切文句を言わない。
「始まるぞー!
全員席つけー...」
学級長である綴帋 蔦鵺が言うが、聞く耳を持ちやしない。
何も聞こえないかのように平然と他人の席を奪って長話を続ける。
そんな様子を見るのは日常茶飯事である。
そこに教科担当がカツカツと文明開化の音でも鳴らしながら入って来れば、一斉に散り、各自の配置へと戻る。
そして教室は旧石器時代を終える。
ここまでがテンプレートである。
いつものように教科書等を枕にして寝るとしよう。
俺にとっての睡眠は現実逃避であるからこのつまらん授業も有意義な時間になることだろう。
俺は、チャイムの音を置き去りにし、一人でダイブした。
――あたり一面銀景色とはこのことか。
何もない真っ白な空間にいた。
起きれば全てを忘れる。
それなのに、どこか懐かしいような感じがする。
近いもので言えば、再起動させたRPGの主人公のような気分だ。
それほど、鮮明に覚えているのである。
俺の脳内メモリーのアーカイブによれば、前に来た時に創造が可能なことと、空間に落書きできることを認識したようだ。
それを証拠に、すぐ横をみれば、空間には手書きであろう線が青のインクで引かれている。
見ての通り、四方八方見渡しても何もない。
だから、俺は果てを探すのをやめた。
どうでもいいが、きっと誰もが一度は思うだろう。
夢の中で寝たらどうなるのか。
夢のまた夢という言葉があるくらいだ。
一度でもそういうような疑問を抱いて仕舞えば、検証したくて仕方ないのが俺という生き物である。
とか思いつつ寝ることを試みたが、寝落ちる前に外部の強烈な刺激により俺の桃源郷は崩れ去った。
「起きて...」
そう言って俺の背中をぶっ叩いた後に体を揺さぶってくるのは、俺の隣の席にいる風折 せんである。
彼女とは家が近く、ガキの頃からよく遊んでたものだ。
世間一般ではそういう関係を幼馴染というらしい。
可愛いとは思うが、少々力が強く困ったものだ。
「いいじゃねぇーかよ...。
どうせ俺は次の定期考査も満点取れるんだから。」
「それ、私へのあてつけ?」
「ちげーよ。
...ってか、お前こそいいのかちゃんとノート取らないで。」
「全然大丈夫じゃないよ。
でもその時になれば、零が教えてくれるじゃん」
そう言って、ニカッと笑うところもまた可愛いである。
「そんなこと言ってるとおしえねーよ。」
「ひどい...」
「真面目に引くなよ。
冗談だから」
「知ってる」
笑う彼女をみて、俺は可愛いなと思う感情を屈辱だと思う感情で蓋した。
これで表情にまでは出ない。
正直に全てをもろけだすのなら、俺は彼女のことが好きであると言える。
がしかし、恋愛というのはやはり女に分ある。
彼女らの口車に乗せられたら終わりである。
乗れば、未練がましく終点につくだろう。
その点、女という生き物は捨てたゴミを振り返らない。
すぐに他の鴨を捕まえられる。
全く、くちばしの先だけで生きている生物に俺も生まれ変われたらどんなにいいことか...。
「おっ!
珍しくおきてるじゃないか、君。
えっと、名前何だけ...」
岩崎啓介が老眼鏡を上げて出席簿を見る。
名前くらい覚えてろって思うが、家に帰るにあたって、色々な新しい発見をするような年頃だから仕方がない。
「えー..。
夜霞くん。
フランス革命が起こらなかったらどうなっていたと思いますか?」
「知らないです。
ただ、言えるのは、別に革命が起ころうが起こらなこうが英雄は生まれます。
それが英雄としてか、ただの人間として生きたのかの違いで、歯車はどこかで噛み合い、現代につながると思います。」
鳴り響く拍手の音...、なもんはどこにもない。
当たり前って言えば当たり前だ。
俺を含め、ほとんどのやつらが眠り姫だ。
王子なんてどこにもいやしない。
いるとすれば、老いたじいさんぐらいだ。
「はい。
ありがとね。
夜霞くんの言う通り、そんなことなんて分かるわけないのです。
しかし、..」
..............................................................................................................................................................................................
「..ん?」
――如何やら、答えた後にすぐに寝てしまったらしい。
もう一遍寝るにしろ、20秒後には開放宣言が出る。
起きて待つほうが何となく良い気がする。
「..えー、少しでも違えば私たちの生活はどうなっていたでしょうか。
えー...」
キーンコーンカーンコーン...
やれやれ、ついに出たか。
眠り姫たちはこれを聞き逃しやしない。
王子がいなくともこれさえ聞けばパッと目をさます。
「えー..。
もう終わりですか。
はい、では復習をしっかりしてきてくださいね」
ホームルームまでには時間がある。
復習などはしない。
さっさと帰る準備をしてソシャゲをするまでである。
隣を見ればせんが頭から煙を出している。
いつものことだ。
甘いもんでも渡せばケロッと治る。
俺は自分のカバンの中を漁った。
今朝、コーヒー飴を入れた気がする。
なければ、文字通り井の中の蛙になるだけである。
がしかし、あったから胃の中の飴である。
「ほらよ、これでも舐めてろ。」
俺は飴をせんの目の前に投げた。
飴を見るなり、目に徐々に光が宿っていった。
宿りすぎて、校長の頭ほどである。
「あ゛り゛がとー..」
飴を口に入れたときの表情がとても可愛く、破壊力が高すぎる。
タンクが幾らいても足りないレベルである。
たとえヘパイストスでさえも勝てないだろう。
この攻撃に適応するべく、俺は明日から飴を常備することを決意した。
5秒程見つめたが、流石にこれ以上はまずいと悟った俺は、片手にスマホを取り出して新たなる敵との戦いを始めた。
何事も無ければ始めてたことだが、メンテナンス中とのことだ。
まったく、メンテナンスは多い割に、コラボとかいうのは一度も来た試しがない。
普通にプレイする分には神ゲーなのだが、これではゲームですらない。
アンインストールしようと思ったが、その気持ち自体をアンインストールして、せんの方向を向いて更新した。
やはり、人間の適応能力というのは素晴らしいものだ。
どこぞの保守主義物とは全く格が違う。
これなら直視しても平気だと思ったが、その笑顔には勝てず、サングラスを取り出す他ならない。
しかし、俺はサングラスを持ってるわけもないため、目を逸らした。
生き物である以上すぐに適応するのは無理である。
しかし、失敗をもわずかながら経験値としてレベル上げに使えるのは保守主義物との大きな違いである。
その上、俺は爪を隠している。
生き物というものは皆爪を隠すものだ。
俺はそのゲームを殺して、別のゲームを開いた。
これもこれで保守主義物ではあるが、自身の立場というものを認識している。
だから、”あれよりは”優れている。
しかしながら、保守主義物は保守主義物である。
このステージだけでも早2ヶ月。
尽くすだけの手は尽くし尽くしたのだが未だに勝率0パーセントであるのだ。
「この!
クソッ...!」
「全く...。
なってないじゃない。
ここはこうして、そしてここをこう!
ヒロイックテールのステージ88ぐらい簡単にクリアできないと」
ゲーム画面に釘付けで、気にもしなかったがクリア直後に我に返って上をのぞかせた。
「やっぱりお前か..幽樂。」
彼女は床澤 幽樂。
俺が小4の時からのゲーム友達である。
前髪で目が丁度隠れるのが特徴だ。
ちなみに廃墟研究部部長である。
「ってか、お前ホームルームはどうしたんだよ。」
「今日はホームルームキャンセルデーだからないでしょ?」
そういえばそうであった。
教員の労働時間を減らし、月給をできるだけ最小にするべく校長が定めたホームルームに関する校則の存在を今思い出した。
確か、週5でそれをするとまずいらしく、それで水曜と金曜だけをキャンセルデーにしたとかないとか。
もしそうであるならば、しかるべく、会長に頼み込んで週5にしてもらおうと俺は思った。
「それよりさ、今日ボーリング行こうよ」
「あー、そうだな...。
行けたら行くとでも言っておこう。」
「それ言われて、誰か来てくれた試しが一度もないんですが...?」
「行けたら本当に行くって。」
ったく...、真面目な顔で悲しい現実を押し付けてこられても、俺ができるのは言い訳探しだけだ。
言い訳とは良い訳であるのだから、これといった意味のないものでさえ良い感じに聞こえるはずだ。
しかし、問題なのは肝心の言い訳探しである。
「おーい、キャラメル頭いるか?」
志下崎の奴が教室をのぞかせて俺を呼んだ。
俺は茶髪である上、似たような言葉を今まで散々と聞いてきたが、志下崎に言われるのは心外であることこの上ない。
俺はなんだとでも言うように出向いてやった。
「修学旅行行きたきゃ、さっさと同意書もってこい!」
「なんであんたなんかに言われないといけないんだよ。」
「てめぇのところの担任が出張でいねんだよ。
こちとらわざわざてめぇ一人のために出向いてやってるんだ感謝しやがれ..」
志下崎の死が確定した時に望み通り感謝してやろうと俺は思った。
「いつまでだ?」
「今日の20時までだ」
しかし、打てば響くとはまさにこのことだ。
俺は担任の墨ヶ谷識に感謝の言葉をついでに添えようと思った。
「だからちゃんと来いよ」
その言葉を聞く前に俺は、リュウキュウアブラゼミを教室の外に閉め出した。
「ってな感じで今日は予定あるから無理。
今度な。」
その言葉を聞くや否や、幽樂は少々残念がっているのが口元の表情でわかった。
がしかし、それを気にしたら負けだと思っている俺は、それだけ伝えて、すぐさま教室を抜けた。
決して逃げた訳ではない。
忙しいから急いでるだけである。
その上、逃げとは負けたものがすることだ。
俺は勝者であるからこれは逃げではないと言える。
教室から校門まで走ったが、そこにはさっきまで俺と教室にいたせんが立っていた。
俺は体内時間10秒程でついたはずだったのだが、教室にいたのが残像だったのか否か。
どっちにしろやはり差がありすぎる。
「いやー、にしてもやっぱ速いな、お前。」
「そう?
そんなことより帰ろ」
「う、うん。」
いつものことながらやばい状況である。
隣を見るたびにかわいいコールと胸の高鳴りを感じる。
しかし、日々修行している俺となれば、取り乱したりなんか...する。
恋という概念において対象物を意識しないようにするのはほぼ不可能である。
意識しないようにすればするほど、抜け穴が見えてくる。
その抜け穴は常に空洞でない。
常に抜け穴の中には無意識な時間が流れてる。
その上、抜け穴を総合した体積というのは意識する分の体積より大きい。
簡単に言えば、意識しないうちに意識しているというのが恋であると言えるということだ。
加えて、無意識な時間というのは、すぐに流れ去るものである。
――そして、気づいた時には、家の玄関のドアに鍵を差し込んでいることだろう。
「ただいま。」
帰れば母さんがキッチンで晩飯の支度をしながら返事をする。
「おかえり」
これが日課のようなものである。
俺には父さんはいない。
俺の生後1か月程で亡くなった。
事故死らしいが母さんは詳しいことを全く教えてくれなかった。
分かるのは名前が夜霞蕾夏であること、そして顔のみである。
狂った母と小さい頃から仏壇の前に座って父さんに語り掛けているから顔ぐらいは知っている。
しかし、母さんの狂気はある日を境になくなっていた。
それがいつだったのか、なにがあったのかは忘れた。
数年も前の話であるのだから無理もないのである。
「それより、母さん。
俺、今日晩御飯いいや。」
学校へ届けに出向いてやるだけのことだが、檻を出たのが16時であることと、電車等を含め家まで2時間かかることを踏まえれば当然のことである。
「あら、どこか出かけるの?
もしかして彼女?
れいちゃんもそういう歳だものね」
いちいち説明するのも面倒臭い。
なんで早く出さなかったのかと言われるだけで何も成しやしない。
その上、同意書に印鑑は押してもらっている。
ここまで来れば、説明は負け道である。
見えきった敗北路を俺は歩かない。
「そんなんじゃないよ...。」
その上、今は観察の方が楽しい。
人というのはその生態を外面的に知ると、本性を知りたくなる生き物だ。
それにあたって、有効的なのは観察であると言える。
「いってらっしゃい」
俺がドアノブに手を差しかけたら母さんはそう言った。
少々苦笑混じりで鼻で笑った。
「いってきます...。」
外に出て夜風に当たりながら、改めて家を見た。
「やっぱりでかいな...。」
元四人暮らしには勿体ないぐらいだ。
やはり夜風は寒い。
この風が昼間ものならば、少々期待を寄せても良いと言えるのだが。
暗い夜道、街灯の下で一人白い溜息が上がった。
まだ夏なのだがしかし、去年に比べ十度程下がったことを見越せば寒いのも何も当然のことである。
だからプラットホームで電車を待つのが一番辛いのも当然のことである。
夜道は動いている分、寒さも緩和されるのだが、プラットホームにまで着いて彷徨く人間はいないと思っているから寒和されてしかたない。
アンケートボックスを設けているようだが、意見を読む者がニワトリである以上手の施しようがないため、諦めて死ねとでも自分に言い聞かす他に手立てはない。
――俺は酒臭いおっさん達を避けてプラットホームに降りた。
ここから学校まで約一キロ程ある。
ポケットからスマホを取り出した。
時刻は七時四五分に差し掛かっていた。
一キロを十五分以内となると、コンビニで買い物できるほど余裕である。
しかし、俺が通る道にコンビニなどはないため、檻へ直行する他ない。
家と家で挟まれた十字路というのは死角が多すぎる...。
しかしながら、学校に最短で向かうにあたって他に道などない。
死を直前にするとつくづく感じる。
直感というのは良く当たるものだと。
俺がその道に差し掛かった瞬間、車のヘッドライトが光り物凄い速さでこちらへと向かってきた。
「ッ..避けきれねぇ...!」
フロントグリルに真正面から衝突して俺の身体は宙へ舞った。
全くを持って心地の良いものではない。
景色を楽しむ暇もなく急降下した。
どうやら俺の人生最後の景色は自身の後頭部から流れた水たまりのようだ。
そのせいで、同意書も染まって印が押されているか否かの判別も出来ず、使い物にならなくなったことだろう。
その解を死人の俺が知るも否も答えることはできない。
ただ、分かるとすれば、死ぬ間際に感じた鉄の味だけだろうか...。
♡
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一次元に恋をした
作者:小月
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