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雨燦々

 一人、私は光のない教室で机に向かっていた。

 数年に一度しか見ない、けれど最近頻繁な異常なまでの雨。
 じんわりと少しだけ夏の暑さが残る中、勉強道具を机の隅に寄せて突っ伏す。

 頭は何も考えられないくらい真っ白だけれども、かといって襲い掛かってくる眠気はなかった。

 ふう、と息を吐きだし、一人の教室で肘をついて窓の外を見やる。
 数キロ先に見えるはずの山々が、雨に紛れて消えていた。

「止まないかなあ」

 ただ一人、誰に話しかけるでもなく、ポツリと呟く。
 そんな声も、ザーザーと止まない雨にかき消されたはずだった。

「この後三時間は止まないらしいぞ」

 後方から硬質な声がし、心臓が跳ねる。
 ひどく聞き覚えのある声の主を振り返った。

「......いたんだ」

「図書室で勉強してたんだよ。今先生に追い出されたとこ」

「時間が時間だからねえ」

 ドキドキと、跳ねる心臓を気取られないよう、窓の方に顔を向ける。
 後方から近付いてくるかすかな足音に、また心臓が高鳴った。

「ほんと、帰れねえんだからせめて残らせてくれって思うけどな」

 彼が私の前の机にもたれかかる。
 その顔は少し疲れていて、けれども微笑んでいた。

「お前もそう思うだろ?」

「え」

 パチリと目が合い、声が芯から漏れる。
 すぐに目をそらして、半ば白い景色の外に視線を移した。

「......そう、かな。氾濫とかして歩いて帰れなくなる前に帰れってことじゃない?」

「今回の場合風邪ひけって言われてる気がしなくもないけどな」

 一瞬だけ彼に見惚れていた、なんて言えない。
 はあ、と内からあふれた熱を吐き出した。

「傘、ないの?」

「あいにくチャリなもんで」

 彼はポケットから自転車の鍵を取り出し、指に引っ掛けてクルクルと回す。

「天気予報見なよ。土砂降りらしいよ」

「おう俺にも言い訳はあるんだぜ? 聞くか?」

 ニシシ、と彼が白い歯を見せながら笑った。

「何?」

 横目で彼を見据えれば、ふんと鼻を鳴らした。

「最近勉強詰めでニュース見てなかった」

「......偉いけど自業自得だね?」

「そこは褒めだけにしといてくれ」

「それで帰れないんだから世話ないよ」

 クスリ、と喉が鳴る。
 静かな教室に、二つの笑い声と雨音だけが響いていた。

「まあ最悪チャリぶっ飛ばせば数分で帰れる距離だから、最悪それでも良いんだけどよ」

 ガタ、と彼が机から腰を上げて椅子を引く。

「お前は? 帰らないのか」

 笑みを少しだけ控え、椅子に座って横から私の顔を覗き込んだ。
 脈を打った心臓に呼応するように、少しだけそっぽを向いた。

「あいにく傘を忘れたもので」

「理由は?」

「勉強詰めでニュース見てなかった」

「人のこと言えねえじゃねえか」

 クツクツと、口元を抑えながら彼が喉を鳴らす。
 視界の端で、今度は視界の真ん中に収めた笑顔はどこまでも晴れやかだった。

「しっかし、どうすんだ? 雨止まないぞ」

「う〜ん」

 机にうつ伏せ、外を見やる。
 ぼーっと、考えようと力を込めるも、思考は回らない。

「ほんと、止んでくれないと困るんだよねえ」

「......走ればワンチャン?」

 そっとため息を吐き出し、流し目で彼を見る。

「私の家そんなに近くないの知ってるでしょ。電車乗る前にずぶ濡れになっちゃう」

「そりゃそうか。けど、もう学校でないと出しなあ」

 そう言葉を口にした時、校舎中に校歌のイントロが流れ始める。
 ふん、と彼が少しだけ息を吐き出し、笑みを消す。

「......噂をすれば、だね」

「......だな」

 緩やかな音楽に、雨音が混ざる。
 小さな言葉が、静寂を突き抜けた。

「......どうする?」

「......どうするって、帰らないと」

 ザー、と雨音が耳を撫でる。

「......どうやってだ?」

「......どうにかして?」

「......ふ〜ん」

 彼が喉を鳴らし、外に視線を移す。

 ただ、静かだった。

 雨音も、鳴り響く校歌すらも。
 耳元には、入らない。

「......うちで、雨宿りしてくか?」

「......いいの?」

 彼を見る。
 彼の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。

「悪くなけりゃってやつだ」

「......ふ〜ん」

 外に視線を移す。

 一度深く瞬きをして、視線を戻した。

「......じゃあ、お願いしよっかな」

 そうして、私たちは二人で帰った。
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雨燦々作者:salt
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 一人、私は光のない教室で机に向かっていた。

 数年に一度しか見ない、けれど最近頻繁な異常なまでの雨。
 じんわりと少しだけ夏の暑さが残る中、勉強道具を机の隅に寄せて突っ伏す。

 頭は何も考えられないくらい真っ白だけれども、かといって襲い掛かってくる眠気はなかった。

 ふう、と息を吐きだし、一人の教室で肘をついて窓の外を見やる。
 数キロ先に見えるはずの山々が、雨に紛れて消えていた。

「止まないかなあ」

 ただ一人、誰に話しかけるでもなく、ポツリと呟く。
 そんな声も、ザーザーと止まない雨にかき消されたはずだった。

「この後三時間は止まないらしいぞ」

 後方から硬質な声がし、心臓が跳ねる。
 ひどく聞き覚えのある声の主を振り返った。

「......いたんだ」

「図書室で勉強してたんだよ。今先生に追い出されたとこ」

「時間が時間だからねえ」

 ドキドキと、跳ねる心臓を気取られないよう、窓の方に顔を向ける。
 後方から近付いてくるかすかな足音に、また心臓が高鳴った。

「ほんと、帰れねえんだからせめて残らせてくれって思うけどな」

 彼が私の前の机にもたれかかる。
 その顔は少し疲れていて、けれども微笑んでいた。

「お前もそう思うだろ?」

「え」

 パチリと目が合い、声が芯から漏れる。
 すぐに目をそらして、半ば白い景色の外に視線を移した。

「......そう、かな。氾濫とかして歩いて帰れなくなる前に帰れってことじゃない?」

「今回の場合風邪ひけって言われてる気がしなくもないけどな」

 一瞬だけ彼に見惚れていた、なんて言えない。
 はあ、と内からあふれた熱を吐き出した。

「傘、ないの?」

「あいにくチャリなもんで」

 彼はポケットから自転車の鍵を取り出し、指に引っ掛けてクルクルと回す。

「天気予報見なよ。土砂降りらしいよ」

「おう俺にも言い訳はあるんだぜ? 聞くか?」

 ニシシ、と彼が白い歯を見せながら笑った。

「何?」

 横目で彼を見据えれば、ふんと鼻を鳴らした。

「最近勉強詰めでニュース見てなかった」

「......偉いけど自業自得だね?」

「そこは褒めだけにしといてくれ」

「それで帰れないんだから世話ないよ」

 クスリ、と喉が鳴る。
 静かな教室に、二つの笑い声と雨音だけが響いていた。

「まあ最悪チャリぶっ飛ばせば数分で帰れる距離だから、最悪それでも良いんだけどよ」

 ガタ、と彼が机から腰を上げて椅子を引く。

「お前は? 帰らないのか」

 笑みを少しだけ控え、椅子に座って横から私の顔を覗き込んだ。
 脈を打った心臓に呼応するように、少しだけそっぽを向いた。

「あいにく傘を忘れたもので」

「理由は?」

「勉強詰めでニュース見てなかった」

「人のこと言えねえじゃねえか」

 クツクツと、口元を抑えながら彼が喉を鳴らす。
 視界の端で、今度は視界の真ん中に収めた笑顔はどこまでも晴れやかだった。

「しっかし、どうすんだ? 雨止まないぞ」

「う〜ん」

 机にうつ伏せ、外を見やる。
 ぼーっと、考えようと力を込めるも、思考は回らない。

「ほんと、止んでくれないと困るんだよねえ」

「......走ればワンチャン?」

 そっとため息を吐き出し、流し目で彼を見る。

「私の家そんなに近くないの知ってるでしょ。電車乗る前にずぶ濡れになっちゃう」

「そりゃそうか。けど、もう学校でないと出しなあ」

 そう言葉を口にした時、校舎中に校歌のイントロが流れ始める。
 ふん、と彼が少しだけ息を吐き出し、笑みを消す。

「......噂をすれば、だね」

「......だな」

 緩やかな音楽に、雨音が混ざる。
 小さな言葉が、静寂を突き抜けた。

「......どうする?」

「......どうするって、帰らないと」

 ザー、と雨音が耳を撫でる。

「......どうやってだ?」

「......どうにかして?」

「......ふ〜ん」

 彼が喉を鳴らし、外に視線を移す。

 ただ、静かだった。

 雨音も、鳴り響く校歌すらも。
 耳元には、入らない。

「......うちで、雨宿りしてくか?」

「......いいの?」

 彼を見る。
 彼の瞳は真っ直ぐに私を見ていた。

「悪くなけりゃってやつだ」

「......ふ〜ん」

 外に視線を移す。

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「......じゃあ、お願いしよっかな」

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