パーティーの解散
“お前たちとの旅はここまでだ”
目覚めると、寝室の机の上に手紙が置いてあった。
人間と魔族の住処が重なるとされる深い森に迷い込み、ウロウロしていたら体力が尽きたのだ。仕方なく山の中腹のこのゴシック調の宿に泊まったのだが、隣室はもぬけの殻になっていた。
「どうやら、俺たちは置いていかれたようだな」
大柄の男レイモンドが、ばつが悪そうに頭を掻いた。
私たちは、モンスターを倒す依頼のために五人でパーティーを組んでいる。剣士の男、魔法使いの女、治癒師の女、それに盾のレイモンドと、呪術師の私。
「ファナ、理由に心当たりがあるか?」
レイモンドに問われ、昨日私たちを除く三人が小声で何か相談していたことを思い出した。
「今回の手取り、300万ゴールドだって!?」
「ええ。依頼の難易度の割に、破格の報酬よ!」
「でも、分配すると少なくなるわね......」
魔法使いが尻すぼみに言うと、リーダーの剣士は、さぞいいことを思いついたかのように声を上げた。
「そうだ、この機会にオレたち三人で行動しないか? 盾なんてなくたって治癒師がいるし、呪術師なんていなくても攻撃はオレとお前で充分だぜ!」
剣士の発案に、他の二人も同意してはしゃいでいたのだ。
私は顔を伏せたまま、おずおずと口を開く。
「多分、私たちクビになったんです。守るしかできない貴方と、体力をじわじわと削ることしかできない私は、一瞬でケリをつけたいあの人たちには用無しだったんです」
「......そうか」
レイモンドは、騒ぐこともなく静かに息を吐いた。
きっと彼も薄々気づいてはいたのだ。パーティーの前線で鮮やかに剣技や魔法を奏で、光の粒が舞い踊る下で祈りを捧げる彼らと、後列で地味に攻撃を耐え続ける私たちとでは住む世界が違うということに。
昨日最後のモンスターを倒し終えたときも、剣士は細い両腕に二人の女を絡めてニヤケ顔だった。
「おう、よくやったなお前ら。何か食いたいものはあるか?」
「剣士さま、あたしパンケーキ!」
「あたくしは夏野菜のマリネがいいわ」
「お前ら、好物も可愛いな。誰かさんとは大違い」
三人は、まるで私たちはいないかのように大きな声で笑い合っている。
「気にするな。料理なら俺が作ってやる」
レイモンドは先ほど洞窟の木箱から見つけた赤ワインを得意げに掲げて笑った。
「開けよう」
私の好物は、血肉滴るレアな肉。可愛くないのは事実だけど、寝食を共にするパーティーのメンバーとして、私の努力だって認めて欲しかった。彼らにとって私はそれくらいの価値もなかったのかと考えたら途端に呼吸が苦しくなって、胸の真ん中をギュッと握りしめた。
「おや、お前さんたち。まだ残っていたのかい。仲間なら夜明け前にもう行ってしまったよ」
翌朝、宿を発とうと一階へ降りると、初老の宿屋の店主が気にかけて声をかけてくれた。白い髪を後ろで三つ編みに束ね、リボンで結んだ姿は洋館風の宿にぴったりで、思わず唸る。
「いやあ、はは。どうやらそのようです」
「お兄さん、いいガタイだし、どうだい? うちの手伝いでも」
妖艶な奥さまも、彼の肩を叩きながら言った。長い黒髪も真っ白な肌も、艷やかでずいぶんと若々しい。
「そうですね......俺には、ファナがいますので」
レイモンドが苦笑いをすると、奥さまは私に目を向け、ぽってりした赤い唇を長い舌でペロリとなめた。
「まぁ。小さくて可愛らしいこと。貴女も一緒でもかまわないわよ」
紅の瞳にウインクされて、私は思わずドキリとする。こんなに色気があるなら、どこに行っても引っ張りだこだろう。
「......せっかくのお申し出ですが、私に務まるとは思えません」
私は目をそらし、巾着袋から数枚のゴールドを手渡した。
「たぶん、お支払いしてないでしょうから」
宿屋を出ると、目の前に青々とした大きな山々が連なっていた。剣士たちはモンスターの討伐にそこへ向かったのだろう。追いかけることもできるが、今の私たちにはそうする気力がない。
「レイモンドさん、このあとどうするんですか?」
昨日まで何でもなかったはずの、背中に背負った呪いの道具がやけに重く感じる。
「私は、故郷へ帰ろうと思います......」
「正気か?」
レイモンドは目を見開いた。
「君は、故郷が嫌でパーティーに加入したんじゃないのか」
確かに彼の言うとおり、私の加入理由は閉鎖的な村から逃げ出したかったからだ。暗くて無口。感情が顔に出なくて、何を考えているか分からないと言われていた。女は愛嬌と言われるものの、愛嬌を振りまく自分なんて、想像だにできない。呪術の才があると言われたときも、ぴったりだなって爆笑されながら送り出されたのだ。
「それでも......使えないんじゃ、しょうがないじゃないですか」
私は唇をぎゅっと噛んだ。
「それともなんですか? 娶ってくれるとでも言うのですか?」
レイモンドはグッと顎を引いた。視線が泳いでいる。
「......すみません。いいんです、冗談ですよ」
仮に、レイモンドが私に恋心を抱いていたとしても、女一人を養うだけの給料が彼にもないのだ。
「......帰りましょう」
私たちは来た道を引き返し、とぼとぼ帰路についた。
まっすぐ帰るつもりだったのだが、日が傾いて来たころ、雑木林の森で「キャー!」という甲高い叫び声が聞こえた。
付近を見回すと、幼い少女と母親がある一点を見つめて立ちすくんでいる。
「どうしたんですか!?」
「あ、あれ......」
母親の指差す方向には、大きな岩のようなモンスターが人間の脚を咥えて立ち塞がっていた。尖った歯の間からは涎が滴り落ち、興奮したように鼻息を荒くしている。噛み切られた脚は、魔法使い御用達の純白の靴下を履いている。
「物理攻撃が効かない敵ですね」
私は首のドクロのネックレスを撫でつけた。ネックレスは放射線状に黒く光り、岩型のモンスターを囲うように黒い霧が立ち込める。
「大丈夫です。何も心配いらないですよ」
霧――毒霧は、モンスターの身体をじわじわ蝕む。皮膚から体内に侵入し、徐々に筋肉や神経を弱らせていくのだ。確実に死に至らしめることができるが、それ故時間がかかってしまうのが玉にキズ。モンスターは全身を駆け巡る毒にもがきながら、私へも鋭い爪を向けて飛びかかった。
「ファナ!」
レイモンドは大きな盾をかざし、下半身をグッと踏ん張った。隆々とした太い上腕に細い血管が浮き出る。
彼は何食わぬ顔をして攻撃を受けているが、おそらく身体にかかる負荷はとんでもないものだろう。
「ぐ......!」
最大まで引きつけ思い切り腕を振り回すと、モンスターは遠くへ弾き飛んだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
レイモンドの首筋に汗が滲み、少女は小走りで駆け寄った。
「大丈夫だ。これくらい、どうってことない」
レイモンドは力強く、ハッキリと告げた。
「ガアアア!」
やがて、毒にやられたモンスターは力なく息絶えた。その灰色の巨体は跡形もなく消え、喰らった獲物の衣服だけが消化されずに残された。騎士服一つに、女性ものが二つ。丸呑みしたのだろうか。どこかで見たような気がしたが、もう私には関係のないことだ。私は目を背け、親子に声をかける。
「お待たせしました。もう通れますよ」
「もう暗くなってしまいましたね、よければ送って行きますか?」
レイモンドは盾を背負い、呼吸を整えながら笑顔を向けた。
「ありがとうございます! 本当に助かりました......!」
母親は何度も頭を下げ、少女は長い尻尾を振ってぴょんぴょんと飛び跳ねた。久しぶりに役に立てた嬉しさで、心がじんわりと暖まっていく。
火の玉型のブレスレットで夜道を照らす。真っ暗な森はぱあっと白く照らされ、見慣れた林道が顔を出した。
......私、思ったより悪くないのかも。
リラックスして夜道を進む親子の後ろ姿を見ながら、私は口元が緩んだ。
「レイモンドさん。私、やっぱり故郷には帰りません」
私は右手を彼の前に突き出した。
「二人でパーティーを組むべきだと思いますが、貴方は?」
深くかぶったローブのすきまから彼を見上げると、彼は細い目を糸のように細め、口角を上げた。
「奇遇だな、俺もそう思っていたところだ。俺のガタイの良さと君の呪いの、最高の落としどこを見つけたんだ」
レイモンドは、私の手を握り返した。
「宿屋の店主の手先になろう。俺たち、最高の魔王軍になれるな」