第1話 悪魔と出会った日
よく通る女性の声が耳に届く。
「お待たせいたしました!ようこそ、スターフェスティアへ!」
「世界で最も熱く、美しく、そして――心躍るエンターテイメントショーのはじまりだ!」
何だこれは。
入場直後、その広さに驚かされた舞台は、今は夜のように暗く沈んでいる。
次の瞬間、美しい歌声が響いた。
澄みきった音が、空間そのものを震わせる。
炎が蝶のように舞い上がり、暗闇で飛び回る。
一匹、また一匹。
客席の頭上を通過する。
暗雲を切り裂くように天から一筋の光が降り、ピアノと一人の歌姫をこの舞台に顕現させる。
これは、いったい何なのだ。
息を呑む者がいる。
自分の瞳の涙に遅れて気づく者がいる。
最前列の男が、知らず知らずのうちに椅子から立ち上がっている。
その場にいる誰もが、”ただの余興”などという言葉では収まらない何かを感じ取った。
★
悪魔と出会った日。
少女にとって運命的だったと言えるこの日。
空は今にも雨が降ってきそうな、厚い雲に覆われた空模様だった。
地面は踏み固められ、ところどころに焦げた匂いや溶け切っていない氷の痕が残っている。
既に戦場に残っていた武器や物資は持ち去られ、回収されなかったものだけが散乱している。
後方部隊として配置されたことを示す茶色の軍服を着た一般兵が二人いるだけで、それ以外の人影はない。
その中に、その少女はいた。
未回収品を一つずつ拾いあげ、確認する。
「くう、惜しい。まだ使えるから資源だ」
戦場に残ったものの中から、使えるものや再利用できるものがないか確認すること。
その地道な作業が少女の仕事だ。
魔法を軽減する抗魔効果を持っていないかも確認しながら、分別していく。
作業は淡々と繰り返されていく。
「ミラのお姉さん、昨日の戦いで足に怪我を?」
茶髪の少年が、手を動かしながら声をかける。
少女──ミラは視線だけを少年へ向ける。
「情報が速いじゃない。もしかしてリグって......レイナお姉ちゃんのファン?」
少年──リグは一瞬動きを止め、 わずかに視線をそらす。
「い、いや、そういうわけではなくて。むしろ......」
声が徐々に小さくなるその様子を見て、ミラはうなずく。
「レイナお姉ちゃんが戦ってるところ、踊ってるように見えるもん。人気も出るよね」
ミラの姉――レイナは、前線でもわりと人気な存在だ。
その理由は、王国選抜魔導部隊に選抜されるほどの実力がある女性ということもあるだろう。
だが、レイナの妹しての見解を述べるなら、その人気の根本は"美しい"からだと思っている。
炎を纏い、剣を振るうその洗練された軌道。
紙一重で敵の魔法を避ける。
回転し、物語の主人公のように敵陣の奥へ切り込んでいく。
その姿が純粋に美しく、ミラにはまるで、舞っているかのように見えるのだ。
「でも昨日会ったよ。足を挫いただけで、たいしたことないって」
ミラは話を聞きながら、手元の金属片をひっくり返す。
「お姉ちゃんは精鋭部隊な分、周りが大げさに騒いで困るってさ」
チェックしていた金属片を、資源用の箱に入れる。
「そっか。たいしたことないなら、よかったね」
リグは木の枝のようなものをぽいぽいと捨てながら、物資をさがす。
「あ、待って!それなに!今光ったやつ!」
ミラは手に取ったばかりの石を捨てて、布のようなものを持っているリグの手を握る。
「ちょっと、なに!ち、近いって!これ回収対象だから!」
リグは顔を赤くし、慌てた様子でミラの手を払おうとするが、ミラに布を奪われる。
「うわあ、これはすごいねえ!みてみて、布が輝いてる!」
ミラは少しでも明るく映るように、布を曇り空へ掲げる。
「でたよ、ミラの物好き。それはまだ抗魔効果が残ってるでしょ?回収対象だよ」
リグはミラから布を取り上げ、畳んで箱に入れる。
「こんなにきれいな布、回収対象じゃなければ絶対持って帰るのになあ!」
ミラの言葉に、リグはやれやれといった表情だ。
「資源確認の仕事を嬉々としてやるのはミラだけだよ。みんなめんどくさがってるのに」
ミラは首にかけた自作のネックレスを取り出し、目の高さまで持ってくる。
細いチェーンの先に、楕円形のガラスが付いている。
その中には先ほどの布と似たような輝きを放つキラキラした粉や金属片が閉じ込められている。
ミラが、捨てられるところだったものを集めて自作したものだ。
曇った空の下、ガラスの中の欠片だけは小さく光を返している。
ミラは、役目が終わった物がこうしてまた輝いているのを見るのが好きだった。
「ゴミにされる前のものを回収できるから楽しいけどなあ」
そう言葉をこぼすミラに、リグは苦笑する。
姉のレイナと共に前線に召集されたのも久方ぶりだ。
戦争自体は徐々に落ち着きを見せ始めているという事だろう。
それに伴い、ミラは最近は少し不安に思うことも増えた。
レイナのように戦場で輝くような力は、ミラにはなかった。
だからせめて、役に立てるならと後方部隊の配属を受け入れた。
この業務自体は比較的楽しくできたが、同時に自分が輝く方法を他に知らないという感覚でもあった。
ミラは自作のネックレスに目を落とす。
もしこの戦いが落ち着いてくるのであれば、何もない自分は輝けるのだろうか。
このネックレスのように。
★
「あとはそこらへんで最後だよね。先にこれ持ってあがるから、最後お願いね」
「うん、わかった」
雲が夜の色に染まってきたころ。
おおかたの作業が終わった。
リグは3つほど小さめの箱を残し、先に帰るという。
月明りは雲にさえぎられ、視界は夜用に支給されたランプの明かりのみだ。
完全に視界がなくなる前に......と、ミラは最後の物資群の仕分けを始める。
小さな木箱を拾い、蓋をあける。
中には装飾品がいくつか入っていた。
抗魔効果を持つものや他の資源になるようなものはなさそうだが、目を奪われるようなイヤリングなど価値はありそうなので回収したほうがよさそうだ。
手を伸ばそうとした、その時だった。
「野望を秘めし娘よ。そなたは選ばれた」
声が聞こえると同時に、木箱の中から黒い“何か”が腕に絡みついた。
「なにこれ!?」
ミラは悲鳴をあげて反射的に尻もちをつき、腕を振る。
しかし、それは離れない。
冷たいわけでも、熱いわけでもない。
だが、そのまとわりつく感覚に鳥肌が立つ。
雲が何度か光る。
一瞬遅れて、耳に届く音。
雨など降っていないというのに、嵐のような雷の音だ。
ミラは息を止める。
「選ばれし娘よ。私が......見えるか」
視線を木箱へ戻す。
そこには、小さな影が浮かんでいた。
短剣や、大きめの本ほどの大きさであろうか。
妙に輪郭がぼやけて見える。
そして、黒い羽のようなものが動いている。
蝙蝠のようにも見えるし、カラスのようでもある。
そしてその表情は見えない。
仮面――右半分は泣き、左半分は笑っているように見える仮面でおおわれているからだ。
それが一層不気味に見える。
理解できない存在を前に、ミラは混乱する。
何なのだ、これは。
生き物なのか、それすら分からない。
「その様子だと見えているようだな」
影は言った。
「私の名はアビス。人の野望を叶える存在だ。そして人は私のことを――悪魔と呼ぶ」