
サヨナラが終わらない彼女の手紙
あの雨の日の告白から、狂気が始まった
もう耐えられない。だけど......
別れを切り出して彼女が納得するとも思えない。一体どうすれば......。
降りしきる雨音に消え入りそうな精一杯の俺の本音。
「ごめん、君にはついていけない。だから......もう会わない」
彼女は優しく微笑んだ。
それは振られた本人には似つかわしくない、晴れやかな笑顔だった。
──3日後
初めてあなたに手紙を書くのだけど、なんだか照れくさいね。
でも、電話もLINEも他のDMもメールも通じないからどうしたのかな、って思って。
ちゃんとご飯食べてる?あなたが好きな料理を作りたいんだけど、いつ部屋に行けばいい?
連絡ちょうだいね。
待ってるから。
──4日後
何となくまた手紙書いてみたの。
手紙って面白いね。もしかしたら今、これをあなたと一緒に見てるかもしれないけど、それも面白いでしょ?
この間、会えないって言われたけど、好きな人が出来たわけじゃないみたいだし、それなら別に気にしなくても良いと思うよ。
仕事、忙しい?最近大変そうだったし、身体もキツそうだったもんね。ちゃんと休まないとダメだよ。
そうそう、これを読んでる時に忘れていなければ電話繋がるようにしてね。声が聞けないのは寂しいよ。
ちゃんと別れたはずなのに何なんだよこれ。彼女なら直接家に来そうなのに。
何で手紙?
俺は頭が混乱する。1通目で思考が停止し、2通目で恐怖を感じた。
──5日後
元気にしてる?
全然連絡着かないけど、こうして手紙を書いてるとなんだかあなたに話し掛けてるみたいで楽しい。でもやっぱり声を聞きたいな。
ところで今度の記念日、どこでしよっか?あなたってばいつも記念日忘れるから事前に教えてあげないとね。
12月2日だよ。前回は11月14日。いつも何の記念日か聞くけど、「今日は〇〇な日だね」って笑い合ったじゃない。ちゃんと写真にあなたの笑顔撮ってあるんだからね。
ああ、楽しみ。予約は私がしておくね。
手紙には写真が同封されていた。
──6日後
あなたがいない......。
私の部屋にも来てくれない。
なんで顔を見せてくれないの?
どうして私を遮断するの?
そんなこと聞いて欲しくないか。だってあなたは疲れてるんだもん。いつもヘトヘトだって言ってたし、ひとりでゆっくりしたい時だってあるよね。気持ちを押し付けすぎてゴメンなさい。
もしこれを読んでくれたなら.........
その後の文は文字が乱れすぎていて読めなかった。
「おい、聞いてるか? 」
「え......ああ、すみません! 」
職場の先輩から話し掛けられていたのに気付かなかった。
4通目になる彼女の手紙。
別れたことを彼女も理解しているから家に来ないはずなのに、手紙ではまだ付き合ってることになってる。
「顔色悪いぞ? 風邪か? 」
「いえ、大丈夫です」
仕事にも支障が出てきた。
それにしても不可解なのは、送られてくる手紙は短いことだ。彼女は長い文を書くタイプなのに。
裏をどうしても考えてしまう。
そして、多すぎる記念日にも対応できなかった自分や、幸せそうな笑顔の彼女を思い出す度に罪悪感が込み上げる。
今日も家に帰ったら手紙が届いているんだろうか。精神が持たなくなる前に、しばらく家から遠ざかるべきだと思った。
──7日後
あなたが好き。すごく好き。
胸が熱くなるって不思議な感覚だけど、あなたと離れて帰る時は、いつもこうだったよ。そしてね、切なくて幸せな気持ちになるの。
仕草も匂いも声も少し困った笑顔も全部、好き。今すぐ会いたい。
今ね、あの思い出の場所にいるの。
だって記念日でしょ?
あの時はあなたの助手席にいたけど、今日は寒いな。
今この瞬間のこの景色をあなたにも見せたい。
結局家に帰ってしまった俺は5通目の手紙を読み愕然とする。
「あの場所に? 独りで、ってタクシーだよな?まさか歩いてないよな......」
同封されていた小石が何を意味するのか、考えたくもない。捨てようとしたけれど、他の手紙同様どうすることも出来ずに置いてある。
独りで行かせてしまった。
手紙に書かれてることは本音なんだろうか。あんな場所にたった独りでいて、本当に幸せ何て思うんだろうか。
俺は彼女を最後まで理解できなかった。手紙の言葉が真実か裏があるかも分からないくらい。
楽しいことが好きで、どこか奇抜で、行動力は俺なんかよりずっと凄くて。鈍臭い俺が劣等感だらけの言葉を吐いても、いつも支えて好きでいてくれて......。
「そろそろ連絡くらいしようかな」
気持ちが揺らぐ。いっそのこと直接来て何か言ってくれたら良いのに。
「振ったのは俺だった」
都合の良いことを考えている自分に苛立つ。
彼女の手紙は俺を一切責めてない。別れる時もそうだった。
俺はLINEのブロックを解除して、彼女にメッセージを送った。
『元気? 』
彼女から返事は来なかった。既読も着かない。
──8日目
これ、やっと見つけたの!
ほんとにほんとにすごーく探したんだよ?やっとあなたに渡せるから嬉しくてたまらない。
まだ持ってないよね? 持ってたら残念だなぁ。でも家と職場の往復だし、休みはコンビニかスーパー行くだけだから持ってないはず!
彼女からプレゼントが贈られてきた。
──9日目
......てから......のいて.........く.........。
ほぼ読めない一文が送られてきた。
***
彼にフラれた時、私はすごく悲しかった。
問い詰めても彼は言葉を濁すだけであやふやな言葉しか返してくれない。どんなに話し合おうとしても煮えきらない彼。最後には頭に来てバッグでぶん殴ってしまった。
「まじクソ男! 」
その日は友達と飲みながら元彼となったあの人の悪口で大いに盛り上がる。店で飲む方が好きな私だけど、友達に泣きながら電話したら家に呼んでくれたのだ。
持つべきものは女友達!
「あんなやつでも好きだったから頑張ったのにさ......。あーあ、男はしばらく懲り懲りだよ」
「んー、でもさ、あたしは良かったと思ってるよ。今言うことじゃないけど」
「え? そうなの? 」
「うん。だってさ、アイツやばかったし。あたし、心配だった......」
別れてから聞く友達の本音。口には出さなくても本当に心配してくれてことが分かり、また泣けてしまった。
──3ヶ月後
「うーん! 今日も良い天気! 」
気持ちが良くて大きく伸びをすると大好きな人が隣で柔らかく笑った。
私は今、新しい恋をしている。
元彼のことは1ヶ月もあればサッサと忘れてしまったけれど、噂好きな友達が何かと情報を仕入れて来るから今じゃ酒のツマミにして笑い話にしてる。
そんなある日、妙なことを聞いた。
「あいつ、仕事辞めたらしいよ」
「へー、元々向いてなさそうだったし良かったね」
「あんたってホント、興味なくなると冷たいよね。でもでも、辞め方が変だったらしいの」
もったいつけて声を潜める。私もふざけて固唾を飲むような顔を作った。
「たぶんあんたと別れてすぐからだと思うけど、全然家から出てこなくなって、会社にも連絡してなかったみたい。で、同僚......ってあたしの友達なんだけど、その人が家に行ってみたら......」
寒いとでも言わんばかりに両腕を掴みさすり、表情を歪めている。
「なーんにも書いてない便箋みたいなの手に持って謝ってたらしいわよ。ブツブツ言ってたのは......あんたの名前だって」
何通もの封筒の中には白紙の便箋が1枚のみ入っており、中には小石や写真が同封されている物もあったとか。声を掛けてもそれらを見るばかりで返事をすることはなかったという。
テーブルに広げられたその手紙の山の前にいる彼は、謝りながらもどこか幸せそうだった、と目撃した人は語っていたらしい。
「バカっかバカしい。理想の私にでも会えたんだろうね」
笑い飛ばしその話を一蹴した私は、内心気味が悪くなり話題を変えた。
友達と別れて家に向かっていると、頬にポツリと冷たい物が当たった。
「やだ! 傘もってきてないのに! 」
雨足はどんどん強くなる。もうすぐ家だし走ろう。
通り過ぎたコンビニで、黒い傘を持っている人が見えた。買おうかな、と迷ったけれど、走り抜けた。
やっと付いた家の前。ずぶ濡れになりながら屋根の下へ駆け込み、ポストを確認する。
「あれ? 手紙だ」
差出人も宛名もない。用心してしっかり触ってみても、振ってみても危険物はなかった。誰かが別の部屋と間違えて入れたのかな?
「久しぶり。君に謝りに来たよ」
後ろからよく知る声がした。
降りしきる雨音に溶け込むように。
~完~