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絶望の向こう側! ガラクタの怪物が、歴史(フジマル)を超える日

第33話:絶望の向こう側! ガラクタの怪物が、歴史(フジマル)を超える日
​ フォワ賞の惨敗から数日。
 パリ郊外のスクラップ工場の片隅を借りた、即席の薄暗いガレージ。
​ ウラヌスⅡの前に立つ守と凛(りん)の顔は、酷く疲弊していた。
 モニターに映し出されるのは、フジマルの超馬力ストライド。一秒間に刻まれるシリンダーの圧力グラフが、ウラヌスⅡのそれを遥かに凌駕している。
​「......勝てないわ。論理的に、物理的に、絶対に勝てない」
​凛が、キーボードを叩く手を止め、頭を抱えた。
プレッシャー・ブーストをこれ以上上げれば、ウラヌスⅡのフレームが内側から爆散する。重圧ユニットでロンシャンの芝を破壊して進んでも、フジマルはその遥か上を、ただ悠然と大地を割って滑っていくのだ。
​「データの限界よ。......からくり馬の黎明期、安全基準(リミッター)なんて概念すらなかった時代の、規格外のシリンダー。最新のどんなパーツを持ってきたって、あの絶対的な質量と出力の暴力には届かない!」
​静まり返るガレージ。
フジマルの見せつけた、圧倒的な歴史の壁。最新鋭機を持つ欧州のエリートたちですら、プライドを粉砕されて沈黙している。
​「......なあ、凛」
​守が、ウラヌスⅡの黒鉄の装甲をそっと撫でた。
​「綺麗なデータで勝てないのは、最初から分かってただろ。......俺たちは、どうやってここまで這い上がってきた?」
​凛が、ハッとして顔を上げる。
​「金持ちの最新パーツなんて買えなくて、川崎や広島のゴミ捨て場から廃材をかき集めて、油まみれになって組んできた。......ウラヌスⅡはエリートじゃない。地べたを這いずり回ってきた、ガラクタの怪物だ」
​守の瞳に、絶望の影はなかった。
むしろ、かつてないほどギラギラとした、野良犬のような飢えた光が宿っていた。
​「フジマルが『歴史の正解』なら。俺たちは、『歴史のバグ』になってやる!」
「バグになるって......守、あんた、まさか!」
「ああ。ハイセイコー型エンジンの、三つの排気バルブ。これを完全に同調させるのをやめる。一つ一つのシリンダーの点火タイミングを、意図的に狂わせるんだ」
​凛の目が点になった。
からくり馬のエンジンにおいて、点火タイミングのズレ(ノッキング)は、機体を破壊する致命的なエラーだ。
​「正気なの!? エンジンが自爆するわよ!」
「普通ならな。でも、ウラヌスⅡのフレームは廃材の継ぎ接ぎだ。......エリート機のような綺麗な一枚板じゃない。溶接痕だらけの、歪なフレームだろ? その歪みが、エンジンの不規則な爆発振動を、逆に吸収して不気味な推進力に変える!」
​凛は、息を呑んでウラヌスⅡのフレーム構造の設計図を見つめた。
継ぎ接ぎ、溶接の山、不格好。
​だが、その不格好さこそが、綺麗な機体では絶対に耐えられない「不規則な超振動」を逃がす、最高のダンパーになり得る!
​「......あんた、本当にバカね。......でも、理論的にはゼロじゃないわ」
​凛の口元に、狂気的な笑みが浮かんだ。
徹夜の作業が始まる。
​火花が飛び散り、排気バルブが無理やり捻じ曲げられる。
エンジンの点火を狂わせ、フレームの軋みを限界まで許容する、禁忌の改造。
​翌朝。
ロンシャンのテストトラック。
​朝日が差し込む中、一台の白銀の巨獣が佇んでいた。山内慎太郎と《フジマル》だ。
​「......来たか、少年」
​山内が、無表情のまま守を見下ろす。
その隣に並ぶウラヌスⅡ。昨夜の突貫工事で、機体からは怪しげな油煙が上がり、エンジンからはドッ、バッ、ドゴッ! という、壊れる寸前のような不規則な破砕音が響いていた。
​「......なんだ、その無様な音は。機体が悲鳴を上げているぞ。そんなガラクタで、凱旋門を潜るつもりか」
「悲鳴じゃないですよ、山内さん」
​守はウラヌスⅡのハッチを閉め、同調コードを接続した。
頭を割るような、不規則な振動のフィードバック。視界が真っ赤に染まる。
​だが、守は笑っていた。
​「これは、俺たちの――『産声』です!!」
​スロットルを押し込む。
​ズドォォォォンッ!!!
​ウラヌスⅡの足元から、ロンシャンの芝と土が、火山のように爆発した!
綺麗なストライドではない。
​三つのエンジンが不規則に爆発し、機体が左右に激しく揺れながら、獲物に飛びかかる獣のように大地を毟り取って加速する!
​『不協和音の暴走(ディスコード・ドライブ)』!!
​「......ッ!?」
​山内の目が、初めて見開かれた。
フジマルの、歴史が証明した完璧なストライド。その真横を、ガタガタと鉄の軋みを鳴らしながら、泥だらけの怪物が、物理法則を無視した不気味な加速で並びかけてきたのだ!
​並走する二機。
古代式メガ・シリンダーの、絶対的な王者の唸り。
そして、壊れかけのハイセイコー型エンジンが奏でる、ガラクタの咆哮!
​フジマルの美しき『大差の領域』に、ウラヌスⅡの黒鉄の蹄が、泥を跳ね上げて踏み込んでいく!
​一ミリ。ほんのわずか、ウラヌスⅡの鼻先が、無敗の絶対王者の前に出た。
​「......やるな、少年。歴史のバグか」
​山内の口元に、職人の、そしてジョッキーとしての静かな笑みが浮かんだ。
​ガレージのモニターで見守る凛が、拳を突き上げて叫ぶ。
世界最高峰の芝の上で、日本のガラクタの怪物が、ついに生ける伝説の背中を捉えた。
​二〇五一年、秋。凱旋門賞直前。
絶望を喰らい、バグへと変態した怪物が、歴史を超える準備を完了させたのだ!
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からくり競馬作者:水前寺鯉太郎🍁🦌
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​ フォワ賞の惨敗から数日。
 パリ郊外のスクラップ工場の片隅を借りた、即席の薄暗いガレージ。
​ ウラヌスⅡの前に立つ守と凛(りん)の顔は、酷く疲弊していた。
 モニターに映し出されるのは、フジマルの超馬力ストライド。一秒間に刻まれるシリンダーの圧力グラフが、ウラヌスⅡのそれを遥かに凌駕している。
​「......勝てないわ。論理的に、物理的に、絶対に勝てない」
​凛が、キーボードを叩く手を止め、頭を抱えた。
プレッシャー・ブーストをこれ以上上げれば、ウラヌスⅡのフレームが内側から爆散する。重圧ユニットでロンシャンの芝を破壊して進んでも、フジマルはその遥か上を、ただ悠然と大地を割って滑っていくのだ。
​「データの限界よ。......からくり馬の黎明期、安全基準(リミッター)なんて概念すらなかった時代の、規格外のシリンダー。最新のどんなパーツを持ってきたって、あの絶対的な質量と出力の暴力には届かない!」
​静まり返るガレージ。
フジマルの見せつけた、圧倒的な歴史の壁。最新鋭機を持つ欧州のエリートたちですら、プライドを粉砕されて沈黙している。
​「......なあ、凛」
​守が、ウラヌスⅡの黒鉄の装甲をそっと撫でた。
​「綺麗なデータで勝てないのは、最初から分かってただろ。......俺たちは、どうやってここまで這い上がってきた?」
​凛が、ハッとして顔を上げる。
​「金持ちの最新パーツなんて買えなくて、川崎や広島のゴミ捨て場から廃材をかき集めて、油まみれになって組んできた。......ウラヌスⅡはエリートじゃない。地べたを這いずり回ってきた、ガラクタの怪物だ」
​守の瞳に、絶望の影はなかった。
むしろ、かつてないほどギラギラとした、野良犬のような飢えた光が宿っていた。
​「フジマルが『歴史の正解』なら。俺たちは、『歴史のバグ』になってやる!」
「バグになるって......守、あんた、まさか!」
「ああ。ハイセイコー型エンジンの、三つの排気バルブ。これを完全に同調させるのをやめる。一つ一つのシリンダーの点火タイミングを、意図的に狂わせるんだ」
​凛の目が点になった。
からくり馬のエンジンにおいて、点火タイミングのズレ(ノッキング)は、機体を破壊する致命的なエラーだ。
​「正気なの!? エンジンが自爆するわよ!」
「普通ならな。でも、ウラヌスⅡのフレームは廃材の継ぎ接ぎだ。......エリート機のような綺麗な一枚板じゃない。溶接痕だらけの、歪なフレームだろ? その歪みが、エンジンの不規則な爆発振動を、逆に吸収して不気味な推進力に変える!」
​凛は、息を呑んでウラヌスⅡのフレーム構造の設計図を見つめた。
継ぎ接ぎ、溶接の山、不格好。
​だが、その不格好さこそが、綺麗な機体では絶対に耐えられない「不規則な超振動」を逃がす、最高のダンパーになり得る!
​「......あんた、本当にバカね。......でも、理論的にはゼロじゃないわ」
​凛の口元に、狂気的な笑みが浮かんだ。
徹夜の作業が始まる。
​火花が飛び散り、排気バルブが無理やり捻じ曲げられる。
エンジンの点火を狂わせ、フレームの軋みを限界まで許容する、禁忌の改造。
​翌朝。
ロンシャンのテストトラック。
​朝日が差し込む中、一台の白銀の巨獣が佇んでいた。山内慎太郎と《フジマル》だ。
​「......来たか、少年」
​山内が、無表情のまま守を見下ろす。
その隣に並ぶウラヌスⅡ。昨夜の突貫工事で、機体からは怪しげな油煙が上がり、エンジンからはドッ、バッ、ドゴッ! という、壊れる寸前のような不規則な破砕音が響いていた。
​「......なんだ、その無様な音は。機体が悲鳴を上げているぞ。そんなガラクタで、凱旋門を潜るつもりか」
「悲鳴じゃないですよ、山内さん」
​守はウラヌスⅡのハッチを閉め、同調コードを接続した。
頭を割るような、不規則な振動のフィードバック。視界が真っ赤に染まる。
​だが、守は笑っていた。
​「これは、俺たちの――『産声』です!!」
​スロットルを押し込む。
​ズドォォォォンッ!!!
​ウラヌスⅡの足元から、ロンシャンの芝と土が、火山のように爆発した!
綺麗なストライドではない。
​三つのエンジンが不規則に爆発し、機体が左右に激しく揺れながら、獲物に飛びかかる獣のように大地を毟り取って加速する!
​『不協和音の暴走(ディスコード・ドライブ)』!!
​「......ッ!?」
​山内の目が、初めて見開かれた。
フジマルの、歴史が証明した完璧なストライド。その真横を、ガタガタと鉄の軋みを鳴らしながら、泥だらけの怪物が、物理法則を無視した不気味な加速で並びかけてきたのだ!
​並走する二機。
古代式メガ・シリンダーの、絶対的な王者の唸り。
そして、壊れかけのハイセイコー型エンジンが奏でる、ガラクタの咆哮!
​フジマルの美しき『大差の領域』に、ウラヌスⅡの黒鉄の蹄が、泥を跳ね上げて踏み込んでいく!
​一ミリ。ほんのわずか、ウラヌスⅡの鼻先が、無敗の絶対王者の前に出た。
​「......やるな、少年。歴史のバグか」
​山内の口元に、職人の、そしてジョッキーとしての静かな笑みが浮かんだ。
​ガレージのモニターで見守る凛が、拳を突き上げて叫ぶ。
世界最高峰の芝の上で、日本のガラクタの怪物が、ついに生ける伝説の背中を捉えた。
​二〇五一年、秋。凱旋門賞直前。
絶望を喰らい、バグへと変態した怪物が、歴史を超える準備を完了させたのだ!
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