プロローグ:昇る太陽
時は遡り、宇宙大戦の晩年。
戦局は第一恒星系へ傾き始めている。
そんな中、第四恒星系で暮らす身重の女が一人、とある決意を固めていた。
◆◇◆◇◆
空気が乾燥する季節になり、備蓄品の買い出しのため露店へと足を運ぶ。
街には軍事用の車両や人型装甲機兵が増えた。
どこを見ても戦争の色合いが濃くなってきている。
重い体でどうにか人混みを進んでいると、顔見知りに声をかけられた。
「随分と大きくなったじゃない。予定日はいつなの?」
「来月になるわ」
日に日に重みを増していくお腹を擦りながら、未来へ思いを馳せる。
戦争が続き、生活は苦しくなるばかりで、これから生まれてくる子を育てられるか自信はない。
けれど、こんなご時世でも授かったからには産みたいし、育てたい。
夫の訃報にめげている場合ではない、と自分自身を鼓舞し、決意を強めていた。
「危険だけど、田舎の惑星に引っ越すことにしたの」
「あぁ、この辺も大分物騒になってきたからねぇ。でも宇宙での出産になってしまわないか心配だよ」
「ありがとう。でも、行くと決めているの」
引っ越し先は凄く田舎の惑星。利便性が高い暮らしよりも安全を選んだ。
出産間近の宇宙航行は推奨されていないが、都市惑星で産むとその後に動けなくなる。
もう後は無いと否応なく焦ってしまう。
ふいに、考えごとを遮るけたたましい音が上空に鳴り響いた。
「空襲だよ。あんた身重なんだから慌てずに逃げな」
「分かってるわ」
ニュースでも連日報道されている。
今の都市惑星は戦略的価値が高いらしく、空襲は日常茶飯事だ。
「今日はまだ3回目か? そこの妊婦さん。空襲割引するけど、どうだい?」
「いえ、お構いなく」
生活の中に溶け込むくらいあまりに頻繁すぎて、皆も麻痺していると思う。
だからこそ、この地を離れたい。
そうして私はお腹の子に語り掛ける。
「田舎は不便かも知れないけど、我慢してね」
───────────────────
数日後。
私は予定通り宇宙船の中にいた。
戦艦クラスの大型客船で、元々は軍用で飾り気もなく、客船とはほど遠い。
戦地を離れ、安全を求める人々ですし詰め状態となっている。
ダイニングサロンでの食事のあと、私を案じてか、老婆が声をかけてきた。
「そんなお腹でよぅ疎開を決意したねぇ。徴兵回避のためかい?」
「ええ、そんなところです」
私以外に妊婦は搭乗していない。
以前の都市部では子供の徴兵が義務付けられていて、出産をしてしまうと簡単に移住はできなくなる。
逃さないため、妊婦は高額な旅費が請求されるシステムだ。
夫の遺族年金を前借りし、大金を叩いて無理やりに逃げた。
胸にチクリと棘を感じ、曖昧な笑みを老婆へ返す。
「おばあさんは、里帰りですか?」
「いんやいんや儂も都会から逃げてきたんよ。そんなに暗い顔しなさんな。誰もあんたを責めたりせんよ」
夫が亡くなってからというもの、身構え過ぎてしまう心を見透かすかのように、老婆はあっけらかんと笑い、私の肩を優しく叩いた。
お礼を言い、軽くハグをして老婆と別れて自室へと向かう。
船内の廊下を歩きながらぼんやりと宇宙を眺めていたら、太陽を遮る無数の影にハッと息を飲んだ。
続けざまに船内放送が鳴り、第五恒星系の勢力に捕捉されたというアナウンスが流れ出す。
「そんな......明日には安全域に出られたはずなのに......」
絶望感に苛まれ、軽く目眩がして無機質な壁に手をつく。
冷たい質感が手から伝わり、心の底までも凍り付いていく。
体の重さも相まって蹲りかけたとき、背中を刺す声が響いた。
「おい! 何やってる! 早く避難ブロックへ移動しろ!」
他の人も廊下に雪崩れ込んできて、一気に人の密度があがってきた。
お腹を庇いながらその流れに乗って、ゆっくりと避難ブロックへ移動する。
有難いことに周囲が私のお腹に気付き、色々とサポートしてくれた。
「こっちこっち! こっち空いてるよ」
「これ、お裾分け。毛布もあるから使いな」
「大型モニターに周辺の様子を映してくれるんだって」
瑞々しい柑橘系の果物と共に矢継ぎ早に声をかけられ、目を回しつつ愛想笑いを浮かべていく。
でも、心の中は心配事だらけで、意識は大型モニターに釘付けだった。
大型モニターに映されている複数の機影が、どんどんと大きくなって来ている気がする。
周囲も気付いたようで困惑の声が次々とあがり、人型装甲機兵の輪郭がはっきりと分かる頃には、怒号と悲鳴が飛び交っていた。
唇と指先が震え、足にも力が入らなくなっていく。
選択が間違っていたのだろうか。
そんな考えが拭えず、気力が途切れそうになる。
今、踏み留まれるたった一つの理由。
(もう私一人だけの命じゃない。この子のためにも諦めたくない)
モニターに映し出される無機質な人型装甲機兵。
銃口に焼かれてしまう最期まで抗い続ける覚悟を持ち、きつく睨みつけた。
船内放送が途切れ途切れになり、降り注ぐビームと轟音は鳴り止まない。
バリアで阻んでいるとはいえ、船体の揺れも大きくなってきた。
ついにバリアも突破され、映像はモービルギアで覆いつくされてしまう。
もう終わりだと悲嘆に暮れる周囲の人々。
眼前に迫った敵が恐ろしくて、歯の根が合わない。
心臓が握りつぶされるかの錯覚を覚えた瞬間、事態は一変する。
──閃光。
モニターを光が覆いつくし、音はノイズで埋め尽くされる。
光が止んだ時には敵機が炎を纏って崩れていく光景が目に飛び込んだ。
次々と周囲の敵が撃破されていき、乗客の一人が叫ぶ。
「死神だ!」
堰を切って歓声が上がり出す。モニターに映る銀色の機体。
華々しい戦果を上げ、最も有名な異名を持つ戦場の英雄が銀翼を携えて現れた。
第一恒星系の政府のプロバガンダだろうが、広報戦略だろうが関係ない。
今、私たちを救ってくれた事実だけが最も重要だった。
掃討を終えて船内に安否確認の通信が入る。思っていたよりも若い声だ。
『こちら第一恒星系の51隊所属のナック。危険は排除した。これより安全域まで誘導するので落ち着いて欲しい』
声を聞き、死神が若干17歳の少年という噂は、本当なのかも知れないと思えた。
皆が一斉にお礼を述べ、聞き取れないと思いつつも感謝を述べる。
「死神様......お腹の子の命を救って下さり、ありがとうございます」
返事は無いものと思っていたのに全員への個別のメッセージがすぐに届いた。
脳とリンクさせて文章を用意しているにしても早すぎる。
(そのくらいで無ければ、あの異常な強さはできないのかしら?)
私宛のメッセージを端末に転送してもらい、心を一旦落ち着けて開いてみた。
《貴方が良き母になることを願う。ここの太陽のように新たな恵みがもたらされんことを。──51隊所属ナック》
銀の機体の影に優しい光を放つ第七恒星が見えて、私は心の底から安堵した。
───────────────────
「お母さん、行ってきます!」
この秋に第七恒星を飛び出し、憧れのセブンスカイズ選手になるため第一恒星系へとやってきた。
母の遺影に挨拶を済ませ、訓練生としての一歩を踏み出す。
訓練生はC級リーグへ参加できるけれど、どのチームの誘いも断って、憧れの教官の授業を受けにきている。
演習フィールドへ向かう途中に咲いていたシクラメンを見ながら、生前の母の口癖を思い返す。
《死神のナック様に感謝しなさい。貴方が産まれたのはあの方のお陰なの》
何度も繰り返し聞かされた。だから僕が一方的に憧れているだけ。
物凄い競争率を勝ち抜いて、やっとその人の前に立つことができた。
貫禄の佇まい。銀髪の教官が白い息を吐く。
「次、候補生73番。準備しろ」
「はい!」
心を躍らせ、外装が冷えたモービルギアに乗り込む。
訓練用とは言えかなり丁寧に整備されている機体で、整備している人の愛情が伝わってきた。
ネオンラインが色を走らせ、モービルギアが熱を灯す。
操作の感触を確かめつつ、準備完了の合図を送る。
《Break the sky!!》
モービルギアと共に大空を翔ける。
フィールドは鳥かごと称される狭さだけど、僕の遊び場には充分な広さ。
しいていえば前を飛ぶ友軍がもたついてちょっと頼りないのが気になる程度。
敵も訓練生だからか無駄が多く、妙にアクロバティックな動きを見せている。
教官への技術アピールのつもりだろうか。
「あれじゃG負担がかかり過ぎて僕だと吐いちゃうな。結果で示さないと」
内側に切り込み中央へ躍り出て、無駄を排除して最短効率で飛ぶ。
耳に届く通信は敵味方共に大混乱みたいだけど、反応が悪すぎて拍子抜けだ。
敵は大周りで上下から挟みこもうとしてきた。
攻撃の組み立てを予測し、対応し得るベストを描く。
リード射撃の無駄撃ちをさせて、ミサイルは被弾を気にせず直進し、面食らった敵にタックルを決めて沈めた。
「このままでも勝てるけど、もうちょっと楽をしたいな」
動きを見せて、敵に攻撃を組み立てさせた。
勝手に負担を請け負ってくれるから僕のG負荷はかなり少なく済む。
背後を狙う敵。大立ち回りさせる位置へ背中の向きを調整し、敵が攻めに転じるタイミングだけきっちり抑えた。
敵の連携は穴だらけなので意外に簡単。
「はい、不合格ですよ。来年また頑張ってください」
すれ違いざまの右ストレートを決め、操縦桿越しの衝撃に合格の手応えを掴む。
そのまま最高得点を奪って帰還し、確信に近い感覚を抱いて発表へ向かった。
でも、次の育成コースに進む合格者発表の中に、僕の番号は無かった。
「どうして僕の番号が無いのでしょう? 完璧に抑えたのに......」
現実が受け容れられず固まっていると、背後から声をかけられる。
「候補生73番。君に次の育成コースは必要ない。俺が見てきた中でも断トツだった。B級リーグ入りを推薦したいのだが、君の名前は何と言ったか?」
振り返るとそこには憧れの人の姿。
僕は満面の笑顔で彼に応えた。
「僕の名前はハーベストです! 母が大いなる恵みになるようにと名付けてくれました。チームはエクリプスを希望します!」