第四話 強化兵士
「あ、先輩、おはようございます!」
「日も昇らないうちから熱心だな」
ソルティとは半ば喧嘩別れになり、上手く眠れないこともあって早めにガレージへとやってきたら、既にチーザの姿があった。
「いつまでもへこんでられないですよ。ウチも成長しないと! 調整見て貰ってもいいですか?」
「あぁ」
年齢が若いからか切り替えも早いようだ。
ゴーグルを外してボサボサの黒髪を手櫛しつつ、こちらへと駆け寄ってきた。
それを手で制し、イエローのカラーリングが印象的なMC機の元へ足を運ぶ。
漂う油の香りから、夜通し作業をしていたことがうかがえた。
患部を診るためバックパック部へ登り、下にいるチーザへ声をかける。
「気持ちは分かるが、根を詰めすぎるのも良くない。忘れろとは言わん。大いに気にした上で休め」
「それ......先輩にだけは言われたくないです」
チーザは両手でスパナをギュッと握りしめ、こちらへと抗議の目を向けてくる。
「どういう意味だ?」
「ずっとソルティ先輩と一騎打ちをしてましたよね? ウチ、ここで調整を続けていたから知ってます」
「......そうか」
昨夜、ソルティから追及された後、「性根を叩きなおしてやる」と、日付が変わる頃まで一騎打ちの相手をさせられた。このガレージからでも演習フィールドはギリギリ見えるし、ひょっとしたら音も届いていたのかも知れない。
「先輩......処分って噂は本当なんですか?」
どこかで耳にしたのだろう。どうやらチーザは、廃棄の件を聞いたらしい。
「それは完全に忘れろ」
そう声を発した瞬間、表情を急変させたチーザが叫ぶ。
「い、嫌です!」
夜明け前の静かなガレージの吹き抜けに、人型装甲機兵の振動音も裂くようなチーザの悲鳴が響く。驚いてそちらを見やれば、そのコバルトブルーの瞳からは大粒の涙が幾つも零れていた。
「ウチ、ウチ......先輩がいなくなるのは嫌です!」
錆びた鉄の足場に涙が滴る音が、かつての仲間たちの日々と重なってゆく。
ゲノム編集をされ、人造的に生み出された一世代前の強化兵士たち。
戦争の残滓とも言える兵士たちの中で勇名を馳せ、最強と評されたこともある。
しかし、非人道的だと非難された強化兵士たちは、政府から戦争の汚物と忌み嫌われる存在だ。民衆が声を上げるほどに政治家たちが隠そうと躍起になるのだから、世界は「皮肉と欺瞞に満ちている」と思う。
「仕方のないことだ」
「何か方法は無いんですか!」
真剣な眼差しで問われ、昨夜のソルティとのやり取りを思い出す。
ソルティも、不条理に抗うべく様々な案を語っていた。
「......と、あまり現実的では無いし、そこまでして救う価値など俺には無い」
「大ありですよ! ならやったりますよ! トーナメントで優勝を!」
ソルティの案に拳を突き上げて賛同するチーザ。
確かに、トーナメントで優勝すれば知名度があがるので、如何に政府といえど簡単には処分できなくなるだろう。
廃棄が待っているだけの状況からは、脱却できるかも知れない。
「無駄だ。それよりも自分のことを考えろ」
口から出たのはそんな言葉だった。
延命したからといって何が残るというのか。
諦観めいた思いだけが強くなる。早いか遅いかの違いでしかない。
その程度のことはジュニアスクールでも分かりそうなのに、チーザはこれみよがしに食い下がってきた。
「先輩に憧れてウチ、モービルギアに乗ったんです。両親を助けてくれた時のことが忘れられなくて」
「......たまたま作戦行動の先に居ただけだ」
「それでもです! ウチ、本当に感謝してるんです......」
古い話を持ち出すチーザの眼差しが痛く感じたので、視線をチーザが乗るMCの機体へと戻す。
点検を続けていると、問題点にはすぐに気付いた。
「フレームカバーが熱で歪んでいるぞ。これではスラスターとの連動に支障をきたす。もう一度きちんと確認しておけ」
一つ頷いたチーザは、小柄な体で軽やかにモービルギアを登り、バックパック部を一緒に覗き込んできた。
頬が触れるほどの至近。
リップグロスの塗られた口元が勝手に視界へ入り、その艶のある唇が動く。
「こんなちょっとのことを気にするのって先輩くらいですよ?」
「そんなことはない。戦場では......チッ」
今では戦争も終わり、平和な世の中になって随分経つというのに、どうしても感覚が抜けない。自分自身への苛立ちから舌打ちが漏れる。
頭を振って様々な感情を振り落とし、改めて口を開いた。
「これではロールスラスターを使ったときに反応がコンマ5秒遅れる。その影響を述べてみろ」
当時の感覚が忘れられないからだろうか。それともソルティが言う通り、逃げているからだろうか。
つい教官風に説教をしてしまう。
ふと隣を見ると、真剣な顔で患部を覗き込んでいたチーザもこちらを見てきた。
そして、心なしかいつもより凛々しい表情をして声を出す。
「コンマ5秒あればビームを叩き込まれる可能性があり、着弾時のノックバックが次の被弾に繋がる。チェイサーの強みは機動力だ。最初の被弾を如何に避けるかを考えろ。......ですよね先輩!」
「それは誰のモノマネだ?」
目を反らすチーザは「さぁ? 誰でしょう?」と素知らぬ顔で誤魔化している。
ソルティの要らぬ影響がこんなところにも出ているみたいだ。
一先ずアドバイスはしたので、後は本人に任せるべきだろう。
調子にのっているチーザの頭を軽く小突き、ガレージを後にする。
「ありがとうございました!」
チーザの元気な声が外まで響き、照れくささもあって背中越しに手を振るだけにしておいた。
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ガレージを離れて共同洗浄区画へと向かい、眠気覚ましに熱めのシャワーを浴びる。湯気で視界が覆われる中、ソルティからの提案を改めて思い返す。
「俺に価値なんて無いだろう」
漏れた独り言はシャワーの音がかき消してくれた。
兵器として生み出された存在に、平和の時代を生きる価値があるのだろうか。
そうした思いを抱えたまま、ずっと生にしがみついてきた。
だが、娯楽と成り果てたモービルギアに乗っても、熱が戻ってこない。
だからチームサポートに徹し、若手の育成にも力を入れてきた。
なのに、戦場での姿を知る連中からは、逃げているとの言葉だけが続く。
多くの命を奪ってきた過去。
当然、奪われる覚悟も出来ている。
政府が決めた廃棄にも従うつもりであったのに、まるで全てが間違っているかのような言い草だ。
纏わりつく湯気を押しのける溜め息。
「俺にどうしろって言うんだよ」
激情のままに壁を殴り、シャワールーム内には強い振動と鈍い音が響いていく。
ジンジンとした痛みを右拳に感じるが気の済むまで繰り返す。
室内は全開にした熱湯の栓。
肌を流れる温水は、冷え切った心が邪魔をして、何も感じられない。
湯気たちが見られたくない顔を隠し、感情を流してくれない豪雨は、濁流となって消えていく。途切れることのない雨音と、壁を打つ音だけが続いた。
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シャワーの後は軽く朝食を済ませ、共用のリフレッシュルームへと足を運んだ。
あまり眠気が取れず、今も珈琲を飲んでは欠伸を噛み殺している。
「ナックさん、寝不足ですか?」
背後から声を掛けられ首だけで見やると、食堂用トレーを抱えたハーベストが、仕草と目配せだけで隣に座りたい意思を伝えてきた。
それを一瞥した後、隣に侵食させていたタオルやゴーグルなどを手元に引き寄せ、OKを示す。
ハーベストは食堂トレーを置きながら隣に座り、こちらの珈琲を見ては眉を顰めていた。
「カフェインの摂りすぎは体に毒ですよ。あ、このあと整備の相談にのって貰っていいですか?」
「それは構わんが、たったそれ一個で足りるのか?」
ハーベストは「大丈夫です」と返事をして、小さなスコーン一つに、たっぷりの蜂蜜とクロテッドクリームをかけて食べ始める。
甘いものが苦手な身としては、味を想像しただけでも胸やけがしそうだ。
食べているところをあまり見ないようにしつつ、ハーベストから転送された機体データや調整プランを確認するも、目を通すほどに頭痛がこみ上げてくる。
「......口を出したのはソルティだな?」
ハーベストはオレンジ色の瞳を輝かせ、柏手を打って驚きを示す。
「ナックさん、凄いですね。正解です。磁石コンビと言われるだけはありますよ。今回、格闘性能に特化してみたんですけどどうですか?」
頭の悪い調整方針に目眩がする。
最重要のSKが殴りにいってどうするのか。ソルティは後で数回殴っておくべきだろう。
明らかに褒め言葉を期待し、そわそわしている様子のハーベストに構わず、整備の指示を出す。
「脚部追加外装以外はセオリー通りに戻せ」
「え? ソルティさんには勝ち越したんですけど、ダメなんですか?」
少し目を丸くするハーベスト。
レギュレーション上で最高スペックのキーパーは、格闘も強く、ハーベストには乗り熟せるだけの技量もある。
だが、墜とされたら3倍の得点を与えてしまうキーパーが殴りに向かうなど、リスク度外視すぎて付き合っていられない。
目が合ったことで不機嫌さが伝わったのか、ハーベストは体を縮こまらせて不安を吐露する。
「僕、足についてるパワースラスターを使うの苦手で......」
「ハーベストなら数日練習すれば問題ないだろう。好き嫌いは良くないぞ」
席を離れ、ドリンクコーナーから持って来たリットルサイズのプロテインを、ハーベストの目の前に落とす。
受け取られなくて素通りを果たし、降り立ったテーブルには強めの衝撃が走る。
「ちょっと! やめてくださいよナックさん。僕、プロテイン嫌いなんですけど!」
「ダメだ。ハーベストに最も不足しているのはG負担に耐えられる体づくりだ。いいから飲め」
ハーベストからの苦情には取り合わず、背中越しに手を振って立ち去った。