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第75話 聖女の権能

「相も変わらずそのちっぽけな権能で戦ってるのかい? レックス!」

「随分と機嫌がいいな。俺は逆だ」

 互いに拳を構えたまま距離をじりじりと詰め合う二人。

「旧友、いや戦友とまた会えたんだ。嬉しいに決まってるさ!」

 一気に距離を詰めるベオウルフ。そして鋭いアッパーカットを放つ。通常の死神であれば頭ごと吹き飛ぶような強烈な一撃だ。

 それを上体ごとのけ反らせて回避するレックス。

 権能の身体強化を全力で発動しても防ぎきることができないと判断した上での行動だった。

 そしてベオウルフはのけ反ったレックスの顔面目がけて拳を振り下ろす。レックスはその鉄槌打ちを背後に倒れるように回避する。

 足の力だけで起き上がることも可能ではあったが、そのまま地面に倒れる方を選択した。

 バネで跳ね返ったパンチングボールのように顔面を叩き潰されるのが目に見えているからだ。

 続く踏みつけを転がって回避しながらレックスはかつての「序列第一位」の力量を再確認する。

 無策で挑んで勝てる相手ではない。

 レックスの目的はヘルムヴィーゲと同じく「ジャンヌ・ダルク」の孤立化にあった。

 彼女の権能がある限りヴァルキリー軍は勝つことができない。少しでも「ウロボロス」勢力を減らすには彼が身を張ってベオウルフを足止めする必要があった。

 レックスは両腕で地面を強く打ち、その勢いで両足を上方に突き出す。

 だがその両足をベオウルフは両手で難なく掴み、勢いよく振り回した。標識の鉄柱が折れ、電柱が砕ける。

 そしてその両足を念入りに握り折った上で放り捨てた。

 道路から鉄の柵を突き破り、歩道に飛び出すレックス。

 レックスは治癒に可能な限り霊力を回して立ち上がる。

 全力で身体強化の権能を発動する彼に対し、そもそもベオウルフは権能を発動していない。

 する必要もなく、またこの場にはそぐわない能力だからだ。

 ベオウルフはただ格闘戦の力量だけでレックスを圧倒しているのだ。「剣を持たない者には剣で相手をしない」という「誓い」は彼にとって不都合はない。

 休む間もなくベオウルフがレックスに襲い掛かる。

 狙いは治りかけの足。鋭いローキックに再び足がへし折れる。

 倒れたレックスの首に手を伸ばすベオウルフ。それを止めるべくベオウルフの両手首を掴み抵抗するレックスであったが、次第に押し負けていく。

 突然ベオウルフが振り返り、レックスへの攻撃を中断した。

 その隙に勢いよくベオウルフを蹴り飛ばし間合いから逃れるレックス。

「ようやく来たね......“新たな英雄”アマガセ・カズヤ......!」

 レックスの危機に駆け付けたのは一矢、椿、メイジーの三人だった。つぐみは上空から戦況を椿に報告している。

 権能を探られたような奇妙な感覚からベオウルフは一矢の存在を感知したのだ。

 一矢の権能については「ヴァルハラ」でシモン・マグスの並行世界越しに十分理解している。

(あのレックスを圧倒する権能......! これを使うしか......!)

 咄嗟に一矢はベオウルフの権能を借り受ける。

 一直線に向かってくるベオウルフにその権能で対抗しようとするが、不発に終わる。

(不発......!? 条件付き? いや......)

 椿とメイジーが反応する暇もなく、ベオウルフは一矢の目の前にいた。

「使えないだろうね。本当に厄介な権能だよ」

 そう言うと一矢の心臓を貫くべく手刀を構える。

 絶体絶命の危機に一矢は権能の切り替えではなく、飽くまでもベオウルフの権能発動にこだわり足掻くというミスを犯す。

(死......)

 だがその手刀は一矢には届かなかった。背後からレックスがベオウルフを羽交い絞めにしているのだ。

「俺の権能を使って戦え。アマガセ」

「......ああ!」

 一矢はベオウルフの権能を捨て、レックスの権能で身体強化する。

 そしてレックスの拘束を解いたベオウルフの顔面を思い切り殴り飛ばした。

「流石に痛いね。レックスが二人か、楽しめそうだ」

 そう言うとベオウルフは不敵に笑った。



 一方で坂上田村麻呂を相手取るティルヴィングは優勢に立ち回っていた。

 変幻自在な魔剣による攻撃は初見の坂上を圧倒し、彼の権能|「黒漆剣」《こくしつけん》では対応できずに防戦一方でティルヴィングに釘付けにされていた。

 レックスと同じく警戒するのは目の前の敵ではなくジャンヌ・ダルクの権能。

 故に彼女から距離の離れた地点で敵を排除すべく、ティルヴィングの攻撃は熾烈を極めた。

 二振りの魔剣による絶え間ない攻撃。周囲には投擲用の魔剣が縦横無尽に彼の操作で飛び回っており、坂上に攻め入る隙を与えない。

「大方見当がついた。貴殿は鬼の類であるな」

「鬼? いいねえ、普段悪霊だのなんだのいつも言われてばっかだからさあ! でもだったらどうするんだい?」

「文字通りの意味よ。出でよ|『素早丸』《そはやまる》」

 彼の権能であった「黒漆剣」が消え、新たな太刀|「素早丸」《そはやまる》がその手に握られる。

「あんた、第二持ちか!」

 第二権能である|「素早丸」《そはやまる》を警戒し距離を取るティルヴィング。両手の魔剣を追加で投擲し、坂上の出方を伺う。

 すると彼はそれまで弾くことで対処していた飛び道具の魔剣を同じように弾く。

 だがそれまでとは違うのは弾かれた魔剣が次々と破壊されていくことである。

(姐さん嘘だろ? 相性最悪じゃんか!)

「|『素早丸』《そはやまる》は破邪の剣。貴殿のような異形には打ってつけというもの。だが|『素早丸』《そはやまる》を用いずとも勝負は既についたようである」

 その言葉でティルヴィングは近づきつつある大きな霊力の存在に気付いた。

「時間をかけ過ぎたか......!」

 ベオウルフと坂上田村麻呂から遠ざけるように追いやられていたジャンヌ・ダルクが自身に差し向けられた死神を一掃したのである。

 ヘルムヴィーゲたちが警戒していたことが起きた。

 それは「ウロボロス」の残り二人の戦場がジャンヌの権能の対象になったことを意味する。

 ジャンヌ・ダルク。

 “聖女”とも称される彼女の権能は「自軍の勝利」だった。

 故に彼女は自身を取り囲む死神たちに勝った。

 この瞬間に「ウロボロス」の勝利は確定した。

 ヴァルキリー軍は戦場が二つに分かれていた時点で、ジャンヌにぶつけた死神が全滅するまでにベオウルフを、坂上田村麻呂を倒さなければならなかったのだ。
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シニガミ・キリングフィールド ―神魔激突前線東京―作者:犬飼 風
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第75話 聖女の権能

「相も変わらずそのちっぽけな権能で戦ってるのかい? レックス!」

「随分と機嫌がいいな。俺は逆だ」

 互いに拳を構えたまま距離をじりじりと詰め合う二人。

「旧友、いや戦友とまた会えたんだ。嬉しいに決まってるさ!」

 一気に距離を詰めるベオウルフ。そして鋭いアッパーカットを放つ。通常の死神であれば頭ごと吹き飛ぶような強烈な一撃だ。

 それを上体ごとのけ反らせて回避するレックス。

 権能の身体強化を全力で発動しても防ぎきることができないと判断した上での行動だった。

 そしてベオウルフはのけ反ったレックスの顔面目がけて拳を振り下ろす。レックスはその鉄槌打ちを背後に倒れるように回避する。

 足の力だけで起き上がることも可能ではあったが、そのまま地面に倒れる方を選択した。

 バネで跳ね返ったパンチングボールのように顔面を叩き潰されるのが目に見えているからだ。

 続く踏みつけを転がって回避しながらレックスはかつての「序列第一位」の力量を再確認する。

 無策で挑んで勝てる相手ではない。

 レックスの目的はヘルムヴィーゲと同じく「ジャンヌ・ダルク」の孤立化にあった。

 彼女の権能がある限りヴァルキリー軍は勝つことができない。少しでも「ウロボロス」勢力を減らすには彼が身を張ってベオウルフを足止めする必要があった。

 レックスは両腕で地面を強く打ち、その勢いで両足を上方に突き出す。

 だがその両足をベオウルフは両手で難なく掴み、勢いよく振り回した。標識の鉄柱が折れ、電柱が砕ける。

 そしてその両足を念入りに握り折った上で放り捨てた。

 道路から鉄の柵を突き破り、歩道に飛び出すレックス。

 レックスは治癒に可能な限り霊力を回して立ち上がる。

 全力で身体強化の権能を発動する彼に対し、そもそもベオウルフは権能を発動していない。

 する必要もなく、またこの場にはそぐわない能力だからだ。

 ベオウルフはただ格闘戦の力量だけでレックスを圧倒しているのだ。「剣を持たない者には剣で相手をしない」という「誓い」は彼にとって不都合はない。

 休む間もなくベオウルフがレックスに襲い掛かる。

 狙いは治りかけの足。鋭いローキックに再び足がへし折れる。

 倒れたレックスの首に手を伸ばすベオウルフ。それを止めるべくベオウルフの両手首を掴み抵抗するレックスであったが、次第に押し負けていく。

 突然ベオウルフが振り返り、レックスへの攻撃を中断した。

 その隙に勢いよくベオウルフを蹴り飛ばし間合いから逃れるレックス。

「ようやく来たね......“新たな英雄”アマガセ・カズヤ......!」

 レックスの危機に駆け付けたのは一矢、椿、メイジーの三人だった。つぐみは上空から戦況を椿に報告している。

 権能を探られたような奇妙な感覚からベオウルフは一矢の存在を感知したのだ。

 一矢の権能については「ヴァルハラ」でシモン・マグスの並行世界越しに十分理解している。

(あのレックスを圧倒する権能......! これを使うしか......!)

 咄嗟に一矢はベオウルフの権能を借り受ける。

 一直線に向かってくるベオウルフにその権能で対抗しようとするが、不発に終わる。

(不発......!? 条件付き? いや......)

 椿とメイジーが反応する暇もなく、ベオウルフは一矢の目の前にいた。

「使えないだろうね。本当に厄介な権能だよ」

 そう言うと一矢の心臓を貫くべく手刀を構える。

 絶体絶命の危機に一矢は権能の切り替えではなく、飽くまでもベオウルフの権能発動にこだわり足掻くというミスを犯す。

(死......)

 だがその手刀は一矢には届かなかった。背後からレックスがベオウルフを羽交い絞めにしているのだ。

「俺の権能を使って戦え。アマガセ」

「......ああ!」

 一矢はベオウルフの権能を捨て、レックスの権能で身体強化する。

 そしてレックスの拘束を解いたベオウルフの顔面を思い切り殴り飛ばした。

「流石に痛いね。レックスが二人か、楽しめそうだ」

 そう言うとベオウルフは不敵に笑った。



 一方で坂上田村麻呂を相手取るティルヴィングは優勢に立ち回っていた。

 変幻自在な魔剣による攻撃は初見の坂上を圧倒し、彼の権能|「黒漆剣」《こくしつけん》では対応できずに防戦一方でティルヴィングに釘付けにされていた。

 レックスと同じく警戒するのは目の前の敵ではなくジャンヌ・ダルクの権能。

 故に彼女から距離の離れた地点で敵を排除すべく、ティルヴィングの攻撃は熾烈を極めた。

 二振りの魔剣による絶え間ない攻撃。周囲には投擲用の魔剣が縦横無尽に彼の操作で飛び回っており、坂上に攻め入る隙を与えない。

「大方見当がついた。貴殿は鬼の類であるな」

「鬼? いいねえ、普段悪霊だのなんだのいつも言われてばっかだからさあ! でもだったらどうするんだい?」

「文字通りの意味よ。出でよ|『素早丸』《そはやまる》」

 彼の権能であった「黒漆剣」が消え、新たな太刀|「素早丸」《そはやまる》がその手に握られる。

「あんた、第二持ちか!」

 第二権能である|「素早丸」《そはやまる》を警戒し距離を取るティルヴィング。両手の魔剣を追加で投擲し、坂上の出方を伺う。

 すると彼はそれまで弾くことで対処していた飛び道具の魔剣を同じように弾く。

 だがそれまでとは違うのは弾かれた魔剣が次々と破壊されていくことである。

(姐さん嘘だろ? 相性最悪じゃんか!)

「|『素早丸』《そはやまる》は破邪の剣。貴殿のような異形には打ってつけというもの。だが|『素早丸』《そはやまる》を用いずとも勝負は既についたようである」

 その言葉でティルヴィングは近づきつつある大きな霊力の存在に気付いた。

「時間をかけ過ぎたか......!」

 ベオウルフと坂上田村麻呂から遠ざけるように追いやられていたジャンヌ・ダルクが自身に差し向けられた死神を一掃したのである。

 ヘルムヴィーゲたちが警戒していたことが起きた。

 それは「ウロボロス」の残り二人の戦場がジャンヌの権能の対象になったことを意味する。

 ジャンヌ・ダルク。

 “聖女”とも称される彼女の権能は「自軍の勝利」だった。

 故に彼女は自身を取り囲む死神たちに勝った。

 この瞬間に「ウロボロス」の勝利は確定した。

 ヴァルキリー軍は戦場が二つに分かれていた時点で、ジャンヌにぶつけた死神が全滅するまでにベオウルフを、坂上田村麻呂を倒さなければならなかったのだ。
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