バズワズ結成!
「おい、ふざけるなよ。なんだよそのダサくて長いタイトル」
放課後の誰もいない教室。
和津 駆──ネットでは『ワズ』を名乗る少年は、ホワイトボードを睨みつけながら、目の前の陽キャに怒声を浴びせた。
羽頭 蓮。クラスの中心にいるコミュ力の塊であり、裏では顔出しなしで10万人のフォロワーを抱える天才中学生インフルエンサー。
そんな『ハズ』がホワイトボードに書き殴ったのは、眩暈がするほど下品で長い文章だった。
『【悲報】ハズレ属性「灰色魔術」だと学園を追放された俺、実はすべての属性を反転・無効化する神殺しの「境界線」でした 〜今さら戻ってきてくれと言われても遅い。SSS級ダンジョンの最深部でソロ無双します〜』
「小説のタイトルってのはさ!」
ワズは食ってかかる。
「作品の世界観を切り取った一言であるべきだろ。俺の元のタイトル『灰色の境界線』の何が不満なんだよ。こんなの、ただのあらすじの垂れ流しじゃねえか」
「不満だらけだな」
ハズはスマホを弄りながら、冷淡に言い放つ。
「オシャレだけど意味不明な一言タイトルなんか、今のネットの海じゃ誰もクリックしねえんだよ。現にお前のその『灰色の境界線』、累計PV数はいくつだ?」
ワズは言葉に詰まった。
「......3、だけど」
「そう、世界でたったの『3』だ。しかも、そのうち1つは俺だぞ。冷やかしで開いて、最後まで読まされた俺」
ハズがスマホから顔を上げる。
「ダイヤだろうが、砂漠に埋もれてりゃ砂粒と同じだ。いいかワズ、ネットの読者は暇じゃない。最初の3秒で脳汁が出なきゃ、指先1つで次の動画、次の小説にスワイプするんだよ」
「だからって、こんな読者に媚びた安っぽい真似──」
「目を覚ませワズ!」
ハズがホワイトボードをバシィィン!と強烈に叩いた。
カースト上位者特有の、人を射抜く眼力に、ワズの身体が強張る。
「お前が読ませたいのはタイトルか、本文か!?」
ワズは奥歯を噛み締め、掠れた声で、しかしクリエイターとしてのすべてを込めて絞り出した。
「......本文に、決まってんだろ......!」
「だったら、タイトルで釣れ」
ハズの表情が、不敵な笑みに変わる。
「お前の『本文』は間違いなくダイヤの原石だ。磨けば全員がひっくり返る。だけど、誰も掘り起こさなきゃ、砂に埋もれたままなんだよ」
親指で、ホワイトボードを指す。
「この長文タイトルはな、小説の看板じゃない。読者を本文へ引きずり込むための『罠』だ。......いいから、俺の罠に乗れ!」
「......クソっ、分かったよ! 磨き直せばいいんだろ、磨き直せば!」
そこからの15分間、教室には狂ったようなタイピング音が響き続けた。
ワズの武器は、脳内の映像をそのままテキスト化する『超速筆』。
ハズが横から「その無駄な風景描写は全部削れ!」「スマホのスクロールのリズムに合わせろ!」「1話目の3行目に、一番カタルシスのある戦闘シーンを前借りして持ってこい!」と、動画編集さながらのディレクションを飛ばす。
文章の熱量はそのままに、スマホ読者の指に最適化された第1話が、あの長文タイトルを掲げて完成した。
「よし、新タイトルで更新完了っと」
ハズがワズのアカウントから更新ボタンを押し、自身のスマホを構える。
「じゃ、ダメ押しで俺のアカウントからも拡散してやるよ。1分で万単位の数字にして──」
「待て。そんなことしなくていい」
ワズはハズの腕を掴み、睨み据えた。
「は? 何言ってんだよ。使って損はないだろ、武器なんだから」
「武器じゃない、ただのドーピングだ! そんなやり方で数字が増えても、誰も俺たちの物語を評価してない! お前の信者が義理でポチったブックマークなんか、1ミリも嬉しくないんだよ!」
ワズの手が、ハズの腕をさらに強く掴む。
「俺は、お前の知名度に乗りたいんじゃない。お前の『構成力』と俺の『文章』、2人の純粋な実力だけで、このサイトのランキングを這い上がりたいんだ。じゃなきゃ、組んだ意味がない!」
ハズは虚を突かれたように目を見開いた。ワズの真っ直ぐな、剥き出しのプライドを浴びて、その口元がゆっくりと吊り上がる。
「......ハッ、お前ホントにめんどくせえ陰キャだな。......最高だよ」
ワズの手が緩む。ハズはスマホを机に伏せた。
「分かった、完全無名のアカウントのまま、俺の仕込んだ『罠』だけで読者をハメてやる」
数分後。ワズがノートPCの画面をリロードした。
「......へ?」
変な声が出た。
『3』で止まっていたPV数が、一瞬で『300』に化けていた。
もう一度リロード。『1200』。
さらにもう一度。『4500』。
ブクマの通知が、ワズのスマホの画面を埋め尽くしていく。
投稿サイトの更新一覧で、ハズが仕掛けた『罠』に読者が次々と掛かっていたのだ。
「お、お前......まさか、ここまで狙い通り......!?」
呆然とするワズに、ハズは伏せたままのスマホを指先で叩き、ドヤ顔を決めた。
「フフ、俺のフルネーム、言ってみな」
「羽頭......蓮、だろ」
「そう。俺の狙いは──外れん!」
ワズは呆れつつも、画面の数字の暴力に、全身の鳥肌が収まらなかった。
◇
それから、数時間。
教室には、すでに夜の帳が下り始めている。
ワズのノートPCの画面には、信じられない文字が躍っていた。
──日間総合ランキング1位。
今日の放課後まで、たった1人の冷やかし客しか立ち止まらなかった砂漠の砂粒。それが、日暮れを待たずに数万人の脳髄をハッキングし、熱狂の頂点へと駆け上がったのだ。
「おい、ワズ。管理画面を開け」
ハズが顎をしゃくる。
「設定変更だ。ペンネームを書き換えるぞ。もうお前1人の戦いじゃない」
「......何に変えるんだ?」
ハズはノートPCを引き寄せ、上機嫌で新しい名前をタイピングした。
「俺の『ハズ』に濁点を打ってバズ。お前の『ワズ』は、言葉のワーズと読め。2人で1つのペンネームだ」
画面を、くるりとワズに向ける。
「──『バズワズ』。どうよ?」
「バズワズ......」
ワズはその文字列を口の中で呟いた。
自分の紡いだ言葉が、ハズという規格外の相棒の手によって翼を得て、世界を侵略していく。怖気が走るほどの全能感が、少年の胸を焦がしていた。
「......最高だな」
ワズの唇から、自然と笑みが漏れた。
「フッ、それ俺の台詞な。俺たちの言葉と頭脳があれば、ネットの海なんていつでもジャックできる」
ハズはカバンを肩にかけ、薄暗くなった教室のドアへと歩き出す。
そして振り返り、今日一番のドヤ顔を向けてみせた。
「言っただろ? 俺の狙いは──絶対に、外れん!」