ホーム›ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る›第12話:二つの席と万華鏡(下)
目次前の話 →

第12話:二つの席と万華鏡(下)

―――

 ようやく座学が終わって、列になって廊下へ出た。渡り廊下へ向かう途中で、青藍が鶸の襟を引っ張った。

「うわっ」
「襟が裏返し」
「えっ」
「朝からずっと」
「うそ」
「ほんと」

 鶸は慌てて襟を直した。

「コキア、知ってた?」
「いや気づかなかった」
「セイランは」
「知ってた」
「なんで言わないの!」
「面白かったから」
「ひど!」

 鶸の声で、前を歩いていた子が少しだけ振り返った。
 列はそのまま南棟へ戻っていった。渡り廊下の窓の外は、昼の光が強く眩しかった。

  *

 南棟に戻ると、次の合同訓練まで少し時間があった。

「先に訓練着に着替えろよ」

 部屋へ入るなり、青藍が言った。

「えー」
「えーじゃない」
「まだ時間ある」
「絶対あとで慌てることになるだろ」
「慌てないよ」
「お前はむしろ今慌てろ」

 鶸はぶつぶつ言いながら、訓練着をベッドへ放り投げた。が、そのままベッドの下へ潜り込んで、木箱を引っ張り出す。
 深緋はベッドへ腰掛けて、さっさと訓練着の袖を通していた。
 窓から入る白い光が、テーブルの端へ細くまばゆく落ちている。

「コキア、コキア、見て」

 鶸は箱の中から、ひとつずつ物を取り出していった。

「これ、覚えてる?」
「去年の救助任務で拾ってた丸い石」
「丸い石!」
「覚えてる」
「あ、これは?」
「北方に展開作戦した時に見つけてた片方だけの耳飾りかな」
「そう!」

 透き通った石、小さなボタン、欠けた金具、色の剥げた飾り板。窓の光が石の端に当たるたび、小さな虹が揺れた。
 鶸は嬉しそうに、それを床へ並べていく。並べ方に法則はなくて、ただ手に取った順に等間隔に。

 青藍は机の横で訓練着へ着替えながら、「先に着替えろって言ったのに......」とだけ言った。

「あれ?」

 箱の底の方で、鶸が首を傾げた。

「これ、なんだっけ」

 手に取ったのは、小さな筒だった。
 片方に覗き穴があって、表面には色の薄くなった紙が巻かれている。

「拾ったの、覚えてる?」
「うーん、覚えてないけど結構前からあったんじゃない?」
「だいぶ前だもん。めっちゃ風強い時の保護任務の時の」
「あー......」

 鶸は筒を振った。
 中で、かしゃ、かしゃ、と細かい音がした。

「中、なんか入ってる」

 もう一回振る。
 それから、覗き穴に気づいて、片目をぎゅっと閉じた。反対側を窓へ向ける。
 一拍あった。

「......うわっ!」

 鶸が跳ねた。

「コキア、見て、見てこれ!」

 床を滑るみたいに飛んできて、深緋へ筒を押し付ける。深緋は受け取って、覗き穴へ目を当てた。
 中で、小さな色の破片が光っていた。筒を少し回すと、破片が崩れて、別の形へ組み変わる。

「......わ」

 もう一回、くるりと回す。さっきとは違う模様になる。深緋は思わず声をあげる。

「これ、きれい」
「でしょ!」

 鶸はぴょんと跳ねた。

「これ、ぜんぶ変わるんだよ。ずっと」
「うん」
「すごくない?」
「すごいね」

 青藍がその声で振り返った。

「何騒いでるんだ」

 鶸は待ってました!という顔で、「セイランも!」と筒を差し出した。

 青藍は溜息をつきながら受け取って、窓へ向けた。
 少し黙った。

「......」
「セイラン黙った」
「うるさい」

 でも、もう一回、回した。

「中、鏡が貼られているのか」
「セイランすぐ説明する」
「鏡なんだから鏡だろ」
「ロマンがない」
「ロマンってなんだよ」

 鶸は笑いながら筒を取り返した。
 今度はランプへ向ける。

「うわ、橙!」
「ヒワ、声」
「あ」

 声は小さくなったが、跳ねるのはやめなかった。

 廊下の方が、少しずつ騒がしくなってきた。
 どこかの部屋のドアが開いて、短い足音が通り過ぎる。
 深緋は丸テーブルへ肘をついたまま、もう一度万華鏡を見ていた鶸を眺めた。窓の光の中で、鶸の髪が少し白く光を溜めているように見える。

「ヒワ、まだ着替えてないだろ」

 青藍が言った。

「あ」

 鶸は自分の格好を見下ろした。
 片袖しか通していなかった。

「ほらな」
「忘れてた」
「忘れるな」

 深緋は笑ったが、あわてて自分の袖も引っ張った。そういえば自分も、まだ片方しか袖を通していなかった。
 まだ夏の光で白く眩しかった。白い光が、棚の上の筒へ細く当たっていた。

(了)
シェア
前の話 →
第12話:二つの席と万華鏡(上)
最新話です
目次に戻る
ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

第12話:二つの席と万華鏡(下)

―――

 ようやく座学が終わって、列になって廊下へ出た。渡り廊下へ向かう途中で、青藍が鶸の襟を引っ張った。

「うわっ」
「襟が裏返し」
「えっ」
「朝からずっと」
「うそ」
「ほんと」

 鶸は慌てて襟を直した。

「コキア、知ってた?」
「いや気づかなかった」
「セイランは」
「知ってた」
「なんで言わないの!」
「面白かったから」
「ひど!」

 鶸の声で、前を歩いていた子が少しだけ振り返った。
 列はそのまま南棟へ戻っていった。渡り廊下の窓の外は、昼の光が強く眩しかった。

  *

 南棟に戻ると、次の合同訓練まで少し時間があった。

「先に訓練着に着替えろよ」

 部屋へ入るなり、青藍が言った。

「えー」
「えーじゃない」
「まだ時間ある」
「絶対あとで慌てることになるだろ」
「慌てないよ」
「お前はむしろ今慌てろ」

 鶸はぶつぶつ言いながら、訓練着をベッドへ放り投げた。が、そのままベッドの下へ潜り込んで、木箱を引っ張り出す。
 深緋はベッドへ腰掛けて、さっさと訓練着の袖を通していた。
 窓から入る白い光が、テーブルの端へ細くまばゆく落ちている。

「コキア、コキア、見て」

 鶸は箱の中から、ひとつずつ物を取り出していった。

「これ、覚えてる?」
「去年の救助任務で拾ってた丸い石」
「丸い石!」
「覚えてる」
「あ、これは?」
「北方に展開作戦した時に見つけてた片方だけの耳飾りかな」
「そう!」

 透き通った石、小さなボタン、欠けた金具、色の剥げた飾り板。窓の光が石の端に当たるたび、小さな虹が揺れた。
 鶸は嬉しそうに、それを床へ並べていく。並べ方に法則はなくて、ただ手に取った順に等間隔に。

 青藍は机の横で訓練着へ着替えながら、「先に着替えろって言ったのに......」とだけ言った。

「あれ?」

 箱の底の方で、鶸が首を傾げた。

「これ、なんだっけ」

 手に取ったのは、小さな筒だった。
 片方に覗き穴があって、表面には色の薄くなった紙が巻かれている。

「拾ったの、覚えてる?」
「うーん、覚えてないけど結構前からあったんじゃない?」
「だいぶ前だもん。めっちゃ風強い時の保護任務の時の」
「あー......」

 鶸は筒を振った。
 中で、かしゃ、かしゃ、と細かい音がした。

「中、なんか入ってる」

 もう一回振る。
 それから、覗き穴に気づいて、片目をぎゅっと閉じた。反対側を窓へ向ける。
 一拍あった。

「......うわっ!」

 鶸が跳ねた。

「コキア、見て、見てこれ!」

 床を滑るみたいに飛んできて、深緋へ筒を押し付ける。深緋は受け取って、覗き穴へ目を当てた。
 中で、小さな色の破片が光っていた。筒を少し回すと、破片が崩れて、別の形へ組み変わる。

「......わ」

 もう一回、くるりと回す。さっきとは違う模様になる。深緋は思わず声をあげる。

「これ、きれい」
「でしょ!」

 鶸はぴょんと跳ねた。

「これ、ぜんぶ変わるんだよ。ずっと」
「うん」
「すごくない?」
「すごいね」

 青藍がその声で振り返った。

「何騒いでるんだ」

 鶸は待ってました!という顔で、「セイランも!」と筒を差し出した。

 青藍は溜息をつきながら受け取って、窓へ向けた。
 少し黙った。

「......」
「セイラン黙った」
「うるさい」

 でも、もう一回、回した。

「中、鏡が貼られているのか」
「セイランすぐ説明する」
「鏡なんだから鏡だろ」
「ロマンがない」
「ロマンってなんだよ」

 鶸は笑いながら筒を取り返した。
 今度はランプへ向ける。

「うわ、橙!」
「ヒワ、声」
「あ」

 声は小さくなったが、跳ねるのはやめなかった。

 廊下の方が、少しずつ騒がしくなってきた。
 どこかの部屋のドアが開いて、短い足音が通り過ぎる。
 深緋は丸テーブルへ肘をついたまま、もう一度万華鏡を見ていた鶸を眺めた。窓の光の中で、鶸の髪が少し白く光を溜めているように見える。

「ヒワ、まだ着替えてないだろ」

 青藍が言った。

「あ」

 鶸は自分の格好を見下ろした。
 片袖しか通していなかった。

「ほらな」
「忘れてた」
「忘れるな」

 深緋は笑ったが、あわてて自分の袖も引っ張った。そういえば自分も、まだ片方しか袖を通していなかった。
 まだ夏の光で白く眩しかった。白い光が、棚の上の筒へ細く当たっていた。

(了)
シェア
最新話です
目次に戻る
ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません