本編
●
「あんたを追放する」
「......理由は何だ? 俺をクビにする理由があるのか?」
「残念だけど、それがあるんだよ」
酒場の円卓を囲んでいる五人の冒険者たち。
重装の回復術師である俺ことイカッツイ・ウォットーコは実力と人格を兼ね揃えたベテランだ。
自己評価として難点があるとしたら、三十代半ば、すこし体力の衰えをおぼえつつあることか。
あるいは、俺が一番の年長者であるために、リーダーにとって少々居心地が悪いことか。
しかし、いずれにせよ、それは半年前に俺を仲間にする段階でわかっていたことでしかない。
「だったら言え。全員に説明しろ」
「いや、イカッツイ、お前以外の全員ともう相談してある。同意は得ているんだ」
「......あぁー? なんだって?」
残る三人の仲間を、俺は見やった。
攻撃術師のターマニ・ミスリマス、弓兵のミダレィ・ウッゼー、商人のウリキーレ。
華やかな三人の女冒険者たちは一様に、リーダーである剣士のバッサバ・サキルに異を唱えない。
「ごめんなさい、イカッツイおじさま。でも、こうするしかなかったの」
「先生、ボンゴレビアンコ海岸洞窟でポイズンチンアナゴの猛毒を治してくれたこと、忘れません」
ターマニとミダレィは双方とも素直で、俺のことを頼れる先輩冒険者として慕ってくれていた。どうも短絡的な好き嫌いの話ではないらしい。
ウリキーレだけは様子を伺うように発言を控えて、冷めかけたピッツァをかじっている。
「僕も、お前のことは高く買っているさ。だけど追放する。仕方ないんだ」
「その理由を言えと言ってるだろう」
「......怒らないでよ?」
「努力はする」
俺はそう言って、背負っていたモーニングスターの収納袋をウリキーレに手渡した。
「わっ! 重すぎなのです......っ」
商人とはいえ戦場ではウリキーレも一端の武器を握り、軽装鎧を着込む。その彼女が、力を入れて踏ん張りながらようやく引き寄せることができる程度には重たい武器だ。
この集団で一番の怪力と最大の回復を兼ねる俺を、一体どうして追放せねばならないのか。
その回答は、机の上に載せられた鳥かごの中にあった。
「にゃあ~ん」
ネコだ。
子猫だ。
マジカルキャットの幼体だ。
成体のマジカルキャットは人間に近しい知力を備え、魔法を操り、それなりに従順に命令を聞く。
このような魔物を育て、使役する魔獣師という冒険職も確立されている。
しかし、このマジカルキャットは幼体でまだ戦力外、しかも魔獣師の姿形も見えない。
少なくとも、この熟練重装回復戦士の俺を戦力としてクビにする理由にはなりえない。
――いや、まさか、そんな。
「......イカッツイ・ウォットーコ。お前は“猫アレルギー”だったよな?」
「おい、待て、冗談だろ......?」
「僕は――いや、僕らは」
四人はお互いに視線で合図して、声を揃えて答える。
「ネコを飼いたい!!」
合体攻撃魔法をジェネラルチンアナゴにぶちかました時くらい、息がぴったりだった。
この四人は、猫アレルギーの俺にナイショで、マジカルキャットの飼育を決断していたのだ。
何ということだ。
三十代半ばのベテラン冒険者と、猫一匹を天秤にかけて、ネコを選んだのだ。
誰がどう考えても、俺の方が役立つというのに。
「おま......お前らナァ!? 猫アレルギーの俺が飼うのに反対するから追放するってのか!」
「するだろ! 反対!」
「するが!? 当然するが!?」
「じゃあ辞めてくれ!! 僕はお前よりネコを選ぶ!!」
「何だとォ!?」
俺はモーニングスターの代わりに、フランスパンを振りかぶって怒りをあらわにした。
マジカルキャットの幼体は「なぁーお」とのんきに鳴いている。
「バッサバ! 貴様っ、どうして俺を選ばない!!」
「だってオッサンとネコだぞ!? ネコを選ぶだろう!」
「そこは誰しもオッサンを選ぶに決まってるだろう、常識的に考えて!」
俺の訴えに、なんだなんだと聞き耳を立てていた他の酒場の客たちがざわざわと議論する。
「いや、まぁ、ネコかな......」
「ああ、うん、オッサンとネコじゃなぁ」
「はぁ? オッサンがかわいそうだろう!? もっとオッサンをいたわってやれよ!」
どうも外野の意見もネコ寄りなのが気になるが、大事なのは仲間の意見だ。
俺は三人娘に改めて意見を問うた。
「ターマニ! まずお前だ! 俺の強さは十人力だ! それでもネコを選ぶのか!」
「はわ! え、えーと......」
ターマニは魔法使いの帽子を深く被り直して、申し訳無さそうに視線を伏せる。
そして子猫のことをちらちら見ながら、つぶやく。
「おじさまはとっても強くて頼りになります。本当に、何度も助けられました。――ということは、どこの冒険者パーティでもやっていけるってことです。確かに戦力的には色々と困ることになるかもしれませんけど、でも、この子はおじさまと違うから......」
「う、ぐ、確かに、俺は強いが......」
再雇用先があるかないか、でいえば、ある。
お互い、俺はこのパーティを追放されてもすぐに他のパーティで働けることに異論はない。
しかし、しかしだ。
俺だって、半年間もいっしょに冒険をしてきた仲間と別れるのはつらい。
そもそもの話、この若者たちはみんな、良いやつらだ。
金払い良いし。
ビジュ良いし。
コミュ力あるし。
有望な若い連中に慕われて、頼られて、活躍できて、充実した日々を送っていたのだ。
それを、こんなかわいいだけの泥棒ネコに奪われるだなんて。
「だっておじさま、この子、すっごく可愛くてぇ......かわいいって理由だけじゃダメですか?」
「かわいいだけじゃダメに決まっているだろうが!!」
「ひぇっ! こわいかお過ぎますおじさま......」
じわっと涙ぐむターマニ。
俺はハッとして、いつものように渦巻き状のペロペロキャンディーを差し出してなだめだ。
「おーよしよし、悪かったターマニ。これやるから泣くんじゃないぞ」
「うぐぅ......はむあむ」
半泣きしつつ好物のペロキャンをはむはむするターマニ。
お前こそカワイイのカタマリだよ。自覚しろ。
たまに魔法をミスって前衛を焼き焦がすこともあるが、それも愛嬌でごまかせる可憐な妹分だ。
実力以外はとても良い子だけに、これっきりというのは口惜しい。
そこへ外野が口をはさむ。
「おう元気だせよイカッツイ! いっそわしらのパーティに来るか? 歓迎するぞ!」
早速の勧誘、しかし揃いも揃って見知ったオッサンども。何なら俺より十は年上だ。
「お前らはとっとと引退しろオッサンどもが!!」
「お前もオッサンじゃろうが」
「イヤだ!! 俺はまだ三十半ばだ! まだオッサンだとしてもピチピチのオッサンだ!!」
俺は決意を深めた。
このパーティを追放されたらピチピチじゃないオッサンと当面組むはめになりかねない。
イヤだ。
ピチピチじゃないオッサンとの冒険譚とかイヤすぎる。
「先生、私は、これも良い機会だとおもいます」
ターマニが飴で沈黙状態になったので、代わりにと弓兵のミダレィが話をつづけた。
「良い機会......だと?」
「はい、先生。多くのことを学ばせていただいた今、卒業の頃合いだと思うんです。先生には、また次の新米冒険者のご指導を担ってほしいんです」
「そ、卒業、なぁ。確かに、俺はお前達を育ててほしいとギルドマスターに頼まれた。一人前と言えるようになったことは認めるが、俺はまだ......」
言い淀んだ。
正直に、ただただ情緒的に「イヤだ」というのはあまりに“先生”らしからぬ。
「デストリプルチンアナゴのジェットスプラッシュアタックを受けた時、もうダメかと思いました。でも、先生のおかげで、なんやかんやでどうにかなりました」
「そこはふわっとするなよ」
「先生の、熱い冒険者魂を、どうか後進に教え広めてほしいんです。私達のようなひよっこの新米冒険者が、なんやかんやどうにか生き延びるために」
「気に入ったのかよ」
「先生。半年間、なんやかんやありがとうございました」
「言葉選びも狙い澄ませよ弓兵だろうが!!」
「てへ」
冷静沈着を装ってわりとテキトーなミダレィは涼しい顔して舌を出しておどける。
こいつはこいつでかわいいのだ。
教師になった覚えはないが、過去十回以上は毒で死にかけては治したおぼえがあるので、ほっとけないという意味でも離れがたい。
敵の頭上に向けて矢を乱れ打ち、雨のように降らせるアローレインという技。
そこに毒の矢じりを組み合わせた、ポイズンアローレイン。
あれを頭上の、真上の敵に目掛けて意気揚々と撃った時のこいつの「勝った......」という勝利を確信した顔と、そのあと自滅して「たすけて......」と震え声でうめくさまは忘れられそうにない。
「イカッツイ様、名残惜しいですが、追放......もとい退職は決定事項なのですよ」
ここで沈黙を守ってきたウリキーレが口を開く。
商人のウリキーレは唯一、このパーティでは俺と同じくベテラン側だ。
交渉事に長ける彼女は確実に説き伏せようとしてくるだろう。
「そもそも追放ってのは何だ、物々しい」
「“自主退職”してくれない場合、そうなるということです。本件はパーティの総意に基づいており、かつ、正当な解雇理由たりうる要件も揃っているのですよ。活動方針を明確に異にする以上はね。自主退職してくださるのでしたら、こちらも相応に補償金を支払います。ホイホイホイっと」
ウリキーレは算盤を弾き、補償金とやらを算出する。
――文句をつけると強欲だと世間に罵られかねないような、十分な金額だ。
「この先二度ほどダンジョン攻略を成し遂げた場合の報酬に相当するはずです。わたくしとしては少々相場より高すぎると思うのですが、他の方々が安すぎると言い張るもので......」
ちらっと見やると、ターマニとミダレィが「うんうん」と強くうなずいている。
「そこまで手厚く買ってくれてるなら、ネコより俺を選べよお前ら......」
「おじさま、ネコには勝てません」
「うん、ネコは神」
真顔で言っている。いっそ洗脳や魅了の状態異常にかかっていると言ってくれ。
そして張本人のネコは鳥かごの中で、バッサバに干し肉を与えられてじゃれついている。
いや、かわいいのは認める。
しかし猫アレルギーの俺にはつらい。とてもいっしょに冒険生活はできる気がしない。断固拒否だ。
「だがなウリキーレ。俺のいなくなった穴はどう埋める。戦力低下は避けられないぞ」
「有力な魔獣師に勧誘を行っているのです。このマジカルキャットは魔力の高い希少個体だそうで、ぜひ譲ってほしい、もしくはパーティに加えて育てさせてほしい、と」
「じゃあ譲れよ」
「え、かわいいからヤダ」
「ウリキーレ、お前もか」
呆れ果てるが、そもそもこのウリキーレという熟練冒険者は「かわいい若者たちがいるから」という理由で加入したヤベーやつだ。積極的にかわいい少年少女に豪勢で華美な装備を着飾って楽しもうとしている。
俺のようなオッサンとてカワイイクマ耳アーマーを着せてかわいいで塗り潰そうとしたほどだ。
退職金をがっつり積んでも、かわいい指数が爆上げならオッケーという計算だろう。
――本当に残念だが、これはもう、渋々と承諾するしかないだろう。
聞き分けのないことを言って、最後に喧嘩別れするのもイヤだ。
「――ああ、わかったよ。俺の猫アレルギーはどうにもならないし、お前らがどうしてもその猫を飼いたい意志も揺るぎない。その上、たんまり補償金をくれるってんだったら落ち度もない。ウリキーレ、金はギルドの口座に。ここの払いは頼むぜ。それと、得物を返してくれ」
「はい。後日丁重に」
ウリキーレはモーニングスターを重たげに引きずり、俺に返却した。
その刹那、俺は収納袋に入ったままの得物を振り抜いた。
モーニングスターを、水平に振り抜いてネコの入った鳥かごへとぶちあてようと動いた。
――無論、寸止めするつもりだったが。
刹那。
バッサバはとっさにフランスパンでモーニングスターをそらし、防ごうと対処していた。
猫可愛がりするだけでなく、ちゃんと、守ろうと動けていたわけだ。
「......」
仔猫は微動だにせず、じっと、こちらを見つめ返していた。
「世話、できるんだな」
「ああ、お前がいなくたってな」
俺はモーニングスターを引っ込めて、酒場を後にする。
流石に、子猫相手にゃ分が悪い。
冒険者稼業をやってりゃ、出会いも別れも繰り返すことになる。
今日もいつかの酒の肴だ。
「......でもなぁ、さびしいもんはさびしいぜ」
別に、二度と会えないわけじゃない。いつかどこかでふらっと顔を合わせて、よお、順調か? と酒を酌み交わせはするだろう。
むしろ死別せずに済んでるだけ、マシなくらいだ。
俺は夜風を相手にくよくよつぶやきながら、今夜泊まる宿を探してとぼとぼと歩く。
「引退か、またパーティ探しか。はっ、まるで捨て猫になった気分だぜ」
厳ついオッサンがモーニングスターを背負って捨て猫を名乗るのも無理があるか。
そう自嘲する。
そういえば、こっぴどく不当に追放された冒険者が華麗に返り咲くはなしを噂に聴いたことがある。
しかし、なんやかんや順当に解雇された冒険者だと話し筋が通らない、そもそも俺はあいつらが不幸な目にあってほしくもない。
そう、あいつらは俺の――。
○
月明かりに濡れて、宿屋のカーテンは淡く輝いていた。
それに映る、鳥かごの中の、仔猫の影。
四人の冒険者はぐっすりと各々のベッドで寝静まっていた。
バッサバ、ターマニ、ミダレィ、ウリキーレ。それぞれ枕元に最低限の装備品を携えているが、やはり寝姿というものは無防備この上ないものだ。
今ならば、容易く仕留められる。
仔猫は、いや、仔猫を騙るモノは、するりと鳥かごを抜け出した。
鳥籠をすりぬけるなんて、カンタンなことだ。
自由自在に姿かたちを変えられるソレにとって、まさに、造作もないことだ。
ぬるり、べとり。
ずるり、ずるり。
固体と液体の中間を無作為にいったりきたりしながら、仔猫を騙るモノは、まず一番脆弱そうな攻撃術師のターマニに這い寄った。
そして、おぞましくも鋭利に、仔猫を象っていたカラダを、小さな断頭台に作り変えた。
冷たい刃を、落として断ち切る。
速やかに、静かに、一人ずつ。
そのための、断頭台だ。
「にゃぁん」
ターマニの首が、冷たい木床に転げ落ちる――。
しかし、次の瞬間、仔猫を騙るモノの想像だにしない出来事が起きた。
落ちた首が、あたかも時間が巻き戻るかのように、床に滴り落ちた血の一滴に至るまで、跡形もなく元通りになっていく。
信じがたい光景だった。
凶悪な、幾人もの冒険者を屠ってきたであろう老獪なる魔物にも、見たことがない現象だ。
夢か、幻か、はたまた、奇跡か。
断頭台と化していた自分までも元の仔猫に逆戻りして、不可思議な現象は終了した。
結果、仔猫を騙るモノの姿形とターマニの身に起きた惨劇の二つは、およそ十秒前に戻った。
仔猫を騙るモノはハッと背後を振り返る。
月明かりの窓辺に、大きな人影。
それは重々しい鎧甲冑を纏った大男であったが、猫よりも素早く迫った。
黒い稲妻が瞬いた。
仔猫を騙るモノを、迅雷が、いや、鉄球が破壊した。
断末魔の叫びすら許さず、仔猫を騙るモノは消滅させられたのだった。
「......ミミック、擬態する魔物か。“保険”を解除しないでおいてよかったぜ」
大男――重装の回復術師は再度、寝入ったままのターマニに何らかの術を施す。
それが何であるか、この男以外、この町に知る者はいないだろう。
男は交戦の痕跡、部屋の汚損を“回復”しつつ、小声でひとりつぶやく。
「俺の殺気を込めたフルスイングに微動だにしねぇ仔猫がいるかよ。なにより、猫アレルギーの俺が一度もくしゃみをしねぇんだ。そりゃこーゆーこったろうな」
男はそこで立ち尽くす。
何も知らず、眠り続ける四者をしばし眺めて、そして男は静かに去っていった。
●
一ヶ月後――。
「あいてててて」
バッサバは顔を引っかき傷だらけにしていた。
膝の上に抱きかかえた仔猫にこっぴどくやられたらしい。
「はっ、いい気味だな。治してほしけりゃ一杯酒でもおごれよな」
「うう、頼むぅ......」
偶然、酒場で鉢合わせたバッサバと俺は他愛なく語らっていた。
どうも仔猫の躾に手間取っているようだ。
「こいつ、拾ってきた時はおとなしかったのに、お前と別れてから急になんか気性が荒くなったつーか、やんちゃ小僧になったつーか」
「元々が“借りてきた猫”だったんだろ。いや、“借り物の猫”か」
「はぁ? まぁ、僕以外には懐いてるっぽいんだけど」
「そりゃ、かわいいからな、あいつら」
「ふにゃうにゃ!」
「うわ、暴れんなこいつ!」
仔猫と格闘するバッサバを、俺は酒の肴にして笑い飛ばした。
せっかくの退職金の半分が“そいつ”をこっそり買い求めるのに消えた。楽しまなきゃ損だ。
残念なことに、俺はまだ、使った金を回復する魔法を使えない。
「あ、そっち行った!」
「うわ、ちょ、ま、へっくし! へっくし!! へっくしゅん!!」
そしてなお残念なことに、俺はまだ、猫アレルギーを回復する魔法も使えない。
-fin-