⑮ 鯨の歌
救難信号の正体は、海の中から響く"声"だった。
「コレは......クジラね?やっぱり海に潜るしか無いのか。気は進まないけど、"正義の味方"を自称する者としては、捨て置けないわね」
そんな事を呟きながら、彼女は、備え付けの特殊潜航艇に乗り換えた。
もちろん、時空旅行機そのモノにも、水中潜航能力は有るのだが、もしもの時に備えて、大事な"虎の子"は残しておきたいのだ。
時空旅行機の尾部が開くと、そこから海中に向けて、彼女の特殊潜航艇が発進した。
因みにコレは、かつてサン・ジェルマン伯爵から、譲り受けたモノである。
ソレは、ニンゲン世界のトラブル解決を、ほんの少しだけサポートした、そのお礼という事だった。正義の活動に対して、謝礼は不要と、一旦は辞退したのだが、「まあ、神様のミワザに対する"御布施"だと思って」などと言われ、押し付けられてしまった......まあ、有ったら有ったで、このように重宝するのである。
その金色の機体の原型は、ニンゲンの世界の、ドイツという国で作られた、フォルクスワーゲンビートルという名の、乗用車らしい。
コレはその6号車なのだが、タイヤがオミットされ、水中と空中での活動に特化する形に改められていた。
彼女は早速、金色のビートルのヘッドライトを点灯し、海中を進む。
しばらくそのまま潜航すると、やがて、巨大なクジラの姿が見えて来た。どうやらシロナガスクジラの仲間のようだ。
間違い無い。悲痛な鳴き声は、この個体から出されたモノだった。
『どうしたの......何かトラブルでも有った?』
彼女は、手持ちの万能言語変換器を使いながら、ビートルの外部スピーカーを通して、クジラ語で尋ねた。
海水中では、テレパシーが通じにくいのだ。
すると、そのクジラの答えはこうだった。
『仲間たちが、みんな死んでしまった......ボクはもう、一人ぼっちだ。これからどうしたら良いのか、解らない』
バステトは少し考えてから、こんな答えを示す。
『アナタに選択肢をあげるわ』
『......どんな事だい?』
『このアナタの故郷で、大人しく運命に従い、絶滅の時を静かに待つか、或いは......』
『......或いは?』
『私と共に来て、別の時間軸に居る、仲間と共に生きるか?』
『......』
『ただ、何れの場合も、この時間軸のシロナガスクジラは、絶滅する事になるわね......どうする?』
そのクジラは、しばらく考えていたようだった。
しかし、ついに決断した。
『......お願いするよ。ボクは別の世界で生きる』
『了解したわ』
バステトはそう言うと、早速行動に移った。