第十五話 秘密基地
用務員室は、校舎端の地下にあった。
教室から離れるほど、廊下の音は少なくなる。
代わりに、古い床板のきしむ音や、どこかで水の流れる音が近く聞こえた。
先頭を歩いていたハリスが、扉の前で足を止める。
「ここだ」
ミコトは、扉の札を見上げた。
用務員室。
秘密の話をする場所としては、少し意外だった。
けれど、誰も使っていない空き教室を探すより、確かに人目は少ない。
ハリスが扉を叩く。
中から、低い声が返った。
「開いてる」
「お邪魔します。ゴーンズさん」
ハリスが扉を開けると、木と油と古い布の匂いがした。
棚には工具や縄、釘の入った箱、掃除道具、補修用の板材が並んでいる。
壁際には折り畳まれた梯子が立てかけられていた。
その奥に作業服を着たおじさんがいた。
茶色い髪と無精髭、くたびれた感じの装いなのに、顔つきは精悍だ。
この人がゴーンズさんだ。
「また来たな坊主共」
そう言うなり、ゴーンズさんは棚の下から皇國将棋の盤を取り出した。
「今日は誰だ。ハリスか。ヴァンか」
部屋の中央には、この季節には使っていないテーブル型のストーブが置かれている。
ゴーンズさんは当然のように、その上へ盤を広げようとした。
ヴァンが言った。
「ちがう」
ゴーンズさんの手が止まる。
ハリスが一歩前へ出た。
「ゴーンズさん、ここを借ります」
「......将棋じゃねえのか」
「違います」
「じゃあ何だ」
ハリスは、すぐには答えなかった。
教室での調子とは違う。
言葉を選んでいる。
ミコトは、少しだけ手帳を抱え直した。
オーレリアが周囲を見回す。
ハリエットは扉の方を気にしている。
ヴァンは、ゴーンズさんの顔を見ていた。
ゴーンズさんは盤を抱えたまま、しばらく子供達を見比べた。
「遊びじゃねえな」
ハリスが頷く。
「はい」
「閉めろ」
ヴァンが扉を閉めた。
部屋の中の音が、少し小さくなる。
ハリスは、短く事情を話した。
ミコトが声を聞いたこと。
良くないことが起きるかもしれないこと。
けれど、何が起きるのか、どこで起きるのかはまだ分からないこと。
証拠を探す必要があること。
オーレリアは横で手帳を開いていたが、声には出さなかった。
ゴーンズさんは、途中で一度も口を挟まなかった。
将棋盤だけを、まだ片手で持っている。
話が終わると、ゴーンズさんは盤をストーブの上へ置いた。
ただし、駒は出さなかった。
「で、なんで俺のところへ来た」
ハリスが答える。
「用務員なら、学院内の使っていない部屋や、閉まっている場所を知っています」
「先生より動きやすい」
ヴァンが続けた。
「それに、口が堅い」
ゴーンズさんは鼻で笑った。
「おまえら、都合のいい時だけ大人を頼るな」
「都合が悪いので頼っています」
ハリスが真面目に返す。
ゴーンズさんは少しだけ黙った。
それから、椅子を引いた。
「まぁ、座れ」
その時だった。
扉が外から軽く叩かれた。
返事を待たずに、ひょいと顔がのぞく。
「ゴーンズさん、いるー?」
ローティだった。
部屋の中を見て、目を丸くする。
「え? なんでみんないるの? 面白いこと?」
ヴァンが即座に言った。
「ローティには教えない」
ハリスも続ける。
「面白くないから帰っていい」
「嘘だね」
ローティはあっさり言った。
そして、片手に持っていた包みを掲げる。
「あ、ゴーンズさん、これキャサリンさんからお届けモノ」
包みから、甘い匂いがした。
アップルパイだった。
ゴーンズさんの眉が、わずかに動く。
「そこへ置け」
「はーい」
ローティは遠慮なく入ってきて、空いている机に包みを置いた。
それから、もう一度みんなを見る。
「で、何? 秘密のやつ?」
「帰れ」
ヴァンが言う。
「やっぱ秘密じゃん」
「違う」
「じゃあ何?」
「教えない」
「教えないってことは、秘密じゃん」
ヴァンが少しだけ眉を寄せた。
ハリスが、静かに息を吐く。
「ローティ、秘密は守れるか?」
ローティは、そこで少しだけ顔を引いた。
ハリスの声が、いつもより硬かったからだ。
「......危ないやつ?」
誰もすぐには答えなかった。
その沈黙だけで、ローティの表情が変わる。
人なつこい顔のまま、目だけが少し真面目になる。
ゴーンズさんは、アップルパイの包みを横目で見てから、子供達を見た。
「聞いちまったやつを追い出しても、廊下で聞き耳立てるだけだろ」
「立てないし」
ローティが言う。
ヴァンが見る。
ローティは少しだけ目を逸らした。
「......ちょっとしか」
「立てるじゃねえか」
ゴーンズさんが言った。
ミコトは、ローティを見た。
食堂で会った時とは違う。
今のローティは、何が起きているのか分からないまま、それでも首を突っ込む気満々の顔だった。
ハリエットが小さく言う。
「秘密、守れなかったら?」
「守るから、そんなの言う必要ない」
ローティの即答に、ヴァンは息を吐いた。
「邪魔しないなら」
ハリスが付け足す。
「勝手もしないなら」
ローティが笑顔で言う。
「もちろん!」
ハリエットとオーレリアは、疑心暗鬼の眼差しだ。
ゴーンズさんが、将棋盤の端を指で叩いた。
こつり、と音が鳴る。
「で、場所だったな」
全員の目が戻る。
「秘密基地が欲しいんだろ」
オーレリアの目が光った。
「秘密基地なのよぅ」
「遊び場じゃねえぞ」
「分かってるのよぅ」
ゴーンズさんは棚の方を見た。
工具。縄。古い鍵束。補修板。掃除道具、何だかよく分からない魔導具。
学院の表では見えないものが、そこには詰まっていた。
「そこの倉庫なら使っていい」
ハリエットがほっと胸を撫で下ろす。
「だが、条件がある」
ハリスが身構えた。
「ここの掃除を手伝え」
「それぐらい、お安い御用なのよぅ」
「ええ、それぐらいなら...」
ミコトは答えた。
だがこの後、ミコトは知る。
用務員室には、もう一つ大倉庫がある事。
そして、何年も掃除されていなかった事。
「おぅふ...」