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閑話三 第三話 御茶会


 どうして、こうなった。

 目の前には、白い陶器のカップ。

 その中には、薄い琥珀色のお茶。

 小さな皿には、砂糖を薄くまぶした焼き菓子と、赤い果実のジャムを挟んだ丸いお菓子。

 そして、私の正面には、イネヴェアさん。

 その左右には、エインさん、アディさん。わたしの隣には、クリスさん。

 つまり。

 私は今、御茶会に参加していた。

 ......そう。御茶会に、参加していた。

「ですから、マナ様は、ただ美しいだけではないのですわ」

 イネヴェアさんが、背筋をまっすぐ伸ばしたまま言った。

 カップを持つ手の角度まで、なぜかきれいだった。

「皇家の方としての気品。無駄なことを仰らない静けさ。あの年齢で、あれほど人を黙らせる雰囲気をお持ちなのですもの。あれは、そう簡単に身につくものではありませんわ」

「分かりますわ」

 エインさんが頷いた。

「この前、廊下ですれ違ったことがありますけれど、何も仰っていないのに、こちらが自然と道を空けてしまいましたもの」

「それ、怖かっただけではありませんの?」

 クリスさんが小さく首を傾げる。

「怖い、とは少し違いますわ」

 エインさんは、真面目な顔で言った。

「こう、背筋が伸びる感じです」

「ああ、それは分かります」

 アディさんが、カップを置きながら頷いた。

「マナ様に見られると、姿勢を正さなければならない気がします。言葉をかけられたわけでもないのに」

 私は、カップを両手で持ったまま、相槌の時機を探していた。

 マナ様。

 たしかに、すごい人だと思う。

 見た目も、立場も、雰囲気も。

 ただ、私の場合は、少し違う。

 背筋が伸びるというより、心臓が縮む。

 それは言わない方がいい気がしたので、私はお茶を一口飲んだ。

 いい香りがした。

 少し渋くて、あとから花みたいな匂いがする。

「ミコトさんは、どう思われまして?」

「えっ」

 急に聞かれて、私はカップを落としかけた。

 あぶない。

 御茶会のカップは、たぶん落としてはいけない。

「マナ様のことですわ」

 イネヴェアさんが、当然のようにこちらを見る。

「えっと......」

 私は少し考えた。

 ここで、怖いです、と言うのはたぶん違う。

 かっこいいです、と言うのも、少し浅い気がする。

「とても、存在感のある方だと思います」

 私がそう言うと、イネヴェアさんは一瞬だけ目を細めた。

 失敗しただろうか。

「悪くない表現ですわ」

 よかったらしい。

「存在感。そうですわね。まさに、それですわ」

 イネヴェアさんが満足そうに頷いた。

 御茶会、むずかしい。

 ひとつ答えるだけで、胸の中に小さな試験がある。

「けれど、マナ様は髪飾りをほとんどお使いになりませんわよね」

 クリスさんが言った。

 話が飛んだ。

 さっきまで気品の話をしていたはずなのに、今は髪飾りの話になっている。

「そこがよろしいのですわ」

 イネヴェアさんは、すぐに答えた。

「飾らずとも美しい方が、余計なものを足す必要はありませんもの」

「でも、薄紅の石などはお似合いになりそうです」

 アディさんが言った。

「髪の色に合わせるなら、真珠も良いと思います」

「真珠は少し柔らかすぎませんこと?」

 エインさんが言う。

「マナ様なら、もっと硬い光の方が似合いますわ」

「紅玉?」

「それは瞳と合いすぎて、少し強すぎます」

「では、金細工だけにするのは?」

「それは良いですわね」

 私は、目だけで会話を追いかけていた。

 速い。

 御茶会の会話は、思っていたよりも速い。

 そして、方向転換も急だ。

「ところで、中央通りの新しい菓子店には行かれました?」

 クリスさんが、急に言った。

 髪飾りの話は終わっていたらしい。

「新しい菓子店?」

 エインさんが反応する。

「ええ。果実の砂糖漬けを薄い焼き菓子で挟んだものがあるのですけれど、あれがとても良いのです」

「あら。私、まだですわ」

 イネヴェアさんが少しだけ眉を上げた。

「評判は聞いております。ですが、少し庶民寄りの店だとも」

「包装紙は可愛らしいですわよ」

「包装紙で菓子の格は決まりませんわ」

「でも、可愛い包装紙は大事です」

 アディさんが静かに言った。

「贈り物にするとき、第一印象になりますから」

「それはそうですわね」

 イネヴェアさんが頷く。

 なるほど。

 包装紙は、大事。

 私は心の中でメモしておいた。

「ミコトさんは、甘いものはお好き?」

 クリスさんに聞かれた。

「好きです」

 これはすぐ答えられた。

「では、今度そちらのお店にも行きましょう」

「え」

「せっかくですもの。和之国の方が、こちらのお菓子をどう思われるのか、聞いてみたいですわ」

 クリスさんは、悪気なく微笑んだ。

「ミコトさんの国には、どういうお菓子がありますの?」

 アディさんが聞く。

「えっと......いろいろあります。お餅とか、お団子とか」

「おもち」

「おだんご」

 三人が、聞き慣れない言葉を繰り返した。

 イネヴェアさんも少しだけ興味を持った顔をする。

「それは、焼き菓子ですの?」

「焼くものもありますけど、たぶん、煮たり蒸したりする方が多いです」

「蒸す菓子」

 エインさんが、少し考え込む。

「柔らかそうですわね」

「柔らかいです。あと、もちもちしています」

「もちもち」

 クリスさんが、また繰り返した。

 言葉の響きが気に入ったらしい。

「もちもちした菓子。少し気になりますわ」

「それは、茶に合いますの?」

 イネヴェアさんが聞いた。

「合うと思います。たぶん」

「たぶん?」

「私、こちらのお茶との組み合わせは、まだ分からなくて」

「では、検証が必要ですわね」

 イネヴェアさんが言った。

 検証。

 その言葉を、御茶会で聞くとは思わなかった。

「そういえば、今年は細いリボンを重ねるのが流行ですわ」

 エインさんが、もう次の話題へ移っていた。

 菓子の話も終わったらしい。

「太いリボンではなく?」

「ええ。細いものを二本、あるいは三本。色を少しずらすのです」

「学院の制服に合わせるなら、あまり派手にはできませんわね」

 アディさんが自分の髪飾りに触れた。

「でも、休日なら良いと思います」

「ミコトさんのリボンは、いつも紫ですわね」

 クリスさんがこちらを見る。

「あ、はい」

 私は自分の髪に触れた。

 三つ編みを留めている紫のリボン。

 慣れた色だ。

「瞳の色と合っていますわ」

「髪にも少し紫が入っていますものね」

「黒髪に紫の光。珍しいですわ」

 三人の視線が、私の髪へ集まる。

 私は少しだけ背筋を伸ばした。

 見られている。

 御茶会は、話していなくても見られる。

「眼鏡も黒縁ですし、全体として少し落ち着きすぎですわね」

 イネヴェアさんが言った。

 これは、けなされているのだろうか。

 たぶん、違う。

 イネヴェアさんは、私を上から下まで見て、真剣に考えていた。

「細い銀の髪飾りを足すとよろしいのではなくて?」

「銀ですか」

「ええ。派手なものではなく、細いものです。紫を邪魔しない程度に」

「いいですわね」

 エインさんが頷く。

「黒縁眼鏡とも合います」

「眼鏡に合わせて装飾を考えるのは、少し新しいですわ」

 クリスさんが言う。

 私はカップを持ったまま黙っていた。

 自分の眼鏡が、装飾計画に入っている。

 そういうこともあるらしい。

「あの、眼鏡は、たぶん実用品です」

「実用品だからこそですわ」

 イネヴェアさんは、きっぱり言った。

「毎日使うものほど、きちんと見せるべきです」

 なるほど。

 言われてみれば、少し分かる気がした。

 分かる気はしたけれど、御茶会で眼鏡の見せ方を考えることになるとは思わなかった。

「ペットの首輪にも、同じことが言えますわ」

 エインさんが得意げに言った。

 また話が飛んだ。

 私は、今度は少しだけついていけなかった。

「首輪、ですか」

「ええ。実用品ですが、見た目も大切です」

「エインさんのところの犬、また新しい首輪にしたんですの?」

 クリスさんが聞く。

「しました。青い革に、銀の留め具です」

「まあ、可愛い」

「可愛いだけではありません。前のものより軽いのです」

 やはりエインさんは得意げだ。飼い犬が自慢なのかもしれない。

「それは大事ですわね」

 アディさんが頷く。

「重いものは、動物が嫌がりますから」

「ミコトさんの猫は?」

 イネヴェアさんが私を見る。

「ルナですか?」

 林間学校で堂々と連れていたので、もう周知の事実らしい。

「ええ。黒い猫」

「首輪は、していません」

「まあ」

 クリスさんが少し驚いた顔をした。

「逃げたりしませんの?」

「たぶん、嫌がるので」

「嫌がるなら仕方ありませんわね」

 アディさんが、静かに頷いた。

「動物にも好みがあります」

 思ったより、すぐ納得された。

「ルナさんは、何を食べますの?」

 エインさんが少し身を乗り出して聞く。

「お魚とか、お肉とか。あと、時々、ヴァンさんが何か用意しています」

「ヴァンさんが?」

 クリスさんの目が少し丸くなる。

「はい」

「意外ですわ」

「意外、ですか?」

「だって、あまりそういうことをなさるようには見えませんもの」

 私は少し考えた。

 たしかに、ヴァンさんはあまりそういうことをしそうには見えないかもしれない。

 でも、ルナのことはちゃんと見ている。

「ヴァンさんは、優しいです」

 言ってから、少しだけ口を閉じた。ちょっとムキになってたかもしれない。

 イネヴェアさんが、こちらを見た。

 エインさんも見た。

 アディさんも、クリスさんも見た。

 私はカップを持ち直した。

「......たぶん」

「たぶん、なのですわね」

 イネヴェアさんが、少しだけ笑った。

 からかわれている、気がする。

「そういえば、最近は防犯用の小型警報具が流行っているそうですわ」

 クリスさんが言った。

 話題がまた飛んだ。

 今度はペットから防犯。

 なぜそこへ行ったのか、私には分からない。

「ラヴェニカで流行っているものですわね」

 エインさんが頷く。

「護身用として持つ御令嬢が増えているとか」

「音が鳴るものですの?」

「ええ。強い音で周囲へ異常を知らせるものです」

 私は、そこで思い出した。

 マリアンナさんが使ったという、あれ。

 警戒術アラルムの音が鳴る小型警報具。

「マリアンナさんが持っていたもの、でしょうか」

「たぶん、それですわ」

 クリスさんが嬉しそうに頷いた。

「実際に音を聞いた方の話では、とてもよく響くそうです」

「そうなんですね」

 私は頷いた。

 その音を、私は聞いていない。

 その時、私は水晶湖クリスタル・レイクにいたからだ。

 でも、野営地の皆を起こしたのなら、たぶん、かなり大きな音だったのだと思う。

 防犯ブザー。

 私は心の中で、そう呼んでいる。

「ミコトさんの国にも、似たようなものがありますの?」

「あります」

「まあ」

 エインさんが身を乗り出した。

「やはり、音が鳴るのですか?」

「はい。紐を引くと、大きな音が鳴ります」

「魔法ではなく?」

「魔法ではなく」

「それは便利ですわね」

「持ち歩けますの?」

「はい。鞄につけたりします」

 四人の目が、少し真剣になった。

 さっきまでお菓子やリボンやペットの話をしていたのに、防犯の話になった途端、空気が少しだけ変わった。

「それなら、色や形も大事ですわね」

 イネヴェアさんが言った。

「いかにも防犯用、という見た目では持ち歩きにくいですもの」

「可愛い形なら、普段も持てますわ」

 クリスさんが頷く。

「でも、いざという時にすぐ使えないと意味がありません」

 アディさんが言う。

「飾り紐と一緒にすると、引きやすいかもしれません」

「なるほど」

 エインさんが真面目に頷いた。

 防犯ブザーの装飾について、御茶会で話し合いが始まった。

 私は、もう何が普通なのか分からなくなってきた。

 マナ様がかっこいい話。

 新しいお菓子の話。

 流行のリボンと眼鏡の話。

 ペットの首輪の話。

 防犯ブザーの話。

 御茶会とは、もっと静かで、優雅で、怖いものだと思っていた。

 けれど実際は、話題があちこちへ飛ぶ。

 そして、みんな真面目だった。

 かっこいいものには真面目に憧れて、おいしいものには真面目に喜んで、可愛いものには真面目に悩んで、危ないことには真面目に備える。

 それが、少しおかしかった。

 少しだけ、楽しかった。

「ミコトさん」

 イネヴェアさんが、カップを置いた。

「はい」

「本日は、なかなか有意義でしたわ」

「そう、ですか」

「ええ」

 イネヴェアさんは、当然のように頷いた。

「あなたの国のお菓子、もちもちについて伺いませんと」

「あ、はい」

「ですから、次回も来ていただきますわ」

「......え」

 次回。

 やっぱり、あった。
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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閑話三 第三話 御茶会


 どうして、こうなった。

 目の前には、白い陶器のカップ。

 その中には、薄い琥珀色のお茶。

 小さな皿には、砂糖を薄くまぶした焼き菓子と、赤い果実のジャムを挟んだ丸いお菓子。

 そして、私の正面には、イネヴェアさん。

 その左右には、エインさん、アディさん。わたしの隣には、クリスさん。

 つまり。

 私は今、御茶会に参加していた。

 ......そう。御茶会に、参加していた。

「ですから、マナ様は、ただ美しいだけではないのですわ」

 イネヴェアさんが、背筋をまっすぐ伸ばしたまま言った。

 カップを持つ手の角度まで、なぜかきれいだった。

「皇家の方としての気品。無駄なことを仰らない静けさ。あの年齢で、あれほど人を黙らせる雰囲気をお持ちなのですもの。あれは、そう簡単に身につくものではありませんわ」

「分かりますわ」

 エインさんが頷いた。

「この前、廊下ですれ違ったことがありますけれど、何も仰っていないのに、こちらが自然と道を空けてしまいましたもの」

「それ、怖かっただけではありませんの?」

 クリスさんが小さく首を傾げる。

「怖い、とは少し違いますわ」

 エインさんは、真面目な顔で言った。

「こう、背筋が伸びる感じです」

「ああ、それは分かります」

 アディさんが、カップを置きながら頷いた。

「マナ様に見られると、姿勢を正さなければならない気がします。言葉をかけられたわけでもないのに」

 私は、カップを両手で持ったまま、相槌の時機を探していた。

 マナ様。

 たしかに、すごい人だと思う。

 見た目も、立場も、雰囲気も。

 ただ、私の場合は、少し違う。

 背筋が伸びるというより、心臓が縮む。

 それは言わない方がいい気がしたので、私はお茶を一口飲んだ。

 いい香りがした。

 少し渋くて、あとから花みたいな匂いがする。

「ミコトさんは、どう思われまして?」

「えっ」

 急に聞かれて、私はカップを落としかけた。

 あぶない。

 御茶会のカップは、たぶん落としてはいけない。

「マナ様のことですわ」

 イネヴェアさんが、当然のようにこちらを見る。

「えっと......」

 私は少し考えた。

 ここで、怖いです、と言うのはたぶん違う。

 かっこいいです、と言うのも、少し浅い気がする。

「とても、存在感のある方だと思います」

 私がそう言うと、イネヴェアさんは一瞬だけ目を細めた。

 失敗しただろうか。

「悪くない表現ですわ」

 よかったらしい。

「存在感。そうですわね。まさに、それですわ」

 イネヴェアさんが満足そうに頷いた。

 御茶会、むずかしい。

 ひとつ答えるだけで、胸の中に小さな試験がある。

「けれど、マナ様は髪飾りをほとんどお使いになりませんわよね」

 クリスさんが言った。

 話が飛んだ。

 さっきまで気品の話をしていたはずなのに、今は髪飾りの話になっている。

「そこがよろしいのですわ」

 イネヴェアさんは、すぐに答えた。

「飾らずとも美しい方が、余計なものを足す必要はありませんもの」

「でも、薄紅の石などはお似合いになりそうです」

 アディさんが言った。

「髪の色に合わせるなら、真珠も良いと思います」

「真珠は少し柔らかすぎませんこと?」

 エインさんが言う。

「マナ様なら、もっと硬い光の方が似合いますわ」

「紅玉?」

「それは瞳と合いすぎて、少し強すぎます」

「では、金細工だけにするのは?」

「それは良いですわね」

 私は、目だけで会話を追いかけていた。

 速い。

 御茶会の会話は、思っていたよりも速い。

 そして、方向転換も急だ。

「ところで、中央通りの新しい菓子店には行かれました?」

 クリスさんが、急に言った。

 髪飾りの話は終わっていたらしい。

「新しい菓子店?」

 エインさんが反応する。

「ええ。果実の砂糖漬けを薄い焼き菓子で挟んだものがあるのですけれど、あれがとても良いのです」

「あら。私、まだですわ」

 イネヴェアさんが少しだけ眉を上げた。

「評判は聞いております。ですが、少し庶民寄りの店だとも」

「包装紙は可愛らしいですわよ」

「包装紙で菓子の格は決まりませんわ」

「でも、可愛い包装紙は大事です」

 アディさんが静かに言った。

「贈り物にするとき、第一印象になりますから」

「それはそうですわね」

 イネヴェアさんが頷く。

 なるほど。

 包装紙は、大事。

 私は心の中でメモしておいた。

「ミコトさんは、甘いものはお好き?」

 クリスさんに聞かれた。

「好きです」

 これはすぐ答えられた。

「では、今度そちらのお店にも行きましょう」

「え」

「せっかくですもの。和之国の方が、こちらのお菓子をどう思われるのか、聞いてみたいですわ」

 クリスさんは、悪気なく微笑んだ。

「ミコトさんの国には、どういうお菓子がありますの?」

 アディさんが聞く。

「えっと......いろいろあります。お餅とか、お団子とか」

「おもち」

「おだんご」

 三人が、聞き慣れない言葉を繰り返した。

 イネヴェアさんも少しだけ興味を持った顔をする。

「それは、焼き菓子ですの?」

「焼くものもありますけど、たぶん、煮たり蒸したりする方が多いです」

「蒸す菓子」

 エインさんが、少し考え込む。

「柔らかそうですわね」

「柔らかいです。あと、もちもちしています」

「もちもち」

 クリスさんが、また繰り返した。

 言葉の響きが気に入ったらしい。

「もちもちした菓子。少し気になりますわ」

「それは、茶に合いますの?」

 イネヴェアさんが聞いた。

「合うと思います。たぶん」

「たぶん?」

「私、こちらのお茶との組み合わせは、まだ分からなくて」

「では、検証が必要ですわね」

 イネヴェアさんが言った。

 検証。

 その言葉を、御茶会で聞くとは思わなかった。

「そういえば、今年は細いリボンを重ねるのが流行ですわ」

 エインさんが、もう次の話題へ移っていた。

 菓子の話も終わったらしい。

「太いリボンではなく?」

「ええ。細いものを二本、あるいは三本。色を少しずらすのです」

「学院の制服に合わせるなら、あまり派手にはできませんわね」

 アディさんが自分の髪飾りに触れた。

「でも、休日なら良いと思います」

「ミコトさんのリボンは、いつも紫ですわね」

 クリスさんがこちらを見る。

「あ、はい」

 私は自分の髪に触れた。

 三つ編みを留めている紫のリボン。

 慣れた色だ。

「瞳の色と合っていますわ」

「髪にも少し紫が入っていますものね」

「黒髪に紫の光。珍しいですわ」

 三人の視線が、私の髪へ集まる。

 私は少しだけ背筋を伸ばした。

 見られている。

 御茶会は、話していなくても見られる。

「眼鏡も黒縁ですし、全体として少し落ち着きすぎですわね」

 イネヴェアさんが言った。

 これは、けなされているのだろうか。

 たぶん、違う。

 イネヴェアさんは、私を上から下まで見て、真剣に考えていた。

「細い銀の髪飾りを足すとよろしいのではなくて?」

「銀ですか」

「ええ。派手なものではなく、細いものです。紫を邪魔しない程度に」

「いいですわね」

 エインさんが頷く。

「黒縁眼鏡とも合います」

「眼鏡に合わせて装飾を考えるのは、少し新しいですわ」

 クリスさんが言う。

 私はカップを持ったまま黙っていた。

 自分の眼鏡が、装飾計画に入っている。

 そういうこともあるらしい。

「あの、眼鏡は、たぶん実用品です」

「実用品だからこそですわ」

 イネヴェアさんは、きっぱり言った。

「毎日使うものほど、きちんと見せるべきです」

 なるほど。

 言われてみれば、少し分かる気がした。

 分かる気はしたけれど、御茶会で眼鏡の見せ方を考えることになるとは思わなかった。

「ペットの首輪にも、同じことが言えますわ」

 エインさんが得意げに言った。

 また話が飛んだ。

 私は、今度は少しだけついていけなかった。

「首輪、ですか」

「ええ。実用品ですが、見た目も大切です」

「エインさんのところの犬、また新しい首輪にしたんですの?」

 クリスさんが聞く。

「しました。青い革に、銀の留め具です」

「まあ、可愛い」

「可愛いだけではありません。前のものより軽いのです」

 やはりエインさんは得意げだ。飼い犬が自慢なのかもしれない。

「それは大事ですわね」

 アディさんが頷く。

「重いものは、動物が嫌がりますから」

「ミコトさんの猫は?」

 イネヴェアさんが私を見る。

「ルナですか?」

 林間学校で堂々と連れていたので、もう周知の事実らしい。

「ええ。黒い猫」

「首輪は、していません」

「まあ」

 クリスさんが少し驚いた顔をした。

「逃げたりしませんの?」

「たぶん、嫌がるので」

「嫌がるなら仕方ありませんわね」

 アディさんが、静かに頷いた。

「動物にも好みがあります」

 思ったより、すぐ納得された。

「ルナさんは、何を食べますの?」

 エインさんが少し身を乗り出して聞く。

「お魚とか、お肉とか。あと、時々、ヴァンさんが何か用意しています」

「ヴァンさんが?」

 クリスさんの目が少し丸くなる。

「はい」

「意外ですわ」

「意外、ですか?」

「だって、あまりそういうことをなさるようには見えませんもの」

 私は少し考えた。

 たしかに、ヴァンさんはあまりそういうことをしそうには見えないかもしれない。

 でも、ルナのことはちゃんと見ている。

「ヴァンさんは、優しいです」

 言ってから、少しだけ口を閉じた。ちょっとムキになってたかもしれない。

 イネヴェアさんが、こちらを見た。

 エインさんも見た。

 アディさんも、クリスさんも見た。

 私はカップを持ち直した。

「......たぶん」

「たぶん、なのですわね」

 イネヴェアさんが、少しだけ笑った。

 からかわれている、気がする。

「そういえば、最近は防犯用の小型警報具が流行っているそうですわ」

 クリスさんが言った。

 話題がまた飛んだ。

 今度はペットから防犯。

 なぜそこへ行ったのか、私には分からない。

「ラヴェニカで流行っているものですわね」

 エインさんが頷く。

「護身用として持つ御令嬢が増えているとか」

「音が鳴るものですの?」

「ええ。強い音で周囲へ異常を知らせるものです」

 私は、そこで思い出した。

 マリアンナさんが使ったという、あれ。

 警戒術アラルムの音が鳴る小型警報具。

「マリアンナさんが持っていたもの、でしょうか」

「たぶん、それですわ」

 クリスさんが嬉しそうに頷いた。

「実際に音を聞いた方の話では、とてもよく響くそうです」

「そうなんですね」

 私は頷いた。

 その音を、私は聞いていない。

 その時、私は水晶湖クリスタル・レイクにいたからだ。

 でも、野営地の皆を起こしたのなら、たぶん、かなり大きな音だったのだと思う。

 防犯ブザー。

 私は心の中で、そう呼んでいる。

「ミコトさんの国にも、似たようなものがありますの?」

「あります」

「まあ」

 エインさんが身を乗り出した。

「やはり、音が鳴るのですか?」

「はい。紐を引くと、大きな音が鳴ります」

「魔法ではなく?」

「魔法ではなく」

「それは便利ですわね」

「持ち歩けますの?」

「はい。鞄につけたりします」

 四人の目が、少し真剣になった。

 さっきまでお菓子やリボンやペットの話をしていたのに、防犯の話になった途端、空気が少しだけ変わった。

「それなら、色や形も大事ですわね」

 イネヴェアさんが言った。

「いかにも防犯用、という見た目では持ち歩きにくいですもの」

「可愛い形なら、普段も持てますわ」

 クリスさんが頷く。

「でも、いざという時にすぐ使えないと意味がありません」

 アディさんが言う。

「飾り紐と一緒にすると、引きやすいかもしれません」

「なるほど」

 エインさんが真面目に頷いた。

 防犯ブザーの装飾について、御茶会で話し合いが始まった。

 私は、もう何が普通なのか分からなくなってきた。

 マナ様がかっこいい話。

 新しいお菓子の話。

 流行のリボンと眼鏡の話。

 ペットの首輪の話。

 防犯ブザーの話。

 御茶会とは、もっと静かで、優雅で、怖いものだと思っていた。

 けれど実際は、話題があちこちへ飛ぶ。

 そして、みんな真面目だった。

 かっこいいものには真面目に憧れて、おいしいものには真面目に喜んで、可愛いものには真面目に悩んで、危ないことには真面目に備える。

 それが、少しおかしかった。

 少しだけ、楽しかった。

「ミコトさん」

 イネヴェアさんが、カップを置いた。

「はい」

「本日は、なかなか有意義でしたわ」

「そう、ですか」

「ええ」

 イネヴェアさんは、当然のように頷いた。

「あなたの国のお菓子、もちもちについて伺いませんと」

「あ、はい」

「ですから、次回も来ていただきますわ」

「......え」

 次回。

 やっぱり、あった。
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