ホーム›魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―›第二十六話 復讐しないと、決めた日
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第二十六話 復讐しないと、決めた日

 ――夕暮れ。
 ロゼンと族長は、湖畔で片づけをしていた。
 バケツの水を捨てたロゼンは、族長に言った。

「勝負の途中だったが、俺は一匹も釣ることができなかった。約束通り、俺に答えられることなら答える」

 族長は穏やかな口調で言った。

「集落に残る気はありませんか。僕が言語を教えます」

 ロゼンは息を吐いた。

「それだけはできない。俺は帰る家を失ったかもしれない。だが、目標は残っている」

 族長は口元を緩め、頷いた。

「ロゼンの目標は何ですか?」

 ロゼンは右の剣にそっと触れた。

「考古学の歴史にマーニ・アルヘイナの名を残し、ともに旅をした英雄ロゼンになることだ!」

 族長はわずかに目を見開いた。
 ロゼンを、かつての己と重ねる。
 自身のことよりも失った家族を優先する、その姿に感銘を受けた。

「四人のヴェラの戦士を説得します。僕に、もう少し時間をください」

「ああ」

 族長は柔らかく微笑んだ。

「ちょうど二匹釣れました。ヴェラの民が寝静まった頃、焼き魚にしますが、ロゼンも食べますか?」

「ああ」

「では、帰るとしましょう」

 二人は釣竿とバケツを持ち、集落へ向かった。

 *

 ――族長の家。
 ロゼンは剣の手入れをしていた。
 族長は、その様子を見つめていた。
 外から騒ぎ声が響き渡る。

 族長はロゼンに声をかけた。

「外で何かあったのかもしれません。様子を見てきます」

 ロゼンは手入れした剣を鞘に入れた。

「俺も行くよ」

 二人は立ち上がり、外に出た。

 声のするほうへ向かう。
 集落の出入口に、ヴェラの民が集まっていた。
 彼らは慣れた手つきで、森のヌシを解体していた。
 ナイフで腹を裂いて内臓を取り出す。
 毛皮を剥ぎ取る。
 斧を振り下ろし、頭部と四肢を切断していた。

 その様子をロゼンと族長は眺めていた。

 カイレンが二人に近寄り、片膝をついた。

「Kozuchal, Nushial nalteal ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(族長、森のヌシの四肢ですが、硬くて食べられそうにありません)」

 族長は顎にそっと手を当てた。
 横目でロゼンを見た。

「ロゼン、硬い肉を食べる方法をご存じですか?」

 しばしの沈黙。

「蜂蜜はあるか?」

「ありますが、何に使うのですか?」

「硬い肉を蜂蜜に一晩漬けると柔らかくなる」

 族長は眉尻を下げた。

「それだと、肉が甘くなりませんか」

「塩で味付けすれば、甘辛くすることができる。俺の故郷では、そうして食べていた。言い忘れていたが、肉は食べられる大きさに切る必要がある」

 族長はカイレンに命じた。

「ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(肉を食べられる大きさに切って、蜂蜜に一晩漬けてくれ)」

 カイレンは言い返した。

「ze tiralen estal. aber, ze tiralen estal ze nalteal.
(蜂蜜は貴重です。それに、甘い肉が食べられるとは思えません)」

 族長はカイレンの目を見つめた。

「Losen nalteal ze tiralen estal.
(ロゼンの故郷では、そういう料理があるようだ)」

 柔らかく微笑んだ。

「Losen nalteal ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(ロゼンを信じよう。また、未知の味が堪能できるかもしれない)」

 カイレンの喉が鳴った。

「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」

 カイレンは立ち上がり、ロゼンに笑みを浮かべた。
 踵を返し、その場を後にした。

 ロゼンは族長に言った。

「熊の骨は使えるが、以前とは比べ物にならないほどの悪臭を放つ。族長、ヴェラの民に説明しておいてくれ」

「はい。あとのことはヴェラの民に任せて、我々は食事の時間まで待つとしましょう」

 族長が歩き出し、ロゼンは隣に並んだ。

「あんたは手伝わなくていいのかよ」

 くすっ、と族長は笑った。

「ロゼン、人には向き不向きがあるんです」

 ロゼンは族長をじっと見つめた。
 族長は咳払いを一つ。

「親が子に教え、子が成長して親になった時、我が子に教える。僕がすべてやってしまうと、彼らは僕を頼ってしまう。だから、僕は彼らの成長を邪魔しないよう見守っています」

 ロゼンは笑った。

「悪い大人だな。でも、嫌いじゃないぜ」

 二人は族長の家に入った。

 その後、カイレンとミレンが夕食を運んできた。

 ミレンは、片言で「ロゼン、アリガトウ」と言い、ロゼンは胸の奥がほんの少し温かくなった。

 二人が立ち去り、ロゼンと族長は夕食を取った。

 族長は、熊肉の串焼きを美味しそうに頬張る。

 皆が寝静まった頃、二人は湖畔へ向かい、魚を焼いて食べた。

 酒を飲んで酔い潰れたロゼンを、族長が背負って運んだ。

 *

 ――翌日の午前。

 湖畔では、ロゼン、族長、カイレンが集まっていた。

 ロゼンが寸胴鍋で熊の骨を煮込んでいる。

 周辺には強烈な獣臭が漂い、風に乗って集落まで届いていた。

 ヴェラの民は、家の中で祈りを捧げた。

 ロゼンが骨を取り出す。

 カイレンは熱々の骨を手に取り、口に運んだ。

 舌の上で転がし、笑みを零す。

 先日と同様に、悪臭はこってりしたいい匂いへと変わった。

 ここで、ロゼンは蜂蜜漬けにした熊肉を鷲掴みで、鍋に入れた。

 族長はロゼンに質問を投げかけた。

「焼くんじゃないんですか?」

 ロゼンは熊肉を入れながら説明を始めた。

「フライパンで焼くには脂がいる。それに、肉は冷めると硬くなる」

 熊肉をすべて鍋に入れ、杓子でかき混ぜる。

 族長は、残った蜂蜜に目をやった。

「残った蜂蜜はどうするんですか?」

 ロゼンは鍋を見つめたまま答えた。

「獣臭いから料理には使えない」

 族長は息を吐いた。

「勿体なくありませんか」

「あるから、すべて使えばいいってものじゃない」

 ロゼンはため息をついた。
 森のヌシ相手に、慣れていない二本の剣を同時に使ってしまった。
 己に言い聞かせるように、ロゼンは口を開いた。

「俺の二本の剣のようにな」

 蜂蜜を一瞥した。

「料理には使えないだけで、頭に塗って洗い流せば、痒みを抑えることもできる」

 族長は顎にそっと手を当てた。

「そういう使い道もあったんですね」

「ああ。故郷のエレナ婆ちゃんがいろいろと詳しくてな。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった」

 一拍置いて、続けた。

「族長、カイレン、味を見てくれるか」

 族長は笑みを浮かべ、木の器を差し出した。

 カイレンは骨を吐き捨て、族長に倣う。

「待っていました」

 ロゼンが熊肉スープを器に入れ、族長に渡し、続けてカイレンにも手渡す。

 二人は歪な木のスプーンで、少し大きめの熊肉を口に運んだ。

 族長は、小さなため息をついた。

「あれは、集落を作り始めた日のことです。その日は、雨が降っていました。僕たち一家は、洞窟で雨宿りをしました。身を寄せ合い、冷え切った体を温めていました。魔王ネクロヴァルから分けてもらった食料で、妻はスープを作ってくれました」

 族長の瞳が潤んだ――

 やがて、涙が頬を伝う。

「スープの味は思い出せませんが、家族との大切な思い出が一つ蘇りました。ロゼン、とても美味しいです」

 カイレンは咀嚼しながら頷いた。

「...... ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal. ze tiralen estal, aber ze tiralen estal ze nalteal. ze tiralen estal. Milen nalteal ze tiralen estal.
(......知らない味がする。甘いのに辛い。とても不思議な味だが、不快ではない。肉が柔らかい。これならミレンにも安心して食べさせることができる)」

 そして、微笑んだ。

 ロゼンは口元を緩めた。

「ヴェラの民を半数集めてくれ。足りない分は、もう一度作る」

 族長はカイレンに命じた。

「Kailen, Raven Maiten nalteal ze tiralen estal. Losen nalteal ze tiralen estal.
(カイレン、ヴェラの民を半数呼んできてくれ。ロゼンは足りない分を、もう一度作ってくれる)」

 カイレンはスープを飲み干し、器を地面に置き、集落へ向かって走った。

 ロゼンはヴェラの民に熊肉スープを振る舞い、彼らは恐る恐る口に運んだ。

 食べた者はさまざまな感想を述べたが、ロゼンには何を言っているのかわからなかった。

 最後には、食べた者すべてが笑っていた。

 それだけで、ロゼンの胸の奥がほんの少し温かくなった。

 熊肉スープを配り終え、ロゼンは休憩を挟んだ。

 ヴェラの戦士から差し入れでもらった木の実を口にしながら、空をぼんやりと見上げる。

 ヴェラの民は悪い人々ではない。彼らは、掟に従っただけで、本気でロゼンとマーニを保護しようとしていた。

 族長が掟を作ったのも、ヴェラの民を守るため。

 もし、自身がヴェラの民として生まれていれば、きっと同じことをしていただろう。

「お前が復讐を望んでいるとは思えない。だから、俺も復讐しない。考えを纏めるのに、少し時間がかかってしまったけどな」

 答えの代わりに、一陣の風が吹いた。

 *

 ――ロゼンは二度目の熊肉スープを作り、自身で味見をした。

 味に問題がなかったので、族長に通訳してもらい、カイレンに呼びに行ってもらった。

 ロゼンの心は満たされていた。

 ロゼンは、笑みを浮かべて熊肉スープを振る舞った。その笑顔は、ヴェラの民に保護された日から初めて見せた少年らしい表情だった――
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第二十六話 復讐しないと、決めた日

 ――夕暮れ。
 ロゼンと族長は、湖畔で片づけをしていた。
 バケツの水を捨てたロゼンは、族長に言った。

「勝負の途中だったが、俺は一匹も釣ることができなかった。約束通り、俺に答えられることなら答える」

 族長は穏やかな口調で言った。

「集落に残る気はありませんか。僕が言語を教えます」

 ロゼンは息を吐いた。

「それだけはできない。俺は帰る家を失ったかもしれない。だが、目標は残っている」

 族長は口元を緩め、頷いた。

「ロゼンの目標は何ですか?」

 ロゼンは右の剣にそっと触れた。

「考古学の歴史にマーニ・アルヘイナの名を残し、ともに旅をした英雄ロゼンになることだ!」

 族長はわずかに目を見開いた。
 ロゼンを、かつての己と重ねる。
 自身のことよりも失った家族を優先する、その姿に感銘を受けた。

「四人のヴェラの戦士を説得します。僕に、もう少し時間をください」

「ああ」

 族長は柔らかく微笑んだ。

「ちょうど二匹釣れました。ヴェラの民が寝静まった頃、焼き魚にしますが、ロゼンも食べますか?」

「ああ」

「では、帰るとしましょう」

 二人は釣竿とバケツを持ち、集落へ向かった。

 *

 ――族長の家。
 ロゼンは剣の手入れをしていた。
 族長は、その様子を見つめていた。
 外から騒ぎ声が響き渡る。

 族長はロゼンに声をかけた。

「外で何かあったのかもしれません。様子を見てきます」

 ロゼンは手入れした剣を鞘に入れた。

「俺も行くよ」

 二人は立ち上がり、外に出た。

 声のするほうへ向かう。
 集落の出入口に、ヴェラの民が集まっていた。
 彼らは慣れた手つきで、森のヌシを解体していた。
 ナイフで腹を裂いて内臓を取り出す。
 毛皮を剥ぎ取る。
 斧を振り下ろし、頭部と四肢を切断していた。

 その様子をロゼンと族長は眺めていた。

 カイレンが二人に近寄り、片膝をついた。

「Kozuchal, Nushial nalteal ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(族長、森のヌシの四肢ですが、硬くて食べられそうにありません)」

 族長は顎にそっと手を当てた。
 横目でロゼンを見た。

「ロゼン、硬い肉を食べる方法をご存じですか?」

 しばしの沈黙。

「蜂蜜はあるか?」

「ありますが、何に使うのですか?」

「硬い肉を蜂蜜に一晩漬けると柔らかくなる」

 族長は眉尻を下げた。

「それだと、肉が甘くなりませんか」

「塩で味付けすれば、甘辛くすることができる。俺の故郷では、そうして食べていた。言い忘れていたが、肉は食べられる大きさに切る必要がある」

 族長はカイレンに命じた。

「ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(肉を食べられる大きさに切って、蜂蜜に一晩漬けてくれ)」

 カイレンは言い返した。

「ze tiralen estal. aber, ze tiralen estal ze nalteal.
(蜂蜜は貴重です。それに、甘い肉が食べられるとは思えません)」

 族長はカイレンの目を見つめた。

「Losen nalteal ze tiralen estal.
(ロゼンの故郷では、そういう料理があるようだ)」

 柔らかく微笑んだ。

「Losen nalteal ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal.
(ロゼンを信じよう。また、未知の味が堪能できるかもしれない)」

 カイレンの喉が鳴った。

「Samel ze nalteal.
(仰せのままに)」

 カイレンは立ち上がり、ロゼンに笑みを浮かべた。
 踵を返し、その場を後にした。

 ロゼンは族長に言った。

「熊の骨は使えるが、以前とは比べ物にならないほどの悪臭を放つ。族長、ヴェラの民に説明しておいてくれ」

「はい。あとのことはヴェラの民に任せて、我々は食事の時間まで待つとしましょう」

 族長が歩き出し、ロゼンは隣に並んだ。

「あんたは手伝わなくていいのかよ」

 くすっ、と族長は笑った。

「ロゼン、人には向き不向きがあるんです」

 ロゼンは族長をじっと見つめた。
 族長は咳払いを一つ。

「親が子に教え、子が成長して親になった時、我が子に教える。僕がすべてやってしまうと、彼らは僕を頼ってしまう。だから、僕は彼らの成長を邪魔しないよう見守っています」

 ロゼンは笑った。

「悪い大人だな。でも、嫌いじゃないぜ」

 二人は族長の家に入った。

 その後、カイレンとミレンが夕食を運んできた。

 ミレンは、片言で「ロゼン、アリガトウ」と言い、ロゼンは胸の奥がほんの少し温かくなった。

 二人が立ち去り、ロゼンと族長は夕食を取った。

 族長は、熊肉の串焼きを美味しそうに頬張る。

 皆が寝静まった頃、二人は湖畔へ向かい、魚を焼いて食べた。

 酒を飲んで酔い潰れたロゼンを、族長が背負って運んだ。

 *

 ――翌日の午前。

 湖畔では、ロゼン、族長、カイレンが集まっていた。

 ロゼンが寸胴鍋で熊の骨を煮込んでいる。

 周辺には強烈な獣臭が漂い、風に乗って集落まで届いていた。

 ヴェラの民は、家の中で祈りを捧げた。

 ロゼンが骨を取り出す。

 カイレンは熱々の骨を手に取り、口に運んだ。

 舌の上で転がし、笑みを零す。

 先日と同様に、悪臭はこってりしたいい匂いへと変わった。

 ここで、ロゼンは蜂蜜漬けにした熊肉を鷲掴みで、鍋に入れた。

 族長はロゼンに質問を投げかけた。

「焼くんじゃないんですか?」

 ロゼンは熊肉を入れながら説明を始めた。

「フライパンで焼くには脂がいる。それに、肉は冷めると硬くなる」

 熊肉をすべて鍋に入れ、杓子でかき混ぜる。

 族長は、残った蜂蜜に目をやった。

「残った蜂蜜はどうするんですか?」

 ロゼンは鍋を見つめたまま答えた。

「獣臭いから料理には使えない」

 族長は息を吐いた。

「勿体なくありませんか」

「あるから、すべて使えばいいってものじゃない」

 ロゼンはため息をついた。
 森のヌシ相手に、慣れていない二本の剣を同時に使ってしまった。
 己に言い聞かせるように、ロゼンは口を開いた。

「俺の二本の剣のようにな」

 蜂蜜を一瞥した。

「料理には使えないだけで、頭に塗って洗い流せば、痒みを抑えることもできる」

 族長は顎にそっと手を当てた。

「そういう使い道もあったんですね」

「ああ。故郷のエレナ婆ちゃんがいろいろと詳しくてな。まさか、こんな形で役に立つとは思わなかった」

 一拍置いて、続けた。

「族長、カイレン、味を見てくれるか」

 族長は笑みを浮かべ、木の器を差し出した。

 カイレンは骨を吐き捨て、族長に倣う。

「待っていました」

 ロゼンが熊肉スープを器に入れ、族長に渡し、続けてカイレンにも手渡す。

 二人は歪な木のスプーンで、少し大きめの熊肉を口に運んだ。

 族長は、小さなため息をついた。

「あれは、集落を作り始めた日のことです。その日は、雨が降っていました。僕たち一家は、洞窟で雨宿りをしました。身を寄せ合い、冷え切った体を温めていました。魔王ネクロヴァルから分けてもらった食料で、妻はスープを作ってくれました」

 族長の瞳が潤んだ――

 やがて、涙が頬を伝う。

「スープの味は思い出せませんが、家族との大切な思い出が一つ蘇りました。ロゼン、とても美味しいです」

 カイレンは咀嚼しながら頷いた。

「...... ze tiralen estal. ze tiralen estal ze nalteal. ze tiralen estal, aber ze tiralen estal ze nalteal. ze tiralen estal. Milen nalteal ze tiralen estal.
(......知らない味がする。甘いのに辛い。とても不思議な味だが、不快ではない。肉が柔らかい。これならミレンにも安心して食べさせることができる)」

 そして、微笑んだ。

 ロゼンは口元を緩めた。

「ヴェラの民を半数集めてくれ。足りない分は、もう一度作る」

 族長はカイレンに命じた。

「Kailen, Raven Maiten nalteal ze tiralen estal. Losen nalteal ze tiralen estal.
(カイレン、ヴェラの民を半数呼んできてくれ。ロゼンは足りない分を、もう一度作ってくれる)」

 カイレンはスープを飲み干し、器を地面に置き、集落へ向かって走った。

 ロゼンはヴェラの民に熊肉スープを振る舞い、彼らは恐る恐る口に運んだ。

 食べた者はさまざまな感想を述べたが、ロゼンには何を言っているのかわからなかった。

 最後には、食べた者すべてが笑っていた。

 それだけで、ロゼンの胸の奥がほんの少し温かくなった。

 熊肉スープを配り終え、ロゼンは休憩を挟んだ。

 ヴェラの戦士から差し入れでもらった木の実を口にしながら、空をぼんやりと見上げる。

 ヴェラの民は悪い人々ではない。彼らは、掟に従っただけで、本気でロゼンとマーニを保護しようとしていた。

 族長が掟を作ったのも、ヴェラの民を守るため。

 もし、自身がヴェラの民として生まれていれば、きっと同じことをしていただろう。

「お前が復讐を望んでいるとは思えない。だから、俺も復讐しない。考えを纏めるのに、少し時間がかかってしまったけどな」

 答えの代わりに、一陣の風が吹いた。

 *

 ――ロゼンは二度目の熊肉スープを作り、自身で味見をした。

 味に問題がなかったので、族長に通訳してもらい、カイレンに呼びに行ってもらった。

 ロゼンの心は満たされていた。

 ロゼンは、笑みを浮かべて熊肉スープを振る舞った。その笑顔は、ヴェラの民に保護された日から初めて見せた少年らしい表情だった――
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