ホーム真贋は笑う。真贋は笑う。
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真贋は笑う。

救急車のサイレンが、長すぎた沈黙の終わりを告げていた。
搬送されたのは、闇社会で「本物を超える贋作者」と恐れられた男だった。

男の名は、柳田滋。

彼は、世界中を震撼させる遺言を公開した。


時を同じくして、県立城下町美術館の、学芸員統括部長・三上貴志は、自身のキャリアの頂点にいるはずだった。

彼は、ある絵画を「至高の絵画」として本物と鑑定し、数億円の血税を投じて美術館のメインピースとして購入したばかりだった。

もし、万が一にでもそれが偽物であれば、三上個人の破滅に留まらない。

県民の批判は怒濤のごとく押し寄せ、知事の政治責任にまで発展する。


薄氷の上の平穏。


それを一瞬で粉砕したのは、病床の柳田が遺言として公開した衝撃の内容だった。

死を前にした柳田は、自らがこれまでに手がけた「贋作のリスト」をインターネット上に公開したのだ。

世界中の美術館、オークションハウス、富豪、そして政府関係者は唖然とした。
そこには、世界を揺るがす美の数々が並んでいたからだ。

男が標的にしたのは、著名な巨匠ではない。
これから名が世に出る、あるいは価値が再検証されるであろう
「あまり有名ではない画家」たちだった。

その技術は恐るべきものだった。
筆のストロークから絵の具の調合、使用する画用紙にいたるまで、当時の年代の材料を完璧に作り上げる。

筆の圧や、年代に合わせた技法、色の重ね方、対象の画家が左利きであれば左手で、右利きであれば右手で描き分ける。
その執念が生んだ作品は、もはや、「本物を超えていた。」

熊本国際大学病院の周りには世界中からマスコミが殺到し、関係者が面会を求めて群がった。
しかし、死の淵にある男との面会は誰一人として許されない。

三上は職務を放棄同然で休み、毎日のように病院へ通い詰めた。

一ヶ月に及ぶ、その狂気的なまでの情熱が、ついに柳田の心を動かす。


「30分だけ、完全な個室で」
それは、柳田自身が医師に頼み込んで用意させた、最初で最後の対話の席だった。



病室を満たすのは、微かな消毒液の匂いと、点滴が刻む規則的な音だけだった。

外の喧騒を完全に遮断した重苦しい静寂の中、三上は病床の柳田と対峙していた。
額からは冷や汗が絶え間なく流れ落ち、握りしめた拳が小刻みに震えている。


医者が「時間は30分厳守だ」と念を押し、部屋の扉を閉める。

柳田はかすかに口元を緩めた。
「さあ、聞きたいことを聞きなさい。もう私の命は長くない。」
「刑罰としての時効ではなく、肉体の時効を迎えるのだよ......」

その瞬間、三上は挨拶もそこそこに、喉の奥から絞り出すように本題を切り出した。
「なぜ、贋作を書いたのか」

「......」

「作者へ悪いと思わないのか? 責任はどうするつもりだ!」

激高する三上を、点滴に繋がれた柳田は深く、静かな深呼吸で見つめた。

その瞳には、死を前にした人間とは思えないほどの鋭い光が宿っている。
「......三上さん。アナタにとって、芸術とは何かね?」
柳田の掠れた声が、静かに鼓膜を揺らす。

「人類の宝だ」
三上は即座に、教典を読み上げるように答えた。

柳田は小さく笑った。
「ならば、本物と思ってそれを購入したのは、貴方自身の問題だ。贋作者である私に責任はない」

「ふざけるな!」
三上は声を荒らげた。

「あなたが贋作を書かなければ、こんな問題は起きなかった! 数億円の税金が、県民の財産が、あなたの一枚の絵のせいで水泡に帰そうとしているんだ!」

「では、問おう。あなたがその絵を見て、本物だと思って感じたあの感動は、偽物だったのかね?」

「感動に本物も偽物もない!」

三上は、壁を叩かんばかりに一歩踏み出した。
「しかし、騙したという行為そのものは、絶対に容認できない悪だ!」

「なるほど。だが、あなたは絵そのものを見ているのではない。ただ『名前』で作品を評価しているに過ぎない。違うかね?」

「名前が絵の価値を上げるのは、この世界のルールだ!」
三上は、必死に既存の秩序にしがみつこうとする。

しかし、柳田の静かな視線は、その防壁を容易く見透かしていた。
「......まったく、話しにならないな」
柳田が呟く。

「なに......?」
「本物を超えた贋作の技量は、もはや本物ではないのかね?」
「贋作はどこまでいっても贋作だ。その枠を超えることは決してない!」

「ならば......」
柳田は、上体をわずかに起こし、三上を真っ直ぐに見据えた。
「なぜ、アナタはその『贋作の枠を超えないはずの絵』を、誤って購入したのだ?」
「......アナタは、贋作が欲しかったのかね?」

「贋作が欲しい人間など、この世にいるはずがない!」

「ならば、アナタの鑑定力が未熟だっただけではないのか?
「私の技術があなたの審美眼を上回った。ただそれだけのことだ。」
「それを私の責任にするのかね?」

「......っ」
三上は言葉を詰まらせた。
すべてが、目の前の老いた男の言葉一つで「お前の自己責任だ」と切り捨てられたのだ。

あまりの理不尽さに目眩がした。

「......私の、鑑定力が、未熟だっただと?」
三上は脂汗を拭うことも忘れ、消え入りそうな声で繰り返した。

「そうだ」
柳田は、感情の起伏を一切見せない静かな声で続けた。
「私はただ、その時代の絵の具を練り、その時代のキャンバスを用意し、
その時代の画家の魂を模倣して、ただそこに置いたに過ぎない。」
「それを崇め奉り、法外な値段をつけ、自分の手柄にしようとしたのは他ならぬ、あなた方だ。
私は、あなたから一銭も奪っていない」

「あなたがリストを公開しなければ......誰も不幸にならなかった!」
三上は叫んだ。
「なぜ死の間際になって、世界を、我々を破滅させるような真似をしたんだ!?」

贋作者の口元が、かすかに歪んだ。
それは嘲笑のようでもあり、深い悲しみのようでもあった。
「破滅? 救済の間違いではないかね」

柳田はゆっくりと視線を窓の外へと向け、自分の痩せた手を光に透かした。

「私はね、三上さん。ただの犯罪者として、あぶく銭を稼ぎたかったわけではない。もし金が目当てなら、ピカソやゴッホを真似て裏社会の富豪にでも売り飛ばしていればよかった。だが、私が生涯を捧げたのは、そんな退屈な仕事ではない」

柳田は、かつて自分が一体化してきた無名の天才たちの横顔を思い浮かべるように、遠い目をした。

「私が標的にしたのは、歴史の闇に埋もれかけた、だが確かな輝きを持つ画家たちだ。なぜだか分かるか? 有名な画家の絵は、すでに権威という名のフィルターで保護されている。」
「だが彼らの絵は違う。純粋に『絵そのものの力』で評価される最後の砦だったのだ。彼らは天才だった。しかし、時代が彼らを認めなかった。」
「私は彼らの魂と一体になり、彼らが遺すべきだった『真の最高傑作』を、彼らに代わってこの世に生み出し続けた。」
「私の描いた贋作は、本物以上にその画家の『本質』を捉えていたのだ。私がリストを明かさなければ、あの絵は永遠に『本物』として歴史に刻まれ、あなた方も幸福なままだったろう」

三上は言葉を返す。
「あなたは、無名の画家を救ったと言う。
だが、その画家が生涯をかけて描けなかった一枚を、あなたが勝手に完成させる資格は誰が与えた。」

柳田は、しばらく無言だった。
十秒か、二十秒か、やけに長い沈黙だった。

そして重い口を開けた。
「......誰にも与えられていない。」

「私が勝手に背負った。」

「真贋の意味も、価値も、これから生きる者たちが答えを見つければいい。」

「私は、悪名は無名に勝るという考えで、絵に命を吹き込んできた。」

「しかし別の考えや思いを持つ者も居よう。」

「残念ながら私の体はもう時効を迎え朽ちるが、皮肉にも私が遺した絵たちは生き続ける。」

「だから最後に、世界に巨大な『鏡』を突きつけたのだ」


柳田は、再び三上に真っ直ぐな視線を戻した。
「私の名前が暴かれた今、世界中の美術館は、あの美しい絵画たちをどう扱うかね? 贋作だからと倉庫の奥深くに隠し、歴史から消し去るか? それとも、その美を認め、飾り続けるか? もし、あなたが『贋作だから』という理由であれを展示室から下ろすなら、あなたが愛していたのは芸術ではなく、ただの『肩書き』だったということだ。自分の審美眼の敗北を、私の犯罪という言葉にすり替えて逃げるな」

「はい。そこまででお時間です。」
無情にも、扉が開き医師が告げた。約束の30分が経過したのだ。

三上は一言も返せないまま、一歩も動けなかった。
反論の言葉は、喉の奥で完全に凍りついていた。
目の前の柳田は、ただの詐欺師ではない。
芸術という名の神を狂信し、自らその神に成り代わろうとした、恐るべき怪物だった。

「......行きなさい、三上さん。」
柳田は再び目を閉じ、静かな呼吸に戻っていく。

三上は振り返り、ぽつりと呟いた。
「私は......鑑定室で初めてあの作品を見た時、本当に感動したんだ。」

柳田は、優しく語り掛けた。
「......その感動は、今も偽物かね。」
「あの絵をどうするかは、あなたが決めればいい。あなたが『本物』だと信じたあなたの眼を信じるか、それとも、私の『名前』に屈するかを」

三上は、幽霊のように重い足取りで病室の扉を開けようと、扉のノブを握ったとき、柳田は呟いた


「リスト以外にも、私の子供たちは、まだ300品は存在する......よろしく伝えてくれ。」


三上の背中に冷たい汗が一筋流れた。
「更に300......だと?!」

その数に呆然としながら、三上は部屋の外に出た。

背後に残された、柳田の静かな呼吸音が、
まるで世界に問いを投げかけるように、いつまでも耳から離れなかった。

病院を出ても、三上の頭の中には、ただあの病室の、点滴の音と柳田の冷徹な問いかけだけが、鐘のように響き続けていた。



その数日後。
全国紙の一面には、
【県立城下町美術館 購入作品に真贋問題 知事ら謝罪】
と大きな見出しが載っていた。
写真には、深々と頭を下げる知事と、美術館統括部長・三上の姿があった。


その紙面の片隅には、わずか数行の囲み記事。
柳田滋(七十七歳)死去。
六日午前八時十分、入院先の病院で。


  完
あとがき六華夏目
あなたの評価する価値は、 揺るぎの無い価値観ですか?
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真贋は笑う。作者:六華夏目
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真贋は笑う。

救急車のサイレンが、長すぎた沈黙の終わりを告げていた。
搬送されたのは、闇社会で「本物を超える贋作者」と恐れられた男だった。

男の名は、柳田滋。

彼は、世界中を震撼させる遺言を公開した。


時を同じくして、県立城下町美術館の、学芸員統括部長・三上貴志は、自身のキャリアの頂点にいるはずだった。

彼は、ある絵画を「至高の絵画」として本物と鑑定し、数億円の血税を投じて美術館のメインピースとして購入したばかりだった。

もし、万が一にでもそれが偽物であれば、三上個人の破滅に留まらない。

県民の批判は怒濤のごとく押し寄せ、知事の政治責任にまで発展する。


薄氷の上の平穏。


それを一瞬で粉砕したのは、病床の柳田が遺言として公開した衝撃の内容だった。

死を前にした柳田は、自らがこれまでに手がけた「贋作のリスト」をインターネット上に公開したのだ。

世界中の美術館、オークションハウス、富豪、そして政府関係者は唖然とした。
そこには、世界を揺るがす美の数々が並んでいたからだ。

男が標的にしたのは、著名な巨匠ではない。
これから名が世に出る、あるいは価値が再検証されるであろう
「あまり有名ではない画家」たちだった。

その技術は恐るべきものだった。
筆のストロークから絵の具の調合、使用する画用紙にいたるまで、当時の年代の材料を完璧に作り上げる。

筆の圧や、年代に合わせた技法、色の重ね方、対象の画家が左利きであれば左手で、右利きであれば右手で描き分ける。
その執念が生んだ作品は、もはや、「本物を超えていた。」

熊本国際大学病院の周りには世界中からマスコミが殺到し、関係者が面会を求めて群がった。
しかし、死の淵にある男との面会は誰一人として許されない。

三上は職務を放棄同然で休み、毎日のように病院へ通い詰めた。

一ヶ月に及ぶ、その狂気的なまでの情熱が、ついに柳田の心を動かす。


「30分だけ、完全な個室で」
それは、柳田自身が医師に頼み込んで用意させた、最初で最後の対話の席だった。



病室を満たすのは、微かな消毒液の匂いと、点滴が刻む規則的な音だけだった。

外の喧騒を完全に遮断した重苦しい静寂の中、三上は病床の柳田と対峙していた。
額からは冷や汗が絶え間なく流れ落ち、握りしめた拳が小刻みに震えている。


医者が「時間は30分厳守だ」と念を押し、部屋の扉を閉める。

柳田はかすかに口元を緩めた。
「さあ、聞きたいことを聞きなさい。もう私の命は長くない。」
「刑罰としての時効ではなく、肉体の時効を迎えるのだよ......」

その瞬間、三上は挨拶もそこそこに、喉の奥から絞り出すように本題を切り出した。
「なぜ、贋作を書いたのか」

「......」

「作者へ悪いと思わないのか? 責任はどうするつもりだ!」

激高する三上を、点滴に繋がれた柳田は深く、静かな深呼吸で見つめた。

その瞳には、死を前にした人間とは思えないほどの鋭い光が宿っている。
「......三上さん。アナタにとって、芸術とは何かね?」
柳田の掠れた声が、静かに鼓膜を揺らす。

「人類の宝だ」
三上は即座に、教典を読み上げるように答えた。

柳田は小さく笑った。
「ならば、本物と思ってそれを購入したのは、貴方自身の問題だ。贋作者である私に責任はない」

「ふざけるな!」
三上は声を荒らげた。

「あなたが贋作を書かなければ、こんな問題は起きなかった! 数億円の税金が、県民の財産が、あなたの一枚の絵のせいで水泡に帰そうとしているんだ!」

「では、問おう。あなたがその絵を見て、本物だと思って感じたあの感動は、偽物だったのかね?」

「感動に本物も偽物もない!」

三上は、壁を叩かんばかりに一歩踏み出した。
「しかし、騙したという行為そのものは、絶対に容認できない悪だ!」

「なるほど。だが、あなたは絵そのものを見ているのではない。ただ『名前』で作品を評価しているに過ぎない。違うかね?」

「名前が絵の価値を上げるのは、この世界のルールだ!」
三上は、必死に既存の秩序にしがみつこうとする。

しかし、柳田の静かな視線は、その防壁を容易く見透かしていた。
「......まったく、話しにならないな」
柳田が呟く。

「なに......?」
「本物を超えた贋作の技量は、もはや本物ではないのかね?」
「贋作はどこまでいっても贋作だ。その枠を超えることは決してない!」

「ならば......」
柳田は、上体をわずかに起こし、三上を真っ直ぐに見据えた。
「なぜ、アナタはその『贋作の枠を超えないはずの絵』を、誤って購入したのだ?」
「......アナタは、贋作が欲しかったのかね?」

「贋作が欲しい人間など、この世にいるはずがない!」

「ならば、アナタの鑑定力が未熟だっただけではないのか?
「私の技術があなたの審美眼を上回った。ただそれだけのことだ。」
「それを私の責任にするのかね?」

「......っ」
三上は言葉を詰まらせた。
すべてが、目の前の老いた男の言葉一つで「お前の自己責任だ」と切り捨てられたのだ。

あまりの理不尽さに目眩がした。

「......私の、鑑定力が、未熟だっただと?」
三上は脂汗を拭うことも忘れ、消え入りそうな声で繰り返した。

「そうだ」
柳田は、感情の起伏を一切見せない静かな声で続けた。
「私はただ、その時代の絵の具を練り、その時代のキャンバスを用意し、
その時代の画家の魂を模倣して、ただそこに置いたに過ぎない。」
「それを崇め奉り、法外な値段をつけ、自分の手柄にしようとしたのは他ならぬ、あなた方だ。
私は、あなたから一銭も奪っていない」

「あなたがリストを公開しなければ......誰も不幸にならなかった!」
三上は叫んだ。
「なぜ死の間際になって、世界を、我々を破滅させるような真似をしたんだ!?」

贋作者の口元が、かすかに歪んだ。
それは嘲笑のようでもあり、深い悲しみのようでもあった。
「破滅? 救済の間違いではないかね」

柳田はゆっくりと視線を窓の外へと向け、自分の痩せた手を光に透かした。

「私はね、三上さん。ただの犯罪者として、あぶく銭を稼ぎたかったわけではない。もし金が目当てなら、ピカソやゴッホを真似て裏社会の富豪にでも売り飛ばしていればよかった。だが、私が生涯を捧げたのは、そんな退屈な仕事ではない」

柳田は、かつて自分が一体化してきた無名の天才たちの横顔を思い浮かべるように、遠い目をした。

「私が標的にしたのは、歴史の闇に埋もれかけた、だが確かな輝きを持つ画家たちだ。なぜだか分かるか? 有名な画家の絵は、すでに権威という名のフィルターで保護されている。」
「だが彼らの絵は違う。純粋に『絵そのものの力』で評価される最後の砦だったのだ。彼らは天才だった。しかし、時代が彼らを認めなかった。」
「私は彼らの魂と一体になり、彼らが遺すべきだった『真の最高傑作』を、彼らに代わってこの世に生み出し続けた。」
「私の描いた贋作は、本物以上にその画家の『本質』を捉えていたのだ。私がリストを明かさなければ、あの絵は永遠に『本物』として歴史に刻まれ、あなた方も幸福なままだったろう」

三上は言葉を返す。
「あなたは、無名の画家を救ったと言う。
だが、その画家が生涯をかけて描けなかった一枚を、あなたが勝手に完成させる資格は誰が与えた。」

柳田は、しばらく無言だった。
十秒か、二十秒か、やけに長い沈黙だった。

そして重い口を開けた。
「......誰にも与えられていない。」

「私が勝手に背負った。」

「真贋の意味も、価値も、これから生きる者たちが答えを見つければいい。」

「私は、悪名は無名に勝るという考えで、絵に命を吹き込んできた。」

「しかし別の考えや思いを持つ者も居よう。」

「残念ながら私の体はもう時効を迎え朽ちるが、皮肉にも私が遺した絵たちは生き続ける。」

「だから最後に、世界に巨大な『鏡』を突きつけたのだ」


柳田は、再び三上に真っ直ぐな視線を戻した。
「私の名前が暴かれた今、世界中の美術館は、あの美しい絵画たちをどう扱うかね? 贋作だからと倉庫の奥深くに隠し、歴史から消し去るか? それとも、その美を認め、飾り続けるか? もし、あなたが『贋作だから』という理由であれを展示室から下ろすなら、あなたが愛していたのは芸術ではなく、ただの『肩書き』だったということだ。自分の審美眼の敗北を、私の犯罪という言葉にすり替えて逃げるな」

「はい。そこまででお時間です。」
無情にも、扉が開き医師が告げた。約束の30分が経過したのだ。

三上は一言も返せないまま、一歩も動けなかった。
反論の言葉は、喉の奥で完全に凍りついていた。
目の前の柳田は、ただの詐欺師ではない。
芸術という名の神を狂信し、自らその神に成り代わろうとした、恐るべき怪物だった。

「......行きなさい、三上さん。」
柳田は再び目を閉じ、静かな呼吸に戻っていく。

三上は振り返り、ぽつりと呟いた。
「私は......鑑定室で初めてあの作品を見た時、本当に感動したんだ。」

柳田は、優しく語り掛けた。
「......その感動は、今も偽物かね。」
「あの絵をどうするかは、あなたが決めればいい。あなたが『本物』だと信じたあなたの眼を信じるか、それとも、私の『名前』に屈するかを」

三上は、幽霊のように重い足取りで病室の扉を開けようと、扉のノブを握ったとき、柳田は呟いた


「リスト以外にも、私の子供たちは、まだ300品は存在する......よろしく伝えてくれ。」


三上の背中に冷たい汗が一筋流れた。
「更に300......だと?!」

その数に呆然としながら、三上は部屋の外に出た。

背後に残された、柳田の静かな呼吸音が、
まるで世界に問いを投げかけるように、いつまでも耳から離れなかった。

病院を出ても、三上の頭の中には、ただあの病室の、点滴の音と柳田の冷徹な問いかけだけが、鐘のように響き続けていた。



その数日後。
全国紙の一面には、
【県立城下町美術館 購入作品に真贋問題 知事ら謝罪】
と大きな見出しが載っていた。
写真には、深々と頭を下げる知事と、美術館統括部長・三上の姿があった。


その紙面の片隅には、わずか数行の囲み記事。
柳田滋(七十七歳)死去。
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