恋+憧れ=…その真ん中お断り!
放課後の教室。
ピロン――
友人との談笑中、机の上に置かれたスマホが鳴った。
木下マナカからのメッセージ。
相良修平は、片手間にスマホを手にして、画面を開く。
「――は?」
目を見開いた。
「あ? どうしたんだ、修平」
友人の声には応えず、修平はただただ画面を見つめている。
「ちょっと待てよ!......マジかよ、ウソだろ?」
呟きと同時に、慌てて文字を打ち込み――送信。
「修平?」
「ごめん!――オレ、ちょっと......行ってくる!」
椅子を鳴らして立ち上がる。
「あ、おい!」
修平はスマホを握りしめたまま、教室を飛び出して行った。
「......なんだよ、アイツ......」
後に残された友人は、ぽかんとしたまま、修平の背中を見送ることしか出来なかった。
廊下を走りながら、修平は通話をかける。
「......出ろよぉ」
やけに長く感じる呼び出し音に焦れていると――ガチャッ。
繋がった?
「もしもし、マナカ!?お前、今なぁ――」
『留守番電話サービスに――』
「......っ」
舌打ちし、通話を切った。
人のまばらな廊下をひたすら走る。
時々すれ違う女子生徒たちが振り向き、修平の背中を、どこか好意を滲ませた視線で追いかける。
修平は気にすることもなく――
階段を一段飛ばしで下りて、最後は飛ぶように着地。
そのまま、止まらずに走りだす。
「ヤバい......早く、マナカのところに行かなきゃ......」
でないと――
「くっそ......」
奥歯を噛みしめ、修平は放課後の校舎を駆け抜けていった。
鬱蒼とした草木が生い茂り、光の届かないその場所に、マナカはいた。
「......なんつーか、学校の体育館裏に呼び出しって、ベタすぎない?」
「うるさいわね!だいたい、アンタが悪いんでしょ!」
後ろに何人もの女子生徒を従えた、斎藤ヒナキが前に進み出た。
「アンタが相良君とベタベタするから――」
数人の女子生徒たちに囲まれ睨まれ、壁際に追い詰められたマナカは、小さく息を吐く。
(――またか)そう思った時だった。
ピロリン♪
マナカのスマホが鳴った。
画面を見て――ふっと口元が緩む。
電源を切って、マナカはスカートのポケットにスマホをねじ込んだ。
「――アンタ、この状況わかってんの?」
イラだったヒナキが距離を詰める。
「状況......ねぇ」
ヒナキの後ろに控える女子生徒たち。
現クラスメイト。
元クラスメイト。
あとは――知らない顔の後輩たちといったところか。
(よくもまぁ、こんなに集まったな......)
一通り見回してマナカは、口を開く。
「――で、アンタが例の
"相良修平くん♡ファンクラブ"の隊長様ってわけ?」
少し小馬鹿にした態度のマナカに対して、ヒナキは――
「そうよ!」
胸を張って大きく頷いた。
「そんな黒歴史確定な肩書き名乗るの、やめときなー」
「うるさいわね! アンタには関係ないでしょっ!」
(いや現在進行形で迷惑被ってますが?)
「いーい? 私たちはね――」
ヒナキは自らの胸に手をあて、朗々と語りだす。
「無闇に相良くんに近づかない!
相良くんの邪魔はしない!
抜け駆けなんてもってのほか――っていう崇高なルールのもとに成り立っているのよ!」
もちろん、それが本人非公式なことを、マナカは知っている。
「抜け駆け――ねぇ」
マナカは揶揄するように呟く。
「それなのに、木下マナカ!」
すぐにヒナキが噛み付いてきた。
「アンタは毎朝、毎朝。見せつけるように、相良くんと登校して――」
「家が隣だからね」
「――一緒にバスに乗って帰宅して――」
「家が隣だからね」
「言い訳するんじゃないわよっ!」
(だって、事実だし......)
マナカは小さくため息を吐いた。
「だったら、アンタの方から誘えばいいじゃん」
「んなっ!?」
マナカの発言に、ヒナキは固まる。
「そ、そそそんなこと――」
焦るヒナキに、マナカはケロリと言い放つ。
「え? 普通にアイツ喜ぶと思うけど?」
「え?」
一瞬、ヒナキの顔が明るくなる――が。
背後に控えた、ファンクラブのメンバーの視線にハッとして、こほんと、わざとらしく咳払いをひとつ。
「と、とにかく――相良君の幼なじみだからって、勝手なことしないでっ!」
びしっと、ヒナキはマナカを指さした。
その瞬間、ファンクラブ一同が声を上げる。
「そうよ!そうよ!」
「二人でつるんでるとこ、よく見かけるし」
「なに? もしかして仲良いアピールのつもり?うざっ」
怒りと嫉妬が入り混じった声で、一斉にマナカを攻撃する。
「家が隣?だったらアンタが、時間ずらして行動しなさいよ!」
ドンッ――。
勢いで進み出て来た誰かが、マナカの胸を強く押した。
「......っ」
よろめいた身体が、そのまま壁に打ち付けられる。
「痛いなー......そんなムチャ言わないでよ」
マナカの苛立った声は、誰にも届かない。
(ほんと......こいつら、めんどくせーな......)
小学校から、何度も繰り返されてきたこの状況に、いい加減マナカはうんざりしていた。
相良修平に向けられる、強い憧れと恋心。
それが強ければ強いほど――
マナカへのあたりは強くなり、静かにすり減っていく。
「何度も言ってるけどさー」
声を張り上げて、マナカは割り込む。
「アンタらの目にアイツがどー映ってるのか知らないけど......"腐れ縁"ってだけでやっかまれんのは......」
そこで、マナカの言葉が途切れた。
彼女たちの背後――
サクッ。
草を踏みしめる音に、マナカを囲んだ全員が振り向く。
「あ......」
ヒナキをはじめ、彼女たちの表情が一瞬で凍りつく。
「......マ、ナカ」
息をきらした修平が、そこにいた。
「おっまぇ......」
修平は何か言いかけて、ゲホッ、と咳き込む。
「さ、相良君が......どうして、ここに」
「あー、さっきワタシが呼んだんだよねぇ」
マナカはスマホを取り出し、電源を入れる。
「あ、やっぱり修平から電話きてた。切ってて正解♪」とマナカは呟いて、スマホを振って見せた。
「――は?」
ヒナキたちは愕然とする。
「まさか、さっきアンタが見てたのって――相良くんからのメッセージだったの?」
「そうだよ。返信早すぎてビックリしたわー」
笑いながらマナカは、動揺が広がる集団の中をすり抜けて行く。
そのまま修平へと歩み寄り――
ようやく息の整った彼の肩にぽん、と手を置いた。
その瞬間。
「ひ、卑怯よ!本人を呼び出すなんてっ!」
「自分じゃどうにも出来ないからって、相良君に頼るなんてありえない!」
「相良君は関係ないでしょ!」
弾かれたように取り乱す彼女たちに、修平はただおろおろするばかり。
「え?え?......なに?」
――しかしマナカは。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ」
突然、がなり声を上げた。
あまりに唐突なその声に、彼女たちはぴたりと黙り込んだ。
「マ......ナカ」
修平までもが、驚きを隠せずにいる。
わずかに訪れた、静寂の中――
「うっさいなぁー」
マナカは片手で、がしがしと乱暴に髪を掻き毟る。
誰もがその様子に、息を飲む。
「ちょっとさぁ......黙っててくんない?」
マナカはゆっくりと周囲を見回し――ヒナキへと視線を定めた。
「......っ」
ヒナキの肩が、小さく跳ねる。
マナカはしばらくじっと見つめ――やがて修平へと目を向ける。
「わかってるよね、修平」
マナカの低い声に、今度は修平の身体がびくりと震えた。
「アンタが今、ここで何をしなきゃいけないのか」
「......っ」
修平は目を見開き、マナカを見る。
続いてヒナキをはじめ、集まった女子生徒たちへと目を向けた。
「で、でも...こ、こんなに大勢の前でなんて......」
「別にいいんだよ」
ちらりと、マナカはヒナキを見る。
「ワタシが代わりに、言ってあげても」
「......それ、は......」
揺らぐ修平の目の中に、ヒナキの姿が映る。
彼女は青ざめた顔で、こちらの様子を窺っていた。
「......あ」
修平は何か言おうと、口をわずかに動かし――引き結ぶ。
マナカは修平の耳元で低くく囁いた。
「一番大切な言葉、ワタシに言われたくないでしょ?」
マナカの言葉に――観念したように修平は小さく頷く。
「わかったら、さっさとケリ付けて」
マナカは吐き捨てるように修平に告げた。
その瞬間――修平に緊張が走る。
「......わ、わかった」
修平は背筋を伸ばし、深く息を吸い込み、細く、長く吐き出した。
「そ、じゃぁ、頑張ってねぇ〜」
マナカは満足そうに――満面の笑みを浮かべる。
軽く手を振り、マナカはその場を後にした。
マナカが校舎の向うに去って行くと、気まずい沈黙が辺りを包み込んだ。
残された女子生徒たちは動揺し、互いに顔を見合わせる。
その中で、ヒナキは一人青い顔をして立っていた。
――どこから、見られていたんだろう。
嫉妬と怒りをマナカにぶつける醜い姿を。
取り繕わなくちゃ。
なにか、言い訳をしないと――
そうしないと。
――嫌われる。
「あー、斎藤......さん?」
突然修平に呼ばれて、ヒナキはビクリと肩を揺らす。
「あ......あの、相良......くん」
靴音を鳴らして、修平はヒナキへと歩み寄る。
周りの女子生徒たちは、まるでヒナキの背中に隠れるように後退した。
「ちょ、ちょっとぉ」
自然と押し出されたヒナキの目の前で、修平は立ち止まる。
「あ......」
ヒナキの目に、じわりと涙が滲んだ。
――おしまいだ。
そう思った時、修平が戸惑いながらも口を開いた。
「......えっと、斎藤さん」
「......」
「オレ......斎藤さんのことが......」
鬱蒼と生い茂る木々を揺らしながら、風が吹き抜けていった。
「おばちゃーん、アイスちょうだーい」
そのまま学校を出たマナカは、近くの駄菓子屋にいた。
店の奥に声を投げ、返事も待たずにケースを開ける。
「ど・れ・に・しようかなー、と」
三種類しか入っていないケースから、棒付きのソーダアイスを選んだ。
代金を払うと、さっそく袋を開ける。
店先のベンチにどかっと腰を下ろし、背もたれに腕をまわす。
足を組んでアイスに齧りついた。
ガリッと音をたてて、大きく一口。
咀嚼して飲み込み――
そこかしこから聞こえてくる、セミの合唱にしばし耳を傾けていた。
「......おわったー......」
抜けるような夏の青空を眺めたまま、マナカは呟く。
「まぁ、ちゃんと修平がヒナキに言えてたら、だけどねー」
(さっさとくっつけばいいのに......)と、ずっとそう思っていた。
「ただの幼なじみだって言っても、だぁれも信じてくんないんだもん――」
(お互い、恋愛感情なんてないのにさ......)
マナカは呟いて、アイスを齧る。
それはほとんど修平のせい――だとマナカは思っている。
修平は――
とにかく、距離が近い。
気安い。
特に、マナカに対しては遠慮がない。
見た目は、良い方だし。
無駄に優しいし、なつっこいから、とにかく女子にモテる。
「別々のクラスになって、やっと離れられたーって思っても、休み時間のたびにくるんだもん」
――マナカの近くが安心する。
そう言って笑う修平に、マナカは口を引きつらせていた。
それもそのはず。
修平がマナカの元にやって来るのは、自分のクラスに馴染めるようになるまでの、ほんの数週間だけだったからだ。
「アイツが自分のクラスに慣れだした頃、ワタシはいつも出遅れて、クラスで孤立してたけどねーあっはっはー」
周囲に誰もいないのをいいことに、空に向かって、マナカは自棄になって笑い飛ばす。
修平に好意を向ける子たちからやっかまれることは、今までにもよくあった。
――ひどい目に遭わされたことも。
けれどいくら相談しても、修平は助けてくれなかった。
「え? オレのファンクラブ? そんなのあるわけないじゃん」
「一緒にいると、誤解される? そんなわけないじゃん、オレら別にそういう関係じゃないし」
ガリッ――
あははーと笑う気楽な修平を思い出し、マナカは苦々しくアイスを噛み砕く。
「お前はそれでノーダメでも、こっちはダメージでかいんだよっ!」
膝の上に拳を振り下ろす。
反動で、アイスの雫が地面に飛び散った。
少し落ち着いて、息を吐く。
――修平は頼りにならない。
だから、自分でなんとかしようと思った。
どんな手段を使ってでも――
そう考えていたところに、
修平の片思いの相手がヒナキだと知った。
使える――とマナカは思った。
修平が好きなのは、マナカではない。
そのことを、周知さえさせれば――
理不尽に向けられ続ける、嫉妬や嫌悪。
やっかみ、悪意ある言葉。
――その全てから、解放されると思ったから。
さきほどの――慌ててやってきた修平の姿を、マナカは思い浮かべる。
「さぁて、アイツはちゃんと斎藤さんに好きだって、言えたかなぁ」
ふと見た、食べ終わったアイスの棒。
「ちぇ、ハズレだったかぁー」
マナカは顔を顰めて立ち上がり、軽く伸びをする。
「ま、あそこで言えなかったら、ワタシがかわりにバラしちゃうぞって修平には言ってあるし――」
『告白出来るチャンスだよー』
修平に送ったメッセージ。
その一言が、合図。
とにかくこの状況を終わらせたくて、無理矢理修平に取り付けた約束。
食べ終わったアイスの棒を咥えて弄ぶ。
マナカにとっては、二人が上手くいこうが、いくまいがどうでもよかった。
「あーでも」
立ち上がって、口から棒を取り出す。
「相良くん♡ファンクラブ《あっち》には"抜け駆け禁止"ってルールがあるんだっけ?」
妬む側だったヒナキは、今度は妬まれる側になる。
「ファンクラブの隊長さんは、これから大変そうだなぁ」
ヒナキはきっと、それがどういう事かを、嫌ってほど思い知ることになるだろう。
(ワタシの場合、アイツは何もしてくれなかったけど――)
「いくら修平でも、好きな子の"お話"ならちゃんと聞くでしょーよ」
うんうんと、一人納得して頷き、ふっと笑った。
「知らんけど」
呟きと一緒に、アイスの棒をゴミ箱に放り込んだ。
fin