ホーム愛するつもりはない』と言われましたので、お義父様(予定)と結婚しました!結婚式、三日前ですが!
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結婚式、三日前ですが!

「君を愛するつもりはない」

「............」

「どうせ政略結婚だ、文句あるまい」

「かしこまりました」

 結婚式の三日前、ハルバート侯爵家の嫡男である婚約者からそう言われた。
 ヘルガとしては頷くしかできない。
 ハリス伯爵家は昨年の不作や洪水で、早急な金銭援助が必要だった。
 伯爵家の領地には大きな港があり、その利権の一部とハルバート侯爵家からの金銭的援助で成り立った婚姻である。
 時は戦時中で、元より大々的な結婚式の予定はない。
 聖騎士でもある婚約者、ヨハンはすぐにでも前線に戻らなくてはいけない......というタイミング。
 あろうことか、ヨハンは結婚式の前日出立していった。
 平民から出た可憐な聖女と共に。

 この仕打ちに怒り狂ったのはヘルガの父親ではなく、ハルバート侯爵だった。
 一部とはいえ港の利権は大きく、ハリス伯爵家の領地は三年で回復する見込み。
 長い目で見ればハルバート侯爵家の方の利が大きい政略結婚だったからだ。
 怒り狂う侯爵を父親と一緒に宥めながら、ヘルガは次に援助してくれそうな家を算段していた。

 (自分の見た目は悪くない──絶世の美女とはいかないけれど。歳も十八、遅くはない)

「............」

「侯爵様......?」

「もういい。私が結婚する」

「ええっ」

 ハルバート侯爵は前妻が亡くなってから十五年、後添いを断り続けてきた男性である。
 年の頃は四十手前。

「むろん、ヘルガ殿が良ければだ。こちらの不手際だ、無理強いはせん」

 ヘルガはちらりと父親を見た。
 ハリス伯爵の表情は読めなかったが、返事はこうだった。

「娘の意志に任せます」

 それから、ヘルガに耳打ちをした。

「他に融資先の当てはある。ヘルガの好きにしなさい」

 ヘルガは横目でこっそりと侯爵を見た。
 ハルバート侯爵は王国一とも評される絶世の美男子である。
 そして──ヘルガは面食いだった。
 私室にある元聖騎士セインの大量の絵姿......それが目の前にいる侯爵その人だったのである。
 ヨハンも母親似の金髪碧眼で、セインとは方向性が違う美男子ではあったが。

 (セイン様本人は無理でも、家族としてお姿を拝見できると思って御子息との縁談に乗ったけれど、こ、これは渡りに船なのでは?)

 この国の風習に則り、貴族の婚姻は個人名で招待状を出さない。
 長く戦乱が続くこの国での貴族の結婚は直前に花婿が差し替えられることが多く、そういう風潮になったのだ。
 今回の場合、ハルバート侯爵家とハリス伯爵家の婚礼という名目だ。
 適齢期の息子ではなく侯爵本人の婚礼になれば招待客は驚くとは思うが、誰が誰ととは元から記載されていない。
 嘘はついてないし、書類上も全く問題がないのだ。

「あ、あの......侯爵様が私めでよろしいのであれば......」

 ヘルガはモジモジと指を組みながら、小さな声で答えた。

「では私のことはセインと呼ぶように」

「は、はわぁ......セイン、様」

 帰りの馬車の中、伯爵が呟いた。

「集めに集めた絵姿が無駄にならなくてよかったな」

 伯爵は娘の推し活を知っており、最初に打診したのは侯爵への後妻だったのだ。
 だが適齢期の息子がいるから、そっちと婚姻をという流れだったのはヘルガには言っていない。
 聖女に夢中で縁談を蹴り続けているというヨハンより、後妻のほうがずっとマシじゃないか?というのが、伯爵の心情でもある。
 侯爵としてはたった一人の息子を婚姻させたかったのだろうが。

「はい、でも婚家へ持っていくのは恥ずかしい......」

「部屋にそのまま置いておきなさい」

「はい」

 ヨハンがあの調子なら、ヘルガが生む子が跡継ぎになるかもしれない──そう考えると、花婿交代は伯爵家にとっても追い風になる。
 父親と娘はそれぞれ違う理由ではあったが、お互いにんまりと笑顔をかわすのであった。

 ◆

 招待客は些か困惑したようだが、結婚式はつつがなく終了し、ヘルガは名実ともにハルバート侯爵夫人となった。
 自分を真っ向から慕ってくる若妻に侯爵が絆されるのはあっという間だった。
 結婚式は初夏だったが、春先には子が生まれる。
 ヘルガのお腹には幸せが詰まっているのだ。

「奥様、足をどうされました」

 侍女のリジーが不安そうにヘルガの足を見た。

「......なんだか浮腫んで痛いのよ、室内履きなら平気なのだけれど」

「むくみですね......妊婦にはよくあることです。マッサージと、そうですね夜は枕で足を高くいたしましょう」
 
「ええ、お願い」

 ヘルガは使用人たちにも大切に扱われていた。
 ヨハンは外面は良かったが、家では少しばかり使用人を見下していたらしくあまり人望がなかったようだ。

「閣下は男の子用も女の子用も買い揃えておりますし、元気であればどちらでもようございますね」

「そうね。ヨハン様がいらっしゃるし、絶対男児ってプレッシャーがないのはありがたいわ」

「料理長にむくみにいい飲み物を頼んでおきましょう」

「そうね。病気じゃないとはいっても、こんなにパンパンに腫れてるとちょっと痛いのよ」

 雪解けの頃には外から見てわかるほど胎動の激しい赤ちゃんに、侯爵も使用人も夢中になった。
 そして春の花がほころび始めた頃、ヘルガは元気な男の子を出産した。
 シエルと名付けられたその子は、ヘルガの金茶色の髪と侯爵の珍しい紫色の瞳を受け継いだ。
 翌年生まれた男女の双子は、どちらもヘルガの若草色の瞳と侯爵の銀髪を持って生まれてきた。
 双子たちの名はマルクとユーリ。
 三人の子供はすくすくと育ち、双子がお喋りを始めた頃──唐突に終戦が訪れた。

 ◆

 ヘルガの大切な三人の子供は、しばらく伯爵家に預けられている。
 というのもヘルガが妊娠したばかりだったことと、終戦処理のあれこれで侯爵家の人の出入りが激しいからである。

「コルセットはやめておきましょう。お腹はまだ平たいですが、圧迫しないほうがいいですから」

「そうね、ドレスもゆったりめがいいわ」

「奥様は細うございますから、普通のドレスでもまだ大丈夫ですが......ふんわりしたデザインのものにいたしましょう」

 そして、圧倒的な勝利で終戦したので大々的な帰還兵の凱旋パレードがある。
 侯爵家長男ヨハンは聖女と共に前線で活躍した英雄の一人として戻ってくるのだ。

「どうしましょう」
 
 ヘルガの問いかけに、セインが短く答えた。

「問題ない」

 だが、心配そうなヘルガの顔を見てセインはつけ足すように再び口を開いた。

「私がヘルガと結婚したことは書簡で正式に伝えてある」

「そうですか。では気にしないことにいたします」
 
「全く問題はない」

 凱旋パレードの前日。
 ヨハンと従者、そして何故か聖女が侯爵家へ到着した。
 ヨハンは出迎えたヘルガを見るなり、ものすごく嫌な顔をした。

「なんでお前がいるんだ。婚姻もしていないのに妻気取りか?」

「えっ」

 想定外の発言に固まるヘルガと使用人。

「ねえヨハン、私疲れちゃったぁ。お風呂と甘い物食べたいわ」

 聖女が甘い声を出し、ヨハンにしなだれかかる。
 ヨハンは聖女の肩を抱き、使用人に指示を出し始めた。

「おい、聖女ミーナは次期侯爵夫人になるんだから、女主人の部屋へ案内しろ。あとは全員の湯あみの支度だ」
 
「甘いものもねっ」
 
「ぼけっと突っ立ってないでさっさと動け。あとお前は荷物をまとめて出ていけ」 

「え、でも......」

「お前を愛することはないと言ったはずだ。結局婚姻だってしていないし、居座られたら迷惑だ。金が欲しいなら手切れ金をやるからさっさと出ていけ」

 ヨハンはそう言ってヘルガの肩を小突いた。
 よろめくヘルガを侍女たちが必死に支えるのを見て、聖女が顔をしかめた。

「大袈裟ねぇ」

 リジーがヨハンとヘルガの間に身体を差し込んだところで、家令から知らせを受けたセインが執務室から出てきた。

「何をしている! か弱き女性に手を挙げるなど──」

「ちょっと小突いただけですよ、わざとらしくよろめいて見せてるだけですよ、父上」

「お前、私が送った書簡は読んでないのか」

「書簡? さあ、見てないですね。届いたかどうかも知らないし。それより、妻になるミーナを紹介させてください」

「妻、だと......?」

「ええ。父上は私に結婚させたがっていたでしょう。お望み通り、妻となる女性を連れてきました。出身こそ平民ですが、戦争の立役者でもある聖女ですから不足はないはずです」

「何を言っているんだお前は」

「ミーナのお腹の中には跡継ぎがいます。さっさとその女を家に帰してください。ミーナに何かされたら困るので」

「婚姻前の妊娠など論外だ」

「ですが、事実です。息子が僕しかいない以上、ミーナを認めていただくしかないでしょう」

「お義父様、私頑張りますぅ」

 豪奢なエントランスが静まり返った。
 セインがため息をつき、とりあえず聖女と従者たちを労い客室へ案内するよう指示を出した。

「え、客室? ヨハンは侯爵夫人の部屋って言ってたじゃない」

「いいえ、客室です」

 不満そうな聖女は、それでも湯浴みをしたかったらしく文句を言いながら侍女について行った。

「そこのお前。お前はクビだ」
 
 ヨハンは目の前にいるリジーにそう言い放ち、あとで執務室にいきますとセインに伝え私室へと歩いていった。

「リジー、大丈夫? ありがとう」

「......夕食は部屋で取りなさい。彼らがパレードに出発するまで、部屋から出なくてもいい」

 セインはそう言った後、小さな声で囁いた。

「無理はするな。少し休むといい」

 ヘルガの頬にキスを送り、セインは執務室へと戻っていった。
 リジーに手を取られ、二階の自室に戻ろうと向きを変えたヘルガは客室に案内されたはずの聖女と目が合った。
 
(何故勝手に出歩いているの......?)

 ヘルガが聞くまもなく、聖女はくるりと踵を返し走り去った。

「............?」

「奥様、エントランスは冷えます。さ、お部屋へ戻りましょう」

「そうね。でも客人が勝手に彷徨くのは良くないわ」

「もちろんです。すぐに係の者に伝えます」

 リジーはヘルガを部屋に連れていき、ソファーに座らせたあと、ヘルガの肩をあらためた。
 
「まあ、痣ができてます」

「そう......確かに痛いわ」

 顔を赤くして怒った様子のリジーは、氷を取りに行き痣を冷やした後、もう一人の侯爵夫人付きのエレンに部屋に残るよう指示を出した。
 そして再び慌ただしく辞していった。

「ふぅ......身体は辛くないけど、ずっと眠いのよね」

「クッションの位置を変えましょう」

「ありがとう。エレン、あなたも少し座ってなさいな。私は少し寝るから」

「かしこまりました」

 ヘルガが目を覚ましたのは夜更けだった。
 思いの外、眠り込んでしまったようだ。
 水差しから少し水を飲み、隣室の小部屋に控えている侍女を呼ぼうか逡巡した後──結局お腹も空いていなかったので、食事は後回しにした。
 まだ起きているであろう夫に会いに行こう。
 客人の扱いがどうなるのかも侯爵夫人として確認したかったからである。

「あら......?」

 扉を開けた先にいたのは聖女ミーナ。

「お客様のお部屋は一階ですけれど、何故二階にいらっしゃるのですか」

 見たところ、侍女もいないので聖女は一人で二階まで来たようだ。
 階段の前にある侍女の部屋の近くまで行ったら、申し訳ないが聖女を連れて行ってもらわなくては。

「その部屋」

「はい?」

「侯爵夫人のお部屋。私の部屋でしょう?」

「そのとおり。私が侯爵夫人ですので。私は閣下に用がありますので、失礼します」

 扉をしっかり閉めて鍵をかけ、ミーナの横をすり抜けたがミーナは文句を言いながらついてくる。

「なんで出ていかないの? 籍も入ってない、愛されてもいない女が居座るなんてありえないんだけど」

「そうは言われましても」

「それに不貞よね? さっきお義父様とキスしていたわ!」

「ああ......それは──」

 階段まで辿り着いた時、ミーナは腕を突き出し、ヘルガの身体が宙を舞った。
 話し声に気づいて走り出てきた侍女の悲鳴が響き渡る。
 ヘルガの視界は焦る侍女の顔を捉えた後、暗転した。

 ◆

 ヘルガの意識が戻ったのは昼を少し過ぎた頃だった。

「ん......朝? 昼......あ、お腹は!」

 慌てて起き上がろうともがいたヘルガを、リジーがそっと押し留めた。

「奥様、大丈夫です。お子に障りはございませんでしたよ」

「え? そう、無事なの......私どうしたの?」

「夜中に階段から転落されたのですが......記憶は御座いますか」

 エレンが医師を呼ぶためか、急ぎ足で部屋を出ていく。

「記憶......記憶。確か聖女様が部屋の前にいて、私はセイン様に用があって──いたた、あちこち痛いわ」

「動いてはいけません。頭を打ってらっしゃいますし、全身の打ち身と左肩の脱臼、それから左の上腕と手首、右の鎖骨と指が二本折れてます」

「そんなに?」

「そんなにです」

「............赤ちゃんが無事で良かった」

「奥様が咄嗟に守ったからでしょう。お腹周りには痣がありませんでしたから。腰や背中は紫色でしたが」

「良かったわぁ......」

「いいえ、お子の方は......出血がないだけで油断はならない状態です。奥様はお医者さまがいいと言うまでベッドから出てはなりません」

 女性医師が到着し、リジーは後ろに下がった。
 丁寧な診察を受け、流産の兆候は今のところ見られないと説明を受けたところで緊張していたヘルガの気が緩み全身の痛みが押し寄せてきた。

「怪我は綺麗に治るかと思われます。不幸中の幸いで、綺麗に折れてますので」

「そ、そう......?」

「しばらくは毎日参ります。私がいいと言うまでは、絶対安静です」

「わかったわ」

 医師が退室した後、ヘルガは痛み止めの薬湯を飲みながらリジーに尋ねた。

「あいた、唇も切れてるのね。セイン様はお屋敷にいる?」

「鏡はしばらく見ないほうがよろしいでしょう。旦那様は登城中ですので、お帰りは夜になるかと」

「ああ......今日は凱旋パレードだったわね、そう言えば」

「そうですね。当家からの参加者はおりませんが」

 ヘルガは少し驚き、首を傾げようとして痛みに飛び上がった。

「痛っ......あれ、ヨハン様と聖女様はパレードに出たのではないの?」

 リジーはフンッと鼻を鳴らし、ヘルガから目を逸らして呟くように返事をした。

「聖女は捕縛されて不参加。ヨハン様と従者は一旦深夜に宿を取り、そこからパレードには向かわれたようです」

「深夜に、宿?」

「セイン様が叩き出したんですよ......あの聖女が奥様を階段から突き落としたのですから。しかも、あろうことか聖女は悪くないなどと言い出して」

「あ、そうだわ......聖女様がどついてきた記憶ある......エレンが手を伸ばしてきてたのも」

「話し声が聞こえて、エレンとサニー、見習いのラニがすぐに部屋から出たのですが、間に合いませんでした。申しわけありません」

「助けてくれようとしてたから、セイン様にはちゃんとそう言っておくわ」

「ありがとうございます。特にエレンはショックのあまり、朝まで泣いたり吐いたり大騒ぎでしたから」

「まあ......。私がすぐに侍女を呼ばなかったせいなのに。でもエレンが今ここにいるということは、お咎めは無かったのよね?」

 リジーは熱っぽいヘルガの額に冷たい布巾を置き、頷いた。

「旦那様は公平な方ですから」

「そうね。そこがまた素敵なんだけれど......念のため口添えはしておくわね」

「奥様ぁ......」

 後ろで控えていたエレンがメソメソと泣き始めた。
 目の前で人が大怪我をしたのだ、不安定なのは仕方ない。

「エレン、大丈夫よ。少し休憩してらっしゃいな」

「はい......」

「リジー、あなたも。私はちょっと休むわ」

 ヘルガが再び起きて粥を食べさせてもらっていると、セインが部屋に入ってきた。

「ヘルガ、大丈夫か」

「あちこち痛いけれど大丈夫よ。食欲もあるし」

「そうか......本当に済まないことをした。最初から宿に追い出せばよかった」

「起きたことはどうしようもありませんわ。でも、子どもたちが伯爵家に行っていて良かったです」

「あんな愚か者を見せずに済んだのは僥倖だがな、君がこんな大怪我を負うとは......」

「侍女はお咎めなしにしてくださいな」

「もちろんだ。特にゴルドには報奨金を出したぞ」

「え、執事のゴルドに?」

「一階では侍女と執事が聖女が部屋にいないと探し回っていて、君が転落した時たまたまゴルドが階下にいて受け止めてくれたんだ」

「まあ! 私、下まで転げ落ちたのかと思ってたわ」

「中ほどで階段を駆け上がったゴルドに抱えられて落ちたと聞いている」

「ゴルドは怪我をしたのではない? 大丈夫なのかしら」

「あれも元聖騎士、打ち身だけだ」

「............ゴルドが間に合わなかったら」

 セインは厳しい顔で頷いた。

 (怖い顔も美しいわぁ......)

「単身で階下まで落ちていたら、命が無かった可能性もある。あの階段は段数が多い上に古い造りで急勾配だからな。もちろん、正式な検分後に改修する予定だ」
 
「それで、どういうことになったのかしら?」

「聖女か。平民が侯爵夫人を殺そうとしたんだ、その場で捕縛して警邏隊に引き渡した」

「ヨハン様は?」

「聖女がヘルガが私と不貞をしていると言ったのを真に受けて、話にならんから叩き出した」

「あら? それ、私も言われたような気がしますわ」

「......家はシエルに継がせようと思う。ヨハンは騎士としては有能だが、領主には不適格だ」

「まだ四歳にもなってませんが、よろしいのですか」 

「問題ない。あれはハルバート侯爵家特有の目の色を持っているから親戚一同大賛成だ」 

「あら、もうそこまでお話が進んでいるのです?」 

「ああ。先ほど決まった」

「嫌だ、もしかしたら皆様いらっしゃってるの? 私挨拶もしてないわ」

 慌てるヘルガを見て、セインは目を細め優しく無傷だった腹に手を添えた。

「ベッドから出てはいけないよ。元気になったら改めて会う機会を設ける」

「......はい」
 
 リジーが壁の時計を見て、痛み止めの薬湯を淹れ始めた。
 セインは侍女たちによろしく頼むよ、と軽く声を掛け退室していった。
 ヘルガは安心したように小さく息をつき、リジーから薬湯を飲ませてもらった。

「どっちの手も使えないなんて、凄く不便ね」

「そうでしょうね、おいたわしい」

「......治ったら、戦災で身体を壊した人たちに何かできることがあるか、考えるべきね」

「奥様、もちろんこのリジーがお手伝いいたしますから今は養生してくださいませ」

 侯爵夫人の部屋は、小さな笑い声で満たされた。

 

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その結末
愛するつもりはない』と言われましたので、お義父様(予定)と結婚しました!作者:藤 野乃
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結婚式、三日前ですが!

「君を愛するつもりはない」

「............」

「どうせ政略結婚だ、文句あるまい」

「かしこまりました」

 結婚式の三日前、ハルバート侯爵家の嫡男である婚約者からそう言われた。
 ヘルガとしては頷くしかできない。
 ハリス伯爵家は昨年の不作や洪水で、早急な金銭援助が必要だった。
 伯爵家の領地には大きな港があり、その利権の一部とハルバート侯爵家からの金銭的援助で成り立った婚姻である。
 時は戦時中で、元より大々的な結婚式の予定はない。
 聖騎士でもある婚約者、ヨハンはすぐにでも前線に戻らなくてはいけない......というタイミング。
 あろうことか、ヨハンは結婚式の前日出立していった。
 平民から出た可憐な聖女と共に。

 この仕打ちに怒り狂ったのはヘルガの父親ではなく、ハルバート侯爵だった。
 一部とはいえ港の利権は大きく、ハリス伯爵家の領地は三年で回復する見込み。
 長い目で見ればハルバート侯爵家の方の利が大きい政略結婚だったからだ。
 怒り狂う侯爵を父親と一緒に宥めながら、ヘルガは次に援助してくれそうな家を算段していた。

 (自分の見た目は悪くない──絶世の美女とはいかないけれど。歳も十八、遅くはない)

「............」

「侯爵様......?」

「もういい。私が結婚する」

「ええっ」

 ハルバート侯爵は前妻が亡くなってから十五年、後添いを断り続けてきた男性である。
 年の頃は四十手前。

「むろん、ヘルガ殿が良ければだ。こちらの不手際だ、無理強いはせん」

 ヘルガはちらりと父親を見た。
 ハリス伯爵の表情は読めなかったが、返事はこうだった。

「娘の意志に任せます」

 それから、ヘルガに耳打ちをした。

「他に融資先の当てはある。ヘルガの好きにしなさい」

 ヘルガは横目でこっそりと侯爵を見た。
 ハルバート侯爵は王国一とも評される絶世の美男子である。
 そして──ヘルガは面食いだった。
 私室にある元聖騎士セインの大量の絵姿......それが目の前にいる侯爵その人だったのである。
 ヨハンも母親似の金髪碧眼で、セインとは方向性が違う美男子ではあったが。

 (セイン様本人は無理でも、家族としてお姿を拝見できると思って御子息との縁談に乗ったけれど、こ、これは渡りに船なのでは?)

 この国の風習に則り、貴族の婚姻は個人名で招待状を出さない。
 長く戦乱が続くこの国での貴族の結婚は直前に花婿が差し替えられることが多く、そういう風潮になったのだ。
 今回の場合、ハルバート侯爵家とハリス伯爵家の婚礼という名目だ。
 適齢期の息子ではなく侯爵本人の婚礼になれば招待客は驚くとは思うが、誰が誰ととは元から記載されていない。
 嘘はついてないし、書類上も全く問題がないのだ。

「あ、あの......侯爵様が私めでよろしいのであれば......」

 ヘルガはモジモジと指を組みながら、小さな声で答えた。

「では私のことはセインと呼ぶように」

「は、はわぁ......セイン、様」

 帰りの馬車の中、伯爵が呟いた。

「集めに集めた絵姿が無駄にならなくてよかったな」

 伯爵は娘の推し活を知っており、最初に打診したのは侯爵への後妻だったのだ。
 だが適齢期の息子がいるから、そっちと婚姻をという流れだったのはヘルガには言っていない。
 聖女に夢中で縁談を蹴り続けているというヨハンより、後妻のほうがずっとマシじゃないか?というのが、伯爵の心情でもある。
 侯爵としてはたった一人の息子を婚姻させたかったのだろうが。

「はい、でも婚家へ持っていくのは恥ずかしい......」

「部屋にそのまま置いておきなさい」

「はい」

 ヨハンがあの調子なら、ヘルガが生む子が跡継ぎになるかもしれない──そう考えると、花婿交代は伯爵家にとっても追い風になる。
 父親と娘はそれぞれ違う理由ではあったが、お互いにんまりと笑顔をかわすのであった。

 ◆

 招待客は些か困惑したようだが、結婚式はつつがなく終了し、ヘルガは名実ともにハルバート侯爵夫人となった。
 自分を真っ向から慕ってくる若妻に侯爵が絆されるのはあっという間だった。
 結婚式は初夏だったが、春先には子が生まれる。
 ヘルガのお腹には幸せが詰まっているのだ。

「奥様、足をどうされました」

 侍女のリジーが不安そうにヘルガの足を見た。

「......なんだか浮腫んで痛いのよ、室内履きなら平気なのだけれど」

「むくみですね......妊婦にはよくあることです。マッサージと、そうですね夜は枕で足を高くいたしましょう」
 
「ええ、お願い」

 ヘルガは使用人たちにも大切に扱われていた。
 ヨハンは外面は良かったが、家では少しばかり使用人を見下していたらしくあまり人望がなかったようだ。

「閣下は男の子用も女の子用も買い揃えておりますし、元気であればどちらでもようございますね」

「そうね。ヨハン様がいらっしゃるし、絶対男児ってプレッシャーがないのはありがたいわ」

「料理長にむくみにいい飲み物を頼んでおきましょう」

「そうね。病気じゃないとはいっても、こんなにパンパンに腫れてるとちょっと痛いのよ」

 雪解けの頃には外から見てわかるほど胎動の激しい赤ちゃんに、侯爵も使用人も夢中になった。
 そして春の花がほころび始めた頃、ヘルガは元気な男の子を出産した。
 シエルと名付けられたその子は、ヘルガの金茶色の髪と侯爵の珍しい紫色の瞳を受け継いだ。
 翌年生まれた男女の双子は、どちらもヘルガの若草色の瞳と侯爵の銀髪を持って生まれてきた。
 双子たちの名はマルクとユーリ。
 三人の子供はすくすくと育ち、双子がお喋りを始めた頃──唐突に終戦が訪れた。

 ◆

 ヘルガの大切な三人の子供は、しばらく伯爵家に預けられている。
 というのもヘルガが妊娠したばかりだったことと、終戦処理のあれこれで侯爵家の人の出入りが激しいからである。

「コルセットはやめておきましょう。お腹はまだ平たいですが、圧迫しないほうがいいですから」

「そうね、ドレスもゆったりめがいいわ」

「奥様は細うございますから、普通のドレスでもまだ大丈夫ですが......ふんわりしたデザインのものにいたしましょう」

 そして、圧倒的な勝利で終戦したので大々的な帰還兵の凱旋パレードがある。
 侯爵家長男ヨハンは聖女と共に前線で活躍した英雄の一人として戻ってくるのだ。

「どうしましょう」
 
 ヘルガの問いかけに、セインが短く答えた。

「問題ない」

 だが、心配そうなヘルガの顔を見てセインはつけ足すように再び口を開いた。

「私がヘルガと結婚したことは書簡で正式に伝えてある」

「そうですか。では気にしないことにいたします」
 
「全く問題はない」

 凱旋パレードの前日。
 ヨハンと従者、そして何故か聖女が侯爵家へ到着した。
 ヨハンは出迎えたヘルガを見るなり、ものすごく嫌な顔をした。

「なんでお前がいるんだ。婚姻もしていないのに妻気取りか?」

「えっ」

 想定外の発言に固まるヘルガと使用人。

「ねえヨハン、私疲れちゃったぁ。お風呂と甘い物食べたいわ」

 聖女が甘い声を出し、ヨハンにしなだれかかる。
 ヨハンは聖女の肩を抱き、使用人に指示を出し始めた。

「おい、聖女ミーナは次期侯爵夫人になるんだから、女主人の部屋へ案内しろ。あとは全員の湯あみの支度だ」
 
「甘いものもねっ」
 
「ぼけっと突っ立ってないでさっさと動け。あとお前は荷物をまとめて出ていけ」 

「え、でも......」

「お前を愛することはないと言ったはずだ。結局婚姻だってしていないし、居座られたら迷惑だ。金が欲しいなら手切れ金をやるからさっさと出ていけ」

 ヨハンはそう言ってヘルガの肩を小突いた。
 よろめくヘルガを侍女たちが必死に支えるのを見て、聖女が顔をしかめた。

「大袈裟ねぇ」

 リジーがヨハンとヘルガの間に身体を差し込んだところで、家令から知らせを受けたセインが執務室から出てきた。

「何をしている! か弱き女性に手を挙げるなど──」

「ちょっと小突いただけですよ、わざとらしくよろめいて見せてるだけですよ、父上」

「お前、私が送った書簡は読んでないのか」

「書簡? さあ、見てないですね。届いたかどうかも知らないし。それより、妻になるミーナを紹介させてください」

「妻、だと......?」

「ええ。父上は私に結婚させたがっていたでしょう。お望み通り、妻となる女性を連れてきました。出身こそ平民ですが、戦争の立役者でもある聖女ですから不足はないはずです」

「何を言っているんだお前は」

「ミーナのお腹の中には跡継ぎがいます。さっさとその女を家に帰してください。ミーナに何かされたら困るので」

「婚姻前の妊娠など論外だ」

「ですが、事実です。息子が僕しかいない以上、ミーナを認めていただくしかないでしょう」

「お義父様、私頑張りますぅ」

 豪奢なエントランスが静まり返った。
 セインがため息をつき、とりあえず聖女と従者たちを労い客室へ案内するよう指示を出した。

「え、客室? ヨハンは侯爵夫人の部屋って言ってたじゃない」

「いいえ、客室です」

 不満そうな聖女は、それでも湯浴みをしたかったらしく文句を言いながら侍女について行った。

「そこのお前。お前はクビだ」
 
 ヨハンは目の前にいるリジーにそう言い放ち、あとで執務室にいきますとセインに伝え私室へと歩いていった。

「リジー、大丈夫? ありがとう」

「......夕食は部屋で取りなさい。彼らがパレードに出発するまで、部屋から出なくてもいい」

 セインはそう言った後、小さな声で囁いた。

「無理はするな。少し休むといい」

 ヘルガの頬にキスを送り、セインは執務室へと戻っていった。
 リジーに手を取られ、二階の自室に戻ろうと向きを変えたヘルガは客室に案内されたはずの聖女と目が合った。
 
(何故勝手に出歩いているの......?)

 ヘルガが聞くまもなく、聖女はくるりと踵を返し走り去った。

「............?」

「奥様、エントランスは冷えます。さ、お部屋へ戻りましょう」

「そうね。でも客人が勝手に彷徨くのは良くないわ」

「もちろんです。すぐに係の者に伝えます」

 リジーはヘルガを部屋に連れていき、ソファーに座らせたあと、ヘルガの肩をあらためた。
 
「まあ、痣ができてます」

「そう......確かに痛いわ」

 顔を赤くして怒った様子のリジーは、氷を取りに行き痣を冷やした後、もう一人の侯爵夫人付きのエレンに部屋に残るよう指示を出した。
 そして再び慌ただしく辞していった。

「ふぅ......身体は辛くないけど、ずっと眠いのよね」

「クッションの位置を変えましょう」

「ありがとう。エレン、あなたも少し座ってなさいな。私は少し寝るから」

「かしこまりました」

 ヘルガが目を覚ましたのは夜更けだった。
 思いの外、眠り込んでしまったようだ。
 水差しから少し水を飲み、隣室の小部屋に控えている侍女を呼ぼうか逡巡した後──結局お腹も空いていなかったので、食事は後回しにした。
 まだ起きているであろう夫に会いに行こう。
 客人の扱いがどうなるのかも侯爵夫人として確認したかったからである。

「あら......?」

 扉を開けた先にいたのは聖女ミーナ。

「お客様のお部屋は一階ですけれど、何故二階にいらっしゃるのですか」

 見たところ、侍女もいないので聖女は一人で二階まで来たようだ。
 階段の前にある侍女の部屋の近くまで行ったら、申し訳ないが聖女を連れて行ってもらわなくては。

「その部屋」

「はい?」

「侯爵夫人のお部屋。私の部屋でしょう?」

「そのとおり。私が侯爵夫人ですので。私は閣下に用がありますので、失礼します」

 扉をしっかり閉めて鍵をかけ、ミーナの横をすり抜けたがミーナは文句を言いながらついてくる。

「なんで出ていかないの? 籍も入ってない、愛されてもいない女が居座るなんてありえないんだけど」

「そうは言われましても」

「それに不貞よね? さっきお義父様とキスしていたわ!」

「ああ......それは──」

 階段まで辿り着いた時、ミーナは腕を突き出し、ヘルガの身体が宙を舞った。
 話し声に気づいて走り出てきた侍女の悲鳴が響き渡る。
 ヘルガの視界は焦る侍女の顔を捉えた後、暗転した。

 ◆

 ヘルガの意識が戻ったのは昼を少し過ぎた頃だった。

「ん......朝? 昼......あ、お腹は!」

 慌てて起き上がろうともがいたヘルガを、リジーがそっと押し留めた。

「奥様、大丈夫です。お子に障りはございませんでしたよ」

「え? そう、無事なの......私どうしたの?」

「夜中に階段から転落されたのですが......記憶は御座いますか」

 エレンが医師を呼ぶためか、急ぎ足で部屋を出ていく。

「記憶......記憶。確か聖女様が部屋の前にいて、私はセイン様に用があって──いたた、あちこち痛いわ」

「動いてはいけません。頭を打ってらっしゃいますし、全身の打ち身と左肩の脱臼、それから左の上腕と手首、右の鎖骨と指が二本折れてます」

「そんなに?」

「そんなにです」

「............赤ちゃんが無事で良かった」

「奥様が咄嗟に守ったからでしょう。お腹周りには痣がありませんでしたから。腰や背中は紫色でしたが」

「良かったわぁ......」

「いいえ、お子の方は......出血がないだけで油断はならない状態です。奥様はお医者さまがいいと言うまでベッドから出てはなりません」

 女性医師が到着し、リジーは後ろに下がった。
 丁寧な診察を受け、流産の兆候は今のところ見られないと説明を受けたところで緊張していたヘルガの気が緩み全身の痛みが押し寄せてきた。

「怪我は綺麗に治るかと思われます。不幸中の幸いで、綺麗に折れてますので」

「そ、そう......?」

「しばらくは毎日参ります。私がいいと言うまでは、絶対安静です」

「わかったわ」

 医師が退室した後、ヘルガは痛み止めの薬湯を飲みながらリジーに尋ねた。

「あいた、唇も切れてるのね。セイン様はお屋敷にいる?」

「鏡はしばらく見ないほうがよろしいでしょう。旦那様は登城中ですので、お帰りは夜になるかと」

「ああ......今日は凱旋パレードだったわね、そう言えば」

「そうですね。当家からの参加者はおりませんが」

 ヘルガは少し驚き、首を傾げようとして痛みに飛び上がった。

「痛っ......あれ、ヨハン様と聖女様はパレードに出たのではないの?」

 リジーはフンッと鼻を鳴らし、ヘルガから目を逸らして呟くように返事をした。

「聖女は捕縛されて不参加。ヨハン様と従者は一旦深夜に宿を取り、そこからパレードには向かわれたようです」

「深夜に、宿?」

「セイン様が叩き出したんですよ......あの聖女が奥様を階段から突き落としたのですから。しかも、あろうことか聖女は悪くないなどと言い出して」

「あ、そうだわ......聖女様がどついてきた記憶ある......エレンが手を伸ばしてきてたのも」

「話し声が聞こえて、エレンとサニー、見習いのラニがすぐに部屋から出たのですが、間に合いませんでした。申しわけありません」

「助けてくれようとしてたから、セイン様にはちゃんとそう言っておくわ」

「ありがとうございます。特にエレンはショックのあまり、朝まで泣いたり吐いたり大騒ぎでしたから」

「まあ......。私がすぐに侍女を呼ばなかったせいなのに。でもエレンが今ここにいるということは、お咎めは無かったのよね?」

 リジーは熱っぽいヘルガの額に冷たい布巾を置き、頷いた。

「旦那様は公平な方ですから」

「そうね。そこがまた素敵なんだけれど......念のため口添えはしておくわね」

「奥様ぁ......」

 後ろで控えていたエレンがメソメソと泣き始めた。
 目の前で人が大怪我をしたのだ、不安定なのは仕方ない。

「エレン、大丈夫よ。少し休憩してらっしゃいな」

「はい......」

「リジー、あなたも。私はちょっと休むわ」

 ヘルガが再び起きて粥を食べさせてもらっていると、セインが部屋に入ってきた。

「ヘルガ、大丈夫か」

「あちこち痛いけれど大丈夫よ。食欲もあるし」

「そうか......本当に済まないことをした。最初から宿に追い出せばよかった」

「起きたことはどうしようもありませんわ。でも、子どもたちが伯爵家に行っていて良かったです」

「あんな愚か者を見せずに済んだのは僥倖だがな、君がこんな大怪我を負うとは......」

「侍女はお咎めなしにしてくださいな」

「もちろんだ。特にゴルドには報奨金を出したぞ」

「え、執事のゴルドに?」

「一階では侍女と執事が聖女が部屋にいないと探し回っていて、君が転落した時たまたまゴルドが階下にいて受け止めてくれたんだ」

「まあ! 私、下まで転げ落ちたのかと思ってたわ」

「中ほどで階段を駆け上がったゴルドに抱えられて落ちたと聞いている」

「ゴルドは怪我をしたのではない? 大丈夫なのかしら」

「あれも元聖騎士、打ち身だけだ」

「............ゴルドが間に合わなかったら」

 セインは厳しい顔で頷いた。

 (怖い顔も美しいわぁ......)

「単身で階下まで落ちていたら、命が無かった可能性もある。あの階段は段数が多い上に古い造りで急勾配だからな。もちろん、正式な検分後に改修する予定だ」
 
「それで、どういうことになったのかしら?」

「聖女か。平民が侯爵夫人を殺そうとしたんだ、その場で捕縛して警邏隊に引き渡した」

「ヨハン様は?」

「聖女がヘルガが私と不貞をしていると言ったのを真に受けて、話にならんから叩き出した」

「あら? それ、私も言われたような気がしますわ」

「......家はシエルに継がせようと思う。ヨハンは騎士としては有能だが、領主には不適格だ」

「まだ四歳にもなってませんが、よろしいのですか」 

「問題ない。あれはハルバート侯爵家特有の目の色を持っているから親戚一同大賛成だ」 

「あら、もうそこまでお話が進んでいるのです?」 

「ああ。先ほど決まった」

「嫌だ、もしかしたら皆様いらっしゃってるの? 私挨拶もしてないわ」

 慌てるヘルガを見て、セインは目を細め優しく無傷だった腹に手を添えた。

「ベッドから出てはいけないよ。元気になったら改めて会う機会を設ける」

「......はい」
 
 リジーが壁の時計を見て、痛み止めの薬湯を淹れ始めた。
 セインは侍女たちによろしく頼むよ、と軽く声を掛け退室していった。
 ヘルガは安心したように小さく息をつき、リジーから薬湯を飲ませてもらった。

「どっちの手も使えないなんて、凄く不便ね」

「そうでしょうね、おいたわしい」

「......治ったら、戦災で身体を壊した人たちに何かできることがあるか、考えるべきね」

「奥様、もちろんこのリジーがお手伝いいたしますから今は養生してくださいませ」

 侯爵夫人の部屋は、小さな笑い声で満たされた。

 

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その結末
愛するつもりはない』と言われましたので、お義父様(予定)と結婚しました!作者:藤 野乃
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