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前世との決別2

 部屋の空気が変わる。春のような穏やかな室温、見慣れた緑の家具――埃臭さなんて全く感じなかった。アリアが掃除してくれたに違いない。

「アリア〜!」

 呼ばなくても、私の到着には気づいているだろう。それでも、声を張上げていた。
 程なくして、軽い足音が廊下から近づいてきた。

「ミユ様、おかえりなさいませ」

「ただいま」

 ぺこりと頭を下げるアリアに、にこやかに微笑んでみる。

「ご無事で安心しました。王様たちとはどんな話をされたんですか?」

 アリアの質問に、笑顔が崩れるかと思った。王たちに魔導師を辞めろと――死ねと圧力をかけられたことを話すべきなのだろうか。

「う〜ん......」

 唸り声を上げ、考え込んでしまった。何かを察知したのか、アリアは微笑みながらも視線を下げる。

「ミユ様の反応で、だいたい予想は出来ますよ」

 そんなに分かりやすい反応をしているだろうか。自分では分からず、小首を傾げてみる。

「ミユ様、花壇へ行きませんか? あそこなら誰にも邪魔されず、ゆっくり話も出来ますし」

 『花壇』という言葉で、脳裏に映像が蘇る。様々な色のラナンキュラスやチューリップ、フリージア、カーネーションが所狭しと咲き乱れている花壇――私が初めて魔法を使い、ワープした場所だ。きっと心も穏やかになってくれるだろう。

「うん、行こっか〜」

 アリアに微笑みかけ、ワープをする。アリアもすぐについてきてくれるだろう。
 浮遊感が消え去れば、爽やかで澄んだ風が心地良く、肌や髪を撫でていく。思い描いた光景がそこにはあり、今が冬であることを忘れそうになった。国ごとに季節が違い、エメラルドは春の国ということにも納得だ。
 桜の木の下に佇む白いベンチに腰かけ、アリアの到着を待つ。ひらりと舞い落ちた桜の花弁が膝の上に乗った。

「お待たせ致しました」

 数分経ってから到着したアリアは、バスケットと木製の水筒のような容器を持っている。

「そろそろ昼食のお時間ですから」

「そっか、もうそんな時間だよね」

 今になっても、寝坊してしまったことが悔やまれる。しかし、いつまでもくよくよしていては、更に時間を無駄にしてしまう。
 アリアが横に座ると、花の香りが充満する空気を吸い込んだ。

「私たちね、七日経ったら魔導師を辞めることにしたの」

 アリアの緑の瞳を見詰め、結論だけを先に述べる。振り絞った勇気を、話を長引かせたばかりに萎ませたくはなかった。

「でも、死んだりはしないよ。神様が『分身として生きてもらう』って保証してくれたから」

「そうですか。遂に、そこまで」

 意外なことに、アリアの驚きはあまり感じられなかった。まるで、最初からそうするべきだったと言いたげに、瞳を揺らす。

「アリアはどうなるの? 死んじゃったりしないよね?」

「心配はいりませんよ。私もあるべき姿に戻るだけでしょう」

「人間? ウサギ?」

「それは私にも分かりません」

 アリアは口に手を当てながら、苦笑いをした。

「また会えるかな?」

「それも分かりません。もしかしたら、今までのことを綺麗さっぱり忘れるかもしれませんし。ですから......」

 アリアは私の手を取り、ぎゅっと握る。

「ミユ様は、私のことを忘れないでいてください」

「うん、約束する」

 切実で、確かにここにアリアがいたことを認める約束だ。アリアの握る手が小刻みに震えていた。私を忘れないで――胸が詰まる。涙が溢れそうにもなる。それと同時に、ダイヤに忘れ物をしてきてしまったことに気がついた。

「あ〜っ!」

「どうされました?」

「刺繍の道具を持って帰ってくるの忘れた〜......」

 完成した勿忘草をクラウに見せる約束をしたばかりだったのに。この際、三日間はアリアのことだけを考え、尽くしてあげよう。

「取りに戻られますか?」

「ううん、またダイヤに戻ってからやるから大丈夫。三日間はアリアと一緒にいたいの」

 必ず、残されたダイヤでの三日間で刺繍を完成させよう。決意を新たに、拳をぎゅっと握った。
 風が吹き、花が揺れる。蜜蜂や蝶も飛び交っている。ちらりと前世の自分が過ぎった。カノンはここが好きだった筈だ。彼女が埋葬されているのはベルフラワーが咲き誇る真っ白な花畑で、神聖さはあっても華やかさはない。せめて、この花壇のものを献花できないだろうか。

「お墓参り、しておこうかな」

 七日後には魔法が使えなくなるのだ。お墓参りのチャンスは今しかない。

「アリア。夕方になったら、ちょっとカノンとリエルのところに行ってくるね。その時に、ここの花をいただいて行っても良い?」

「勿論ですよ。その代わり、私からもお願いがあります」

「何?」

「お墓参りに私も連れていってください。今まで、ずっとカノン様にお別れの言葉を言えませんでしたから」

 アリアは懇願するような瞳で私を貫く。心残りがあるなら、少しでも取り除いてあげたい。

「うん、一緒に行こう」

「ありがとうございます」

 アリアは儚く微笑み、目を細めた。

「それと、もう一つお願いがあるの」

「何ですか?」

「城下町に行ってみたいの」

 流石にこれにはアリアも驚いたようだ。息を吸い込み、私を見詰める。
 
「どうして城下町に?」

「たった七日間で、この世界に生きるか、異世界か、私自身が選ばなくちゃいけなくて。まだ決められないの。この世界を知ったら、どっちの世界にするか決められるかもしれない。それに」

 一度息を吐き、唇を結ぶ。

「私たちが命懸けで守ろうとした世界だよ? どんな人が暮らしてるのか、私にだって知る権利があると思う」

 アリアは肯定も否定もしない。ただ、まっすぐな視線を私に向けてくれた。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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前世との決別2

 部屋の空気が変わる。春のような穏やかな室温、見慣れた緑の家具――埃臭さなんて全く感じなかった。アリアが掃除してくれたに違いない。

「アリア〜!」

 呼ばなくても、私の到着には気づいているだろう。それでも、声を張上げていた。
 程なくして、軽い足音が廊下から近づいてきた。

「ミユ様、おかえりなさいませ」

「ただいま」

 ぺこりと頭を下げるアリアに、にこやかに微笑んでみる。

「ご無事で安心しました。王様たちとはどんな話をされたんですか?」

 アリアの質問に、笑顔が崩れるかと思った。王たちに魔導師を辞めろと――死ねと圧力をかけられたことを話すべきなのだろうか。

「う〜ん......」

 唸り声を上げ、考え込んでしまった。何かを察知したのか、アリアは微笑みながらも視線を下げる。

「ミユ様の反応で、だいたい予想は出来ますよ」

 そんなに分かりやすい反応をしているだろうか。自分では分からず、小首を傾げてみる。

「ミユ様、花壇へ行きませんか? あそこなら誰にも邪魔されず、ゆっくり話も出来ますし」

 『花壇』という言葉で、脳裏に映像が蘇る。様々な色のラナンキュラスやチューリップ、フリージア、カーネーションが所狭しと咲き乱れている花壇――私が初めて魔法を使い、ワープした場所だ。きっと心も穏やかになってくれるだろう。

「うん、行こっか〜」

 アリアに微笑みかけ、ワープをする。アリアもすぐについてきてくれるだろう。
 浮遊感が消え去れば、爽やかで澄んだ風が心地良く、肌や髪を撫でていく。思い描いた光景がそこにはあり、今が冬であることを忘れそうになった。国ごとに季節が違い、エメラルドは春の国ということにも納得だ。
 桜の木の下に佇む白いベンチに腰かけ、アリアの到着を待つ。ひらりと舞い落ちた桜の花弁が膝の上に乗った。

「お待たせ致しました」

 数分経ってから到着したアリアは、バスケットと木製の水筒のような容器を持っている。

「そろそろ昼食のお時間ですから」

「そっか、もうそんな時間だよね」

 今になっても、寝坊してしまったことが悔やまれる。しかし、いつまでもくよくよしていては、更に時間を無駄にしてしまう。
 アリアが横に座ると、花の香りが充満する空気を吸い込んだ。

「私たちね、七日経ったら魔導師を辞めることにしたの」

 アリアの緑の瞳を見詰め、結論だけを先に述べる。振り絞った勇気を、話を長引かせたばかりに萎ませたくはなかった。

「でも、死んだりはしないよ。神様が『分身として生きてもらう』って保証してくれたから」

「そうですか。遂に、そこまで」

 意外なことに、アリアの驚きはあまり感じられなかった。まるで、最初からそうするべきだったと言いたげに、瞳を揺らす。

「アリアはどうなるの? 死んじゃったりしないよね?」

「心配はいりませんよ。私もあるべき姿に戻るだけでしょう」

「人間? ウサギ?」

「それは私にも分かりません」

 アリアは口に手を当てながら、苦笑いをした。

「また会えるかな?」

「それも分かりません。もしかしたら、今までのことを綺麗さっぱり忘れるかもしれませんし。ですから......」

 アリアは私の手を取り、ぎゅっと握る。

「ミユ様は、私のことを忘れないでいてください」

「うん、約束する」

 切実で、確かにここにアリアがいたことを認める約束だ。アリアの握る手が小刻みに震えていた。私を忘れないで――胸が詰まる。涙が溢れそうにもなる。それと同時に、ダイヤに忘れ物をしてきてしまったことに気がついた。

「あ〜っ!」

「どうされました?」

「刺繍の道具を持って帰ってくるの忘れた〜......」

 完成した勿忘草をクラウに見せる約束をしたばかりだったのに。この際、三日間はアリアのことだけを考え、尽くしてあげよう。

「取りに戻られますか?」

「ううん、またダイヤに戻ってからやるから大丈夫。三日間はアリアと一緒にいたいの」

 必ず、残されたダイヤでの三日間で刺繍を完成させよう。決意を新たに、拳をぎゅっと握った。
 風が吹き、花が揺れる。蜜蜂や蝶も飛び交っている。ちらりと前世の自分が過ぎった。カノンはここが好きだった筈だ。彼女が埋葬されているのはベルフラワーが咲き誇る真っ白な花畑で、神聖さはあっても華やかさはない。せめて、この花壇のものを献花できないだろうか。

「お墓参り、しておこうかな」

 七日後には魔法が使えなくなるのだ。お墓参りのチャンスは今しかない。

「アリア。夕方になったら、ちょっとカノンとリエルのところに行ってくるね。その時に、ここの花をいただいて行っても良い?」

「勿論ですよ。その代わり、私からもお願いがあります」

「何?」

「お墓参りに私も連れていってください。今まで、ずっとカノン様にお別れの言葉を言えませんでしたから」

 アリアは懇願するような瞳で私を貫く。心残りがあるなら、少しでも取り除いてあげたい。

「うん、一緒に行こう」

「ありがとうございます」

 アリアは儚く微笑み、目を細めた。

「それと、もう一つお願いがあるの」

「何ですか?」

「城下町に行ってみたいの」

 流石にこれにはアリアも驚いたようだ。息を吸い込み、私を見詰める。
 
「どうして城下町に?」

「たった七日間で、この世界に生きるか、異世界か、私自身が選ばなくちゃいけなくて。まだ決められないの。この世界を知ったら、どっちの世界にするか決められるかもしれない。それに」

 一度息を吐き、唇を結ぶ。

「私たちが命懸けで守ろうとした世界だよ? どんな人が暮らしてるのか、私にだって知る権利があると思う」

 アリアは肯定も否定もしない。ただ、まっすぐな視線を私に向けてくれた。
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