
成すべきこと4
その子爵は、昨日の男爵とは対応が違った。客間に通された後、子爵と向かい合わせに座る。その緑の瞳に揺らぎはない。「何故、私が魔法守護者だと?」「風の噂です」 カイルの返答にも眉をひそめる。「噂などで、私が魔法守護者であることなど広まる筈がないでしょう」 これには流石に困ってしまった。絶対に魔導師だと名乗る訳にはいかない。子爵の納得がいくであろう返しが思い浮かばず、しばし頭を抱える。「もしや、貴方は......クローディオ卿では? ルーゼンベルク公爵の跡継ぎが突然失踪して、公爵家は混乱していると聞き及んでいますが」「いえ、俺はガブリエルです」 そう誤魔化したが、内心は焦って仕方がなかった。手の平には汗が滲み、背中にも冷や汗が流れる。「そういうことにしておきましょう」 にこやかに微笑んだ子爵に、苦笑いを返すしかなかった。 今は実家のことを気にしていても仕方がない。俺がどうにか出来る問題ではないし、口を出す権利もない。頭を切り替え、話を本筋へと戻す。「俺たちが探しているのは『死の呪い』を解く方法です」「何故、そんなものを」「その呪いに苦しんでる者がいるんです。俺は、命にかえても呪いを解きたいんです」 これ以上に良い表現方法は見付からなかった。子爵の瞳を見詰め、何とか協力してくれないかと訴えかける。根負けしたのか、子爵は小さく頷いてくれた。「そういうことであれば、私も力になりましょう。書庫を調べてきますので、しばしお待ちを」「ありがとうございます」 何とか説得は出来たようだ。ほっと胸を撫で下ろし、客間を去っていく子爵を見送った。「危なかった......」 ドアが閉まった後、思わず口から零れていた。「まだ使用人たちが残ってます。口は慎んだ方が良いかと」 カイルに耳元で囁かれ、視線は控えているメイドたちへと向いた。目が合うと、彼女たちは視線を逸らす。そうだ。噂は貴族が自ら流すことはあまりなく、使用人たちが面白がって流すことが多い。油断も隙もないな、と鼻から息を吐き出した。 スチュアートは上手くやっているだろうか。振り子時計に目を向けてみれば、時刻は二時前――二人で話す時間はまだ残されているだろう。 口を開くのも躊躇われ、両手を握り締める。振り子時計が二回、時を告げ、数分経った後に子爵は戻ってきた。その額には汗が滲んでいるので、書庫を必死になって探してくれたであろう事は伝わってくる。 早速ソファーに座った子爵は、前屈みになりながら深緑の本を一ページずつ慎重に捲っていく。取り漏らしがないように、見逃したりしないように。 俺も本をまじまじと見ていたが、それらしき魔法陣は載っていなかった。『死』の一文字すら発見出来なかった。 ここも駄目か。あってくれという願いが一気に萎んでいく。「......私に出来るのはここまでです」「分かりました。ありがとうございます」 気持ちを切り替えよう。もしかすると、スチュアートが何か手がかりを掴んだかもしれない。きっと大丈夫だ。 力なく俯く子爵に、深々と頭を下げる。すると、俺の右腕を子爵が軽く握った。「貴方は私よりも身分が上でしょう。頭は下げないでください」「いえ、感謝に変わりはありませんので」「それでもです」 ゆっくりと頭を上げると、まるで俺の親であるかのように優しい眼差しが返ってきた。「私にも貴方くらいの歳の娘がいます。貴方を見ていると痛々しい限りだ」 そう言われると、どう返して良いのかが分からない。困ってカイルを見てみると、彼もまた苦笑いをするのだった。 改めて礼をし、子爵邸を後にする。大して話もしていないのに、あの子爵は俺の苦しみを理解してくれた。そう思ってしまう。天も俺の心を見透かすように、見事なまでに晴れ渡っているのだった。 * * *
探しても、探しても見つからない。魔法守護者への聞き込みは終わってしまった。何の成果も得られなかった。今はスチュアートとカイル、三人で手分けをして、図書室を血眼になりながら探している。魔法陣、魔法の手引き、魔法の成り立ちなど、片っ端から読み漁っていく。
「スチュアート、何かあった?」「いや......でも諦める訳にはいかない」「俺だって」 諦めれば俺の全てが終わる。未来が無くなる。生に縋り付きたい一心で、ページをめくる。休憩なんてしている時間はない。「そう言えば」「何?」 意味ありげに呟いたスチュアートに、一瞬だけ手が止まった。「叔父様と叔母様、だいぶ元気を取り戻したよ。クローディオがいなくなった当時は、ずっと瞼を腫らしてたのに」「......そっか」 多分、両親はどこかで俺が魔導師になってしまうことを予感していたのだと思う。それでなければ、「いなくなったりしないでね」なんて言う筈がない。 元気にしているのなら何よりだ。少しだけ安心し、本に目を凝らす。そこで見つけた。 『死の呪い』を打ち消す方法は――駄目だ。あまりに本が古すぎて、先が破れてしまっている。「あとちょっとなのに......!」 悔しくて堪らない。欠けた先も見当たらないので、魔法で直すことも出来ないのだ。 涙が零れ落ちそうになったその時、肩に柔らかな何かが触れた。「えっ?」 振り向いても、傍には誰も居ない。「スチュアート、こっちに来た?」「いや、ずっとここにいるよ」「じゃあ、カイル?」「いいえ、私もずっとここに」 では、先程の感触は何だったのだろう。まるで陽だまりのように温かな何か――。「ミユ?」 変な胸騒ぎがする。 あながち、俺の勘は間違っていなかったのだ。 成すべきこと4
その子爵は、昨日の男爵とは対応が違った。客間に通された後、子爵と向かい合わせに座る。その緑の瞳に揺らぎはない。「何故、私が魔法守護者だと?」「風の噂です」 カイルの返答にも眉をひそめる。「噂などで、私が魔法守護者であることなど広まる筈がないでしょう」 これには流石に困ってしまった。絶対に魔導師だと名乗る訳にはいかない。子爵の納得がいくであろう返しが思い浮かばず、しばし頭を抱える。「もしや、貴方は......クローディオ卿では? ルーゼンベルク公爵の跡継ぎが突然失踪して、公爵家は混乱していると聞き及んでいますが」「いえ、俺はガブリエルです」 そう誤魔化したが、内心は焦って仕方がなかった。手の平には汗が滲み、背中にも冷や汗が流れる。「そういうことにしておきましょう」 にこやかに微笑んだ子爵に、苦笑いを返すしかなかった。 今は実家のことを気にしていても仕方がない。俺がどうにか出来る問題ではないし、口を出す権利もない。頭を切り替え、話を本筋へと戻す。「俺たちが探しているのは『死の呪い』を解く方法です」「何故、そんなものを」「その呪いに苦しんでる者がいるんです。俺は、命にかえても呪いを解きたいんです」 これ以上に良い表現方法は見付からなかった。子爵の瞳を見詰め、何とか協力してくれないかと訴えかける。根負けしたのか、子爵は小さく頷いてくれた。「そういうことであれば、私も力になりましょう。書庫を調べてきますので、しばしお待ちを」「ありがとうございます」 何とか説得は出来たようだ。ほっと胸を撫で下ろし、客間を去っていく子爵を見送った。「危なかった......」 ドアが閉まった後、思わず口から零れていた。「まだ使用人たちが残ってます。口は慎んだ方が良いかと」 カイルに耳元で囁かれ、視線は控えているメイドたちへと向いた。目が合うと、彼女たちは視線を逸らす。そうだ。噂は貴族が自ら流すことはあまりなく、使用人たちが面白がって流すことが多い。油断も隙もないな、と鼻から息を吐き出した。 スチュアートは上手くやっているだろうか。振り子時計に目を向けてみれば、時刻は二時前――二人で話す時間はまだ残されているだろう。 口を開くのも躊躇われ、両手を握り締める。振り子時計が二回、時を告げ、数分経った後に子爵は戻ってきた。その額には汗が滲んでいるので、書庫を必死になって探してくれたであろう事は伝わってくる。 早速ソファーに座った子爵は、前屈みになりながら深緑の本を一ページずつ慎重に捲っていく。取り漏らしがないように、見逃したりしないように。 俺も本をまじまじと見ていたが、それらしき魔法陣は載っていなかった。『死』の一文字すら発見出来なかった。 ここも駄目か。あってくれという願いが一気に萎んでいく。「......私に出来るのはここまでです」「分かりました。ありがとうございます」 気持ちを切り替えよう。もしかすると、スチュアートが何か手がかりを掴んだかもしれない。きっと大丈夫だ。 力なく俯く子爵に、深々と頭を下げる。すると、俺の右腕を子爵が軽く握った。「貴方は私よりも身分が上でしょう。頭は下げないでください」「いえ、感謝に変わりはありませんので」「それでもです」 ゆっくりと頭を上げると、まるで俺の親であるかのように優しい眼差しが返ってきた。「私にも貴方くらいの歳の娘がいます。貴方を見ていると痛々しい限りだ」 そう言われると、どう返して良いのかが分からない。困ってカイルを見てみると、彼もまた苦笑いをするのだった。 改めて礼をし、子爵邸を後にする。大して話もしていないのに、あの子爵は俺の苦しみを理解してくれた。そう思ってしまう。天も俺の心を見透かすように、見事なまでに晴れ渡っているのだった。 * * *
探しても、探しても見つからない。魔法守護者への聞き込みは終わってしまった。何の成果も得られなかった。今はスチュアートとカイル、三人で手分けをして、図書室を血眼になりながら探している。魔法陣、魔法の手引き、魔法の成り立ちなど、片っ端から読み漁っていく。
「スチュアート、何かあった?」「いや......でも諦める訳にはいかない」「俺だって」 諦めれば俺の全てが終わる。未来が無くなる。生に縋り付きたい一心で、ページをめくる。休憩なんてしている時間はない。「そう言えば」「何?」 意味ありげに呟いたスチュアートに、一瞬だけ手が止まった。「叔父様と叔母様、だいぶ元気を取り戻したよ。クローディオがいなくなった当時は、ずっと瞼を腫らしてたのに」「......そっか」 多分、両親はどこかで俺が魔導師になってしまうことを予感していたのだと思う。それでなければ、「いなくなったりしないでね」なんて言う筈がない。 元気にしているのなら何よりだ。少しだけ安心し、本に目を凝らす。そこで見つけた。 『死の呪い』を打ち消す方法は――駄目だ。あまりに本が古すぎて、先が破れてしまっている。「あとちょっとなのに......!」 悔しくて堪らない。欠けた先も見当たらないので、魔法で直すことも出来ないのだ。 涙が零れ落ちそうになったその時、肩に柔らかな何かが触れた。「えっ?」 振り向いても、傍には誰も居ない。「スチュアート、こっちに来た?」「いや、ずっとここにいるよ」「じゃあ、カイル?」「いいえ、私もずっとここに」 では、先程の感触は何だったのだろう。まるで陽だまりのように温かな何か――。「ミユ?」 変な胸騒ぎがする。 あながち、俺の勘は間違っていなかったのだ。 次の話崩壊への道(前編)1›