
始動1
目覚めた瞬間、自分が誰だか分からなくなる。俺は――一体、誰だ。 ゆっくり身体を起こそうとすると、頭がふらついた。思わず呻き声を上げる。「クラウ様! まだ寝てなくちゃ駄目ですよ!」 ああ、そうだ。俺はその名だった。過去を見せたリエルには後で文句を言わなくては。 カイルに言われるがまま、ベッドに逆戻りする。疲れているのに、眠りたくない。また前世の夢を見るのは御免だ。大きく溜め息を吐き、カイルに背中を向ける。 窓から見える空には、水色と白の月が仲良く並んでいる。ミユと離れ離れになってしまっている俺を嘲笑うかのようだ。 そういえば、喉がカラカラに干からびている。何か飲み物が欲しい。「カイル、喉が渇いた」「今すぐお持ちしますね!」 慌ただしい足音が遠ざかっていく。 俺はカイルに謝っただろうか。ライリーだった時に、彼に命令をしてしまったことを。今までそんなことを考える余裕なんてなかったな、と顧みて、過去を振り返った今だからこそ謝ろうと決意した。 ドアが開き、人の気配が近付いてくる。「クラウ様、お待たせしました」 にこやかに微笑むカイルの手には、茶色の液体の入ったグラスがあった。ゆっくりと起き上がり、それを震える手で受け取る。口に含んでみると、砂糖が適度に混ざった紅茶であることが分かった。一気に喉へと流し込んでいく。「美味しかった」 空になったグラスを返すと、カイルは小さく笑う。こうして彼が気さくに接してくれるのは、実は奇跡なのかもしれない。「カイル、俺、謝らなきゃいけないことがある」「えっ?」 ちょこんと首を傾げるカイルに、改めて向き直った。「ライリーだった時に、理不尽な命令をした。あの時はホントにごめん」 視線を落とし、口を結ぶ。「何で謝るんですか! あれはライリー様がしたことで、クラウ様は関係ありません!」「でも、ライリーだって俺の一部なんだ。謝って当然じゃん」 カイルは俯くと、小さく苦笑いをした。「そう......ですよね。そのお気持ち、ありがたく受け取っておきます」 そう言ってくれて良かった。ベッドの中に戻り、吐息をついた。 * * *
次の日も俺はベッドでの療養を強要された。なんと、倒れてから丸一日も眠っていたらしい。カイルの見立てでは過労が原因とのことだった。スチュアートには、どうやって言い訳をすれば良いだろう。会う日取りも決まっていないのに、頭を悩ませる。 ミユやアレク、フレアは上手く探索が出来ているだろうか。何か成果があれば良いな、と淡い期待を寄せた。 夜になり、体力が戻ってきたように感じる。一度、ベッドから出てみよう。気になることもあるし、と布団を引き剥がして立ち上がった。問題はないように思う。「リエル、何であんなことしたのさ」
“こうでもしなきゃ、休まなかったじゃん? 死んでからじゃ遅いんだ。それを思い知らせたかった”
そう言われると、言葉に詰まる。何度も後悔に苦しむ死を経験してきた筈なのに。もっと自分を大切にしなくては、と思わされる。 封印された机にそっと近付き、引き出しに右手をかざす。淡い青の光が手のひらから放たれると、鍵が開く小さな音が響く。それを引き、中にあるものを摘み上げた。百年前と変わらず、部屋の明かりをキラキラと反射させている。「相変わらず綺麗だね。百年も放っておかれてたのにさ」“それ、封印してたんじゃないの?”
「うん。でも、今の俺には必要だから」 ミユと一緒に必ず生き抜く。その誓いをこの指輪に立てよう。対になったものを持っているだけで、一緒にいられる。そんな気がするのだ。 飾り気のなくなっていたネックレスに指輪を通し、再び金具を閉じる。俺の胸にはリエルの結婚指輪が存在感を増して輝くのだった。
* * *
元気を取り戻した俺は、再び図書室へと向かった。スチュアートも協力してくれている。「クローディオ、もう大丈夫なのか?」「うん。二日も休めば大丈夫だよ」 図書室の前で待ち合わせをし、重たい扉を押し開けた。書物の劣化防止のために、窓はついていない。豪華すぎるシャンデリアだけが図書室の中を照らしていた。「進展が何もなくて......済まない」 スチュアートは表情を曇らせる。進展がないのはスチュアートのせいではない。『死の呪い』が特殊なだけだ。「気にしてないよ。俺はこっちを探すから、スチュアートはそっちを頼んだ」「ああ、分かった」「カイルはあっちを」「分かりました」 俺の指示で三人が散り散りになり、迷わず本棚に歩み寄った。題名は『魔法と呪いの歴史』だ。これまた小口は日焼けしているので、以前のように欠けがあるかもしれない。破れないように、慎重にページを開き、一文字も逃さないように読み耽る。時間はあっという間に過ぎていった。「クラウ様、五分前です。お部屋に戻りましょう」「そんな。あとちょっとで読み終わるのに」「女王との約束です」 約束を持ち出されては、為す術はない。項垂れ、溜め息を吐く。「クローディオ、期間は二週間だろ? あと四日残ってる」「そうだけどさ」「お前が信じないでどうする?」 いつの間にか傍にやってきていたスチュアートは俺の肩をポンポンと叩く。たった四日で何が見つかるのだろう。頭の片隅に湧いた疑念を振り払う。「俺にはまだ時間がある。この本の残りも、他の本だってちゃんと読んで探すから」「ありがとう」 こんなにもスチュアートに任せっきりにして良いのだろうか。疑問に思ったが、スチュアートはにこやかに笑うだけだった。 礼を残し、図書室を後にする。あと四日か。絶対に、何か見つけ出さなくては。使命感に燃え、拳を握り締めた。 始動1
目覚めた瞬間、自分が誰だか分からなくなる。俺は――一体、誰だ。 ゆっくり身体を起こそうとすると、頭がふらついた。思わず呻き声を上げる。「クラウ様! まだ寝てなくちゃ駄目ですよ!」 ああ、そうだ。俺はその名だった。過去を見せたリエルには後で文句を言わなくては。 カイルに言われるがまま、ベッドに逆戻りする。疲れているのに、眠りたくない。また前世の夢を見るのは御免だ。大きく溜め息を吐き、カイルに背中を向ける。 窓から見える空には、水色と白の月が仲良く並んでいる。ミユと離れ離れになってしまっている俺を嘲笑うかのようだ。 そういえば、喉がカラカラに干からびている。何か飲み物が欲しい。「カイル、喉が渇いた」「今すぐお持ちしますね!」 慌ただしい足音が遠ざかっていく。 俺はカイルに謝っただろうか。ライリーだった時に、彼に命令をしてしまったことを。今までそんなことを考える余裕なんてなかったな、と顧みて、過去を振り返った今だからこそ謝ろうと決意した。 ドアが開き、人の気配が近付いてくる。「クラウ様、お待たせしました」 にこやかに微笑むカイルの手には、茶色の液体の入ったグラスがあった。ゆっくりと起き上がり、それを震える手で受け取る。口に含んでみると、砂糖が適度に混ざった紅茶であることが分かった。一気に喉へと流し込んでいく。「美味しかった」 空になったグラスを返すと、カイルは小さく笑う。こうして彼が気さくに接してくれるのは、実は奇跡なのかもしれない。「カイル、俺、謝らなきゃいけないことがある」「えっ?」 ちょこんと首を傾げるカイルに、改めて向き直った。「ライリーだった時に、理不尽な命令をした。あの時はホントにごめん」 視線を落とし、口を結ぶ。「何で謝るんですか! あれはライリー様がしたことで、クラウ様は関係ありません!」「でも、ライリーだって俺の一部なんだ。謝って当然じゃん」 カイルは俯くと、小さく苦笑いをした。「そう......ですよね。そのお気持ち、ありがたく受け取っておきます」 そう言ってくれて良かった。ベッドの中に戻り、吐息をついた。 * * *
次の日も俺はベッドでの療養を強要された。なんと、倒れてから丸一日も眠っていたらしい。カイルの見立てでは過労が原因とのことだった。スチュアートには、どうやって言い訳をすれば良いだろう。会う日取りも決まっていないのに、頭を悩ませる。 ミユやアレク、フレアは上手く探索が出来ているだろうか。何か成果があれば良いな、と淡い期待を寄せた。 夜になり、体力が戻ってきたように感じる。一度、ベッドから出てみよう。気になることもあるし、と布団を引き剥がして立ち上がった。問題はないように思う。「リエル、何であんなことしたのさ」
“こうでもしなきゃ、休まなかったじゃん? 死んでからじゃ遅いんだ。それを思い知らせたかった”
そう言われると、言葉に詰まる。何度も後悔に苦しむ死を経験してきた筈なのに。もっと自分を大切にしなくては、と思わされる。 封印された机にそっと近付き、引き出しに右手をかざす。淡い青の光が手のひらから放たれると、鍵が開く小さな音が響く。それを引き、中にあるものを摘み上げた。百年前と変わらず、部屋の明かりをキラキラと反射させている。「相変わらず綺麗だね。百年も放っておかれてたのにさ」“それ、封印してたんじゃないの?”
「うん。でも、今の俺には必要だから」 ミユと一緒に必ず生き抜く。その誓いをこの指輪に立てよう。対になったものを持っているだけで、一緒にいられる。そんな気がするのだ。 飾り気のなくなっていたネックレスに指輪を通し、再び金具を閉じる。俺の胸にはリエルの結婚指輪が存在感を増して輝くのだった。
* * *
元気を取り戻した俺は、再び図書室へと向かった。スチュアートも協力してくれている。「クローディオ、もう大丈夫なのか?」「うん。二日も休めば大丈夫だよ」 図書室の前で待ち合わせをし、重たい扉を押し開けた。書物の劣化防止のために、窓はついていない。豪華すぎるシャンデリアだけが図書室の中を照らしていた。「進展が何もなくて......済まない」 スチュアートは表情を曇らせる。進展がないのはスチュアートのせいではない。『死の呪い』が特殊なだけだ。「気にしてないよ。俺はこっちを探すから、スチュアートはそっちを頼んだ」「ああ、分かった」「カイルはあっちを」「分かりました」 俺の指示で三人が散り散りになり、迷わず本棚に歩み寄った。題名は『魔法と呪いの歴史』だ。これまた小口は日焼けしているので、以前のように欠けがあるかもしれない。破れないように、慎重にページを開き、一文字も逃さないように読み耽る。時間はあっという間に過ぎていった。「クラウ様、五分前です。お部屋に戻りましょう」「そんな。あとちょっとで読み終わるのに」「女王との約束です」 約束を持ち出されては、為す術はない。項垂れ、溜め息を吐く。「クローディオ、期間は二週間だろ? あと四日残ってる」「そうだけどさ」「お前が信じないでどうする?」 いつの間にか傍にやってきていたスチュアートは俺の肩をポンポンと叩く。たった四日で何が見つかるのだろう。頭の片隅に湧いた疑念を振り払う。「俺にはまだ時間がある。この本の残りも、他の本だってちゃんと読んで探すから」「ありがとう」 こんなにもスチュアートに任せっきりにして良いのだろうか。疑問に思ったが、スチュアートはにこやかに笑うだけだった。 礼を残し、図書室を後にする。あと四日か。絶対に、何か見つけ出さなくては。使命感に燃え、拳を握り締めた。 次の話始動2›