ホーム›神々の奇想四重奏›希望へ3
← 次の話目次前の話 →

希望へ3

 問題はそれだけではなかった。魔法を止めるタイミングが見計らえない。アレクの掛け声で止めようと試みたが、僅かにずれてしまった。竜巻に乗れなかった水が地上に降り注ぐ。

「おい! 遅ぇ!」

「ごめん!」

 謝った時には、二人でずぶ濡れになっていた。半径二、三メートルの地面だけが雨上がりのように木漏れ日を反射している。
 怒られるのは覚悟した方が良い。拳を握り締め、六人の元へ戻った。やはり、呆れた瞳が俺たちを迎えるのだった。

「お二人とも、何してるんですか! さっさと着替えてください」

 ロイは目を吊り上げ、テントを取り出す。その中に二人揃って押し込められた。

「ミユ様とは状況が違います。水遊びで熱を出すなんて、私は許しませんからね」

 捨て台詞を吐かれた挙句、ロイに思いきり入り口を閉められた。カイルに預けておいた麻袋の中から着替えを引っ張り出し、ムスッとしたまま着替えを終える。濡れてしまった髪はアレクが風の魔法で乾かしてくれた。下手に会話をして、解呪の剣の話を持ち出されるのは嫌だ。無言でいると、アレクも会話をしようとはしなかった。
 テントを出ると、ロイは納得したように何度か頷く。

「では、出発しましょう。日が暮れる前に、目的地に着かないと」

 ロイはテントを魔法で圧縮し、懐にしまい込んだ。
 誰が言うでもなく、先程の隊列に並ぶ。定位置になりつつあるミユの隣を占拠し、右手を握る。そして、大丈夫だよという意味も込めて微笑みかけた。本当は、風邪を引かないか少し心配になるくらいには肌寒い。

「大丈夫? 寒くない?」

「大丈夫だよ。ミユの手、温かいし」

 冷え切ってしまいそうな心は、その温もりのお陰で温度を保てている。その答えに満足できなかったのか、ミユはぷくっと頬を膨らませた。歩き出しながら、苦笑いが漏れる。

「歩いてたら身体も温まるから。そんな顔しなくても良いじゃん」

「心配だから言ってるの~」

「ごめんごめん」

 謝りながら、説得力がなかったかと反省してみる。

「あと、どれくらい歩くのかな」
 
「うーん、こういう所って、あと何キロって看板がある筈なんだけど」

「キロ?」

「うん、距離の単位だよ」

 恐らく、ミユは知らないだろうなと思いながら説明してみる。ところが、ミユは目を見開き、首を振ったのだ。トランプと同じで、キロと言う単位も異世界にあるのだろうか。

「ミユ?」

「ううん、何でもない」

 ミユは再び首を振る。先程の考えはあくまでも俺の予想なので、真実は彼女にしか分からない。
 俺たちの会話を聞いていたかのように、ロイが声を上げる。
 
「あ! 看板がありました!」

 彼が指差す方向には、確かに木製の道標が立てかけてあった。八人でそこに駆け寄り、文字を確認する。

「クレスタの館まで、あと七十キロ......。今日はあと十キロくらい進みましょう」

「分かった」

 カイルの提案に、他の全員が頷いた。早速、道順に戻って歩を進める。
 ふと、ミユが囁いた。

「クラウ、ありがとう」

「ん? 何が?」

「走り込みしてなかったら、多分、途中でダウンしてたと思うんだ~」

「うーん」

 走り込みはミユが倒れた原因でもあるだろう。感謝されるのは間違っていると思うのだ。
 一方で、彼女の気持ちがありがたいのには変わらない。

「気持ちだけ受け取っとくよ」

 微笑み、そっと投げかけた。
 エメラルドにしては冷たい風が身体を撫で、凍えさせる。水を浴びた影響か、小さく震えてしまった。

「ホントに寒くない?」

「やっぱり寒い」

 格好つけるだけつけて、強がってしまったのは認めよう。
 ミユは振り返り、カイルに視線を送る。

「何か温まるものないかなぁ」

「そうですねぇ......手袋とマフラーならありますが......」

 何故、そんな物を持ってきているのだろう。ここはサファイアではなく、エメラルドなのに。カイルは足を止め、麻袋の中を漁り始めた。異変に気付かないのか、歩き続けるアレク、フレア、ロイ、サラとは距離が広がっていく。
 カイルは大して焦ってもいない様子で、毛糸の青いマフラーと手袋を渡してくれた。

「これ、どうぞ。邪魔になるだけかと思っていましたが」

「ありがとう」

 それらを早速身につける。温かくなったのは良いが、繋いだ手からミユの温もりを感じ取れなくなったのは残念だ。ただ、先程よりも力強く握ってくれている気がする。

「アレク様、フレア様、待って下さーい!」

 アリアの叫び声で、ようやく先頭の四人が振り返った。

「オマエら、何やってんだー?」

「ちょっと、防寒着を!」

「今行きまーす!」

 数メートル離れてしまったので、駆け足で先頭集団へと戻った。俺の姿を見たアレクは不満そうな表情だ。

「オマエだけ良いな......っくしょん!」

 アレクは顔に似つかわしくないくしゃみをし、鼻を啜った。俺よりもアレクの方が風邪を引かないか心配になってしまう。
 フレアは不安そうな表情でアレクを見る。

「アレク、風邪引かないでね?」

「あぁ、多分大丈夫だ」

 アレクはにかっと笑うので、フレアも苦笑いを返していた。
 それから二時間ほど歩いただろうか。景色は変わらない。日が傾いてきた事もあって、ロイとサラは足を止めたのだろう。

「ここで野宿しましょう」

 野宿は実に百年振りだ。開けた場所もないし、人も通らないと思われるので、ロイは道のど真ん中にテントを二つ立てる。そのうちの一つに、俺たち魔導師は押し込められた。備わっていたランタンに、フレアが魔法で火を灯す。一瞬にしてテントの中は明るくなった。マフラーと手袋を外し、一息つく。
 カイルがコップを取り出し、魔法で水を満たす。
 
「これ飲んでて下さい」

「うん。ありがとう」

 それを受け取ると、すぐに口に含んだ。氷を入れたかのように冷たくて美味しい。疲れた身体に染み渡る。
 他の三人も使い魔から水を受け取ったようだ。アリアはミユに話しかけると、使い魔に指示を出す。

「私とサラは火の準備をするから、カイルとロイは魚を釣ってきて」
 
「ラジャー」

 使い魔が動き出すのを見て、ミユは首を傾げる。

「私たちは?」

「休んでいて下さい」

 ここは素直に、使い魔に甘えてしまおう。大の字になって横になるアレクを尻目に、大きく息を吐き出した。

「今回は、余震......だったか? 小さな揺れもねーんだな」

「影も力を温存してるのかもしれない」

「だな、油断は出来ねぇ」

 特にミユが心配だ。影に狙われているのは、明らかに彼女なのだから。

「ミユはぜってぇ一人になるなよ」

 アレクの脅しにも似た声に、ミユは大きく頷いた。
 アリアが集めた薪にサラが火をつけ、カイルとロイが釣った魚を串に刺して焼く。芳ばしい香りが辺りに充満し始める。
 釣果は良かったらしく、一人あたり二匹の魚を食べる事が出来た。他にはハードパンのみという、質素な食事だ。とはいえ、タンパク質が摂れたのは大きいだろう。
 皆が寝静まるまで、梟の鳴き声、木々のざわめき、焚き火の音――まるで疲れを癒してくれるかのように、自然が音楽を奏でてくれていた。
シェア
前の話 →
希望へ2
← 次の話
星に願いを1
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

希望へ3

 問題はそれだけではなかった。魔法を止めるタイミングが見計らえない。アレクの掛け声で止めようと試みたが、僅かにずれてしまった。竜巻に乗れなかった水が地上に降り注ぐ。

「おい! 遅ぇ!」

「ごめん!」

 謝った時には、二人でずぶ濡れになっていた。半径二、三メートルの地面だけが雨上がりのように木漏れ日を反射している。
 怒られるのは覚悟した方が良い。拳を握り締め、六人の元へ戻った。やはり、呆れた瞳が俺たちを迎えるのだった。

「お二人とも、何してるんですか! さっさと着替えてください」

 ロイは目を吊り上げ、テントを取り出す。その中に二人揃って押し込められた。

「ミユ様とは状況が違います。水遊びで熱を出すなんて、私は許しませんからね」

 捨て台詞を吐かれた挙句、ロイに思いきり入り口を閉められた。カイルに預けておいた麻袋の中から着替えを引っ張り出し、ムスッとしたまま着替えを終える。濡れてしまった髪はアレクが風の魔法で乾かしてくれた。下手に会話をして、解呪の剣の話を持ち出されるのは嫌だ。無言でいると、アレクも会話をしようとはしなかった。
 テントを出ると、ロイは納得したように何度か頷く。

「では、出発しましょう。日が暮れる前に、目的地に着かないと」

 ロイはテントを魔法で圧縮し、懐にしまい込んだ。
 誰が言うでもなく、先程の隊列に並ぶ。定位置になりつつあるミユの隣を占拠し、右手を握る。そして、大丈夫だよという意味も込めて微笑みかけた。本当は、風邪を引かないか少し心配になるくらいには肌寒い。

「大丈夫? 寒くない?」

「大丈夫だよ。ミユの手、温かいし」

 冷え切ってしまいそうな心は、その温もりのお陰で温度を保てている。その答えに満足できなかったのか、ミユはぷくっと頬を膨らませた。歩き出しながら、苦笑いが漏れる。

「歩いてたら身体も温まるから。そんな顔しなくても良いじゃん」

「心配だから言ってるの~」

「ごめんごめん」

 謝りながら、説得力がなかったかと反省してみる。

「あと、どれくらい歩くのかな」
 
「うーん、こういう所って、あと何キロって看板がある筈なんだけど」

「キロ?」

「うん、距離の単位だよ」

 恐らく、ミユは知らないだろうなと思いながら説明してみる。ところが、ミユは目を見開き、首を振ったのだ。トランプと同じで、キロと言う単位も異世界にあるのだろうか。

「ミユ?」

「ううん、何でもない」

 ミユは再び首を振る。先程の考えはあくまでも俺の予想なので、真実は彼女にしか分からない。
 俺たちの会話を聞いていたかのように、ロイが声を上げる。
 
「あ! 看板がありました!」

 彼が指差す方向には、確かに木製の道標が立てかけてあった。八人でそこに駆け寄り、文字を確認する。

「クレスタの館まで、あと七十キロ......。今日はあと十キロくらい進みましょう」

「分かった」

 カイルの提案に、他の全員が頷いた。早速、道順に戻って歩を進める。
 ふと、ミユが囁いた。

「クラウ、ありがとう」

「ん? 何が?」

「走り込みしてなかったら、多分、途中でダウンしてたと思うんだ~」

「うーん」

 走り込みはミユが倒れた原因でもあるだろう。感謝されるのは間違っていると思うのだ。
 一方で、彼女の気持ちがありがたいのには変わらない。

「気持ちだけ受け取っとくよ」

 微笑み、そっと投げかけた。
 エメラルドにしては冷たい風が身体を撫で、凍えさせる。水を浴びた影響か、小さく震えてしまった。

「ホントに寒くない?」

「やっぱり寒い」

 格好つけるだけつけて、強がってしまったのは認めよう。
 ミユは振り返り、カイルに視線を送る。

「何か温まるものないかなぁ」

「そうですねぇ......手袋とマフラーならありますが......」

 何故、そんな物を持ってきているのだろう。ここはサファイアではなく、エメラルドなのに。カイルは足を止め、麻袋の中を漁り始めた。異変に気付かないのか、歩き続けるアレク、フレア、ロイ、サラとは距離が広がっていく。
 カイルは大して焦ってもいない様子で、毛糸の青いマフラーと手袋を渡してくれた。

「これ、どうぞ。邪魔になるだけかと思っていましたが」

「ありがとう」

 それらを早速身につける。温かくなったのは良いが、繋いだ手からミユの温もりを感じ取れなくなったのは残念だ。ただ、先程よりも力強く握ってくれている気がする。

「アレク様、フレア様、待って下さーい!」

 アリアの叫び声で、ようやく先頭の四人が振り返った。

「オマエら、何やってんだー?」

「ちょっと、防寒着を!」

「今行きまーす!」

 数メートル離れてしまったので、駆け足で先頭集団へと戻った。俺の姿を見たアレクは不満そうな表情だ。

「オマエだけ良いな......っくしょん!」

 アレクは顔に似つかわしくないくしゃみをし、鼻を啜った。俺よりもアレクの方が風邪を引かないか心配になってしまう。
 フレアは不安そうな表情でアレクを見る。

「アレク、風邪引かないでね?」

「あぁ、多分大丈夫だ」

 アレクはにかっと笑うので、フレアも苦笑いを返していた。
 それから二時間ほど歩いただろうか。景色は変わらない。日が傾いてきた事もあって、ロイとサラは足を止めたのだろう。

「ここで野宿しましょう」

 野宿は実に百年振りだ。開けた場所もないし、人も通らないと思われるので、ロイは道のど真ん中にテントを二つ立てる。そのうちの一つに、俺たち魔導師は押し込められた。備わっていたランタンに、フレアが魔法で火を灯す。一瞬にしてテントの中は明るくなった。マフラーと手袋を外し、一息つく。
 カイルがコップを取り出し、魔法で水を満たす。
 
「これ飲んでて下さい」

「うん。ありがとう」

 それを受け取ると、すぐに口に含んだ。氷を入れたかのように冷たくて美味しい。疲れた身体に染み渡る。
 他の三人も使い魔から水を受け取ったようだ。アリアはミユに話しかけると、使い魔に指示を出す。

「私とサラは火の準備をするから、カイルとロイは魚を釣ってきて」
 
「ラジャー」

 使い魔が動き出すのを見て、ミユは首を傾げる。

「私たちは?」

「休んでいて下さい」

 ここは素直に、使い魔に甘えてしまおう。大の字になって横になるアレクを尻目に、大きく息を吐き出した。

「今回は、余震......だったか? 小さな揺れもねーんだな」

「影も力を温存してるのかもしれない」

「だな、油断は出来ねぇ」

 特にミユが心配だ。影に狙われているのは、明らかに彼女なのだから。

「ミユはぜってぇ一人になるなよ」

 アレクの脅しにも似た声に、ミユは大きく頷いた。
 アリアが集めた薪にサラが火をつけ、カイルとロイが釣った魚を串に刺して焼く。芳ばしい香りが辺りに充満し始める。
 釣果は良かったらしく、一人あたり二匹の魚を食べる事が出来た。他にはハードパンのみという、質素な食事だ。とはいえ、タンパク質が摂れたのは大きいだろう。
 皆が寝静まるまで、梟の鳴き声、木々のざわめき、焚き火の音――まるで疲れを癒してくれるかのように、自然が音楽を奏でてくれていた。
シェア
次の話星に願いを1
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません