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瓦礫の館2

 話に花を咲かせていると、ロイとサラが足を止めた。

「かなり遅くなりましたが......。お昼休憩にしましょう。お疲れ様でした」

 この楽しい雰囲気を休憩に持ち越せるのは、正直に嬉しい。緊張から解放される。
 道の傍らに倒れている木をベンチ代わりに、四人で座った。使い魔たちは別の倒木に目をつけ、腰を下ろす。片手でふくらはぎを揉み解しながら、もう一方の手で、ミユから昼食のハードパンを受け取った。トッピングはレーズンだ。甘酸っぱい独特の味が口いっぱいに広がる。

「ねえ、あれ。ちょっと建物が見えてない?」

 ふと、ミユの隣にいるフレアが呟いた。
 
「えっ? どこ?」

 ミユもフレアの指差す方向を見て、目をぱちくりとさせる。

「あれ、建物......?」

「違うのかなぁ」

 思わず、俺もフレアの指先を追っていた。風に揺れる木の葉から、僅かに建物らしきものが見え隠れはしている。しかし、違和感が拭えない。三角形にとがってはいるものの、屋根らしきものが見当たらないのだ。

「やっぱり分かんないよ~。近付いてみないと」

「そっかぁ」
 
 ミユとフレアの会話も聞き流す。
 アリアが察知出来ていなかった場所――新たに誕生した館なのか、それとも滅びた館なのか――まさか、後者なのだろうか。

「いや、まさか......ね」

 自ら導き出した答えを否定するかのように首を振る。ミユの視線がこちらを向いた気がして、振り向いた。彼女は不思議そうに小首を傾げている。

「どうしたの?」

「ううん、ただの気のせいだと思う」

 そう、ただの気のせいだ。小さく笑いながらも、不安は消えなかった。その気持ちが伝わってしまったのか、ミユは視線を揺らすばかりだ。
 そんな時に、アレクは立ち上がる。彼は親指を森の方へと向け、俺を見遣った。

「おい、クラウ。ちょっとあっち行かねぇか?」

「えっ? あっ、うん、良いけど」

 恐らく、アレクも『嫌な予感』がしたのだろう。断る理由も思い浮かばず、するりと倒木から離れる。

「ごめん、ミユ。ちょっと行ってくる」

「うん......」

 ミユは右手を左手で抱き、不安いっぱいな顔で小さく頷いた。本当は一緒に連れていきたいのに。状況が許してくれない。
 アレクが進む道なき道を追い、拳を握り締める。数十メートルほど歩いたところで、アレクは足を止めた。

「オマエも気付いてんだろ?」

 彼は苦しい心境を押し殺したりはしない。顔に全て表れていた。

「なんとなく、ね」

「これは敵の罠かもしれねぇ。断定はしねーけど、可能性は高ぇ」

 呟かれる言葉に、唇を噛み締める。

「それでも、オマエは進むか? 引き返すんなら今だぞ」

「引き返すなんて、そんなこと......」

 ここで引き返せば、解呪を諦めたも同然だ。俺に出来る筈がない。

「俺は進むよ。何があっても」

「そーか」

 アレクは諦めにも似た表情で、小さな溜め息を吐く。

「オマエが血迷ったら、オレは必ずオマエを止めるからな。隙、見せんじゃねーぞ」

 吐き捨てるように言うと、アレクは来た道を引き返す。その背中が、俺たち四人の過去、現在、未来、全てを背負っているように見えて、気に食わなかった。
 俺たちを出迎えたのは、呆れ顔の使い魔と、不安げなミユとフレアだった。アレクは俺の到着を待ち、口を開く。

「悪かったな。そろそろ行くか。日が暮れちまう」

「本当ですよ。何をしてらっしゃったんだか」

「まあ、こっちの話だ」

 言える筈がない。アレクとロイが言い合いを繰り広げる中で、ミユとフレアも倒木から離れた。ミユはこちらに駆け寄ってくると、俺の右手を両手で包み込む。

「何してたの?」

「うーん、ちょっとね」

 なんとかはぐらかしてみる。ミユは頬を膨らませるが、苦笑いを返すことしか出来なかった。
 旅を再開して数十歩しか歩いていない所に看板が立っていた。『クレスタの館まであと一キロ』と書かれている。この看板ですら、影が用意したのでは、と疑心暗鬼になってしまう。

「あと一キロか。もうちょいだな」

 足を止めることもなく、看板の前を通り過ぎた。早く、この疑念から解放されたい。誰が言うでもなく、歩くペースは上がっていく。森の奥に建物らしきものが見えた時には、俺とアレク以外の六人が歓声を上げた。それも一瞬だった。

「嘘......だろ?」

 不安が的中したのだ。アレクとフレア、その前にいるロイとサラの背中越しに見えたものは、崩れた壁に落ちた屋根、まさしく廃墟だった。

「とにかく、行ってみよーぜ」

 言葉を失ったロイとサラに、アレクが優しく声を掛ける。俺も完全に諦めた訳ではない。たとえ廃墟だとしても、解呪の痕跡や手掛かりが残ってさえいれば良いのだから。
 隣で涙ぐむミユに、そっと言葉を添える。

「俺は諦めてないよ。だから、ミユも」

「......うん」

 この言葉がミユの生きる希望になるのなら、何度だって投げかけよう。彼女と繋いだ手は小刻みに震えていた。
 館の敷地内に入ると、アレクは声を張る。

「良いか? 瓦礫を取っ払ってでも、意地でも何か手掛かりを探すんだ。もう、他に方法は残ってねぇんだ」
 
「はい!」

 その思いに応えるかのように、四人の使い魔たちは駆け出した。手っ取り早く入口の方から素手で瓦礫を撤去していく。
 俺も負ける訳にはいかない。館の部屋があったであろう一角に到達すると、無我夢中で瓦礫を放り投げていく。汗が噴き出そうと、手が擦り切れようと構わない。ミユと俺の未来が絶たれないのであれば。壁に空いた穴からは、オレンジに変わった夕日が差し込んでいる。

「そろそろ休もーぜ。日が暮れちまう」

 アレクが声を掛けてくれた時には、手元が暗くなっていた。空を見上げてみれば、色彩は紫へと変わっている。
 無言のまま、カイルがランタンを手に近付いてきた。

「クラウ様、今日はもう止めましょう。明日もありますから」

「......うん」

 悔しくて堪らない。持っていた瓦礫を外へと放り投げ、小さく舌打ちをした。
 テントに入る全員の顔は一様に硬い。続くハードパンに溜め息を吐きながら、嫌々かじる。ミユも食欲が沸かないのか、数口小さく頬張っただけで食事を止めてしまった。アレクは無表情のまま、ミユを見る。

「ミユ、もう良いのか?」

「うん」

「ちょっと食べてくれただけでも偉いよ」

 死と隣り合わせの状況で、食事を摂れと言う方が間違っているのだ。ミユの頭を撫で、少しでも恐怖を取り除きたいと願う。

「私、もう休むね」

「では、ミユ様はあちらに」

 アリアがもう一方のテントを指し示すので、ミユはよろよろと立ち上がった。こんな状態のミユを一人にはしておけない。アリアと二人で付き添いながらテントを跨ぎ、ミユが布団に入るのを見届ける。すかさず彼女の手を握った。

「また、明日があるから。大丈夫」

 『大丈夫』は魔法の言葉だ。唱えただけで、なんとかなりそうな気持ちになる。
 もう片方の手で、彼女の頭を撫でる。

「おやすみ」

 相当な疲れと精神的な負担がかかっていたのだろう。ミユは数分も経たずに寝息を立て始めた。

「ミユ、許して......くれるかな......」

 最悪な展開が脳裏を掠める。誰に問うでもなく、一人呟いた。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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瓦礫の館2

 話に花を咲かせていると、ロイとサラが足を止めた。

「かなり遅くなりましたが......。お昼休憩にしましょう。お疲れ様でした」

 この楽しい雰囲気を休憩に持ち越せるのは、正直に嬉しい。緊張から解放される。
 道の傍らに倒れている木をベンチ代わりに、四人で座った。使い魔たちは別の倒木に目をつけ、腰を下ろす。片手でふくらはぎを揉み解しながら、もう一方の手で、ミユから昼食のハードパンを受け取った。トッピングはレーズンだ。甘酸っぱい独特の味が口いっぱいに広がる。

「ねえ、あれ。ちょっと建物が見えてない?」

 ふと、ミユの隣にいるフレアが呟いた。
 
「えっ? どこ?」

 ミユもフレアの指差す方向を見て、目をぱちくりとさせる。

「あれ、建物......?」

「違うのかなぁ」

 思わず、俺もフレアの指先を追っていた。風に揺れる木の葉から、僅かに建物らしきものが見え隠れはしている。しかし、違和感が拭えない。三角形にとがってはいるものの、屋根らしきものが見当たらないのだ。

「やっぱり分かんないよ~。近付いてみないと」

「そっかぁ」
 
 ミユとフレアの会話も聞き流す。
 アリアが察知出来ていなかった場所――新たに誕生した館なのか、それとも滅びた館なのか――まさか、後者なのだろうか。

「いや、まさか......ね」

 自ら導き出した答えを否定するかのように首を振る。ミユの視線がこちらを向いた気がして、振り向いた。彼女は不思議そうに小首を傾げている。

「どうしたの?」

「ううん、ただの気のせいだと思う」

 そう、ただの気のせいだ。小さく笑いながらも、不安は消えなかった。その気持ちが伝わってしまったのか、ミユは視線を揺らすばかりだ。
 そんな時に、アレクは立ち上がる。彼は親指を森の方へと向け、俺を見遣った。

「おい、クラウ。ちょっとあっち行かねぇか?」

「えっ? あっ、うん、良いけど」

 恐らく、アレクも『嫌な予感』がしたのだろう。断る理由も思い浮かばず、するりと倒木から離れる。

「ごめん、ミユ。ちょっと行ってくる」

「うん......」

 ミユは右手を左手で抱き、不安いっぱいな顔で小さく頷いた。本当は一緒に連れていきたいのに。状況が許してくれない。
 アレクが進む道なき道を追い、拳を握り締める。数十メートルほど歩いたところで、アレクは足を止めた。

「オマエも気付いてんだろ?」

 彼は苦しい心境を押し殺したりはしない。顔に全て表れていた。

「なんとなく、ね」

「これは敵の罠かもしれねぇ。断定はしねーけど、可能性は高ぇ」

 呟かれる言葉に、唇を噛み締める。

「それでも、オマエは進むか? 引き返すんなら今だぞ」

「引き返すなんて、そんなこと......」

 ここで引き返せば、解呪を諦めたも同然だ。俺に出来る筈がない。

「俺は進むよ。何があっても」

「そーか」

 アレクは諦めにも似た表情で、小さな溜め息を吐く。

「オマエが血迷ったら、オレは必ずオマエを止めるからな。隙、見せんじゃねーぞ」

 吐き捨てるように言うと、アレクは来た道を引き返す。その背中が、俺たち四人の過去、現在、未来、全てを背負っているように見えて、気に食わなかった。
 俺たちを出迎えたのは、呆れ顔の使い魔と、不安げなミユとフレアだった。アレクは俺の到着を待ち、口を開く。

「悪かったな。そろそろ行くか。日が暮れちまう」

「本当ですよ。何をしてらっしゃったんだか」

「まあ、こっちの話だ」

 言える筈がない。アレクとロイが言い合いを繰り広げる中で、ミユとフレアも倒木から離れた。ミユはこちらに駆け寄ってくると、俺の右手を両手で包み込む。

「何してたの?」

「うーん、ちょっとね」

 なんとかはぐらかしてみる。ミユは頬を膨らませるが、苦笑いを返すことしか出来なかった。
 旅を再開して数十歩しか歩いていない所に看板が立っていた。『クレスタの館まであと一キロ』と書かれている。この看板ですら、影が用意したのでは、と疑心暗鬼になってしまう。

「あと一キロか。もうちょいだな」

 足を止めることもなく、看板の前を通り過ぎた。早く、この疑念から解放されたい。誰が言うでもなく、歩くペースは上がっていく。森の奥に建物らしきものが見えた時には、俺とアレク以外の六人が歓声を上げた。それも一瞬だった。

「嘘......だろ?」

 不安が的中したのだ。アレクとフレア、その前にいるロイとサラの背中越しに見えたものは、崩れた壁に落ちた屋根、まさしく廃墟だった。

「とにかく、行ってみよーぜ」

 言葉を失ったロイとサラに、アレクが優しく声を掛ける。俺も完全に諦めた訳ではない。たとえ廃墟だとしても、解呪の痕跡や手掛かりが残ってさえいれば良いのだから。
 隣で涙ぐむミユに、そっと言葉を添える。

「俺は諦めてないよ。だから、ミユも」

「......うん」

 この言葉がミユの生きる希望になるのなら、何度だって投げかけよう。彼女と繋いだ手は小刻みに震えていた。
 館の敷地内に入ると、アレクは声を張る。

「良いか? 瓦礫を取っ払ってでも、意地でも何か手掛かりを探すんだ。もう、他に方法は残ってねぇんだ」
 
「はい!」

 その思いに応えるかのように、四人の使い魔たちは駆け出した。手っ取り早く入口の方から素手で瓦礫を撤去していく。
 俺も負ける訳にはいかない。館の部屋があったであろう一角に到達すると、無我夢中で瓦礫を放り投げていく。汗が噴き出そうと、手が擦り切れようと構わない。ミユと俺の未来が絶たれないのであれば。壁に空いた穴からは、オレンジに変わった夕日が差し込んでいる。

「そろそろ休もーぜ。日が暮れちまう」

 アレクが声を掛けてくれた時には、手元が暗くなっていた。空を見上げてみれば、色彩は紫へと変わっている。
 無言のまま、カイルがランタンを手に近付いてきた。

「クラウ様、今日はもう止めましょう。明日もありますから」

「......うん」

 悔しくて堪らない。持っていた瓦礫を外へと放り投げ、小さく舌打ちをした。
 テントに入る全員の顔は一様に硬い。続くハードパンに溜め息を吐きながら、嫌々かじる。ミユも食欲が沸かないのか、数口小さく頬張っただけで食事を止めてしまった。アレクは無表情のまま、ミユを見る。

「ミユ、もう良いのか?」

「うん」

「ちょっと食べてくれただけでも偉いよ」

 死と隣り合わせの状況で、食事を摂れと言う方が間違っているのだ。ミユの頭を撫で、少しでも恐怖を取り除きたいと願う。

「私、もう休むね」

「では、ミユ様はあちらに」

 アリアがもう一方のテントを指し示すので、ミユはよろよろと立ち上がった。こんな状態のミユを一人にはしておけない。アリアと二人で付き添いながらテントを跨ぎ、ミユが布団に入るのを見届ける。すかさず彼女の手を握った。

「また、明日があるから。大丈夫」

 『大丈夫』は魔法の言葉だ。唱えただけで、なんとかなりそうな気持ちになる。
 もう片方の手で、彼女の頭を撫でる。

「おやすみ」

 相当な疲れと精神的な負担がかかっていたのだろう。ミユは数分も経たずに寝息を立て始めた。

「ミユ、許して......くれるかな......」

 最悪な展開が脳裏を掠める。誰に問うでもなく、一人呟いた。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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