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出逢い5

 はっと瞼を開ける。
 今まで見ていたものは夢だったのだろうか。痛みを感じる程に、物凄くリアルな夢だった。恐る恐る腹部に手を当てながら布団を捲ってみたけれど、傷はないようだ。嫌な汗を掻いてしまった額を拭い、大きな溜め息を吐いた。
 カノン――どこか懐かしく感じる響きだ。確かに私はその人になっていた。それもただの夢だろう。睡魔には抗えず、再び重たい瞼は閉じていった。

 * * *

 小鳥のさえずりが聞こえる。グレーがかった視界の中で、まだ眠っていたいと時間に抗ってみる。それでも眠れずに、小さな溜め息を吐き、ゆっくりと瞼を開けていった。
 時計を見てみれば、今は十一時過ぎ――朝食を摂るには遅すぎる時間だ。のそっと上半身を起こし、伸びをする。
 そう言えば、昨日は日記も書かずに寝てしまった。昼食まではまだ時間があるし、今のうちに昨日の分を書いてしまおう。
 瞼を擦りながらベッドから抜け出し、ノートが置かれたテーブルへと向かった。インクも羽根ペンもあるし、準備は万端だ。 
 椅子に腰掛け、ノートのページを捲っていく。しおりが挟まれているのは一昨日のページだから、昨日はここだ。目的のページを見付け出すと、羽根ペンにインクを付けて昨日の出来事を思い出していく。
 昨日は夜まで本当に何もしていなかった。していたことといえば、この日記を書き始めたことくらいだ。
 夜は私の歓迎会で、他の魔導師の三人がパーティーを開いてくれた。三人の名前は、確か――アレクとクラウとフレアだった筈だ。三人とも頼りがいのある年上の人だった。
 料理を食べたり、他己紹介を聞いたり、花火を見たり。最初は緊張したけれど、久し振りに楽しいと思えた。
 三人とは仲良くなれますように。一文を添えて日記を締めくくった。
 日記を書いてしまうと、本当にやりたい事が無くなってしまう。「ふぅ......」と溜め息を吐く。
 そうだ、城下町に行っても良いだろうか。すうっと息を吸い込む。

「アリア」

 呼んで相手に聞こえるのかは分からない。それでも、部屋の外からは軽快な足音が聞こえてきた。

「お呼びでしょうか?」

 ドアが開き、アリアが顔を覗かせる。

「城下町に行ってみたいんだ~。行っても良い? 昨日の魔方陣みたいなの使って」

 ほんの些細な願い事なのに、アリアは顔を曇らせる。

「申し訳ありませんが、それは禁止されているんです。外出はお控えください」

「そんなぁ......」

 では、この狭い空間で、ずっと生活していかなければならないのだろうか。考えるだけでストレスが溜まっていきそうだ。

「ミユ様の趣味は何かありませんか? それなら叶えて差し上げられるかもしれません」

「趣味?」

「はい」

 唸り声を上げてみる。いや、考えるまでもないのだけれど、この世界にフルートがあるのだろうか。

「この世界に音楽はある?」

「勿論ありますよ」

「じゃあ、フルートは?」

「フルート、ですか? どのような物ですか?」

 アリアはちょこんと小首を傾げる。

「横笛なんだけど、このくらいの長さで、シルバーの......」

 両手を広げてフルートの長さを伝えてみる。すると、アリアの表情はぱっと明るくなっていった。

「その横笛を思い浮かべて下さい。いきますよ」

 アリアが私の額についている雫形の石に触れると、一気に辺りが明るくなっていく。あまりにも眩しくて瞼を思い切り閉じた。

「ミユ様。目を開けて下さい」

 光が止んだ頃に声が聞こえたので、ゆっくりと瞼を開けていく。差し出されたアリアの手の中には、確かにフルートが握られていた。

「これ、どうしたの?」

「私の魔法ですよ。凄いでしょう」

 アリアは得意げに微笑むと、ぐいっとフルートを私に押し付ける。

「吹いて良いの?」

「勿論です」

 両手を差し出すと、アリアはそこにフルートを収めてくれた。
 キーの配置や楽器の構造、どこから見てもフルートだ。
 じっくりとフルートを観察していると、アリアは「ふふっ」と笑う。

「楽譜もあった方が良いですよね。少し探してきます」

 アリアは軽い足取りで部屋から出ていってしまった。
 折角貰ったのだから、吹いてみよう。上部管を胴部管から外し、口を当てて何時も通り息を吹き込んでみる。
 中音域の音が心地良く部屋を震わせる。
 ちゃんと音が鳴った。
 何だか酷く懐かしい気持ちになる。胸も温かくなる。
 再び上部管を胴部管にさし、今度は音階を吹いてみることにした。
 息を吹き込みながら指を躍らせると、正確にドレミファソラシドと音階を踏んでくれた。
 運指もばっちりだ。
 嬉しくて心の中でガッツポーズをしてみると、ドアが開く音が聞こえた。

「これだけ楽譜がありました」

 現れたアリアは、山のような紙の束を抱えている。

「危ないよ~!」

 このままでは楽譜が崩れ落ちてしまう。
 慌ててテーブルに楽器を置き、アリアの手から半分だけ紙の束を奪い取った。それだけでも紙の重さがずっしりと腕にかかってくる。
 テーブルの片隅に楽譜を置くと、アリアもその上に楽譜を重ねる。

「これだけあれば、曲には困らなさそうですね」

 アリアは一切の疲れも見せずに、納得したように何度か頷いた。
 ここは素直に感謝をしておこう。
 アリアに微笑み掛け、一番上に置かれた楽譜を手に取ってみる。
 ト音記号に、音符がずらりと並んでいる。これは日本でも見た事ことがあるものだ。ただ、文字だけは読むことが出来なかった。英語に似てはいるものの、それではない、見たことのない文字だったからだ。
 テンポやメロディーは雰囲気で何とかしてみよう。そのうち、文字もアリアに教えてもらおう。

 その日は気が済むまでフルートを吹くことが出来た。これで元の世界に帰れたとしても、ブランクを気にせずに済む。
 夜が更けた頃に疲れた私が見た夢は、またしても矢から逃れようとする誰かの夢だった。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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出逢い5

 はっと瞼を開ける。
 今まで見ていたものは夢だったのだろうか。痛みを感じる程に、物凄くリアルな夢だった。恐る恐る腹部に手を当てながら布団を捲ってみたけれど、傷はないようだ。嫌な汗を掻いてしまった額を拭い、大きな溜め息を吐いた。
 カノン――どこか懐かしく感じる響きだ。確かに私はその人になっていた。それもただの夢だろう。睡魔には抗えず、再び重たい瞼は閉じていった。

 * * *

 小鳥のさえずりが聞こえる。グレーがかった視界の中で、まだ眠っていたいと時間に抗ってみる。それでも眠れずに、小さな溜め息を吐き、ゆっくりと瞼を開けていった。
 時計を見てみれば、今は十一時過ぎ――朝食を摂るには遅すぎる時間だ。のそっと上半身を起こし、伸びをする。
 そう言えば、昨日は日記も書かずに寝てしまった。昼食まではまだ時間があるし、今のうちに昨日の分を書いてしまおう。
 瞼を擦りながらベッドから抜け出し、ノートが置かれたテーブルへと向かった。インクも羽根ペンもあるし、準備は万端だ。 
 椅子に腰掛け、ノートのページを捲っていく。しおりが挟まれているのは一昨日のページだから、昨日はここだ。目的のページを見付け出すと、羽根ペンにインクを付けて昨日の出来事を思い出していく。
 昨日は夜まで本当に何もしていなかった。していたことといえば、この日記を書き始めたことくらいだ。
 夜は私の歓迎会で、他の魔導師の三人がパーティーを開いてくれた。三人の名前は、確か――アレクとクラウとフレアだった筈だ。三人とも頼りがいのある年上の人だった。
 料理を食べたり、他己紹介を聞いたり、花火を見たり。最初は緊張したけれど、久し振りに楽しいと思えた。
 三人とは仲良くなれますように。一文を添えて日記を締めくくった。
 日記を書いてしまうと、本当にやりたい事が無くなってしまう。「ふぅ......」と溜め息を吐く。
 そうだ、城下町に行っても良いだろうか。すうっと息を吸い込む。

「アリア」

 呼んで相手に聞こえるのかは分からない。それでも、部屋の外からは軽快な足音が聞こえてきた。

「お呼びでしょうか?」

 ドアが開き、アリアが顔を覗かせる。

「城下町に行ってみたいんだ~。行っても良い? 昨日の魔方陣みたいなの使って」

 ほんの些細な願い事なのに、アリアは顔を曇らせる。

「申し訳ありませんが、それは禁止されているんです。外出はお控えください」

「そんなぁ......」

 では、この狭い空間で、ずっと生活していかなければならないのだろうか。考えるだけでストレスが溜まっていきそうだ。

「ミユ様の趣味は何かありませんか? それなら叶えて差し上げられるかもしれません」

「趣味?」

「はい」

 唸り声を上げてみる。いや、考えるまでもないのだけれど、この世界にフルートがあるのだろうか。

「この世界に音楽はある?」

「勿論ありますよ」

「じゃあ、フルートは?」

「フルート、ですか? どのような物ですか?」

 アリアはちょこんと小首を傾げる。

「横笛なんだけど、このくらいの長さで、シルバーの......」

 両手を広げてフルートの長さを伝えてみる。すると、アリアの表情はぱっと明るくなっていった。

「その横笛を思い浮かべて下さい。いきますよ」

 アリアが私の額についている雫形の石に触れると、一気に辺りが明るくなっていく。あまりにも眩しくて瞼を思い切り閉じた。

「ミユ様。目を開けて下さい」

 光が止んだ頃に声が聞こえたので、ゆっくりと瞼を開けていく。差し出されたアリアの手の中には、確かにフルートが握られていた。

「これ、どうしたの?」

「私の魔法ですよ。凄いでしょう」

 アリアは得意げに微笑むと、ぐいっとフルートを私に押し付ける。

「吹いて良いの?」

「勿論です」

 両手を差し出すと、アリアはそこにフルートを収めてくれた。
 キーの配置や楽器の構造、どこから見てもフルートだ。
 じっくりとフルートを観察していると、アリアは「ふふっ」と笑う。

「楽譜もあった方が良いですよね。少し探してきます」

 アリアは軽い足取りで部屋から出ていってしまった。
 折角貰ったのだから、吹いてみよう。上部管を胴部管から外し、口を当てて何時も通り息を吹き込んでみる。
 中音域の音が心地良く部屋を震わせる。
 ちゃんと音が鳴った。
 何だか酷く懐かしい気持ちになる。胸も温かくなる。
 再び上部管を胴部管にさし、今度は音階を吹いてみることにした。
 息を吹き込みながら指を躍らせると、正確にドレミファソラシドと音階を踏んでくれた。
 運指もばっちりだ。
 嬉しくて心の中でガッツポーズをしてみると、ドアが開く音が聞こえた。

「これだけ楽譜がありました」

 現れたアリアは、山のような紙の束を抱えている。

「危ないよ~!」

 このままでは楽譜が崩れ落ちてしまう。
 慌ててテーブルに楽器を置き、アリアの手から半分だけ紙の束を奪い取った。それだけでも紙の重さがずっしりと腕にかかってくる。
 テーブルの片隅に楽譜を置くと、アリアもその上に楽譜を重ねる。

「これだけあれば、曲には困らなさそうですね」

 アリアは一切の疲れも見せずに、納得したように何度か頷いた。
 ここは素直に感謝をしておこう。
 アリアに微笑み掛け、一番上に置かれた楽譜を手に取ってみる。
 ト音記号に、音符がずらりと並んでいる。これは日本でも見た事ことがあるものだ。ただ、文字だけは読むことが出来なかった。英語に似てはいるものの、それではない、見たことのない文字だったからだ。
 テンポやメロディーは雰囲気で何とかしてみよう。そのうち、文字もアリアに教えてもらおう。

 その日は気が済むまでフルートを吹くことが出来た。これで元の世界に帰れたとしても、ブランクを気にせずに済む。
 夜が更けた頃に疲れた私が見た夢は、またしても矢から逃れようとする誰かの夢だった。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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