
灼熱の砂漠1
廊下の壁に備えられた蝋燭の僅かな明かりが灯る中、ミユの部屋の前へと向かう。 今はアレクが見張りをしている筈だ。 会議室へ向かう分かれ道を通り過ぎ、フレアの部屋の前まで来ると、もうミユの部屋の前にいるアレクの姿が見えていた。腕を組み、壁に寄りかかり、今にも眠ってしまいそうだ。「アレク、交代の時間」「......あ?」 彼は瞼を開け、ちらりとこちらを見る。体勢を立て直すと伸びをし、肩をぐるぐると回し始めた。「変なことは起きなかった?」「あぁ。ミユもぐっすり眠ってるみてーだし、異常はねーだろ」 良かった。ほっと息を吐き出した。笑みも漏れる。 アレクは頭を掻き、長い前髪をなびかせる。「オマエもあんま思い詰めんなよ。いざって時に動けなくなるからな」 通りがけに俺の肩を叩き、アレクは欠伸をしながら去っていった。気怠そうな足音と、蝋燭に照らされる束ねられた薄茶の長い髪が鮮明に残る。 影は今、何を考え、どう行動しているのだろう。考え始めれば不安だけが膨らんでいく。 窓の外は白み始め、太陽が顔を出す。それと共に、計り知れない心の闇も取り払われるようだ。 アレクとフレアが朝食を持って現れたのは、その三時間ほど後だった。 朝食も終わり、またミユの部屋の前で警備に勤しむ。腕を組み、壁に背中を預け――未明に見たアレクの姿とそう変わらないだろう。 ミユの頭痛はようやく治まったようだ。朝食の時も笑顔が絶えなかったし、安心して良いだろう。 そのせいか、段々と眠くなってきてしまった。コクリコクリと居眠りをしては、はっと目を覚ます。「クラウ、ちょっと休んだ方が良いよ」 突然の声に驚き、振り向いてみると、苦笑いをするフレアがいた。「そんなに心配なら、あたしが見てるから」「うん、そうさせてもらう」 体勢を直し、小さな欠伸をする。僅かに溢れた涙を左手でこすり、自室へと向かった。 それから休息し、目を覚ますまではあまり覚えていない。ベッドから体を起こすと、テーブルの上には湯気の立ち上るペスカトーレと海藻サラダが置かれていたのだった。
一息つき、再びミユの部屋へと向かう。その途中で、何やら笛の音が聞こえてきたのだ。聞き慣れない笛の音――。 それはどうやらミユの部屋から鳴っているらしい。 ドーレーミーファーソー――と、俺でも分かる音階の音――恐らくロングトーン練習だろう。一瞬、家族の顔が過ったが、もう会えはしないと首を横に振った。 ミユの顔が早く見たい。自分でも歩く足が速くなっていくのが分かる。 ドアの前に着くと息を整え、ドアノブを回していた。「ミユ」「ひゃっ!」 しまった、ノックするのを忘れていた。 それにしても、ミユも驚き過ぎだとは思う。楽器を今にも落としそうな程に肩を震わせていた。
俺がショックを受けたことに気づいたらしく、彼女は小動物のように首を傾げる。「どうしたの?」「部屋にいたらさ、笛の音が聞こえてきたから」 部屋にいたというのは嘘になってしまうか。あまり変わらないから、良いことにしよう。 朝も確認したが、もう一度確かめておこう。「体調はもう良くなった?」「うん。頭痛もなくなったよ」「良かった」 胸を撫で下ろすと同時に、顔が緩む。 ミユの傾げた首が、更に傾いた。何を不思議に思っているのだろう。「ん?」「何しに来たの?」「えっ? うーん......」 こんなにも直球に疑問を投げかけられるとは思っていなかった。 俺もストレートに返してしまっていいのだろうか。一瞬迷ったが、言うことにした。「ミユの顔が見たくなったから。それじゃ、駄目かな」「へっ!?」
ミユの顔が一気に薔薇色に染まる。 そういえば、ミユの部屋で二人きりになるのは初めてだったな、と気づく。 しまった、と思う間も無く、彼女は楽器をテーブルの上へと移動させた。こちらを再び向いても、目を合わせようとしない。「私、喉乾いちゃった。会議室にジュースあるかなぁ」「えっ? うん、あると思うよ。アレクとフレアもそこにいるかもしれなけど」 嫌な予感しかしない。「私、行ってくるね~」「えっ? お、俺も行くよ」 確実に俺を避けている。 胸が抉られたかのようにずきりと痛む。足早に部屋を出ていくミユを慌てて追った。こんな時、何を話して良いかが分からない。横に並ぶでもなく、物理的な距離も心の距離も縮まらない。何をやっているんだ、俺、と自分自身に苛立ちを感じる。 そうこうしている間にも、会議室へと到着してしまった。ミユが扉を押し開けると、柔らかな紅茶の香りが漂ってきた。「オマエら、どーしたんだ?」 アレクとフレアは指定席に座り、ティーカップを持っていた。その香りは二人によるものだと判断出来る。「私、ジュース飲みたくなっちゃって」 ミユが答えると、二人はちらりとこちらを見て小さく笑う。「何味が良い?」「う~ん......オレンジ!」「分かった、持ってくるね。座って待ってて」 フレアはにこやかに笑うと、部屋から颯爽と去っていった。 ミユの「あっ......」と呟く声が聞こえた気がした。 灼熱の砂漠1
廊下の壁に備えられた蝋燭の僅かな明かりが灯る中、ミユの部屋の前へと向かう。 今はアレクが見張りをしている筈だ。 会議室へ向かう分かれ道を通り過ぎ、フレアの部屋の前まで来ると、もうミユの部屋の前にいるアレクの姿が見えていた。腕を組み、壁に寄りかかり、今にも眠ってしまいそうだ。「アレク、交代の時間」「......あ?」 彼は瞼を開け、ちらりとこちらを見る。体勢を立て直すと伸びをし、肩をぐるぐると回し始めた。「変なことは起きなかった?」「あぁ。ミユもぐっすり眠ってるみてーだし、異常はねーだろ」 良かった。ほっと息を吐き出した。笑みも漏れる。 アレクは頭を掻き、長い前髪をなびかせる。「オマエもあんま思い詰めんなよ。いざって時に動けなくなるからな」 通りがけに俺の肩を叩き、アレクは欠伸をしながら去っていった。気怠そうな足音と、蝋燭に照らされる束ねられた薄茶の長い髪が鮮明に残る。 影は今、何を考え、どう行動しているのだろう。考え始めれば不安だけが膨らんでいく。 窓の外は白み始め、太陽が顔を出す。それと共に、計り知れない心の闇も取り払われるようだ。 アレクとフレアが朝食を持って現れたのは、その三時間ほど後だった。 朝食も終わり、またミユの部屋の前で警備に勤しむ。腕を組み、壁に背中を預け――未明に見たアレクの姿とそう変わらないだろう。 ミユの頭痛はようやく治まったようだ。朝食の時も笑顔が絶えなかったし、安心して良いだろう。 そのせいか、段々と眠くなってきてしまった。コクリコクリと居眠りをしては、はっと目を覚ます。「クラウ、ちょっと休んだ方が良いよ」 突然の声に驚き、振り向いてみると、苦笑いをするフレアがいた。「そんなに心配なら、あたしが見てるから」「うん、そうさせてもらう」 体勢を直し、小さな欠伸をする。僅かに溢れた涙を左手でこすり、自室へと向かった。 それから休息し、目を覚ますまではあまり覚えていない。ベッドから体を起こすと、テーブルの上には湯気の立ち上るペスカトーレと海藻サラダが置かれていたのだった。
一息つき、再びミユの部屋へと向かう。その途中で、何やら笛の音が聞こえてきたのだ。聞き慣れない笛の音――。 それはどうやらミユの部屋から鳴っているらしい。 ドーレーミーファーソー――と、俺でも分かる音階の音――恐らくロングトーン練習だろう。一瞬、家族の顔が過ったが、もう会えはしないと首を横に振った。 ミユの顔が早く見たい。自分でも歩く足が速くなっていくのが分かる。 ドアの前に着くと息を整え、ドアノブを回していた。「ミユ」「ひゃっ!」 しまった、ノックするのを忘れていた。 それにしても、ミユも驚き過ぎだとは思う。楽器を今にも落としそうな程に肩を震わせていた。
俺がショックを受けたことに気づいたらしく、彼女は小動物のように首を傾げる。「どうしたの?」「部屋にいたらさ、笛の音が聞こえてきたから」 部屋にいたというのは嘘になってしまうか。あまり変わらないから、良いことにしよう。 朝も確認したが、もう一度確かめておこう。「体調はもう良くなった?」「うん。頭痛もなくなったよ」「良かった」 胸を撫で下ろすと同時に、顔が緩む。 ミユの傾げた首が、更に傾いた。何を不思議に思っているのだろう。「ん?」「何しに来たの?」「えっ? うーん......」 こんなにも直球に疑問を投げかけられるとは思っていなかった。 俺もストレートに返してしまっていいのだろうか。一瞬迷ったが、言うことにした。「ミユの顔が見たくなったから。それじゃ、駄目かな」「へっ!?」
ミユの顔が一気に薔薇色に染まる。 そういえば、ミユの部屋で二人きりになるのは初めてだったな、と気づく。 しまった、と思う間も無く、彼女は楽器をテーブルの上へと移動させた。こちらを再び向いても、目を合わせようとしない。「私、喉乾いちゃった。会議室にジュースあるかなぁ」「えっ? うん、あると思うよ。アレクとフレアもそこにいるかもしれなけど」 嫌な予感しかしない。「私、行ってくるね~」「えっ? お、俺も行くよ」 確実に俺を避けている。 胸が抉られたかのようにずきりと痛む。足早に部屋を出ていくミユを慌てて追った。こんな時、何を話して良いかが分からない。横に並ぶでもなく、物理的な距離も心の距離も縮まらない。何をやっているんだ、俺、と自分自身に苛立ちを感じる。 そうこうしている間にも、会議室へと到着してしまった。ミユが扉を押し開けると、柔らかな紅茶の香りが漂ってきた。「オマエら、どーしたんだ?」 アレクとフレアは指定席に座り、ティーカップを持っていた。その香りは二人によるものだと判断出来る。「私、ジュース飲みたくなっちゃって」 ミユが答えると、二人はちらりとこちらを見て小さく笑う。「何味が良い?」「う~ん......オレンジ!」「分かった、持ってくるね。座って待ってて」 フレアはにこやかに笑うと、部屋から颯爽と去っていった。 ミユの「あっ......」と呟く声が聞こえた気がした。 次の話灼熱の砂漠2›