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悪夢2

 恐怖にただただ震える私に、クラウは優しく囁く。

「手当しなくちゃ」

「えっ?」

「足、怪我してるじゃん?」

 言われて初めて気づいた。右の脛に鋭い痛みを感じる。見てみれば、一筋の赤い線が出来ていた。

「これくらい、放っておいても大丈夫だよ」

 怪我なんてどうでも良い。首を横に振ると、クラウは目を吊り上げる。

「傷の跡が残るよ?」

「でも......」

「良いから、ここに座ってて。鏡の欠片を踏んだら大変だから」

 強い口調で言われ、しゅんとなってしまう。
 ゆっくりと腰を上げると、クラウは微笑みを残して部屋から去っていった。
 「ふぅ......」と吐息を吐き出し、膝を抱える。その上に頭を乗せた。
 私はこれからどうなるのだろう。このまま影が現れれば、また――。

「う~......」

 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。何か、呪いを解く方法はないだろうか。思案してみるものの、何かを思いつく訳でもない。
 そうこうしているうちに、ドアの開閉音が聞こえた。クラウが戻ってきたのだろう。
 一旦冷静になると、どうしても意識してしまう。相手は前世での恋人だ。頬は沸騰したかのように熱を帯び始める。

「触るよ。痛くない?」

 声を掛けられても、顔を上げることが出来ない。小さく頷くに留まった。
 ガーゼを当てられる感覚、スルスルと包帯を巻かれる感覚、どちらも今の私には刺激的だった。手当が終わると、クラウは私の頭を撫でる。頬だけではなく、顔全体がカッと熱くなった。

「鏡も直しておくよ」

 一体、どうやって――一瞬だけ疑問が過ぎったけれど、私たちは魔法が使えるのだ。クラウが鏡に手を翳すと、パズルのピースが綺麗に嵌まるように、鏡の破片は小さな音を立てて元の位置に戻っていった。ヒビもすっかりなくなっている。
 私たちの魔法は無力だ。物を直すことは出来ても、人を治すことは出来ない。小さな掠り傷でさえも。
 用事さえ済ませてしまえば、クラウは自室に戻るのだろう。そう思っていた。
 しかし、彼はそうしなかったのだ。
 私の右隣に来ると、そっと腰を下ろす。私の顔を見て、優しく微笑んだ。

「やっとこっち見てくれた」

 心の中で悲鳴を上げる。もう、どう対処して良いのかが分からない。
 そんな私の心を知ってか知らずか、クラウは正面を向き、視線を下に落とす。

「辛くなったら、全部俺に言って良いから。その気持ち、全部受け止めるから」

 そんなことを言われなくても、いつかは皆に恐怖や不安を吐き出すだろう。私はカノンのように強くはない。
 また、顔を膝の上に乗せる。

「私、辛いの我慢出来る程、強くないよ。もう弱音吐いてるし......」

「そっか......」

 吐息混じりの小さな声が聞こえた。
 静まり返った部屋で、時計が秒を刻む音が耳に届く。顔が熱くなるだけではない。心臓の鼓動も早く、強くなっていく。
 この空気に耐えられそうにない。

「色々ありがとう。でも、ごめんね。一人で考えたいことがあるから」

「......分かった。でも、これだけは言わせて欲しい」

「えっ?」

 顔を上げてみると、クラウは私の正面に回り込む。膝の上に置いていた右手を取り、小さな何かを手のひらに置く。それが何かを見る暇もなく、ぎゅっと握らせる。

「これ、ミユが持ってて。今の俺には必要ないから。もう俺に返さないでね」

 意味が良く分からない。返した物なんて何もないのに。
 腰を上げると、クラウは愁いを帯びた笑顔を残し、そのまま立ち去っていった。ドアの閉まる音が部屋に響く。
 やっと一人になれた。これからどうすれば良いのか、少し頭の中を整理しよう。

「う~ん......」 

”う~ん”

 とその時、自分の唸り声と重なって、天井の方で女性の唸り声が聞こえたのだ。周囲を見回してみても、他に人の姿は無い。
 当たり前だ。ダイヤに一般人の出入りは全くない。他に該当者でありそうなフレアは、この部屋から飛び出していったのだから。
 だとすると、この声は――。
 閃いた瞬間、顔から血の気が引いていく。だって、その人はもうこの世にはいない人なのだから。

「カノン!?」

”うん、そう”

「何で!?」

 そんな事ってあるのだろうか。
 驚いたせいで、思わず右手に力が入り、中の物が掌から飛び出した。宝石質のような輝きを放ちながら、それは床を転がる。段々と勢いをなくしてカタリと倒れたそれは、円状の物、だろうか。
 この形状、深く考えなくとも分かる。

「指輪?」

 この小ささはピンキーリングだろうか。
 何故、こんな物を私にくれたのだろう。考えているうちに、一つの仮説が立った。
 もしや、これはカノンがリエルにもらった指輪だろうか。
 四つん這いで指輪の元に辿り着くと、それを指で摘み上げた。緑色の石が一つ中央に施された、銀のつるりとしたピンキーリング、どう見てもカノンの物だ。百年前の物とは思えない程に手入れされており、錆は一つも見当たらない。
 しかし、それを何故、今になってまた私の元に――。

”これ、大事に持っててくれたんだ......”

 感慨深そうに、カノンは呟く。

「どうしてカノンがここに居るの?」

”それが分からないの。気づいたら、実結の傍で宙に浮いてたから”

「それって完全に幽霊......」

”幽霊じゃないもん”

 実際に実体はないし、本当に宙に浮いているのだとしたら幽霊以外にはないと思う。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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悪夢2

 恐怖にただただ震える私に、クラウは優しく囁く。

「手当しなくちゃ」

「えっ?」

「足、怪我してるじゃん?」

 言われて初めて気づいた。右の脛に鋭い痛みを感じる。見てみれば、一筋の赤い線が出来ていた。

「これくらい、放っておいても大丈夫だよ」

 怪我なんてどうでも良い。首を横に振ると、クラウは目を吊り上げる。

「傷の跡が残るよ?」

「でも......」

「良いから、ここに座ってて。鏡の欠片を踏んだら大変だから」

 強い口調で言われ、しゅんとなってしまう。
 ゆっくりと腰を上げると、クラウは微笑みを残して部屋から去っていった。
 「ふぅ......」と吐息を吐き出し、膝を抱える。その上に頭を乗せた。
 私はこれからどうなるのだろう。このまま影が現れれば、また――。

「う~......」

 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。何か、呪いを解く方法はないだろうか。思案してみるものの、何かを思いつく訳でもない。
 そうこうしているうちに、ドアの開閉音が聞こえた。クラウが戻ってきたのだろう。
 一旦冷静になると、どうしても意識してしまう。相手は前世での恋人だ。頬は沸騰したかのように熱を帯び始める。

「触るよ。痛くない?」

 声を掛けられても、顔を上げることが出来ない。小さく頷くに留まった。
 ガーゼを当てられる感覚、スルスルと包帯を巻かれる感覚、どちらも今の私には刺激的だった。手当が終わると、クラウは私の頭を撫でる。頬だけではなく、顔全体がカッと熱くなった。

「鏡も直しておくよ」

 一体、どうやって――一瞬だけ疑問が過ぎったけれど、私たちは魔法が使えるのだ。クラウが鏡に手を翳すと、パズルのピースが綺麗に嵌まるように、鏡の破片は小さな音を立てて元の位置に戻っていった。ヒビもすっかりなくなっている。
 私たちの魔法は無力だ。物を直すことは出来ても、人を治すことは出来ない。小さな掠り傷でさえも。
 用事さえ済ませてしまえば、クラウは自室に戻るのだろう。そう思っていた。
 しかし、彼はそうしなかったのだ。
 私の右隣に来ると、そっと腰を下ろす。私の顔を見て、優しく微笑んだ。

「やっとこっち見てくれた」

 心の中で悲鳴を上げる。もう、どう対処して良いのかが分からない。
 そんな私の心を知ってか知らずか、クラウは正面を向き、視線を下に落とす。

「辛くなったら、全部俺に言って良いから。その気持ち、全部受け止めるから」

 そんなことを言われなくても、いつかは皆に恐怖や不安を吐き出すだろう。私はカノンのように強くはない。
 また、顔を膝の上に乗せる。

「私、辛いの我慢出来る程、強くないよ。もう弱音吐いてるし......」

「そっか......」

 吐息混じりの小さな声が聞こえた。
 静まり返った部屋で、時計が秒を刻む音が耳に届く。顔が熱くなるだけではない。心臓の鼓動も早く、強くなっていく。
 この空気に耐えられそうにない。

「色々ありがとう。でも、ごめんね。一人で考えたいことがあるから」

「......分かった。でも、これだけは言わせて欲しい」

「えっ?」

 顔を上げてみると、クラウは私の正面に回り込む。膝の上に置いていた右手を取り、小さな何かを手のひらに置く。それが何かを見る暇もなく、ぎゅっと握らせる。

「これ、ミユが持ってて。今の俺には必要ないから。もう俺に返さないでね」

 意味が良く分からない。返した物なんて何もないのに。
 腰を上げると、クラウは愁いを帯びた笑顔を残し、そのまま立ち去っていった。ドアの閉まる音が部屋に響く。
 やっと一人になれた。これからどうすれば良いのか、少し頭の中を整理しよう。

「う~ん......」 

”う~ん”

 とその時、自分の唸り声と重なって、天井の方で女性の唸り声が聞こえたのだ。周囲を見回してみても、他に人の姿は無い。
 当たり前だ。ダイヤに一般人の出入りは全くない。他に該当者でありそうなフレアは、この部屋から飛び出していったのだから。
 だとすると、この声は――。
 閃いた瞬間、顔から血の気が引いていく。だって、その人はもうこの世にはいない人なのだから。

「カノン!?」

”うん、そう”

「何で!?」

 そんな事ってあるのだろうか。
 驚いたせいで、思わず右手に力が入り、中の物が掌から飛び出した。宝石質のような輝きを放ちながら、それは床を転がる。段々と勢いをなくしてカタリと倒れたそれは、円状の物、だろうか。
 この形状、深く考えなくとも分かる。

「指輪?」

 この小ささはピンキーリングだろうか。
 何故、こんな物を私にくれたのだろう。考えているうちに、一つの仮説が立った。
 もしや、これはカノンがリエルにもらった指輪だろうか。
 四つん這いで指輪の元に辿り着くと、それを指で摘み上げた。緑色の石が一つ中央に施された、銀のつるりとしたピンキーリング、どう見てもカノンの物だ。百年前の物とは思えない程に手入れされており、錆は一つも見当たらない。
 しかし、それを何故、今になってまた私の元に――。

”これ、大事に持っててくれたんだ......”

 感慨深そうに、カノンは呟く。

「どうしてカノンがここに居るの?」

”それが分からないの。気づいたら、実結の傍で宙に浮いてたから”

「それって完全に幽霊......」

”幽霊じゃないもん”

 実際に実体はないし、本当に宙に浮いているのだとしたら幽霊以外にはないと思う。
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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