ホーム›神々の奇想四重奏›知らない過去1
← 次の話目次前の話 →

知らない過去1

 そのまま何も起きることはなく、一日が過ぎていった。普段着のままベッドに潜り込み、眠れないまま夜が明けようとしている。いつクラウがここに来るか分からないので、おちおち寝ていられなかったのだ。本当に来るのかどうかも分からないのに、緊張感に満ちている。朝が近づく度に手は汗ばみ、心臓は鼓動を早めていく。
 カーテンの隙間から朝日が顔を覗かせる。時計は見ていないけれど、朝の五時とか六時――その辺だろう。
 このままクラウが来なかったらどうしよう。私のせいで危険な目に遭わせたらどうしよう。このまま仲直りが出来なかったらどうしよう。不安ばかりが私の心に居続ける。いてもたってもいられず、顔を布団で覆った。自分の息が暑苦しくて、体勢を変えようとした時だった。
 僅かにドアの開閉音が聞こえた。
 アレクやフレアがこんな時間にこの部屋へ来る筈がない。クラウだ。意識すると、途端に心臓が破裂しそうな程に鼓動を強める。瞼を固く瞑り、両手を胸に押しつけた。こんな時こそ落ち着け自分、と自身を奮い立たせる。

「寝てる......?」

 間近でクラウが呟く。起きていることがバレてはいけないと、咄嗟に寝息の真似をした。

「行ってくる」

 一体、どこへ――そう思うや否や、何かが頭に触れた。熱くなる顔を気にしている場合ではない。ここでクラウを捕まえなくては。
 服の裾を目がけ、勢いに任せて右手を伸ばすと、触れた物をぎゅっと握り締めた。

「えっ!?」

 驚愕の声と共に、顔を覆っていた布団がぱさりと捲られる。目が合った瞬間、クラウの表情は歪んでいった。

「嘘だ......」

 クラウが頭を抱えても、服を握る手は離したりしない。口をへの字に曲げ、目力を込める。

「どこに行くの?」

「い、いや......」

「どこ?」

 詰め寄っても、相手は焦りは見せるものの口を割ろうとはしない。それならば、私にも考えがある。

「私も......一緒に行く」

 無理にでも服から手を離さなければ良いのだ。
 私が一言放つと、クラウの顔色が変わった。

「それは絶対に出来ない」

「何で?」

「危険かもしれないんだ。ミユを連れていく訳にはいかないよ」

「私は、クラウにも危険な目には遭って欲しくないの!」

 これにはクラウも言葉を失ってしまったようだ。対峙しつつ、ベッドから上半身を起こす。その間も、互いに視線を逸らすことはしない。
 数分間押し黙った後、ようやくクラウは口を開いた。

「......分かった、一緒に行こう」

 言い終わると苦笑いをし、溜め息を吐く。
 良かった、私の気持ちは伝わってくれたらしい。不覚にも少しだけ安堵してしまった。

「ちょっと俺の部屋に寄っても良い?」

「うん」

 服の裾を離すことなく、何とかブーツに足を通す。苦笑いされてしまったけれど、そんなものは今はどうだって良い。
 次に顔を上げると、クラウはにこやかに笑っていた。

「じゃ、行こっか」

「うん」

 静かな廊下を無言で歩く。互いの足音だけが廊下に響く。
 大丈夫だ。きっと上手くいく。自分自身に言い聞かせ、服の裾を握る手に力を込める。僅かに前を歩くクラウの表情が、心内が気になって仕方がない。
 震え出した右手に左手を添えようとした時、目的の部屋に到着した。クラウは振り返り、膝をかがめて私と目線を合わせる。

「ちょっとここで待ってて」

「嫌。一緒に行く」

 私のその返事を待っていたかのように、クラウは意地悪そうに口角を上げた。

「俺の着替え、見たい?」

「えっ!? う、ううん、ごめんなさい」

 反射的に、ぱっと服から手を離してしまった。顔は信じられないくらいに熱くなっていく。それを隠すように両手で頬を覆った。
 私の反応に満足したように、クラウは目を細めて笑う。

「ちょっと行ってくる」

 あまりにも恥ずかしくて顔を伏せたので、部屋へ入っていく時にクラウがどのような表情をしていたのかは分からない。ただ、ドアが私の向こうで閉まる音は聞こえた。なんてことを言ってしまったのだろうと、しゃがみ込んで身を縮める。
 そこで違和感に気づく。クラウは本当に着替えをしに部屋へ戻ったのだろうか。彼はいつも通り、白い服を着ていた。汚れなどは私の目からは見られなかった。もし、昨日と同じ服を着ていたのなら、私の部屋へ来る前に着替えていた筈――。
 焦ってドアノブを掴み、乱暴に開け放つ。了承も得ずに部屋の中へ侵入し、くまなくクラウの姿を探す。不安を払拭するように、テーブルの上の物を手で薙ぎ払い、洗面所を覗いた。いない。シャワールームにも、トイレにもいない。
 どうしよう。あってはいけない事だ。私に関わる事で、仲間を危険に晒すなんて。悔しさと、欺かれた悲しみが一気に心に押し寄せる。寝室の中央に辿り着くと、膝から崩れ落ちた。

「どうしよう......。どうしよう......!」

 考えれば考える程、頭は回らなくなっていく。
 そうだ。アレクなら何か知っているかもしれない。もしかしたら、クラウの行先も。
 流れかけた涙を飲み込み、床を蹴る。隣のアレクの部屋のドアを必死に叩いた。

「アレク! お願いだから、起きて......!」

 その願いが通じたのか、ぺたりと座り込んだ私の膝に開いたドアがぶつかった。
シェア
前の話 →
羽根5
← 次の話
知らない過去2
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

知らない過去1

 そのまま何も起きることはなく、一日が過ぎていった。普段着のままベッドに潜り込み、眠れないまま夜が明けようとしている。いつクラウがここに来るか分からないので、おちおち寝ていられなかったのだ。本当に来るのかどうかも分からないのに、緊張感に満ちている。朝が近づく度に手は汗ばみ、心臓は鼓動を早めていく。
 カーテンの隙間から朝日が顔を覗かせる。時計は見ていないけれど、朝の五時とか六時――その辺だろう。
 このままクラウが来なかったらどうしよう。私のせいで危険な目に遭わせたらどうしよう。このまま仲直りが出来なかったらどうしよう。不安ばかりが私の心に居続ける。いてもたってもいられず、顔を布団で覆った。自分の息が暑苦しくて、体勢を変えようとした時だった。
 僅かにドアの開閉音が聞こえた。
 アレクやフレアがこんな時間にこの部屋へ来る筈がない。クラウだ。意識すると、途端に心臓が破裂しそうな程に鼓動を強める。瞼を固く瞑り、両手を胸に押しつけた。こんな時こそ落ち着け自分、と自身を奮い立たせる。

「寝てる......?」

 間近でクラウが呟く。起きていることがバレてはいけないと、咄嗟に寝息の真似をした。

「行ってくる」

 一体、どこへ――そう思うや否や、何かが頭に触れた。熱くなる顔を気にしている場合ではない。ここでクラウを捕まえなくては。
 服の裾を目がけ、勢いに任せて右手を伸ばすと、触れた物をぎゅっと握り締めた。

「えっ!?」

 驚愕の声と共に、顔を覆っていた布団がぱさりと捲られる。目が合った瞬間、クラウの表情は歪んでいった。

「嘘だ......」

 クラウが頭を抱えても、服を握る手は離したりしない。口をへの字に曲げ、目力を込める。

「どこに行くの?」

「い、いや......」

「どこ?」

 詰め寄っても、相手は焦りは見せるものの口を割ろうとはしない。それならば、私にも考えがある。

「私も......一緒に行く」

 無理にでも服から手を離さなければ良いのだ。
 私が一言放つと、クラウの顔色が変わった。

「それは絶対に出来ない」

「何で?」

「危険かもしれないんだ。ミユを連れていく訳にはいかないよ」

「私は、クラウにも危険な目には遭って欲しくないの!」

 これにはクラウも言葉を失ってしまったようだ。対峙しつつ、ベッドから上半身を起こす。その間も、互いに視線を逸らすことはしない。
 数分間押し黙った後、ようやくクラウは口を開いた。

「......分かった、一緒に行こう」

 言い終わると苦笑いをし、溜め息を吐く。
 良かった、私の気持ちは伝わってくれたらしい。不覚にも少しだけ安堵してしまった。

「ちょっと俺の部屋に寄っても良い?」

「うん」

 服の裾を離すことなく、何とかブーツに足を通す。苦笑いされてしまったけれど、そんなものは今はどうだって良い。
 次に顔を上げると、クラウはにこやかに笑っていた。

「じゃ、行こっか」

「うん」

 静かな廊下を無言で歩く。互いの足音だけが廊下に響く。
 大丈夫だ。きっと上手くいく。自分自身に言い聞かせ、服の裾を握る手に力を込める。僅かに前を歩くクラウの表情が、心内が気になって仕方がない。
 震え出した右手に左手を添えようとした時、目的の部屋に到着した。クラウは振り返り、膝をかがめて私と目線を合わせる。

「ちょっとここで待ってて」

「嫌。一緒に行く」

 私のその返事を待っていたかのように、クラウは意地悪そうに口角を上げた。

「俺の着替え、見たい?」

「えっ!? う、ううん、ごめんなさい」

 反射的に、ぱっと服から手を離してしまった。顔は信じられないくらいに熱くなっていく。それを隠すように両手で頬を覆った。
 私の反応に満足したように、クラウは目を細めて笑う。

「ちょっと行ってくる」

 あまりにも恥ずかしくて顔を伏せたので、部屋へ入っていく時にクラウがどのような表情をしていたのかは分からない。ただ、ドアが私の向こうで閉まる音は聞こえた。なんてことを言ってしまったのだろうと、しゃがみ込んで身を縮める。
 そこで違和感に気づく。クラウは本当に着替えをしに部屋へ戻ったのだろうか。彼はいつも通り、白い服を着ていた。汚れなどは私の目からは見られなかった。もし、昨日と同じ服を着ていたのなら、私の部屋へ来る前に着替えていた筈――。
 焦ってドアノブを掴み、乱暴に開け放つ。了承も得ずに部屋の中へ侵入し、くまなくクラウの姿を探す。不安を払拭するように、テーブルの上の物を手で薙ぎ払い、洗面所を覗いた。いない。シャワールームにも、トイレにもいない。
 どうしよう。あってはいけない事だ。私に関わる事で、仲間を危険に晒すなんて。悔しさと、欺かれた悲しみが一気に心に押し寄せる。寝室の中央に辿り着くと、膝から崩れ落ちた。

「どうしよう......。どうしよう......!」

 考えれば考える程、頭は回らなくなっていく。
 そうだ。アレクなら何か知っているかもしれない。もしかしたら、クラウの行先も。
 流れかけた涙を飲み込み、床を蹴る。隣のアレクの部屋のドアを必死に叩いた。

「アレク! お願いだから、起きて......!」

 その願いが通じたのか、ぺたりと座り込んだ私の膝に開いたドアがぶつかった。
シェア
次の話知らない過去2
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません