ホーム›神々の奇想四重奏›もつれる足1
← 次の話目次前の話 →

もつれる足1

 午後からは、フレアの宣言通りにダンスの練習が開始された。フレアが指を鳴らすと、部屋の片隅に置かれていた蓄音機からワルツが響き始める。
 四人で会議室の奥にある広々とした空間に移動し、私とクラウ、アレクとフレアのペアが出来上がる。

「まずは、あたしとアレクで見本を見せるね。アレク、良いでしょ?」

「あぁ」

 掛け声もなく、阿吽の呼吸でアレクとフレアの身体は動き始めた。
 軽やかに踊る様はとても可憐だ。慣れた足取りで、きちんとアレクがフレアをリードしている。フレアも見ているだけで上品さが漂ってくる。思わず見惚れてしまった。

「これが完成形だと思って。ミユなら出来るって信じてるから」

 フレアは踊りながら、華麗にウインクを決める。そんなに過度な期待をされても困ってしまう。

「まずはやってみなくちゃね。右手は俺の手を取って、左手は俺の肩に触れて」

「う、うん......」

 言われた通りにやってみる。アレクとフレアを見れば分かるのだけれど、身体が妙に密着する。クラウは良いとして、この体勢で、オズや他の王と踊れというのだろうか。考えただけでも頭は熱で浮かされそうになる。
 
「ミユ?」

 接近した状態でクラウに首を傾げられたので、頬が高熱を発した。顔を隠せる場所もなく、ただただ彼を見上げてみる。
 まだ踊り続けているアレクとフレアの方から、二人の笑い声が聞こえた。アレクは呆れ気味に口を開く。

「これじゃ、先が思いやられるな」

「そんなこと言ったって......! この状態で王様と踊るなんて、私......!」

「それは俺も納得出来ないよ。出来るなら、俺から離れないでいて欲しいけど......あの招待状じゃ、無理かな」

「え〜!?」

 そこでクラウには弱気になって欲しくなかった。ムスッと膨れると、クラウは苦笑いをする。ようやくアレクとフレアが足を止めた。

「そろそろ足を動かして。時間はないんだよ?」

「はい」

 フレアの言葉に関しては、言い訳が出来ない。頭や口ばかり動いてしまって、練習は一歩も進んでいないのだ。迷いを振り切るようにクラウを見て、決意を新たにする。

「出来てなかったら、ちゃんと言ってね」

「分かった」

 柔らかな表情な割には、目は真剣だ。流石は、私が好きになった人ではある。
 音楽を聴きながら、タイミングを見計らう。

「えっと......どっちの足からどう動かせば良いの?」

「それは最初に聞くべきでしょ」

 フレアからの厳しい野次が飛ぶ。クラウとアレクも笑うばかりだ。

「右足を下げてから、左足を下げて、右足を揃える。ここまでは良い?」

「多分」

 脳内再生をしながら、クラウの説明を自分の中に落とし込む。

「じゃあ、やってみよう。せーの。ワン、ツー、スリー」

 右足、左足、そして右足――クラウの足とぶつかりながら、何とか着地する。
 絶対に、私の行く先にクラウが合わせてくれている。それでも、ステップを初めて踏めた瞬間だった。

「......出来た?」

「うん! 初めてにしては良い感じだよ!」

 クラウは顔を綻ばせ、頷いてくれた。心がほんわりと温かくなる。

「やった〜!」

 たった三歩だけかもしれないけれど、私にとっては大きな三歩だ。手を離し、クラウに飛びついた。彼の体温を感じるとともに、小さな動きに気づく。

「次は左足から、さっきと同じ感じで次に右足、左足」

 アレクとフレアの歓声を聞きながら、クラウの言葉に耳を疑う。達成感を味わう時間もなく、復習する機会もなく、すぐに次に行くなんて。フレアやアレクだけではなく、クラウも私を完璧に仕上げる算段だ。私には喜びを分かち合う時間すらないらしい。

「喜んでくれないの?」

 思わず不満が漏れてしまう。一瞬、クラウの表情が歪む。

「嬉しいよ。嬉しいけど、ちゃんと喜ぶのは仕上がった時にだよ」

「む〜......」

 優しい声色ではあるものの、厳しい言葉に目を逸らしたくなる。

「ミユのことを信じてるからこそだよ。早く、体勢を立て直して。心の中で数をかぞえて」

「はい......」

 これ以上は言っても伝わらないだろう。クラウの顔に笑みがないのだ。文句を言えば反抗と捉えられるだろう。
 あの戦いの前に繰り広げた、魔法の特訓での鬼教師がそこにはいた。そこにアレクとフレアが加わっているから、私の立場はない。

「コイツ、容赦ないな」

「走り込みの時に、気づいてたんじゃないの?」

「まぁな」

 手短なアレクとフレアの会話が耳に届く。
 手拍子をして「ワン、ツー、スリー」と小さく数えるフレアの声を聞きながら、目に込み上げてくるものをどうにか抑える。何故、王たちはただの謁見ではなく、夜会を要求したのだろう。その判断が、ただただ恨めしい。ダンスの体勢を整えながら、王たちを呪う。

「次は六歩、一気に行くよ。せーの」

 不満はあるのに言えない。そんな状況の中で、練習は夕飯前まで続いた。

 * * *

 空気の入れ替えのために窓を開ける。冬の乾いた空気が部屋を引き締めていく。足がだるい。ステップを踏もうとしても、もつれてしまう。
 アレクは夕飯の準備に向かい、クラウとフレアと三人で席へと着いた。疲れた。もう動けない。テーブルに突っ伏し、唸り声を上げる。

「まずいよね。このままじゃ間に合わないよ」

「たった七日で仕上げてこいっていう王様たちが間違ってるの。ミユが異世界人だって分かってる筈なのに」

 それなら、王たちに抗議してもらいたい。そうは思うけれど、口には出せなかった。窓の閉まる音が鳴る。

「じゃあさ、使い魔たちに抗議しに行ってもらう?」

「それじゃあ、あたしたちが負けを認めたようなものだもん。あたしの気が収まらない」

 フレアの『気』に私を巻き込まないで欲しい。一言文句を言おうと膨れっ面を彼女に向けようとした時、クラウが口を開いた。

「それは俺も思う。対等な筈なのに、期間を押しつけてくるなんてさ。......ミユは大変かもしれないけど、やってやろうじゃん。恥はかかせられないよ」

「私は物じゃないんだよ~?」

 身体を起こすこともままならず、顔だけを二人へと向けた。苦労するのは私なのだ。少しは私の意見も聞いて欲しい。
シェア
前の話 →
招待状3
← 次の話
もつれる足2
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません

もつれる足1

 午後からは、フレアの宣言通りにダンスの練習が開始された。フレアが指を鳴らすと、部屋の片隅に置かれていた蓄音機からワルツが響き始める。
 四人で会議室の奥にある広々とした空間に移動し、私とクラウ、アレクとフレアのペアが出来上がる。

「まずは、あたしとアレクで見本を見せるね。アレク、良いでしょ?」

「あぁ」

 掛け声もなく、阿吽の呼吸でアレクとフレアの身体は動き始めた。
 軽やかに踊る様はとても可憐だ。慣れた足取りで、きちんとアレクがフレアをリードしている。フレアも見ているだけで上品さが漂ってくる。思わず見惚れてしまった。

「これが完成形だと思って。ミユなら出来るって信じてるから」

 フレアは踊りながら、華麗にウインクを決める。そんなに過度な期待をされても困ってしまう。

「まずはやってみなくちゃね。右手は俺の手を取って、左手は俺の肩に触れて」

「う、うん......」

 言われた通りにやってみる。アレクとフレアを見れば分かるのだけれど、身体が妙に密着する。クラウは良いとして、この体勢で、オズや他の王と踊れというのだろうか。考えただけでも頭は熱で浮かされそうになる。
 
「ミユ?」

 接近した状態でクラウに首を傾げられたので、頬が高熱を発した。顔を隠せる場所もなく、ただただ彼を見上げてみる。
 まだ踊り続けているアレクとフレアの方から、二人の笑い声が聞こえた。アレクは呆れ気味に口を開く。

「これじゃ、先が思いやられるな」

「そんなこと言ったって......! この状態で王様と踊るなんて、私......!」

「それは俺も納得出来ないよ。出来るなら、俺から離れないでいて欲しいけど......あの招待状じゃ、無理かな」

「え〜!?」

 そこでクラウには弱気になって欲しくなかった。ムスッと膨れると、クラウは苦笑いをする。ようやくアレクとフレアが足を止めた。

「そろそろ足を動かして。時間はないんだよ?」

「はい」

 フレアの言葉に関しては、言い訳が出来ない。頭や口ばかり動いてしまって、練習は一歩も進んでいないのだ。迷いを振り切るようにクラウを見て、決意を新たにする。

「出来てなかったら、ちゃんと言ってね」

「分かった」

 柔らかな表情な割には、目は真剣だ。流石は、私が好きになった人ではある。
 音楽を聴きながら、タイミングを見計らう。

「えっと......どっちの足からどう動かせば良いの?」

「それは最初に聞くべきでしょ」

 フレアからの厳しい野次が飛ぶ。クラウとアレクも笑うばかりだ。

「右足を下げてから、左足を下げて、右足を揃える。ここまでは良い?」

「多分」

 脳内再生をしながら、クラウの説明を自分の中に落とし込む。

「じゃあ、やってみよう。せーの。ワン、ツー、スリー」

 右足、左足、そして右足――クラウの足とぶつかりながら、何とか着地する。
 絶対に、私の行く先にクラウが合わせてくれている。それでも、ステップを初めて踏めた瞬間だった。

「......出来た?」

「うん! 初めてにしては良い感じだよ!」

 クラウは顔を綻ばせ、頷いてくれた。心がほんわりと温かくなる。

「やった〜!」

 たった三歩だけかもしれないけれど、私にとっては大きな三歩だ。手を離し、クラウに飛びついた。彼の体温を感じるとともに、小さな動きに気づく。

「次は左足から、さっきと同じ感じで次に右足、左足」

 アレクとフレアの歓声を聞きながら、クラウの言葉に耳を疑う。達成感を味わう時間もなく、復習する機会もなく、すぐに次に行くなんて。フレアやアレクだけではなく、クラウも私を完璧に仕上げる算段だ。私には喜びを分かち合う時間すらないらしい。

「喜んでくれないの?」

 思わず不満が漏れてしまう。一瞬、クラウの表情が歪む。

「嬉しいよ。嬉しいけど、ちゃんと喜ぶのは仕上がった時にだよ」

「む〜......」

 優しい声色ではあるものの、厳しい言葉に目を逸らしたくなる。

「ミユのことを信じてるからこそだよ。早く、体勢を立て直して。心の中で数をかぞえて」

「はい......」

 これ以上は言っても伝わらないだろう。クラウの顔に笑みがないのだ。文句を言えば反抗と捉えられるだろう。
 あの戦いの前に繰り広げた、魔法の特訓での鬼教師がそこにはいた。そこにアレクとフレアが加わっているから、私の立場はない。

「コイツ、容赦ないな」

「走り込みの時に、気づいてたんじゃないの?」

「まぁな」

 手短なアレクとフレアの会話が耳に届く。
 手拍子をして「ワン、ツー、スリー」と小さく数えるフレアの声を聞きながら、目に込み上げてくるものをどうにか抑える。何故、王たちはただの謁見ではなく、夜会を要求したのだろう。その判断が、ただただ恨めしい。ダンスの体勢を整えながら、王たちを呪う。

「次は六歩、一気に行くよ。せーの」

 不満はあるのに言えない。そんな状況の中で、練習は夕飯前まで続いた。

 * * *

 空気の入れ替えのために窓を開ける。冬の乾いた空気が部屋を引き締めていく。足がだるい。ステップを踏もうとしても、もつれてしまう。
 アレクは夕飯の準備に向かい、クラウとフレアと三人で席へと着いた。疲れた。もう動けない。テーブルに突っ伏し、唸り声を上げる。

「まずいよね。このままじゃ間に合わないよ」

「たった七日で仕上げてこいっていう王様たちが間違ってるの。ミユが異世界人だって分かってる筈なのに」

 それなら、王たちに抗議してもらいたい。そうは思うけれど、口には出せなかった。窓の閉まる音が鳴る。

「じゃあさ、使い魔たちに抗議しに行ってもらう?」

「それじゃあ、あたしたちが負けを認めたようなものだもん。あたしの気が収まらない」

 フレアの『気』に私を巻き込まないで欲しい。一言文句を言おうと膨れっ面を彼女に向けようとした時、クラウが口を開いた。

「それは俺も思う。対等な筈なのに、期間を押しつけてくるなんてさ。......ミユは大変かもしれないけど、やってやろうじゃん。恥はかかせられないよ」

「私は物じゃないんだよ~?」

 身体を起こすこともままならず、顔だけを二人へと向けた。苦労するのは私なのだ。少しは私の意見も聞いて欲しい。
シェア
次の話もつれる足2
神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません