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明日への架け橋2

 駄目だ、負ける訳にはいかない。呑まれる訳にはいかない。そう思うと手が勝手に震え出す。力を振り絞るようにして、切っ先を奴へと向けた。

「お前は、俺が殺す!」

 互いにゆらりと剣を水平にならし、吠える。

「うわあぁー!」

 ただひたすらに、奴に向かって走った。無我夢中で、どうして良いのかが分からない。とにかく、奴を仕留めなくては。
 大きく振り被り、頭を目がけて叩き落す。しかし、横一線に振られた黒の剣によって弾き返されてしまった。足がもつれ、転びそうになる。

“クラウ、危ない!”

 その隙を見て、奴は一突きしようと試みたが、俺には当たらなかった。リエルが機転を利かせて避けてくれたのだ。

「世界のためか、地の魔導師のためか。そこまでする理由がどこにある」

「世界なんか関係ない! お前は俺の大事な物を......全部奪っていくから! 百年前も、これからも!」

「所詮は自分のため、か。いかにも人間らしいな」

 奴は唾を吐き捨てるように言葉を投げ捨てる。

「お前に何が分かる......!」

「フッ。分かるとも。その恨み、憎しみ、悲しみ、痛み......全てが私の力になっているのだから」

 奴の言うことの全てが腹立たしい。俺たちにそんな思いをさせた張本人はこいつではないか。
 怒り心頭する俺を差し置き、更に続ける。

「所詮は私に復活の力を与え続けていた道具」

 鋭い眼光で捉え、切っ先を俺へと向けた。

「そんな君に私を倒せはしない」

 そして、又しても剣を縦へと振るったのだ。避けきれずに、右腕に猛烈な鋭い痛みが走る。
 今度こそ確実にやられた。滴る赤を見ることすら許されず、顔をしかめる。

「俺が道具!? お前の......!?」

「言い方が悪かったか? しかし、他に言い方がないな」

 奴はにやりと口元を吊り上げると、優雅に左右へと剣を振り回し始めた。俺が攻撃を防ごうとすれば切っ先がぶつかり合うまでに接近し、何度も刃を交える。

「そんなの、お前が記憶を書き換えたり、操ったりしなきゃ――」

「君が『人間』であろうとする限り、その事実は変わりはしない。『心』があるからな」

 力に押される一方だ。一太刀防ぐごとに一歩後退する。恐らく奴は手を抜いているのであろうが、攻撃が速すぎて太刀の残像が十字に見える。

「心のない人間なんていない!」

「やはり忘れているらしいな」

 腕の切り傷も、痛みも増していく。それでもここで殺される訳にはいかない。俺の剣が奴へ届く程に近付くまでは。

「何のこと!?」

 斬撃を浴びせようと真一文字に剣を振るうと、奴は自身の剣を一回転させて弾き飛ばした。

「思い出せないのか? 始まりの記憶を。君たちはただの人間じゃない」

「それは分かってる!」

 俺たちは特別に魔法を使える。それだけで、ただの人間とは呼べないのだろう。
 しかし、奴は更に言葉を繋げる。

「今の形......魔導師に留まる器でもない」

「えっ?」

 こいつは何を言いたいのだろう。分からない。
 疑問を投げかけようとしたところで、地面から異音が轟く。この音はミユの魔法だ。緊張の中に小さな希望が生まれる。
 奴は岩の柱が突き出る数歩後ろへ移動したので、そこへ向かって激流を放つ。岩の柱をも飲み込みながら、濁流となって奴を襲う。
 ミユが作ってくれたチャンスだ。ここで奴を仕留めるしかない。絶対にやってやる。懐に忍ばせていた神の玉を取り出し、鍔の窪みに嵌め込んだ。刀身が緑色へと変わっていく。
 そんな時に、奴の顔が眼前に現れたのだ。まずい、攻撃をする前に殺られる――。
 剣を横に薙ぎ払ったと同時に、右胸に火を噴くような激痛を与えられた。

「ぅあッ......!」

「くッ......!?」

 ミユの絶叫が遠くで木霊する。幸いなことなのか、痛いとも、苦しいとも感じる時間は短く、世界は暗転した。
 俺の剣は奴を仕留められたのだろうか。分からずに、暗闇の中で混乱する。

「......安心しろ。君は私を葬り去るだろう」

 この声は奴か。どこにいるのだろう。辺りを見回してみても、漆黒が広がるのみで何も見えない。

「解呪の剣を使うとは。やってくれる」

 最後の最後で気づいたのだろう。詰めが甘いとはこのことだ。勝利に浸りながら、口角を上げた。

「私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ」

 こんなもの、ただの負け犬の遠吠えだ。ミユの呪いが解けるならそれで良い。安心していると、急激に右胸が痛くなってきた。呼吸をしても、酸素が足りない。苦しい。瞬きをすると、徐々に視界が開けていった。焦茶の髪に、エメラルドグリーンの瞳――ミユが傍にいるのだ。呻き声を上げながら、その姿を脳に刻み込もうと試みる。

「ミユ......」

「クラウ!」

「無事......?」

 こんなことしか聞けない自分自身に腹が立つ。その小さな身体を抱き締めてあげたい。それなのに、俺の身体は言うことを聞いてくれない。

「私は......大丈夫だから......!」

 くぐもった声が聞こえると、焦茶の部分は大きく揺れた。

「良かっ......た......」

 百年前とは違う。俺は最後までミユを守り通せたのだ。安心していると、水のようなものが顔にかかった。

「ミユ......?」
 
 ミユは泣いているのだろうか。せめてもの慰めに、その涙を拭ってあげたい。事切れる前に、早く、早く。鉛のように重たい右腕を持ち上げようとするが、なかなか届いてくれない。切ない感情だけが俺の心を満たしていく。伸ばした左手が彼女の頬へ届く前に、段々と瞼が重たくなってきてしまった。視界が狭まっていく。

 短い間だったけれど、君に出逢えて俺は救われたんだ。出逢ってからの全てがかけがえのない時間で、君の笑顔が大好きだった。
 その笑顔を見に、きっとまた逢いに来るから。ミユがミユでいるうちに、必ず。君がやってみせてくれたように、俺も世界を、時を越えてみせるよ。
 だから、それまで少しだけ我慢して? 死ぬ程辛いだろうけれど、君なら出来るから。俺は信じてる。
 どうか、君も俺を信じて。未来を信じて――。

 * * *

 浮遊感に包まれながら、ふと瞼を開ける。ここは天国と呼ばれる所だろうか。視界全体が黄金の光に包まれている。ポカポカと暖かく、柔らかな風が頬を、髪を撫でる。とても心地良い。

「貴方一人でよく頑張りましたね」

 陽だまりのような声が右側から聞こえてきた。振り向いてみると、真っ白のロングワンピースを着た女性が隣に漂っている。腰まである銀の髪がサラサラとなびく。まるで、俺の母のような人だ。

「母さん?」

「貴方の母上にそんなに似ていますか?」

 俺が頷くと、その女性はくすりと笑う。そして柔らかな微笑みを湛えた。

「私はオパール。貴方たちの言う異世界の神の一人です」

「神様......?」

「そうです」

 異世界の神――それは本当なのだろうか。考えてみるが、やはり分からない。それでも信じたくなる。穏やかな声がそう思わせた。
 自称女神はふわりと宙を舞い、俺の目の前に移動する。

「どうしても、貴方に伝えたいことがあります」

 頭に靄がかかったようで、何も考えられない。何故だとか、何のためにという疑問も浮かんでこない。ただ、女神の言葉がすっと胸に染み入ってくる。

「貴方が死ぬ必要はありません。生きるべきです。貴方が封じた心の闇を抱えたまま。貴方の世界――スティアの神々は傲慢なのです」

「傲慢?」

「そう。とっても傲慢。これから先、貴方たちはその事実を知ることになるでしょう。でも、決して恐れないで。怖がらないで。貴方は人間でいたいでしょう?」

 人間でいたいとはどういう意味だろう。そういえば、それらしきことを敵も言っていたな、と女神を見詰め返す。

「今は分からなくても良いのです。ただ、人の心に闇があるのは当然のこと。それを忘れないで。その意味も込めて」

 女神は俺の胸に右手を翳す。その手のひらから光が溢れ出した。痛くもないし、苦しくもない。ただ、途方もない虚しさが俺を襲う。

「貴方の身体に刻ませてもらいました。人の心の闇という物を。それを見て、スティアの神々が黙っている筈はないでしょう。でも、未来を作っていくのは神々ではありません。貴方たち人間です」

「どうして、スティアの神様が黙ってないなんて分かるのさ」

「それは、私も彼らの仲間だったから。耐え難い光景を見てきたから。オニキスとともに」

「オニキス?」

 誰のことを言っているのだろう。聞き返すと、女神は俺の両頬をその手で包み込む。銀の瞳がまっすぐに俺を見詰める。

「さあ、仲間の元に戻りなさい。貴方を待っている筈です」
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神々の奇想四重奏作者:七宮叶歌
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明日への架け橋2

 駄目だ、負ける訳にはいかない。呑まれる訳にはいかない。そう思うと手が勝手に震え出す。力を振り絞るようにして、切っ先を奴へと向けた。

「お前は、俺が殺す!」

 互いにゆらりと剣を水平にならし、吠える。

「うわあぁー!」

 ただひたすらに、奴に向かって走った。無我夢中で、どうして良いのかが分からない。とにかく、奴を仕留めなくては。
 大きく振り被り、頭を目がけて叩き落す。しかし、横一線に振られた黒の剣によって弾き返されてしまった。足がもつれ、転びそうになる。

“クラウ、危ない!”

 その隙を見て、奴は一突きしようと試みたが、俺には当たらなかった。リエルが機転を利かせて避けてくれたのだ。

「世界のためか、地の魔導師のためか。そこまでする理由がどこにある」

「世界なんか関係ない! お前は俺の大事な物を......全部奪っていくから! 百年前も、これからも!」

「所詮は自分のため、か。いかにも人間らしいな」

 奴は唾を吐き捨てるように言葉を投げ捨てる。

「お前に何が分かる......!」

「フッ。分かるとも。その恨み、憎しみ、悲しみ、痛み......全てが私の力になっているのだから」

 奴の言うことの全てが腹立たしい。俺たちにそんな思いをさせた張本人はこいつではないか。
 怒り心頭する俺を差し置き、更に続ける。

「所詮は私に復活の力を与え続けていた道具」

 鋭い眼光で捉え、切っ先を俺へと向けた。

「そんな君に私を倒せはしない」

 そして、又しても剣を縦へと振るったのだ。避けきれずに、右腕に猛烈な鋭い痛みが走る。
 今度こそ確実にやられた。滴る赤を見ることすら許されず、顔をしかめる。

「俺が道具!? お前の......!?」

「言い方が悪かったか? しかし、他に言い方がないな」

 奴はにやりと口元を吊り上げると、優雅に左右へと剣を振り回し始めた。俺が攻撃を防ごうとすれば切っ先がぶつかり合うまでに接近し、何度も刃を交える。

「そんなの、お前が記憶を書き換えたり、操ったりしなきゃ――」

「君が『人間』であろうとする限り、その事実は変わりはしない。『心』があるからな」

 力に押される一方だ。一太刀防ぐごとに一歩後退する。恐らく奴は手を抜いているのであろうが、攻撃が速すぎて太刀の残像が十字に見える。

「心のない人間なんていない!」

「やはり忘れているらしいな」

 腕の切り傷も、痛みも増していく。それでもここで殺される訳にはいかない。俺の剣が奴へ届く程に近付くまでは。

「何のこと!?」

 斬撃を浴びせようと真一文字に剣を振るうと、奴は自身の剣を一回転させて弾き飛ばした。

「思い出せないのか? 始まりの記憶を。君たちはただの人間じゃない」

「それは分かってる!」

 俺たちは特別に魔法を使える。それだけで、ただの人間とは呼べないのだろう。
 しかし、奴は更に言葉を繋げる。

「今の形......魔導師に留まる器でもない」

「えっ?」

 こいつは何を言いたいのだろう。分からない。
 疑問を投げかけようとしたところで、地面から異音が轟く。この音はミユの魔法だ。緊張の中に小さな希望が生まれる。
 奴は岩の柱が突き出る数歩後ろへ移動したので、そこへ向かって激流を放つ。岩の柱をも飲み込みながら、濁流となって奴を襲う。
 ミユが作ってくれたチャンスだ。ここで奴を仕留めるしかない。絶対にやってやる。懐に忍ばせていた神の玉を取り出し、鍔の窪みに嵌め込んだ。刀身が緑色へと変わっていく。
 そんな時に、奴の顔が眼前に現れたのだ。まずい、攻撃をする前に殺られる――。
 剣を横に薙ぎ払ったと同時に、右胸に火を噴くような激痛を与えられた。

「ぅあッ......!」

「くッ......!?」

 ミユの絶叫が遠くで木霊する。幸いなことなのか、痛いとも、苦しいとも感じる時間は短く、世界は暗転した。
 俺の剣は奴を仕留められたのだろうか。分からずに、暗闇の中で混乱する。

「......安心しろ。君は私を葬り去るだろう」

 この声は奴か。どこにいるのだろう。辺りを見回してみても、漆黒が広がるのみで何も見えない。

「解呪の剣を使うとは。やってくれる」

 最後の最後で気づいたのだろう。詰めが甘いとはこのことだ。勝利に浸りながら、口角を上げた。

「私を倒したとしても、王たちが愚かな行いを止めない限り、次なる私が生まれるぞ。必ずだ」

 こんなもの、ただの負け犬の遠吠えだ。ミユの呪いが解けるならそれで良い。安心していると、急激に右胸が痛くなってきた。呼吸をしても、酸素が足りない。苦しい。瞬きをすると、徐々に視界が開けていった。焦茶の髪に、エメラルドグリーンの瞳――ミユが傍にいるのだ。呻き声を上げながら、その姿を脳に刻み込もうと試みる。

「ミユ......」

「クラウ!」

「無事......?」

 こんなことしか聞けない自分自身に腹が立つ。その小さな身体を抱き締めてあげたい。それなのに、俺の身体は言うことを聞いてくれない。

「私は......大丈夫だから......!」

 くぐもった声が聞こえると、焦茶の部分は大きく揺れた。

「良かっ......た......」

 百年前とは違う。俺は最後までミユを守り通せたのだ。安心していると、水のようなものが顔にかかった。

「ミユ......?」
 
 ミユは泣いているのだろうか。せめてもの慰めに、その涙を拭ってあげたい。事切れる前に、早く、早く。鉛のように重たい右腕を持ち上げようとするが、なかなか届いてくれない。切ない感情だけが俺の心を満たしていく。伸ばした左手が彼女の頬へ届く前に、段々と瞼が重たくなってきてしまった。視界が狭まっていく。

 短い間だったけれど、君に出逢えて俺は救われたんだ。出逢ってからの全てがかけがえのない時間で、君の笑顔が大好きだった。
 その笑顔を見に、きっとまた逢いに来るから。ミユがミユでいるうちに、必ず。君がやってみせてくれたように、俺も世界を、時を越えてみせるよ。
 だから、それまで少しだけ我慢して? 死ぬ程辛いだろうけれど、君なら出来るから。俺は信じてる。
 どうか、君も俺を信じて。未来を信じて――。

 * * *

 浮遊感に包まれながら、ふと瞼を開ける。ここは天国と呼ばれる所だろうか。視界全体が黄金の光に包まれている。ポカポカと暖かく、柔らかな風が頬を、髪を撫でる。とても心地良い。

「貴方一人でよく頑張りましたね」

 陽だまりのような声が右側から聞こえてきた。振り向いてみると、真っ白のロングワンピースを着た女性が隣に漂っている。腰まである銀の髪がサラサラとなびく。まるで、俺の母のような人だ。

「母さん?」

「貴方の母上にそんなに似ていますか?」

 俺が頷くと、その女性はくすりと笑う。そして柔らかな微笑みを湛えた。

「私はオパール。貴方たちの言う異世界の神の一人です」

「神様......?」

「そうです」

 異世界の神――それは本当なのだろうか。考えてみるが、やはり分からない。それでも信じたくなる。穏やかな声がそう思わせた。
 自称女神はふわりと宙を舞い、俺の目の前に移動する。

「どうしても、貴方に伝えたいことがあります」

 頭に靄がかかったようで、何も考えられない。何故だとか、何のためにという疑問も浮かんでこない。ただ、女神の言葉がすっと胸に染み入ってくる。

「貴方が死ぬ必要はありません。生きるべきです。貴方が封じた心の闇を抱えたまま。貴方の世界――スティアの神々は傲慢なのです」

「傲慢?」

「そう。とっても傲慢。これから先、貴方たちはその事実を知ることになるでしょう。でも、決して恐れないで。怖がらないで。貴方は人間でいたいでしょう?」

 人間でいたいとはどういう意味だろう。そういえば、それらしきことを敵も言っていたな、と女神を見詰め返す。

「今は分からなくても良いのです。ただ、人の心に闇があるのは当然のこと。それを忘れないで。その意味も込めて」

 女神は俺の胸に右手を翳す。その手のひらから光が溢れ出した。痛くもないし、苦しくもない。ただ、途方もない虚しさが俺を襲う。

「貴方の身体に刻ませてもらいました。人の心の闇という物を。それを見て、スティアの神々が黙っている筈はないでしょう。でも、未来を作っていくのは神々ではありません。貴方たち人間です」

「どうして、スティアの神様が黙ってないなんて分かるのさ」

「それは、私も彼らの仲間だったから。耐え難い光景を見てきたから。オニキスとともに」

「オニキス?」

 誰のことを言っているのだろう。聞き返すと、女神は俺の両頬をその手で包み込む。銀の瞳がまっすぐに俺を見詰める。

「さあ、仲間の元に戻りなさい。貴方を待っている筈です」
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