
崩壊への道(中編)4
どれくらいの間、そうして考えあぐねていたか分からない。 ようやく湖の方向に光が現れると、反射的に大地を蹴っていた。カノンが戻ってきたのだ。 どうやって問いただそうだとか、何故アイリスに怒りをぶつけたのかなど、今はどうでも良い。カノンの身の安全が第一だ。「カノン!」 うずくまるカノンに駆け寄り、声をかける。「何があったのか、ちゃんと話してくれる?」 彼女は振り返ることもなく、小さく頷いた。「私が倒れちゃったのは、影に足元を掬われちゃって、頭を木の幹にぶつけたから。それだけだよ。影が、明日、またここに来るって」「それを信じろってか?」 脅しにも似たヴィクトの声が後ろから投げかけられる。「アイリスはオマエに、一方的に拒絶されてんだ。理由がない訳が――」「一方的じゃない!」 やはり、カノンは何かを隠している。確信し、生唾を飲み込んだ。 ヴィクトも同じような気持ちだったらしい。「だったら、教えてくれても良いよな?」 訴えかけるような声に、初めてカノンの瞳がこちらを向いた。何かに怯え、恐怖をひた隠しているような、そんな表情だ。 俺たちを一通り見ると、カノンは目を伏せる。「明日、全部終わったら話すから」 言い切ると、再びこちらに背を向けてしまった。その後ろ姿は震えているようにも見える。「アリアはどうした?」「パンを......買ってくるって」「そーか」 もうカノンからは何も聞き出せないと判断したのだろう。俺以外の五人の気配が、草を踏む音と共に後方へと遠ざかっていく。 俺はまだ諦めていない。カノンの恐怖を、俺が拭い去ることを。 カノンの元へと歩みを進め、決意を固めた。「カノン、ちょっとこっちに来て欲しい」「えっ?」 思い切って声をかけると、涙に濡れた瞳がこちらを向いた。怖がらせないためにも、そっと微笑みかけてみる。 ヴィクトとアイリスに聞かせられない話でも、俺には話してくれる。そう信じていた。「立てる?」 カノンの正面に回ると、そっと手を差し伸べる。彼女も躊躇いながらも、それを受け取ってくれた。 二人で並び、湖畔を目指す。話すきっかけがなかった訳ではなく、雰囲気を重んじてのことだった。 小石が敷き詰められた湖畔の倒木の間に立ち、山の裾を見遣る。自然豊かであったのだろうが、茶色が覗いている。「俺、やっぱり心配で......。胸の痣だって、前はなかったよね?」 カノンの方を振り向くと、彼女は俯き、唇を震わせていた。「明日、ちゃんと話すから」「でも――」「お願い......!」 カノンは思い切り瞼を瞑る。「絶対に、だよ?」「うん」 ここまで拒絶されてしまっては、俺でも聞き出せないだろう。無力感と絶望感が襲い来る。 こんな筈ではなかったのに。カノンを守りたいだけなのに。 それ以上、何も言い出せないまま、時間だけが過ぎていく。 突然だった。「好き」 カノンが小さく呟いたのだ。「えっ?」「私、リエルのことが好き」 言い切った瞬間、カノンの顔は薔薇色に染まった。まっすぐに俺の目を貫いている。 まさか、カノンから告白されるなんて、考えてもいなかった。でも、その想いが素直に嬉しい。これが終末の世界でなければ、飛んで喜んでいただろう。「俺も、カノンのことが好きだよ。大好きだ」 想いは止められず、カノンに抱きついた。彼女もまた、俺の背中に腕を回してくれる。 こんな形で想いが伝わるとは思っていなかったが、それ以上を伝えるのは今しかない。心の中で何度も思い描いていた、最高のプロポーズ――。「サプライズ」「えっ?」「どうか、ワープ出来ますように」 小さく呟くと杖を取り出し、ささっと魔法陣を描いた。その中へとカノンを誘う。 ワープした先は、真っ白なベルフラワーが地平線まで咲き誇る、想像を超えるような絶景だった。空も俺たちを祝福するかのように、見事なまでに晴れ渡っている。風が吹き抜け、蜜の甘い香りを運ぶ。「ここ、どこ?」「俺も分からないんだ。気付いた時には記憶の片隅にあって、イメージしたらワープ出来てさ。スティアのどこかなんだろうけど......カノンも気に入ると思ったんだ」「うん、凄く綺麗......」 一瞬、風が強く吹いた。白い花弁が数枚舞い上がり、俺たちを通り抜けていく。 渡すならここだと決めていた。懐から結婚指輪を取り出す。カノンにはピンキーリングを、俺には親指の指輪を。小さな方を右手のひらに乗せると、何とか微笑んでみせた。
「これ、受け取ってくれる?」「えっ?」 戸惑ったように俺を見詰めると、すぐに視線を落とす。その目は徐々に潤んでいく。「カノン、左手出して?」 素直にゆっくりと差し出された左手は、心なしか震えているようであった。その小指に、そっとピンキーリングをはめていく。サイズが合っていて良かった。ほっと胸をなで下ろし、今度は自分の親指に結婚指輪をはめる。 こうして結婚の誓いを立てられたのはカノンのお陰だ。「こんなの、形だけだって分かってる。でも、気分くらい味わっても良いじゃん?」 結局、結婚したところで意味はない。住むべき国が違うのだから。それでも、プロポーズせずにはいられなかった。俺たちの想いを形として残したかったのだ。「ありがとう」 カノンは俺に飛びつき、顔を埋める。それ程までに喜んでくれたなら、企画した甲斐があったというものだ。「また、ここに一緒に来よう」「うん、楽しみにしてる」 小さな返事に、思わず笑みが零れた。
俺はこれからもずっと幸せでいられる。そう信じていたんだ。 例え明日、戦いの火蓋が切られることになろうとも。約束のない未来であっても。俺たちなら乗り越えていける。そう、思っていたんだ――。 崩壊への道(中編)4
どれくらいの間、そうして考えあぐねていたか分からない。 ようやく湖の方向に光が現れると、反射的に大地を蹴っていた。カノンが戻ってきたのだ。 どうやって問いただそうだとか、何故アイリスに怒りをぶつけたのかなど、今はどうでも良い。カノンの身の安全が第一だ。「カノン!」 うずくまるカノンに駆け寄り、声をかける。「何があったのか、ちゃんと話してくれる?」 彼女は振り返ることもなく、小さく頷いた。「私が倒れちゃったのは、影に足元を掬われちゃって、頭を木の幹にぶつけたから。それだけだよ。影が、明日、またここに来るって」「それを信じろってか?」 脅しにも似たヴィクトの声が後ろから投げかけられる。「アイリスはオマエに、一方的に拒絶されてんだ。理由がない訳が――」「一方的じゃない!」 やはり、カノンは何かを隠している。確信し、生唾を飲み込んだ。 ヴィクトも同じような気持ちだったらしい。「だったら、教えてくれても良いよな?」 訴えかけるような声に、初めてカノンの瞳がこちらを向いた。何かに怯え、恐怖をひた隠しているような、そんな表情だ。 俺たちを一通り見ると、カノンは目を伏せる。「明日、全部終わったら話すから」 言い切ると、再びこちらに背を向けてしまった。その後ろ姿は震えているようにも見える。「アリアはどうした?」「パンを......買ってくるって」「そーか」 もうカノンからは何も聞き出せないと判断したのだろう。俺以外の五人の気配が、草を踏む音と共に後方へと遠ざかっていく。 俺はまだ諦めていない。カノンの恐怖を、俺が拭い去ることを。 カノンの元へと歩みを進め、決意を固めた。「カノン、ちょっとこっちに来て欲しい」「えっ?」 思い切って声をかけると、涙に濡れた瞳がこちらを向いた。怖がらせないためにも、そっと微笑みかけてみる。 ヴィクトとアイリスに聞かせられない話でも、俺には話してくれる。そう信じていた。「立てる?」 カノンの正面に回ると、そっと手を差し伸べる。彼女も躊躇いながらも、それを受け取ってくれた。 二人で並び、湖畔を目指す。話すきっかけがなかった訳ではなく、雰囲気を重んじてのことだった。 小石が敷き詰められた湖畔の倒木の間に立ち、山の裾を見遣る。自然豊かであったのだろうが、茶色が覗いている。「俺、やっぱり心配で......。胸の痣だって、前はなかったよね?」 カノンの方を振り向くと、彼女は俯き、唇を震わせていた。「明日、ちゃんと話すから」「でも――」「お願い......!」 カノンは思い切り瞼を瞑る。「絶対に、だよ?」「うん」 ここまで拒絶されてしまっては、俺でも聞き出せないだろう。無力感と絶望感が襲い来る。 こんな筈ではなかったのに。カノンを守りたいだけなのに。 それ以上、何も言い出せないまま、時間だけが過ぎていく。 突然だった。「好き」 カノンが小さく呟いたのだ。「えっ?」「私、リエルのことが好き」 言い切った瞬間、カノンの顔は薔薇色に染まった。まっすぐに俺の目を貫いている。 まさか、カノンから告白されるなんて、考えてもいなかった。でも、その想いが素直に嬉しい。これが終末の世界でなければ、飛んで喜んでいただろう。「俺も、カノンのことが好きだよ。大好きだ」 想いは止められず、カノンに抱きついた。彼女もまた、俺の背中に腕を回してくれる。 こんな形で想いが伝わるとは思っていなかったが、それ以上を伝えるのは今しかない。心の中で何度も思い描いていた、最高のプロポーズ――。「サプライズ」「えっ?」「どうか、ワープ出来ますように」 小さく呟くと杖を取り出し、ささっと魔法陣を描いた。その中へとカノンを誘う。 ワープした先は、真っ白なベルフラワーが地平線まで咲き誇る、想像を超えるような絶景だった。空も俺たちを祝福するかのように、見事なまでに晴れ渡っている。風が吹き抜け、蜜の甘い香りを運ぶ。「ここ、どこ?」「俺も分からないんだ。気付いた時には記憶の片隅にあって、イメージしたらワープ出来てさ。スティアのどこかなんだろうけど......カノンも気に入ると思ったんだ」「うん、凄く綺麗......」 一瞬、風が強く吹いた。白い花弁が数枚舞い上がり、俺たちを通り抜けていく。 渡すならここだと決めていた。懐から結婚指輪を取り出す。カノンにはピンキーリングを、俺には親指の指輪を。小さな方を右手のひらに乗せると、何とか微笑んでみせた。
「これ、受け取ってくれる?」「えっ?」 戸惑ったように俺を見詰めると、すぐに視線を落とす。その目は徐々に潤んでいく。「カノン、左手出して?」 素直にゆっくりと差し出された左手は、心なしか震えているようであった。その小指に、そっとピンキーリングをはめていく。サイズが合っていて良かった。ほっと胸をなで下ろし、今度は自分の親指に結婚指輪をはめる。 こうして結婚の誓いを立てられたのはカノンのお陰だ。「こんなの、形だけだって分かってる。でも、気分くらい味わっても良いじゃん?」 結局、結婚したところで意味はない。住むべき国が違うのだから。それでも、プロポーズせずにはいられなかった。俺たちの想いを形として残したかったのだ。「ありがとう」 カノンは俺に飛びつき、顔を埋める。それ程までに喜んでくれたなら、企画した甲斐があったというものだ。「また、ここに一緒に来よう」「うん、楽しみにしてる」 小さな返事に、思わず笑みが零れた。
俺はこれからもずっと幸せでいられる。そう信じていたんだ。 例え明日、戦いの火蓋が切られることになろうとも。約束のない未来であっても。俺たちなら乗り越えていける。そう、思っていたんだ――。 次の話崩壊への道(後編)1›