ホーム›殴る勇者と斬る魔王›4.なんっで空気椅子なんだよ!!?
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4.なんっで空気椅子なんだよ!!?

 そわそわそわそわと、3日間の地獄を忘れたかのように昼食を取り、エレオスとヴィテスに続いて響鳴棟に入る。王都の一角にある、完全に独立した建物であり、外観はシンプルにデカい。
 巨大な響魔が召喚されることもあるためだろう、大きく頑丈な建物となっている。
「.........王都に来てから感覚バグりそう......」
 デカくて硬くてキラキラしてるものしか見ていない気がする。
「勇者様、こちらへ」
 用意された2つの魔法陣が淡い光を放っている。
「響鳴ノ祝は立ち合いは最小限。今回は私とヴィテス殿が立ち合います」
 万一の時に被害拡大を防ぐためだろう、他の神官や騎士たちの姿は見えない。
 巨大な空間に、3人と2つの魔法陣だけ。
 それが響鳴棟内部の全てである。
「響鳴ノ祝の魔法陣内部は嘘はつけません。あなたも、響魔となる魔物もです」
 形式的な説明が始まった。
「あなたと響魔は、響鳴ノ絲で魂が結ばれます。そうすれば、あなたたちは一蓮托生。その覚悟はよろしいですね?」
 エレオスの問に、ウルラートは静かに頷いた。頷きは静かだが、瞳が期待に輝いている。
「では、ウルラート・グランツ。魔法陣へ」
 ヴィテスにそう背中を押され、ウルラートは冷たい床に描かれた形を持たない熱を感じさせる魔法陣に踏み出した。
 魔法陣に足を踏み入れた瞬間、陣はカッと白い光を放って結界を作り出す。
 ウルラートは魔法陣に向かって魔力を流し込み、そして呼びかけた。
 応えてほしい、と。共に、と。ただそれだけを希う。
 やがてその願いはキンッという涼やかな、契約者同士にしか聞こえない音を立てて金色の光を生み出した。
「.........来る...!」
 金色の光の糸に導かれ、何か強大なものが近づいてくる。その圧倒的な気配にヴィテスとエレオスが自分の響魔を呼びよせる。翡翠色の狼と光を宿す角を持った鹿が自らの契約者に寄り添った。
 ウルラートの姿が一瞬光に飲まれ、結界の中を灰色の風が荒れ狂う。
「......は?」
 という音が聞こえたような気がしたが風に飲まれて消える。やがて灰色の風が魔法陣の中央に収束し始めた。
 徐々に晴れていく灰色の風の中でまず目に入ったのは、それになびく輝かんばかりのプラチナブロンド。次いで金色の雄々しくねじれた角。
「お...おお......!?」
 期待に胸を膨らませて、だんだんと姿を現す相棒に輝く瞳を釘づけにするウルラート。うっすらと見え始めた上半身のシルエットで、人型の魔族であると確信する。人型の魔族は、並み居る魔族の中でも特に強い力を持つ者だという。これはかなり期待できる......!
 だがしかし。
「え?は?」
 とうとう全容を現した魔物。それはいい。戸惑うような声もまぁ許容しよう、いきなり召喚されたわけであるし。しかし、そのポーズはダメだろう。
「......なんっで空気椅子なんだよ!!?」
 全力で突っ込んだウルラートはきっと悪くない。現れた人型魔族のポーズ。それは空気椅子である。しかも、今まで何かを書いていたかのような大変良い姿勢に、手にはペンと判子が握られており、手元から数枚の紙切れがはらはらと落ちていく。
「うぉっ!?」
 周りを気にする間もなく、召喚された人型魔族はどこか間抜けな表情のまま重力という法則に従って体制を崩した。思いっきり盛大な尻もちをついたのである。
「いっててて......なんなんだ、いきなり...」
 したたかに打ち付けた尻をさすりながら、人型魔族は立ち上がり......ウルラートと目が合ってピシリと固まった。そのまま視線が室内を巡り、納得したように一つ頷く。そして。
「............ふ、フハハハハ!我を呼び出すとはなかなかやるではないか!」
 バサァッと黒いマントを翻し、人型魔族は尊大に言い放つ。その耳は羞恥で真っ赤だ。どうやら登場シーンをやり直したいらしいが、現実とは非情なものである。そして、人型魔族の手には相変わらずペンと判子が握られていたことを追記しておく。
「.........えーと......俺があんたを響鳴ノ祝で呼び出した契約者、ウルラート・グランツだ。まずはあんたの名を教えてくれ」
 いたたまれない人型魔族がさすがに可哀想になったのか、ウルラートが気を取り直して名を聞く。
「ふむ、名か......我に名など無い。そんなものは必要ないからな」
 相変わらずの尊大な態度で、名前を持つ必要性がないことを話す人型魔族に、ウルラートは悟ったような哀れみを含んだ表情になった。
「.........名前を呼ばれない......ボッチか」
「違う!!我はボッチなどではない!!」
 なんだか可哀想になって生暖かい視線を送るウルラートに即座に反論する人型魔族。
「じゃあお前、なんて呼ばれてたんだよ、おい、とか、そこのお前、とかか?」
 ウルラートの二人称があんたからお前に変わってしまっているが、そんなことは気にならない様子で人型魔族は不敵な笑みをこぼす。
「呼ばれ方か......普段は魔王様、と呼ばれているな.........あ、我こそは魔の王にして頂点、魔王である!人間よ、我を召喚したこと、誇るがいい!」
 さらりととんでもない発言を素でした後、「あ」と思い出したように名乗りを上げる人型魔族―魔王―。ご丁寧に両腕を広げてそれっぽく言っているが、あえてもう一度言おう。相変わらず両手に握られているのはペンと判子である。迫力も威厳もあったものではない。
「..............................ヴィテス、エレオス......俺、疲れてるみたいなんだけど......」
 空気椅子で現れて尻もちをつき、ペンと判子を手に名乗りを上げる、魔王。なかなかに酷い字面であるが、残念なことに実際に今目の前で尊大な態度をとっている者の正体である。
 できることなら嘘と断じたいが、響鳴ノ祝の結界内部において嘘はつけない。そういう誓約が成る空間としても結界が外界と遮断しているのだから。つまり、この男は紛れもなく魔王なのである。
 魔王を響魔、つまりパートナーとして呼んでしまったことに動揺すべきか、それとも目の前に現れた宿敵(予定)がこれなことに脱力すべきか。とりあえずウルラートは現実逃避を選択してみたようだ。
「疲れるも何も、今日は大した訓練はしていないだろう」
「というか勇者様、昼食をあれだけ食べておいて疲れている、は無理がありますよ......」
 立ち合いの二人も現実逃避を決め込んでいる。魔王に敵意や害意がなかったせいで完全に毒気を抜かれている。それでいいのだろうか。
 ここで、深呼吸を一つ。
「と、とにかく!倒すべき相手が来てくれたのなら好都合!」
 無理矢理気味に我に返ったウルラートが勇者の剣に手をかける。それに合わせてヴィテスとエレオス、響魔たちが臨戦態勢に入る。
「ほう.........その剣といい、そのセリフといい.........ようやく勇者が生まれたか」
 紅い瞳を煌かせ、訳知り顔でうんうんと頷く魔王。
「うむ、勇者ともなれば我の契約者に相応しいな。いいだろう、契約は成立だ!これで書類からしばらく解放される!!休暇だ!!!」
 高らかに宣言した。もう表情がウキウキしている。
「「「はぁぁ!?」」」
 判子を握りしめた拳を突き上げて顔を輝かせる魔王。ものすごく戦いにくい。
「しばらくは本も書類も読むものか!字なんぞ書かんぞ!」
 一人でひゃっほう!と言わんばかりに盛り上がり始める魔王(装備:ペン&判子)。しかもその場にその数少ない装備を放り捨てた。
「ちょ、ちょっと待て!?お前、人間領に手を出そうとしてるんだろ、なんだよ、その態度は!」
 焦ってウルラートが叫ぶと、魔王はウルラートに視線を戻してきょとんと首を傾げた。
「は?」
 ものすごく純粋な疑問符だった。
「いったい何のメリットがあってそんな面倒なことを我がせねばならんのだ。自ら仕事を増やすなど愚の骨頂。そんなことをする時間があるなら我はそろそろ執務室以外の場所で寝たい」
 切実だった。どんなブラック労働をしているのか。
「え、いや、でも......え?」
 ウルラートの視線がヴィテスとエレオスを見やる。
「ここ数年、魔物による人間への被害が増えている。これまでを見るに、意図的と思わざるを得ない」
 ヴィテスが低い声で唸った。
「小規模な村が襲われています。魔物領と人間領の境目のことではありません。明らかにこちら側で、です。規模は大きくはないですが」
 エレオスの平坦な声が現状を説明する。ヴィテスとエレオスの声に、魔王の眉間にシワが寄った。
「なんだ、それは......我は知らんぞ」
 険しい顔で虚空を睨んで考え込む魔王。嘘をついているようには見えないその様子に、ウルラートたちは困惑して顔を見合わせる。それが本当なら、魔王すらもあずかり知れぬところで何かが起きているという事になる。
「おい、そこの神官。結界を解け。契約者であるウルラートを傷つけるような真似はせん。貴様らにも何もしない。疑うのなら響鳴ノ絲に誓ってやってもいい」
 響鳴ノ絲。響鳴ノ祝の際に契約者と響魔を結んだ金色の糸の事である。これに懸けた誓いを破れば糸は切れ、誓った者の命を奪う。そのことを魔王たるものが知らないはずがない、つまり文字通り命を懸けた誓いである。
「......エレオス、結界と陣の術式を解いてくれ」
 しばしの逡巡ののち、ウルラートは意を決してエレオスにそう頼んだ。
「しかし、相手は魔王。絲いとの誓いも無効にする術すべを持っているかも......」
「俺の呼びかけに応えたんだ、俺はこいつを信用する」
 控えめに反論するエレオスにウルラートはそう笑って見せる。このままここにいてもらちが明かないのも事実で、エレオスはしぶしぶながらも術式を解除した。
「うむ、信用には礼をもって返さねばな」
 魔王が嬉しそうに言う傍で、エレオスが相変わらずの無表情で肩をすくめる。
「まぁ、いくらいい言葉を取り繕っても、装備は相変わらずペンと判子なのは変わりませんがね」
「やめろ言うな!!」
 一瞬戻ってきた魔王の威厳は本当に一瞬で消えてしまったようだ。
「............警戒するのがバカバカしくなってくるな」
 遠い目でため息をつくヴィテスをウルラートがとりなす。
「ま、まぁまぁ......魔王が事の次第を知らないんじゃ、魔王討伐の旅にかこつけて原因を探さなきゃな。あー、それと、魔王って呼ぶわけにもいかねぇし、呼び名を考えないとなぁ......」
 魔王の呼び名がないことに今更ながら気づいたウルラートが難しい顔で腕を組む。
「うむ。なればウルラートよ、貴様に我が名を考える栄誉をくれてやろう」
 相変わらず偉そうな言葉を重ねる辺り、割と図太いのかもしれないなとどうでもいいことを考えつつ、ウルラートは呆れた顔を魔王に向ける。
「栄誉なのか?それ......単に呼び名がないと困るってだけなんだが」
「つべこべ言わずに考えろ!」
 首を傾げられるとは思っていなかったようで、魔王がむっとした顔でウルラートをせかす。
「えー......んー......」
 一生懸命に頭を捻り首を捻り、唸りながら魔王の呼び名を考えるウルラート。
「............」
 そんなウルラートを、むっとした顔を取り繕いながらも期待するような目で見つめる魔王。
(平和だなぁ......)
 ヴィテスとエレオスが現実逃避したのは言うまでもないことである。
「お前の紅い目......確か、勝利をもたらすとかいう紅い石があったな......よし、お前、グラナートな。何かよくわかんねーけど、勇者と魔王が組むんなら勝てるだろ」
 一体何に勝つつもりなのかはとりあえず置いておこう。何はともあれ、魔王の名前がグラナートに決まった。
「ふむ、勝利の石、グラナートか......よかろう。貴様に勝利をくれてやる。ついでに貴様にはグルナと呼ぶことを許してやろう。我が貴様に勝利をもたらす代わりに、貴様も我に勝利をもたらすがいい」
 その名と由来に満足げな笑みを浮かべて魔王...グラナートはそれを受け入れ、相互となる条件をウルラートに突きつける。
 もちろん、それに対してウルラートに否やはない。
「よし。改めて契約成立だ。よろしくな、グルナ」
 ウルラートが笑顔で差し出す手を、グラナートの手が握る。
「あぁ。よろしく頼む、ウル」
「おい、勝手に略すな」
 いきなり呼ばれた略称に文句をつけながら、握った手を放した。
「ウルラートでは長い。面倒だ」
 遠慮も何もない言葉に苦笑するしかないウルラートは、それでもあっさり了承する。
「お前なぁ......まぁ、いいけど......」
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3.勇者の剣を振るうのもまた務め
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5.魔王様のデキる側近
殴る勇者と斬る魔王作者:輝波斗
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 そわそわそわそわと、3日間の地獄を忘れたかのように昼食を取り、エレオスとヴィテスに続いて響鳴棟に入る。王都の一角にある、完全に独立した建物であり、外観はシンプルにデカい。
 巨大な響魔が召喚されることもあるためだろう、大きく頑丈な建物となっている。
「.........王都に来てから感覚バグりそう......」
 デカくて硬くてキラキラしてるものしか見ていない気がする。
「勇者様、こちらへ」
 用意された2つの魔法陣が淡い光を放っている。
「響鳴ノ祝は立ち合いは最小限。今回は私とヴィテス殿が立ち合います」
 万一の時に被害拡大を防ぐためだろう、他の神官や騎士たちの姿は見えない。
 巨大な空間に、3人と2つの魔法陣だけ。
 それが響鳴棟内部の全てである。
「響鳴ノ祝の魔法陣内部は嘘はつけません。あなたも、響魔となる魔物もです」
 形式的な説明が始まった。
「あなたと響魔は、響鳴ノ絲で魂が結ばれます。そうすれば、あなたたちは一蓮托生。その覚悟はよろしいですね?」
 エレオスの問に、ウルラートは静かに頷いた。頷きは静かだが、瞳が期待に輝いている。
「では、ウルラート・グランツ。魔法陣へ」
 ヴィテスにそう背中を押され、ウルラートは冷たい床に描かれた形を持たない熱を感じさせる魔法陣に踏み出した。
 魔法陣に足を踏み入れた瞬間、陣はカッと白い光を放って結界を作り出す。
 ウルラートは魔法陣に向かって魔力を流し込み、そして呼びかけた。
 応えてほしい、と。共に、と。ただそれだけを希う。
 やがてその願いはキンッという涼やかな、契約者同士にしか聞こえない音を立てて金色の光を生み出した。
「.........来る...!」
 金色の光の糸に導かれ、何か強大なものが近づいてくる。その圧倒的な気配にヴィテスとエレオスが自分の響魔を呼びよせる。翡翠色の狼と光を宿す角を持った鹿が自らの契約者に寄り添った。
 ウルラートの姿が一瞬光に飲まれ、結界の中を灰色の風が荒れ狂う。
「......は?」
 という音が聞こえたような気がしたが風に飲まれて消える。やがて灰色の風が魔法陣の中央に収束し始めた。
 徐々に晴れていく灰色の風の中でまず目に入ったのは、それになびく輝かんばかりのプラチナブロンド。次いで金色の雄々しくねじれた角。
「お...おお......!?」
 期待に胸を膨らませて、だんだんと姿を現す相棒に輝く瞳を釘づけにするウルラート。うっすらと見え始めた上半身のシルエットで、人型の魔族であると確信する。人型の魔族は、並み居る魔族の中でも特に強い力を持つ者だという。これはかなり期待できる......!
 だがしかし。
「え?は?」
 とうとう全容を現した魔物。それはいい。戸惑うような声もまぁ許容しよう、いきなり召喚されたわけであるし。しかし、そのポーズはダメだろう。
「......なんっで空気椅子なんだよ!!?」
 全力で突っ込んだウルラートはきっと悪くない。現れた人型魔族のポーズ。それは空気椅子である。しかも、今まで何かを書いていたかのような大変良い姿勢に、手にはペンと判子が握られており、手元から数枚の紙切れがはらはらと落ちていく。
「うぉっ!?」
 周りを気にする間もなく、召喚された人型魔族はどこか間抜けな表情のまま重力という法則に従って体制を崩した。思いっきり盛大な尻もちをついたのである。
「いっててて......なんなんだ、いきなり...」
 したたかに打ち付けた尻をさすりながら、人型魔族は立ち上がり......ウルラートと目が合ってピシリと固まった。そのまま視線が室内を巡り、納得したように一つ頷く。そして。
「............ふ、フハハハハ!我を呼び出すとはなかなかやるではないか!」
 バサァッと黒いマントを翻し、人型魔族は尊大に言い放つ。その耳は羞恥で真っ赤だ。どうやら登場シーンをやり直したいらしいが、現実とは非情なものである。そして、人型魔族の手には相変わらずペンと判子が握られていたことを追記しておく。
「.........えーと......俺があんたを響鳴ノ祝で呼び出した契約者、ウルラート・グランツだ。まずはあんたの名を教えてくれ」
 いたたまれない人型魔族がさすがに可哀想になったのか、ウルラートが気を取り直して名を聞く。
「ふむ、名か......我に名など無い。そんなものは必要ないからな」
 相変わらずの尊大な態度で、名前を持つ必要性がないことを話す人型魔族に、ウルラートは悟ったような哀れみを含んだ表情になった。
「.........名前を呼ばれない......ボッチか」
「違う!!我はボッチなどではない!!」
 なんだか可哀想になって生暖かい視線を送るウルラートに即座に反論する人型魔族。
「じゃあお前、なんて呼ばれてたんだよ、おい、とか、そこのお前、とかか?」
 ウルラートの二人称があんたからお前に変わってしまっているが、そんなことは気にならない様子で人型魔族は不敵な笑みをこぼす。
「呼ばれ方か......普段は魔王様、と呼ばれているな.........あ、我こそは魔の王にして頂点、魔王である!人間よ、我を召喚したこと、誇るがいい!」
 さらりととんでもない発言を素でした後、「あ」と思い出したように名乗りを上げる人型魔族―魔王―。ご丁寧に両腕を広げてそれっぽく言っているが、あえてもう一度言おう。相変わらず両手に握られているのはペンと判子である。迫力も威厳もあったものではない。
「..............................ヴィテス、エレオス......俺、疲れてるみたいなんだけど......」
 空気椅子で現れて尻もちをつき、ペンと判子を手に名乗りを上げる、魔王。なかなかに酷い字面であるが、残念なことに実際に今目の前で尊大な態度をとっている者の正体である。
 できることなら嘘と断じたいが、響鳴ノ祝の結界内部において嘘はつけない。そういう誓約が成る空間としても結界が外界と遮断しているのだから。つまり、この男は紛れもなく魔王なのである。
 魔王を響魔、つまりパートナーとして呼んでしまったことに動揺すべきか、それとも目の前に現れた宿敵(予定)がこれなことに脱力すべきか。とりあえずウルラートは現実逃避を選択してみたようだ。
「疲れるも何も、今日は大した訓練はしていないだろう」
「というか勇者様、昼食をあれだけ食べておいて疲れている、は無理がありますよ......」
 立ち合いの二人も現実逃避を決め込んでいる。魔王に敵意や害意がなかったせいで完全に毒気を抜かれている。それでいいのだろうか。
 ここで、深呼吸を一つ。
「と、とにかく!倒すべき相手が来てくれたのなら好都合!」
 無理矢理気味に我に返ったウルラートが勇者の剣に手をかける。それに合わせてヴィテスとエレオス、響魔たちが臨戦態勢に入る。
「ほう.........その剣といい、そのセリフといい.........ようやく勇者が生まれたか」
 紅い瞳を煌かせ、訳知り顔でうんうんと頷く魔王。
「うむ、勇者ともなれば我の契約者に相応しいな。いいだろう、契約は成立だ!これで書類からしばらく解放される!!休暇だ!!!」
 高らかに宣言した。もう表情がウキウキしている。
「「「はぁぁ!?」」」
 判子を握りしめた拳を突き上げて顔を輝かせる魔王。ものすごく戦いにくい。
「しばらくは本も書類も読むものか!字なんぞ書かんぞ!」
 一人でひゃっほう!と言わんばかりに盛り上がり始める魔王(装備:ペン&判子)。しかもその場にその数少ない装備を放り捨てた。
「ちょ、ちょっと待て!?お前、人間領に手を出そうとしてるんだろ、なんだよ、その態度は!」
 焦ってウルラートが叫ぶと、魔王はウルラートに視線を戻してきょとんと首を傾げた。
「は?」
 ものすごく純粋な疑問符だった。
「いったい何のメリットがあってそんな面倒なことを我がせねばならんのだ。自ら仕事を増やすなど愚の骨頂。そんなことをする時間があるなら我はそろそろ執務室以外の場所で寝たい」
 切実だった。どんなブラック労働をしているのか。
「え、いや、でも......え?」
 ウルラートの視線がヴィテスとエレオスを見やる。
「ここ数年、魔物による人間への被害が増えている。これまでを見るに、意図的と思わざるを得ない」
 ヴィテスが低い声で唸った。
「小規模な村が襲われています。魔物領と人間領の境目のことではありません。明らかにこちら側で、です。規模は大きくはないですが」
 エレオスの平坦な声が現状を説明する。ヴィテスとエレオスの声に、魔王の眉間にシワが寄った。
「なんだ、それは......我は知らんぞ」
 険しい顔で虚空を睨んで考え込む魔王。嘘をついているようには見えないその様子に、ウルラートたちは困惑して顔を見合わせる。それが本当なら、魔王すらもあずかり知れぬところで何かが起きているという事になる。
「おい、そこの神官。結界を解け。契約者であるウルラートを傷つけるような真似はせん。貴様らにも何もしない。疑うのなら響鳴ノ絲に誓ってやってもいい」
 響鳴ノ絲。響鳴ノ祝の際に契約者と響魔を結んだ金色の糸の事である。これに懸けた誓いを破れば糸は切れ、誓った者の命を奪う。そのことを魔王たるものが知らないはずがない、つまり文字通り命を懸けた誓いである。
「......エレオス、結界と陣の術式を解いてくれ」
 しばしの逡巡ののち、ウルラートは意を決してエレオスにそう頼んだ。
「しかし、相手は魔王。絲いとの誓いも無効にする術すべを持っているかも......」
「俺の呼びかけに応えたんだ、俺はこいつを信用する」
 控えめに反論するエレオスにウルラートはそう笑って見せる。このままここにいてもらちが明かないのも事実で、エレオスはしぶしぶながらも術式を解除した。
「うむ、信用には礼をもって返さねばな」
 魔王が嬉しそうに言う傍で、エレオスが相変わらずの無表情で肩をすくめる。
「まぁ、いくらいい言葉を取り繕っても、装備は相変わらずペンと判子なのは変わりませんがね」
「やめろ言うな!!」
 一瞬戻ってきた魔王の威厳は本当に一瞬で消えてしまったようだ。
「............警戒するのがバカバカしくなってくるな」
 遠い目でため息をつくヴィテスをウルラートがとりなす。
「ま、まぁまぁ......魔王が事の次第を知らないんじゃ、魔王討伐の旅にかこつけて原因を探さなきゃな。あー、それと、魔王って呼ぶわけにもいかねぇし、呼び名を考えないとなぁ......」
 魔王の呼び名がないことに今更ながら気づいたウルラートが難しい顔で腕を組む。
「うむ。なればウルラートよ、貴様に我が名を考える栄誉をくれてやろう」
 相変わらず偉そうな言葉を重ねる辺り、割と図太いのかもしれないなとどうでもいいことを考えつつ、ウルラートは呆れた顔を魔王に向ける。
「栄誉なのか?それ......単に呼び名がないと困るってだけなんだが」
「つべこべ言わずに考えろ!」
 首を傾げられるとは思っていなかったようで、魔王がむっとした顔でウルラートをせかす。
「えー......んー......」
 一生懸命に頭を捻り首を捻り、唸りながら魔王の呼び名を考えるウルラート。
「............」
 そんなウルラートを、むっとした顔を取り繕いながらも期待するような目で見つめる魔王。
(平和だなぁ......)
 ヴィテスとエレオスが現実逃避したのは言うまでもないことである。
「お前の紅い目......確か、勝利をもたらすとかいう紅い石があったな......よし、お前、グラナートな。何かよくわかんねーけど、勇者と魔王が組むんなら勝てるだろ」
 一体何に勝つつもりなのかはとりあえず置いておこう。何はともあれ、魔王の名前がグラナートに決まった。
「ふむ、勝利の石、グラナートか......よかろう。貴様に勝利をくれてやる。ついでに貴様にはグルナと呼ぶことを許してやろう。我が貴様に勝利をもたらす代わりに、貴様も我に勝利をもたらすがいい」
 その名と由来に満足げな笑みを浮かべて魔王...グラナートはそれを受け入れ、相互となる条件をウルラートに突きつける。
 もちろん、それに対してウルラートに否やはない。
「よし。改めて契約成立だ。よろしくな、グルナ」
 ウルラートが笑顔で差し出す手を、グラナートの手が握る。
「あぁ。よろしく頼む、ウル」
「おい、勝手に略すな」
 いきなり呼ばれた略称に文句をつけながら、握った手を放した。
「ウルラートでは長い。面倒だ」
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