ホーム›殴る勇者と斬る魔王›2.剣より拳のほうが……
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2.剣より拳のほうが……

休憩挟んで丸一日。途中でちょっと通りがかりの荷運びに乗せてもらったりもしたため、予定より早く王都に到着したウルラート。
「...............人多......こわ......帰りてぇ......」
 もしかしたら小さい頃に来たことがあるかもしれないが、それはそれとして初めての王都。
 人が多い。あとなんか綺麗。
「俺、めっちゃ場違いじゃね......?」
 ウルラートはビビり倒していた。でもなんとか王都に入り、宿を探す。
 儀式は明日。
「何が儀式だ、ちょっと剣の柄を引っ張ってみるだけじゃん。さっさと終わらせて美味しいもの食いに行こっと」
 ほぼ丸一日の移動でウルラートの瞼は重い。
(枕変わっても寝られるタイプでよかった)
 そのどうでもいい思考を最後にウルラートは眠りに落ちた。

 翌朝。
 準備を整えて宿を出る。
「お、あの出店の肉美味そー」
「なんだあれ、面白そうだな、あとで覗こう」
 うろちょろと視線を彷徨わせながら王宮に向かう。きっと最初で最後になるだろう王宮は、思ったよりでかかった。
「うわでっか......こんなとこに住んでたら迷わねぇのかな、すげぇな......」
 門兵に『勇者選定の儀式』を受けるために来たのだと言えばすんなり通されると、ちらほらと同じ目的であろう同年代の男女が見受けられた。
 皆どこかソワソワと奥の扉を見ている。
 スッと音もなく扉が開き、一人が呼ばれてその向こうに消えていく。
(あれが上級神官ってやつ?なんかすげー重そうな服着てたな......)
 真っ白な服に金色と水色の刺繍がいかにもな雰囲気を醸し出している。ウルラート的には近寄りたくないタイプである。
 選定が終わった者は別のルートを案内されているらしく戻ってこない。円滑な進行のためだろう。
 やがて、自分より先に来たメンバーが誰もいなくなり、一人になったタイミングで、体を伸ばしたり捻ったりしながら、
「帰りてぇぇぇ.........暇すぎるぅぅぅ......」
 と呟く。とても迂闊なその呟きは、思った以上に部屋に響き......捻った体を戻した瞬間。
「ウルラート・グランツ」
 上級神官と目が合った。
 感情を見せない無機質な声音がウルラートの名前を呼んだ瞬間、脳内を「やっべぇ......!」が支配した。これだから迂闊なのである。
(い、今の聞かれてた......?聞かれてたらまずいよな、怒られる?怒られるよな!?)
 顔色が赤と青を行ったり来たりしている。
「ウルラート・グランツ」
 再度名前を呼ばれた。
「は、はい......」
「何をぼーっとしているんですか。さぁ、こちらに」
 上級神官の後ろを何とかついていくが、頭の中は勇者選定どころではない。
「............1人で百面相して楽しいですか?」
 全く変わらない声音に思わず、
「い、いえっ......!」
「そんなに力いっぱい返事しなくてもいいですけどね。着きましたよ」
 戦々恐々と歩くうちに目的地に着いたらしい。
 目の前には繊細な装飾がふんだんに施された巨大な扉。豪華絢爛、きらびやか、豪奢、さまざまな形容詞があるだろうに、ウルラートの口からポロリとこぼれた感想は、
「.........金かかってんなぁ......」
 やらかした、と思わず口を押さえた。学習しない男である。
「なかなかに夢も希望もない感想ですね。初めて聞きました」
 冷や汗がダラダラと流れ、弁明を考えるが何も浮かばない。
「い、いやあの......す、すみませんっ......!」
 わたわたと視線が右往左往していると、ギィ、と扉が開いた。
「エレオス、遅いぞ。今日最後か?」
 どっしりとした初老の男が扉の奥から現れる。白と金の鎧、王国の紋章。そして差し色に赤。赤の差し色を使うのは......
「王宮騎士団......団長......」
「申し訳ありません。彼が今日最後の選定者です」
 上級神官はエレオスというらしい。だが、ウルラートの目は王宮騎士団長の男に向けられている。
 上級神官もだが、王宮騎士団長なんて早々お目にかかれるものではない。
 地味に感動していると、エレオスがウルラートの背を軽く押した。
「さぁ、どうぞ。あなたの感想はどうでもいいですので、サクッと済ませてください」
「えー.........」
 上級神官の言葉とは思えない。だが逆らうこともできず、素直に扉の中に足を踏み入れた。王宮騎士団長と上級神官が後ろから付いてくる。普通に圧が怖い。
 扉の中は、白で整えられた宝室。
 部屋の中央には、幼い頃に絵本でよく見た勇者の剣が祀られている。
 鞘は白を基調に金色の装飾が施され、ところどころに魔力を感じる小さな宝玉があしらわれている。柄の先に一際大きい無色透明な宝玉が燦然とした輝きを放っている剣が白銀の煌びやかな台座から存在感を放っている。
(うわ、すげぇ豪華......この飾り一つでいくらになるんだろう......)
 悲しいかな、一般庶民の感性で金勘定してしまうウルラートであった。
「さぁ、どうぞ」
「え......これほんとに触るの?触っていいんです?飾りがポロッといったりとか......」
「するわけなかろう」
 言い切られては逆らえない。言い切られなくても逆らえないが。
 ウルラートはおっかなびっくり手を伸ばし、そーっとそーっと剣を手に取った。
 落とさないように慎重に柄と鞘を握り、ゆっくりと引っ張る。
 すーっと。
「ん?」
 引っかかりを覚えることもなく、すんなりと抜けた剣。百年単位で誰も見たことのなかった刃が光を放った。
「え?.........は?」
 王宮騎士団長と上級神官の息を呑む音と対照的な、ウルラートの間抜けな声。
「選定が......成った......?」
「そのようですね」
 光が刃に収束されていく。
 視界が戻ると、剣を抜いたまま固まっているウルラートがぽかんとした顔で立っていた。
「勇者選定が完了しました」
 上級神官が宣言する。王宮騎士団長も目を見開いたまま、ウルラートを凝視していた。
「............え?」
「つきましては、このあと王にお目通り願い、そのまま謁見の流れに......」
「いやいやいやいや、待って待って待って!俺は別に勇者なんて......」
「俺が王にご報告申し上げてこよう」
「お願いします」
「聞いて!?!?あともう少し感情出して!?怖いから!!」
 とても不敬な物言いも完全にスルーされた。
 王宮騎士団長が出ていくのと入れ替わるように、神官と思われる者が数人現れる。
「..................王の前に出るのにその服はちょっと......年季が入っていますね」
「遠回しにボロいって言ったな!?いや遠回しでもなかったか、違う、そうじゃなくて!」
「では、あなたは勇者様を控えの間にお通しして差し上げてください。あなたは彼に着替えを。あなたは......」
 上級神官がチャキチャキと指示を出し、神官たちが動き出す。神官たちの、「こいつが勇者......?」の視線が痛い。しかし状況に完全においていかれたウルラートはそれどころではなかった。
「ではウルラート様、彼について行ってください」
「まっっって!!この剣はどうしたらいいんですか!!」
 ヤケクソで叫んだ。
「どうって......あなたが抜いたんですからあなたが持っていてください」
 あっさりそう返されて撃沈した。こんな繊細な国宝を手に持って移動する?そんな恐ろしいことはできないという渾身の叫びだったのだが、現実は無情であった。

 胃に穴が空きそうな思いで剣を抱きかかえて、案内された部屋に入れば、侍女たちが待ち構えていた。
「ひっ......」
 侍女たちは手に手に服も靴も装飾品も高そうなものを持ち、ウルラートを取り囲む。普通に怖かった。
「え、ちょ、服引っ張らないで......ちょおぉぉぉぉっ!?」
 あっという間に服を引っ剥がされてああでもないこうでもないと着せ替え人形にされる。途中からウルラートは魂が抜けていた。
 ようやく侍女たちが満足げにウルラートから離れる頃には、見違えるほど綺麗な軽装の騎士風になったウルラートが腰から勇者の剣をぶら下げて放心していた。
「悪くないですね。これなら王の前でも体裁は保てるでしょう」
「...............嫌味か......?嫌味なのか、それは......」
 いつの間にか入ってきていた上級神官の言葉をどう判断するか迷いながら弱々しく呟くが、見事にスルーされた。
 そして、我に返ったウルラートはまず、腰からぶら下がった勇者の剣を腰から外し、抱きかかえた。そのまま、上級神官についていけば、王宮騎士団長が待ち構えている。
「............なぜ剣を抱きかかえているんだ......?」
「もし!どっかにぶつけたり落としたりしたら......宝石がポロっと落ちたら......」
「そんなに脆かったら戦闘で使えないだろうに」
 大丈夫か、こいつが勇者で。そんな心の声が聞こえてくる呆れた声音だった。
「まぁ、それで勇者様が安心できるならいいのではないですか?」
「それもそうだな。謁見の申し入れが通った。王がお待ちだ」
「えっ!?」
 ウルラートが目を剥いた。精神的にもうこれ以上はやめてほしい。だが、そんなことは誰も構ってくれない。
「俺別に勇者とかなりたくないんですけど......」
 お偉いさん二人分の視線がウルラートに刺さる。
「珍しい。勇者を夢見る若者は多いが......」
「まぁ、とはいえ、成ってしまったものは仕方がありませんので」
 どうにもならないらしい。ものすごく帰りたい。
「さぁ、王がお待ちです」
 前に上級神官、後ろに王宮騎士団長。逃げられなかった。
 後生大事に剣に抱きかかえたまま歩き、王の前に出る直前でようやく剣を腰に下げる。ものすごく重い気がした。
 縋るような怯えたような目で上級神官と王宮騎士団長を見るウルラート。その視線は、端から見てすらいない上級神官とそっと目をそらした王宮騎士団長によってなかったものとされた。
 観念して、促されるままに王の前に進み出て跪く。
「そなたが、勇者に選ばれた者か」
 低く深い声が響く。
(そなた!?)
 おおよそ縁のない呼ばれ方にとっさに反応できず、ガッチガチに緊張したまま首だけを縦に動かす。
「面を上げよ。勇者、名は」
 ひょえっと声が出そうになった。一生俯いていたい気持ちをねじ伏せ、顔を上げる。
「う、ウルラート......ウルラート・グランツ、です......」
 捻り出した声は、残念ながら掠れていた。
「そうか。では、勇者ウルラートよ。今、魔王の脅威が再び我々人間に牙を剥きつつあるのは知っているか」
 完全に固まっている脳みそを必死に動かす。
「あ、え、えっと......最近、魔物が活発になってる、っていう......」
「そうだ。この魔物の活性化は魔王が動き出す兆しに違いない。勇者ウルラートよ。お前に、魔王討伐を命じる」
 あんまり『勇者ウルラート』とか言わないでほしいなぁ、と思いつつ、王の言葉を咀嚼して............絶句した。
「ま、魔王、討伐......」
「そうだ。任せたぞ」
 魔物が活性化するこの状況で勇者の誕生。これは光の女神の思し召し、と希望に満ちた目がウルラートを刺した。とてもとても、嫌です、とは言えなかった。

 謁見が終わり、王の前を辞する。
 上級神官と王宮騎士団長、そしてウルラート。この3人が、控えの一室で顔を突き合わせていた。
「自己紹介が遅れました、勇者様。上級神官の職にある、エレオスと申します」
「王宮騎士団長、ヴィテスだ。よろしく頼む」
 脳みそがパンクしかけているウルラートはとりあえず理解するより先に頷いた。
「ど、どうも......」
 一つ頷いて、ヴィテスが話を続けようとした。
「時に、勇者殿」
「あ、あの......あんまり......その、勇者とか言うのやめてほしいかな、と......普通に名前で......」
 恐る恐るの提案に、一瞬変な顔をしたヴィテス。察するに、皆の憧れの勇者が随分と謙虚だ、そう思ったのだろう。だが、深く聞くことなくそれを了承した。
「では、ウルラート殿」
「できれば、普通に......名前だけで......」
 要求が多い。いや、多くはないのだが。
「............ウルラート。明日、時間をもらいたい。勇者として選ばれたとは言え、実力の分からぬものを魔王討伐に送り出すことはできん」
「あ、良かった......訓練とか......」
「明日、一騎打ちを申し込む」
 喉の奥が、ピェッ......と変な音を出した。成人男性の喉から出る音ではないが、仕方がないといえば仕方がない。
「い、一騎打ち......」
「そうだ。そして旅に出る準備ができ次第、すぐに響鳴ノ祝を執り行う。本来なら順番待ちになるが、優先する」
 青かった顔が一瞬で輝く。
「響魔契約......!」
 現金な反応である。
「そういうわけだから、明日の昼頃、また王宮に来るように」
 落差の激しい未来への感情が山あり谷あり。
 しかし、現実的な問題にはたと気づく。
「..................一泊しか想定してない......」
 思ったより宿が高かったのである。
「あ、あの......使用人の部屋とかでいいんで泊めてもらえたりは......」
 エレオスとヴィテスが顔を見合わせた。
「空きは確かありましたが......」
「さすがに勇者を使用人や見習いの部屋には泊まらせられんだろう。宿代くらい、経費に含めてしまえ」
「じゃ、王宮にツケといてください」
 二人の相談があっという間にまとまり、話がとんでもない方向にかっ飛んだ。
「無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」
 全力で首を振る。首がもげるかと思った。
「無理と言われましても」
「なら立て替えとくか」
 多少マシな方向に話が転がる。めちゃくちゃありがたかったのでその話に乗ることにした。
「返済は魔王討伐でいいぞ」
 乗ったことを後悔した。したが、逃れられない未来の懸念より今夜の泊まるところのほうが大事。
「.........で、この剣は......」
「?勇者の剣なんだから選ばれたものが持つのが当然だろう」
 ウルラートの視線が手元の剣に落ち、そしてヴィテスに戻った。
「え......?」
「ん?」
 その疑問にヴィテスも疑問の視線を返す。
「俺、剣より拳のほうが得意なんすけど......」
「え?」
「え?」
 初めてエレオスの表情が少しだけ変わった。
(あ、よかった、この人ちゃんと顔動くんだ......)
 と思いもしたが、とりあえず一旦置いておく。
「剣が、苦手......?」
「いや、苦手というか......」
 またもやエレオスとヴィテスの視線が交わった。今度は、どうしよう......という目で。
「...............まぁいいです。ヴィテス殿が叩き込んでくださるでしょう」
 しれっと恐ろしい言葉が放たれた気がしたが、名指しされたヴィテスもうんうんと頷いている。
「では、また明日」
 当のウルラートを置き去りにして、怒涛の1日は幕を閉じたのだった。
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1.目指せ!堅実(?)な就職!!
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3.勇者の剣を振るうのもまた務め
殴る勇者と斬る魔王作者:輝波斗
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2.剣より拳のほうが……

休憩挟んで丸一日。途中でちょっと通りがかりの荷運びに乗せてもらったりもしたため、予定より早く王都に到着したウルラート。
「...............人多......こわ......帰りてぇ......」
 もしかしたら小さい頃に来たことがあるかもしれないが、それはそれとして初めての王都。
 人が多い。あとなんか綺麗。
「俺、めっちゃ場違いじゃね......?」
 ウルラートはビビり倒していた。でもなんとか王都に入り、宿を探す。
 儀式は明日。
「何が儀式だ、ちょっと剣の柄を引っ張ってみるだけじゃん。さっさと終わらせて美味しいもの食いに行こっと」
 ほぼ丸一日の移動でウルラートの瞼は重い。
(枕変わっても寝られるタイプでよかった)
 そのどうでもいい思考を最後にウルラートは眠りに落ちた。

 翌朝。
 準備を整えて宿を出る。
「お、あの出店の肉美味そー」
「なんだあれ、面白そうだな、あとで覗こう」
 うろちょろと視線を彷徨わせながら王宮に向かう。きっと最初で最後になるだろう王宮は、思ったよりでかかった。
「うわでっか......こんなとこに住んでたら迷わねぇのかな、すげぇな......」
 門兵に『勇者選定の儀式』を受けるために来たのだと言えばすんなり通されると、ちらほらと同じ目的であろう同年代の男女が見受けられた。
 皆どこかソワソワと奥の扉を見ている。
 スッと音もなく扉が開き、一人が呼ばれてその向こうに消えていく。
(あれが上級神官ってやつ?なんかすげー重そうな服着てたな......)
 真っ白な服に金色と水色の刺繍がいかにもな雰囲気を醸し出している。ウルラート的には近寄りたくないタイプである。
 選定が終わった者は別のルートを案内されているらしく戻ってこない。円滑な進行のためだろう。
 やがて、自分より先に来たメンバーが誰もいなくなり、一人になったタイミングで、体を伸ばしたり捻ったりしながら、
「帰りてぇぇぇ.........暇すぎるぅぅぅ......」
 と呟く。とても迂闊なその呟きは、思った以上に部屋に響き......捻った体を戻した瞬間。
「ウルラート・グランツ」
 上級神官と目が合った。
 感情を見せない無機質な声音がウルラートの名前を呼んだ瞬間、脳内を「やっべぇ......!」が支配した。これだから迂闊なのである。
(い、今の聞かれてた......?聞かれてたらまずいよな、怒られる?怒られるよな!?)
 顔色が赤と青を行ったり来たりしている。
「ウルラート・グランツ」
 再度名前を呼ばれた。
「は、はい......」
「何をぼーっとしているんですか。さぁ、こちらに」
 上級神官の後ろを何とかついていくが、頭の中は勇者選定どころではない。
「............1人で百面相して楽しいですか?」
 全く変わらない声音に思わず、
「い、いえっ......!」
「そんなに力いっぱい返事しなくてもいいですけどね。着きましたよ」
 戦々恐々と歩くうちに目的地に着いたらしい。
 目の前には繊細な装飾がふんだんに施された巨大な扉。豪華絢爛、きらびやか、豪奢、さまざまな形容詞があるだろうに、ウルラートの口からポロリとこぼれた感想は、
「.........金かかってんなぁ......」
 やらかした、と思わず口を押さえた。学習しない男である。
「なかなかに夢も希望もない感想ですね。初めて聞きました」
 冷や汗がダラダラと流れ、弁明を考えるが何も浮かばない。
「い、いやあの......す、すみませんっ......!」
 わたわたと視線が右往左往していると、ギィ、と扉が開いた。
「エレオス、遅いぞ。今日最後か?」
 どっしりとした初老の男が扉の奥から現れる。白と金の鎧、王国の紋章。そして差し色に赤。赤の差し色を使うのは......
「王宮騎士団......団長......」
「申し訳ありません。彼が今日最後の選定者です」
 上級神官はエレオスというらしい。だが、ウルラートの目は王宮騎士団長の男に向けられている。
 上級神官もだが、王宮騎士団長なんて早々お目にかかれるものではない。
 地味に感動していると、エレオスがウルラートの背を軽く押した。
「さぁ、どうぞ。あなたの感想はどうでもいいですので、サクッと済ませてください」
「えー.........」
 上級神官の言葉とは思えない。だが逆らうこともできず、素直に扉の中に足を踏み入れた。王宮騎士団長と上級神官が後ろから付いてくる。普通に圧が怖い。
 扉の中は、白で整えられた宝室。
 部屋の中央には、幼い頃に絵本でよく見た勇者の剣が祀られている。
 鞘は白を基調に金色の装飾が施され、ところどころに魔力を感じる小さな宝玉があしらわれている。柄の先に一際大きい無色透明な宝玉が燦然とした輝きを放っている剣が白銀の煌びやかな台座から存在感を放っている。
(うわ、すげぇ豪華......この飾り一つでいくらになるんだろう......)
 悲しいかな、一般庶民の感性で金勘定してしまうウルラートであった。
「さぁ、どうぞ」
「え......これほんとに触るの?触っていいんです?飾りがポロッといったりとか......」
「するわけなかろう」
 言い切られては逆らえない。言い切られなくても逆らえないが。
 ウルラートはおっかなびっくり手を伸ばし、そーっとそーっと剣を手に取った。
 落とさないように慎重に柄と鞘を握り、ゆっくりと引っ張る。
 すーっと。
「ん?」
 引っかかりを覚えることもなく、すんなりと抜けた剣。百年単位で誰も見たことのなかった刃が光を放った。
「え?.........は?」
 王宮騎士団長と上級神官の息を呑む音と対照的な、ウルラートの間抜けな声。
「選定が......成った......?」
「そのようですね」
 光が刃に収束されていく。
 視界が戻ると、剣を抜いたまま固まっているウルラートがぽかんとした顔で立っていた。
「勇者選定が完了しました」
 上級神官が宣言する。王宮騎士団長も目を見開いたまま、ウルラートを凝視していた。
「............え?」
「つきましては、このあと王にお目通り願い、そのまま謁見の流れに......」
「いやいやいやいや、待って待って待って!俺は別に勇者なんて......」
「俺が王にご報告申し上げてこよう」
「お願いします」
「聞いて!?!?あともう少し感情出して!?怖いから!!」
 とても不敬な物言いも完全にスルーされた。
 王宮騎士団長が出ていくのと入れ替わるように、神官と思われる者が数人現れる。
「..................王の前に出るのにその服はちょっと......年季が入っていますね」
「遠回しにボロいって言ったな!?いや遠回しでもなかったか、違う、そうじゃなくて!」
「では、あなたは勇者様を控えの間にお通しして差し上げてください。あなたは彼に着替えを。あなたは......」
 上級神官がチャキチャキと指示を出し、神官たちが動き出す。神官たちの、「こいつが勇者......?」の視線が痛い。しかし状況に完全においていかれたウルラートはそれどころではなかった。
「ではウルラート様、彼について行ってください」
「まっっって!!この剣はどうしたらいいんですか!!」
 ヤケクソで叫んだ。
「どうって......あなたが抜いたんですからあなたが持っていてください」
 あっさりそう返されて撃沈した。こんな繊細な国宝を手に持って移動する?そんな恐ろしいことはできないという渾身の叫びだったのだが、現実は無情であった。

 胃に穴が空きそうな思いで剣を抱きかかえて、案内された部屋に入れば、侍女たちが待ち構えていた。
「ひっ......」
 侍女たちは手に手に服も靴も装飾品も高そうなものを持ち、ウルラートを取り囲む。普通に怖かった。
「え、ちょ、服引っ張らないで......ちょおぉぉぉぉっ!?」
 あっという間に服を引っ剥がされてああでもないこうでもないと着せ替え人形にされる。途中からウルラートは魂が抜けていた。
 ようやく侍女たちが満足げにウルラートから離れる頃には、見違えるほど綺麗な軽装の騎士風になったウルラートが腰から勇者の剣をぶら下げて放心していた。
「悪くないですね。これなら王の前でも体裁は保てるでしょう」
「...............嫌味か......?嫌味なのか、それは......」
 いつの間にか入ってきていた上級神官の言葉をどう判断するか迷いながら弱々しく呟くが、見事にスルーされた。
 そして、我に返ったウルラートはまず、腰からぶら下がった勇者の剣を腰から外し、抱きかかえた。そのまま、上級神官についていけば、王宮騎士団長が待ち構えている。
「............なぜ剣を抱きかかえているんだ......?」
「もし!どっかにぶつけたり落としたりしたら......宝石がポロっと落ちたら......」
「そんなに脆かったら戦闘で使えないだろうに」
 大丈夫か、こいつが勇者で。そんな心の声が聞こえてくる呆れた声音だった。
「まぁ、それで勇者様が安心できるならいいのではないですか?」
「それもそうだな。謁見の申し入れが通った。王がお待ちだ」
「えっ!?」
 ウルラートが目を剥いた。精神的にもうこれ以上はやめてほしい。だが、そんなことは誰も構ってくれない。
「俺別に勇者とかなりたくないんですけど......」
 お偉いさん二人分の視線がウルラートに刺さる。
「珍しい。勇者を夢見る若者は多いが......」
「まぁ、とはいえ、成ってしまったものは仕方がありませんので」
 どうにもならないらしい。ものすごく帰りたい。
「さぁ、王がお待ちです」
 前に上級神官、後ろに王宮騎士団長。逃げられなかった。
 後生大事に剣に抱きかかえたまま歩き、王の前に出る直前でようやく剣を腰に下げる。ものすごく重い気がした。
 縋るような怯えたような目で上級神官と王宮騎士団長を見るウルラート。その視線は、端から見てすらいない上級神官とそっと目をそらした王宮騎士団長によってなかったものとされた。
 観念して、促されるままに王の前に進み出て跪く。
「そなたが、勇者に選ばれた者か」
 低く深い声が響く。
(そなた!?)
 おおよそ縁のない呼ばれ方にとっさに反応できず、ガッチガチに緊張したまま首だけを縦に動かす。
「面を上げよ。勇者、名は」
 ひょえっと声が出そうになった。一生俯いていたい気持ちをねじ伏せ、顔を上げる。
「う、ウルラート......ウルラート・グランツ、です......」
 捻り出した声は、残念ながら掠れていた。
「そうか。では、勇者ウルラートよ。今、魔王の脅威が再び我々人間に牙を剥きつつあるのは知っているか」
 完全に固まっている脳みそを必死に動かす。
「あ、え、えっと......最近、魔物が活発になってる、っていう......」
「そうだ。この魔物の活性化は魔王が動き出す兆しに違いない。勇者ウルラートよ。お前に、魔王討伐を命じる」
 あんまり『勇者ウルラート』とか言わないでほしいなぁ、と思いつつ、王の言葉を咀嚼して............絶句した。
「ま、魔王、討伐......」
「そうだ。任せたぞ」
 魔物が活性化するこの状況で勇者の誕生。これは光の女神の思し召し、と希望に満ちた目がウルラートを刺した。とてもとても、嫌です、とは言えなかった。

 謁見が終わり、王の前を辞する。
 上級神官と王宮騎士団長、そしてウルラート。この3人が、控えの一室で顔を突き合わせていた。
「自己紹介が遅れました、勇者様。上級神官の職にある、エレオスと申します」
「王宮騎士団長、ヴィテスだ。よろしく頼む」
 脳みそがパンクしかけているウルラートはとりあえず理解するより先に頷いた。
「ど、どうも......」
 一つ頷いて、ヴィテスが話を続けようとした。
「時に、勇者殿」
「あ、あの......あんまり......その、勇者とか言うのやめてほしいかな、と......普通に名前で......」
 恐る恐るの提案に、一瞬変な顔をしたヴィテス。察するに、皆の憧れの勇者が随分と謙虚だ、そう思ったのだろう。だが、深く聞くことなくそれを了承した。
「では、ウルラート殿」
「できれば、普通に......名前だけで......」
 要求が多い。いや、多くはないのだが。
「............ウルラート。明日、時間をもらいたい。勇者として選ばれたとは言え、実力の分からぬものを魔王討伐に送り出すことはできん」
「あ、良かった......訓練とか......」
「明日、一騎打ちを申し込む」
 喉の奥が、ピェッ......と変な音を出した。成人男性の喉から出る音ではないが、仕方がないといえば仕方がない。
「い、一騎打ち......」
「そうだ。そして旅に出る準備ができ次第、すぐに響鳴ノ祝を執り行う。本来なら順番待ちになるが、優先する」
 青かった顔が一瞬で輝く。
「響魔契約......!」
 現金な反応である。
「そういうわけだから、明日の昼頃、また王宮に来るように」
 落差の激しい未来への感情が山あり谷あり。
 しかし、現実的な問題にはたと気づく。
「..................一泊しか想定してない......」
 思ったより宿が高かったのである。
「あ、あの......使用人の部屋とかでいいんで泊めてもらえたりは......」
 エレオスとヴィテスが顔を見合わせた。
「空きは確かありましたが......」
「さすがに勇者を使用人や見習いの部屋には泊まらせられんだろう。宿代くらい、経費に含めてしまえ」
「じゃ、王宮にツケといてください」
 二人の相談があっという間にまとまり、話がとんでもない方向にかっ飛んだ。
「無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!」
 全力で首を振る。首がもげるかと思った。
「無理と言われましても」
「なら立て替えとくか」
 多少マシな方向に話が転がる。めちゃくちゃありがたかったのでその話に乗ることにした。
「返済は魔王討伐でいいぞ」
 乗ったことを後悔した。したが、逃れられない未来の懸念より今夜の泊まるところのほうが大事。
「.........で、この剣は......」
「?勇者の剣なんだから選ばれたものが持つのが当然だろう」
 ウルラートの視線が手元の剣に落ち、そしてヴィテスに戻った。
「え......?」
「ん?」
 その疑問にヴィテスも疑問の視線を返す。
「俺、剣より拳のほうが得意なんすけど......」
「え?」
「え?」
 初めてエレオスの表情が少しだけ変わった。
(あ、よかった、この人ちゃんと顔動くんだ......)
 と思いもしたが、とりあえず一旦置いておく。
「剣が、苦手......?」
「いや、苦手というか......」
 またもやエレオスとヴィテスの視線が交わった。今度は、どうしよう......という目で。
「...............まぁいいです。ヴィテス殿が叩き込んでくださるでしょう」
 しれっと恐ろしい言葉が放たれた気がしたが、名指しされたヴィテスもうんうんと頷いている。
「では、また明日」
 当のウルラートを置き去りにして、怒涛の1日は幕を閉じたのだった。
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3.勇者の剣を振るうのもまた務め
殴る勇者と斬る魔王作者:輝波斗
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