7話② 出発と異変
大聖堂の前の街路樹を抜け、王都からどんどん離れていく。
しばらく走っていると、丘に出た。緩やかなカーブで窓から後続の馬車達がずらっと並んでいる。
今回の編成。
メンバーは勅使2名、神官2名、護衛30名、とルオス帝国の特使3名と従騎士一行10名だ。
従騎士と言っていたがどうも即席で連れてこられた傭兵くさい。
服こそ騎士の制服だが......小娘どもを見る目が下心むき出しで品のなさが伺えた。
正直、なんか嫌な予感しかしないから行きたくない。
往年のスプラッター映画で速攻死にそうなティーン共が人の気も知らないで意地悪く笑っていた。
席に座るが、どうも落ち着かない。
このメンツだし。
外で力使った事ないし
草刈りしかしたことないし。
ああ、行きたくない。
だけど名付けの時に交わした女神の誓約が私を縛る。
この国では聖女が国外に逃亡しないよう必ず強制されている。
そのせいで王命には背けない。
あれだ。無料キャンペーンと思ったら気付くと定期購入させられて解約できない謎の会社みたいな。
......ちがうか。
ぼっちで激しく暇な私は、ぺちゃくちゃ話をするティーン達の声を子守りに、少し寝入ることにした。
馬車に揺られ2時間。昼休憩を取った後また走り出した。
神官がおもむろに話し始める。
「さっきルオスの特使から聞いた話なんだが、北の地で始まったはずの内戦が、今は何故か80kmも南下して、ルオスに近付いているらしい。だからかの国は危険を感じて依頼してきたんだろうね」
「ふーん。......でもなぜ南下をしたんですかね」
おやつのリンゴを食べながらセレナが神官に聞く。
神官は静かに首を振った。
「それはルオスも分からないらしい。民間人を巻き込まない為か......いや既に被害は出ているし」
「大規模だと伺いましたが、兵士の数はどのくらいなんです?」
エルシアが落ち着いた雰囲気で足を組みながら聞く。
「およそ12万人。......でも不思議なんだよ」
「?」
「戦いはかなり激化しているはずなのに、兵士の補充も食料の補給もなく......2ヶ月間、数が減ってないらしい。しかもバルム側はその事について、沈黙を貫いてる」
「兵士の数が......減ってない......?」
私はその言葉を聞き、更に嫌な予感が走る。
どこかで聞いた事のある内容......。
内戦。
減らない兵士。
隣国へと......?
私が思考の海に落ちていると、右に座っていたエルシアから声がかかる。
「どうでもいいけどあなた、足手まといにならないでね。面倒だから」
「無理だよ。草しか生やせない譜なしなのに」
「あははは! 確かに」
「セレナ、エルシア、慎みなさい」
「「はーい」」
ガタンガタン、硬く揺れる馬車。
私は変な顔で二人に言い返してやった。見えるのは目元だけなので今度は寄り目にしてやる。
「へいへい。わっかりましたァー。せいぜい頑張って足手まとわせて頂きますぅ〜」
「テレサ! 煽るのをやめなさい」
思春期達が騒ぎ、金切り声をあげる車内。
私は外に目を向けた。
もうすぐバルム王国。
我々は戦場より40km北側の避難所に向かう。そこでセレナと二手に別れる計画だ。
ところで私は何をしたらいいんだろう。
支援物資と言ってもりんごの木じゃ栄養にならん。
あ、あれがいいか。
ドリアン大量に出して帰ろう。
あれは栄養価がアホほど高い。高コレステロール血症や脂質異常症になるリスク......いいか。
大丈夫か。臭いけど。
「さあ、バルムに入りますよ、気を引き締めて」
「はい。神官様」
だが次の瞬間、
地割れのような声が響いた。
「ぐぅっ!!! ぐぁぁぁ!!」
国境を超えた途端、セレナが苦しみ始め、のたうち回る。
「ちょっ......セレナ!?」
エルシアが反射的に治癒をかける。
だが......効かない。
「ぐぁぁぁ!! 頭がっ!!! 痛い!!! がぁぁぁ」
「セレナ!! しっかりして!?」
余りの痛さ耐え切れず
セレナは泡を吹いて気絶してしまった。
神官は目の前の出来事に顔色を変え、ガラスの扉を叩き、前に座っている御者に声をかけた。
「......すみません。バルムから出て頂けますか? 国境の手前に」
「え、でも」
「早く!!」
慌てて歩みを止め、後ろから付いてきていた馬車に伝達した後、一行は引き返し始める。
20分後バルム国境の手前に戻ったテレサ達。
同行していたルオス帝国の特使と従騎士たちへ、勅使が詳しく説明に向かう。
近くの湖で治癒を施されたセレナは、やっと意識を取り戻した。
息絶え絶えだが、何とか無事そうだ。
だが油断はできない。
険しい顔の神官二人は彼女を介抱している。
......彼はなぜセレナが倒れたか理由が分かっているようだった。
私も......知ってる。
アステニアの本で読んだ。
これは......警告だ。
セレナだけに症状があるということは戦陣の女神が何かに怒り、バルム入りを拒否している......ということ。
(バルム王国が戦陣の聖女に何かしたのか? ......それとも)
先程感じた嫌な予感が......より色濃くなっていく。
少しずつ上がっていく心拍を抑え
私は静かにルオス帝国軍の方にいる勅使の後を追った。
すると何やら帝国側のお偉いさんとの会話が聞こえてくる。
「バルム王国に入れない? ......戦況が激しすぎて女神様が怒っておられるのかもしれませんね。......困りましたね」
「申し訳ございません。この度は物資支援と、大規模治癒のみでお願いできませんか? この様子では戦陣の聖女のバルム入は厳しそうなので」
「それは困ります! バルムは危機的状況なのです! それに......我が国も危ない。このままあの戦禍に我が国の民が巻き込まれては困る! ではせめて、戦陣の聖女様だけ我々に付いてきて頂きたい。国境を強化し、我が軍も強化して頂いてからバルムの民の為、避難所を防衛しましょう」
「ですが......計画が完全に変わってしまいます」
「いや、少し予定が変わるだけです。始めから戦陣の聖女様だけ我々に付いてきて頂く。それだけではありませんか。なにか問題が?」
「それはっ」
勅使が食い下がっているところに透き通る声が響く。
「勅使様。お話の途中申し訳ございません。戦陣の聖女の事で、少し宜しいですか?」
ビクッ
大人達が私の方に気付き、目を見開く。
ルオス帝国の使者達はこちらを向いたまま、固まって動かない。
クイッと勅使の袖を引っ張り、ルオスの特使達に頭を下げて引き下がらせた。
こんな胡散臭い奴らの傍で話すのは命取りだ。
セレナ達の所に戻りながら
奴らに聞こえない程度に離れた所で
私は静かに息を吐いて呟いた。
「勅使様、私に付いてきてくださいませんか? 彼女達は安全の為ここに残して。神官様と3人で私だけバルムに」
「し、しかし――」
「セレナはまだ回復しきっていません。流石に今動かさせるのは無理がある。だからルオスには『聖女が回復していないので先に治癒しなくては動けない。その間に物資支援だけしてくるのでとりあえず3時間だけ待機していてくれ』と伝えてはいかがでしょうか。護衛には、ルオスが変な動きをしないよう見張ってもらえますし。ここはまだ我が国の領土、流石に下手な事は出来ないはず」
「は......はい......では」
慌ててルオスの特使の方へ走っていく勅使を見送り、
私は一人、ルオスの馬車に付けてある国旗に目を向けて睨んだ。
きっと
私のこの嫌な推理は当たっている。
歴史は
いつの世も必ず繰り返される。
どれだけ隠蔽されても。
禁忌とされても。
力を欲する者は
軍事力の為に人々を犠牲にしても厭わない。
地図上でしか、物事を見ていないのだから。
確証は何処にも無い。
だけど......
過去の偉人達が何度も注意喚起した
あの呪いを
アステニアがずっと悲しみにくれていたあの惨劇を。
愚かな者共が
他国の罪も無い人達で試しているかもしれないと思うと
腸が煮えくり返るほど怒りが込み上げてくる。
白銀の髪を一人風に靡かせ奥歯がミシリと嫌な音を立てるほど食いしばる。
「......惨いことを。いつか報いを受けるがいい」
誰にも届かない低く唸るような声が、森の中に響いた。