第16話 異なる街へ
7月28日 正午前 | 風見駅付近
風見市は近年の人口増加に伴い、業務拡大に対応するため改築が進んでいた。駅前の大型マンション建設などもあり、市内はどこも工事ラッシュの様相を呈している。急激な発展のしわ寄せがこうした形で表れていた。
公共事業に関わる人間にとってはある種の特需でもある。
工事があれば周囲の飲食店などに出入りする人が増え、飲食店が繁盛すれば食材などを仕入れる業者にも仕事が増える。
こうして一つの変化は巡り巡って周囲を巻き込んでいく。
しかしそれによって振り回される者がいるのもまた事実である。
「えー、ここも満席!?」
ナナが不満げな声を上げる。
今日はとある用事を済ませるために昼食を兼ねて早めに集まったのだが、いつも集まっているファーストフード店はなぜか満席だった。
客層を見ていると作業服姿の人が多く、近所の工事現場から流れてきた人であろうことがうかがえた。これもある意味、工事ラッシュの影響と言えるだろう。
そのせいでハルたちは真夏と言っても過言ではない灼熱にさらされ、いつものファーストフード店を背にどこか休憩できる場所を探していた。
「今日はついてないな......」
リクがため息混じりに呟く。
「もうとにかくどこかに入ろうよ。このままじゃ溶けちゃうよー」
ナナが額の汗をぬぐいながら言う。
そのとき、ふと一軒の店が目に入った。
古びた外観に少し薄暗い店内。
正直、入りやすい雰囲気とは言えない。
「......ここ、入る?」
ハルが確認するように言うと、ナナは即座にうなずいた。
「もうどこでもいい!」
半ば勢いに押される形で、4人は店の扉をくぐった。
***
そこは高校生が入り込むには少し気後れするような落ち着いた佇まいのイタリアンレストランだった。
内装の雰囲気から財布の中身が気になるところだが、表の看板にあったランチメニューは幸いにも高校生の手が届く価格帯だった。
4人は迷わずそれを注文する。
喉を鳴らして水を飲み干すと、ようやく全員が人心地ついた。
あの掲示がなければこの落ち着いた空間に足を踏み入れる勇気は出なかっただろう。
「ふぅー、生き返ったよ」
「思わず飛び込んじゃったけど、凄くお洒落なお店だね」
「きっと夜にはお酒とか出してるんじゃないかしら?」
「それなら私たちは昼間しか来れないね」
身体が冷えたことで口までリラックスしたのだろうか、ようやく会話が弾みだす。
食事を終えてふと店内を見回すと、壁一面に掲げられた大型モニターのほか、数か所に小型のディスプレイが設置されていた。スポーツ観戦を売りにしている店なのだろう。
「ここってスポーツ観戦とかできるのかな?」
「よくテレビとかで見るサッカーとか野球とか、みんなで観戦するやつか」
今は昼時であるせいか、流れているのは昼の情報番組であった。
そこに映っていたのは朝の情報番組でも見かける遠藤キャスター。
この番組は何人かの自称専門家などに最近のニュースについて意見を聞くコーナーのようだ。
「続いての話題は最近多発している盗難事件についてです。これは調べてみると日本全国で発生しているようなんですよ。この件についてどう思いますか?」
「ええ、昨今の社会情勢や犯行の広域性を鑑みるに、極めて組織化された窃盗集団による犯行と見て間違いないでしょう」
「これほど広域で同時多発的に発生しているとなれば、確かにその可能性は否めませんね」
「しかしですね、偶然も積み重ねれば必然というミステリー小説のような言葉もありますが、こんなに全国で同時に似たような犯行を行うなんてなんてなかなか難しいですよ。これはあれですね、神隠しとかの超常現象なのかもしれませんよ」
気付けば4人とも会話を止めて番組を見ていた。
「なるほど、かなり多角的な視点からコメントをいただきました。既に警察では重要事件としてこの件の捜査を始めているとのことですので、また新たな進展がありましたら引き続きお知らせしていきたいと思います」
自称専門家たちの自由奔放な意見を巧みにまとめた遠藤キャスターがコーナーを締め、番組は次のコーナーへと移る。
「なんか好き勝手なこと言ってたよね」
「でも超常現象って、あながち間違いじゃないかもしれないわね」
「あの盗難事件が消滅に関係あるってことか?」
「全部が全部じゃないだろうけど、事情を知らない奴からすれば目の前から物がなくなれば盗まれたと思うのが普通だよな」
「確かにそれもそうだね」
「そうすると、私たちがいるから風見市では盗難はないってことだよね」
「全ての消滅に対処しているわけではないから、全くないってことはないと思うけど、それでももしこの盗難事件が消滅のことなら、他の市よりは少ないはずだわ」
ハルたちは先日の夜、消滅を防げなかったことを思い出して苦い顔をするが、それはもう過ぎたことだ。
実は今日、いつもより早く集まったのには理由があった。
4人であの消滅現場を訪れ、救えなかった宮岡ケンジに黙祷を捧げてきたのだ。
二度と同じ過ちを繰り返さない。
その誓いを胸に刻むための彼らなりの儀式だった。
「そう言えば、他の地域ってどうなんだろ?」
「どうなんだろうって、どういうこと?」
「いや、他の地域にも関与者がいるだろうから、そっちは任せようって話になっただろ。でもさっきの番組だと全国的に盗難事件が増えてるっていうじゃねえか。ミオたちの【予定表】では消える予定は分かっても、それが防がれたかどうかは分からないんだろ。そしたらよ、もしかしたらまともに消滅に対抗してるのって俺たちだけなんじゃないかと思ってさ」
「だから他の地域は、実際に誰かが関与しているか気になる、と?」
「......確かに、気にはなるね」
リクの疑問はもっともである。
ハルたちは自分たちが手の届く範囲の消滅には関与しているが、日本全国と考えるとその成果は微々たるものでしかないだろう。
本当に盗難であればハルたちの出る幕ではないが、もしかしたらさっき取り上げられていた全国に多発しているという盗難事件には消滅が関係しているかもしれない。それであれば自分たちとは無関係であるとは言い難い。
関与者の全員がハルたちみたいな行動をしていると思うほど楽観はしていないが、ハルたち以外のすべての関与者が消滅に関与していないというのも考えにくい。
自分たちはこれからも手の届く範囲で関与していくのだが、他の地域がどうなっているのかには確かに興味がある。
「それじゃ、今から確かめに行ってみる?」
「え、今からかよ」
「ええ。詳しいことは伝えることができないけども、ちょうどいいタイミングで立ち会えそうな予定が一つあるわ」
ミオは手元の【予定表】をスクロールしながら提案する。
「それなら、もしかしたら他の関与者にも会えるかもしれないね!」
「そうかもしれないけど、すぐに接触するのはやめておこう」
「えー、なんで?」
「消滅を防ぐためには対象に対して書かれている状態を変える必要があるんだよ。それは知らない人にとっては悪戯などに見えるかもしれないから、そういうのを見られたらきっと困ると思うんだよ」
「ハルの意見に賛成ね。だからもし接触するにしても、まずは様子を見てからね」
「なるほど......うん。分かった!」
「それじゃあ善は急げだ!早速行こうぜ!」
言い終わるや否や席を立つリク。
それにつられて「ちょっと待ってよ」と3人も慌てて後を追いかける。
「善は急げ......って、消滅を見に行くんだから善ってわけじゃないけどね」
苦笑しながら呟くハルの独り言は、誰の耳にも届かなかった。
***
同日 14時ごろ | バスの車内
電車で数駅、風見市に隣接する緑山市にやってきた4人は、今回の消滅対象の元に向かうため、そこからさらにバスに揺られていた。
【予定表】に書かれた消滅の予定は名前と日時以外の情報は共有することができないという制約がある。そのため今から見に行く消滅対象は【予定表】を見ることができる2人にしか分からない。
しかし今回の対象に限ってはその限りではなかった。
なぜなら今回の消滅対象は「緑山3丁目バス停のベンチ」となっていたからだ。
まさに名は体を表すだ。
今回の対象は名前自体が場所を示しており、迷う余地などどこにもなかった。
毎回これほど特定が容易ならありがたいのだが、それは【予定表】を書き加える「何者か」のさじ加減一つにかかっている。
目的地の名称が分かっていれば、あとは検索すれば簡単に場所が特定できる。
この炎天下の中を歩いて向かうなどという選択肢を選ぶはずもなく、四人は冷房が効いたバスに揺られて目的地に向かっていた。
「毎回こんな感じだったら、俺たちでも簡単に消滅対象を特定できるんだけどな。なあ、ナナ」
「ホントだよ。いつも手探りでやらなきゃいけないことを探しているから大変なんだから」
【予定表】が見れない2人が愚痴りだすが、それは見える側の2人としても同感である。事前に情報の共有ができればどんなに楽であろうか。そう思ったことは数知れない。
どんな存在が予定を決めているかは知らないが、もしこれがゲームとかならば運営に文句の一つでも言っているところだ。
そんなことを考えているうちにバスは目的地に到着した。
***
「あー、また暑い外に逆戻りだ......」
降り立ったのは静かな住宅街の一角だった。
走り去るバスが吐き出した熱気とアスファルトからの強烈な照り返しが混ざり合い、呼吸をするだけで肺が焼けそうな錯覚に陥る。
住宅地特有の妙な静けさのせいでジリジリと周囲が焦げる幻聴が聞こえてきそうな暑さではあるが、ナナのようにそれを言葉に出しても暑さが和らぐわけではない。ナナの文句を聞き流しながら、バス停の前に置かれているベンチを囲み、周りを見渡した。
「周囲に誰かいる気配はないね」
「俺たちがいるから出てきにくいんじゃないか?」
「それもそうね。それじゃあ......あそこに公園があるから、そこから見張ってみましょう」
ミオが指した先、道路を挟んだ反対側には住宅数軒分の広さがある公園があった。そこはさながら、灼熱のアスファルトジャングルに現れたオアシスとでもいうべきだろうか。
木陰に入ると、日が当たらないだけで随分と暑さが和らぐ。
ここからはバス停まで適度な距離があり、視界を遮るものもないため、ベンチを見守るにはうってつけの場所であった。
水飲み場で顔を洗うリクを横目に、木陰の恩恵を受けながらハルとミオはバス停のベンチに視線を送る。
「誰も来ないわね......」
その言葉に身体を冷やしていたリクもベンチに注目する。
時折行き交う自転車や歩行者はいるが、特にベンチに気をやるでもなく、暑さにうだるようにしながら通り過ぎていく。
時間を確認するともう間もなくであった。
その時、独特のエンジン音を響かせながら一台のバスが近づいてきた。
ハルたちが乗ってきたものの後続便だろう。
バスは停留所に停まることなく、4人の前を音を立てて通り過ぎていく。
走り去るバスの巨大な車体にハルたちの意識がふっと逸れた、その瞬間だった。
「え......?」
隣でナナが理解の追いつかないといった風に小さく声を漏らした。
その呆けたような、けれど震える声に弾かれるようにしてハルたちがベンチへ視線を戻したとき、そこにはもうなにもなく、ただベンチが置かれていた跡だけが不自然に白く路面に残っている。
それはハルたちにとっては【予定表】に載っていたとおりの結果であった。
もちろん愉快な光景ではないが、これまで経験してきた消滅の関与で何度か目にしたことがある光景だ。
しかしナナだけは違った。
瞬きさえ忘れ、虚空を見つめたまま立ち尽くしている。
物質がこの世界の理を無視して唐突に掻き消える。
その通常ではあり得ない現象を彼女一人だけが網膜に焼き付けてしまったのだ。
「ウソ......ホントに......」
「ナナ、ずいぶん顔が青いけど大丈夫か?」
「そういえばナナが消滅を見るのは初めてなはず......」
「そうなの?」
4人で協力して消滅に関与すると決めたときには、既にどうすれば消滅を避けられるかが分かっていた。それからは回避を最優先に活動していたため、それ以前から消滅に携わっていた3人と違い、ナナは消滅の瞬間を目の当たりにする機会がなかったのだ。
対象がどんなものであれ、突然なにかが消滅するというのは少なからずショックを受ける。だからこそ、そんなことに縁がなければそれに越したことはない。
残念ながらハルたちはすでにそれに触れてしまっていたので免疫があったが、ナナにとってはこれが初めての消滅であった。
「ナナ......」
「大丈夫か?」
想像を超えるショックなことに立ち会ってしまった影響だろうか。
「消えた......」
そう弱々しく呟き、ナナの身体が小刻みに震えだす。
過呼吸気味に喉を鳴らし、自分を抱きしめるように身を丸める。
目の前の現実を拒絶し、必死に心を守ろうとしているのが痛いほど伝わってきた。
消滅を目の当たりにしたショックはハルやミオにも覚えがある。
幸いなことに2人ともそれをなんとかやり過ごすことができたが、ナナがそれに耐えられるかどうかは分からない。
ハルはナナの肩に手を置き「大丈夫......大丈夫......」と声をかけ、空いたもう片方の手でナナの手を優しく包む。そっと包み込んだナナの手は、真夏の炎天下とは思えないほど氷のように冷え切っていた。
少しでも落ち着くようにと、そのままの体勢でいること数分。
やがて震えが止まり、ハルと二言三言言葉を交わすと、ゆっくりと立ち上がり2人の様子を見守っていたミオとリクに弱々しく微笑む。
「......ごめんね。もう大丈夫」
「ホントに大丈夫か?」
「うん、心配かけてごめんね」
「ううん、仕方ないわ。こちらこそ配慮不足だったわ。ごめんなさい」
かつては自分も体験したショックをナナにも味わわせてしまったことに自己嫌悪を感じつつミオが謝罪する。
「大丈夫だよ。それよりもみんな、すごいなって改めて感心したよ」
「すごい?」
「そうだよ。ベンチが消えるところを見ちゃった時はさすがに怖くなって震えちゃったけども、みんなはそういうのを何回も見ているのに、それでも消滅に立ち向かってるでしょ?それってすごいことだよ」
ナナが力強くまくしたてる。
確かになんの予備知識もなく初めて消滅を目の当たりにした時、現実を把握しきれなかった。もし【予定表】の存在を知らなければトラウマとして心に残り、今でも突然なにかが消えるのではと怯えながら暮らしていたのかもしれない。
【予定表】を知った今でも目の前で突然何かが消えるという現象はできれば目にしたくはない光景である。それを初めて目にしたナナのショックは計り知れない。
しかし、それを見てなお「すごい」と言ってのけるナナ。
本当に強いのはこういう人なのかもしれないとハルは思う。
「でもさ、さらにすごいなって思ったのはハルとリクだよ」
「え?」
「俺たち?」
「あんまり思い出したくないことかもしれないけど......」
「もしかして、この間のこと?」
「そう。消滅を防ぎきれなかったってこと。あれってヒトが目の前で消えちゃったんでしょ? あの後、私2人に「いつまでくよくよしてるのよ」って言っちゃったけど、今思うと消滅を見たこともない私があんなこと言うのは間違ってたなって思うよ。だって、ベンチが消えるのですら怖かったのに......」
最後の方は消え入るような声だった。
ナナの心は消滅に対する恐怖、それに立ち向かう皆への尊敬、自分の軽率な発言への反省などさまざまな心情が入り混じっていた。
「あの時のナナは間違ってなかったよ。消滅の恐怖は十分に知っているつもりだけども、対処の仕方が分かってからは心のどこかでゲームをクリアしに行くような気楽な気持ちでいたのかもしれない。でも僕たちがやっていることは失敗してもやり直せるゲームじゃないし、クリアできないからって諦めていいもんじゃないからね」
「そうだな。特にあの時は相手がヒトなんだから、絶対に失敗しちゃいけなかったのに、対処方法が分かってからは成功して当然だなんて勘違いしてたよ。だから失敗した時には落ち込んじまったけど、俺たちがやらなきゃいけないのは立ち止まることじゃない。先に進むことなんだ。だから二度と失敗はしない。そう発破をかけてくれたナナには感謝しているんだぜ」
「そうね。私自身は慢心していたつもりはなかったけども、そういう思いこそが慢心につながっていたのかもしれないわ。だから今のナナを見て、消滅という恐怖を少しでもなくしていきたいって改めて思ったわ」
3人がそれぞれの想いを口にする。
それを一つ一つ受け止めるナナに「それにさ......」とハルがさらに言葉を続ける。
「消滅を目の当たりにしたのに、真っ先に僕たちのことをすごいって言えるナナの方こそすごいと思うよ」
そうナナに笑いかけるハルがその言葉に込めた想いは、ナナに対する賞賛以上のものが込められていた。
***
4人は次のバスに乗り込み、ベンチが消えたバス停を後にする。
この頃にはナナはすっかり調子を取り戻し、今はリクになにかとからかわれているようであった。
――それにしても......
車内の窓越しにベンチの跡地を見ながらミオは思う。
――なぜベンチはなんの関与もなく消滅したのかしら。
――ここには関与者はいないのかしら。
今回の目的は風見市以外の消滅の確認と、あわよくば関与者の確認であった。
前者は達成できたが、結局他の関与者は影すら見ることがなかった。
しかしいないものは仕方がない。
自分たちのようになにかしらの行動基準を決めた上の行動なのか、或いは本当に関与者がいないのか。その答えを知る由もないので、ミオは疑問を敢えて口にすることなく、心のうちに留めておくことにした。
4人を乗せたバスが遠ざかっていく。
***
ハルたちを乗せたバスが走り去った上空では、一台のドローンがホバリングしていた。その無機質なレンズは、当初ベンチの様子を観察する目的でこの地にやってきたのだが、見知らぬ来訪者が現れたことで観察対象を増やすこととなる。
そして彼らが去っていくまでの一部始終を撮り終えた後、静かに高度を上げると、いずこかへと飛び去っていった。