ホーム›命の仲介屋›第1話 命の仲介屋
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第1話 命の仲介屋

 満月の夜、森に囲まれた湖に1人の少年がいた。白銀の短髪で、黒地に銀糸の入ったローブを身にまとった少年は、月に背を向けると湖を覗き込む。
 風が近くの草原や少し離れた場所にある木々を揺らす。湖の周りには他に何もなく、光源は月明かりだけだ。
 
 湖に少年が右手を翳すと、待っていましたというように湖の底から金色の天秤が浮かび上がってくる。天秤は少年の翳した手の丁度下で止まる。
 少年が小さく何かを呟くと、湖全体が一瞬黄色く発光した。しかし、すぐに元に戻り、水面は少年の姿と天秤、少年の頭上で輝く満月だけを映し出している。

「......」

 少年は無言で左手を湖の上に振った。すると、大きく光り輝く白い光と、弱々しい青い光が浮かび上がってきた。
 浮かび上がってきた光はそれぞれ天秤の皿の上に乗る。

「契約は交わされた。盟約の元、天秤の入れ替えを――」

 少年の声に合わせて、天秤が回る。180度回るとピタリと止まった。白と青の光が逆に移動したのを確認すると、少年は右手を下に下ろす。
 その動きに合わせて、天秤の皿から輝く白い光と弱々しい青い光が先程と反対側に沈んでいく。光が沈むと水面がまた黄色く一瞬だけ光る。光が消えると、まるで光を追うように天秤も湖へと戻っていった。

「寿命の交換はなされた。悔いのなき余生を」

 少年は天秤が沈むのを確認し終えると、湖に向かって一礼をする。
 そして、湖に背を向けると振り返ることもなく森の中へと消えていく。
 
 その様子を、近くにいた黒猫と鴉だけが見ていた。


 ◇◇◇◇


 病院に長期入院している女性――工藤愛美くどうまなみは、個室でスマートホンを使用してネットを見ていた。怪しげな広告を間違えて押してしまい、慌てて戻ろうとしたが、書かれている内容を見て手を止めた。

『死にたい方の寿命と生きたい方の寿命を交換します』

 そんな怪しい文字が目に飛び込んできたのだ。愛美は不治の病で治る見込みはなく、あと半年だろうと余命宣告までされている。
 怪しいサイトではあるが、失うものは何もない。愛美はページを戻すことをやめて、サイトを読む。

 要約すると、死にたいと思っているが死ねない、生きたいのに生きれないそんな悩みを抱えている人達をマッチングして寿命を交換することにより、生きたい人には生を、死にたい人には死を提供するサービスだと書かれている。
 依頼者は特設フォームからメールにて依頼をすると、マッチングされたら契約書が届く。その契約書にサインをして、燃やすと契約は成立。
 3日以内に寿命の交換を執り行う。なお、依頼完了は死を願うものには鴉が青い石を、生を願うものには黒猫が白い石を届けるので、それにて完了の報告とする。

 なんともファンタジーな広告だ。しかし、余命半年と宣告されており、病気になる前に蓄えたお金はかなりある。藁にもすがるつもりでと、愛美は特設フォームからメールを送ることにした。
 不思議なことに、名前と生年月日、性別のみの記入で他には何も書く必要がない。住所すら不要だ。
 送信後は、騙されたのかなと思い、そのまま愛美はメールしたことすら忘れた。

 怪しいサイトを見かけてから、半月程経過した。いつも通り、スマホでネットを見ていた愛美は急に眩暈を覚えた。一瞬目を瞑り、次に目を開けるとスマホの画面が真っ暗になり、白銀の字が浮かび上がっていた。

『ご依頼ありがとうございます。無事に寿命のマッチングが成立しました。つきましては、所定の口座に金額の振り込みをお願いいたします。値段は貴方の人生となります。10万円からご希望額の振り込みをお待ちしております。入金の確認ができましたら、契約書の方を黒猫がお届けいたします』

 書いてある文字を読み、愛美は1回で理解できなかった。寿命の交換が出来る? 金額は依頼人に丸投げ? 詐欺でもあり得ないでしょうと内心で悪態をつく。
 また、契約書を黒猫が持ってくるというのも謎だ。しかし、どうせ何もしなくても長くは生きられない。藁にもすがろうと、口座の番号を控える。

 するとまるで見ていたかのように、真っ暗だった画面は、先ほど見ていたネットニュースの画面へと変わった。
 狐に化かされたのかと愛美は一瞬思ったが、確かに口座番号の控えは愛美の手にあった。

「......どうせ、何もやらなきゃ死ぬんだよ」

 愛美は小さくそう呟くと、スマホでネット銀行を開き、所定の口座に100万円を入金した。
 入金後は早まったかなと乾いた笑いが出た。でも、死ぬのなら使わないお金だ。愛美は両親を早くに亡くし、兄弟もいない。独身のため、誰かにお金を残す必要もないのだ。

 やけになったなと思いながら、ベッドに寝転んだ。

 チリンッ

 愛美しかいない病室内に、鈴の音が鳴り響いた。
 ビクリと体を震わせながら、音がした方を見るとそこには黒猫がいた。

「えっ――!?」

 病室は4階にある。近くに登れる木もない。また、窓も扉も閉まっており、猫が入れる方法はない。なのに、何故か黒猫が病室内にいるのだ。
 愛美の怯えも気にせずに、黒猫はベッドの上に飛び乗ると、ベッドに備え付けられている机の上に1枚の丸められた紙を置く。

「え、紙?」

 そして、愛美が紙に気を取られた瞬間に、また鈴の音を鳴らしてベッドから降りる。すぐに紙から目を離して病室を見回すも、猫は現れた時と同様に消えてしまった。

 不気味に思いながらも愛美は紙を広げる。そこには大きな文字で『契約書』と書かれていた。

 契約書に書かれていた内容は、以前怪しげなサイトでみたものと同じものだった。不気味な猫の件もあり、もしかしたら、あり得るのかと愛美は少し生きる希望が湧いてきた。
 契約書を読んで、日付とサインを入れる。
 燃やせと書いてあったが、流石に病室に火が出るものはないよなと思ってキョロキョロと見回すと、何故かライターが枕元に置いてあった。

「......」

 お膳立てをされているようで思うことがないこともないが、愛美は希望に縋ることにした。契約書に祈りを込めて、紙を燃やす。
 不思議なことに火は契約書を燃やし終えるとすぐにかき消えた。そして、火をつけて机の上に置いたライターもいつの間にか消えていた。



 ◇◇◇◇


 全身びしょ濡れの体を引きずりながら少年――酒井直樹さかいなおきは泣きたくなるのを堪えていた。仲の良い友達がいじめの対象にあったのだ。だから、正義感で助けた。そこからが地獄の始まりだ。クラスメイト全員から罵倒されるのは序の口。教科書や上履きは捨てられ、ストレスの捌け口に殴られる。

 まだ、親がまともだったら救いがあったのだろう。しかし、親は直樹に興味がない。学校に行くのが辛いと話しても、世間体を気にして無理やり学校へ行かさせられる。救いなど直樹にはなかった。

 毎日、生きてることが辛いと泣きながら眠りにつき、朝目が覚めると起きてることに絶望する。そんな日々を繰り返していた。
 ある日、いつも通り暴力に耐え、校舎裏で昼休みが終わるのを待っていると、少女達の噂話が聞こえてきた。

「命のおまじない知ってる?」
「なにそれ」
「なんでも、生きたい人と死にたい人の寿命が交換できるらしいの。白い紙に、名前と生年月日、性別を書いて紙飛行機にして水辺に飛ばすんだって。本当に願っていると紙飛行機が消えて、願いを叶えてくれるらしいよ」
「何、その作り話みたいな話」

 少女達はケラケラと笑いながら、離れて行った。

「おまじない......か」

 直樹は何度も死にたいと思っていた。でも、生きたいと願っている人もいるのに自分から命を断つのは違うと言い聞かせ続けていた。
 自分の寿命を誰かにあげれる。それは素晴らしいことなのではないかと考えた。

 直樹は持ってきた鞄からノートを出すと、1ページ分破る。そして、自分の名前と生年月日、性別を記入して紙飛行機を作る。
 水辺の心当たりはあった。校舎裏をもう少し奥に進むとため池があるのだ。

 直樹はため池の前に着くと紙飛行機に祈りを込めて、ため池の中に投げ込んだ。紙飛行機は水に濡れて浮かんでいる。

「噂は所詮、噂か」

 小さくそう呟き、踵を返した瞬間、突然の強風が直樹の体を通過する。その際に飛ばされたのか黒い紙が直樹の顔に張り付いた。顔から紙を剥がす。黒地の紙には白銀の字が踊っていた。

『ご依頼ありがとうございます。無事に寿命のマッチングが成立しました。つきましては、所定の口座に金額の振り込みをお願いいたします。死をお望みの方は1万円からご希望額の振り込みをお待ちしております。入金の確認ができましたら、契約書の方を鴉がお届けいたします』

 直樹はイタズラかと思った。しかし、先程の今でこれを偶然と片付けていいのだろうかと考える。
 そして、1万円で苦痛から解放されるのかもしれない。その希望に飛びつくことにした。ちょうど財布に1万円が入っている。放課後に銀行に行き、振り込む予定を立てる。

 わずかな希望が湧いたからか、午後の授業は普段よりも気分が良かった。ホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出す。
 そして、近くにある銀行のATMに行き、紙に書かれた口座に1万円を振り込む。

 今日は家にまっすぐ帰る気になれなかった。近くの河川敷の橋の下に直樹は向かう。落ち込んだ時によく来ていたスポットだ。
 勢いで1万円を振り込んでしまったが、良かったのだろうかと徐々に不安になってきた。

 その時、一羽の鴉が直樹の前に降り立った。鴉は嘴に丸まった紙を咥えていた。直樹をチラリと見ると、紙を直樹の前に吐き捨てて、どこかに飛んでいった。
 不思議に思いながらも紙を開く。そこには『契約書』と書かれていた。

 学校で聞いた噂話と同じ内容が書かれている。ゴクリと直樹は唾を飲み込む。

「嘘じゃなかったんだ。これで、解放されるんだ」

 嬉しさから、鞄からボールペンを出してすぐに日付とサインを入れる。契約書には、サインの後に燃やせと書いてあった。直樹はお守りがわりにカバンに入れていた小さなチャッカマンを取り出すと、契約書を燃やした。

「これで、もうすぐ解放されるのか......」

 久しぶりに口角が緩んだ気がする。直樹は口笛を吹きたい気分だった。
 今日は久しぶりにゆっくり寝れる気がすると家に帰り、部屋に籠った。

 そして、翌日。
 憂鬱な通学路を歩いていると、鴉が一羽直樹の近くに飛んできた。昨日の鴉か? と近づく。鴉は青色の石を咥えていた。なんとなく、直樹が手を差し出すと、その青い石を直樹の掌の上に乗せる。
 そして、羽ばたきながら何かを考えているように感じた。

《一応、報告しておこう》

「えっ!?」

 何故か、鴉が喋ったとすぐに理解した。鴉は赤い目でジーッと直樹を見ると嘴を開く。

《お前が交換した寿命はあと4ヶ月だ。お前は4ヶ月後に死ぬ。後悔がないように生きろよ》

 鴉はそう伝えると、空へと飛び立って行った。

「あと、4ヶ月......」

 自分に残された期限を知ると、直樹は学校に行くのが馬鹿馬鹿しいと思った。
 親は仕事に行っている。家に帰って、通帳を持って家を出よう。期限が決まったのに嫌な学校に行く必要はない。
 直樹は軽い足取りで家へと戻る。

 そして、もう学校には行かない。家にも帰らず好きに生きるとメモを残す。旅の準備をすると家の鍵をかけて、ポストに入れる。

「残り4ヶ月、俺は自由だ!」

 期限が決まったからこそ、直樹は真の自由を手に入れた気がした。


◇◇◇◇


 愛美は、何が起こったかわからなかった。朝起きるとまた、黒猫が病室内にいたのだ。猫は愛美が気付いたことに気付くと近付いてきた。そして、白い石を愛美に渡す。戸惑う愛美を嘲笑うようにベッドから降りた猫は蜃気楼のように消えた。ただ、愛美の手の中に白い石だけを残して。

 サイトに契約の成立は黒猫が白い石を持ってくると書いてあったことを少ししてから思い出した。この白い石はお守りだと、愛美は大事にした。
 そして、1週間後の検査結果に驚いた。

 あれだけ、巣食っていた病気が消えたと医師から言われたのだ。余命宣告も撤回された。愛美はまだ生きられる。もうしばらく入院して問題がなければ、退院もできると看護師から話があった。
 愛美は退院したら黒猫が運んできた石をネックレスに加工して肌身離さず持っていようと誓う。

 少し前までは未来には絶望しかなかった。しかし、今は希望に溢れている。マッチングした相手がどんな思いがあったかはわからない。でも、その相手の分も幸せに生きて、生き抜いてやると愛美は窓から見える晴天に誓った。


 ◇◇◇◇


 暖色寄りの銀髪の少年――律りつは森の中にある湖のほとりに来ていた。水面を覗き込むも夜に出てくる金の天秤は出てこない。

「とりあえず、昨日の仕事は無事に終わった。今、ノアとクロウがそれぞれに魂・の・石・の・カ・ケ・ラ・を届けに行ってる。ボクの仕事は、次の依頼が来るまではない」

 やったこと、やることを口に出して律は確認した。そしてもう一度水面を覗き込む。

《流石に、落ちたら洒落にならないんじゃないか?》

 落ち着いた男性の声が律を呼び止める。律は声が聞こえた上を向いた。

「クロウ、帰ってきてたんだね」

《私も帰ってきてるわよ》

 今度は、地面の近くから妖艶な女性の声が聞こえる。

「ノアもおかえり」

 黒猫のノアと、鴉のクロウ。この2匹の使い魔は命・の・仲・介・屋・を営む律にとっては相棒のようなものだ。
 人の寿命を交換する、そんな倫理観を問われそうな力を律は持っている。
 そして、律は知っていた。生きたくても生きられない人もいれば、死にたくても死ねない人がいることを。
 その2人の寿命を交換すればお互いに嬉しいんじゃないか、そんな理由から命の仲介屋を始めたのだ。

 命の仲介屋への依頼方法は2つ。サイトの特設フォームからのメールとおまじないだ。それらは条件が合う人のもとに勝手に現れるように出来ている。
 そして、選択するのは本人達だ。律は後押しすらせずに、ただ契約が交わされた場合にのみ動いている。
 だから、何も問題がない。それが律の中の正義だった。

「ノア、クロウ。家に帰ろうか」

 湖に背中を向けて律は家路へと着いた。また、依頼が入れば夜にここに来ることになるなとぼんやりと考えながらも、昨日は遅かったから、今日はゆっくり寝たいなとあくびを噛み殺した。
 
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命の仲介屋作者:星川宙
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第1話 命の仲介屋

 満月の夜、森に囲まれた湖に1人の少年がいた。白銀の短髪で、黒地に銀糸の入ったローブを身にまとった少年は、月に背を向けると湖を覗き込む。
 風が近くの草原や少し離れた場所にある木々を揺らす。湖の周りには他に何もなく、光源は月明かりだけだ。
 
 湖に少年が右手を翳すと、待っていましたというように湖の底から金色の天秤が浮かび上がってくる。天秤は少年の翳した手の丁度下で止まる。
 少年が小さく何かを呟くと、湖全体が一瞬黄色く発光した。しかし、すぐに元に戻り、水面は少年の姿と天秤、少年の頭上で輝く満月だけを映し出している。

「......」

 少年は無言で左手を湖の上に振った。すると、大きく光り輝く白い光と、弱々しい青い光が浮かび上がってきた。
 浮かび上がってきた光はそれぞれ天秤の皿の上に乗る。

「契約は交わされた。盟約の元、天秤の入れ替えを――」

 少年の声に合わせて、天秤が回る。180度回るとピタリと止まった。白と青の光が逆に移動したのを確認すると、少年は右手を下に下ろす。
 その動きに合わせて、天秤の皿から輝く白い光と弱々しい青い光が先程と反対側に沈んでいく。光が沈むと水面がまた黄色く一瞬だけ光る。光が消えると、まるで光を追うように天秤も湖へと戻っていった。

「寿命の交換はなされた。悔いのなき余生を」

 少年は天秤が沈むのを確認し終えると、湖に向かって一礼をする。
 そして、湖に背を向けると振り返ることもなく森の中へと消えていく。
 
 その様子を、近くにいた黒猫と鴉だけが見ていた。


 ◇◇◇◇


 病院に長期入院している女性――工藤愛美くどうまなみは、個室でスマートホンを使用してネットを見ていた。怪しげな広告を間違えて押してしまい、慌てて戻ろうとしたが、書かれている内容を見て手を止めた。

『死にたい方の寿命と生きたい方の寿命を交換します』

 そんな怪しい文字が目に飛び込んできたのだ。愛美は不治の病で治る見込みはなく、あと半年だろうと余命宣告までされている。
 怪しいサイトではあるが、失うものは何もない。愛美はページを戻すことをやめて、サイトを読む。

 要約すると、死にたいと思っているが死ねない、生きたいのに生きれないそんな悩みを抱えている人達をマッチングして寿命を交換することにより、生きたい人には生を、死にたい人には死を提供するサービスだと書かれている。
 依頼者は特設フォームからメールにて依頼をすると、マッチングされたら契約書が届く。その契約書にサインをして、燃やすと契約は成立。
 3日以内に寿命の交換を執り行う。なお、依頼完了は死を願うものには鴉が青い石を、生を願うものには黒猫が白い石を届けるので、それにて完了の報告とする。

 なんともファンタジーな広告だ。しかし、余命半年と宣告されており、病気になる前に蓄えたお金はかなりある。藁にもすがるつもりでと、愛美は特設フォームからメールを送ることにした。
 不思議なことに、名前と生年月日、性別のみの記入で他には何も書く必要がない。住所すら不要だ。
 送信後は、騙されたのかなと思い、そのまま愛美はメールしたことすら忘れた。

 怪しいサイトを見かけてから、半月程経過した。いつも通り、スマホでネットを見ていた愛美は急に眩暈を覚えた。一瞬目を瞑り、次に目を開けるとスマホの画面が真っ暗になり、白銀の字が浮かび上がっていた。

『ご依頼ありがとうございます。無事に寿命のマッチングが成立しました。つきましては、所定の口座に金額の振り込みをお願いいたします。値段は貴方の人生となります。10万円からご希望額の振り込みをお待ちしております。入金の確認ができましたら、契約書の方を黒猫がお届けいたします』

 書いてある文字を読み、愛美は1回で理解できなかった。寿命の交換が出来る? 金額は依頼人に丸投げ? 詐欺でもあり得ないでしょうと内心で悪態をつく。
 また、契約書を黒猫が持ってくるというのも謎だ。しかし、どうせ何もしなくても長くは生きられない。藁にもすがろうと、口座の番号を控える。

 するとまるで見ていたかのように、真っ暗だった画面は、先ほど見ていたネットニュースの画面へと変わった。
 狐に化かされたのかと愛美は一瞬思ったが、確かに口座番号の控えは愛美の手にあった。

「......どうせ、何もやらなきゃ死ぬんだよ」

 愛美は小さくそう呟くと、スマホでネット銀行を開き、所定の口座に100万円を入金した。
 入金後は早まったかなと乾いた笑いが出た。でも、死ぬのなら使わないお金だ。愛美は両親を早くに亡くし、兄弟もいない。独身のため、誰かにお金を残す必要もないのだ。

 やけになったなと思いながら、ベッドに寝転んだ。

 チリンッ

 愛美しかいない病室内に、鈴の音が鳴り響いた。
 ビクリと体を震わせながら、音がした方を見るとそこには黒猫がいた。

「えっ――!?」

 病室は4階にある。近くに登れる木もない。また、窓も扉も閉まっており、猫が入れる方法はない。なのに、何故か黒猫が病室内にいるのだ。
 愛美の怯えも気にせずに、黒猫はベッドの上に飛び乗ると、ベッドに備え付けられている机の上に1枚の丸められた紙を置く。

「え、紙?」

 そして、愛美が紙に気を取られた瞬間に、また鈴の音を鳴らしてベッドから降りる。すぐに紙から目を離して病室を見回すも、猫は現れた時と同様に消えてしまった。

 不気味に思いながらも愛美は紙を広げる。そこには大きな文字で『契約書』と書かれていた。

 契約書に書かれていた内容は、以前怪しげなサイトでみたものと同じものだった。不気味な猫の件もあり、もしかしたら、あり得るのかと愛美は少し生きる希望が湧いてきた。
 契約書を読んで、日付とサインを入れる。
 燃やせと書いてあったが、流石に病室に火が出るものはないよなと思ってキョロキョロと見回すと、何故かライターが枕元に置いてあった。

「......」

 お膳立てをされているようで思うことがないこともないが、愛美は希望に縋ることにした。契約書に祈りを込めて、紙を燃やす。
 不思議なことに火は契約書を燃やし終えるとすぐにかき消えた。そして、火をつけて机の上に置いたライターもいつの間にか消えていた。



 ◇◇◇◇


 全身びしょ濡れの体を引きずりながら少年――酒井直樹さかいなおきは泣きたくなるのを堪えていた。仲の良い友達がいじめの対象にあったのだ。だから、正義感で助けた。そこからが地獄の始まりだ。クラスメイト全員から罵倒されるのは序の口。教科書や上履きは捨てられ、ストレスの捌け口に殴られる。

 まだ、親がまともだったら救いがあったのだろう。しかし、親は直樹に興味がない。学校に行くのが辛いと話しても、世間体を気にして無理やり学校へ行かさせられる。救いなど直樹にはなかった。

 毎日、生きてることが辛いと泣きながら眠りにつき、朝目が覚めると起きてることに絶望する。そんな日々を繰り返していた。
 ある日、いつも通り暴力に耐え、校舎裏で昼休みが終わるのを待っていると、少女達の噂話が聞こえてきた。

「命のおまじない知ってる?」
「なにそれ」
「なんでも、生きたい人と死にたい人の寿命が交換できるらしいの。白い紙に、名前と生年月日、性別を書いて紙飛行機にして水辺に飛ばすんだって。本当に願っていると紙飛行機が消えて、願いを叶えてくれるらしいよ」
「何、その作り話みたいな話」

 少女達はケラケラと笑いながら、離れて行った。

「おまじない......か」

 直樹は何度も死にたいと思っていた。でも、生きたいと願っている人もいるのに自分から命を断つのは違うと言い聞かせ続けていた。
 自分の寿命を誰かにあげれる。それは素晴らしいことなのではないかと考えた。

 直樹は持ってきた鞄からノートを出すと、1ページ分破る。そして、自分の名前と生年月日、性別を記入して紙飛行機を作る。
 水辺の心当たりはあった。校舎裏をもう少し奥に進むとため池があるのだ。

 直樹はため池の前に着くと紙飛行機に祈りを込めて、ため池の中に投げ込んだ。紙飛行機は水に濡れて浮かんでいる。

「噂は所詮、噂か」

 小さくそう呟き、踵を返した瞬間、突然の強風が直樹の体を通過する。その際に飛ばされたのか黒い紙が直樹の顔に張り付いた。顔から紙を剥がす。黒地の紙には白銀の字が踊っていた。

『ご依頼ありがとうございます。無事に寿命のマッチングが成立しました。つきましては、所定の口座に金額の振り込みをお願いいたします。死をお望みの方は1万円からご希望額の振り込みをお待ちしております。入金の確認ができましたら、契約書の方を鴉がお届けいたします』

 直樹はイタズラかと思った。しかし、先程の今でこれを偶然と片付けていいのだろうかと考える。
 そして、1万円で苦痛から解放されるのかもしれない。その希望に飛びつくことにした。ちょうど財布に1万円が入っている。放課後に銀行に行き、振り込む予定を立てる。

 わずかな希望が湧いたからか、午後の授業は普段よりも気分が良かった。ホームルームが終わるとすぐに教室を飛び出す。
 そして、近くにある銀行のATMに行き、紙に書かれた口座に1万円を振り込む。

 今日は家にまっすぐ帰る気になれなかった。近くの河川敷の橋の下に直樹は向かう。落ち込んだ時によく来ていたスポットだ。
 勢いで1万円を振り込んでしまったが、良かったのだろうかと徐々に不安になってきた。

 その時、一羽の鴉が直樹の前に降り立った。鴉は嘴に丸まった紙を咥えていた。直樹をチラリと見ると、紙を直樹の前に吐き捨てて、どこかに飛んでいった。
 不思議に思いながらも紙を開く。そこには『契約書』と書かれていた。

 学校で聞いた噂話と同じ内容が書かれている。ゴクリと直樹は唾を飲み込む。

「嘘じゃなかったんだ。これで、解放されるんだ」

 嬉しさから、鞄からボールペンを出してすぐに日付とサインを入れる。契約書には、サインの後に燃やせと書いてあった。直樹はお守りがわりにカバンに入れていた小さなチャッカマンを取り出すと、契約書を燃やした。

「これで、もうすぐ解放されるのか......」

 久しぶりに口角が緩んだ気がする。直樹は口笛を吹きたい気分だった。
 今日は久しぶりにゆっくり寝れる気がすると家に帰り、部屋に籠った。

 そして、翌日。
 憂鬱な通学路を歩いていると、鴉が一羽直樹の近くに飛んできた。昨日の鴉か? と近づく。鴉は青色の石を咥えていた。なんとなく、直樹が手を差し出すと、その青い石を直樹の掌の上に乗せる。
 そして、羽ばたきながら何かを考えているように感じた。

《一応、報告しておこう》

「えっ!?」

 何故か、鴉が喋ったとすぐに理解した。鴉は赤い目でジーッと直樹を見ると嘴を開く。

《お前が交換した寿命はあと4ヶ月だ。お前は4ヶ月後に死ぬ。後悔がないように生きろよ》

 鴉はそう伝えると、空へと飛び立って行った。

「あと、4ヶ月......」

 自分に残された期限を知ると、直樹は学校に行くのが馬鹿馬鹿しいと思った。
 親は仕事に行っている。家に帰って、通帳を持って家を出よう。期限が決まったのに嫌な学校に行く必要はない。
 直樹は軽い足取りで家へと戻る。

 そして、もう学校には行かない。家にも帰らず好きに生きるとメモを残す。旅の準備をすると家の鍵をかけて、ポストに入れる。

「残り4ヶ月、俺は自由だ!」

 期限が決まったからこそ、直樹は真の自由を手に入れた気がした。


◇◇◇◇


 愛美は、何が起こったかわからなかった。朝起きるとまた、黒猫が病室内にいたのだ。猫は愛美が気付いたことに気付くと近付いてきた。そして、白い石を愛美に渡す。戸惑う愛美を嘲笑うようにベッドから降りた猫は蜃気楼のように消えた。ただ、愛美の手の中に白い石だけを残して。

 サイトに契約の成立は黒猫が白い石を持ってくると書いてあったことを少ししてから思い出した。この白い石はお守りだと、愛美は大事にした。
 そして、1週間後の検査結果に驚いた。

 あれだけ、巣食っていた病気が消えたと医師から言われたのだ。余命宣告も撤回された。愛美はまだ生きられる。もうしばらく入院して問題がなければ、退院もできると看護師から話があった。
 愛美は退院したら黒猫が運んできた石をネックレスに加工して肌身離さず持っていようと誓う。

 少し前までは未来には絶望しかなかった。しかし、今は希望に溢れている。マッチングした相手がどんな思いがあったかはわからない。でも、その相手の分も幸せに生きて、生き抜いてやると愛美は窓から見える晴天に誓った。


 ◇◇◇◇


 暖色寄りの銀髪の少年――律りつは森の中にある湖のほとりに来ていた。水面を覗き込むも夜に出てくる金の天秤は出てこない。

「とりあえず、昨日の仕事は無事に終わった。今、ノアとクロウがそれぞれに魂・の・石・の・カ・ケ・ラ・を届けに行ってる。ボクの仕事は、次の依頼が来るまではない」

 やったこと、やることを口に出して律は確認した。そしてもう一度水面を覗き込む。

《流石に、落ちたら洒落にならないんじゃないか?》

 落ち着いた男性の声が律を呼び止める。律は声が聞こえた上を向いた。

「クロウ、帰ってきてたんだね」

《私も帰ってきてるわよ》

 今度は、地面の近くから妖艶な女性の声が聞こえる。

「ノアもおかえり」

 黒猫のノアと、鴉のクロウ。この2匹の使い魔は命・の・仲・介・屋・を営む律にとっては相棒のようなものだ。
 人の寿命を交換する、そんな倫理観を問われそうな力を律は持っている。
 そして、律は知っていた。生きたくても生きられない人もいれば、死にたくても死ねない人がいることを。
 その2人の寿命を交換すればお互いに嬉しいんじゃないか、そんな理由から命の仲介屋を始めたのだ。

 命の仲介屋への依頼方法は2つ。サイトの特設フォームからのメールとおまじないだ。それらは条件が合う人のもとに勝手に現れるように出来ている。
 そして、選択するのは本人達だ。律は後押しすらせずに、ただ契約が交わされた場合にのみ動いている。
 だから、何も問題がない。それが律の中の正義だった。

「ノア、クロウ。家に帰ろうか」

 湖に背中を向けて律は家路へと着いた。また、依頼が入れば夜にここに来ることになるなとぼんやりと考えながらも、昨日は遅かったから、今日はゆっくり寝たいなとあくびを噛み殺した。
 
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